実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい(本編完結) 作:ピクト人
危うく前回のBAD ENDルートが本当の最終話になるところでした。
何とか今回は書ききったけどちょぉ疲れた。もうマジ無理。
今PS4の電源ぃれた。
ブラボしょ…
9kv8xiyiッ! 8ewm2xxxッ! 5p6rzey7ッ! 4q57vq5vッ! gt4qx4dpッ! zc7mr29sッ! 35zmc532ッ! 97rmsyfiッ! nid3emmsッ!
「"イグアスの悪魔"──」
身構える八人を正面に見据え、カオルは念能力を発動させる。それは彼女に取り込まれ名を変えたシャウアプフの念能力"
"
しかし、今し方カオルが生み出した分身はたった一つだけだ。サイズこそ三十センチ程度と大きめだが、分け与えられたオーラ量はサイズに比して少ない。本体が放つオーラ量と比較すればその差は歴然であり、これではとても戦闘に耐えられないだろうことは容易に察せられる。意図が読めず困惑する彼らの前で、カオルはもう一つの能力を並行して発動させた。
「──"
「! 気を付けて、アレは触れたものを爆弾に変える能力だ!」
カオルの傍らに獣頭の髑髏が出現する。その能力を知るゴンが全員に聞こえるように声を上げた。
そう、"
骨張った指先が分身に触れる。爆発性のオーラを大量に流し込まれた分身は、次の瞬間更に分裂した。
「"
「!」
「
「たッ、退避ィ──!!」
モラウが絶叫を放つ。カオルがこれから行わんとすることを正確に理解した彼は、血相を変えて迫り来る蝶の群れに背を向けた。
ゴンとキルアを除き、この場の誰もがカオルの能力を正確に知り得ない。しかしカオルはたった一人でキメラアントを殲滅せしめた怪物である。その事実がモラウに迷わず逃走を選ばせたのだ。ちなみにネテロとノヴはモラウが何か言う前にさっさと身を翻していた。
ナックルとシュートは師が迷うことなく敵に背を向けたことに瞠目するが、尊敬する彼の判断に異を唱えるべくもなく指示に従った。
紅蓮の花が咲き乱れる。一頭の蝶が起爆したのを皮切りに、それらは続々と連鎖爆発を起こし爆風が大地を舐めた。
その様はさながら絨毯爆撃。分裂した故に一つ一つの爆弾の殺傷力はたかが知れているが、それでもその衝撃はかなりのもの。大きく広がった爆発は背を向ける彼らを吹き飛ばした。
(──いかん、分断されたッ!)
ネテロがカオルの狙いを悟った時にはもう遅い。既に彼女の姿はコルトの目の前にあった。
彼らが三々五々に散らばるように蝶を
「獲った──!」
銀閃が奔る。全員殺すと宣っておきながら、開幕早々にネテロすら無視してコルトを狙うという暴挙。しかしその企みが上手く運んだことにカオルは会心の笑みを浮かべ──
「──"
電光石火、という呟きが耳朶を震わせる。刹那、コルトの姿は消え失せ、白銀に輝く踵は標的を捉えることなく虚空を切り裂いた。
「キルアか!」
ギッ、とカオルは剣呑な眼差しを駆け抜けていった電光へと向ける。文字通りの雷速で走り抜けたのはキルアであり、彼はその素早さを活かしてコルトを断頭台から救い上げたのだ。
変化系の能力者であるキルアは、自身のオーラを電気に変化させることができる。その性質を利用した彼の"発"は凄まじい汎用性を誇り、戦闘に応用させれば発揮される威力の程は計り知れなかった。
……尤も、それは十全に発揮されればの話であるが。
「すまない、助かった……って、顔色が悪いなんてものじゃないぞ! 大丈夫なのか!?」
「………」
コルトは礼を言おうとキルアの顔を覗き込み、その顔色の悪さに目を剥いた。蒼白を通り越して紙のように真っ白であり、まるで死人のような形相である。脂汗が絶え間なく流れ、
自身の肉体に電気の負荷を掛けることで限界を超えた反射速度を実現する"
だが、この技が今行われている戦いにおいて発揮されることはないだろう。今のキルアの精神状態はまともではない。彼は今、余人であれば失神しかねない恐怖の中にいるのだ。
怖い、恐い、こわい。ただひたすらに恐ろしい。キルアには今のカオルがネフェルピトーなど比較にならぬ怪物に見えていた。
戦うなどという選択肢は微塵も思い浮かばない。激しい頭痛に苛まれる中、キルアは如何にしてあの怪物から逃れるかに全思考を傾けている。
──なのに、何故カオルの目の前で獲物を掻っ攫うような真似をした?
カオルから逃げたいのならば、彼女に敵対するような行動は避けるべきだ。しかし気付けばキルアの身体は動いており、能力を使ってコルトを救出していた。
──ああ、ほら見ろ。
キルアは数秒前の己の行動を盛大に後悔する。今やカオルの敵意はコルトのみならずキルアにも向けられており、身も凍るような殺意はますますキルアを恐怖させていた。
何故そんな暴挙に出たのか。他の誰もが果敢にもカオルに挑む中、一人震えていることに罪悪感を覚えたからか。だからモラウに言われた「コルトを連れて下がれ」という指示だけはせめてもの意地で実行したのか。
──愚かな。その中途半端さが己を殺す。
──逃げろ。
──最低限の義理は果たした。後は何もかもを捨て去り、逃げるがいい。
頭痛はいや増すばかり。ガンガンと、聞き覚えのある
逃げろ。さあ逃げろ。あの化け物が相手とて、余計な
──さあ、逃げろ。
(そうだ、逃げなきゃ。あんな怪物に勝てる筈がないんだ)
じりっ、と後退る。恐怖がキルアから闘争心を奪い去り、平時の彼からは想像もできないような弱気な思考に支配される。
逃げなければならない。勝ち目のない戦いに身を投じるなど、それこそ愚か者の所業だ。身を捨てて浮かぶ瀬など現実にありはしない。
その、筈なのに。
(何で……何で、足が動かねえんだ!)
本能は逃走を告げ、しかしキルアの身体はそれに反するように動こうとしない。まるで心の奥底では逃げることを拒んでいるかのように。
視線の先では爆風から逃れたネテロたちが果敢にカオルへと挑み掛かっている。"百式観音"の猛攻が彼女を攻め立て、それを援護するように他の者らが立ち回る。中でもナックルの奮戦には目を見張るものがある。彼の念能力、"
(無理だ。できるわけがない)
そう、できるわけがない。つい先ほど一瞬で叩きのめされた者たちが徒党を組んだところで何になるというのか。ネテロという最強のハンターが戦線を支えているからこそ、辛うじて戦いの体を保っているに過ぎない。そのネテロにも限界はある。彼の体力とオーラが尽きるのが先か、カオルが破産するのが先か……あまりに分の悪い賭けと言えよう。
「ジャン、ケン──」
死闘が繰り広げられる中、あまりに若い少年の声が響く。ハッとしたキルアは顔を上げ、今まさにカオルへと拳を振り上げようとするゴンの姿を認めた。
「グー!」
ナックルの勘違いを切っ掛けに"ジャジャン拳"へと名を変えたゴンの"発"が唸る。"硬"の原理で右拳へと一点集中したオーラによる殴打。その威力はモラウをして「直撃を許せばただでは済まない」と思わせる程の威力を有する。
だが同時に、発動までに伴う一連の動作の隙が大きいという欠陥も内包している。オーラを一点に集中させるという都合上、拳以外の防御が疎かになることも無視できないリスクだ。これらの欠点を敢えて許容することにより技の威力を劇的に上昇させているのだが、それはカオルを前にしてはあまりに致命的である。
「邪魔よ」
案の定その一撃は容易く躱され、ゴンは視線すら向けられることなく頬を打たれ一蹴された。
「ゴン……!」
為す術なく吹き飛ばされるゴンを見てキルアは思わず駆け寄ろうとする。
だが足が動かない。逃げることもできず、さりとて向かうこともできない。まるで己のものではないかのように言うことを聞かない自分の身体に歯噛みする。
(逃げなきゃ……でもゴンを助けないわけには……)
──助ける? 何のために?
──所詮は友達ごっこだろうに。まさか闇の住人たる
頭蓋の裡から生じる囁きにギクリと硬直する。それはキルアが常々抱いていた不安だったからだ。
──
──光に焦がれようと、所詮影は影。光にはなれん。そんなことは言われずとも理解しているだろうに。
──だから、そら。
──影は影らしく、光に背を向けて逃げるがいい。それが道理と言うものだ。
「逃げる……そうだ、逃げなきゃ─────ゴンを、見捨てて……?」
ゴンを見捨てる。それがどうにも受け入れ難いことのようにキルアには思えた。
勝てない敵とは戦うな。それはキルアという凶手を作り上げるにあたりゾルディックが徹底的に仕込んできた鉄の掟。根底に刷り込まれた戦闘教義である。
その理に従うならば、キルアは今すぐ脇目も振らず逃げるべきである。しかしカオルを前にして抱く恐怖よりも、ゴンを失うことの方がキルアにとってより大きな「恐怖」であった。
──逃げろ。
「黙れ……」
──逃げろ。
「黙れ……ッ」
──思い出せ、
「オレは……ッ」
『あんたはいつかゴンを見殺しにする──』
──
「いいや違う! オレはキルアだ!
凶器と化した指先を己の頭に突き入れる。突然の凶行にコルトが目を剥くのも気にせず、キルアは頭蓋の奥で響く声の正体に手を届かせた。
「どうりで聞き覚えのある声だと思ったよ……」
果たして現れたのは小さな針であった。待ち針のような、さほど珍しくもない形状と大きさの針。しかし、それは今の今までキルアの頭の中にあったのだ。
「イルミの奴、こんなもん仕込んでやがったのか……!」
キルアの兄、イルミ=ゾルディック。彼は操作系の念能力者であり、針を刺した対象を操作することができた。つまりこれまで聞こえていた声はキルアの本能が告げる警鐘でも何でもなく、仕込んだ針を通して影響させていたイルミの念能力こそがその正体だったのだ。
本来、イルミの針で刺された者は完全な操り人形となって廃人と化す。対してキルアの頭に知らず仕掛けられていたこれは精々が思考誘導程度の効果しか持たないのだろう。それが証拠にキルアは廃人となってはおらず、針を抜いた今は思考が非常にクリアなものとなっている。イルミの呪縛から完全に逃れ、キルア本来の思考を取り戻したのである。
実に清々しい気分だ。ついに憎き兄の呪縛から解放され、歌でも一つ歌いたいような良い気分に──
──なる、筈だったのだが。
「あのヤロウ……カオルあのヤロウ……」
「ど、どうしたんだキルア。さっきから様子がおかしいぞホントに!」
突然イルミから矛先を変え、ブツブツとカオルへの呪詛を吐き出し始めるキルア。傍らのコルトは何が何だか分からずオロオロするばかりだ。
思い起こすのは数か月前、グリードアイランドの選考会での場。カオルが発した莫大なオーラの圧に臆したキルアを見て、下手人であるカオルは自分の頭を指先で叩いてこう告げたのだ。
『いい加減気づきなさいな、お馬鹿さん?』
「あンの性悪女ァ……! カオルあのヤロウ気づいてやがったな……!」
これ見よがしに針が埋まっていた場所を叩いてニヤニヤと笑うカオルの姿が克明に思い起こされる。今だから分かる意味ありげな視線、あれで偶然ということはあるまい。間違いなく、カオルはイルミの針に気づいていながらキルアに黙っていたのだ。
ぶん殴る……否、
"百式観音"の連撃を回避する。音速を超えて飛来する掌打を避けるのは至難の業だが、やってやれないことはない。オーラの消耗を抑えるためかネテロにしては攻撃の手が控え目であり、それがカオルに幾らかの余裕を与えていた。
尤も、その余裕を有効に活用できているかと言えばそうでもなかった。むしろ攻めあぐねていると言うべき状況にあり、カオルは上手くネテロに接近することができず足踏みしている。
その原因はモラウとノヴ、そしてナックルとシュートらによる猛攻だった。ネテロとは打って変わって死に物狂いの攻撃を仕掛けてくる彼らの妨害により、カオルは中々本丸に攻め入ることができないでいた。
モラウの"
ガリガリと音を立てて削られるオーラの防御に顔を顰めながら勢いのままにネテロへと吶喊する。しかし、その行動は読んでいたと言わんばかりに展開されていたノヴの"
「チッ……!」
先程は無効化した"
そしてこの一瞬を逃す彼らではない。急な方向転換により一時的に速度が落ちたカオルに殺到する菩薩の掌。それを回避、あるいは迎撃する彼女の腹をモラウの巨大
咄嗟に"凝"で防御した故にダメージはないが、しかし勢いよく空中に打ち上げられたカオルは一瞬無防備となる。その一瞬をこそ虎視眈々と待ち受けていたシュートの"浮遊する三つの左手"が飛来しカオルの首と両腕を締め上げた。
「"
蒼眼が妖しく輝く。総身から灰色の炎が全方位に放射され、それはカオルを拘束する左手を容赦なく凍てつかせた。強力な代わりに至近距離でしか効果を発揮しない能力だが、攻撃手段が近距離に限定される者が多い討伐隊相手にはその短所も無視できる。
──その唯一の例外がよりにもよって討伐隊の中核、最強の念能力者たるネテロなのだが。彼はシュートの手によってカオルが足を止めたと見るや、ここぞとばかりに怒涛の攻勢に打って出た。"百式観音"に冷気が通用する筈もなく──腕の一本や二本凍り付こうが何ら支障はなく再構築も容易い──故に掌打を叩き込むのに躊躇はない。そして極限の集中と祈りによって実現する掌打は実に毎秒二百発。これまでの比でない密度の攻撃に、血相を変えたカオルは最大出力の"
凍り付いたシュートの左手を引き剥がしながら、一瞬で最高速に至ったカオルは危険域から離脱する。掠める"百式観音"の連撃に身を削られながらも、大きく後退することでネテロの射程距離から脱することに成功した。
「"
だが、そのカオルの行動は彼らの思惑通りのものだった。ネテロの全力攻撃すらカオルを所定の位置まで追い立てるための布石。本命はゴンの"ジャジャン拳"よろしく練りに練ったオーラを込めた拳を構えるナックルである。
「ぶっ飛べやオラァッ!!」
「ッ!」
唸りを上げて振るわれる全力の一撃。カオルは身を捩り、具足を盾にすることでこれを防いだ。
轟音を上げて激突する拳と鋼。大きく吹き飛ばされるカオルだがその身にダメージはない。だが元よりナックルにダメージを負わせる意図はなく。
『時間です。利息がつきます』
傍らのポットクリンが淡々と利息をカウントする。ナックルは徹頭徹尾カオルを「破産」させることにのみ注力していた。先の攻撃も拳に乗せたオーラを「貸し」にすることで利息の増加を狙ったものである。
……とは言えその増加量は微々たるものだ。塵も積もれば山となるとは言うが、付与される「貸し」に対してカオルのオーラ量はあまりに膨大であった。ナックルが攻撃できる機会のそのものが少ないこともあり、カオルに対して有効打足り得ているとは言い難い。むしろ、要所要所で飛んでくるネテロの攻撃を回避ないし防御する際に消耗するオーラの方が割合としては大きい程だった。
「あああ"あ"あ"鬱陶しいッ!!」
ネテロ単身ではカオルを抑え切れず、モラウたちだけでは瞬殺される。しかし互いが高度な連携を取り立ち回ることでカオル相手に互角の戦いを成立させていた。
それがカオルを苛立たせる。これは先が見えた戦いだ。今は互角でいられるが、
そして何よりカオルを苛立たせるのは、この期に及んで未だに彼らから殺気を感じられないことだった。カオルは殺すつもりで掛かっているのに、ネテロたちの攻撃には苛烈さこそあれ殺意が乗っていない。
何だそれは、嘗めているのか。こちらばかりが躍起になって、これではまるで独り相撲ではないか。
(……よく分かった。お前たちにとって、私はまだ"敵"ではないんだな)
あるいは、ただ小娘が癇癪を起こしているだけとでも思っているのだろうか。結構、オーラを見せつけただけではまだまだ足りないと見える。
「" The grand lake of mud, hidden now, from sight ── The cosmos of course ! "」
カオルの手に禍々しい装丁本が現れる。禁断の魔導書『
「" Let us sit about, and speak feverishly. Chatting into the wee hours of ── New ideas, of the higher plane ! "」
渦巻く禍々しい魔力。それは汚泥のようにカオルの足元に充満し、甚だ不快な臭気を辺りに撒き散らした。
「" Ia, Ia ── ふんぐるい, ふngるい, mglw'nafh ── うがふなgl, fhtaぐん "──!」
突如充満する狂気的な魔力と奇声を上げるカオルの様子に面食らう四人。だが彼らは警戒し立ち止まるのではなく、一も二もなく攻撃し詠唱を中断させるべきであった。
蟠る汚泥より揺らぎ出でる水底の魔性。宇宙の深淵を思わせる暗黒より這い出てきたのは、大小様々な異形の触手だった。
「" Ya stell'bsna fhtagn shagg uaaah── ! "」
太く強靭で、細くて柔らかい。膠質且つ軟質な暗緑色の醜悪な繊毛の集合体が延び広がり蠢いた。
それは落とし子でもなければ深きものでもない。さりとてクトゥルフそのものでもない。言うなればその残滓、あるいは"なりそこない"。敢えて不完全な儀式を行うことによって現れる何物でもない原形質──"眠れるものの影"こそがその正体である。
「しゃぐ・ん……いあ・いあ……あ・あ・あ・あ・あ・あッ!」
カオルが口蓋を震わせこの世のものではない言語で何事かを喚くと、眠れるものの影はより一層激しく触手をのたうち回らせる。所詮はなりそこない……されど、その肉の内に詰め込まれたはち切れんばかりの悪意は本物と遜色なかった。
常人の精神を汚染する醜悪な肉の塊。生理的嫌悪と根源的恐怖を呼び起こす異形の影は伸縮と蠕動を繰り返しながら唖然とする四人目掛けて殺到した。
何だあれは、気味が悪い──そういう感情を抱いた時点で手遅れ。それは心の隙となり、平常でいられなくなった精神は辛うじて保っていた戦いの均衡を狂わせる。
集中力の乱れ。この状況において、それがもたらす影響は大きい。ほんの僅か、たった数瞬ネテロの祈りが遅れただけだが、それはカオルにとってこれ以上ない程の好機となった。
『時間です。利s──』
耳元で唸る風がポットクリンの声を掻き消す。触手に気を取られたその一瞬を利用して急加速し、カオルは四人の視界から消え失せた。
「後ろじゃ!」
ネテロが声を上げ、同時に"百式観音"を発動する。振り向く動作すら惜しみ、背中合わせになるよう出現させた"百式観音"で背後に回ったカオルへと牽制の掌打を放った。
背後への攻撃でありながら気配のみを頼りに正確にカオルを狙う技量は流石の一言。だがカオルは背後を取るための囮として触手を召喚したわけではない。ニヤリと口角を上げ、カオルは魔導書を掲げ魔力を送り込んだ。
名状し難い叫び声が上がる。悲鳴、あるいは嬌声だろうか。蠢く触手の集合体でしかないそれは、声帯などどこにもなかろうに全身を震わせることで声ならぬ絶叫を上げてみせた。
粘液を滴らせる触手が一斉に四人へと殺到する。送られる魔力を糧にますます体積を膨張させるそれは、常人であれば一目で発狂しかねない悍ましい瘴気を撒き散らしている。
だが、ここにいるのは百戦錬磨の念能力者。一流の中の一流のハンターとその弟子たちだ。この程度でどうにかなるような柔な精神は持ち合わせていない。
「おおッ!」
流石にいきなり素手で触れるような真似はせず、武器を持つモラウが前に出て迎え撃つ。
気合い一閃。風を巻き上げて振るわれる巨大煙管が強かに触手を薙ぎ払った。
「あ……?」
だが、その手応えはモラウの予想外のものだった。ぐちゃりと不快な水音を立て、触手はあまりに呆気なく千切れ吹き飛んだのだ。
見た目だけの虚仮威しか。一瞬だがそう考えた彼らの認識はすぐに塗り替えられた。
『げらげらげら』
『きゃらきゃらきゃら』
『ぎゃぎゃぎゃぎゃ』
千切れた断面が不快な狂笑を放ちながら縦に割れていく。ぬらぬらと濡れ光る女陰めいた卑猥さを醸しながら開かれ、その奥から無数の乱杭歯と眼球が覗いた。
『ぶぁぁぶぁぁ』
『いあるむなうがなぐる』
『となろろよらなくしらりぶぁぁぶぁぁ』
それだけではない。千切れ飛び辺りの地面に飛散した肉片が、まるで発芽する植物の芽のように伸び広がり膨張する。病み爛れて膿んだ肉の芽の表面にも口裂が開き、耐え難い腐臭と共に意味不明の言葉の羅列を吐き出した。
『ふんぐるいふんぐるい』
『きゃァァァ──っきゃっきゃっきゃァァァ──っ』
見るに堪えない、聞くに堪えない。およそこの世のものとは思えぬ地獄めいた光景が人の精神を犯す。
事に最悪なのは、今まさにこれとカオルに前後から挟撃されていることだった。いとも容易く崩壊する脆い腐肉は、しかし飛散したそばから分裂し数を増していく。これを無視することはできず、さりとて触手に集中するあまりカオルから意識を外しては本末転倒である。では思い切って触手を無視するが上策かというとそうでもない。それが直ちに命を脅かすようなものでなくとも、カオル程の相手と戦っている中で妨害を受ければそれだけで戦線が崩壊しかねない。
『め"え"え"え"ぇ"ぇ"ぇ"』
「コイツ……!」
肉の芽が悪魔めいた声を上げモラウの巨大煙管に噛みついた。容易く振り払える程度の拘束力しかないが、一瞬の気の緩みも許されない戦闘の中では鬱陶しいことこの上ない。思わず毒づいたモラウは苛立ちを表すように乱暴に肉の芽を叩き潰した。
何ものでもなく、故に何ものにもなれる"眠れるものの影"。腐汁を撒き散らす爛れ切った肉塊、不定形の原形質たるそれの真骨頂は「倒されないこと」である。容易く崩壊する腐肉は術者からの魔力供給が途絶えない限りプラナリア以上のしぶとさで永遠に再生を繰り返す。それは"百式観音"の全力攻撃で叩き潰されようが同じことだ。肉片が一つでも残っていれば滅びず、いつまでも戦場に居座り冒涜の限りを尽くす。精神を犯す狂気を振り撒き、肺を腐らせる臭気を放ち、歴戦の戦士たちを深淵に引きずり込もうとするのだ。
こんなものがいてはまともな連携など取れる筈もない。直視するのも憚られる腐肉の威容は豪胆なナックルの拳すら鈍らせ、結果として中途半端になる攻撃では無駄に分裂させるばかりでますます窮地に陥っていく。
「ぬぅぅぅぅ……ワシ一人で抑え続けるのにも限度があるぞ! その気持ち悪いのは何とかならないかね!?」
「駄目です、攻撃した傍から再生するばかりでキリがありません! やはり……」
「やはり大元を叩くしかないか……!」
魔術の
(どうする。ここで"零"を切るか……?)
明らかに"百式観音"の手が破壊されるペースが増してきている。いよいよ進退窮まり、切り札を開帳するかをネテロが検討し始めた──まさにその時。
「"電光石火"ッ!!」
青い稲妻が地獄を駆ける。目にも留まらぬ速さで閃いた雷光が蠢く腐肉を蹂躙した。
「な……」
「キルア!? お前、どうして……!」
瞠目する面々を尻目に、擦れ違い様に腐肉を焼き切ったキルアは真っ直ぐにカオル目掛けて突進する。
──あろうことか、ゴンを背負って。
「は、え? アナタたち何やって──」
「ぶっころおおおおおぉぉすッッ!!」
自身に迫る速度で向かってくるキルアと、真顔でその背に乗るゴンの姿に狼狽えるカオル。しかし激昂するキルアはお構いなしにカオルの土手腹へと電気を湛えた拳を突き出した。
「"
「チッ……!」
流石のカオルと謂えど、雷速で繰り出される攻撃には全力で応じなければならない。特に"ジャジャン拳"を必殺技とするゴンの影に隠れがちだが、キルアはオーラ強化なしの素の腕力ですら16トンの扉を押し開ける程の怪力の持ち主だ。それに強化系に次ぐ強化倍率を誇る変化系のオーラ強化が拍車を掛け、更に駄目押しで電圧と雷速の加速力まで加わるのだから堪ったものではない。
だが"百式観音"すら凌いだカオル自慢のオーラ防御はそう易々と突破されるほど甘くはない。極まった"流"により速やかに"凝"を施したカオルは、キルアの"
「ジャン、ケン──」
だが、相対する敵はキルアだけではない。勢いよくキルアの背から飛び出したゴンは、ギリギリと軋み上げる程に強く握り締めた拳を振り被った。
愕然と顔を上げるカオルとゴンの視線が交差する。つい先刻はカオルの速度を前に容易くあしらわれたが、キルアの"
「グー!!」
左手は喪失、右手は魔導書で塞がっている。防御しようにもキルアの怒涛の"
──遂に、ゴンの"ジャジャン拳"がカオルの顔面に突き刺さった。
"イグアスの悪魔"
イグアス:「大いなる水」の意。世界三大瀑布イグアスの滝から。
悪魔:イグアスの滝は「悪魔の喉笛」という別名を持ち、周辺に大量に生息している多種多様な蝶は「悪魔の使い」とされ親しまれて(?)いる。
元となった"
蠅とか糞とかより蝶々の方が良い。だって女の子だもの。
敢えてルビ振るなら"グラン・マリポッサ"とか。