東方幻操卿   作:さんにい

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※この文章に書かれている描写はあくまで登場人物の個人的見解を想像したものであり、実在の団体・商品・作品等を卑下するものでは決してありません。


深まる秋、香霖堂にて

『魔法の森、というのは、とても静かでいい場所だ。ここはその入り口とはいえ、その瘴気からか野良妖怪が襲ってくることもほとんどない。人間もそう無作為に訪れる所ではないため、辺りは読書に最適な静寂に包まれている。

 更にここは、春には桜が咲き誇り、今みたいな秋の終わりになると、赤く染め上がった木々が優雅にその葉を落とす様を、存分に堪能することができる。我ながら、なかなかいい場所に店を構えたものだ。

 勿論、人里の喧騒を否定するつもりはない。あれはあれで、魅力に溢れるものなのだろう。僕もたまに、気が向くと人里のお祭りに顔を出すことがあるが、その時の活気には目を見張るものがある。

 

 ……さて。確かに静かである、とは言ったが、それは僕の店に閑古鳥が鳴いているという意味ではない。ちょうど客足が途切れているだけであり、もう少しすれば、新たな者が道具との出会いを求め、ここを訪れるだろう。なぜなら、僕ほど商売っ気に満ちた道具売りなどいないからだ。

 

 ほら、今日もまた、素敵な道具を求める旅人が、店の扉を開く──

 

「よお香霖、邪魔するぜ!!」

「意外だね、君にも自分が邪魔だと感じ取る思慮深さがあったとは。自覚があるのなら、お帰りは回れ右して直進だよ」

 

 ……客ではなかったが。

 全く、これから本でも読もうと思っていたのに。

 

「……アリスといい、その対応なんとかならんのか? もっとこう、客を歓迎する態度とか必要だろ」

「何を言ってるんだい、僕ほど客を大切にする商人もなかなかいないと思うよ」

「なら私は……」

「魔理沙、客って言葉の意味を知ってるかい? 僕が記憶する限り、ロクに買い物もせず、更にはご飯までたかる人物は客に該当しないな」

 

 僕がそう言っている間にも、魔理沙は店にずかずかと入り込んでくる。本当に、どうしてこうも図々しい子に育ってしまったのだろうか──

 

「はは……魔理沙さんって、どこでも同じような扱いなんですね」

「……魔理沙、入り口にいる、あの子は誰だい? 状況的に君が連れてきたんだろう?」

 

 その子は、魔理沙とは対照的な印象を受けた。

 言葉遣いも柔らかく、何より魔理沙のように無許可で侵入せずに戸口で待っている。是非見習って欲しいものだ。

 更に、外見も対照的と言える。魔理沙がいかにも魔法使いらしい、西洋風の派手な装束なのに対し、彼女はそれこそ人里から出てきたような、地味な小袖を纏っている。何よりも瞳の色が、魔理沙は金色、彼女は翡翠のような緑と黒とで随分異なっている。

 

「ああ君、遠慮なく入っていいよ。ここは店なんだ、誰かのように物を勝手に持ち出す、なんてことをしなければ、僕は歓迎するよ」

「あ、そうですか。それじゃ」

 

 そう言って彼女は店に入ると、棚に置かれている商品を物珍しそうに眺めていた。確かにここは、幻想郷の道具だけでなく外の世界の道具まで取り扱っている。初めて訪れた者がそういう反応をするのは、至って自然である。

 

「……これ、ポケベルですか? 何でこんなものがここに……」

「ん? 君、今何て──」

「おーい、お茶が沸いたぞー。二人も飲むよなー?」

 

 すると魔理沙が、湯気の立ち上る急須を持って奥から出てきた。

 さっき話しかけたのに返事がないと思っていたら、勝手に台所へ行ってたのか……。

 

「じゃあいただきます」

「僕ももらうけど。それより魔理沙、この子は誰だい?」

「あーそういえば、どっちにも説明してなかったな。

 香霖、こいつが少し前に話した、こっちとあっちを行き来する外来人の詩音だ。んで詩音、こいつは霖之助って言って、売る気がない物を見せびらかしてる変な奴だ。お前の話をしたら会いたいって言ってたから、今日はここに連れてきたぜ」

 

 魔理沙のセリフに一部心外な部分があったが、そんなもの今は些細なことだ。

 それにしても、彼女が噂の外来人か。なるほど、魔理沙の説明通り──いや、説明以上に“普通”にしか見えないな。

 

「そういうことは最初に言うべきだと思うんだけどね。まあいい、詩音、初めまして。僕は森近霖之助、変な者などではなく、ここ香霖堂で道具屋を営んでいるよ」

「初めまして、森近さん。私は古卿詩音、天帝より果てなき勅命を承ってるといいなーとか思ってる者です。それよりも、私に会いたいってどういうことですか?」

 

 ……ん? サラッと流されたが、今何か変なことを言っていたような気がしたが。

 

「魔理沙、彼女は……」

「気にしない方が吉だぜ」

 

 顔を向けると、魔理沙は苦笑いしながらそう言った。まあ彼女がそう言うのならば、問題はないだろう。

 

「……まあいい。それより詩音、僕が君に会いたい理由だったね」

「はい」

「実は、君に教えて欲しいことがあるんだ。ちょっと着いてきてもらってもいいかな」

「大丈夫ですよ」

 

 詩音が了承してくれたので、店の奥に向かって歩き出す。魔理沙も興味があるのだろう、一緒に着いてきた。

 

「──時に詩音は、幻想郷を覆っている結界について知っているかい?」

「結界、ですか? 確か、普通じゃ行き来できないくらいに強力なものがあるって」

「それはきっと『博麗大結界』のことだね。この結界は、内と外との常識、言ってみれば“普通”を隔てている。君も幻想郷に来て、驚くことが沢山あったんじゃないか?」

「そうですね。瞬間移動する九尾さんとか、瞬間移動するメイドさんとか」

 

 ……彼女は瞬間移動に特別な思い入れでもあるのだろうか。確かに珍しい技術ではあるけれど。

 

「実はもう一つ、幻想郷を覆う結界──というよりは境界かな、それが存在してるんだ」

「あれ、そうなのか? そいつは初耳だな」

「まあ妖怪でない魔理沙には関係が薄いからね、知らなくても無理はない」

 

 と、ここまで話していると、目的地である倉庫へとたどり着いた。懐から鍵を探しながら話を続ける。

 

「それは、『幻と実体の境界』。簡単に言えば、外の世界で幻になったものが幻想郷では現実になるんだ。

 例えば今日、外の世界では、妖怪は幻のようなものになっているんだろう? だからその分、幻想郷では妖怪の勢力が強いんだ」

「へー……想像以上に詳しいな、香霖」

「まあ、伊達に長生きしてないからね……っと、ようやく見つけた」

 

 錆び付いた鍵を取り出し、目の前の鍵穴に挿し込む。

 ガチャリ、と音が響いた。

 

「……もしかして、それってさっきのポケベルも、ですか?」

「──それが、今日君に来てもらった理由さ。とりあえず、この中を見てくれ」

 

 同時に、倉庫の扉を開いた。

 

「──うわぁ、スゴい量の道具ですね」

「お前まだこんなに隠し持ってたのかよ……」

「実は、僕には『道具の名前と用途がわかる程度の能力』というものがあってね。文字通り、どんな物であってもそれが道具であるならば、その“あるべき姿”がわかるんだ。

 ……ただ、中にはそう簡単にはいかないものもあってね」

 

 興味津々な様子で倉庫の中へと入っていった二人に続き、道具で溢れる空間へと足を踏み入れる。

 

 僕は、基本的には道具が好きだ。だから今みたいな、道具に囲まれた生活というのはなかなか悪くないと思っている。

 しかし、この空間だけは別だ。僕がこの空間から感じるのは、喜びよりも“異質さ”の方が大きい。

 ……何せ、ここにあるのは、僕の理解を遥かに越えた物たちであるからだ。

 

「ご察しの通り、幻想郷には外の世界の、忘れられた道具なども流れ着く。あのポケベルも、今外の世界がどうなのかは知らないけれど、まあそんな感じなんだろう?」

「そうですね。最近じゃあ、あれの上の上の上、くらいの商品が広く使われてますから」

「そういった道具を拾って、僕は商売をしているんだ。使用方法はわからないんだけど、それを推察するのも楽しかったりする。ただ──

 ……一部、『用途』の意味がわからない物があってね。ここには、そういった類いのものが集めてある」

 

 そう言って、壁に立てかけてあった、魔理沙の身長よりも大きい()()を詩音の前に持ってきた。

 

「用途がわからないってどういうことだ?」

「そうだね、例えばこれ。詩音はこの人形に、見覚えはあるかい?」

「……なんか、見たことはある物の成れの果てに近い気がします」

 

 おや、意外だ。こんな用途の意味がわからないものならば、きっと知らないと思っていたのだが。

 

「これの名前は『チキン屋の人形』。そしてその用途は、『熱狂に乗じて川に沈められる』となっているんだが、これは一体──

「ブフォッ!!」

 

 いきなり詩音が吹き出した。どうしたというのだろう。

 

「お、おい!? いきなりどうしたんだ!? 大丈夫か!?」

「い、いえ、大丈夫です。

 ……そういえば、そんな事件ありましたねぇ……」

 

 事件?

 

「どういうことだい?」

「あー、えーっとまあ、生まれる前の話なんで私も詳しくは知らないんですけど。でも確か、ある地域の人たちが盛り上がって人形を川に投げ入れた、っていう事件があったって聞いたことがありますね」

 

 彼女が生まれる前、ということだから、二十年近くは昔のことなのだろう。それならば、その人形の存在が忘れられ、こちらへと迷い込んでいても可笑しくはない。

 

「成る程、そうだったのか……ありがとう、詩音。君のおかげで、また違和感が一つとれた」

「いえいえ、私も面白いものが見れたので。……もしかして、ここにあるのって全部こんな感じのなんですか?」

「ああ。ここにはそういった、用途に異質さを感じる物を集めているよ」

 

 用途、というのは、僕が未知の道具と遭遇した時に判別できる、数少ない要素の一つなのだ。それが、自分で言語化可能なのに理解できない、といった特殊な道具を、流石に店に置いたりはできない。

 

「へぇ……なんか面白そうだな、ここ。コレクター心が揺さぶられるなぁ」

「君はコレクターなんかじゃなくて、やたらめったらに物を集めているだけだろう?」

「言葉の綾だな。また今度鉄クズ持ってくるからさ──うわぁっ!?」

 

 すると、魔理沙の言い訳が途切れると共に雪崩の音が響いた。

 見れば、僕なりの秩序で並べてあった道具たちは全て崩れ落ち、ちょっとした山ができている。その一角に魔理沙の帽子が見えることから、あのいたずらっ子の仕業だろう。

 

「全く魔理沙は。年齢的には成人も遠くないのに、いつまで経ってもお転婆なのがなあ……」

「……森近さんは、魔理沙さんと付き合い長いんですか?」

 

 半ば呆れていると、詩音がそう尋ねてきた。

 

「そうだね。彼女の親には魔理沙が生まれるずっと前からお世話になってるし、魔理沙のことも赤ん坊の頃から知ってる」

「そういえば、薄々感づいてはいたんですが──森近さんって、人間じゃないですよね? 見た目二十代くらいなのに、さっき長生きとか言ってたので」

 

 ああ、そういえば詩音は知らないのか。僕の元を訪ねてくるのなんて、ここ最近では魔理沙か霊夢くらいだから忘れていた。

 いや、決して店が繁盛していない訳ではないが。

 

「半分そうだね。僕は半人半妖、人間と妖怪の間に生まれた、寿命が長いだけの存在さ」

「半人半妖……ハーフですか。そんな方までいるんですね」

 

 興味深そうに詩音がうなずく。さすがに妖怪がいないとなると、外の世界で半人半妖の人物と出会うことは極めて難しいのだろう。そもそも、存在しないのかもしれない。

 しかし、妖怪のいない世界とは一体どんなものなのだろうか。幻想郷においては、妖怪が存在することが常識であるからか、僕には想像もつかない。改めて、一度外の世界へ行ってみたいと思った。

 

「……と、今はこの惨状をどうにかしないと。魔理沙、気絶してるなら教えてくれないか」

「いや気絶してたらどうやって返事するんですか……?」

「まあ私は元気だけどな! とうっ!」

 

 僕が声をかけたのとほぼ同時に、雪崩で出来上がっていた山が内側から爆ぜた。……少しは後片付けをする者の身にもなってほしい。

 そしてその山から姿を現した、彼女の腕が抱えていたものは────!

 

「やれやれ、整理整頓がなっちゃいないぜ。ところで香霖、これは──

「魔理沙っ、ダメだっ!!!」

「うおっ!?」

 

 慌てて彼女の腕からそれをひったくる。

 異変は……今のところ見受けられない。とりあえず、一安心だ。

 

「ちょ、いきなりどうしたんだ!?」

「も、森近さん?」

「…………」

 

 どうするべきか。これのことを話すのか、何もなかったように隠すのか。

 リスクを考えると、後者にすべきなのはわかってる。……が、同時にこれの真実を知りたい自分もいる。くそ、怖いもの見たさというのも侮れないものだな。

 

 ……幸い、これまで何かと実験してきても特に異変は見られなかった。恐らくは、最悪の事態にはならないだろう。多分。きっと。

 

「……実は()()は、ここにある道具の中で段違いに危険なものなんだ。下手をすれば何が起こるのか、僕にもわからない」

「危険な、道具……?」

「……お前がそこまで焦ってるなら本当なんだろうな。で、何がそこまで危険なんだ?」

 

 ……改めて、それを眺める。

 よし、決意は決まった。

 

「これの用途が、『みんなに夢を与えるが、一歩間違うと世界が消される』となっていてね」

「せっ、世界が!?」

「あ、待ってものすごく

嫌な予感が」

「しかもこいつは、名前までもが僕にはよく意味がわからない代物だ。着ぐるみ、というのが何かはなんとなくわかるんだが……」

 

 そして、胴体部分も含めれば人間大もあるそれを、二人が見えるように前へと掲げた。

 しかしやはり、この人形らしき道具にはいつまでも慣れない。一種の狂気すら感じられる。

 

「そっ、それ、は──」

 

 詩音がそれを見て、驚愕の声をあげる。隣の魔理沙も、顔をしかめていた。

 

「うわぁ、何だそいつ……。気味が悪いぜ」

「同感だ。鼻高天狗のように突き出た、鼻とおぼしき黒い物体。異形のように大きな、これまた黒い耳。顔の端から端まで裂け目の入った、鬼のような口──世界を滅ぼす悪魔というのがいるなら、まさしくこんな感じなんだろうね」

「しかも口では笑ってるんだろうが、目に光がない。いつか見た、狂気に染まった瞳にそっくりだ」

「ちょっ、二人ともっ、それ以上は止めといた方が……! ま、まだ、まだ描写が少ないから、なんとか誤魔化しが効くかも──」

 

 ふと詩音の方を見ると、かなりの汗をかいていた。

 まあ、無理もないだろう。世界を滅ぼす物を見て、動揺しない訳がない。

 

「ところで詩音は、こいつに心当たりはあるのかな。僕の能力によれば、これの名前は『ミッ──

「アウトォォォォ!! はいアウトォォォォォ!! ああぁーっ! ああああぁぁぁぁっ!! ダメだッ、それ以上はダメだああぁぁぁ!!!」

 

 急に詩音が動転し出した。一体どうしたというのだろう。

 

「ちょ、おい詩音!? 落ち着けって、確かにこいつは今にも、異様な声で『ハハッ♪』とか言いそうだが──

「ああああぁぁぁぁ!! ああああああああぁぁぁぁーーーっっ!!! これはあくまで個人的意見っ!! これはあくまで個人的意見っっ!! わ、私は映画も夢の国も(物価高いけど)好きですから好きですからーーー!!!」

 

 天に向かい、彼女は雄叫びを上げていく。本当に一体どうしたというのだろう。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「……詩音、一旦落ち着いてくれ。そして、詳しいことを教えてくれないかい?」

 

 とりあえずそれを床に置き、詩音に優しく語りかけると、詩音は冷静を取り戻したようで、一度大きく呼吸をした。

 

「はあ……。今、この世界が消えかけましたよ……」

「なっ……!?」

「それは本当かい? 僕には、これが機能する素振りも見えなかったんだが……」

「それが著作権の恐ろしい所です。森近さん、出来ればそれ、もう人前に出さず、話題にも挙げない方がいいと思いますよ」

 

 そこまで言われれば是非に及ばない。

 もう少し詳しい情報が得られるかと期待もしたが、どうやらこれについては喋っただけでかなりの危険を孕んでいるようだ。流石に世界に滅んで欲しくはないため、そこは自重しておく。

 

「……他にもこんなのがあったら怖いので、私ももっと、ここにある道具を見させて貰ってもいいですか?」

「ああ、もちろんだよ。何か気づいたことがあったら教えてくれ」

 

 そう言うと、詩音は倉庫内の物色を始めた。魔理沙も若干腰が引けているが、それに続いていく。

 

 ……とりあえず、店の方に置いてきた湯飲みを取ってくるとしよう。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「なあ香霖、この青と銀色の、湯飲みっぽい形のやつは何だ?」

「ああそれかい。それは『空きカン』と言ってね。似た形で同じ名前のものは前にも拾ったことがあるんだけと、それだけ用途が『翼を授ける』というよくわからないものになっているんだ」

「翼?」

「し、CMですか……」

 

 古卿詩音という人間について、気になる点がいくつか存在する。

 

 まずは、なんと言ってもその能力だろう。粗方のことは魔理沙から聞いたが、弾幕を放つだけでなく、何もない所から剣を出す、相手の能力を無効化する、挙げ句の果てには博麗大結界を越えるなど、とにかく強力なのは間違いない。それなのに、本人ですらよくわかっていないという、その不可思議さ。それらは、注目するに値するだろう。

 ……だがそれらは、幻想郷においてさして珍しい話ではない。魔理沙の話によれば、詩音が弾幕ごっこをしていた相手の吸血鬼も剣を出していたそうだし、結界を越えるのだってスキマ妖怪はいとも簡単に行ってみせる。妖怪と比べるのもどうかとは思うが、どちらにせよ彼女が、幻想郷の常識に収まっていることに違いはない。

 そもそも、能力を持つ人間というのも、人里には一定数存在している。その中でも強力なものとなると数は絞られるが、それでもゼロではない。また人里の者ではないが、霊夢の『空を飛ぶ程度の能力』や、この間来たメイドの『時間を操る程度の能力』など、人間としては破格の能力を持つ者もいる。

 故に、詩音もそのような者の一員である、と考えれば、何ら不思議な点はない。

 

 ……問題は、そこなのだ。どうして彼女は──

 

「ばっ、バーロー……!?」

「……ん? どうしたんだい、詩音?」

 

 と、僕が考え事にふけっていると、詩音が小さく叫びを上げた。その手には、見覚えのある一枚の板が握られている。

 

「ああ、それかい? それは『見た目は子供な名探偵の愛車』だよ。用途が『大事なところで故障する』となっていて、それじゃあ道具として成り立っていないからここに置いてあるんだ」

「や、やっぱり……。架空のものまで幻想郷には流れてくるんですね……」

 

 詩音の持っていたそれは、少し前に拾ったものだ。昔に一度だけ見かけた、スノーボードというものに似ていたため持ち帰ったが、今言ったような本末転倒な用途であると判明したために、ちょうど持て余しているものである。

 

「大事なところで故障する……?

 ……あ、劇場版ですか。確かに、結構な割合で故障してますねこれ」

「……もしかして詩音は、それを知っているのかい?」

「ん、何だ何だ、面白いもん見つかったのか?」

 

 僕らの話を聞きつけて、好奇心旺盛な魔理沙もこっちに近づいてくる。

 もう一度、魔理沙にも詩音の持つ板について説明していると、再び詩音が突然声をあげた。

 

「──そうだ。森近さん、これ貰ってもいいですか?」

「どうしたんだい、急に?」

「いいもんなのか、それ? 聞いた感じだと、あんまし役に立たなさそうだと思ったんだが」

「ちょっと、いいこと思いつきまして。……ダメ、ですか?」

「いやいや、君には色々教えてもらったんだ。実は僕も、それの処理に困っていてね。君が良ければ、それはお礼として差し上げるよ」

 

 そう伝えると、詩音は嬉しそうな顔をした。

 そしてそれを、目の前の床に置く。

 

「……何するつもりだ?」

「ほら、私飛べないじゃないですか。紅魔館に行くのに、毎回魔理沙さんの箒に乗せてもらう訳にもいきませんし。

 だからたぶん、あれと同じ要領であれをあれすれば……」

「あればっかで意味がわからないぜ」

 

 魔理沙の苦言も気に留めず、詩音はまぶたを閉じて何やら集中を始めた。

 流石にその邪魔は出来まい。魔理沙も僕も、それに合わせて口をつぐむ。

 しばし、倉庫の中に静寂が響く。

 

 ──次に、彼女が目を開いた時、その美しい緑色の瞳は更に艶やかに、光輝いていた。

 そして、その手には──

 

 

 

 

 幻技『飛翔の奇跡・永続版』

 

 

 

 

 そう宣言した瞬間、詩音はそのスペルカードを──思いっきり、床に置いたその板へと叩きつけた。

 衝撃で、先ほど魔理沙が創り上げた道具の山が、再び崩落を開始する。

 

「えっ、ちょ!? 詩音、何やってんだホントに!?」

 

 ……本当に、どういうつもりなのだろう。いきなり右手に、スペルカードが現れていたのにも驚いたが、弾幕を放たず叩きつけるとは、一体どういう……?

 

「……どうやら、上手くいったみたいです」

 

 すると彼女はそのまま、本当に一発も弾幕を放たないままスペルをブレイクした。

 魔理沙の話から、剣でも出したのかとも思ったが、詩音自身にはどこも変わった様子がない。いつの間にか、左目の輝きも収まっている。

 あと見ていないのは、今まさに詩音がその上に乗ろうとしている『見た目は子供な名探偵の愛車』くらいだが──

 

「──な……っ…………!?」

 

 目を疑った。

 いや、この場合だと“能力を”疑った、と言った方が正しいか。

 

 そしてこれほど、得体の知れなさに心がすくんだのは、久しぶりだった。

 

「よーし、じゃあバーローのスケボー──はちょっと著作権的に危ういので、『スケボー君』とでも呼びましょうか」

 

 そんな僕と、未だ怪訝な面持ちの魔理沙をよそに、詩音はその板──彼女が名付けた『スケボー君』に乗り、何かをしようとしている。

 ……僕の能力が間違っていなければ、たぶん──

 

「スケボー君、飛べ!!」

 

 彼女の掛け声と同時に──それまで何の変哲もなかった板は、空中を浮遊し始めた。

 

「うぉぉぉ!? え、詩音、本当は飛べたのか?」

「いえ、そうじゃなくて。今のスペルでこのスケボー君に、言ってみれば『飛行属性』を追加してみました」

「飛行属性……? つまり、飛べるようにした、ってことか?」

「平たく言えばそうですね」

 

 そう言うと彼女は、試運転とでも言わんばかりに倉庫の中を飛び回り始める。というか、本来ここは飛び回ることができる程広くはないのだが、ギリギリで棚を避け、決して道具の山を崩すことなく、詩音は縦横無尽に飛翔している。おそらく平衡感覚とかその辺が、元々かなりのものなのだろう。

 そんな詩音を見て魔理沙は、うおおさすが詩音ー、などといった呑気な歓声を上げている。

 

 ……本当に、呑気なものだ。彼女が何を仕出かしたのか、わかっていないのか。

 いや、魔理沙だけではない。張本人の詩音も、どうやら自分がどれほどのことをしたのか、理解していないようだ。何故なら、先ほど詩音は『属性を追加した』と言っていたから。

 

 ……彼女が今、行ったことは、そんなヤワなことじゃない。だって──

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「やっぱ自分で飛べると気持ちいいですねぇ。ね、森近さん──森近さん?」

 

 言うまでもないことだが、道具というのは神々から名前をつけられて、初めて“道具”として認められる。僕が道具の名前を読みとることができるのも、その神々の意志(という程に大層なものでもないが)に近いものが道具から感じ取れるからである。

 実は、道具の用途というのも、太古に神々が名付けを行った時に生まれるものなのだ。『言霊』という単語が示すように、言葉には音声であること以上の力が籠っている。それまで何の名前もなかった“物体”に、神が言の霊をあてがうことで初めて、それが“道具”となり用途を得るのだ。

 

 ……つまり詩音はその、神々が与えた用途を、自分の望み通りに塗り替えたのだ。これがどれほど畏れ多く、また得体の知れないことなのかは、言葉に著さずともわかるだろう。

 

 

 ……だが。

 推測ではあるが、スキマ妖怪ならば用途の境界を操ることで似たようなことは可能なのだろう。

 かのメイドの主人である、運命を操る吸血鬼ならば、きっと道具の運命を意のままに導くことができるのだろう。

 何よりここ、幻想郷には、数多くの神々が暮らしている。彼女たちの中に、道具の名付け親がいるかはわからないが、それでも神の存在は幻想郷において常識なのだ。

 

 ……そう、詩音はやはり、幻想郷の常識の範囲内で事を起こしている。

 そこが、何よりの問題なのだ。どうして、どうして彼女は──

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おい、香霖。おーい」

 

 先ほど二人に説明したが、ここと外の世界は『常識』と『非常識』によって隔てられている。よってもしも、外の世界の常識と幻想郷の常識が一致するような事態が発生した場合、それは即ち幻想郷の崩壊を意味する。

 ──つまり、外の世界の出身である詩音が、幻想郷の常識に則って行動することは本来あり得ないのだ。

 

 それに、仮に彼女が幻想郷の常識に収まっていたとしても、そうすると今度は外界での生活に支障をきたすだろう。自分にとって非常識なものに囲まれて生活するのは、生半可なことではない。

 要するに彼女、詩音は、どちらの常識も持ち合わせる──言ってみれば、どちらにいても『普通』なのだ。

 これは、とても恐ろしいことである。彼女の存在自体が、未曾有の事態であると言っても過言ではない。

 

 そもそも、一体どうしてこんな──

 

「おいっ、香霖!!」

「──ん? ってうわっ。ど、どうしたんだい魔理沙」

「それはこっちのセリフだぜ……急に黙りこくって、怖い顔して。何があったんだ?」

 

 気づくと、視界一面が魔理沙の顔だった。そんなに近づかなくてもいいものを。

 その後ろでは、詩音が少し不安そうな面持ちでこちらを見つめている。……そんなに怖い顔をしていたのかな。

 

 ふむ……というか、今この場に本人がいるんだから、彼女に聞けばいいじゃないか。普段は一人で考察しているばっかりに、他人に尋ねることをしないのは、僕の悪い癖なのかもしれない。

 

「──じゃあ詩音。いくつか尋ねたいことが増えたんだけど、ちょっといいかな」

「え? ええ、もちろん大丈夫──

「ならまずはその能力だ、魔理沙に聞いた所によると自分の能力が何であるかわかっていないようだが使っていればなにか気づくことがあるんじゃないかな、例えば僕であれば道具から発せられる記憶が読みとれるし魔理沙だったら魔法道具の使い方が自然とわかるといったみたいな。ちなみにこれは僕の予想だけど詩音の能力は事象を司る何かに関連があるんだと思うんだ、剣を出すのも結界を越えるのも道具の用途を塗り替えるのもそれに繋がるしね。それが本当だったら君が有する可能性はとんでもないことになる、何故なら事象を操るとはかのスキマ妖怪の能力にも通じるものがあり──」

 

「……え、えーと、えーと、ま、魔理沙さん、私はどうすれば──

「諦めろ」

「ええ!?」

「こうなった香霖は誰にも止められないぜ。それこそ隕石でも降ってこなけりゃな」

 

「──つまり彼女の境界を操る能力は論理的想像と破壊を意味する恐ろしい力なんだ。しかし君の行っていることもそれに十分匹敵するのだよ、何故かと言うと君は二つの異質な世界の常識を股にかけているからだ。これが詩音に聞きたいことの二つ目で君はどうして幻想郷の常識に収まることが可能なのかということだ。常識というのは僕らを囲む日常の重要な要素でありこれを隔てることによって幻想郷は外と隔絶されている、というのはもう言ったか。しかし常識というのは幻想郷を成り立たせるだけでなく多くの事象を司るものなんだよ、これは常識により我々の認識が少なからず制限されることからも容易に窺い知るのはできるね、簡単な例で言えば錯覚とかさ。僕の推測だと君が常識を越えられるのもその能力に関連しているんだろう、どうしてかというと常識を隔てる博麗大結界を越えていることが一番の根拠ではあるんだけどそれだけではなく──」

 

「……魔理沙さんって森近さんに似たんですかね」

「どこがだ?」

「……圧迫面接?」

「これと一緒にされるのは甚だ心外なんだが」

「私も言ってて思いました」

 

「──しかしここで一つ疑問なのは詩音が飛べないということだ、でもこの問題も君が外界の常識を持ち合わせていることの根拠となり得るものであり───




強☆制☆終☆了

途中で香霖が言っていた、「人里にも能力を持つ人間が一定数いる」というのは独自設定です。が、特に伏線とかじゃなくて、『外の世界じゃ特殊能力を持った一般人なんて幻想なんだから、幻想郷ではパンピーでも能力持ちとかいるんじゃね?』という作者の勝手な妄想です。
尚、“伏線じゃない”の部分は私の気分により変わります。ご了承下さい。


☢Caution!!☢Caution!!☢Caution!!☢
この文章に登場する描写はあくまでも、着ぐるみが破滅の死神の象徴的なものだと思い込んでいる香霖と魔理沙の反応を想像したものです。
従って、某社や某夢鼠を卑下する気持ちなどは決して、決してありません。決して。

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