実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい   作:ピクト人
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 短編の特権。場面を飛び飛びにして書きたいところだけ書いても許されること!……だと思う。
 正直書きたいことが増えてきたので連載扱いにしてもいいとは思うのですが、元が一発ネタだったので途中で止まりそうな気がするのですよね……悩ましいところです。



踵の名は魔剣ジゼル。道化と戯れる第二話

 

 第一試験官サトツによる、地下道及びヌメーレ湿原の長距離移動試験。そして第二試験官ブハラ並びにメンチによる食料調達・調理試験。これら二つの試験を乗り越えた受験者42名を乗せたハンター協会所有の飛行船の一室にて、試験官三名は諸々の雑事を終え遅めの夕食をとっていた。

 そんな中、彼らは「今年は何人ほど残るか、あるいは見込みがあるだろうか」という話題で盛り上がっていた。

 

 「今年は中々の粒揃いだと思うのよねー。一度全員落としといてなんだけどさ」と朗らかに笑うのは、美食ハンターのメンチ。細身の女性ながら次々と並べられた料理を片付けていくのは、流石美食を追い求め東奔西走するプロハンターだけあるということだろうか。

 

 「でもそれは、これからの試験内容次第じゃない?」と料理を頬張りながら言うのは、同じく美食ハンターのブハラだ。数刻前に何頭もの巨大豚の丸焼きを平らげたとは思えぬほどの衰えることなき食欲。彼はその巨体に恥じぬ健啖ぶりを現在進行形で発揮している。

 

 「ふむ、確かに。今年はルーキーがいいですね」と行儀よく食事を進めるのは、遺跡ハンターのサトツ。スラリと伸びた手足にスリムな体形。決してひ弱というわけではないが、彼は前者二人と比べれば常識的な量の食事を楽しんでいた。

 

「あたしは294番が良いと思うのよねー!」

 

「私は断然99番が良いですね」

 

 メンチが挙げたのはハンゾウと名乗る(自称)忍者の末裔たる一族の男。そしてサトツが名指ししたのはキルアという銀髪の少年であった。いずれもプロハンターとして……即ち、念能力者としての彼らの視点で将来有望と評された二人であった。

 

「ブハラは?」

 

「そうだねぇ……ルーキーじゃないけど、やっぱり44番かなぁ」

 

 メンチに水を向けられたブハラは、少し考えた後にある一人の男の番号を挙げた。

 44番───即ち、ヒソカ=モロウである。番号から瞬時に誰かを察したメンチとサトツは、あからさまに顔を顰めた。さもありなん、彼らは試験中常にヒソカから殺気を向けられ続け、サトツに至っては念で強化されたトランプを投擲されたのだ。実力はあるのだろうが、良い感情など抱けようはずもない。

 

「……そういえば」

 

 彼らの間でヒソカは要注意人物であると結論が出されたところで、サトツはふと思い出したように声を上げた。メンチとブハラが首を傾げてサトツに視線を向ける。

 

「382番。同じく既に念能力者であると思われる彼女、どうも44番と知り合いだったようですね。試験開始を待っている間、何やら言葉を交わしておりました。初対面、という様子ではありませんでしたな」

 

「えーっ!あのカワイイ子と?44番が?嘘ぉ!?」

 

 メンチがあり得ない、とばかりに目を剥く。ブハラも同じ意見であるようだ。

 彼ら二人から見て、382番───カオル=フジワラの印象はそこそこ料理ができる清楚な少女である。あの変質者そのもののピエロと知り合いとは俄かには信じられなかった。特に名前からも分かるようにジャポン出身である彼女はメンチの出した課題である「スシ」について知っていたらしいこともあり、受験者の中で唯一まともなものを提出してきたことでメンチからの印象は良かったのだ。

 

「ふむ、その様子ですとお二人は知らないようですね。実は彼女はそこそこ名の知られた人物でして」

 

「え、そうなの?実は凄い格闘家とか?」

 

「当たらずとも遠からず、でしょうか。彼女はああ見えて賞金首狩りらしくてですね」

 

 私もそう詳しいわけではありませんが……と前置きした上でサトツは語る。カオルはかなり悪名高い賞金首狩りである、と。

 

 カオルの名が知れるようになったのは、およそ四年前あたりである。ライセンスを有したプロハンターではなく、ましてやアマチュアハンターを名乗るでもない彼女の知名度は最初は非常に低かったという。その華奢な見た目も相俟って、彼女をあからさまに侮る人間も多かった。

 にもかかわらず、カオルは僅か数か月で頭角を現した。多くの依頼を達成し、しかし轟いたのは威名や勇名ではなく悪名。何故なら、彼女が狙う獲物は必ず「生死問わず」の凶悪犯ばかりであり。

 

 ───そして、常に首だけを(・・・・)抱えて戻ってくるのである。首から下、つまり胴体が見つかったことは一度としてない。

 

 首を持って帰るのは分かる。本人確認のために最も分かりやすい証拠として挙げられるのは本人の首だ。しかし胴体もあった方がいいのは当たり前であり、更に言うなら生きている方がもっと良い。いくら生死問わずとはいえ、生きて捕らえた方が依頼者が喜ぶのは当然である。

 しかしカオルは頑なに賞金首を殺し続け、必ず首だけを持って帰る。二十にも届かないであろう年齢の少女が、返り血一つ浴びず生首を抱えて戻ってくる……想像するだにホラーである。

 

 故に、ついた異名は「首狩り」。"首狩り"のカオルといえば、賞金首ハンターの間ではそれなりに有名であった。

 

「ふむ……食事中にする話ではありませんでしたかな」

 

 メンチとブハラは顔を青くしている。美食ハンターとして魔物などの猛獣と戦うことは多々ある彼らではあるが、対人戦の経験は豊富とは言い難い。彼らも一流の念能力者である以上人の血ぐらい慣れたものだが、しかしあんな人形みたいに可愛らしい少女が……となると流石にぞっとしたようだ。

 

「……やっぱり注目すべきは非念能力者のルーキーよね、うん」

 

 そう自分に言い聞かせるよう呟くメンチの言葉に、ブハラは全力で同意するのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 当初の目論見通り、私はゴンたち主人公一行との顔繋ぎに成功した。"新人潰し"トンパに先んじて彼らの三次試験に同行し、それなりの友誼を結ぶことができたのだ。態と空気を悪化させようとする者さえいなければ、基本的に善良な四人だ。私という異分子がいても恙なくトリックタワーを攻略できた。

 

 ───だから、少々油断していたのかもしれない。

 

 ヒュン、と眼前をトランプが擦過する。咄嗟に首を傾けていなければ、間違いなく片目が潰れていただろう。

 

「フフフフフ♥流石だね♠︎完全に不意打ちだと思ったんだけど♦️」

 

「ここで来るか、ヒソカ!アナタのターゲットは私じゃないでしょうが……ッ!」

 

 ……ここはゼビル島。四次試験、受験者同士での番号札(ナンバープレート)の奪い合いが行われる閉じられた戦場。そこで早々に札を集め終えて呑気していた私の元に、突如変態ピエロが強襲を仕掛けてきたのであった。

 

 立て続けに投じられる念で強化されたトランプを避けつつ、チッと舌を打つ。一次試験以降、ヒソカはずっとゴンにご執心な様子だったので完全に油断していた。まさかゴンを捨て置いてこちらに来るなど、予想だにしていなかったのだ。

 木を盾にしてトランプの連撃を凌ぎ、フラフラと近寄ってきた好血蝶───人間の血を好んで吸うゼビル島固有の蝶───を握り潰す。虫の体液と誰かの血で手がベットリと汚れるも、構わずその血液に魔力を流し込む。

 

「Wgah’nagl fhtagn───出でよ深淵の眷属、あの変態と遊んでなさい!」

 

 掌に張りついた血液が泡立ち、名状し難い奇声と共に青黒い海魔が現れる。魔導書を実体化させなかったのでサイズは控え目だが、その分人血を触媒にしたため召喚速度はピカイチだ。

 それに海魔は見た目のインパクトが凄まじい。如何にヒソカといえども面食らって足を止めるだろう。その隙に逃げ果せてくれる……!

 

 バシッ。

 

「キー」←裏拳で吹き飛ばされた海魔の悲鳴。

 

 バチン。

 

「キー」←"伸縮自在の愛(バンジーガム)"で弾き飛ばされた海魔の悲鳴。

 

 ……はーつっかえ!足止めぐらいしっかり果たさんかいこのミニ海魔どもが!

 

 いや、これは微塵も動揺しなかったヒソカの胆力をこそ称賛すべきか。サイコパスがどうこうと言うより、一流の念能力者たるものこの程度のグロ生物で隙を晒す方が可笑しいのだろうか?

 いずれにしても私の浅はかな目論見は潰えた。制約で"纏"しかできない現状の私に逃げ切れる道理などなく、瞬時に追いついてきたヒソカの蹴りを交差させた腕で受け止める。

 

「づッ……!?」

 

 メキリ、とあまりに重い蹴撃に腕が軋む。容易く吹き飛ばされた私は一直線に森の中へと蹴り戻された。不味い、障害物の多い森の中はヒソカの独壇場だ。

 

「隙あり♣️」

 

 ギュオン、と木に粘着させた念糸の伸縮を利用したヒソカが急旋回して私の背後に回り込んでくる。これも"伸縮自在の愛(バンジーガム)"の応用だろうが、スパイダーマンか己は……!

 

「くっ、解除!」

 

 ギイィンッ、と硬質な音が木霊する。元の形を取り戻した私の足とヒソカの蹴りが衝突したのだ。

 試験中は"秘密の花園(シークレット・ガーデン)"を解きたくなかったが、事ここに至っては腹を括るしかあるまい。全てのオーラ使用を解禁された私は直ちに"纏"から"練"に移行し、戦闘態勢を整える。

 

「ククク……ようやくその気になってくれた♥やっぱり本気じゃないキミを嬲り殺しても面白くないからね♠」

 

「ふん、どの口がほざくのかしら。第一、私にアナタと戦う気なんてこれっぽっちもないのだけど?というか、アナタ自身のプレート集めはどうしたのよ!」

 

「ボク?もうとっくに集め終わったさ♦」

 

 キミと同じでね、と笑ってジャラリと番号札を取り出す。その数八枚。

 

(コイツ、私と戦うためだけに必要以上のプレート乱獲しやがった……!)

 

「だからこれは暇潰しさ♣️お互い楽しもうじゃないか♥」

 

 言うや否や、ドン、と地を蹴ってヒソカが急接近する。私はそれを避けようと身を沈め───ガクン、と突如あらぬ方向に身体が泳いだ。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に渾身の"凝"を目に施し己の身体を観察する。すると、私の右腕から伸びるオーラの糸が薄らと露わになった。

 間違いない、これは先ほど蹴り飛ばされたときに付着させられた"伸縮自在の愛(バンジーガム)"……!

 

(これだけ目を"凝"らしてようやっと視認できるほどの見事な"隠"!Fu〇k!実力のある変態とかどんな悪夢だ───!)

 

 しかし完全に崩れた体勢を整えるのは容易ではない。ヒソカほどの実力者相手に、それは致命的な隙となる。

 

 ───そして、念で強化されたヒソカの拳が突き刺さった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 "伸縮自在の愛(バンジーガム)"でバランスを崩した相手を容赦なく殴りつける。これはヒソカ=モロウの基本的な戦法であり、四年前カオルは巧妙な"隠"で隠されたこれを見切れず術中に嵌まり続けていたのだ。そして今もかつての焼き増しのように殴られ吹き飛んだカオルだが、ヒソカの目に失望の色はない。むしろその不気味な笑みをより深めていく。

 

(うーん、相変わらず見事な"流"だ♠惚れ惚れしちゃうね♦)

 

 "流"……"練"や"堅"のオーラ状態から状況に合わせて攻撃部位や防御部位にオーラを移動させるオーラ攻防力移動技術。 念戦闘での攻撃、防御の基本であり奥義である。 極限まで鍛えた術者ともなれば一切相手にオーラの流れを先読みさせず、オーラの移動を穏やかかつ完璧に行うことが可能となるのだ。

 そして、カオルはこの"流"に限っては尋常ならざる技量を誇っている。"練"や"堅"などの技量は平均の域───年齢を考慮すれば十分素晴らしいものだが───を出ないものの、こと"流"の技量ではヒソカですら及ぶものではなかった。

 

 カオルはサンドバッグの如く散々殴られ続け敗北した四年前の戦いを己の完全敗北と思っているようだが、とんでもない。変化系能力者でありながら並みの強化系を凌ぐパワーを有するヒソカに殴られ続けられる(・・・・・・・・)ことがどれほどの異常であるか。

 並の念能力者ならば二、三発も受ければ致命傷となる。対して、カオルが四年前の試合でヒソカから受けた攻撃は都合五十四発。そこまで攻撃を受けておきながら、彼女は結局最後まで意識を失わなかった。敗北となったのは、場外などで多量の失点を重ねていたからに過ぎない。謂わばルール上の勝利であり、ヒソカはこれを勝利とは思っていなかった。

 カオルにこれほどのタフネスをもたらしたのは、他ならぬ非常に高い"流"の技量故である。彼女は正確で速すぎるオーラ移動で以て被攻撃箇所を確実に"硬"で受け続け、遂に一度としてクリーンヒットを受けなかったのである。ヒソカからすれば常に重厚な鋼鉄を殴りつけているような感覚であった。

 そして今も……否、手応えからして確実に四年前より"硬"による防御力が上がっていた。これはオーラの運用が巧みになったのか、それとも保有するオーラ量そのものが増えたのか。どちらにしても素晴らしいことである。ヒソカは隠すことなく歓喜を露わにした。

 

「イイ♣️実にイイよカオル♥それでこそボクが見込んだ───」

 

 そこまで言いかけ、急に真顔に戻ったヒソカは大きく上体を反らした。後に繋がる動きなど考慮しない全力の回避。果たして、ヒソカの顔面擦れ擦れを青い衝撃波が通過していった。

 次いで、周囲一帯の木々の上半分が裁断されて地に落ちていく。後一瞬避けるのが遅れていれば、ヒソカの首も同じ末路を辿っていたことだろう。ヒヤリと首筋を撫でる冷たさにヒソカは思わず勃起した。

 

「……見たことない技だ♠四年前にはなかったものだね♦」

 

「いつまでも無様に転がされ続ける私ではないと心得なさい。伊達に"首狩り"なんて不本意な渾名を頂戴してまで、四年間賞金首を狩りまくっていたわけではなくてよ?」

 

 ガツン、と鋭利な踵が地を抉る。苛立たし気に木立の間から現れたカオルの足……白銀の槍の如き鋼の具足、その刃の踵に青いオーラが宿り仄かに輝いていた。その輝きは、今まさにヒソカを掠めていった青い衝撃波と同質のものである。

 

(恐らく、今のは振り抜いた足の軌跡に沿って飛翔するオーラの刃♣️あの威力、間違いなく放出系の"発"だろう♥)

 

 しかし、もし放出系の"発"だとすると腑に落ちない点がある。何故なら、カオルはほぼ間違いなく具現化系能力者であるはずだからだ。

 カオルの系統を具現化系と判断する根拠は、彼女の最大の特徴である鋼の脚だ。どれだけ念を籠めて殴ろうが傷一つ付かない、曇りなき白銀の鎧。あれほどのものは相当具現化系と相性が良くなければ作り出せないはずである。しかし、放出系は具現化系とは対極に位置する系統。罷り間違っても具現化系の能力者に木々を何本も伐採するようなオーラの刃を飛ばすことなどできないはずなのだ。

 

(彼女は具現化系?それとも放出系?うーん、分からないや♠)

 

 そう内心でおどけつつも、しかしヒソカの中では殆ど結論は出ていた。───ずばり、カオルは具現化系の念能力者である、と。

 

 その確信に至ったのは、先ほどカオルが逃げようとした際に呼び出した青黒い触手の怪物である。あのような奇妙極まりない生物など、「念獣」と呼ばれるエネルギー生物以外では説明できない。そしてこの念獣を作り出せる系統もまた具現化系である。

 

 鋼の脚と触手の念獣。この二つを実現できるカオルは、紛れもなく具現化系能力者であろう。

 

(───素晴らしいッ♦)

 

 分からない。間違いなく具現化系でありながら、放出系でなければ実現できない威力の念刃を放てる理由が分からない。この百戦錬磨の念能力者、押しも押されもせぬ強者であるヒソカにすら分からない───!

 一体どんな秘密があるのか。気になって仕方がない。故に暴く。必ず、必ずやその秘密を解き明かし───そして完膚なきまでに破壊し尽くす。蹂躙し凌辱し尽くし、この強く美しい少女の五体を微塵に引き裂くのだ。その甘美なる妄想だけで絶頂してしまいそうである。

 

 ヒソカの脳裏にある二人の人物の影が過る。一人はある旅団を統べる、既にして完成している強者。そしてもう一人はつい最近出会った、輝かんばかりの将来性を有する未だ発展途上の少年。どちらもヒソカの食指を刺激して止まない魅力的な獲物である。そこにまた新たな少女が加わった。こちらも目移りしてしまいそうなほど美味しそうな果実で困ってしまう。

 嗚呼、素晴らしい(Oh!Majestic!)。何故、斯くも世界はヒソカを魅了する人間に溢れているのだろう。この素晴らしき世界に祝福を、と危うく歪んだ人類愛に目覚めかけたヒソカは恍惚とした笑みを満面に浮かべた。

 

 その生理的嫌悪感を催す笑顔を直視してしまったカオルは、濁った眼で変態(ヒソカ)を睥睨する。

 

「───決めたわ。アナタは今ここで殺してあげる」

 

 鋼に包まれた両足を大きく広げ、胸が地に触れるほど姿勢を低く構える。右手をそっと大地に添え、クラウチングスタートのような体勢でカオルは怨敵を見据えた。

 

「我が踵の名は魔剣ジゼル。誇り高き白鳥のエトワール。

 身も心も、生きていた痕跡さえも溶かし尽くして踏み躙ってあげる───!」

 

 オーラ・魔力全力開放。激烈なる突撃は、まさに是放たれる矢の如し。

 加虐的に、鮮やかに、敵を激流と共に溶かし尽くす。湖上の星、孤高なるプリマドンナが飛翔した。

 

 

 

***

 

 

 

 カオルは四年前の手痛い敗北を契機に、生まれて初めて本気の焦燥を覚えた。即ち、このままではこの世界を生き抜くことは不可能だと。

 

 世界中を見渡しても五指に入るであろう一流の中の一流の念能力者、ジン=フリークスは断言した。現行人類が滅んでいないのはたまたま(・・・・)である、と。

 かつて人類が暗黒大陸より持ち込んだ「五大災厄」を筆頭に、この世界には人類の想像を絶する災いで満ちている。人類を絶滅させ得る亜人型キメラアントですら、暗黒大陸全体から見ればそのほんの一欠片に過ぎないのだ。

 

 翻って、ヒソカ=モロウという紛れもない強者ではあるが只の人間に過ぎない彼に敗北し、無様に逃げ出した己はどうか?果たして、約束された繁栄など存在しない……人類の存続が不確かなこの魔境で、一体いつまで生きていられるのだろうか。

 少なくとも、このままではそう遠くない未来に死に絶えると判断した。あるいはカオルの寿命が尽きるまでの間ぐらいは人類の生存圏は平穏なのかもしれないが、しかしキメラアント編以降の原作知識を持たないカオルに楽観視は許されなかった。……というか、下手をすれば暗黒大陸からの災いの来訪を待たず、ヒソカに殺されてしまうのが先かもしれない。

 

 故に、カオルは早い内に力をつけておく必要があると考えた。可及的速やかに、手遅れにならない内に。

 

 ───そして、カオルは外法に手を染めた。

 

 カオルが有するメルトリリスの能力の一つに、「id-es(イデス)」と呼ばれるアルターエゴにのみ許された特殊能力がある。

 彼女のイデスはスキル「吸収」が進化して生まれた「メルトウイルス」。エナジードレインの最上級であり、ドレイン・コピー・スケールダウンなどを可能としている。特に吸収能力に関しては「オールドレイン」とも呼称され、メルトリリスの代名詞として作中において猛威を振るっていた。

 

 そして賞金首狩りとなったカオルは、「生死問わず」の凶悪な賞金首を見つけてはこれを容赦なく殺し、経験値として吸収していったのだ。彼女が悉く首だけしか持ち帰らなかったのは、そもそも吸収されて身体が残っていなかったからである。

 体内で生成されるウイルスを(どく)として対象に注入し、「魔力」「スキル」「容量」などの略奪する要素を抽出し溶解させる。その後それら液化した情報を吸収し自らの一部とするのだ。こうして百人近い人間を溶かし吸収し続け、膨大な経験値を獲得したカオルは四年前と比較し格段に強くなった。もはや"絶"の状態ですら並の念能力者の"纏"に相当する肉体強度を得ているのだ。

 

 ……故に、どう言い繕ってもカオルは大量殺人者である。しかしこれだけ屍を積み重ねても、そもそも最初に凶悪犯とはいえ人を殺めたときですら、彼女の内に罪悪感などは浮かばなかった。まるで、既に誰かを殺したことがあるかのように(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、「今更である」という感慨しか浮かばなかったのだ。それが奇妙といえば奇妙であった。

 

 とまれ、こうして着々と力をつけてきたカオルの潜在オーラ量はもはや常人の比ではない。ヒソカと比べても一回り以上多いオーラ量を以てすれば、"秘密の花園(シークレット・ガーデン)"のオーラ消費も苦ではなく───加えて、新たな"発"を作ることすら容易いことであった。

 

 

 

***

 

 

 

幻想舞踏(クライムバレエ)

 

 ・操作系能力

 術者が記憶しているメルトリリスの動きを正確に再現し反映する。鋼の脚を活用した最適な戦闘法、イデスを始めとする特殊能力の全てを十全に発揮できる。

 

〈制約〉

 ・"秘密の花園(シークレット・ガーデン)"使用中は発動できない。

 

〈誓約〉

 ・"幻想舞踏(クライムバレエ)"の補助なしに自身の性能を完全に発揮できるほどマスターしたとき、この"発"は失われる。その際、この"幻想舞踏(クライムバレエ)"が占有していた"容量(メモリ)"は戻ってこず、永遠に失われる。

 

 

 普通の人間には存在しない鋼の脚。当然生身の足と同じ感覚では扱えず、前世を普通の人間として生きてきたカオルがこれを十全に扱えるようになるには相応の修練と時間を要する。しかしそれを待つことすらもどかしかったカオルは、補助輪となる"発"を作ることを思いついたのだ。オールドレインにより"容量(メモリ)"すら他者から簒奪できる彼女ならではの荒業、贅沢な"発"の使い方である。

 記憶の中では、黒衣の少女が踊るように軽快に、そして刃物のように鋭く敵を穿つ。その動きを記憶のままに己が肉体に落とし込み、寸分の狂いなく反映させる。もはや道化師の軽業に翻弄されるだけの少女はいない。今度は、道化師こそが孤高なりしプリマの舞いに翻弄される番である。

 

王子を誘う魔のオディール(Devil Odile seducing the prince)!」

 

 突如その身から発された莫大量のオーラに面食らったヒソカに、容赦なく鋼の連撃が襲い掛かる。目にも留まらぬ速さで舞い踊る踵が四方八方からヒソカの総身を引き裂いた。

 

「……ッ!」

 

「ブリゼ・エトワール!」

 

 締めの跳躍(フェッテ)、そして青い残光を引いて振るわれる爪先が"堅"で全身の防御を固めるヒソカの胸を切り裂いた。

 堪らず吹き飛ばされるヒソカ。それを追わず華麗に着地したカオルはしかし、不満も露わに舌打ちした。

 

「相変わらず器用なことね。不意を打った上に魔力も乗せて全身切り裂いてあげたのに、致命傷一つ負わないなんて」

 

 すぐさま立ち上がったヒソカは全身に裂傷を負い血を流している。軽傷とは言い難いほどの流血だが、どれも重傷には程遠い。"堅"の防御の上にゴム状に変化させたオーラを重ねることで、一時的により強靭な防御力を獲得したのだ。

 

「ビックリした♥動きが見違えるほど良くなっているし、足の鋭さも前以上だ♠」

 

「まだまだこんなものじゃないわ。私はアナタ程度で足踏みしているわけにはいかないのよ」

 

 木々を伝って跳躍し、カオルが虚空に躍り出る。その一挙手一投足悉くが視認が困難なほど素早く、ヒソカはみすみす頭上を取られてしまう。

 しかしヒソカに焦りはない。たった今連続蹴りを食らった際、"伸縮自在の愛(バンジーガム)"を付着させることに成功したのだ。

 

 だが───

 

許されぬヒラリオン(Hilarion's not allowed)!」

 

 そう叫んだ瞬間、カオルに張り付けていたオーラが根こそぎ吸収された。それだけではない。念糸で繋がっていたヒソカの顕在オーラにすら吸収の魔の手が及び、ヒソカは慌てて"伸縮自在の愛(バンジーガム)"を解除する羽目になる。

 

「お馬鹿さん!私が何度も同じ手を食らうとでも!?」

 

 四年前は同じ手を食らい続けていたわけだが、それを自覚しているからかどこかヤケクソ気味に叫ぶカオル。しかしヒソカとしては厄介なことこの上ない。まさか念糸を切断されるのではなく、オーラごと吸収されるとは思わなかった。

 

踵の名は魔剣ジゼル(The name of the heel is Magic Sword Giselle)!」

 

 空中で回転するように振り抜かれる鋼の踵。それが1(アン)2(ドゥ)。十文字を描いて飛来する断頭の蒼刃を、ヒソカは木に張り付けた念糸の伸縮を利用した高速移動で避ける。

 ズズン、と重々しい音を立てて大地に十字の断層が刻まれる。凄まじい威力だ。仮に完璧な"硬"の防御で受けたとしても致命傷は免れないだろう。

 

「凄いッ!スゴイよカオルッ♦四年前とは大違いじゃないかッ♣️」

 

「余裕ぶって!いつまでその減らず口が続けられるかしら!」

 

 着地と同時に地上を滑るように移動しヒソカを猛追する。その一連の動作に淀みはなく、まるで流水のような滑らかな加速で追い縋った。

 

「踊れ踊れアルブレヒト!芥のように砕け散りなさい!」

 

 "練"から"硬"へ、一瞬で全オーラが爪先へと集う。その流れるようなオーラ移動に遅滞なく、「流れるもの」を司る女神サラスヴァティ―の神核を有するカオルにとって、攻防力移動の極意たる"流"は最も得意とする技であった。

 ミサイルのように飛来したカオルの蹴撃を、ヒソカは肩を掠めながらも回避する。代わりに激突した大木が木っ端微塵に爆散した。

 

「残念、外れ♥」

 

「いいえ、大当たりよ」

 

 煽るように笑うヒソカに、カオルもまた嘲るように嗤う。その手にはいつの間に召喚したのか、禍々しい魔力を充填した「螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)」が握られていた。

 

 いつの間に取り出したのか。あれも念の具現化か。いや、そもそもあの自分に引けを取らない不気味なオーラは一体───一瞬の内に幾つもの思考を巡らせるヒソカに見せつけるように、カオルは高らかに魔導書を掲げた。

 

「Ph'nglui mglw'nafh───水底より揺らぎ出でよ!」

 

 足元から立ち昇る暗黒のオーラ。ハッと振り返ったヒソカの視線の先では、先刻軽々と弾き飛ばした二体の海魔が蠢いていた。

 

(これはさっきの念獣!そういえば邪魔だったから投げ捨てといただけで、完全には仕留めていなかったね♠)

 

 カオルの目的は、ようやく追いついてきた海魔のいるまさにこの場所にヒソカを追い込むこと。海魔が蠕動し、その身を食い破って更に大きな海魔が現れる。自らの血肉を生贄に、本来のサイズの海魔を召喚させたのだ。

 

「捕らえなさい!」

 

 全力の回避で体勢を崩したヒソカに打つ手はない。ミニ海魔とは比べるべくもなく強靭な触手がヒソカの四肢を縛り上げた。かなりのパワーであるが振り解こうと思えばできなくはない。が、その隙があればカオルは十度ヒソカを殺せるだろう。つまりは詰み(チェックメイト)であった。

 

「さあトドメよ!臓腑を灼く───」

 

 足を折り曲げ、突き出した膝の棘で怨敵を貫かんと加速し───

 

 

 ───ふと、目を丸くして木陰からこちらを覗くゴンと目が合った。

 

 

「!?」

 

 戦いに夢中で忘れていた。ゴンのターゲットは44番の番号札……即ちヒソカのプレートなのだから、ヒソカと戦っていればこうしてカオルとも鉢合わせてしまうのは当たり前だった。それにこれだけ派手に戦闘を繰り広げていれば、それは場所の特定も容易かろう。

 

「っ、口惜しいけど、この戦いは預けたわよ!」

 

「あらら、残念♠また遊ぼうね、カオル♦」

 

 ふざけんなブチ殺がすぞこの変態、という罵声を呑み込み、ニヤニヤと笑うヒソカを置いてカオルは"隠"で気配を消しその場を去った。これ以上この場で念による戦闘を続けるわけにはいかない。少なくとも、ゴンが念を知るのは現段階では些か以上に早すぎるのだ。

 

 ……ついでに、海魔も残しておくわけにはいかない。カオルは魔導書から繋がる魔力線(パス)を意図的に暴走させ、海魔を爆散させた。磯臭さと腐臭に満ちた血煙に包まれたヒソカの悲鳴を耳にし、カオルは「ざまぁ」と暗い笑みを零すのだった。

 

 




 さて、ヒソカのキャラはちゃんとそれっぽく描写できたでしょうか。単純なようでいて意外と複雑(というか面倒)な性格の変態、ヒソカさんとお送りした第二話でした。

 また、多くの方に感想・評価を頂きました。この場を借りて感謝申し上げます。



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