実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい(本編完結)   作:ピクト人

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お久しぶりです、ピクト人です。すまねぇ、とりあえず言い訳させて。

活動報告にも書きましたが、ピクト人は年末とても忙しかったです。しかしリアルの忙しさにかまけて二ヶ月近くも執筆をほったらかしにしていたのが宜しくなかった。すっかり小説の書き方を忘れてしまっていたのです。
既に結末までの構想はあるのに、それを中々文章化できない。そんなもどかしさに悩まされつつちびちびと年始あたりから書き進めていたからこのありさまです。せめて正月中には投稿したかったよ……

そしてできあがったのが今回のお話。大雑把にまとめるなら、

「待っていたぞメルエムゥ……!」フルフルニィ

といった感じの内容です。
字数は一万もない、文章が全体的に拙い、というかあんまり話が進んでない。そんな散々な仕上がりですが、しかし寛大な皆様であればきっと許してくれると信じてます。許して下さい何でもしまむら。


怪物と狂乱と、そして忘却

『■■■■■■───!!』

 

 

 咆哮と共に殺到する幾条もの触手。蟻塚に影を作る程の巨体を誇る魔性は、身の毛もよだつ殺意と飢餓の感情を撒き散らし王とシャウアプフへと襲い掛かった。

 

「チッ」

 

 突然の事態に王は舌打ちし、床を砕く程の勢いで飛び退いた。直後、天から振り落とされた長大な触腕がテラスごと蟻塚の上部を粉砕する。

 そして虚空に身を躍らせた王を猛追する大小様々な触手。王は鬱陶し気に顔を歪めると、自在に撓る尾を構え迫る触手を迎撃しようとする。

 

 だが次の瞬間、王の身に迫り来る全ての触手が切断される。目を見開く王の視界を過ったのは、まるで稲妻のように複雑な軌道を描いて空を奔る蒼い流星だった。彼方より飛来したソレは擦れ違い様に進行方向にある障害物(触手)を寸断しながら、一切速度を緩めることなく王目掛けて激烈な突撃(チャージ)を敢行した。

 

「な、グ───!?」

 

 蒼く煌めくオーラを箒星の尾の如くに棚引かせ、流星となって迫るソレを王は交差させた腕で受け止めた。堅牢を誇る腕の甲殻が砕ける程の衝撃を味わい、堪らず呻き声を上げる。

 無論のこと、空中にある王がその衝撃を受け止められる筈もない。王はなおも膨大なオーラを噴出するソレに押し出されるようにして地上へと落下していった。

 

「王!?王───!!」

 

 すぐ隣を掠めるようにして駆け抜けていった流星の余波で吹き飛ばされつつ、シャウアプフは王の名を叫び刹那の間に視界から消えていった主の残影を追うようにして手を伸ばす。だが、続々と迫り来る触手の波に彼はそちらへの対応を余儀なくされた。

 今はまだ邪神の成り損ないでしかない大海魔は、極上の獲物を横取りされた苛立ちを表すように激しく触手をうねくらせる。しかし魔力供給源を握る召喚主に逆らうことができない故に、渋々ながらも獲物をシャウアプフへと切り替えた。

 

「ええい、私は王をお助けせねばならないというのに……この化け物が!邪魔をするなァ!!」

 

 シャウアプフは端麗な顔を歪め吠え立てるが、しかし海魔にはそんな事情など関係ない。悍ましい食欲を振り撒き、ただでさえ巨大な異形を更に膨張させる。

 そして汚肉の蠕動と共に新たに生える長大な触腕が十本。計三十本となった触腕を伸長させ、海魔は抱きすくめるようにして蟻塚ごとシャウアプフを捕らえに掛かった。

 

 だが、戦闘力は低いとはいえシャウアプフは直属護衛軍、最上級の兵隊蟻だ。背の巨大な蝶の翅は高速飛行を可能としており、彼は十把一絡げの飛行型キメラアントなど比較にならぬ速度で危険域から脱出した。

 紙一重で窮地を脱したシャウアプフは、海魔に押し潰され瓦礫と化し崩れゆく蟻塚を一瞥する。しかし僅かな感傷を抱く暇もなく、悍ましい触手は更に数を増して襲い来る。全長300メートルにも達する海魔の挙動は相応に鈍重だが、全身から繊毛のように生える細い触手は怖気が走る程に素早い。シャウアプフが捕まるのも時間の問題だろう。戦闘機にはない小回りの良さで翻弄し続けるにはあまりに触手の数が膨大であった。

 

 だが、シャウアプフの武器は優れた飛行能力だけではない。触手の一つがシャウアプフに触れようとした刹那、唐突に痙攣した触手はあらぬ方向へと振るわれ空を切った。

 

「"鱗粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)"──どうやら、全く効果がないというわけではないようで」

 

 空を舞うシャウアプフの周囲をキラキラと煌めく鱗粉が躍る。海魔の触手はこの特殊な催眠効果を有した鱗粉に触れ、認識を狂わされ標的を外したのである。

 完全に魔導書の支配下にあった落とし子や深きものと異なり、強固な自我を有する大海魔は魔力経路こそ繋がっているが既に魔導書の支配下にはない。この相違が"鱗粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)"の付け入る隙となった。元より念を解さぬ海魔は比類ない巨大さと強大さを獲得した代わりに、操作系念能力に対する脆弱性をも得てしまったのである。

 

 動作を狂わされ制御を失った触腕が自重に任せて大地に叩き下ろされる。甚大な衝撃が大地を震撼させ、轟音を立て地盤を捲り上げた。倒壊した蟻塚の破片や粉砕された木々が巻き上げられた土砂と共に宙を舞う。

 しかしあまりに巨大な体躯を有するこの大海魔にとり、触手の一本二本など枝葉末節のようなものだ。単細胞生物の如き体構造の大海魔に脳はなく──強いて言うならば全身が脳であり手足である──従って"鱗粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)"は対人間ほどの効果を発揮できず、そも300メートルを超す巨体全てを犯すにはシャウアプフの鱗粉では圧倒的に規模が不足していたのである。

 

『■■■■■■───!!』

 

 濛々と立ち込める砂塵の内より、悍ましい怪異の雄叫びが響き渡る。更に数を増していく触手、その全てがシャウアプフを照準していることを感じ取り、今やただ一人のみとなった軍団長は冷や汗を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 そして、遂に両者は邂逅を果たす。

 

 大地に落とされたキメラアントの王は、眼前に立つ不逞の輩に憤怒と困惑の入り混じった視線を送る。王の玉体に傷をつけた罪は三度殺してもなお飽き足りぬ程に重いが、それはそれとして彼女から送られてくる未知の感情に彼は困惑を隠せなかった。

 それは憎悪の域にまで膨れ上がった殺意。自然界においてはあり得ざる、知性ある者のみが持ち得るどす黒い害意の発露。敵意や怒りと呼ぶにはあまりに不純で昏い感情が、眼前に立つ少女より向けられていた。

 

「ようやく……ああ、ようやくだ。些か予定は狂ったけれど……ようやく、この時が来た」

 

 万感の思いが込められたその言霊には血臭にも似た殺意が宿る。さもあらん、少女は──カオルは、この瞬間のために血塗れの戦いを繰り返してきたのだから。否、戦いと呼べるほど高尚なものではなかったか。与えられた力を振り翳し、更なる力を求めて己はどれだけの命を踏み躙ってきた?

 だが、そんな恥の上塗りを続ける日々も今日で終わる。キメラアントの王──カオルが知る限り最強の生物が、今、目の前に立っている。

 

「アナタを……お前を食らえば、私は更に強くなれる」

 

「貴様、何を……」

 

 ある男は言った。『人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる』と。全くその通りだ。カオルは安心感を得たいがために蛮行を繰り返し、そしてここまで至ったのだ。その行いに終止符を打つべく、カオルは全身のオーラを()()で駆動させる。

 

 ハンター試験の時も。

 

 幻影旅団と戦った時も。

 

 グリードアイランドにいた時も。

 

 そしてネフェルピトーやモントゥトゥユピーと戦っていた時も──一度として、カオルは本気を出してはいなかった。本気を出すまでもなかった場面もあれば、底を悟られぬために敢えて全力を出さなかった場面もあった。だが今や力を隠す意味はないし、また手を抜いて勝てるような敵でもない。

 

 

 そして──カオルは、渾身の"練"を行った。

 

 

 果たして、それはオーラの爆発であった。ネテロのように極限まで錬磨された技巧はない。ただ力の限りに持ち得るオーラを練り上げたというだけの、暴力的に過ぎる"練"。もはや"練"なのか"堅"なのかすら分からぬオーラの暴力は、この瞬間あらゆる人間の技術を置き去りにした。

 カオルを中心として、膨れ上がるオーラが嵐となって吹き荒ぶ。地割れを引き起こし、大気を震わせる天地鳴動の破壊の嵐。そしてその全てが指向性を持って王ただ一人に向けられる。

 

 これがキメラアントの王という怪物を打倒すべくカオルが出した答え。念能力者の間では「オーラ量の多寡など物差しの一つに過ぎない」と言われているが、それは比較対象が同じ人間だから言えることだ。人間などではあり得ない、比較することすら烏滸がましい程の莫大に過ぎるオーラ。どんな能力が相手だろうと強引に押し潰す圧倒的なパワー──それこそが、王を打倒するための最適解であるとカオルは確信していた。

 原作における王の死因に倣い、高熱や毒を用いる能力を獲得しそれを活用するという手も一度ならず考えた。だが毒ならば既に持っているし、得てして強力な能力には制約及び誓約(リスク)がつきものである。ましてや王に通用するレベルの能力などどんなリスクを負うことになるか分かったものではない。そんな不安定な能力を主軸に戦略を組むよりは、堅実にドレインを繰り返し王を凌駕するレベルまでオーラを高める方が確実であるとカオルは考えていた。

 

 何故王は強いのか?それは護衛軍の誰をも上回る強大なオーラを生まれつき有していたからに他ならない。地盤を砕く程の"百式観音"の連撃を受け切れたのも、肉体の強靭さの上に強力なオーラの防護があったからである。ならば、そんな王をなお上回るオーラがあればどうか。絵の中でどれだけ猛火を描写しようと現実の人間を燃やせはしないが、逆に現実の人間が絵を破壊することは容易である。極論ではあるが、それと同じ理屈で現実と絵を阻む次元の壁の如き単純な力量の差があればよい。王が有する強みを同じ領域で上回ってやればよいのだ。

 

 その結果がこれだ。カオルの凝視を受けた王は、暴風となって吹き荒れるオーラの圧を受け為す術もなく吹き飛ばされた。

 

「馬鹿な……余を上回る(オーラ)だと……!?」

 

 吹き飛ばされつつも、王は過度に動揺することも我を忘れることもなく迅速に身を翻し体勢を整えてみせる。流石、生まれながらに完成されていると評された最強のキメラアントと言うべきか。

 だが再び地に足をつけ顔を上げた時、既にカオルの姿は王の眼前にあった。

 

「ッ!?」

 

「この日のために磨き上げた、お前を殺すための刃だ。存分に味わい、死んでいけ」

 

 憎悪の域に達する殺意と暴虐を体現するオーラを嵐と従え、身動ぎの度に破壊を撒き散らしつつカオルは王に肉薄する。目と鼻の先にまで接近した濃密な殺意に濡れる(かんばせ)を直視し、王は言い様のない恐怖を覚えた。

 そのとき王の表情に過った恐怖と戦慄の色を、カオルは見逃さなかった。今以て彼女の中で恐怖そのものであるキメラアントの王が、逆に彼女の存在に恐怖している。その事実にカオルは喜悦を隠せなかった。口端に淑女にあるまじき悪辣な笑みを湛え、怪物と化した少女は牙を剥く。

 

 そうだ、恐怖しろ。かつての弱かった私が生まれてもいないお前の影に怯え恐怖していたように、お前も私という死神の刃を恐れ震えるがいい。

 人間を殺すモノ。人類に仇なすモノ。そして私を脅かすモノ。恐るべき暗黒大陸を由来とする埒外の化外ども、その首魁たる蟻の王。

 

 死ぬがいい。

 死ぬがいい、キメラアントの王。私は、私を殺し得る全てのモノを憎悪する。()()()()()()()()()()()()

 

 ──その憎き有り様に、用があるぞ。

 

「もう何ものにも私を脅かせは、しない」

 

 竜鱗の剣脚が閃く。オーラと魔力を充填した刃の如き踵が、下段より王を強襲した。

 狙うはがら空きの首。隙を晒す王の首級を上げんと、魔剣の名を冠する踵が刃を晒す。

 

 その一閃を、王は上体を後ろに反らすことで避ける。後一瞬でも反応するのが遅れていれば王の首は文字通りの泣き別れを果たしていたことだろう。

 空振りする踵の一閃。しかしカオルは空振りした脚を止めることなく、勢いのままに宙返りする。

 そして発動する"霊気放出・第一開放(オーラバーストⅠ)"。魔力放出のスキルを参考に作り上げた"発"が駆動し、ジェット噴射のようにして空中にあるカオルの身体を強引に操作する。今や彼女にとっては空中も地上も関係がない。地を蹴ることなく、激烈な加速を得た蹴撃が王の胴体を両断せんと唸りを上げた。

 

「チッ──」

 

 空中にいながら自在に姿勢を制御し攻撃を繰り出す魔人の妙技。常人にとっては目を疑うような挙動であるが、しかし王からすれば不意打ちにもなり得ない。そも生まれたばかりで戦闘らしい戦闘などしたことがない王にとっては、敵手の行動は全てが等しく未知の攻撃である。

 然るに、王にとっては達人の正拳突きも素人のテレフォンパンチも大差なく、不意打ちじみた魔人の挙動すら意外でも何でもない。等しく「そういうもの」として冷徹に受け止め処理するだけ。唯一「己を凌ぐ速度」という点のみを脅威と感じ、王は不満げに舌打ちした。

 だが、王の尋常ならざる動体視力と反射速度を以てすればカオルの速度にも対処が可能だ。敵が己よりも速く動くのなら、敵よりも()()動けばよい。王はカオルの二撃目が身に迫るのを感知した時点で既に回避行動に移っていた。王はバク転の要領で後退し、素早く空中に逃れることで横撃を回避したのだった。

 

 王は良くも悪くも型に囚われない。経験がない、という一点がこのとき王に有利に働いた。人間は性能を経験で補うが、化け物は経験を性能で補うのである。

 

 空振りした一閃が大地に大断層を刻み込む。莫大な魔力が込められた斬撃は生い茂る木々を伐採し、その威力の程を知らしめる。

 一瞬にして地形をも変容せしめる魔人の一撃。その破壊痕を着地した木の枝の上から見渡し、王は流れる冷や汗を拭った。

 

 王の肉体は頑強だ。およそ生物のものとは思えぬ程にその甲殻は堅牢であり、有り余るオーラが頑強さに拍車をかける。それは"百式観音"の攻撃を物ともしなかったことからも明らかである。

 だが、"百式観音"とカオルの蹴りとでは攻撃の性質が異なる。"百式観音"の主な攻撃手段が巨大な観音像の手による掌撃であるのに対し、カオルの攻撃は刃の如く鋭利な踵による斬撃、あるいは膝の棘による刺突である。言わば、面の攻撃に対する線、あるいは点の攻撃。威力そのものは同じでも、接触部位に掛かる力の圧が異なる。ペンの背中で押されるよりペン先で押される方が鋭く痛むのと同じように、カオルの鋭い攻撃の方が打撃よりも王の防御を破る危険性を秘めていたのである。

 

 故に、王は敵の危険度を限界まで引き上げた。あれは己の命を脅かすに足る強敵だ。少女から向けられる身に覚えのない憎悪には首を傾げるばかりだが、ここに至りそんな疑問は些事であった。

 何故なら、あれは王に刃を向けた賊である。敵意を向けるだけならいざ知らず、刃を以て明確に敵対の意思を示したとあってはもはや捨て置けぬ。

 

「……良かろう。貴様は余自ら誅を下してくれる」

 

 その不敬、万死に値する。命を以て贖うがいい──もはや敵の強大さなどは関係なく、王は自らの手で敵の命を潰えさせること以外頭になかった。

 

 絶死を告げる王の苛烈な視線と、殺意に濁るカオルの凝視が交差する。初手で王を仕留められなかったカオルは苛立ちを露わにする一方で、「やはりこうなったか」という諦観もまた感じていた。

 必勝を期してはいるが、それでも容易く勝利できるほど彼我の力の差は大きくない。その差をできるだけ大きくするべく執拗にドレインを繰り返したりコムギを攫ったりと様々な手を尽くしたわけだが……こうして現実に対面したことで、カオルは敵の強大さを再確認せざるを得なかった。想像に違わず……否、想像以上に王は強い。原作の時期より明らかに早い誕生だったので幾らか未成熟であることを期待していたのだが、やはりと言うべきか、生まれ持った基本性能が他と隔絶している。オーラ量で上回っただけでは圧倒的な差をつけるには至らなかった。

 

(仮に……大雑把に互いのオーラ量を数値化した場合、王が100とすれば恐らく私は250~300ほど。対して、私の肉体能力を100とすれば王は150~200ほどか。総合能力には然程の差はない。取り分け、耐久力に関しては歴然とした差をつけられている)

 

 元々、メルトリリスという英霊は耐久力を重視して設計(デザイン)されていない。それはむしろ姉妹機たるパッションリップの領分だろう。どれだけドレインを繰り返し性能を拡張しようが、生来の性質だけは変えようがない。そこが「改造」ではなく「拡張」しかできないメルトリリスの限界である。元々低い耐久力は、レベルを上げてもそれなりの数値にしかなり得ないのである。

 その低い耐久力は獲得した膨大なオーラで補う必要がある。しかし元より優れた耐久力を生まれ持っている王は、カオルと比べればそこまで防御にオーラを割く必要がない。攻撃能力で劣っているとは思わないが、それでも攻撃に回せるオーラの割合的に折角上回っているオーラ量というアドバンテージを活かせているとは言い難かった。恐らく、カタログスペック以上にカオルと王との間に力の差はない。

 

 無論、そもそも防御にオーラを割り振らなければ良いというだけの話ではある。元よりメルトリリスは攻撃性と敏捷性に重きを置いた英霊。「当たらなければどうということはない」の精神で特攻すれば何とかなる可能性は高い。だが、それをするにはカオルの側に戦闘経験値が足りていなかった。

 カオルはこれまで一度として本気を出したことがない──言い換えれば、それは「本気を出さなければ勝てないような格上との戦闘経験に乏しい」ことと同義であった。一応は敗北と捉えている天空闘技場におけるヒソカとの戦いでさえ、ルールを無視して全能力を殺害に傾けていれば呆気なく勝てていたことだろう。幻影旅団との戦闘時ですら余裕を──それを油断と言われれば返す言葉もないが──残していた。

 

 そんな有り様で戦闘技術が磨かれる筈もない。未だに"幻想舞踏(クライムバレエ)"が消滅していないことからもそれは明らかである。レベルドレインにかまけて命懸けの戦闘を避けてきたカオルの自業自得であった。

 

 だが仕方がない──カオルは死にたくないのだ。死にたくないのだから、命懸けの戦闘を避けるのは当たり前である。危険を冒したくないがためにカオルはドレインを続けてきたのだ。

 結果として、期待していたほど大きくないものの差はつけられた。これで良しとし、今あるもので勝利を掴み取るしかない。なに、悲観するほど絶望的な戦況でもなし、それに戦いはまだ始まったばかりである。

 

 死にたくない。死なないために、これより命懸けの戦いを始める。矛盾しているが矛盾ではない。何故なら、これが最初で最後の命懸けだから。

 

「切り札もある。だから、大丈夫。大丈夫、私は勝てる。勝って、奴を吸収して、更なる力を得て──」

 

 あれ。

 力を得て、私はどうしたいのだったか。

 

「──そう、平穏だ。誰にも脅かされない環境。命のやりとりなんてない穏やかな毎日。凪いだ海のような、代わり映えのない幸せな安住」

 

 だがあらゆる危険に満ちたこの世界では、そんなささやかな幸福の実現にさえ力が要る。前世の日本でだって事故や事件は絶えなかったのだから、況やこの世界の危険度は計り知れない。

 だから力を。私に力を下さい。どんな危険をも跳ね除けられる、そんな絶対的な力を。

 

「だから──死ね、キメラアント。私の幸福のために殺されろ。お前が死なないと、私は幸福になれない」

 

 望むのは、凪いだ海のような穏やかな毎日。ならば、私が海そのものになればいい。その程度の高望みなら神様だって目溢ししてくれるだろう。だって、本を正せばこの力は神を名乗る何某かによって与えられたものなのだから。

 故に、カオルは迷いなく目的のために力を振るう。これまでそうしてきたように。今に至るまでの道程は、全てこの日のためにあったのだ。

 

 ぶわり、と長く伸ばされた黒髪が躍る。立ち昇るオーラの渦動が天を衝き──刹那、カオルは爆発的な加速と共に再び王へと突撃した。

 

「来るか、下郎。王に盾突くことの愚かしさをその身に刻み込んでくれる」

 

 王の言葉を無視し、カオルは無言で刃を振り上げる。元より語る言葉など持ち合わせてはいない。極めて機械的に、そして義務的に殺戮を遂行する。

 これは狩りだ。獲物を囲い込み、罠にかけ、確実に仕留める。狩りの成就に必要な一手もじきに出揃うだろう。そこに獲物と語らうような余分は不要であった。

 




カオルおめぇ、G・Iでは「冒険っていいよね」みたいなこと言ってたじゃねぇか!言ってることぶれっぶれじゃねぇかいい加減にしろ!

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