実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい(本編完結) 作:ピクト人
一応投稿前と後に一通り確認しているんですけど、それでも漏れが出る。物書きにとって、誤字脱字とは残酷な友人ですね。ぶっちゃけ切れるもんならさっさと切りたい友人関係ですが。
「ぐ、がああああああ……!!」
王の苦悶の声が響く。一歩で亜音速を超え、二歩で音速に至る。木々を薙ぎ倒し岩壁を砕き、地盤を掘削しながらカオルはNGLの樹海を縦横無尽に駆けていた。
カオルは王の後頭部を鷲掴みにし大地に叩きつけ、そのまま"
「おおおおッ、いい、加減に、せんかッ!」
王は両手を回して己の後頭部にあるカオルの手に掴みかかり、拘束を引き剥がそうとする。しかし白く細い五指は万力の如く王の頭を掴んで離さず、鉤爪は虚しく肌に傷をつけるだけに終わる。
そうしている間にもカオルは一切減速せず、なおも旋回するように樹海を駆け巡る。固く根を張る巨木に叩きつけ、聳える岩壁に叩きつけ、大地に叩きつけ消えぬ轍を刻み込む。まるで親の仇と言わんばかりの執拗さで王の頭を打ち据え振り回し──しかし、甲殻が磨り減るどころか血の一滴も流れる様子はなかった。
「かったいわねコイツ。本当に生き物?」
「ぉぉおおおおお……!」
拘束を剥がすことを諦め、王は地面に向かって勢いよく腕を叩きつける。真下で爆発した衝撃はカオルごと王の身体を空中へと持ち上げた。
束の間の浮遊感。跳ね回る視界から解放された王は、ギロリと背後の怨敵を睨む。
王がこうして空中に逃れるのはこれが初めてではない。しかしその度に真上へと噴射される"
「"
──だが、ようやく反撃せんとした王を出迎えたのは灰色に輝く炎だった。
視界を埋め尽くすのはゼロ距離で放たれた巨大な火箭。不浄を思わせる青い燐光を散らす灰色の炎は、目まぐるしく形を変えながら王の身体に纏わりついた。
「が、あ"あ"ア"ア"ア"!?」
それは炎でありながら極寒の冷気を纏っていた。幾千もの針で神経を刺されるような激痛が走り、王は堪らず絶叫を上げる。更に追い打ちをかけるように開いた口腔にまで炎は侵入し、容赦なく口内の水分を氷結させた。
キメラアントの王を相手取る上で、カオルは強力な念能力を開発することよりも単純にオーラ量において王を上回ることが最も肝要であると結論付けた。嵌れば強い能力とは、翻って嵌らなければ何の意味もないということでもある。コルキスの魔女の大魔術が騎士王の対魔力を前に敢えなく雲散霧消してしまうのと同じように、膨大なオーラを持つ王に念能力が通じない可能性を危惧したのである。
とは言え、オーラの増強にかまけてそれ以外の一切を切り捨ててしまうのもまた下策である。オーラを込めた物理攻撃が王の肉体強度を超えられない可能性もまた等しく存在するのだから。
故に、カオルは賞金首の念能力者をドレインする中で「これは」と思った能力のみを厳選して奪い、独自に改良して第二第三の刃として隠し持っていたのである。今し方放った"
結果は──ご覧の通り。灰色の炎が散ると、そこには白い息を吐き震えながら蹲る王の姿があった。薄く開いた目蓋から覗く眼球にはびっしりと霜が張っている。
しかし息を吐いているということは呼吸器を凍結させるまでは至らなかったらしい。徐々に呼吸を荒くさせ、王はパキパキと凍った関節を動かして立ち上がろうともがいている。
(そのまま窒息死してくれれば楽だったのだけど)
小さく息を吐きつつ、カオルは具足にありったけのオーラを充填させる。動きが止まっている今が好機。
「
折り曲げた右膝から伸びる鉄杭の如き棘が蒼く輝く。"
狙うは心臓。一突きで仕留めてくれる──そう必殺を期して放たれた一刺はしかし、伸ばされた王の右手で受け止められた。
「!?」
極低温で動作が鈍っているように見えたのは
「間抜け」
超速の突進を腕力のみで防ぎ切った王は、軽く身動ぎし全身の霜を振るい落とすや勢いよくカオルを振り回し始めた。先程までの意趣返しと言わんばかりに何度も何度も地面に叩きつけ木々を薙ぎ倒し、その度に地響きを立て大地を揺らす。
「……頑丈な脚だ」
振り回す手は止めず、王は己の右手に目をやりぽつりと呟く。金剛石すら容易に握り潰す王の握力を以てしてもカオルが纏う具足に罅一つ入れることは叶わなかった。ギシギシと軋みを上げるのはむしろ王の腕の
「フン」
王は不満げに鼻を鳴らすと、ハンマー投げの要領でカオルを投げ飛ばした。カオルはまるで鉄砲玉のように水平に吹き飛んでいく。
立ち並ぶ木々を粉砕し一直線に吹き飛ぶ。カオルが脳震盪から解放され我に返ったのは二キロ近く吹き飛んだ辺りだった。
"
ズズン、と髪を巻き付けた大木が倒壊する。身を起こすカオルは全身を苛む鈍痛に顔を顰めるが、その程度で済んだのは幸いであった。普通の人間であれば投げ飛ばされた時点で死んでいるし、そもそも振り回される際に右足が根元から千切れ飛び出血多量で死んでいる。レベルドレインによって少なからず強化された肉体強度と極まった"流"によるオーラ防御がなければ危なかっただろう。
「やってくれる……」
ギリリと歯軋りし、カオルは脳内メモに「王に冷気攻撃は効果なし」と書き込む。ゴキブリですら低温下では活動を停止するのに、蟻んこが元気一杯とはどういう了見か。昆虫の常識を無視する敵の理不尽と、偽装を見破れなかった己の不甲斐なさに腹が立つ。
体表面のオーラを小さく放射し土埃を払うと、思考を打ち切り接近する巨大なオーラに向き直った。吹き飛んだカオルを追って王が迫る。カオル程ではないとはいえ、数キロの距離を僅か数秒で走破するとは見上げた健脚である。
「"
左腕から膨大なオーラが噴き上がり巨大な腕を形成する。指先は鋭くまるで鉤爪のようだが、この能力の本領は攻撃にはない。
構えた"
だがそれだけだ。オーラの腕故に拳大の穴が開いた程度では何の痛痒もなく、むしろ飛び込んできたのをこれ幸いと五指を閉じ王を捕えに掛かった。
「この程度……!?」
王は身を捩り腕力に任せて拘束を引き剥がそうとするも、オーラの腕はびくともしない……どころか、身体が思うように動かない。まるで金縛りを受けたように身動きが取れなくなった。
これが"
ビシリ、と"
尾の衝撃により中指と薬指、小指が砕け散った。これにより更に能力が減衰し、王はほぼ身体の自由を取り戻すことに成功する。
「フンッ」
伸びきった右腕を引き戻し、上半身を縛る人差し指と親指に両手を掛ける。そのまま捻るように力を込めれば、指は呆気なく千切れ消滅した。
指を全て失ったことで形成を維持できず"
カオルのオーラ量を以てしても数秒間の拘束が限界。大した制約のない能力などそんなものだ。──とは言え数秒間の猶予が得られたのは事実。王を相手にそれは値千金の時間であった。
拘束から逃れた王は身を翻し、カオルから五メートルほど離れた位置に着地する。そして着地と同時に水飛沫が上がり、王の足を濡らした。
「……?」
王は違和感を覚え足元を見る。果たしてこんな所に水溜まりなどあっただろうかと。
否、それは水溜まりではない。波のようにさざめくその水は、いつの間にやらカオルを中心に徐々に広がり水位を増していた。
途端、王の全身に抉るような虚脱感が襲い掛かった。
「ぬぅ……!?」
宝具、断片展開──それは触れた者を蕩かす毒の水。女神の権能を具現した宝具の片鱗。カオルの足元より生じたそれは致死の
メルトウイルスを含んだ毒水は急速に王の顕在オーラを吸い上げる。直接体内に打ち込むより効果は低く肉体を溶かすには至らないが、体表を覆うオーラを吸収するには十分な役割を果たしていた。
「チッ……余が動きを止めていた間に仕込んだか」
王は崩れ落ちそうになる身体に鞭打ち飛び退る。これ以上この場に留まっていては命が危ういと本能が警鐘を鳴らしたのである。さもあらん、オーラとは生命力そのもの。それを吸い続けられれば流石の王と謂えど朽ちて死ぬしかない。
今やカオルの周囲は彼女の領域と化している。そこに踏み込めばただでは済まないだろう。王はそれを厭って距離を取るが、女神の海は生き物のようにざわめき獲物を追って支配域を広げていく。ならばと樹上へと場所を移すも、毒水は容赦なく木々の生命力をも奪い去った。
「厄介な!」
王は吐き捨てるように悪態をつく。地面にいても駄目、樹上にいても駄目。そうなれば飛行能力を持たない王には為す術がない。
王は逃げることしか出来ない屈辱に歯軋りする。一方、カオルは水を得た魚……否、湖上の白鳥が如き動きを見せていた。歩行に適さぬ彼女の脚は柔らかい土の上では本領を発揮できない。バレリーナが躍るに相応しい大理石の床か、彼女の中核をなす女神と親和性の高い水上においてのみその本領は発揮される。
水飛沫が舞う。カオルは左脚で水上に立ち右脚を後方に上げ、滑るように華麗に高速移動する。アラベスクと呼ばれるバレエの技法の一つだが、決してふざけているわけではない。"
それが証拠に、"
「そら、追いついた」
「下郎が……!」
両者の間合いは既に十メートルもない。言うまでもなくその周囲は水浸しであり、いよいよ王の逃げ場はなくなっていく。
そして加速。"
王は身を捩り迫る膝の棘を回避しつつ、尾を振るい打ち据えんとする。
しかしカオルは避けられたと見るやすぐさま"
「ぐぅ……!」
鋭利な踵は火花を散らして王の甲殻を削り強かに蹴り飛ばす。横方向に吹き飛んだ王を、カオルは地面に降りることなく再び"
「舐めるな……!」
王は空中で体勢を整え、迫るカオルを迎撃せんと拳を振り上げる。しかしカオルは王に接触する手前で身を翻すと、蒼く輝く魔力刃を撃ち放った。それも一発ではない。数十条にも分裂した刃が死の風となって王に叩き込まれた。
「ぐおおおおぉぉォッ!」
回避は不可能。全てを捌き切ることもまた然り。瞬時に反応した王は無数の刃のうち半数あまりを叩き落すも、残りの半数に身を切り裂かれ吹き飛ばされた。
オーラによって強化された脚力から放たれる、怖気がするほど濃密な魔力が込められた致命の刃。仮に同じ強度の装甲を有していたとしても、他の凡百のキメラアントでは致命傷は免れまい。王だからこそ半数の被弾で済み、また吹き飛ぶだけに留められたと言うべきだろう。
しかし今のカオルに容赦の二文字はない。既に一撃で仕留められるなどと思い上がってはおらず、だからこそ虎の子の宝具を限定的にも開帳したのだ。
吹き飛ばされた王は当然の如く全てを蕩かす女神の海に着水する。そして始まる生命力の簒奪。今や地の利は完全にカオルに味方していた。
「ふ、ふふ、フフフ……」
殺意に濁る双眸が細められ、開いた口裂が三日月を描く。昂る魔力と充溢するオーラ。そして戦闘の高揚がカオルの精神を兵器として設計された肉体に最適化させていく。敵を傷付け、傷付けられ、更に敵を傷付けんと刃を晒す。交錯する殺意が刃を磨き、ここに至り彼女の戦意は過去最高にまで高まっていた。
それはレベルドレインとは異なる進化。急速に拡張されていく肉体と比較しあまりに凡庸であった精神の、極限状態が引き起こした急成長である。
「踊れ踊れ、憎き
究極の
知らず知らずの内に身体を縛っていた枷。精神の
「──柘榴のように散華するがいい!」
殺戮の嗅覚で獲物を求める。時間を追うごとに鋭くなっていく身のこなし。これまでとは比較にならぬ最適な動きを可能とし、白鳥は獲物へ向けて飛翔を開始した。
最高ではなく最適。生物には身体に合った動作というものがある。陸上選手のランニングフォーム。鳥の羽ばたき。四足の疾走。尾鰭の閃き。では、メルトリリスにとっての最適とは何か。
滑り出しは静かだった。"
そして、姿勢の美麗さに反してその加速はいっそ破滅的だった。まるで風の抵抗など存在しないかのように滑らかで、棚引く髪は毛先に至るまで隙が無い。なのに、その速度は瞬間移動と見紛う程に速かった。まるで停止した時間の中を彼女だけが動いているかのよう。王がようやく身を起こした時には、カオルは既に獲物を間合いに捉えていた。
「死ね」
死を巻いて斬風が走る。断頭台の如くに叩き下ろされる踵の刃。魔剣ジゼルと呼び称される鉄のヒールは、寸分の狂いなく王の首を照準していた。
「舐めるなと、言ったはずだ……!」
王は下策と知りながらその一撃を転がって避ける。毒水によるオーラの吸収が加速するが、この一撃を受ける方が致命的だ。これは防御できない。堅牢な甲殻と強靭な肉体を超えて命を食い破る致命の刃。
そして王はこれ以上吸収されないようにオーラを固め、よりハッキリと鎧をイメージして身に纏った。それが"堅"と呼ばれる技法であることなど知る由もない。類稀なる戦闘勘を持つ王は本能で"堅"の行を我が物としたのである。完全開放されていない宝具では、より強固に肉体と結びついたオーラをドレインするのは難しい。
明らかにオーラの吸収速度が鈍ったのを感じ取り、満を持して王は攻撃に転じる。だが、それがどうしたというのか。元より宝具によって水を生んだのは足場を整えるため。オーラの吸収など副次効果に過ぎない。舞台が整ったのなら、後はプリマドンナの独壇場だ。
凍れる世界に死線を見る。拡大する精神が火花を上げて未来を映す。
時、間、線、三種の理合い変数に算盤を弾いて代入。殺人方程式が次々と結果を弾き出す。膨れ上がる殺意とは裏腹に、凍てつく思考は冷酷且つ無慈悲に殺戮を計算する。
ア・テールからドゥミ・ポワントを経て
王の拳撃が空振る。拳圧は大気を歪ませ衝撃波を放つも、当たらなければ意味がない。フェッテで翻弄するカオルは意識の外から王を強襲した。
"堅"を習得しより強固となった鎧の如きオーラの防御。しかし急拵えの鎧には隙間がある。刃が僅かなオーラの間隙に滑り込み、甲殻の切れ目に潜り込む。肉を裂いて管を断ち、致死の猛毒を送り込んだ。
──己の刃が敵の命に食い込むのを、カオルは加速した知覚の中で確と捉えた。
口元が綻ぶ。噴き上がる鮮血を浴びつつ、確かな手応えにカオルは花のような微笑みを浮かべた。怨敵の苦痛に歪む表情が愛おしい。
そして、カオルはどこかでガラスが割れるような音が響くのを聞いた。同時に訪れる僅かな喪失感と、それを上回る解放感。まるで重い枷が外れたかのような感覚に、"
最適化は完了した。まるで箍が外れたかのように魔力とオーラが噴出し、黒かった髪が鮮やかな菫色に染まる。今この瞬間、カオルはメルトリリスの全てを我が物にしたのだ。
なるほど苦労するわけだ、と苦笑する。メルトリリスの
神経も脳もなく、意識のみによって肉体を操る技法。
自身の肉体を機械的に制御するために精神に構築された情報処理回路。
知覚力の限界まで時間感覚を引き延ばし、心だけを加速する技術。
これが人ならざる人間霊、英霊ならざるハイ・サーヴァントの機構。兵器として産み落とされた異形に備わった機能である。
「おのれ───!」
背に走った裂傷から流血しつつ、激昂した王はカオルに飛び掛かる。鋭利な鉤爪を伸ばし、心臓目掛けて手刀を放った。
だが、カオルは何故か回避しない。ずぶり、と華奢な胴体の中心に手刀が突き立ち──まるで水風船が弾けるように全身が飛散し、周囲に広がる海へと満ちていく。
「なに……?」
突然液体となって弾けた敵の姿に目を疑う。ザザ……と波の音だけが響くばかりで、あれほど自己主張していたオーラが影も形もない。
王は知る由もない。メルトリリスの身体は完全流体。人型としての器に縛られず、その気になれば完全な水流へと変容することも可能となる。──さあ、埒外の異形が手繰る戦技をその身でとくと御覧じろ。
背後の水面が弾ける。"絶"から"練"、静から動への変遷に遅滞なく、瞬時に元の人型へと戻ったカオルは完全な不意打ちを成功させた。
背に刻まれた傷跡を押し広げるようにヒールを抉り込む。そのあまりの激痛に王は絶叫を上げた。
「があああああああ!き、さまァあああああ!」
背後へと振るわれる裏拳。しかし次の瞬間には再びカオルは流体と化しており、拳撃は虚しく虚空を叩く。自在に撓る尾で辺り構わず水面を叩くもまるで手応えがない。
敵を捕捉できない。それは王にとって未知の衝撃だった。ただ速く動かれるのとはわけが違う。まるで霞を相手にしているかのような感覚であった。
そして、混乱の極みにある王に追い打ちをかけるかの如く事態が進行する。遠方から轟く怪異の雄叫びと、膨れ上がる悍ましい存在感。
『■■■■■■───!!』
「ッ、シャウアプフ……!」
今や唯一となった臣下の名を呼ぶも、当然ながら答えが返ることはない。ただ、天を衝かんばかりに巨大な異形の影が蠢くばかりである。
「これで手札は揃ったわ。あとは仕上げにかかるだけ」
水面が盛り上がり、それが人型となってカオルが現れる。その視線は彼方の巨大海魔に向けられており、手には魔導書が握られている。
「いよいよ演目も
「おのれ下等生物風情がァ……!」
王はギリギリと歯軋りし憤怒に顔を歪ませる。それを見て、カオルは笑みを深め囁いた。
踊れ踊れアルブレヒト。どうか、私の
※黒色→菫色への髪色の変化に演出以上の意味はありません。超サイヤ人みたいでカッコイイやん?