実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい(本編完結)   作:ピクト人

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やあ(´・ω・`) ようこそ、二ヶ月ぶりだね。
このメルトウイルスはサービスだから、まずは一息に呷って欲しい。

うん、また投稿が遅れに遅れたんだ。済まない(とても誠意ある土下座)

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない(とても誠意ある土下寝)

でも、この前書きを見たとき、君はきっと言葉では言い表せない「苛立ち」みたいなものを感じてくれたと思う。
それは普通に当たり前の感情なので許して下さい何でもしまs(とても誠意ある五体投地)

低評価でも何でも受け入れるからお小言は勘弁して下せぇ。これでもリアルに忙しい中で精一杯書いたのです。許して!



最強の拳

 

 オーラを纏う拳が、少女の顔面にめり込んだ。

 

 雷鳴をも打ち消す打撃音が響き渡り、鮮血が舞い散る。ゴンの"ジャジャン拳"を顔面に受けたカオルは勢いよく後方へと吹き飛び、木々を薙ぎ倒しながら減速し大地に身体を打ちつけようやく停止した。

 

「き、決まった! 直撃だぜ!」

 

「うむ……」

 

 ネテロの目から見ても今のは直撃だったように思えた。明らかにオーラの防御は間に合っていなかったし、自ら後方へ飛ぶことで威力を抑えた風でもなかった。

 よもや今の一撃で倒せたとは思わないが、大きな隙ができたことは確かである。この好機を逃さずネテロの"百式観音"が蠢く腐肉……眠れるものの影を鷲掴みにし、遥か彼方に投げ放つことで無力化を図った。

 

「助かりました、会長」

 

「面目ない……」

 

「気にするな、アレは正面からやり合えばワシでも手を焼く。ましてや彼女と挟み撃ちにされてはのう……」

 

 決して強くはないが、無限に再生する肉塊を相手にまともに戦うなど不毛なことこの上ない。吐き気すら催す見た目の怪物が消えたことで人心地ついたネテロは額の汗を拭った。

 

(しかし驚いた。キルアの念……"神速(カンムル)"と言ったか。それを足代わりにゴンの"ジャジャン拳"を当てるとは面白い発想じゃ)

 

 ゴンの"ジャジャン拳"はネテロを除けば討伐隊の中でも最強の威力を誇るが、その代償として使い勝手は最悪の部類に入る。掛け声を要するために発動を察知することは容易。またオーラを一点集中する性質上全身が無防備になるのも非常に痛い点だ。ネテロであれば目を瞑っていても避けることは容易いだろう。

 その欠点を、目にも留まらぬ速度で移動できるキルアがフォローすることで克服したのだ。さながら雷速で移動する列車砲と言ったところか。城壁をも崩す砲弾がゴンであり、それを自在に走らせる車輪こそがキルア。ゴンは移動をキルアに任せることで"ジャジャン拳"を発動することにのみ注力でき、キルアは単独では不足する打撃力を補うことができる。土壇場で思いついたにしては中々に画期的な作戦だと言えるだろう。

 

(惜しむらくは、それが何度も通じる保証がないということか)

 

 確かにキルアの"神速(カンムル)"には目を見張るものがあるが、カオルの移動速度はキルアと同等かそれ以上。しかも保有オーラ量に比例して持久力も馬鹿げている。そう何度も同じ手は食らってくれないだろう。

 だがここには己がおり、モラウやノヴ、ナックルやシュートら一流の念能力者も揃っている。これだけの手数があれば十分に勝ちの目を見出せるとネテロは確信していた。懸念すべきはゴンとキルアという実力はあれど経験の不足する二人と上手く連携を取れるかだが──

 

(なに、それこそ我らの腕の見せ所だろうて)

 

 ネテロは内心そう嘯く。何となればゴンらを攻撃の主軸に据えてこちらが補助に回るのも面白い、などと考え始める始末だった。無論のこと依然窮地にあるのは承知している。決してふざけているわけではなく、要はそれだけ二人の少年を高く買っているということである。若さ故の蛮勇、無鉄砲……それらが時に侮れぬ爆発力を生むことをネテロは経験として知っていた。

 

 だが、そこでネテロは異変に気付く。たった今会心の一撃を決めた筈のゴンの表情が苦悶の形に歪められていたのだ。

 つぷ、とゴンの右腕に点々と血の雫が浮かぶ。やがてそれは決壊するように血の飛沫(しぶき)へと変じ、いつの間にか腕に刻まれていた夥しい切創から噴き上がった。

 

 次の瞬間、まるで発条(ばね)仕掛けのように勢いよく身体を起こすカオル。跳ね上がった菫色の髪がまるで本人の怒りを表すように暴れ狂い、周囲に茂る木々を滅多矢鱈に切り刻んだ。

 それこそがゴンの右腕を切り裂いた元凶だと理解するのに時間は掛からなかった。驚くべきことにカオルの髪の毛は一本一本全てに"周"が施され、凶悪な刃と化していたのである。カオルは殴られ吹き飛ばされる瞬間、己の髪を操りゴンの腕を切り裂いていったのだ。

 

「ゴン! 大丈夫か!?」

 

「だい、じょうぶ……!」

 

 痛みに顔を歪めつつも、ゴンは気丈に拳を握り締める。実際、出血こそ派手だが骨まで達するような深刻な傷は一つもない。強化系のゴンならばまだ問題なく戦闘を続行できるだろう。

 最初から無傷でカオルに勝とうなどと高望みはしない。この程度の傷で一撃入れられるならば安いものだとゴンは考えていた。しかし起き上がったカオルの顔を見た瞬間、笑みすら浮かべていたゴンは驚愕に目を見開いた。

 

「やってくれたわね……」

 

 "豪猪のジレンマ(ショーペンハウアー・ファーベル)"が解除され、癇癪を起したように荒ぶっていた髪が元の長さに戻る。同時に露わとなった彼女の顔には()()()()()()。目も鼻も口も何もない完全な無貌。波紋を浮かべた湖面のように揺らめく虚無が広がっていた。

 やがて不規則に揺らめいていた顔面は肌色を帯び、見知った少女の目鼻立ちを形成していく。血色の良い白い肌には痣一つなく、ゴンの拳を受けたにも拘らずまるでダメージを負ったようには見えなかった。

 

「……それもカオルの能力なの?」

 

「ええ、そうよ。私の身体は水の器、完全な流体へと変じる異形の肉体。液体を叩いたところでまたすぐ元の形状に戻るのは当然の理……アナタ程度の攻撃はダメージ足り得ないということよ」

 

 嘘だ。メルトリリスの流体化能力はそこまで万能なものではない。刺突や斬撃などの点や線の攻撃には滅法強いが、打撃のような多大な衝撃を伴う面の攻撃までは無効化できない。

 しかし、限度はあれどある程度の衝撃は吸収してしまえるのは事実だ。多大なオーラを纏ったゴンの拳は確かにカオルにダメージを与えたが、本来の威力からすればあまりに小さな衝撃に過ぎなかった。

 

「チィッ!」

 

 負傷したゴンを庇うように前へ出たキルアが再び加速する。光速に迫る速度で移動するキルアの姿は誰の目にも映らない。ネテロですら捕捉するのに苦労するような馬鹿げたスピードだが、当然ながらこれだけの移動速度を実現するためにはかなりの電力(オーラ)を消費する。決してキルアの潜在オーラ量が少ないわけではないのだが、単純に燃費が悪いのだ。故に、キルアはこの場の誰よりも短期決戦を強いられていた。

 

(一応充電にはまだ余裕があるが、コイツ相手に持久戦なんて自殺行為だ。速攻で片を付けてやる!)

 

 キルアは両手を帯電させ"雷掌(イズツシ)"を叩き込まんと接近する。水が相手なら殴るより電気の方がよく通るだろうという安直な考えだが、強ちその思考は間違っていない。

 対するカオルは避けるでも迎え撃つでもなく、その場で円を描くようにステップを刻んだ。加速する感覚の中でその挙動を捉えたキルアは彼女の不可解な動きに首を傾げる。カオルのオーラには何ら変化はなく、何かしら能力を発動したようには見えなかったからだ。

 

 故にそれは不意打ちとなる。飛沫を上げて荒れ狂う水が突如カオルの足元から噴き上がり、無防備に突っ込んでくるキルアへと襲い掛かった。

 

「なッ」

 

 "凝"を怠ることなく敵の一挙一動を注意深く観察していたキルアだったが、だからこそそれには度肝を抜かれた。前兆なく現れた正体不明の水は念能力ではなく、限定的に発動した宝具の断片……メルトリリスの毒液(ウイルス)であったのだ。

 本能でそれを危険だと判断したキルアは即座に反応し身を翻すが、全てを避けることはできずに一部を身体に浴びてしまう。

 

 果たして効果は劇的だった。ただでさえ能力の発動に伴い多く顕在していたオーラが、水に触れたところから食い潰されるように消滅して……否、吸収されてしまったのだ。突然顕在オーラをごっそりと持って行かれたキルアは動揺から"神速(カンムル)"の制御を失ってしまい失速する。その急激な速度差に対応できずつんのめるように体勢を崩し転がった。

 しかしキルアも然る者で、転がりながらも過度に狼狽することなく瞬時に自身と周囲の状況把握に意識を傾ける。その一瞬の判断が彼を救った。

 

「~~ッ、あッぶな!?」

 

 ズドン、とキルアの顔の真横を掠めるように白銀の踵が突き立つ。下手に受け身を取り動きを止めていれば顔面に風穴が開いていたことだろう。キルアは敢えて止まることなくゴロゴロと身体を転身させ、迫るカオルのストンピングから逃れることに成功したのだ。

 

「動くと当たらないでしょうが」

 

「避けるに決まってるだろうが! そんなもん食らったら死ぬわ!」

 

 地に突き立った踵が跳ね上がり、斬撃が転がるキルアを追って放たれる。しかしその一瞬でキルアは身体を起こしており、再び電気を纏い這う這うの体でその場から離脱した。

 

(ヤベェ死ぬ死ぬ死ぬ! 今死ぬところだった! 何だあの水! オーラがごっそり持ってかれたんだけど!?)

 

 追撃しようとするカオルをネテロの"百式観音"が牽制しているのを背後に見ながら、離脱したキルアは全身からぶわりと冷や汗が噴き出るのを自覚した。

 

「キルア!」

 

「気を付けろゴン! どういう理屈かは知らねーが、あの水に触れたらオーラを持ってかれる!」

 

「……もしかして"総てを簒う妖婦の顎(マリス・ヴァンプ・セイレーン)"?」

 

 ゴンはG・I(グリードアイランド)でカオルから聞いた能力の一つを思い出す。直接自分の目で見たことはないし詳細についても知らないが、呪文(スペル)カードを無効化する念能力を所持していること、そしてそれが"総てを簒う妖婦の顎(マリス・ヴァンプ・セイレーン)"と名付けられた能力であることは本人から聞き及んでいた。

 念能力によって作られたゲーム、G・I。その最大の特徴であるカード及び呪文(スペル)は全て例外なく念が絡んだギミックであった。念によって形作られた呪文(スペル)を無効化するのと、オーラを変化させたキルアの電気を吸収したこと。これらは同一の現象である可能性が高いのではないかとゴンは推測した。

 

「なるほど、確かにその可能性はあるな……オーラの具現である"百式観音"を無効化できないからには吸収できる規模には限度があるんだろうが、だとしても厄介極まりない能力だ。最悪、下手な攻撃は敵を利する結果になりかねんということか」

 

「何ィ!? なことされたらオレの今までの苦労が水の泡じゃねーか!」

 

 ゴンの発言から冷静に能力の詳細を推測するシュートの横で、ナックルが頭を掻き毟って叫ぶ。カオルのオーラを枯渇させようと頑張っているのに、よりにもよって自分たちの攻撃でオーラを補給されては堪ったものではない。

 

「つーかアイツは幾つ能力を持ってるんだよ!? オレらが見ただけでも具足と念獣の具現化に分身と爆弾作成能力、冷気光線を放つ能力、髪の毛を操る能力、身体を流体に変化させる能力! 終いにゃオーラ吸収能力と来た! 個人が作り出せる"発"の限界を超えてるぜ! オーラ量だけじゃ説明がつかねえ!」

 

 ナックルがそんな疑問を抱くのも(むべ)なるかな。人間が作り出せる能力の限界……ヒソカが言うところの"容量(メモリ)"など知らぬと言わんばかりの強力な"発"の数々。しかも系統すらてんでバラバラで共通点がない。これは明らかな異常であると言えた。

 

 

 

(──そうだ、惑え惑え。不明であることこそが最大の武器だ)

 

 ナックルの叫びを聞き、"百式観音"の猛攻を掻い潜りながらカオルはほくそ笑んだ。

 人は未知であるものを恐れる。探求心とは恐怖の裏返しだ。念こそが異能の全てであると思い込んでいる彼らにとってカオルの存在は理解の外だろう。

 実際、彼らの常識は間違っていないのだ。この世のあらゆる超常はほぼ全て念で説明がつく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一方、転生者であるカオルが操る能力はこの世を支配する法則から著しく逸脱している。魔力だの神性だのアルターエゴだの、文字通り異界の法則を振り翳す彼女は存在そのものがあり得べからざる異常(イレギュラー)だ。その異常性はフォーリナーにすら匹敵するだろう。あるいはそのものかもしれないが。

 

 予測不能、理解不能こそがイレギュラーの真骨頂であり優位性だ。カオルはその異常を恥ずかしげもなく振るう。それを卑怯だの何だのと思うような善性や常識的思考はとうに捨て去った。畢竟(ひっきょう)この世は弱肉強食、勝者にしか人権がない世界だ。卑怯だの正々堂々だの、そんなものは弱者の繰り言に過ぎない。負け犬の遠吠えと言い換えてもいいだろう。そんな歯の浮くような「正論」のために屍を晒すような間抜けにはなりたくなかった。

 

「そう、勝てばいいのよ。何を使おうが──何をしようが!!」

 

 過程や方法は問わぬ、ただ勝てばよい。どれだけ屍を積み上げようが、最後に生きて立っていればそれが勝者だ。

 事の善悪など考慮に値しない。目の覚めるような善行も目を背けたくなるような悪逆も、生きていなければ成し得ない。敗北すれば、死ねばそれで終わりだ。道端の小石と同等、その他大勢の端役(モブキャラ)以下に成り下がる。そんな末路は真っ平御免だ。

 

 怒りに任せて振り抜かれた蹴撃が観音の腕を四、五本まとめて吹き飛ばした。刹那、"イグアスの悪魔"が発動しカオルの分身を生み出す。

 分身の数は計三つ。四人となったカオルはそれぞれが"霊気放出(オーラバースト)"を操り、四方八方からネテロへと襲い掛かった。

 

「"九十九乃掌(つくものて)"!!」

 

 力の総量が四つに分散し、手数を得た代わりに突破力を失った。圧倒的な手数と力を両立する"百式観音"操るネテロを前にそれは悪手であると──そんな常識は彼女に通用しない。四分割されようが一体あたりの保有オーラ量は依然ネテロを上回るのだ。このオーラ馬鹿めと内心毒づきながら、ネテロは弾幕の如き掌打の嵐を以て迎え撃った。

 

 冷気を放つ灰色の炎が爆発し、念弾が嵐と吹き荒れ、千の斬撃が乱舞する。どれか一つでも直撃すればネテロであれど耐えられぬ威力の攻撃が三方向から叩きつけられた。

 それに応じるは最強の名を冠する黄金の神像、ネテロという念能力者の代名詞たる"百式観音"。名の通り百を数える多腕が縦横無尽に空を奔り、三方から迫る脅威に対抗する。

 

 カオルの分身は決して片手間に対応できるような生半な存在ではない。必然それなりの手数をそれぞれに割かねばならず、結果として槍衾のようだった"九十九乃掌"にも空隙が生じる。

 

「"渦巻く憤激(アンフォーギブン)"!!」

 

 その空隙を、オーラを燃焼させることで低下した戦力を補強した本体が突破する。"霊気放出・第三開放(オーラバーストⅢ)"によるオーラ放出がまるでジェット噴射のようにカオルの身体を押し出し、爆炎を伴ってネテロへと迫った。

 マシンガンの如き掌打の嵐を躱し、砕き、切り開く。これ程の高速戦闘に割って入れるような者はおらず、結果としてネテロは誰からの援護も得られず制空圏への侵入を許してしまう。

 

「死ィ……ねッ!!」

 

「カァッ!!」

 

 音速の壁を突き破り、鉄のヒールがネテロの頭蓋をかち割らんと打ち下ろされる。

 それを迎え撃つのは音を置き去りにした武神の拳。およそ鋼と肉がぶつかり合ったとは思えぬ程の轟音を響かせ両雄は激突した。

 

「会長!」

 

 遂に王手に及んだ敵の姿を見てノヴが悲鳴を上げるが、彼の声は轟音に掻き消された。神速と呼ぶに相応しいスピードで踵を振るうカオルに対し、ネテロは一歩も譲らず拳を合わせる。オーラを纏う拳は鉄塊の如き堅牢さを宿し、尋常ならざる切れ味を誇る踵の刃との打ち合いを実現した。

 驚くべきことに、こうして本体と打ち合いながらも"百式観音"の操作に一切の淀みはない。ネテロは"百式観音"で分身三体の攻撃を捌き、己の腕で本体の猛攻を凌いでいた。一体どれだけの技量と経験があればこんな馬鹿げた戦闘を展開できるのか。果敢に攻め掛かりながらも、カオルは目の前の武人に対し戦慄を覚えていた。

 

「なーに驚いてやがる。自分の拳が見えん武人がいるかい」

 

 音速の拳を自分で放つのだから、敵の音速の攻撃を見切れて当然であると。そんな理屈と共にネテロは平然とカオルの速度に追随する。

 その理屈に頷けないのはカオルが格闘家ではないからだろうか。カオルと違い純然たる人間であるネテロの神経伝達速度には限界がある筈だというのに。

 

「……やっぱりおかしい、さっきまでとは動きが全然違う。まさか今までは手を抜いて──」

 

「君ほどの猛者を相手に手抜きだなんてとてもとても……ただワシも一線を引いて久しい。長年の倦怠は如何ともし難く、先ほどまでは無様を見せたやもしれんのう……!」

 

 原作において、ネテロはキメラアントの王メルエムとの戦いに備えて瞑想を行い心身の統一を図った。しかし現実では瞑想を行う暇もなくNGLへと取って返したため、これまでは万全とは言い難いコンディションでの戦闘を迫られていたのだ。

 だがこれまでの応酬で既に錆は落ちた。それだけでモラウやナックルたちの奮戦は意味があったと言えるだろう。今カオルの前に立つのは、正真正銘の「最強」──百年を超える戦闘経験をその身に秘める究極の武人である。

 

 極限まで錬磨されたオーラはこれまで以上の鋭さを宿し、ネテロの四肢に老人とは思えぬ剛力を漲らせる。それに伴い"百式観音"の動きも加速度的に洗練されていき、分身の攻撃を押し返し始めた。

 "百式観音"にばかり目が行きがちだが、ネテロ自身も並ぶものなき無双の拳士である。その技量はカオルなど及ぶものではない。戦いとはこういうものだと言わんばかりの技の冴えを見せ、カオルの猛攻を逸らし、弾き、時に打ち返す。攻撃一辺倒だったカオルは防御にも意識を割く必要に迫られ、その表情に苦渋を浮かばせた。

 

(とはいえ、流石にこのままやりあうとなればこっちの身が持たん)

 

 ある程度は技量で誤魔化せるが、彼我の体力差、オーラ量の差は歴然としている。それに一見するとネテロが優勢に思えるが、その実カオルの攻撃は徐々にネテロの肉体を蝕み始めていた。鋼鉄すら容易く裁断する踵の刃は"硬"を纏う拳に無数の傷を刻み、しかも"硬"の性質上無防備となる身体を彼女の猛攻に晒すのは著しく精神を消耗する。

 

(これで四分の一とかふざけてるぜ)

 

 恐らく、カオルが分身を吸収し万全となれば今のネテロであっても瞬く間に叩き伏せられるだろう。より鋭利さを増した斬撃は"硬"では防ぎ切れないし、そもそも動きについて行けるかも怪しい。今や"百式観音"は分身の攻撃を防ぐためではなく、分身と本体の合流を阻止する方向へと役割を変じていた。

 "イグアスの悪魔"による分身は最小単位である細胞レベルまで分裂・縮小することが可能だ。そうなれば"百式観音"がどれだけ腕を振るおうが文字通り暖簾に腕押しであるが、しかしそこまで小さくなると観音像の掌打が巻き起こす風圧によって移動もままならなくなる。現状、分身と本体の再統合は不可能と言ってよかった。

 

(均衡が崩れるまで続けるしかないか──)

 

(一刻も早くこの均衡を崩さねばならん──)

 

 現状を打破したいのは両者共に同じだが、やはり余裕があるのはカオルの方だった。カオルはこのまま打ち合いを続けていても支障はないがネテロはそうも言っていられない。ただでさえ"百式観音"による分身の相手と並行しているのに、本体との戦闘を長時間続けていればそう遠くない内に限界が訪れるだろう。

 ネテロとしては再び"百式観音"の間合いまでカオルとの距離を引き離したいところだった。やはり生身でやり合うには年を取り過ぎた。全盛期ほどの頑強さはもはや望むべくもない。ならば──

 

「あまり性分ではないが──」

 

 雷鳴のような風切り音を上げて脳天に向け振り下ろされる刃を、動作の起こりを見切ることで先読みしたネテロが半身になって避ける。弾き返すでも受け流すでもなく回避する……最強の男が初めて「逃げ」に回った瞬間だった。

 この男らしからぬ逃げ腰の行動にやや面食らうも、思考とは裏腹にカオルの脚が止まることはない。踵が地面に触れる寸前に"霊気放出(オーラバースト)"が発動、脚部から噴出したオーラの奔流が瞬時に軌道を修正し下段からネテロの首を目掛けて跳ね上がった。

 

 蒼い残光がV字を描いて頸椎(くび)を狙い疾駆する。強引な軌道修正にも拘らずその勢いに衰えは見られず、恐るべき威力を孕んだ断頭の刃が喉笛に喰らい付く──かに思えた。

 

 ピタリ、と鋭利に輝く爪先がネテロの首筋に触れるか触れないかというところで静止する。無論それはカオルの意思ではない。彼女は確かにネテロの首を両断するつもりでいたのだから。

 カオルの意思に反して攻撃を止めざるを得なかった原因……それは振り上げられようとした彼女の脚の根元、大腿部に添えられたネテロの掌であった。

 

(重ッ……動かない──!?)

 

 ネテロにはまるで力んだ様子はない。ただ添えるように差し置かれた左の掌が、まるで数百キロもの重石になったかのように上から押さえつけカオルの動きを阻害していた。

 

「くっ……」

 

 不可解な現象に対する理解を一旦棚上げし、カオルは瞬時に武器を切り替えることを選択した。右脚から左脚へ……振り上げた右脚を下ろす動作すら惜しみ、軸足としていた左の刃を地面から抜き放った。

 オーラ放出による加速という手段が取れる以上、カオルには地面を蹴るという動作は不要、何となれば地面に立つ必要すらない。予備動作も踏み込みもなく初段から最高速を叩き出せる。瞬時に遷音速へと移行した左の爪先がネテロの首を刈り取らんと唸りを上げる──刹那。

 

 ぐるん、と天地が逆転した。

 

「!?」

 

 カオルの視界が回転する。ネテロがやったことはと言えば腿に添えた左掌を静かに膝裏へと回し、そっと力を加えただけだ。にも拘らずカオルの身体は勢いよく一回転。振り上げられた爪先はネテロに触れることすらなく盛大に空ぶる結果となった。その時カオルが腕を広げ手を彷徨わせたのは無意識に空中でバランスを取ろうとしたからか、あるいは反射的に何かに掴まろうとしたからか。

 その手をネテロの右手が掴んだ。まるで力が籠もっていない握手のように自然な挙措で差し出された右手は、だからこそ動揺によって生じた意識の隙間へと侵入せしめた。もしこれが攻撃の意図の下に突き出された手であれば、動揺するカオルとて容易に触れさせはしなかっただろう。

 

 しかし結果としてカオルはネテロの術中に嵌り、次の瞬間彼女の身体は勢いよく制空圏外へと弾き出されていた。否、放り投げられたと言った方が的確か。それ自体にはまるで威力も害意もなく、ただポンと投げ上げられただけ。

 然るに、これは攻撃行動ではない。木の葉が風に煽られたが如き自然さで宙を舞ったカオルは数瞬忘我し、ややあって状況の悪さに気が付いた。

 

 ──間合いを離された。これは"百式観音"の距離だ、と。巨大な掌に押し潰されながら、カオルは己がまんまとしてやられたことを自覚した。

 

 

 ドンッッッ!!! と幾つものダイナマイトが炸裂したかのような重低音が轟き、衝撃が大地を揺らす。カオルが何かするよりも早く動いた"百式観音"の腕の一つが彼女を叩き潰していた。

 

「会長!?」

 

 再びノヴが声を上げるが、今度の声色には悲壮感より困惑の色が強い。カオルとネテロが繰り広げる超高速の戦闘に介入することが出来ずにいた彼は、だからこそ離れた位置から攻防の一部始終を見ていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あわやネテロの首を断たんとしたカオルの斬撃を止めた。そこまでは良い。だがその後が意味不明だった。

 ネテロ自身は大して動いていない。その挙動も直前までの攻防に比べれば非常にゆっくりとしたものだった。対してカオルの身に起こった事象は劇的である。やおら風車も斯くやといった大回転を行ったかと思えば、そのまま自分から吹き飛んでいったのだ。無論カオルの側に距離を離すメリットがない以上、ネテロが何らかの手段を以てカオルを投げ飛ばしたのだとは分かる。だがその「手段」がノヴには理解不能。彼の目に映るネテロは殆ど動いておらず、故にカオルが勝手に吹き飛んだようにしか見えなかったのである。

 

「一体、何が……」

 

「──今のは柔術……いえ、合気……!?」

 

 その疑問に対する答えは"百式観音"の掌に押し潰されたカオルの口から齎された。掌と地面に挟まれ逃げ場のない衝撃に晒された筈の彼女は、それでもなお立ち上がる。豊潤なオーラに物を言わせた身体強化によって掌を押し退け、徐々にその身を起こしつつあった。

 

「ほう、知っていたか。極東のマイナーな武術なんじゃがのう」

 

 ネテロが行ったことは確かにカオルが知る合気道のそれに相違ない。無駄な力を使わず効率よく相手を制する──合理的な体捌きを用い、相手の力と争わずに敵の攻撃を無力化する武術である。

 柔術に通ずるところのあるこれは圧倒的なパワーとテクニックで攻めるネテロの得手とする武術とは正反対の性質のものである筈だ。何故そんなものをネテロが習得していたのか。

 

「ワシも若い頃は結構ヤンチャしておってのう……色々な道場を訪れてはのべつ幕無しに挑んで回ったものよ」

 

 若きネテロのあまりに有名なエピソードの一つとして語り草となっている「道場破り」。心源流を確立するより以前に行われたこのあまりに物騒な行脚は、ネテロに様々な武術・流派との邂逅を齎したのだ。そしてその悉くを打ち破ってきたネテロは、それらをただ過去のものとするを良しとしなかった。

 

「強き者もいれば弱き者もいた。歴史ある流派の驚嘆すべき精粋に触れることもあれば、新しき武術の芽生えに立ち会うこともあった。その全てを今も鮮明に瞼の裏に思い起こせる」

 

 これまで出会った全てに感謝を。これから出会う悉くに感謝を。感謝する心を通して武の頂に君臨するネテロの内には、今の彼を構成するに至ったあらゆる「武」が息衝いている。

 今し方カオルに掛けた合気もその一つであった。記憶の内に鮮やかな色彩を残すそれが、天才ネテロの手によりこうして再現されるに至ったのだ。

 

「とは言え、本物からすれば噴飯ものの粗末な代物だがね。もし君に少しでも武の心得があればこうも鮮やかには決まらなかっただろうよ」

 

 未熟な合気は諸刃の剣、生兵法は大怪我の基だ。一歩間違えればネテロの首は敢えなく落ちていたことだろう。やはり慣れないことはするもんじゃないと態とらしく笑う彼の肝は縮み上がっていた。

 しかし結果としてカオルの乾坤の一手は無に帰した。分身の一斉攻撃は本来の鋭さを取り戻した"百式観音"の前に退けられ、ネテロにも大した手傷を負わせることなく払い除けられてしまった。カオルは悔しさと苦痛に顔を歪める。

 

「ぐ、く……」

 

「戦力を分散させたのがここに来て仇となったな。今の君一人の力でこの状況を脱するのは難しかろう」

 

 ズン、と起き上がりかけていたカオルの身体が地面に沈み込む。本体を退けたことで手隙となったネテロはその分のオーラを"百式観音"へと流し込み、カオルを押さえつける掌に加える力を増した。一旦攻撃の手を止めて様子を窺う分身たちも、油断なく視線を飛ばすネテロに牽制され迂闊に身動きが取れずにいる。

 

「これは、勝負あったか……?」

 

 モラウがそう呟くのも無理からぬことだった。カオルの強みはその圧倒的なスピードにこそあるが、上から押さえつけられている状況ではそれも活かせない。莫大なオーラに任せた力押しも"百式観音"ほど強力な念が相手では分が悪い。

 詰み──果たして本当にそうか? カオルが、あの化け物がこんなに呆気なく終わるタマか?

 

「……キルア」

 

「ああ……何か妙だ。これまでの暴れっぷりから考えればあまりに静か過ぎる。まだアイツのオーラには余裕がある筈なのに」

 

 ネテロですら戦いの終わりを感じつつある中、ゴンとキルアだけが警戒を解かずにいた。二人のカオルとの出会いからそろそろ一年が経とうとしている。一年間ずっと行動を共にしていたわけではないが、殆ど初対面である他の面々と比べれば付き合いの長さは断トツだ。

 だからこそ思ったのだ。「あの少女がそう簡単に負ける筈がない」と。──そしてその予感は的中する。

 

 どろり、とカオルを押さえつける"百式観音"の掌が溶け崩れた。まるでスライムか何かのように青く染まり形を崩した自身の念を見てネテロが目を見開く。

 

「それは……ッ」

 

「油断したわね?」

 

 i-des(イデス)『オールドレイン』。それは無機物有機物問わずあらゆる全てを溶かす毒の蜜。脚部のみならず全身に毒の棘を備えるメルトリリスの身体に長時間触れるなど自殺行為に他ならない。

 無論、キメラアントの王を吸収する場面を目撃した彼らはその能力を知っていた。だが全てを知ったわけではなかったのだ。よもや生物のみならず念すら溶かし吸収するなど、一体誰がそんな出鱈目を予想し得よう。

 

 すぐさま他の腕がカオルを捕らえようと動くが、動揺により生じた一拍の間の内に既に動き出していた分身たちは本体との合流を果たしていた。

 これこそが新たに得た分身能力の利点だ。メルトリリスの能力によって生まれた分身と異なり、"イグアスの悪魔"は本体との意識の同調が可能である。これによってカオルは「"百式観音"の溶解と同時に動き出せ」と分身に予め指示を下しており、ネテロたちに悟られることなく迅速な行動を可能としたのだ。

 

(分身はアナタを警戒して動けなかったんじゃない。動かなかったのよ……!)

 

 圧し掛かる掌の下で苦し気に顔を歪ませていたのも演技だ。自力で押し退けられなかったことは確かだが、オーラで全身を防御していればさほど深刻なダメージを負うことはない。

 

(とは言えそのオーラもいい加減底が見えてきた。あまり悠長に構えていると足元を掬われかねないか──)

 

 状況は振り出しに戻ったように見えるが、全員が全員それなりのオーラを消耗していた。全力を振り絞っていたネテロたちは言わずもがな、ネテロの懐に潜り込むために"発"を乱発したカオルも著しくオーラを消費したのだ。

 

「なら──いい加減終わりにしましょうか……!」

 

 分身を吸収しオーラを取り戻したカオルから凄まじい重圧(プレッシャー)が放たれる。大気を振動させる程のオーラの高まりは、いよいよカオルが勝負を決めに来たのだと彼らに確信させるに足るものだった。

 "百式観音"を背後に従えるネテロはそれに対抗するようにオーラを練り上げる。それに続きモラウとノヴ、ナックル、シュートたちも覚悟を決めたように身構えた。

 

「……ゴン、キルア、気張れよ。正直オレらは限界が近い」

 

「モラウさん……」

 

 カオルという怪物との戦いは彼らに限界を超える消耗を強いていた。ネテロが規格外なだけで、他の面々はオーラも体力も、精神的にも限界の淵に立たされている。

 例外は連携の練度の関係であまり積極的に戦闘に参加していなかったゴンとキルアだけだ。彼ら二人はまだモラウたちほど消耗していない。

 

「正直いつ倒れてもおかしくない。出来る限りはやるつもりだが、もしもの時はお前らが頼りだ。……ノヴ、まだいけるな?」

 

「勿論、ですよ。そんなことより、モラウさんは生粋の戦士なんですから私より先に力尽きるなんて無様は見せないで下さいね。

 ……ふぅ。ゴン君、キルア君……私たちが倒れても構わないように。君たちは彼女との戦いに専念して下さい」

 

「ノヴさん……」

 

 息も絶え絶えなノヴだが、それでもまだ彼は戦意を失わない。その背を見上げるゴンは眦を決し、傷だらけとなった拳を握り締めた。

 既に腕の出血は止まっている。負ったダメージは許容範囲であり、体力も気力も充実している。そしてそれはキルアも同じだった。彼はゴンの隣に立ち、溢れるオーラを電気へと変換し身に纏った。

 

「行こうぜ、ゴン。あの馬鹿女を止めてやる」

 

「うん!」

 

 来るぞ! とナックルが声を上げる。同時に爆発的なオーラの高まりが暴風を生み出し、カオルの周囲を薙ぎ払った。

 

「"渦巻く憤激(アンフォーギブン)"──"霊気放出・第三開放(オーラバーストⅢ)"……!!」

 

 カオルの総身を蒼い炎が包み込む。憤怒によって増大するオーラを推進力として打ち放つ……その爆発力は先ほど見せた通りである。胸が地に触れる程の前傾姿勢となったカオルの身体が引き絞られた弓矢のように軋みを上げ──

 

 

 

 突如として飛来した岩石が目の前に着弾し、今にも飛び出そうとしていたカオルは停止を余儀なくされた。

 

 

 

「な──」

 

 絶句するカオル目掛けて次々と飛来する岩石や倒木の数々。四方八方から投げ込まれるそれらの数は二十は下らず、空を埋め尽くすような勢いで降り注いだ。

 ネテロたちも同じように驚愕していることから、これが彼らの与り知らぬ第三者の手によって為されたことは明白である。舌打ちしたカオルはネテロたちへの攻撃を取り止め、続々と降り注ぐ岩や木を避けるべくその場から飛び退いた。

 

「──うん、キミならそう動くと思ってたよ♠」

 

 次の瞬間、後方へと跳躍したカオルの着地点へと狙い澄ましたかのように大量のトランプが飛来する。一枚一枚に"周"が施され鋭利な剃刀のようになった紙片は、まるで手裏剣のように回転しながら四方八方よりカオルを襲った。

 

「ッ、■■■■■────!!!」

 

 カオルの喉から魔獣の咆哮のような絶叫が衝撃波を伴って迸る。それらは空間を埋め尽くすように隙間ないトランプの弾幕を打ち落とした。

 

「あらら、折角のトラップが全部無駄になっちゃった♥」

 

「……お前」

 

 おどけたような声を上げ木々の間から長身の男が現れる。赤髪を揺らすその男の姿を視界に入れたカオルの髪が逆立ち、只でさえ険しかった表情が更なる凶相を帯びた。

 

「それにしても感心しないなァ♣ 女の子が野獣みたいなはしたない叫び声を上げるなんて♦」

 

「ヒソカ────!!!」

 

 

 ────ヒソカ、見参。

 




ネテロが合気使ったのは完全な独自設定です。ご注意下さい。

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