実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい 作:ピクト人
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ヨークシン編、開幕。原作ではここから群像劇的な色が強くなってきますね。
……なので、今まで以上に場面や時間が飛ぶことになるかと思いますのでご了承ください。というかここから原作崩壊が加速していく、かも?
「……は?お金がない?」
天空闘技場でゴンとキルアと別れてから数週間。私はいつも通りの日常───要するに賞金首狩りの毎日───に戻っていたのだが、ある日突然キルアから電話がかかってきたのだ。
聞くところによると、彼らは天空闘技場で稼いだファイトマネーを元手に骨董品などを買い漁り、それを転売することで利益を得ようと目論んでいたらしい。が、当然上手くいかずに計画は頓挫。むしろ最初よりも所持金が減ってしまったのだという。
……そういえば、彼らはジン=フリークスの足跡を求めてグリードアイランドというゲームを購入しようとして失敗するのだった。ゴンとの戦いで満足したヒソカが去っていった喜びで舞い上がっていた私はそのことをすっかり忘れていたのだ。
『ったく、絶対上手くいくと思ってたのによー』
「当たり前じゃない。そんなので簡単に金儲けできたらこの世に貧乏人なんて生まれないわ。商売ってのは何の経験もない素人にできることじゃないのよ」
『でも、ホントに途中までは上手くいってたんだよ?』
ハンズフリーで通話しているのか、キルアだけでなくゴンの声も届いてくる。その声にいつもの溌溂とした覇気はなく、やはり父親の手掛かりを掴み損ねたことに落胆しているようだった。
「それで、そのことを伝えてきたってことはお金を貸してほしいということかしら?確かに手当たり次第に賞金首を狩りまくってるから蓄えは腐るほどあるけど……」
『ばっか、誰が金の無心なんてみっともねー真似するかよ!これはただの愚痴だよ、愚痴』
『あと、何か知恵があったら教えてほしいなーって。カオルはオレたちより世間のことに詳しそうだし、いいお金稼ぎの方法を知ってるんじゃないかって、キルアが言ってた!』
確かに私は生まれと仕事柄、それなりに裏の世界にも詳しいと自負している。詳しい、はずだ……多分。
しかし七面倒臭い裏社会の繋がりを嫌った私は大して深入りしていないので、精々そこそこの規模のマフィアとしか関係を持っていない。その関係もちょっと顔が利くという程度のものだし、蓄えたお金もその殆どは賞金首狩りで得た報奨金だ。私に商売の経験などないに等しいのである。
「……というわけで、私からは『賞金首ハントでコツコツお金を貯めましょう』としか言えないわね」
『つかえねー』
『き、キルア……』
何とシツレイなクソガキだろうか。一応私は師匠のような立場だったのだから相応の敬意を払っていただきたいものである。
……まあ、そもそも私が原作知識で知ることを一部でも伝えておけば防げた事態ではある。仕方がないので、遅ればせながら彼らには一番重要なことを教授しておくとしよう。
「良いことを教えてあげるわ。グリードアイランドを入手することは、現状では
『えっ?でも、ハンターサイトで入手難易度はGだって……』
「お金を積みさえすれば入手できる、という意味では確かに他の希少品よりは入手し易いでしょうね。総計百個という個数も世界的に見れば貴重と言えるほどではない。けど、今となってはその"お金を積む"という行為そのものが無意味になっているのよ」
そう、丁度この時期は「バッテラ」という世界的にも有数の資産家が金に飽かせて見つけ次第買い占めている真っ最中なのだ。数億程度の金銭価値ならプロハンターにとってはさほどのものでもないが、しかしバッテラ氏ほどの大富豪と競りで勝負しこれを購入するのは、並みのプロハンターでは分が悪いと言わざるを得ない。
───何しろ、バッテラは最愛の恋人を救うために全てを擲つ覚悟でグリードアイランドを求めている。「恋人のためなら資産も地位も何もかも、全て失っても構わない」というこの執念とも言える彼の覚悟を上回るのは、もはやこの世界の誰にも不可能だと言っても過言ではないのだ。
「だから、89億程度のお金を用意するのにも手間取っているアナタたちがこのゲームを入手するのは現実的ではないわ。ならば方法はただ一つ……バッテラに正式に雇われ、その尖兵としてゲームに参加することのみ」
『そっか、ゴンが求めているのはジンに関する手掛かりだけだから……』
『バッテラさんの目的と衝突することはないんだ!』
そういうことだ。ゴンの目的はジンに関する情報。対してバッテラが求めているのはグリードアイランド内でのみ入手できる「大天使の息吹」という奇跡のみだ。ゲームをクリアした上でそのカードを持ち帰ればそれでオーケー。しかも報酬金まで貰えるというおまけつきである。
「とはいえ、グリードアイランドは今まで多くの念能力者が挑んでいながら一度もクリアされたことがない幻のゲーム。並大抵の実力では生きて帰れるかどうかすら定かではないわ」
『へっ、なら今以上に強くなればいいだけだぜ』
『うん!なら、今度会うレオリオやクラピカとも一緒に修行したいな!カオルもヨークシンに来るんでしょ?』
「ええ、そういう約束ですものね」
原作においては「九月一日にヨークシンで」という約束を交わしたゴン、キルア、クラピカ、レオリオの四人。光栄なことに、というべきか、この世界ではその輪の中に私も混ざっている。くじら島に向かったゴンたちとは一度別れたものの、またヨークシンで合流する予定であったのだ。
「それじゃ、二人とも頑張りなさい。くれぐれも無理はしないように……ええ、私はもう少し仕事を続けてから行くわ。ええ……それじゃ、切るわよ」
それから二、三言葉を交わして通話を切る。携帯を懐に仕舞った私は、そこでようやく足元で転がる人物に視線を落とした。
「前にキルアから電話が来たときも似たような状況だったわね……さて、長々と待たせてごめんなさいね?そろそろ止めを刺すとしましょうか」
「ンーッ!ンーッ!!」
私の
私はオーラの腕の人差し指と中指の二本を解いて男の首から上を露出させると、そこに刃物の爪先を添えた。
「それじゃ、さようなら」
斬、と首から上が宙を舞う。次の瞬間、残された胴体は瞬く間に溶けて消えていった。
クラピカはクルタ族最後の生き残りだ。かつて幻影旅団に皆殺しにされ売り飛ばされた同胞の瞳───「緋の目」を求めて……そして何より、家族の仇である幻影旅団を倒すために力を得ようと全力を尽くしている。
そのためにプロハンター資格を得、更に念能力をも凄まじい執念で早々に我が物とした。あとクラピカに必要なのは、緋の目や幻影旅団についての情報を効率良く入手するためのコネクション作り……故に彼は"人体蒐集家"を称するネオン=ノストラードの護衛として雇われることで、その目的を達成しようとしていた。
『当ててみせましょうか?アナタは今ノストラードファミリーに護衛として雇われていて、人体蒐集家のネオン=ノストラードに近づこうとしている』
その言葉を電話越しに聞き、クラピカは背筋に氷柱を突き込まれたような戦慄を覚えた。
それはノストラードファミリーの採用試験に合格し、護衛として守ることになるネオンとの面通しを済ませた日の夜中のことだった。
電話をかけてきたのは、かつてハンター試験にて掛け替えのない友誼を結んだ四人の内の一人、カオルであった。着信が彼女からのものであると分かったクラピカは警戒を解き、そして直後に自分以外誰も知るはずのない現状を暴かれ息を呑んだのだ。
「……何故それをカオルが知っている?君やゴンたちには私の最終的な目的以外何も伝えていないはずなのに……」
『───はぁ……』
クラピカは我知らず固くなった声音でそう詰問すると、何故か通話越しのカオルがため息を吐いた。
『いいこと?もし図星であったとしても、そういうときは平然と白を切るのが鉄則よ。たとえ互いの顔が見えない電話でのやり取りであったとしても、分かる人には分かってしまうのだから』
「む……」
確かにその通りだ、と変なところで律義なクラピカはこんな状況であっても納得してしまう。それを感じ取ったのか、向こうから苦笑する声が伝わってきた。
『一度親しくなった者に対する情が厚いのは、プロハンターになった今でも変わらないのね。けど本当にそういう駆け引きには早い内に慣れておかないと苦労するわよ?』
「そうだな、君からの電話とはいえ警戒感が足りなかった……って、そうじゃない!何故カオルがそのことを知っているんだ!私がノストラードファミリーに正式に雇われたのは今日の昼だぞ!?」
『ハンターとしては同期だけど、
そういえばそうだった、とクラピカは念の師匠であるイズナビから聞かされた話を思い出す。第287期ハンター試験において、ヒソカとイルミ、そしてカオルの三人のみが既に念能力者であったのだと。
それに、カオル本人からも自らが賞金首狩りであるという話は聞いていた。賞金首狩りは腕っ節のみならず、獲物を的確に探し当てる情報収集能力も求められる。その中で腕の良い情報屋と知り合うことができたのかもしれない。羨ましい話である。
『さて、これで私が
「使える……?それはどういう……」
『アナタの役に立てますよ、というデモンストレーションよ。……取引をしましょう、クラピカ』
耳元でそう囁く少女の声色に、底知れない妖しさが宿る。先ほどとは異なる戦慄に緊張を覚え固まるクラピカに対して、"取引"の内容が告げられた。
『九月一日、セメタリービルに幻影旅団が現れる。全員とはいかないでしょうけど、それでもそれなりの人数が現れるはず……それを私の能力で一ヵ所に集めて足止めするわ。───"蜘蛛"を滅ぼしましょう。一人残らず、ね』
それはクラピカにとって天啓であり……そして、紛れもない悪魔の取引であったのだ。
幻影旅団。彼らを象徴するエンブレムから"蜘蛛"とも称されるその集団は、十三人からなる超一流の念能力者で構成される盗賊団。A級に位置する特級の賞金首であった。
「───全部だ。地下競売のお宝、丸ごと掻っ攫うぞ」
とある廃墟にて、黒衣の男が淡々と告げる。その声音に気負いはなく、ただ当たり前の決定事項を語るが如き冷徹さのみがあった。
黒衣の男の名は、クロロ=ルシルフル。悪名高き幻影旅団を統べる"蜘蛛"の頭、遍く悪党たちの頂点に座する簒奪者の長である。
その絶対者の言葉に、団長擁下の団員たちは歓喜に震える。
団長の趣味である稀覯本?サザンピースに出品される世界一危険で高額なゲーム?否、否、否───斯様な矮小な目的のために、普段は独自に行動する全団員を集めはしない。
総てだ。世界中のマフィアが集う一大オークションにありて、総てを奪うのだと!そんな大仕事、特大の悪事に胸躍らせぬ者などこの旅団にはいない。
ノブナガ=ハザマが。
フェイタン=ポートオが。
マチ=コマチネが。
フィンクス=マグカブが。
シャルナーク=リュウセイが。
フランクリン=ボルドーが。
シズク=ムラサキが。
パクノダが。
ボノレノフが。
ウボォーギンが。
コルトピ=トノフメイルが。
そして"蜘蛛"の外れ者、ヒソカ=モロウまでもが。
皆々等しく、武者震いすらしてこれからの大偉業に思いを馳せる。
恐怖せよ、栄華に肥え太った闇の住人。怯懦せよ、己こそが裏の覇者たらんと白痴に踊る
闇の底の更に底、真なる暗闇にて彷徨せし狂人集団。
───"蜘蛛"が、来るぞ。
「ところでさぁ、団長」
「何だ、シャル」
団長の号令の元、決行のときまで英気を養わんと各々が立ち去った後。未だ廃墟に佇むクロロに、シャルナークが気さくな口調で話しかけた。
柔らかな微笑みをその童顔に浮かべる様は、一見すると爽やかな好青年にも見える。しかし彼こそが幻影旅団の頭脳担当。団長たるクロロが絶対の信頼を置く"蜘蛛"の参謀である。
「ヒソカについてなんだけど。団長、アイツのことどう思う?」
「ふむ……」
問われ、クロロは暫し思考に沈む。脳裏に思い浮かべるはつい最近旅団に加わった道化師の如き男。ウボォーギンとは異なる方向性の戦闘狂であり、どこか不気味な雰囲気を醸し出す狂人だった。
しかし如何に不気味とはいえ、一度旅団に加わればそれは仲間だ。家族と言い換えても良いかもしれない。それを団長たる自分が不用意に言及するのは憚られる……が、しかし相手は参謀たるシャルナーク。別に構うまいとクロロは本音を語ることにした。
「アレは"蜘蛛"を裏切るだろうな」
「だろ?」
クロロがそう言うと、シャルナークは我が意を得たりと頷いた。これはシャルナークのみならず、ほぼ全ての団員が思っていることだった。というか、ヒソカ本人もそれを隠そうという気がないのかもしれない。それでも誰も表立って追及しようとしないのは、彼が一応は旅団の仲間であり……何より、腕が立つからであった。
「今更だろう。それがどうした」
「アイツの思惑がどうあれ、最終的に"蜘蛛"には空きができるだろ?だから欠員を埋めるための新しい人材が要る」
「なるほど」
そこまで言われればクロロにもシャルナークの言いたいことが分かる。要するに、シャルナークは旅団の新たな団員に相応しい逸材を見つけてきたということだろう。
「カオル=フジワラって言うんだけど、知ってる?」
「ああ。とは言っても、名前ぐらいだが」
"首狩り"のカオル。以前から大量の賞金首を狩り続けていることで有名だったが、最近になり正式にプロハンターとなったことで着実にその名声(というより悪名)を上げてきている新進気鋭の念能力者である。自らも賞金首であるクロロは、当然そのことを知っていた。
シャルナークはそんな周知の情報を手短に話すと、更に最近になって判明したカオルについての新情報を語る。
「ソイツ、最近になって打倒幻影旅団を公言し始めたらしい」
「ほう?」
今まで数多の高位ハンターが挑んでは敗れていったA級賞金首、幻影旅団を狩ると。それは果たして蛮勇か、はたまた何かしらの勝算があるのか。クロロは意味深な笑みを浮かべる。
「こうして話題に出すぐらいなのだから、実際に見てきたんだろう?どうだった」
「うん、あれは凄いね。遠目から見ただけだけど、オーラ量はウボォーギンと同等かそれ以上だぜ」
「なるほど、それは凄い」
旅団随一の破壊力を持つ強化系念能力者、ウボォーギン。彼は筋肉量のみならずオーラ量もまた旅団随一であり、それと同等かそれ以上ということは即ち、現旅団の誰よりもオーラ量が多いということだ。
念能力者の実力は何もオーラの多寡だけで決まるものではないが、一つの指標となるのは確かである。この時点でクロロは一定の評価をカオルなる少女に向けていた。
「実力に関しても十八歳としては破格のものだよ。B級の賞金首程度なら念能力者であっても無傷で倒してしまうらしいからね。
それに、その気質もこちら側だ。"首狩り"の名の通り、彼女は生死不問の賞金首を必ず殺している。必ずね。恐らくは……」
「トロフィーハンター、か?」
「多分ね。そうやって賞金首狩り……いや、賞金首殺しを繰り返すこと百件以上。彼女はきっと戦うことが大好きだし、相応に金銭欲もあると見た」
「まあそれだけ荒稼ぎしていればな」
聞けば聞くほど
そして、その欲望は全てこの幻影旅団にいれば満たされる。十分なほどに。
「シャルが言いたいことは分かった。実際に会って話す必要はあるだろうが、今のところオレから異論はない。ではいつ、どうやってコンタクトを取る?」
「やだなぁ団長、彼女は打倒幻影旅団を宣言しているんだ。慌てずとも待っていれば必ず来るし、それに……」
シャルナークは懐から独特の形状の携帯電話を取り出す。それを見たクロロは得心がいったと無言で頷いた。
「将来有望な逸材とはいえ、まだ十八歳の女の子。隙を見てアンテナを刺すのは簡単だったよ」
「バレなかったのか?」
「こういうときのために作った、針より小さい超小型のアンテナさ。蚊に刺されるよりも小さい痛みだよ」
手の中で携帯を弄びながら、シャルナークはニコリと人の好い爽やかな笑みを浮かべる。
「オレの"
災厄に備えよ、と虚ろに響く内なる声に嗤う。自らも災厄に成り果てようとしている少女は、昏く濁った青い双眸を見開き嫣然と微笑んだ。
「Ia,Ia……さあ、涜神の宴を始めましょう。星辰が揃う刻は、もうすぐよ───」
その腕には、人皮で装丁された冒涜的な魔導書が抱えられていた。
畏れよ、定命の者ども。畏れよ、地を這う蜘蛛よ。
───水底の魔性が、遂にその鎌首を擡げる。