実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい   作:ピクト人
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お待たせしました。今回は一番最初のプロローグを思い出しながら読むと面白いかもしれません。



Re:Birth

「あり得ん……何だ、あの女は」

 

 分身の目を通してカオルとモントゥトゥユピーの戦いの一部始終を見ていたシャウアプフは、そう喘ぐように呟いた。

 

 索敵や集団指揮などの後方支援能力に優れているシャウアプフと比べ、モントゥトゥユピーは明らかに戦闘力に特化した個体だった。自らの身一つで以て王の盾となり矛となる、そういう役目を負って生まれたのであろう。その身に帯びるオーラの力強さは明確にシャウアプフを上回っていた。

 にも拘らず、結果は惨敗。力があり、硬く、そして速い。全能力が高水準で纏まっていたであろうモントゥトゥユピーですら手も足も出なかった存在が敵として在る現実に、シャウアプフは眩暈を感じ額を抑えた。

 

(敵が強すぎる……私では太刀打ちできるビジョンが見えない。第一、何だあのオーラは!あれで五割だと!?ふざけるのも大概にして頂きたいものだ!)

 

 今以て鮮明に脳裏に焼き付く、少女の矮躯から巻き上がる膨大なオーラの嵐。オーラ、そして念能力というものに触れて間もないシャウアプフであっても、アレが普通から著しく逸脱したものであることは分かる。というより、あのレベルの存在が人間の中にはゴロゴロいるなどという可能性は考えたくもなかった。

 

(そうだ、あんな化け物がそう何人もいる筈がない。アレは恐らく、キメラアントに対抗すべく人間が送り込んだ最強戦力……つまり、あの女さえ始末してしまえば王の支配は盤石なものとなる筈です)

 

 シャウアプフは分身を駆使して依然として押し寄せる海魔と戦う兵隊蟻へと指示を出しつつ、必死に頭を捻り敵についての考察を深めようとする。

 

 まずカオルについて語る上で外せないのは、あの圧倒的なスピードだろう。離れた所から眺めていたシャウアプフであっても、彼女の動きを捉えることは終ぞできなかった。第三者視点からでもそうだったのだから、実際に相対していたモントゥトゥユピーにとっては悪夢であっただろう。また、圧倒的なスピードは圧倒的な攻撃力にも繋がる。あの速度で繰り出される蹴りは脅威であり、特にモントゥトゥユピーほど頑丈ではないシャウアプフにとっては致命の一撃となるだろう。

 

(残念ながら、今の段階ではあの速度に対抗する術を見出せない。兵隊蟻を嗾けて隙を晒すのを待ち、奇襲を仕掛けるという手もありますが……いや、やはり現実的ではない。十把一絡げの雑兵などでは足止めも出来ないでしょうし、そもそも生半可な奇襲では見てから対処されてしまうでしょう)

 

 次に、倒れたモントゥトゥユピーを溶かしたあの青い毒だ。恐らく溶解液の類であろうと思われるが、強靭なキメラアントの肉体をああも容易く溶かしてしまうのは危険に過ぎる。しかも、彼女は溶けた敵を吸収し力に変えているように見受けられた。発見した時に海魔を斬りつけ溶かしていたのも、つまりは自身を強化するためだったのだろう。それならばあの馬鹿げたオーラ量も頷ける。

 

(徒に兵隊蟻を嗾けることが出来ない理由の一つだ。敵いもしない兵を突撃させても、それが却って敵を強化してしまうのなら本末転倒。ただでさえこちらの兵力は既に数少ないというのに、これ以上の個体数減少は種の存続に関わる)

 

 最後に、今現在もキメラアントに襲い掛かる海魔どもだ。彼女は万を超える数の海魔を呼び出す何らかの能力を持っており、恐らくは海魔を使ってキメラアントを持ち帰らせている。キメラアントを食らった海魔を吸収することで、間接的にキメラアントを吸収し力に変えているのだろう。

 

(つまり、この海魔は我々にとっての兵隊蟻のようなものか。海魔を使ってキメラアント()を持ち帰らせ、女王たる彼女はそれを食らい力を蓄える。皮肉なものです。人間を餌として女王に捧げていた我々が、今度はこうして餌の立場になるとは)

 

 キメラアントは人間を襲い食料とし、それを糧に次世代の強化個体を産み落とす。

 そして彼女はキメラアントを襲い食料とし、それを糧に自らを強化する。

 

 だが、彼女は彼女自身が女王であり、また王でもある。一方でキメラアントには未だ王がおらず、女王もまた身重であり戦う術を持たない。そして肝心要の女王を守護する直属護衛軍は既にシャウアプフを残すのみであり、しかし敵に勝てる見込みは薄かった。

 

「…………………………駄目だ、どう足掻いてもキメラアントは彼女に滅ぼされる」

 

 その優れた頭脳を以てしても、シャウアプフには現状を打開する妙案が思い浮かばなかった。何通りもの状況をシミュレートしても、最終的には敵の戦力に磨り潰されるのだ。

 

(敵は個の力に秀で、また物量をも兼ね備えている。一方の我々には個の力で彼女に敵う者はおらず、物量においても圧倒的大差を付けられている。せめて、せめて王がいさえすれば───)

 

 王が生まれてさえいれば打開の目もあっただろうに。そこに思考が至った次の瞬間、シャウアプフは力の限りに己の顔を殴り抜いていた。

 

「何たる不敬……王の健やかなることを守るのが直属護衛軍の役目であろうに、自らの力不足を棚に上げ未だ生まれてすらいない王に縋るなど……!何と愚かな、こんな様で王の従者足り得るものか!」

 

 考えろ、考えろシャウアプフ。何としても我らの手であの悪魔のような敵を撃退し、王の安寧を守らねばならぬ。自戒し、そう己に言い聞かせたシャウアプフは更に思考に没頭する。そんな中であっても分身による指揮は恙なく、彼の後方支援能力の高さが窺えた。

 

(私では奴には敵わず、配下の兵隊蟻もまた然り。如何に直接戦闘向きの能力を作ろうが、私ではモントゥトゥユピーに勝る戦闘力を得られよう筈もない。だが、「敵に勝利する」ことと「敵を殺す」ことは別。奴を殺すことは出来ずとも、行動不能にさせることは可能かもしれません)

 

 シャウアプフは"蠅の王(ベルゼブブ)"以外にもう一つ、"鱗粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)"という能力を有している。特殊な鱗粉を撒いて相手のオーラの流れを鮮明にし、オーラから感じ取れる感情の機微を元に相手の思考を読み取ることが可能となる能力だ。

 そしてこの"鱗粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)"は読心能力の他に、強力な催眠効果をも有していた。

 

(力で打倒できぬと言うのなら、力以外の要素で打ち勝てばよろしい。異なる念能力の影響下にある故か海魔どもには効果がなかったが、人間である彼女になら通用するかもしれません。

 ……懸念すべきは、敵もまた念能力者であるという点でしょうか。"鱗粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)"による催眠は相手が強力なオーラの持ち主であればあるほど効きが弱くなる。(いわん)やあれほど馬鹿げたオーラを纏う彼女であれば尚のことでしょう)

 

 だがそれでも、完全には無効化されぬだろう自信がシャウアプフにはあった。広範囲に散布される目に見えぬ鱗粉であれば、高速で動き回るカオルであっても逃れる術はない。鱗粉の毒で僅かにでも動きが鈍れば万々歳だ。

 

(そして動きが鈍れば、先ほど棄却した作戦……兵隊蟻による足止めからの奇襲という戦法も通用し得る)

 

 弱兵を幾ら嗾けたところで逆に吸収されてしまい、奇襲しようにもあの超スピードを前には容易く対処されてしまうだろう。だが鱗粉によって動きが鈍ってさえいれば、一転してこれらの戦法は有効となる。

 問題は、この戦法が通用するのは一度きりであるということだ。鱗粉の毒もそう長くは持続しないだろう。二度目が通用するとは思えない。たった一度の奇襲でカオルを殺害、ないし致命傷を負わせる必要があった。

 

(大きなオーラを持って生まれた私が並の兵隊蟻より頑丈であるように、より大きなオーラを持つ彼女もまた相応に高い防御力を有している可能性が高い。故に、奇襲に用いる攻撃はその防御を超える強力な一撃でなければならない)

 

 だが、現実にそんな攻撃力を有したキメラアントが存在するのか?唯一希望があったモントゥトゥユピーは既に亡く、可能性のある師団長はその多くが爆発する海魔によってその数を減らしていた。そも師団長など、シャウアプフからすれば自身にすら及ばぬ弱兵だ。そんな弱兵の攻撃があの化け物に通用する筈もなく───

 

(───いや、待てよ。弱兵の攻撃では通用しない……ならば、弱兵を強兵にすれば。私に"蠅の王(ベルゼブブ)"があるように、兵隊蟻にも何らかの念能力を発現させてやればいいではないですか!)

 

 弱兵を強兵へと仕立て上げ、敵にも通用する牙を生み出す。これしかない、とシャウアプフは確信した。

 自身は後方に控え、"蠅の王(ベルゼブブ)"による広範囲の索敵・監視及び指揮、あるいは"鱗粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)"による敵の催眠及び攪乱を行い。その傍らで、念能力を発現させる能力によって強兵を量産するのだ。直属護衛軍における頭脳役としての責を負って生まれた己の、これこそが完成形であろうという確信があった。

 

 そうと決まれば話が早い。シャウアプフは新たな"発"を組み上げるべく、自身のオーラに意識を集中させる。

 イメージするのは、シャウアプフというキメラアントの骨子たる蝶、それが羽化する様だ。繭の中で幼子は全てをドロドロに溶かし、新たな己を再構築する。そして新生した蝶は繭を割って羽化するのだ。美しい(念能力)を携えて───

 

 

『シャウアプフ様!大変です!』

 

 

 今まさに新たな念能力が形になろうとした瞬間、唐突にテレパシーで呼びかけられたことでイメージの完成が阻害される。自身の集中力が霧散したことを自覚したシャウアプフは、努めて苛立ちを押し隠しテレパシーで届けられた内容を反芻した。

 そして目を見開く。テレパシーの声の主は、大して戦闘力のない一般的な働き蟻の一匹であり……シャウアプフ自身が、有事の際には真っ先に己に連絡を寄こすよう言いつけて女王の間に配置したキメラアントだったからだ。

 

『何事です!まさか女王様の身に何か!?』

 

 慌ててテレパシーで返答する。思えば、今のシャウアプフは分身を通しての戦場指揮、敵の分析、念能力の開発と一度に多くの作業を並行して行っていた。その程度の並行作業であれば問題なくこなせると思っていたが、よくよく思い返せば数刻前の己は敵の強大さのあまりに随分と切羽詰まっていた。そんな精神状態の中での並行作業だ、よもや指揮を誤り取り零した海魔が女王の間に侵入したのではあるまいか。

 

『女王様の容態が急変し……そ、想定外のことですが───』

 

 

 

 

『───女王様が、産気づいたようです』

 

 

 

 

 王が生まれます、と。その言葉を聞いたシャウアプフは目を見開き呆け、束の間全ての分身の制御を手放した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ヨルビアン大陸の南方、バルサ諸島の一角に位置する島国の一つ、ミテネ連邦を構成する一国家たるNGL自治国。その領土内に広がる密林の奥深くに築かれた蟻塚の一室にて、あまりに悲痛な女の悲鳴が響き渡った。

 

 「女王様!」と叫び、周囲に侍る異形の一匹が駆け寄る。その異形は亜人型キメラアントの働き蟻であり、そして今まさに悲鳴を上げる女はキメラアントの女王に他ならなかった。

 直前まで王を生むための栄養を確保すべく食事をしていた女王の突然の急変に、周囲に侍っていた兵たちは血相を変えて対処に当たった。そもキメラアントは昆虫故に痛覚が非常に鈍く───人間の因子の影響か皆無ではない───本来であればここまで痛みに苦しむことはない。にも拘らず女王の苦しみようは只事ではなかった。

 

 女王は狂おしく身を捩り絶叫を上げ続ける。口端からは泡を吹き出し、女の力とは思えぬほどの勢いで手足を振り回した。非戦闘員の働き蟻には荷が勝ちすぎると悟った彼───女王の異変を聞き急いで舞い戻った師団長のコルトは、女王の身体を抑え必死になって呼び掛けた。

 

「女王様!女王様、お気を確かに!」

 

『あ……ああ、生まれる……!そんな、あまりにも早すぎる……!?』

 

 女王がこうも苦しむ理由。それは今にも生まれそうな王が、急激に女王の生命力を吸い上げているからであった。外に出ようと暴れるのみならず、命の源たる生命力を強引に吸い上げられては流石の女王も悲鳴を上げずにはいられなかったのだ。

 

『ま、まだ、まだ出てきてはなりません……!我が子よ、王よ、今暫く───』

 

『───黙れ』

 

 女王の悲鳴に血が混じる。喉が潰れる程の絶叫の果て、赤子を宿して大きく膨らんでいた腹が内側から強く圧迫される。メリメリと胎を押し上げ、外に出ようと強引に動き始めたのだ。

 コルトは目を剥く。胎の中の王はどう見ても、産道を通らず腹を突き破って外界に出ようとしていた。

 

「やめ───」

 

 やめろ、と言い切ることは叶わず。

 

 ぶちり、と。まるで強靭な雑草を引き千切るかのような音を響かせ、あまりにあっさりと女王の腹は突き破られた。

 

 間欠泉の如く噴出する青黒い鮮血。零れる内臓と羊水。それらを掻き分け這い出てきたのは、小柄な体躯のキメラアントだった。

 蟻の頭盾が発達したものか、兜にも見える外骨格で頭部を覆っている。その下からは人間のものによく似た顔が覗き、垂れ下がるようにして蟻の触覚が生えている。また小柄ながら発達した筋肉で全身を鎧い、更にその上に強固な外殻を纏っている。その身から立ち昇るオーラの強大さたるや比類なく、オーラの揺らぎと同調するように毒針を備えた尾がしなった。

 

「酷く空腹だ……母から搾り取った栄養だけでは到底足りぬ。早う馳走を用意せい」

 

 ───これが……王……!?

 

 居合わせた兵たちが絶句する。そのあまりの存在感に。母を母とも思わぬ、そのあまりの傍若無人さに。

 

「! い、いかん!内臓がかなり損傷しておられる!」

 

 いち早く我に返ったのは、ペンギンのキメラアントであるペギーだった。彼は意識を失い、ピクピクと弱々しく痙攣する女王に駆け寄ろうとする。

 

 そのペギーの頭を、目にも留まらぬ速さで振るわれた王の尾が叩き潰した。

 

「!?」

 

「二度言わせるな。疾く馳走を用意せい」

 

 目を見開くコルト。王は物言わぬ屍となったペギーには目もくれず、再度淡々と己の要望を口にする。

 

(どうする……一刻も早く女王様に治療を施したいが、王の言葉を無視することが出来ない……!無視すれば今し方のペギーのように───)

 

 コルトは女王を助けたい一方、拭い難い王に対する恐怖故に動けず俯く。すると、女王のすぐ傍に控えていたために最も王の近くにいたコルトへと王の視線が向けられた。

 

「おい、拭け」

 

「!」

 

 王はペギーの血が付着した自身の尾をコルトへと突き出す。端的な物言いだが、要は血で汚れたから綺麗にしろ、ということだろう。

 

(そんな場合ではなかろうが!女王様が……貴方の母が今にも死にそうなのだぞ……!?)

 

「ホッホッホ、おやおや……私め丁度ハンケチを持っておりまして───」

 

 動かぬコルトのフォローをすべく、亀のキメラアントが歩み寄る。懐からハンカチを取り出し、王の尾に手を伸ばそうとし───

 

 ぐしゃり、と。ペギーと全く同じ末路を辿るのだった。

 

「二度言わすな、お前だ。───拭け」

 

 ギロリ、と鋭い眼光がコルトを睥睨する。周囲の兵が固唾を呑んで見守る中、観念したコルトは女王から視線を外し、亀が手にしていたハンカチを拾い王の尾へと手を伸ばした。

 

「……相も変わらず外は騒がしい。それに……ああ、やはり空腹だ。耐えがたい程に」

 

 コルトに尾を拭かせながら、王は女王の傍らに山積みにされた肉団子の山へと手を伸ばす。その一つを手に取り口に運んだ。

 

「…………不味い。薄く、そして鮮度も良くない」

 

 一口齧り、しかしすぐに吐き捨てる。主義を曲げてまで自分で手に取った肉団子は王にとって薄味に過ぎたのだ。

 王が欲するのは、彼らキメラアントがレアモノと呼ぶ念能力者の人間の肉だ。だが現時点でそれは望むべくもなく、しかし早く生まれ過ぎたが故に王の身体は激しく栄養を欲していた。

 

「───ああ。そう言えば、丁度そこに餌があったな」

 

 ───そう嘯き、あろうことか王は気絶する女王へと手を伸ばした。

 

「なッ、王!?」

 

「この肉団子よりはマシであろう。つい先程までこの女から栄養を取っていたのだから、まあ口に合わぬということはあるまいて」

 

 目を剥くコルト。だが彼の制止も虚しく王は大きく口腔を開き───情け容赦なく、女王の頭を食い千切った。

 

「…………ッ!!」

 

 メキ、バリ……と女王の頭を咀嚼する音が響く。誰もが呆然とする中、噛み砕いた()を嚥下した王は「悪くない」と頷いた。

 

「うむ、悪くない……いや、むしろ良い。頭蓋を砕く歯応え、潰れた複眼の舌触り……いずれも悪くないが、やはり脳だな。脳が良い。魚の白子を思わせる柔らかな食感に、上品且つ繊細な濃厚さが際立つ味わい。うむ、生物の部位の中では脳が最も美味であったか」

 

 そんな感想を零した王は、それで満足したのか残った女王の身体を乱雑に放り捨てた。固まるコルトを一瞥し、多少は腹が膨れたことで周囲を観察する余裕を得た王はぐるりと女王の間を見渡した。

 

「ここは薄汚いな。もっと明るく広い部屋へ案内いたせ」

 

「───であれば、私がご案内致しましょう」

 

 ふわりと風が舞い込む。声のした方へと顔を向ければ、慌てて飛んで来たのか、やや息を荒げたシャウアプフが王に対し跪いていた。

 

「ふむ。その方、何という?」

 

「拝謁の栄に浴し光栄の極み。私は王に永劫変わらぬ忠義を捧げる者……名を、シャウアプフと申します。以降はこのシャウアプフめが貴方様の手足となり、唯一の直属護衛兵として王のために尽くす所存で御座います」

 

「うむ」

 

「御食事は見晴らしの良い屋上に御用意しております。王の所望する明るい部屋という御要望にも適うでしょう……」

 

「大儀である。案内せい」

 

「ハッ」

 

 立ち上がったシャウアプフは、己の腰ほどまでしかない王の姿を眩しそうに眺めると、王のために用意した部屋へと案内すべく先導する。王はシャウアプフの態度に満足そうに頷くと、その後について歩き出した。

 

 

 

 

「……………………ああ、そんな」

 

 王とシャウアプフが立ち去った女王の間にて、絶望に満ちた男の声が響く。膝から崩れ落ちたコルトは、首を失い完全に絶命した女王の亡骸に縋りついた。

 

「また……守れなかった。一度ならず二度までも……オレはまた目の前で、大切な者を失うことしか出来ないのか……!?」

 

 それは生前の記憶、その断片。もはや顔も名前も思い出せぬ、大切だった者を目の前で失ったという後悔のみがあった。キメラアントとして生まれ変わり、それでもまだ同じ悲劇を、同じ過ちを繰り返すのか───コルトは慟哭する。思慮深く規律を重んじる師団長の姿はそこにはなく、ただ大切な人を失い悲しみに暮れる哀れな男の姿があるのみだった。

 

 コルトだけでなく、この場に集う多くの兵たちが沈痛に俯いていた。幸か不幸か、海魔の襲撃によって間引きされた結果、この場にいるキメラアントは全員が女王に対して純粋な忠誠を捧げる下級兵ばかりであったのだ。

 心無い言葉を吐き、女王がいなくなったからと好き勝手に振る舞う者はいない。暫しの間、女王の間には沈黙とコルトの泣き声のみが響いていた。

 

「……ん?お、お待ち下さい!コルト師団長殿、女王様の腹の中で、何かが……」

 

「なに……?」

 

 何かが零れた女王の胎の中で動いている。それに気付いた兵の一匹が声を上げ、顔を上げたコルトは目を見開いた。

 

「これ、は……」

 

 震える手で、コルトは慎重に、壊れ物を触るように慎重な手つきで女王の胎に手を差し入れる。未だ熱を持つ生温かい内臓を掻き分け、コルトの指が何か小さく動くものに触れた。

 

「──────」

 

 果たして、コルトが掬い上げたのは未発達に過ぎる赤子だった。それはあまりに小さく、コルトの指の第一関節にも満たない。だがキメラアントの強い生命力故か、外気に触れてなお赤子は生きていた。あまりに小さく弱々しく───だが確かな生命の鼓動を発し、赤子は産声を上げたのだ。

 

「───この子は」

 

 コルトの目から大粒の涙が零れる。とめどなく流れる涙を拭うこともせず、コルトは決意に満ちた言葉を紡いだ。

 

「この子は、オレが守る……絶対に……ッ!今度こそ必ず……ッ!!」

 

 涙ながらに宣言するのは、「絶対に守る」という誓いの言葉。二度も目の前で大切な者を失ったコルトは、決してその言葉を違えることはないだろう。たとえ王が相手だとて、もはや今の彼を止めることは叶わない。文字通り命懸けで、彼はこの小さき命を守護するに違いなかった。

 コルトの言葉に異を唱える者はいない。誰もが知っていたからだ。最も真摯に女王に忠義を捧げていたのは、このコルトという男であったと。これほど女王の第二子を預けるに足る者は他にいまい。

 

 ドン、と階下からくぐもった爆発音が響く。それは散々に師団長を狩ってきた海魔の爆発だ。音の発生源は蟻塚の根元であり、即ち敵の魔の手がすぐ近くにまで迫ってきていることを示していた。

 

「兵たちの防御網を抜けてきたのか……!」

 

「恐らくシャウアプフ様が指揮を放棄したのだろう。王が生まれた以上、もはや女王様の居城を守る意味はないのだから」

 

「どうしますか、コルト殿」

 

「……」

 

 立ち上がったコルトは涙を拭い、窓辺に寄り外を見る。眼下に広がっているのは地面を覆い尽くす海魔の群れ。絨毯のように一面に広がる黒い影は既に蟻塚にまで及んでおり、つまり地上で戦っていた兵たちが全滅したことを物語っていた。

 

「……海魔の数は圧倒的だ。我々だけでは抗しようもなく、仰ぐべき女王も既に亡い。そして王は旅立たれるだろう、それがキメラアントの生態だからな」

 

 即ち、彼らにとっても今や巣を守る意義は薄い。そう結論を下したコルトは、巣を捨てることを全員に告げた。

 

「我々は敗北した。投降すべきだろう」

 

「投降?誰にだ」

 

「無論、人間だ。あの海魔を操っている人間がいるとシャウアプフ様が言っていただろう?即ち我々が敗北したのは人間であり、命乞いをする相手もまた人間しかいない」

 

 それに何より、この赤子を救うことが出来るのもまた人間だけだ。まだ生きているとはいえ、この赤子は本来ならばまだ母の胎にいるべき未熟児なのだ。この子を生き永らえさせることが出来るのは、高度な医療技術を持った人間しかいないとコルトは判断した。

 

「交渉にはオレが行く。誰か清潔な布と……白旗を持ってこい」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「うーむ、難しいことになっとるのぉー」

 

「あれは……念獣の類でしょうか?遠すぎて詳細は分かりませんが、とんでもない数だ」

 

 視力を強化し遠方からキメラアントの巣を窺うネテロ。そして各々持ち込んだ双眼鏡を覗き込むモラウとノヴ。彼ら三人は、本来ならば王が生まれるまでの間、敵戦力の把握とその削減に努めるつもりでいた。

 だが、予想に反してキメラアントは既に滅びかかっていた。見える範囲にいる生き残りは羽を持ち空を飛べる個体ぐらいであり、地上のキメラアントは既に全滅したと考えて間違いなかった。

 

 ───何故なら、巣の周囲を覆うようにして数え切れぬ程の海魔が蠢いているからだ。

 

 そのあまりに見覚えのある怪物たちの群れを見て、ネテロの脳裏に一人の少女の姿が過る。最後に出会ってから既に一年余りが経過している。あれ程の才を持った少女だ、今の時点でキメラアントの女王に手が届くまでに成長していても、まあそれ程おかしくはない。若者の成長とは時に目を見張るものがあるのだ。

 

(じゃが、それにしてもあの数は可笑しくないかのう?一体一体はさほど強くなくとも、あれだけ大量の念獣を具現化するには尋常ではない程のオーラを消費するはず。普通の人間にはまず不可能な芸当じゃ)

 

 モラウも煙を使って似たようなことは出来るが、オーラで形作った肉体を持つ念獣ともなると話が違ってくるし、それにしたって数の桁が違う。少なくとも、最後に会った時点ではそこまで人間を止めてはいなかった筈だ。ネテロは首を傾げる。

 

(……まあ、彼女が我々の代わりに女王を討伐してくれるのならそれはそれで構わんのじゃが)

 

 見える範囲の様子からして、彼女がキメラアント討伐に動いているのは明らか。そして実際にそれは成功しようとしている。ネテロたちが命を懸けるまでもなく、事は収束に向かおうとしている筈なのだ。

 

 その筈なのに───ならば森に入ってからずっと続く、この胸騒ぎは何だ?

 

(何か良くないことが起ころうとしている……そんな予感がするのぅ。見る限り彼女は既に王手を掛けており、キメラアントの王が生まれるまでもまだ一、二ヶ月の猶予がある。何も……そう、何も憂いはない筈なんじゃが。

 それに、丁度ここから巣を挟んだ反対側で起こっていた大掛かりな戦いも気になる。位置の関係でここからは良く見えんかったが、強大なオーラが見え隠れしていたことは───)

 

「! 会長、二匹程こちらに向かってきます!」

 

「ほ?」

 

 部下二人を放って考え耽っていたネテロは、ノヴに呼び掛けられたことで我に返る。示された方を見てみれば、確かに二匹のキメラアントが高速で飛んでくる様子が目に入った。

 

「気付かれたか?」

 

「待てノヴ、様子がおかしい。何か持っているな……あれは……白旗、か?」

 

 鳥の翼を背から生やしたそのキメラアントらは、モラウが指摘した通りに白旗を持っていた。彼らは三人が立っている岩場に降り立つと、旗を掲げて膝をついた。

 

「……オレは師団長のコルト。後ろのは部下のラウムだ。降伏の使者として来た」

 

「降伏?」

 

「そうだ、我々キメラアントは人間に対して降伏する。だが条件がある。この子を……女王の第二子を保護してほしい。この子はまだ未熟児で、このままではどうなるか分からない……!」

 

 キメラアント───コルトは手にした布の包を解き、中身をネテロたちに見せ付ける。布の中から現れたのは、辛うじて人型だと分かる程度の、あまりに小さな赤子だった。

 

「待て、待て待て待て……!」

 

 早口で捲し立てるそのコルトの言葉を遮り、頭を抱えたモラウが彼に詰め寄る。

 

「女王の……第二子だと!?既に王が生まれてるってのか!?最低でもまだ一ヶ月は猶予があったハズだぜ!?」

 

「我々にとっても……そして女王にとっても予想外だった。王は既に生まれ、第一子たる彼はあろうことか女王を食料として食らったのだ。我々が保護した第二子……この子は、死んだ女王の胎から見つけ取り出した」

 

「この小ささはそういうことでしたか……」

 

「参ったな……どうしますかい、会長」

 

「ふーむ……素直に降伏してくれるというのであればこちらに否やはない。その子のこともあるし、すぐに戻るべきじゃろう」

 

 本来であればまだ母の胎内で守られているべき未熟児が、こうして無防備に外気に晒されていながらも生き永らえていることは驚嘆に値する。だが未熟児は未熟児。免疫も満足に機能していないであろうし、一刻も早く然るべき設備の下で保護してやる必要があった。

 

「しかし、あの念獣を展開していると思しきハンターはどうしますか?キメラアントの王がいる地に置き去りにするのは些か危険では?」

 

「だなァ。誰があそこにいるのかは知らねぇが、事態の収束に貢献した立役者を見殺しにするのは流石に忍びない」

 

 ポックルやカイトらのように、協会の意向に依らず独自にキメラアント討伐に動いたハンターは少なくない。海魔を操る術者をそんなハンターの一人だと認識していたノヴが懸念を口にすると、モラウもまたそれに同調した。

 その会話を聞いていたコルトは、二人の物言いに首を傾げる。

 

「……?あの海魔を操っているのはお前たちの仲間ではないのか?」

 

「いえ、違います。ハンター協会が討伐隊第一陣として派遣したのは、協会の長たるネテロ会長、そして私とモラウさんの三人だけです」

 

「恐らくは、個人で動いたフリーのハンターの一人だろうな」

 

「そうか……直属護衛軍であるピトー様やユピー様を倒した程の猛者だから、てっきり人間側の最大戦力だとばかり……」

 

(……なんと、女王直下の護衛兵を二匹も。あの娘っ子が?あれだけの念獣を維持しつつ戦い、勝利したと?)

 

 ネテロはコルトの言葉を受けて軽く片眉を上げ、しかし内心ではかなり驚いていた。キメラアントの直属護衛軍といえば、女王から生まれた王に次ぐ力を持った最上位の兵隊蟻だ。目の前の師団長級キメラアント……コルトの実力を基準として護衛軍の力の程を想像するに、俗に一流と呼ぶに足る念能力者すら大きく凌駕した怪物であることは容易に知れる。何故なら眼前に立つコルト───念に目覚めて間もないのか、些かオーラの練りは拙いが───ですら、モラウやノヴに負けず劣らずの実力を持っているのだから。

 

(もしコルト君の言うことが本当であれば、彼女は既に衰えた今のワシでは及びもつかぬ実力を有していることになる。……であればあるいは、王が相手であっても持ち堪えるか?いやしかし、流石に相応の消耗がある筈……うーむ)

 

 ネテロは悩まし気に顎髭を扱く。彼の内では、この森のどこかにいるであろう少女の安全と、目の前の小さな命とが天秤に掛けられていた。

 理想としては手勢を二手に分け、一方がコルトを連れて病院に急行し、もう一方を少女の援護に向かわせるのが望ましい。しかし問題は、援護に行かせる戦力がモラウ一人に限定されてしまうことだ。何故なら急を要する赤子の搬送を最も迅速に遂行できるのは、長距離の転移を可能とするノヴのみであり。仮にも脅威度の高い亜人型キメラアントを人間の領域に招く以上、協会の最高権力者であるネテロの付き添いもまた必須であるからであった。

 

(モラウ君の実力を疑うわけではない。じゃがあちらの状況が未だ不鮮明である以上、モラウ君を一人で行かせるのはあまりに危険。下手をすれば徒に精鋭を一人失ってしまう羽目になりかねない)

 

 そしてたっぷり数秒に渡って悩んだ末───ネテロは、赤子の病院搬送を優先することに決めた。目の前の儚い命をみすみす見殺しにするのはあまりに忍びない。

 一方で少女は協会擁下のハンターであるが、身内であるからこそ、ネテロは協会の長として冷徹な判断を下さねばならなかった。そう、無事かも分からぬハンター一人の援護のために犠牲とするには、モラウの価値はあまりに高かった。敵として王が控えている現状では尚のこと。

 

(赤子を入院させた後、すぐにNGLへと取って返す。これが今のワシらに出来る最善じゃな)

 

「……宜しい、我々は君たちキメラアントの降伏を受け入れよう」

 

「! 本当か!?」

 

「うむ、無駄な血が流れないに越したことはない。他の仲間はどうしている?」

 

「生き残りは巣を放棄した。降伏が受け入れられた場合はこちらのラウムが伝令役として仲介し、予め決めておいた地点で合流する手筈になっている」

 

「成る程。ならばコルト君、君は我々について来て貰おうかの。すぐにその子を病院に連れて行かねばならぬ。……ノヴ君」

 

「はい」

 

 ノヴは眼鏡の蔓を押し上げると、彼の念能力"四次元マンション(ハイドアンドシーク)"を発動する。これは平たく言えば、具現化系能力者のみが創造を可能とする特殊な空間「念空間」を生み出す能力だ。だがノヴの念空間は一味違った。

 まず広さが違う。その名の通り、全二十一室四階建てのマンションを念空間として創造するのだ。物を自在に出し入れすることが出来る念空間としては破格の広さであると言えよう。

 またこの能力は物を収納するのみならず、入口と出口を設定することで、人や物の長距離の転送をも可能としていた。この能力を駆使し、本来であれば時間を掛けて移動すべき距離を短時間で踏破することが出来るのである。

 

 湖面に広がる波紋のように、彼らの足元が歪み穴が開く。これがマンションの入口であった。ネテロたち三人は慣れた様子で開いた入口へと沈んでいく。

 

「……!」

 

 その異様な光景に息を呑むコルトだったが、手の中の赤子が身動ぎしたのに気が付いた彼はすぐに気を取り直す。赤子を包んだ布を大事そうに抱きしめ、コルトは意を決しマンションへと飛び込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 ───結局、彼らは最後まで、巣を取り囲む海魔たちに起きていた異変に気付くことはなかった。

 



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