実に下らない話だが、神はダイスを振るらしい(本編完結)   作:ピクト人

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「団長。例のあの子、どうもヨークシン入りしたらしいよ。偶然かな?」

「……偶然と片付けるには些かタイミングが良すぎるな。動きを読まれていたか」

「あ?何の話してんだ、団長にシャルナーク」

「あ、ウボォーギン。いやね、"蜘蛛"に欲しいなーって目をつけてた子がヨークシンに来たらしくて」

「んだよ、新入りか?そいつは強いのか」

「正確なところは不明だけど、少なくともオーラ量はウボォーと同レベル。賞金首ハンターで、どうもオレたち"蜘蛛"をターゲットにしているらしいよ」

「へぇ、良いじゃねえか。活きのイイ奴は好きだぜ?どっちにしろヒソカの野郎よりはマシだろうさ。
 ていうか、そいつが俺たちと同時期にヨークシンに来たってぇことは……あれか、つまりは久々の挑戦者だな!?」

「ウボォー、オーラを抑えろ暑苦しい」

「まあ、十中八九そうだろうね。しかもちょっと調べれば分かってしまうぐらい自分の情報を明け透けにしている。この不自然なまでの不用心さ、これはオレたちに気づかせようとしているんだと思う」

「その若さで小賢しい知恵も回るか……悪くない」

「何でもいい!ヨークシンに集う世界中のマフィア共に、活きのイイ挑戦者!戦い甲斐のある奴ばかりで嬉しくなっちまうぜ!」



ヨークシンを覆う影。約束の日の第七話

 

「お久しぶり、クラピカ!今日は絶好の旅団狩り日和ね!」

 

 ───これはヤバイ、と久しぶりに再会した友人を見たクラピカは冷や汗を流した。

 

 出会ったときから変わらぬ華奢な体躯。手足は折れてしまいそうなほど細く、しかしその身を覆うオーラは力強い。念を覚えて間もないクラピカでは覆せぬ練度の差を感じ取った。

 人形のように整った顔立ちも記憶のままだ。"東洋の神秘"とレオリオが評するのも頷ける可憐な美貌である。

 

 だが、目がイっている。蒼玉(サファイア)のように美しかった瞳は昏く濁り、瞳孔は開き切ってグルグルと絶えず動き回り視線が定まらない。

 

「あー、うん。久しぶりだな、カオル……その、何か悩みがあるなら聞くぞ?どうも今の君は正気ではないように感じられる」

 

「私が正気ではない?私がクレイジー!?何を言っているのかしら、私はまさに絶好調よ!今にも深海に飛び立ってしまいそう!」

 

「……色々言いたいことはあるが、取り敢えず"深海に飛び立つ"という表現は正しくない」

 

 眉間を揉み解しつつ、クラピカは深くため息を吐いた。

 

 今日は九月一日、かつて友と交わした約束の日だ。しかしまさに今日開催される地下競売に参加するネオン=ノストラードの警護をせねばならないクラピカは、申し訳なく思いつつも仕事を優先させようと思っていたのだ。

 しかし、まさにその地下競売に幻影旅団が現れるのであれば捨て置けない。クラピカは無理を言って護衛チームのリーダーであるダルツォルネに頼み込み一時間の自由時間を貰ってきたのだ。

 

 で、いざ待ち合わせ場所の喫茶店に向かってみれば肝心要のカオルはこの有り様である。早くもクラピカは激しく先行きが不安になってきていた。

 はぁ、と再度ため息を吐いたクラピカは右手に軽く念を込める。

 

「しっかりしろ、何のために私を呼んだんだ」

 

「きゃん!?」

 

 スパン!と小気味良い音を立てて念を込められた掌がカオルの頭を叩く。普段は凛としている彼女らしからぬ悲鳴が零れた。

 しかし、悲鳴を上げそうになったのはクラピカも同じだった。思わずカオルを叩いた手をさすり冷や汗を流す。

 

(か、硬い!なんという速さのオーラ移動!まるで動きが読めなかったぞ!?)

 

 明らかに正気ではないカオルに対する、不意打ちじみた攻撃(精神分析)。間違いなく無防備な頭に直撃したと確信したクラピカの予想に反し、彼女は一瞬で頭部にオーラを集め"硬"で受け止めたのだ。

 

(カオルの様子からして、今のオーラ移動による防御は殆ど無意識だろう。つまり、無意識でありながら私の知覚速度を超えた超速の"流"を実現するだけの実力が彼女にはある!)

 

 まるで鋼鉄、あるいは大地そのものを殴りつけたような感触。もし軽くでも念を込めていなければ、あまりの硬度に怪我をしていただろう。クラピカは目の前の少女の実力を図らずも理解させられたのだ。

 

「ん……?あれ、クラピカ?え、私いつの間にヨークシンに……」

 

「や、やっと正気に戻ったか。一体何があったのだ?」

 

 叩かれた衝撃で我に返ったのか、きょとんとして辺りを見回すカオル。深い青色の瞳には理性の色が戻っている。

 正気を取り戻したカオルにホッと安堵しつつも、クラピカとしては困惑を隠せない。いつぞやの電話では底知れないオーラを通話越しにもかかわらず感じたというのに、こうして会ってみればその張本人は錯乱していたのだから。

 やがて思考が纏まったのか、カオルは眉間に皺を寄せて忌々し気に舌打ちを零した。

 

「Sh〇t!あの駄本が、道具の分際でよくも……!」

 

 今、可憐な少女が口に出すべきではないようなスラングが聞こえた気がする。目を疑うクラピカを余所に、カオルは憤懣やるかたないといった様子で一冊の本を取り出した。

 

「────────」

 

 そして無造作にテーブルの上に置かれたその本を見て、クラピカは今日一番の驚愕に固まった。

 

 それは、見慣れぬ材質の皮で装丁された豪奢な本だった。縁に銀細工をあしらったそれは、所々がくすんで年季の入った佇まいを醸し出している。

 ……しかし、それを表紙中央に張り付けられた苦悶に歪んだデスマスクがひたすら不気味に彩っている。本そのものが発する雰囲気やオーラも禍々しく、周囲の空間が歪んで見えるほど。まさに呪いの本と称するべき際物であった。

 

「……カオル、これは……これは、何だ?」

 

「見ての通り、呪いの魔導書よ。銘は"螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)"」

 

 カオルに促され手に取る。ページを捲ってみると、どこの言葉かも分からない謎の言語で文章や図形などが書き記されていた。

 

「うっ、く……!」

 

 ずるり、と頭の中に何かが入り込んでくるような不快感を覚える。全身を得体の知れない悪寒に包まれ、クラピカは投げ捨てるようにしてその本を手放した。

 

「な、何だこれは……?内容は全く分からない……字も読めないし、図形が意味するものも分からない……なのに、何か、何かよく分からないものが頭の中に流れ込んできたんだ……!分からない、分かりたくないのに、分かってしまう……!これは、これは深海に眠る───!」

 

「はい、ストップ」

 

 スパン、と今度はカオルがクラピカの頭を叩く。顔を青褪めさせて錯乱しかけた彼を正気に立ち返らせる。

 

「思ったより感受性が高いのかしら?まさか一読しただけでそこまで影響を受けるなんてね」

 

「……カオルが正気でなかった理由は理解したよ。こんな危険なものを、君は一体いつ、どこで手に入れたんだ?」

 

「さあ?物心ついたときには既に手元にあったわ」

 

 つまり、一読しただけでクラピカが錯乱しかけたものを、この少女は幼いときからずっと所持していたのか。

 クラピカはカオルの様子を観察する。先ほどまでと違い、今の彼女は平静そのものであるように見受けられた。その瞳に狂気の影はない。初めて出会ったときと変わらない、凛然とした佇まいの少女がそこにいた。

 

(何ということだ……何年もあの本に触れ続けて、ようやくあの程度の影響しか受けないような強靭な精神力を彼女は持っている!)

 

 感服する他ない。もはや目にするのも恐ろしく感じるほどの恐怖を魔導書に抱いているクラピカでは到底及ばないような精神的超越者。目前のこの少女は念能力者としてだけでなく、あらゆる面で己の先を行っているのだ!

 

「見事だ……先ほどの君を見て先行きを不安に思っていたが、要らぬ心配だったようだな。その強靭な精神力、感服するよ」

 

「え?ああ、うん。ありがとう?……何かよく分からないことで褒められた気がするけど、まあいいか」

 

 首を捻るカオルだったが、一応の納得を得たのか気を取り直したようにテーブルの上の魔導書を指し示す。

 

「これは異界の邪神について記述された魔導書、ルルイエ異本……のフランス語訳を更に写本したもの。つまりオリジナルのデッドコピーね。まあ記述内容はどうでもよくて、この魔導書には深海に関連する水魔を召喚できる力があるの」

 

「超常の力が宿る道具……製作者の死後に強まった"死者の念"を宿した本、ということか?」

 

「その解釈で問題ないわ」

 

「深海の魔物を召喚できると言ったな。一度にどのくらいの数を出せるのだ?」

 

 そう尋ねると、カオルはニヤリと笑って手にした魔導書を掲げる。

 

「無制限。無尽蔵にオーラを発し、それを呼び水に数多の魔物を召喚する魔導書なの、これは」

 

「無制限、だと……!?」

 

 何だそれは、とクラピカは瞠目する。その水魔とやらの強さは分からないが、しかし無制限に呼び出せるともなれば一体一体の強さなど関係がない。並の念能力者であれば数で押し潰され、一流の念能力者であっても長く足止めされる……そんな情景が容易く思い浮かんだ。

 

 無尽蔵に沸き上がり、周囲一帯を埋め尽くす悍ましき魔物たち。それが波濤となって全て己に押し寄せる様を想像し、クラピカは背筋を震わせた。

 

「恐ろしい……だからこそ旅団を相手にするには有効だ」

 

 クラピカは一人で幻影旅団全てを相手取るつもりでいた。だが、相手は十三人の集団。将来は分からないが、今の自分の実力では数の差で押し潰されるかもしれないという懸念はあった。口惜しいが覚悟云々でどうにかなる問題ではないのだ。

 対旅団に特攻を発揮する"発"を作っても覆せぬ「数の差」。ならばこちらも、より悍ましき数の暴力で以て趨勢を覆す。クラピカの裡に昏い憎悪と愉悦の感情が湧き上がった。

 

「……君の秘策は分かった。こちらから協力をお願いしたいぐらいだとも。

 だが、何よりも重要な問題がある。───本当に、幻影旅団はヨークシンに現れるのか?」

 

「確信を持って言いましょう。……来るわ、必ずね」

 

「そうか……そうか……!」

 

 クラピカの瞳がカラーコンタクト越しでも分かるほど赤く染まる。

 仇を追い求め旅を始めてから数年。ライセンスを取得し、念を覚えてからは未だ一年と経っていないが……どうやら、天はクラピカに味方しているらしい。こんなにも早く出会えるとは思わなかった。

 

「アナタは仇として彼らを討ち、私は賞金首ハンターとしてその仇討ちに協力する」

 

「そして私の復讐に協力する代わり、君は奴らの首を持ち帰る……異論はない。私は奴らを殺せればそれで良く、その遺骸になど興味はない」

 

「取引は成立ね」

 

 不敵に微笑むカオルが手を差し出す。クラピカもそれに昏い笑みを返し、差し出された手を握った。

 

 ああ、自分は恵まれている。こうして早々に仇に出会え、そして共に戦ってくれる友にも巡り会えた。これで───これでようやく、クラピカは本当の意味で自分の人生を歩き出せる。同胞の仇を討ち、奪われた瞳を取り返し、それで初めて全てを始めることができるのだ。

 かつての憧憬。友と共に夢見た英雄の旅路、その輝かしき記憶に蓋をする。まだだ、まだ早い。クラピカはまだ何も為せていないのだから、今すべきこと以外に余計な思考を挟むべきではない。

 

 轟と燃え盛る嚇怒の炎。クラピカは己の裡にて揺らめく憤怒の火に、憎悪という名の薪を焚べる。

 かつての怒りを忘れてはならぬ。同胞の悲劇を忘れてはならぬ。───かつて己が抱いた、煮え滾るような憎悪を忘却すること能わず。クルタ族最後の生き残りは、その執念が風化することをこそ恐れていた。

 

 

 

***

 

 

 

 醜態を晒した。よもや私が魔導書の影響で一時的狂気に陥るとは思わなかった。

 

 『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』は呪いの魔導書。そこに記された邪教の知識は持ち主をも蝕み侵食する。本来の持ち主であるジル・ド・レェもまた、その影響によりインスマス面と称される異相へと変化したのだ。

 しかし元がただの人間だった元帥とは異なり、メルトリリスそのものと言えるこの身は高い対魔力を有している。たかが劣化コピーの魔導書程度の影響を受けるものではない……はずだった。ところがその実、私が意識していないところで着実に呪詛は蓄積しており、先日の実験で遂に精神に狂気をもたらしたのだ。

 

 それは対旅団を想定した実験。「この魔導書は一度にどれだけの海魔を召喚し、制御できるのか」というものだった。

 結果は、先ほどクラピカに告げた通り「無制限」。召喚者のキャパシティを超える大海魔でもない限り、普通の海魔であれば万単位で召喚しようが問題なく操れたのである。

 

 ……つまりは万の海魔を実際に召喚してみたわけである。私の記憶では「最高にハイ」だったような感覚だが、どうもその時点で一時的狂気に陥っていたらしい。不定の狂気ではなかったためクラピカの気付けで目が覚めたが、しかし彼には恥ずかしいところを見せてしまった。幸い私が持ちかけた「取引」には応じてくれるようだが、下手をすれば断られていても可笑しくはないような失態であった。

 

 しかし、「死者の念」が籠められた道具か。まさか宝具であると馬鹿正直に説明しても分かるわけがないと適当に誤魔化したが、ふと、そういうこの世界らしい不思議アイテムにお目にかかったことがないなと思い至った。

 クラピカが追い求めている「緋の目」を始めとして、この世界には不思議な魅力に溢れた希少品が多く存在する。だからこそ、そういう希少品を求めるハンターという職業への人気が高いのだろう。対して、ドレインのために賞金首ハンターとなった私はそういう「ハンターらしい」冒険をしたことがない。

 

(もしキメラアント事件が終結して平和になったら、そういう浪漫を求めて旅するのも面白いかもしれないわね)

 

 本当にキメラアント編以降平和になるかは不明だが、しかし悪くない将来設計ではなかろうか。今まで心のどこかで常に大陸からの災厄への恐怖を抱いて生きてきた私だが、そういう未来への展望に思いを馳せると心が軽くなるような心地になる。何故なら私は自由である。何ものにも縛られず、好きなように生きていけるだけの力があるのだから。

 そうだ、それがいい。賞金首を狩るのは所詮は手段であり、決して私が本心からやりたいことではない。ならば、全てが終わった暁には自由に、好きに生きてみるのも悪くないではないか。

 

 ならば、そのためにも───

 

(そのためにも、"蜘蛛"は殺す。ヒソカも殺す。蟻の王も殺して……その全てを溶かして吸収してしまえば、私は自由になれる。何を恐れることもない力が手に入る)

 

 クラピカとの取引は、そのための第一歩だ。勿論友人である彼の切実な願いを手助けしてやりたいという思いがないではないが、しかし私の最大の目的は凄腕の念能力者である旅団のメンバーをドレインすることである。全員残らず、などと贅沢は言わない。五人、欲を言えば十人は仕留めたい。

 

 とまれ無事に交渉は成立。折角だからと、残りの自由時間を使ってゴンたちに会うだけ会いに行こうとクラピカを連れ立って歩いている。流石、近々ドリームオークションが開かれるだけあって賑わっていた。

 

 で、こうしてゴンたちに会いに来たのだが。

 

「何をしているのだ、お前たちは……」

 

「あ、クラピカ」

 

 クラピカが頭痛そうに蟀谷(こめかみ)を押さえる。そこには机の上で右腕を構えるゴンと、大きな宝石が鎮座した台座を抱えるキルア。そして声高らかに客寄せに励むレオリオの姿があった。

 

「お、クラピカじゃねーか。……って、カオルもいるのかよ!」

 

 私たちに気づいたレオリオが近づいてくる。その際、襟を正しネクタイの位置を整えるのを忘れない。私───というより、女性の前で見栄を張りたがる性格は相変わらずのようだ。その様子をキルアが白けた目で眺めている。

 

「久しぶりだな、クラピカ!カオル!元気してたか?」

 

「見ての通り息災だ。お前も相変わらずのようだな、レオリオ」

 

「お久しぶり、レオリオ。お陰様で元気そのものよ」

 

 レオリオ・パラディナイト───客観的に見た気性は単純で俗物的。金・酒・女に目がなく、普段は偽悪的に振る舞うことも多い男だ。

 しかしその実義理人情や友情に厚く、大切な人のためなら本気で怒り、自らを投げ出すことも厭わない。クラピカ曰く、「態度は軽薄で頭も悪い。だが決して底が浅い男ではない」だそうだが、全く以て同感だ。今もこうして友人と再会できたことを喜び、心からの笑顔を浮かべている。

 

「で?お前たちは一体何をしているんだ」

 

「何って、見ての通り金儲けさ。ゴンと腕相撲で勝ったらこのダイヤを獲得、できなければ挑戦権の一万ジェニーを置いてハイさようなら!って寸法よ」

 

「あくどい……」

 

 「カオルに引き続きコイツらときたら……まともなのは私だけか……?」とクラピカは頭を抱える。実際あくどいのは確かだ。念能力者の……それも強化系のゴンに一般人が腕力で勝つのは殆ど不可能だろう。

 

「だって金がねーんだもん。なあ?」

 

「うん」

 

 そんなことを言ってキルアとゴンが頷き合う。確かにグリードアイランドを買う必要はなくなったが、二人合わせて1000万ジェニーというのはハンターの所持金としては少なすぎる。その程度の金額ならちょっとした情報料で軽く吹き飛んでしまうだろう。あくどくとも合法なら手っ取り早く金を稼ぎたいと思う気持ちは分からないでもなかった。

 

「しかしさっきは危なかったぜ。もう少しでゴンが負けるところだったんだ」

 

「何?ということは念能力者が挑戦に来たのか」

 

「多分ね」

 

 ……ほう、そのシーンには覚えがある。恐らくゴンが負けそうになったのは幻影旅団の一人、シズク=ムラサキだろう。

 こうして実際にその痕跡を目にして改めて思うのは、幻影旅団は一人残らず一流の念能力者であるということだ。ゴンは念を覚えてから日が浅いとはいえ強化系、それに生まれ持った強靭な肉体とオーラ量がある。にもかかわらず、彼女にとって利き手ではない右手で力比べを成立させたのだ。強化系からは離れた具現化系にとって肉体強化は苦手な分野であるだろうに、やはり地力も年季も違うということだろうか。

 

 私も以前と比べるとずっと強くなったが、やはり油断はするべきではないだろう。一層気を引き締めて掛からねばなるまい。

 

(……しかし、そうか。遂に"蜘蛛"がヨークシン入りしたのね)

 

 私は一時的狂気によって錯乱しつつも、敢えて「幻影旅団を追う賞金首ハンターであるところのカオルが、満を持してヨークシンに乗り込んだ」という情報を少し調べれば分かる程度にばら撒いたのだ。そうすれば、用意周到にして狡猾な連中のことだ。もしかしたら私を警戒してセメタリービルに来る人数を増やすのではないか、という目論見があった。

 このときのために、わざわざ少し前から「打倒幻影旅団」を標榜していたのだ。恐らく連中は私のことを知ってくれたと思うが、さて。

 

「……これで完全に眼中になかったら泣くかも」

 

「何か言った、カオル?」

 

「いえ……何でもないわ、ゴン」

 

 まあ、どちらにしろまとめて相手取るのは変わらない。原作通りの面子しか来なかったとしてもそれはそれでアリだ。

 楔は既に打たれてある(・・・・・・・・・・)。先手はこちらが確実にいただくことになるだろう。

 

 

 ───覚悟することね、幻影旅団。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「───"背信者(ユダ)"がいるぜ、俺たちの中に」

 

 気球に乗って移動しつつ、携帯電話を耳に当てながらウボォーギンが呟く。その顔は険しく、ただでさえ厳つい顔を猛獣の如き狂相に歪めていた。

 

 オークショニアを装って地下競売に入ったフェイタンとフランクリンによって参加者は惨殺。シズクの能力によって証拠隠滅を図り、満を持して競売品を掻っ攫おうとしてみれば───金庫の中はもぬけの殻、塵一つ落ちてはいなかったのだ。

 これは何者かによって旅団襲撃の情報が洩らされており、予め景品が移動させられていたとしか思えない。その何者かが旅団内部の裏切り者であろうと語るウボォーギンに対し、通話相手であるクロロはややあってその意見を否定した。

 

『いないよ、オレたちの中には。それにオレの考えじゃ、ユダは裏切り者じゃない。ユダは銀貨三十枚で神の子(キリスト)を売ったとされているが……果たしてオレたちの中の裏切り者は、一体幾らでオレたちをマフィアに売る?』

 

 メリットを考えろ、とクロロは語る。

 金か?名誉か?地位か?否否、それで満足するような無欲な者が"蜘蛛"の中にいるものか。

 

「ああ、うん。そうだよな……流石にそんな奴はいねぇわな……」

 

 珍しく頭を捻ってみたものの、ウボォーギンの予想は外れたらしい。眉間の皺を解いたウボォーギンが気不味げに頭を掻き、その場にいたメンバーの間からも弛緩した空気が流れる。

 

『それより一つ、解せない点がある』

 

「あん?」

 

『密告者がいたとすると、あまりに対応が中途半端だ。A級首のオレたちが競売品を狙いに来るって情報が本当に入っていたら、もう少し厳重に警備していてもいいんじゃないか?客の方は何も知らされず、丸腰で集まってたんだろう?』

 

 そう言われれば、とウボォーギンは首を傾げる。もし"蜘蛛"が来ると分かっていれば、競売品だけでなく、客の方にも何かしらの保険を掛けておくべきである。

 

『結論を言うと……情報提供者はいるが、その内容は具体的ではない。にもかかわらず、その内容を信じている者がマフィアンコミュニティー上層部の中にいる、と。そんなところか』

 

「あー……分かんねぇなあ。どんな情報が、誰から誰に伝わってるのかよぉ」

 

 ウボォーギンは伸び放題の頭髪をバリバリと掻き毟る。元より彼は頭が悪いわけではないが、頭を使うのは苦手なのだ。

 

「まあいい。で、俺たちはどうすればいい?」

 

『競売品をどこに移したか、オークショニアには聞いたか?』

 

「ああ」

 

 死ぬまで知らないの一点張りだったぜ、とウボォーギンはフェイタンに目をやりながら言う。旅団随一の拷問上手が言うのだから間違いない、と。

 

「……彼が今日一番気の毒な奴だたね」

 

 そう酷薄な眼差しで嘯くフェイタン。どんな凄惨な拷問が行われたかなど論ずるまでもない。

 

『移動場所を知っている奴の情報は聞き出したんだろう?』

 

「勿論だ」

 

 地下競売を取り仕切るマフィアンコミュニティーの元締めは、六大陸十区を縄張りにしている大組織の長───通称、「十老頭」。この十人がこの時期にのみ一ヵ所に集まり、話し合いによって様々な指示を出すのである。

 そしてその指示を実際に行動に移すのは十老頭自慢の実行部隊、「陰獣」。そしてその内、"梟"を名乗る陰獣の一人がどうやってか競売品を全て持ち去っていったのだという。

 

 間違いなく、シズクと同じタイプの念能力者だろう。即ち、敵も同じく念能力者である。クロロはそう結論を出した。

 それを聞いたウボォーギンは不敵に笑う。

 

「やっちまっていいんだよな?」

 

『勿論だ。追手相手に適当に暴れてやれよ、そうすれば奴らの方から姿を現すさ』

 

 嗚呼、それは楽しみだ、と狂獣は哂う。歯茎を剥き出しにして、旅団随一の戦闘狂は猛る。

 獣の名はウボォーギン。誰よりも闘争を愛する男。彼は今日も来たる闘争の気配を言祝ぎ、手ぐすね引いて好敵手(獲物)がやってくるのを心待ちにしていた。

 

 

 

 

「……でよう、ウボォーギン。結局密告者とやらの正体は分からねぇんだろう?」

 

「ん?ああ、そうだな」

 

 そう言ってウボォーギンに話しかけたのは、頭頂部に髷を結った痩身の男、ノブナガ=ハザマだ。彼は顎に手を当てながら尋ねる。

 

「何つったか、一人俺たちに盾突こうっていう活きのいいハンターがいるんだろう?」

 

「ああ、アイツか。えー……、と?すまんシャル、何ていったか」

 

「やだなぁ、もう忘れたの?カオル=フジワラっていう賞金首ハンターだよ」

 

 ああソイツソイツ、と頷くノブナガ。それがどうしたのかと尋ねるウボォーギンとシャルナークに、ノブナガは己の考えを語る。

 

「勧誘が上手くいきゃあ俺たち"蜘蛛"の仲間だ。が、まだソイツと俺たちは敵対してるわけだろう?俺はそのカオルって嬢ちゃんが密告者じゃねえかって考えてるんだけどよ、どうだ?」

 

「おお!」

 

 なるほど、と目を輝かせるウボォーギン。対してシャルナークは思案顔だ。

 

「うーん、どうだろうね。どうも彼女、あまりマフィアとの繋がりはないらしいんだ。精々中堅どころのマフィアに一度か二度用心棒として雇われたことがあるらしいだけで」

 

「んだよ、じゃあ無理だな」

 

 がくり、と項垂れるノブナガとウボォーギン。その程度の繋がりしかないのであれば、マフィアンコミュニティーの上層部を動かすのは無理だろう。

 

「……というか、その女ホントに勧誘するか?アンテナ刺されて気づかないようなマヌケは私御免ね」

 

「俺も、どちらかと言えば反対だな」

 

 そう主張するのはフェイタンとフランクリンだ。フェイタンはカオルの実力を疑問視しており、フランクリンは単純に現状メンバーを追加する必要性があるとは思っていない故だ。

 シズクは無関心な様子でぼーっと虚空を見上げている。対してマチは興味ありげにチラチラと男たちの会話を気に掛けている。ただでさえ男所帯な幻影旅団、女性比率が上がるのは歓迎らしかった。

 

「だけど、ヒソカよりはマシじゃない?」

 

 アイツ、どうせ近い内に"蜘蛛"を抜けるだろうし……と語るシャルナーク。すると一転、彼らの間に歓迎ムードが流れ始める。

 

「……まあ、実力は追々つけていけばいいね」

 

「旅団は十三人揃って初めて"蜘蛛"足り得る。勧誘は積極的にすべきだな、うん」

 

「……賛成」

 

「あたしは最初から賛成だったさ」

 

 上からフェイタン、フランクリン、シズク、マチの発言だ。女性二人はともかく、フェイタンとフランクリンの二人に関しては清々しいまでの掌返しであった。

 

 

 

 ───時を同じくして、どこかの廃墟で一人の道化師のくしゃみが響いたという。

 




 
 期待されていた方々、申し訳ありません。旅団戦はまた次回となりました。

 ……いや、最初はとっとと始めてしまう予定だったのです。ですが、殆ど前置きなく退場させてしまうと旅団側のキャラがあまりに薄くなってしまうと危惧したので、今回は繋ぎ回ということに致しました。

 それでは、また次回お会いしましょう。次こそはバトルですよ!





















 ……あと、短編から連載に変更しました(ボソッ)

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