実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい(本編完結)   作:ピクト人

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二話連続投稿の二話目です。一話目をご覧になっていない方はご注意下さい。


Epilogue
他愛もない後日談、あるいは紙一重の平穏


 時が経つのは早いもので、キメラアント事件と称された騒動から既に数ヶ月ほどが経過した。

 一言でキメラアント事件とは言うが、その内容は壮絶極まる。亜人型キメラアントの発生に加え、棲む次元を異とする水棲巨獣の出現、そして災厄の発生未遂である。尤も、亜人型キメラアントの発生以外は一般のハンターには伏せられているのだが。特に水棲巨獣──巨大海魔ことクトゥルフが発したテレパシーによって感受性に優れる人間に引き起こされた突然死と精神異常は、すわ世界滅亡の前触れかと束の間世間を賑わせた。世界各地でクトゥルフの似姿を(かたど)った絵画や像が量産されまくったのは記憶に新しい。

 

 その秘匿された二つの事件を引き起こした真犯人ことメルトリリス──もといカオル=フジワラであるところの私は現在、何故かネテロ会長の執務室でお茶汲みなどの雑務に従事していた。

 

 

 メルトリリスという名の災厄を名乗り、事実上の人類全体に対する裏切り行為を働いた私の罪はプロハンターという特権階級であることを加味しても重い。だが結局のところそれは未遂であり、キメラアントの王という災厄級の脅威を排除した功績で帳消しにできるものだとネテロ会長は判断した。

 加えてオールドレインによって吸収した対象も殆どが生死問わずの賞金首、つまり殺しても罪には問われぬ重罪人であったためこちらもお咎めなし。

 そうなると私が犯した罪はと言えば、キメラアントの王対策としてコムギを誘拐したこと。そしてネテロ会長ら討伐隊を殺害しようとしたこと──即ちハンター協会そのものに対する反逆行為ぐらいのものとなる。

 

 プロハンターはその特権故に殺人を犯しても罪に問われないことが多い。だがそれはハンター協会という後ろ盾ありきの特権であり、後ろ盾そのものに牙を剥いたとあってはその特権が通用する筈もなかった。

 

『一年間のハンターライセンスの失効と無償労働。この辺が妥当じゃろう』

 

 そう言い放ったネテロ会長に噛み付いたのは主にノヴとナックルだった。ノヴは規律に対する厳格さから、ナックルはその正義感から異を唱えるに至ったのだろう。

 二人の言うことは全く以て正論である。これ程の大事を仕出かしておいてこんな軽い罰では他のハンターに示しがつかないし、犯罪者予備軍どころか犯罪者そのものみたいな人物に一年間で再び特権が戻ってくるなど悪夢のようなものだ。……と、普通ならば思うだろう。

 

 しかしネテロ会長曰く、この程度で重罪になるのならば実に半分近くのプロハンターが重罪人ということになってしまう……とのことだった。それで二人とも黙ってしまうあたり、この世界のハンター事情は割と終わってると思う。人のことを言えた義理ではないが。

 

 問題はその後だ。肉が落ち痩けた頬をさも愉快げに歪め、彼はこう告げたのである。

 

『それに所詮は齢十二の(わっぱ)が起こした不始末。結果的に誰も死んどらんのだから、大目に見てやるのが大人っちゅうもんじゃろうて』

 

 ──……どうやら私は十二歳の幼女だったらしい。

 

 確かに気付いた時には既に今のこの姿だったので正確な年齢を承知していたわけではなかったが、まさかゴンやキルアとほぼ同年代だとは夢にも思わなかった。

 だが私が母の腹を突き破って生まれ落ちた映像を見せられれば納得せざるを得ない。エイリアンかよという突っ込み必至のゴア表現を披露しながら這い出てきた赤子がよもや自分だとは思いたくなかったが、見慣れた鋼の脚が動かぬ証拠なので否定のしようもなかった。

 

 当然ながら意識のなかった私に殺意などある筈もなく、これは悲しい事故として処理されたそうだ。私にとっても不可抗力の殺害なので──薄情だとは思うが、この件で「何故こんなことをした」と詰られても返答に困るというのが正直なところだったのでありがたい。

 無論、罪の所在が私に帰結することを否定するつもりはない。もしこの女性の夫や両親が生きていれば会って糾弾を受けるのもやむなしとは思っていた。流石に殺されてやる気はないが……そもそも該当する誰もが既に他界していたとあってはどうしようもない。

 よってこの事件は私が真実を把握した時点で終結した。無辜の一般人だけは手に掛けまいとしていた私が犯した唯一の殺人。当然ながらこの事実は私の内に凝りを残すこととなった。罪悪感と、誰も糾弾しない……してくれないという不完全燃焼感。あるいは晴れることのないこの感情こそが、罪を帯びて生まれてきた私に対する罰なのかもしれない。

 

 ……さて、その後の話だ。私は現在ハンターライセンスの失効と無償労働の罰を期限付きで受けているわけだが、具体的にはネテロ会長の傍付きとして仕事の補佐をしている。補佐と言っても主にお茶汲みをしたり話に付き合ったり、零を撃ったことで失った体力を取り戻すためのリハビリに協力したりと──老人介護かと言いたい。

 

 確かにNGLから帰還したばかりの頃は重介護者も斯くやといった様子だった。()()ネテロ会長が、杖どころか車椅子を使わなければ移動もままならなかったと言えばその悲惨ぶりが伝わるだろうか。食事の際も流動食を少しずつ匙で掬って食べさせなければならなかった程だ。

 と言っても、それは本当に最初の数日間だけだったが。一週間後には食事も入浴も一人でできるようになっていたし、二週間後には杖なしで出歩けるまでに回復していた。

 

 そして数ヶ月が経過した今はというと──

 

 ちら、と何かの書類を片手に湯呑みに口をつけるネテロの様子を盗み見る。枯れ枝のようだった体躯はいつの間にやら元の太さを取り戻し……いや。元の、ではなかったか。

 皮膚の張り、筋肉の盛り上がり、拳の大きさ……元の状態を上回り、明らかに以前より増している。

 

「──そういう君も、以前にも増して鍛え上げている気配ありありじゃがのう」

 

「……そうやって人の考えていることを言い当てるの、やめてくれないかしら」

 

 机に向かっていた筈の老人はいつの間にやら振り返り、背後に控える私の顔を覗き込んでいた。

 その顔にありありと浮かぶ悪戯げな表情に苛立ち、これ見よがしに溜め息を吐いてみせる。

 

「言っておきますけど、私はアナタの鍛錬の付き合い以外で運動はしてませんし、ドレインも一切してませんから」

 

「またまたそんなこと言っちゃってぇ……オーラの流れを見りゃ一目瞭然。より強く、より鋭く研ぎ澄まされておる」

 

「……これだから達人ってのは」

 

 ネテロほどの念能力者からすれば、その者が自然に纏うオーラの流れから練度を読み取るなど容易いらしい。私の考えを読むのもそれの応用なのだろう。

 確かに私はあの事件以来、初心に返り空いた時間を見つけては瞑想などを行っていた。身体的なスペックやオーラ量などは既に十分すぎるほど備わっているので、それ以外の技術的な部分に重点を置いて鍛錬になど精を出していたりする。メルトリリスが訓練なんて……という個人的なイメージがあって気恥ずかしいから誰にも知られたくなかったのだが。

 しかし、何と言うか。

 

「敗者同士で褒め合うのって、みっともなくない?」

 

「そうかね? ワシは新鮮で楽しいがのう。敗北を喫したのなんぞ大昔の話じゃし……いやはや、もはや全てが懐かしい」

 

 そう言ってカラカラと笑うネテロ会長。私にとって敗北とは醜態であり屈辱でしかないのだが、彼ほど長く生きているとまた受け取り方が変わってくるらしい。

 ネテロ会長は私に負け、そして私はゴンに惨敗した。あれほど無様で情けない敗北など、後にも先にもあれきりだろう。……あれきりだと思いたい。

 敗者同士とは要するにそういうことだった。傷の嘗め合いなんて好んでしたいものではない。嫌でも瑕疵(かし)を直視せざるを得ないから、まるで自分の汚点をまざまざと見せつけられているようで気分が悪い。誰が好き好んで恥の上塗りなんぞするものか。

 

 興が乗って仕事をする気分でなくなったのか、ネテロは書類を机上に投げ捨てると身体をこちらに向け完全に話をする態勢に入ってしまった。老人の長話に付き合わされるこちらの身にもなって欲しいものだが。

 

「それにしても、その恰好も随分と様になってきたのう。最初の頃は文句ばかり言っておったが、何だかんだでしっかり着こなしとるじゃないか」

 

「……今も内心では変わらず文句タラタラですけど?」

 

 によによといやらしく目を細めて笑うネテロが見ているのは、私が仕事着として着ることを強制され身に纏っている衣装である。

 頭の上にはホワイトブリム。身体を包むのは白黒のエプロンドレス。フリルで彩られた膝上丈のスカートの下からは、膝の鉄杭やヒールブレードを取り外したことで丸みを帯びた銀の脚が覗いている。

 

 要するにメイド服である。それもフリルなどの装飾過多なフレンチメイド……というよりジャパンメイドとでも言うべきスタイルだ。もはや只のコスプレだった。

 

「眼福、眼福」

 

「ぶち殺してやろうかしらこのエロジジイ」

 

 言うまでもなくネテロの趣味であり、わざわざジャポンから取り寄せるという徹底ぶりである。熱心なのは結構なことだが、世間体というものを考えなかったのだろうかこの老人は。十二歳の少女にコスプレさせて身の回りの世話をさせるなんて、字面だけでも犯罪臭が凄まじい。パリストンに「ネテロ会長の愛人ですか?」と訊かれた時は協会本部ビル諸共海の底に沈めてやろうかと考えた程だ。

 何より和のテイストが強いネテロ会長の執務室と絶望的なまでにミスマッチなのが腹立たしい。同じコスプレでもせめて和装メイドならば多少は映えただろうに。

 

 まあ、直接的なセクハラなどは一切ないので問題ないと言えばないのだが。仕出かしたことに対する罰の一環と思えばこの程度の恥辱は黙って甘受するべきなのだろう。……とは言え、多少の文句を口にする程度は目溢しして欲しいところだ。

 

「せっかく見た目は良いのに、零れる毒舌暴言で台無しなのが玉に瑕じゃのう。もうちょい可愛いこと言えんのかね」

 

「何よ可愛いことって。毒舌なのは素だからどうしようもないわよ。何しろ全身猛毒の女ですので」

 

「いやいやそうではなく、もっと年相応なことは言えんのかということじゃよ。年頃の女の子みたいに愛嬌のある言動を取れば多少は可愛げも出てくるじゃろ」

 

「年相応って……」

 

 そりゃあ肉体的には十二歳だが、精神年齢的にはとっくに成人しているのだが。

 ……いや待て、妙案を思いついた。今こそ日頃溜まっている"あの欲求"を解消するチャンスかもしれない。

 

 前世はともかく今の私の見た目は完璧(パーフェクト)にメルトリリス。可愛いのは当たり前なので、少し媚びた仕草をすれば十分ネテロ会長が求める水準を満たすことだろう。よろしい、ならば完璧(パーフェクト)な存在であるメルトリリスが可愛さにおいても完璧(パーフェクト)であることをご覧に入れてやるとしよう。

 両手を胸の前でギュッと握り、膝を曲げて前屈みに。目線は上目遣いで、小首を傾げておねだりのポーズ。

 

 いざ。

 

「おじいちゃん、お酒ちょーだいっ」

 

「ダメに決まっとんじゃろ」

 

「チッ!」

 

 チッ。

 

 何故だ。声色もょぅι"ょをイメージして舌足らずな感じにしたというのに。今のは孫にお小遣いをあげるおじいちゃんおばあちゃんの心境になるところだろう。

 

「酒をねだる年頃の女の子がどこにいるんじゃ……」

 

「じゃあモクで手を打ちましょう。マルボロでいいわよ」

 

「未成年はお酒も煙草もダメッ!」

 

 くそう。せっかくアルコールにありつけるチャンスだったのに。

 いいじゃないか別に。この身体には毒なんて効かないし、そもそもこれ以上肉体的には成長しないのだから禁止される理由もない。はい論破。

 

「ダメなもんはダメじゃ。八年待てとは言わんからせめてあと五年は待ちなさい」

 

 だぁれが五年も待つかッ。一年経ってライセンスが戻ってきたら速攻で酒に溺れてくれるわ。

 ……などと考えていたらネテロがジト目でこちらを見ている。またぞろオーラの流れから大まかな思考を読んだのだろう。

 

「阿呆、顔に出とるんじゃ顔に。……全く、本当に反省してんのかねこの娘は」

 

「反省ならしてるわよ。あんな馬鹿正直に全員を相手にするんじゃなくて、その時は従うフリをして後でこっそりキメラアントを暗殺すればよかったって」

 

「ついにぶっちゃけおったなコイツ」

 

「言っておくけど、私はまだキメラアントは滅ぼすべきだと思ってるから。あんなのを生かしておいたって百害あって一利なしよ」

 

 私は負けたから主張を取り下げてこいつらに従っているに過ぎない。今でも私は私の考えが間違っているとは思っていないし、奴らが少しでも造反の気配を見せたならば即座に全滅させる用意でいる。

 彼らが今更人類に盾突こうなどと思う筈がないとネテロは言う。確かに今生き残っている連中は私やネテロという恐怖を知っているから滅多なことは考えないだろう。だが奴らとて生物だ。コロニーを形成し大規模な繁殖をすることこそないだろうが、全くの無繁殖で生を終えるなどあり得ない。必ず次世代が生まれる筈なのだ。

 その次世代に王のような突然変異が生じないという保証はない。次世代になくともその次の世代に、はたまたその次の次の世代に。亜人型キメラアントという存在があり続ける限り、王が生まれる可能性もまたゼロにはならないのだ。その時に私もネテロも生きているとは限らない。ネテロは言うまでもなく年だし、私とて姿は変わらなくとも不老というわけではないのだ。

 

 一度災厄になろうとしたお前がどの口でキメラアントを糾弾するのかと人は言うだろう。確かに私もまた人間ではないが、メルトリリスの中核を成す三柱の女神は全て人の神話から生まれた存在だ。そしてガワはともかく中身に宿る精神は人間のものである。昆虫である奴らよりは人に近いと言えるだろう。

 そもそも私は人間を滅ぼそうなんて欠片も思ってないし。むしろ私がやろうとしたことは人類を守る行為。手段が強引で独り善がりだったことは認めるが、殊更に批判される謂れはない。批判するならば代替案を持ってこいというのだ。

 ……まあ、私のやろうとしたことも所詮はその場凌ぎに過ぎなかったのだろうが。原作でネテロが王に示したように、人間の進化に際限はない。向こう千年の安寧を齎したところで、それが私の独善によって強制したものである以上はやがて人の反発によって打ち破られる定めだったのだろう。それがどんなに良いものであれ、上からの一方的な押し付けを厭うのが万物の霊長を自負する人間の性なのだから。

 

 とまれ、そういう理由でネテロ会長たちの意向に反発したことに対する反省はない。少し過激だったかな、と省みる程度だ。

 だから私が後悔することはたった一つ。少年の混じりっけなしの善意による心配を、目的のために目を曇らせ無視したこと。その結果、少年は自ら命を削るという暴挙に出た。否、私が暴挙に及ばせてしまったのだ。

 自分が暴走するのは良い。その果てに破滅したとて、誰にも迷惑を掛けないのなら勝手に朽ち果てれば良かった。だが自分の暴走に罪なき子供を──自分を友と慕う少年を巻き込み破滅に追いやるなどあってはならないことだ。

 

 結果として私の暴走は瀬戸際で食い止められ、こうして生き恥を晒している。

 みっともないったらありゃしない。酒でも飲まなきゃやってられないというものだ。

 

「ところで、そのゴンのことなのじゃが」

 

 ゴン──私の暴走を身を張って止めた少年の名前。その名が出ると嫌でも身体が強張り幻痛が走る。無意識に腹部を手で押さえた。

 

「お主は基本的にここを出ないから知らぬじゃろうが、無事に回復したそうじゃ」

 

「人を出不精みたいに言わないでくれる? 知ってるわよ。"ガス生命体"アイでしょう?」

 

「……相変わらずその情報の出処は謎じゃのう。今更聞き出そうとも思わんが。

 そう、そのアイじゃ。五大災厄の一、ガス状の生命体。ならばこれは知っているかね? ゴンを救ったそのアイは、驚くべきことにキルアの妹だったそうじゃ」

 

「ふーん」

 

「……何ぞ反応薄いのー」

 

 だって知ってるし。

 要するに原作通りということだ。私のために命を圧縮し強制的な急成長を果たしたゴンは、その代償として身体は腐り果て念能力を失った。

 それを救ったのがキルアの妹である「アルカ=ゾルディック」……厳密にはアルカの裡に潜むもう一つの人格「ナニカ」である。

 ナニカ(イコール)アイであることは原作においても示唆されていただけで確定情報というわけでもないのだが、まあ概ね間違ってはいまい。重要なのは災厄級の超常現象がゴンを死の淵から掬い上げたということ。

 

「ほとほと嫌になるわね。災厄を忌み嫌い力によって排除しようとしたのに、災厄の力がなければ友達の一人も救えないなんて」

 

「人が個人でできることなど高が知れとる。お主も、そしてワシもな。

 お主は少し真面目すぎるのじゃよ。確かに五大災厄などの脅威の一部は大陸に入ってきているが、それが今すぐに人類全てを滅ぼすわけでも、ましてやお主に牙を剥くわけでもなし」

 

「直ちに脅威とはならないから捨て置けと? いくら何でも楽観が過ぎるんじゃないかしら」

 

「そういうお主は悲観し過ぎじゃ。何でもかんでも警戒し張り詰めておればよいというものではない。肩の力を抜き、冷静に物事を俯瞰するのじゃ。さもなくばまた同じ轍を踏むことになるぞ?」

 

 分かっている。だが今すぐに意識を変えるのが難しいのもまた事実だ。

 叶うのならば今すぐ施設に殴り込んで隔離されている災厄を葬りたい。今の私ならば災厄から何らかの影響が及ぶ前にドレインしてしまえるだろう。……そういう思考に至ることが既に間違いなのだろうが。

 

「……ならせめて、私を安心させるためにも長生きすることね。さもないとアナタの息子を殺すことになるわ」

 

「あー……あいつか。でもハンターとしては何も間違っとらんしなあ」

 

「い い わ ね ?」

 

「わかったわかった。まあ確かに人類が暗黒大陸に踏み込むには時期尚早であるとはワシも思う。

 うむ、ワシが死んだらビヨンドの処遇はお主の好きにせい。手足を折って再起不能にするなり──殺すなりな」

 

「……冗談よ。殺すまではしないわ」

 

 賞金首(ブラックリスト)ハンターからはもう足を洗った。以後、私が人間を殺しドレインすることはもうないだろう。

 例外があるとするならば、意図して災厄を持ち込もうとする破滅思考の大罪人。そしてゴンたちに危害を加えようとする命知らずだけだ。これに該当する大馬鹿者は例外なくぶち殺すと決めている。その時こそメルトリリスという災害が再び牙を剥くだろう。

 

 人を殺さないなど、以前の私からは考えられない甘ったれた考えだ。だがその言葉を聞いたネテロは嬉しそうに破顔し、徐に膝を叩いて立ち上がった。

 

「ぃよし、少し体を動かしたくなった! 道場に行くぞ!」

 

「はいはい、またいつもの発作ね。運動するのはいいけど、もう年なんだから程々になさい。

 ……というか仕事はいいの? お茶飲んで話してただけで、殆ど手を付けてないみたいだけど」

 

「ビーンズに投げときゃあいつが全部やってくれるじゃろ。だって優秀だもんげ」

 

「またビーンズ行きか……あの人もほとほと災難ねぇ。ま、私の知ったことじゃないけど」

 

 もう許してやれよ、と言ってやる優しさのないカオルはそれを諫めるでもなくネテロの後について部屋を出る。意気揚々と道場に向けて歩を進める後ろ姿に付き従いながら、カオルはこのぬるま湯のような生活を悪くないと思い始めている自分がいることに気が付いた。

 良くも悪くも余裕が出てきたということなのだろう。平穏の裏に潜む災厄の影を感じ取りながらも過度に囚われることはない。明確な危険は見て見ぬふり。都合のいいところだけ見て人生を浪費するなど、まるで駄目な人間の典型ではないか。

 だがそれでいいのだろう。今の私に必要なのはきっとそういう適当さで、ネテロが求めているのもそんなありふれた人間らしさ。

 

 

 ──しかし用心することだ。どれだけ人間らしさを取り繕おうが、私に宿る力はとうに人の領域を超えている。

 人を守る力は容易に人を滅ぼす災いに変わる。だから人間の諸君、どうか私を失望させないで。ネテロの努力を無駄にしたくないのなら、愚かな真似だけはしないことだ。

 

 さもなくば、人の文明は海の底に沈むことになるだろう。

 何故なら私はメルトリリス。都市を滅ぼす神の槍であり、天地を海で満たす災禍の化身なのだから──

 

END.

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

~キメラアント編での主な登場人物たちのその後~

 

 

・カオル=フジワラ(藤原薫)

 

 ……丸くなったように見えてその実なんも変わっていない。危険人物であることに違いはなく、例えば某帝国が暗黒大陸上陸を敢行すれば躊躇なく大量殺戮に手を染めるだろう。

 キメラアント事件の裏事情を知るハンターからは多大な警戒と恐れを向けられている。ネテロの傍付きなんぞをやっているのは有事の際にカオルを止められるのが彼しかいないから(止められるとは言ってない)。

 以後は賞金首(ブラックリスト)ハンターの看板を下ろし、人殺しからは足を洗った。一年間の刑期を終えて野に解き放たれたカオルは、返し切れない借りを返すためにゴンたちの道行きを手助けするべく行動する。

 

 

・ゴン=フリークス

 

お願いマッスル(筋肉にお願いだ!)

 

 強化系(?)念能力。カオルを正面から打ち負かし敗北を認めさせるために編み出した禁断の技。カオルとネテロ、そして筋肉への多大な憧憬を原動力に、命を圧縮しいずれ至る境地へと肉体を急成長させる。

 要するにゴンさんと化す技。但し対象がカオルとネテロのレベルなので原作より強力。その分命の消費も凄まじく、カオルが屈するのがもう少し遅ければ死んでいたかもしれない。チャームポイントは僧帽筋。

 

〈制約〉

 誓約があまりに重いためか特にこれと言った制約はない。何故かカオルへと執拗な腹パンを加えたくなってしまう程度。

 

〈誓約〉

 ・能力を発動している時間に応じて著しく寿命を削る。具体的には一秒間につき約180日、即ち半年分の寿命を失うことになる。(ナニカによって回復)

 ・この能力は一度使用すると再使用することはできない。同時に使用者の念に関する技能も永遠に失われる。(これもナニカによって回復)

 

 

 ……カオルに対して特に思うところはなく、取り敢えずではあっても災厄化を思い止まってくれたことを純粋に喜ぶ。ある意味で作中一の狂キャラ。純粋一途であることが必ずしも良いことではないと言える好例。

 復帰後はナニカを狙うイルミからアルカを守るための逃走劇を繰り広げる。割と酷い目に遭うが、駆けつけたカオルがイルミを殴ッ血KILLまでの辛抱である。

 

 

・キルア=ゾルディック

 

 ……イルミの針を知っていながら黙っていたカオルに恨み骨髄。ぶん殴ることには成功したので取り敢えずは満足。実はまだ殴り足りないと思っていることは口が裂けても言えない。

 以後は原作通りナニカに目を付けたイルミからアルカと我が身を守るべく逃走劇を繰り広げる。ぶっちゃけ既にイルミより強いのだが周りが化け物だらけだったので自覚していない。

 

 

・アイザック=ネテロ

 

 ……ライバルとは好きな時に戦えるし、可愛いメイドさんが身の回りのお世話をしてくれるしで一番いい空気吸っているのは間違いなくコイツ。唯一の悩みは可愛いメイドさんがパリストンの刺客を人知れず始末(殺してはいないが)してしまうのでやや張り合いがないこと。

 今や人類全てを滅ぼそうと思えば滅ぼしてしまえるまでに成長した可愛いメイドさんの手綱を握れる数少ない人物。すぐ傍にライバルである可愛いメイドさんがいるものだからつい鍛錬に身が入ってしまい、今や原作でメルエムと戦った時と遜色ない実力を取り戻すに至る。多分あと半世紀は現役だろうと噂されている。

 カオルを密かに次期ハンター協会会長の座に据えようと画策していたり。

 

・ビーンズ

 

 ……ネテロの秘書。雑事は可愛いメイドさんが引き受けてくれるので幾分楽になったと本人は思っているが、その分ネテロが仕事をサボることが増えたので実質的な仕事量に変化はない。

 

 

・モラウ=マッカーナーシ

 

 ……キメラアント事件で己の力不足を痛感し、シーハンターとしての仕事もこなしながら更なる鍛錬に血道を上げている。

 最近の悩みは可愛いメイドさんが煙草をねだってくること。愛煙家として気持ちは分からないでもないが、ネテロに釘を刺されているので心を鬼にし断固とした対応を取っている。

 

 

・ノヴ

 

 ……カオルとの戦いで多大な心的ストレスを負い、生え際の後退と十円禿げを引き起こし悲鳴を上げた。その腹いせとしてプロハンターの権威でカオルの口座を凍結し、可愛いメイドさんの財布の紐を握るという暴挙に出る。一年間限定とはいえとんでもない外道陰険眼鏡(可愛いメイドさん命名)である。

 最近の悩みは薄くなってきた髪と、弟子であるパームが時折り精神的に不安定になることである。

 

 

・ナックル=バイン

 

 ……キメラアント事件で己の力不足を痛感し、モラウに師事しながら更なる鍛錬に血道を上げている。

 個人的にカオルのことは気に入らないが、実年齢のことを考えるとあまり強く言えないのが悩みといえば悩み。

 

 

・シュート=マクマホン

 

 ……キメラアント事件で己の力不足を痛感し、モラウに師事しながら更なる鍛錬に血道を上げている。

 お気に入りの籠を破壊されたことはショックだったが、それ以上のことでカオルに思うところは特にない。というか怖くて何も言い出せない。

 

 

・パーム=シベリア

 

 ……いあいあくとぅるふふたぐん。今でも時々夢に見る。あれは一体何だったのかしら。

 

 

・コルト

 

 ……協会が管理する集落で暮らすことになった他のキメラアントと異なり、女王の子と共に協会本部の施設に身を寄せる。

 立場上ネテロとはよく顔を合わせるのだが、傍に控える可愛いメイドさんの存在は恐怖でしかない。お願いだから会うたびに殺気を向けるのは勘弁して下さい。

 

 

・メレオロン

 

 ……協会が管理する集落で暮らすことになった他のキメラアントと異なり、事件後はカイトと行動を共にする。その隠密能力を使いハンター活動の手助けをしているようだ。

 ドンマイ、コルト。オレはお前の勇姿を忘れないぜ。

 

 

・王の双子の妹

 

 ……女王の第二子。コルトによってレイナと名付けられた美しい赤毛のキメラアント。未熟児だったが幸い大きな問題もなく、人間について学びながらすくすくと成長している。

 可愛いメイドさんは怖い目で見てくるので苦手。しかし彼女のペットのリヴァイアサン(ペンギン)は可愛いからお気に入りで、最近はこのペンギンとよく遊んでいる。……それが彼女の監視の目であることには誰も気付いていない。

 

 

・カイト

 

 ……NGLからの帰還後、手術を受けたことで千切れた左腕は問題なくくっついた。驚くべきは念能力者の生命力である。

 以後は腐れ縁となったメレオロンと行動を共にし、変わらず優秀なハンターとして成果を上げている。最近の悩みはレイナを見ると不思議な感情が湧き上がってくること。まるで他人の気がしない。

 メレオロンからロリコン疑惑を持たれていることには幸いなことに気付いていない。

 

 

・ヒソカ

 

 ……おや!? ヒソカの ようすが……!

 ということは残念ながらなく、カオルの養分となって溶けて消えた。今のところ再登場の予定はなし。

 

 何気にカオルが人前で公然とドレインに及ぶ姿を見せたのは、旅団の一件を除けばこれが初めて。当初はカオルがヒソカを殺害したことを問題視する声もあったが、調査が進むにつれ過去にヒソカがやらかしたアレコレも公となったので自然と立ち消えた。ハンター試験中に試験官を殺害するヤベー奴。

 




くう^疲れました(ガチ)! これにて終了です!

亀更新で全然話が進まない拙作に長々とお付き合い頂き、本当にありがとうございました。ぶっちゃけこの終わり方に納得のいかない方は多いでしょうが、一番コレジャナイ感を味わっているのは恐らくピクト人だと思います。
何分小説を完結にまで持って行ったのはこれが初めて。風呂敷の畳み方が全然分からなくて、かれこれ四、五回は書き直しました。書き直してこれかい。
言い訳としてはそんなところですので、批判については何卒お手柔らかにお願い致します。既に評価に必要な文字数は無しにしておりますので批判はそちらでどうぞ。もうモチベーションを維持する必要もないから、☆0だって怖くないぜ!

それでは長くなりましたが、改めて。
このような自己満足の地雷小説にお付き合い下さいまして誠にありがとうございました。新しい連載をするかは未定ですが、もしやるならば次は新作か、あるいは番外編の方でお会い致しましょう。
それではここまで読んで下さいました皆々様、おさらばです。

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