東方幻操卿   作:さんにい

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分割するつもりがなかった話を時間空けて投稿するのもアレなんで高速投稿。
さんにい の ストック が また へった!!


EXtra Story -永遠に幼い二つの月- ②

 先に動いたのは、レミリアの方だった。

 彼女は自らの有する妖力を余すことなく用いて、空一杯に弾幕を展開させる。撒き散らされたかのように広がるのは、紅い小さめの弾と青い大弾。

 それらは、機動力の高い詩音の逃げ場をなくすように、視界一面に広がってゆく──

 

 ──と、思っていたのだが。

 それまで問題なく拡散していたそれらの幻想は次の瞬間、ある一点──即ち、詩音の方向へと、一直線で向かい出したのだ。まるで、彼女に引き付けられていくかのように。

 

「っ!?……ってああ、そういえば貴女、そんな能力もあったわね」

「自分でもよくわかってないですけどね、っと!

 ……まあそれで楽なのかと言われると微妙なんですけどっ!」

 

 そう。彼女の言うように、弾幕が全て自分の方に寄ってくるというのは良いことばかりではないのだ。

 

 確かに、普通は大空に広がる筈の弾幕が一点に集まれば、回避する余地は大幅に増えるだろう。

 が、本来そのように、広い空間を埋め尽くすためのものが集中するとどうなるか、よく考えて欲しい。具体的な例を挙げると、蛇口を半分程指で塞いだ時だろうか。

 まあ何が言いたいのかというと──

 

「はひゃぁっ! ちょ、ヤバくないですか勢い! 電車は軽く越えてますよ!」

 

 ──その速度が、とんでもないものになっていたのだ。

 

 異変時には博麗の巫女との見事な舞踊を見せたレミリアの弾幕も、今や凶銃による弾丸の如く成り果てている。そんな弾幕が、滝のように詩音へと襲いかかっているのだ。彼女が変な声を上げるのも無理はない。

 

 しかし。そんな宣言もしていないような弾幕で墜ちてしまう程、彼女も鈍くはなかった。

 

 詩音は紅と青の光が寸前まで迫ると、即座にその場を離脱。降下による重力加速も交え、その機動速度を限界まで高めてゆく。

 透き通った黒の空を下り、下り、下り。そして、あわや地面と衝突するか──という所で、軌道を急激に変更し超低空飛行を始めた。その動きについていけなかった弾幕は、役目を果たすことなく地面へと次々に撃沈していく。

 そのまま詩音は、板に乗りながら庭と平行に飛翔を続ける。いくら彼女に引き付けられているとはいえ、弾々はその動きを完璧に捉えられている訳ではないようだ。詩音が通過し、風圧で灯火が消えた蝋燭目掛けて、レミリアの弾幕は吸い込まれていった。

 

 

 ……見事、としか言いようがない。速度にかまけたその回避力は、どこか魔理沙にも似たものを思わせる。レミリアもその想像以上の機動力に、内心舌を巻いていた。

 まあ、弊害が皆無、という訳ではないが。彼女らには関係のないことであるから、気にしてはならない。

 

「ああっ、庭がっ、私の庭がっ!!」

「諦めなさい」

 

 気にしてはならない。

 

「……想像以上ね、詩音。そのスピード、魔理沙に勝るとも劣らないんじゃない?」

「そうですか、ねっ!? トップスピードは向こうの方が断然だとおもいますよっ」

 

 そう謙遜しつつも、詩音は夜空を飛び続ける。ひょんなことから手に入れた飛翔板は、当初の予想を遥かに越えて彼女に可能性を与えたようだ。

 

 ──すると、突然弾幕が止んだ。

 

「……っと、一旦休憩ですか? 私はまだまだ大丈夫ですが」

 

 前触れなく訪れた静寂に、詩音が不思議そうな顔をしてレミリアに尋ねる。

 

「いや。ちょっといいことを思い付いたのよ」

 

 だがレミリアは、悪戯(たのし)げな笑みを浮かべてそう言うのみ。

 

 ……ふと、その手元を見ると、一つの紅い気弾が浮遊していた。

 

「何ですか、その手に持ってる……持ってる?……浮かんでるやつ」

「いいこと、よ。さあ詩音、宴はまだまだこれからよ!」

 

 そして彼女は気弾ごと、腕を大きく振りかぶって──

 

 

 

 

 神槍『スピア・ザ・グングニル』

 

 

 

 

 レミリアがそう宣言したのと、詩音の頬に赤い筋が走った瞬間。そして、彼女の後ろで何かが爆発するかのような音が轟いたのは、ほぼ同時だった。

 

 詩音は何事かと驚き、振り返る。果たしてその視線の先に広がっていたのは──無惨にも崩れ落ちる塀と、その向こうで豪快に打ち上がる水柱だった。

 

「…………はっ?」

「ちっ、外したか」

「……僭越ながらお嬢様、あまり建物を壊されますと、修復が少々手間なのですが……」

「そうね、善処するわ」

 

 詩音は再び、ゆっくりとレミリアへ視線を移す。口をぽかんと開けたまま。

 

 レミリアは、変わらず腕を振りかぶった状態であった。見たところ何処もおかしな点はない。……唯一、先ほどまであった筈の気弾が消えていることを除けば。

 

「え、えーとレミリアさん、今のは何が……?」

「何って、弾幕を()()()だけよ。まあ速すぎて、弾幕ってよりは槍みたいなものだけれどね」

「ワ、ワタシヲコロスキデスカ?」

「なに、当たらなければ何とやら、よ」

 

 にやりと笑ってレミリアはそう言うが、当たる当たらないの問題ではないだろう。なんてったって──

 

「まっ、全く見えませんでしたよ!? えっ!? はっ!? わ、わちきにこれを避けろと申すか!?」

「誰よそれ」

 

 遅れて驚愕が到来したようで、詩音は頬から血が垂れるのも気づかず叫ぶ。

 ……まあ、彼女の反応も致し方ないとは思う。何せ、レミリアはその右腕一本で“神槍”を再現してみせたのだから。いくら詩音の機動力が高いとは言え、そんな代物を回避できる程人間は性能が良くはない。

 たらり、と冷や汗が流れた。

 

「それじゃあ詩音、準備はいいかしら」

「準備って何の──いや、わかってます、わかってますけど! もう一発撃つんですか!?」

 

 するとレミリアは優しく、微笑みを浮かべた。

 ……この場面でのそれは、正直言って悪い予感しかしない。

 

「ねえ詩音。弾幕ごっこって、美しさが重要なのは知ってる? 何でも、誰もが異変を起こしやすく、解決しやすい形態を作るためにそういうルールにしたらしいわ。それで美しさを重視するって、センス良いとは思わない?」

「確かに、そこから今のスペルカードルールを作り上げたのは凄いですね。

 ……それが?」

「ほら、一発の弾幕だと、力強さはあっても美しさが足りないじゃない」

「あ待ってその先を言わないで下さい」

「ふふっ、察しがいいわね」

 

 刹那。レミリアの背後には、数十──いや、それでは足りない程の、紅い光が現れていた。

 

「……うわぁー、『王の財宝』(ゲートオブバビロン)みたいだなぁー」

「何それカッコいいわね。後で教えて頂戴ね」

 

 詩音は虚ろな目で呟く。哀れな。

 

 しかし、弾幕ごっこに容赦はない。レミリアは指揮を執るように手を上げたかと思うと、深く息を吸い込み──

 

「──さあ、愚かな人間よ! 我が神槍を前に、精々恐れ逃げ惑うが良い!!」

 

 そう、言い放った。

 

 そして、とりあえずの小手調べといった所であろうか、その中の数本が射出される。

 

「──っ!!」

 

 自分目掛けて一直線で飛んできたそれを、詩音は身を翻し辛うじて回避した。流石のレミリアと言えども、複数を同時に操った状態で先ほどと同等の速度を出すことは出来ないようだ。

 しかしそれでも、破壊力は充分に過ぎた。現に今、槍が刺さった花壇は大きく抉れてしまっている。

 

「ふふふ……春に咲く筈だった哀れな球根ちゃんたち、安らかに眠って下さいね……ふふ」

「……まあ、その、きっといいことあるわよ」

 

 どうにか一難を乗り越えた詩音だったが、彼女に安息が訪れることはなかった。

 レミリアが残った全て、百は下らない弾幕を次々と発射してきていたのだ。

 

「っ! ちょ、これは流石に不味い……!!」

 

 詩音は目を見開き、どうにかして回避する道程を探しだそうとする。が、目前の槍を躱しても時間差で右から、左から、上空から弾幕が迫っていた。どこぞの巫女の如く神憑り的な回避を連発すれば別かもしれないが、生憎詩音はそこら辺は常人と変わらない。

 袋の鼠、八方塞がり、絶体絶命。言葉で飾るのは容易いが、詩音が追い詰められた状況はそんな、常人ならば希望をかなぐり捨てるようなものだった。

 

 ……とは言ってみたものの。残念ながら、彼女もまた常人という言葉で括るのは些か躊躇われる存在であることは周知だろう。

 何故って、ほら、丁度今のように、彼女の瞳が翡翠に輝くとき──

 

 

 

 

 幻操『反射弾幕』(リフレクトバレッタ)

 

 

 

 

 ──詩音は幻想(弾幕)をも絡繰るのだから。

 

 それは、詩音がレミリアの弾幕に飲み込まれた、と思われた瞬間。そして突如輝き出した翡翠に、レミリアが思わず怯んでしまった瞬間。

 暴速で突貫を果たそうとしていた幾多の槍が、踵を返しレミリアの方へと向かい出したのだ。その紅かった色味をも、翡翠に塗り替えて。

 

「っ!? ガッ────」

「なななっ、何ですかアレ!? お嬢様の神槍が跳ね返されてますよ!?」

「本当だわ……そんなスペルカードもあるのねぇ。流石詩音さん」

「いや呑気過ぎやしませんか!?」

 

 まさか自らの弾幕が牙を剥くとは思わなかったのだろう。レミリアは回避し損ね、脇腹に槍が直撃してしまった。呻き声が、夜空に響く。

 更にはその一撃は食らったことで、彼女は体勢を崩してしまっていた。いくら吸血鬼と言えどもそこから立て直すのは難しい訳で、詩音に跳ね返された槍が次々にレミリアへと吸い込まれていく。

 見ごたえのある決闘というのは、少しのことで一気に形勢が変わるものである。詩音の反撃を告げる鈍い音が、辺りに響いていた。

 

「……うわぁ、痛そう」

 

 痛そう、どころの話ではない。あの弾幕は、煉瓦塀をも軽々と突き破る程の威力を誇るのだ。身体に大きな風穴が空いてもなんら不思議はない。

 ……事実、煙の中から姿を見せたレミリアは、右腕や脇腹、顔の左半分などが吹き飛んでいた。尤も、徐々に再生されていってはいるが。

 

「──……。ふう、今夜が満月じゃなければ、ちょっと危うかったわね」

「でも満月の日を選んでますよね? そうじゃなければ、普段は休日しか来ない私を今日招待する筈がありませんし」

「あら、だって全力をもって挑むのが相手への礼儀じゃないかしら?」

 

 完全に再生を終えたレミリアはそう言うと、ひどく楽しげに笑った。釣られ、詩音の下にも笑顔が広がる。

 

「──さて。スペルカード一枚目は、どう見ても私の負けよね。貴女のさっきの技、弾幕ごっこじゃ反則に近くないかしら……?」

「そうですかね? 私からすれば、レミリアさんの音速槍の方がよっぽどヤバいと思いますが」

 

 すっかり壊滅的な状態になった庭と、一部跳ね返った物のせいで崩れ落ちている館を見て詩音はそう言う。いや、館の方は明らかに詩音が悪いと思うのだが。

 そんな、天然なんだか責任転嫁なんだかわからない発言をしている詩音に、再びレミリアは破顔した。やはり彼女は、この遊戯を心から楽しんでいるようだ。

 

 そして、懐から次のスペルカードを取り出す。

 

「──それじゃあ、二枚目も私から行かせて貰うわよ。貴女はこの紅い悪魔(ナイトメア)を、攻略することが出来るかしら……?」

 

 

 

 

 魔符『全世界ナイトメア』

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「はい進んだ進んだ」

「ちょっ、パチュリーやめてよ……」

「妹様、もう素直に行かれたらどうですか?」

「でっ、でも──」

 

 時を同じくして紅魔館の中。半時程前まで図書館で遊戯に耽っていたフランドール、パチュリー、小悪魔の三名は、館の内部を移動していた。

 目的地は二階の露台。その目的は、詩音とレミリアの弾幕ごっこの観戦である。

 

 尤も若干一名は、あまり気が進まないようだが。

 

「──そういえばさっき凄い音がしてたし、もう終わっちゃってるかもね」

「ええっ!? ほ、本当に……?」

「……結局行きたいのか行きたくないのか、どっちなんですか?」

 

 ……訂正。未だに踏ん切りが付けられていないだけだった。

 

 フランドールは小悪魔の、割りと痛いところを突いた質問に思わず顔を俯けてしまう。

 

「…………だって」

 

 言葉を繋ごうとするが、声が震えて上手く喋れていない。

 

 彼女が今どんな思いなのか、四百年も狂気に呑まれていたフランドール・スカーレットは何を望むのか──安易に想像することしか出来ないが、少なくとも一歩踏み出すことが、フランドールにとってとてつもない冒険だというのは違いないだろう。

 故の、迷い。本心はきっと、誰よりも姉と友人による遊戯の観戦を楽しみたいのだ。

 

 ……当然、そんなこと周りの者にはお見通しな訳で。

 だからこそ、パチュリーは大きく溜息をついた後、こう唱えた。

 

「……はぁ、あんたらねぇ──」

 

 

 

 

 水符『プリンセスウンディネ』

 

 

 

 

 フランドールの後ろから、突如として幾数もの水柱が襲いかかる。

 

「──はっ? ぱ、パチュリー!?」

 

 流水、というのは、吸血鬼にとって日光にも並ぶ程の弱点。そのためフランドールは成す術なしに、まだ水の及んでいない方へと逃げた。

 

「ぱ、パチュリー様!? いきなりスペル宣言して、一体どうなさったんですか!?」

 

 いきなり暴れだした主人に、小悪魔が慌てて制止に入る。

 しかし、パチュリーがそれだけで止まることはなかった。彼女は大きく息を吸い込み──

 

「揃いも揃って七面倒くさいのよ!! フランはフランでずっとウジウジしてるし、レミィはレミィでねえねえねえねえねえねえねえねえって、壊れた人形か! もっとシャキッとしなさいよ!! 何? 似た者姉妹なの? 微笑ましーとでも言って欲しいの!?」

「ぱっ、ぱぱ、パチュリー!?」

 

 ……なんか叫び出した。普段は冷静なパチュリーにあるまじきその姿に、フランドールは思わず石化する。

 

「ほら止まってないでさっさと動く!!」

 

 と思ったらパチュリーが思い切り流水をかけてきた。鬼か。まあ吸血()の親友だけれども。

 

「きゃん! ちょ、ちょっとパチュリー、一旦落ち着いて──

「あ゛あ゛ん゛?」

「何でもないですごめんなさいうわーん!!」

 

 そのままフランドールは、唯一残された退路である二階の方へと泣きながら爆走していった。

 

 ……そんな一連の光景を、小悪魔は唖然として眺めていることしか出来なかった。しかしフランドールが去ったところで、ようやく我に返ったようだ。今までに見たこともない程に取り乱した主の姿に驚愕を隠せないまま、彼女はパチュリーに詰め寄る。

 

「──ぱっ、パチュリー様! 一体どういうつもりなんですか!! 確かに妹様はちょっと優柔不断ではありましたけど、だからといってあれはあんまりじゃ──

「やっと行ったわね。全く、二人して面倒くさい姉妹なんだから………」

「……あれ?」

 

 息巻いて詰め寄ったのだが……そこには、普段通りに気怠げなパチュリーしかいなかった。

 今度こそ訳がわからず、小悪魔は口を開けたままぽかんとしてしまう。

 

「……あら、小悪魔、まさか私が本気で怒ったとで思ったの?」

「え? いや、あの、その」

「ああでもしなけりゃあの子は動かないじゃない。まぁ、確かにちょっと強引だったかもしれないけどね」

 

 そう言うと、パチュリーは微笑みを浮かべる。……その姿は、どことなく彼女の親友によく似たものだった。

 

 そしてそのまま、動けない小悪魔を尻目に自分も向かい出す。

 

「………………」

「……アホみたいに口開けてないで早く来なさい」

「えっ? あっ、ちょ、ちょっと待って下さい!!」

 

 ──魔法の水で濡れた廊下は、喧騒を乗り越え再び静寂に包まれていった。

 

 

 

「……まあ、言ったことは全部思ってたことなんだけど」

「結局どっちなんですか……?」

 

 

 *

 

 

 突然怒り出したパチュリーから逃げに逃げ、フランドールは訳もわからないまま脇目を降らず飛び続ける。

 そうなると当然、周囲への認識が疎かになるであろう。フランドールも例に漏れず、進行方向にあった何かへと盛大にぶつかってしまった。

 

「はぁ、はぁ……きゃっ!」

「うわっ!?……って、妹様? どうなさったのですか、そんなに追い詰められたような顔して」

 

 尤も、それが建造物などではなく美鈴であったために、双方に大した被害は出なかったが。

 突撃した何かが美鈴だとわかったために少し安心したのか、フランドールは一息つくと、逼迫した今の状態を喋り出す。

 

「め、美鈴! 今、パチュリーが、パチュリーが

────」

「……? 妹様?」

 

 しかしその言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 

 何故なら、フランドールの目は美鈴の背後に広がる光景に──

 ──レミリアと詩音の決闘に、捕らわれて離されなかったから。

 

「__す、すごい……」

「ふふ、妹様はご自分で弾幕ごっこはなさっても、誰かと誰かがやっているのを見るのは初めてですものね。

 どうですか? 貴方の姉君と、友人の決闘は」

 

 隣にいた咲夜がそう、優しく語りかける。

 だが、フランドールからの返答はない。それ程、それこそ彼女は耳や口の感覚を切断する程までに、夜空で行われる遊戯に見とれていた。

 

「……ふふっ、妹様ったら、何もかも忘れたかのように夢中ね」

「ですね。まあ確かに、あの弾幕ごっこはめちゃくちゃキレイですもんね。

 ……残念ながら、我々にはそれだけで終わりそうもありませんが」

「……館の修繕費、足りるかしら……?」

「庭、どうしましょうかね……」

 

 現在、戦況としてはレミリアがスペルカードを発動している場面だ。

 彼女は夜の魔力を纏い、淡い灯火に照らされた空を紅く染め上げている。同心円状に広がる紅い弾幕と、不規則に放たれる苦無のような弾幕は、周囲に多少の被害を与えながらも詩音へと迫ってゆく。

 それを詩音は、最小限の動きで回避していた。にじり寄る紅弾の軌道を見極め、時に上体を背け、時に飛翔板から跳躍する。幸いにも弾速はそこまででもないため、彼女の目にも追いつくことが可能のようだ。

 

「相変わらず紅いですね!」

「紅が好きなんだもの」

「どうしてそんなに好きなんですか?」

「血のような色だからよ」

「……さすが吸血鬼」

「あら、血が好きなのは人間も同じじゃないかしら。何せ血液ってのは、強い生命の象徴だもの。血が通っていない者は人間として扱わないくせに、実際に血液を見ることを嫌悪する意味がわからないわ」

「あ、確かに。『血も涙もない!』とか非難する時よく言いますもんね」

 

 そんな中においても、彼女らは会話を交わしていた。余裕の表れ……ではないだろう。少なくとも詩音は、そのようなぎりぎりの回避を重ねていることからあまり余裕はないように思える。

 それでも口を開くというのは、きっとあれだ。技名を叫びながら攻撃したり、相手を説得しながら技を繰り出したりする、『あにめ脳』ってやつだろう。

 

 喋りながらも弾幕を躱し続ける詩音を見て、同じ事を思ったのはか知らないが、レミリアは何度目かもわからない笑みを浮かべた。

 

「それにしても詩音、もしかして余裕綽々かしら?」

「この状況を見てどうしたらその結論が出せるんですか、ねっ!」

「それなら、私としてももっと全力を出す他にないわねぇ」

 

 詩音の悲鳴も聞かずレミリアは、スペルを宣言した時以上にその力を集中させ始める。

 刹那──彼女から放たれる、苦無型弾幕の量が急激に増加した。

 

「っ!!」

「さぁ──全世界を染め尽くす、赤よりも紅い夜(スカーレット・ナイトメア)はこれからよ!」

 

 そのまま、数え切れない程の弾幕が詩音へと襲来する。

 地を穿ち、館を無惨にも崩す鋭い弾々は正しく悪魔の爪。それとの相乗により空を埋め尽くす紅い弾幕は悪魔の息吹。少女の眼前を染め尽くすそれらは、ちっぽけな彼女にとってその名に相応のものと映ったに違いない。

 ──それは、正に紅い悪夢(ナイトメア)

 

 そんな状況でも、詩音は諦めることはなかった。苦無のまだ訪れていない場所を見極め、身体に掠らせながらもそこへと滑り込む。そしてその限られた範囲内で、目前に迫り来る弾幕を縦横無尽に避け続ける。

 

 ……そんな風に、視野が狭まっていたためであろう。詩音は、ある二つのことに気づけなかった。

 一つは、明らかにある領域だけ、弾幕の密度が薄かったことに。そして──

 

「──あら詩音。ご機嫌いかが?」

「ッ!?!?」

 

 もう一つは、目の前までレミリアが迫っていた──否、()()()()()()()()()()()()()()()()ことに。

 

 挨拶される程の近距離で、須臾の間に放たれた弾幕を躱し切ることが叶う筈もなく。

 詩音はレミリアの苦無型弾幕を全身に受容、そのまま飛翔板から崩れ落ちてしまった。

 

「しっ、詩音!!!」

 

 フランドールの、悲鳴にも近い叫びが轟く。

 しかし、強大な吸血鬼の弾幕を間近に浴び、詩音は衝撃で気を失っているようだった。飛翔板が迎えに行く訳でもなく、フランドールの声に反応する様子もなく、詩音は頭からひゅるりひゅるりと降下を続けている。

 時に、彼女がレミリアと闘っていたのはそれなりの上空。このまま重力加速を続け地面と出会えば、その命は周りにある灯火より儚いものとなるのは想像に難くない。

 

「……咲夜さん。あれってちょっと不味くないですか」

「そうね。あのまま目を覚まさなきゃ詩音さんは、良くて全身不随、悪いとそのまま御陀仏でしょうね」

「そっ、そんな!!! 咲夜っ、どどど、どうすればいいの!?」

「どうするのか、ですか……。そうですね、妹様に出来ることといえば──」

 

 刻一刻と迫る状況ながら、咲夜は一息置いてから口を開く。

 

「ご自身の気持ちを伝える、ことじゃないですかね?」

「気持ちを、伝える……」

 

 微笑みながら伝えられたその言葉に、フランドールは少し考える素振りを見せた。

 が、今は一刻を争う事態。悩んでる暇などない。

 

 ──フランドールは覚悟を決め、心の底から、弾けんばかりの声で叫んだ。

 

「しおーーーん!! ガンバレっ、お姉様なんかに負けるなぁぁぁぁ!!!」

 

 ……その叫びが果たして、彼女に届いたのかどうか。それは、本人にしかわからない。

 

 ただ、一つだけ確実なのは──

 

 

 

 

 幻符『夢幻ファンタジア』

 

 

 

 

 大地に墜ちる寸前で、詩音の瞳が何よりも眩しく輝き出したことだけだ。

 

「うおおおぉぉっ!! しおーーーん!!」

「うわー、流石ですねー」

「……どういう状況かしら、これは」

「あら、パチュリー様」

 

 スペルが宣言され翡翠の光が満ち始めたのと同時に、詩音の周囲に多くの弾幕が出現した。淡い翡翠色をしたそれらは詩音の衛星軌道上を巡りながら広がり、レミリアの弾幕を次々と相殺していく。

 一つ一つの弾が衝突し、紅と翠の煌めきとなって消えゆく。その様はさながら、揺らめく極光のように美しい。弾幕ごっこにおける美の追求の、一つの終着点かに思える光景がそこでは繰り広げられていた。

 

「──んで、どうして貴女は無事に帰還することが出来るのかしら。本当に人間なの?」

「だいぶ今更ですねー。人間ですけど」

 

 そんな輝く絹布よりも上空に佇むのは、笑うレミリア、ぼろぼろになりながらも飛翔する詩音。詩音の方はよくもまあ、あの状態から立て直したものだ。

 

「……と言っても、今回は私の負けですよね。一回気を失いましたし、折角の新しいスペルは全部相殺されて終わりですし」

「……姉としては大敗北──いや、当たり前か。そうよね、私なんかより、恩人の友人の方が大事よね……」

「? 何か言いました?」

「い、いえ何でもないわ」

 

 俯き、なにかぼそぼそと呟いていたレミリアだったが、詩音の問い掛けに慌てて前を向いた。

 ……若干涙目で。

 

「……本当にどうしたんですか?」

「だから何でもないわよっ! 兎に角これで一勝一敗、丁度いい感じじゃないかしらっ!?」

「え? あ、まあそうですね。一番盛り上がるパターンの」

 

 レミリアが涙目だった理由は……まあお察しだろう。そんな状態である彼女の露骨な話題転換に乗る辺り、詩音が優しいのか鈍いだけなのか測りかねる。個人的にはどう考えても後者な気しかしない、というか絶対後者だろ。

 

 閑話休題。レミリアは、そんな詩音に向かって言い放った。

 

「そう! だからこそ、私は宣言するわ。『次のスペルで勝負は決まる』と」

「それはもしかして、運命を──

「まさか。勝負中の相手の運命を見るとか、ましてや操るなんて、それ程興醒めなことはないわよ」

 

 詩音の勘繰りに、思わずレミリアは憤慨する。まあ確かに、気高い彼女がそんなことをする筈もないだろう。

 

「じゃあ、どうして……?」

「それは──次の一撃に、今私が注げる全ての力を注ぐからよ」

 

 刹那、レミリアの右の掌に、一つの小さな灯火が出現した。

 

「あ、遂にアレを使うのね」

「ぱっ、パチュリー!? いつの間に!?

 ……ハッ! ごごご、ごめんなさいごめんなさいごめ──

「もう怒ってないわよ。

 ……そんなに怖かったかしら」

 

 脈絡もなく現れたその弱々しい炎に、詩音が怪訝な表情を浮かべる。

 そんな様子を見て、レミリアは徐に口を開いた。

 

「──ねぇ詩音。人間の運命と蝋燭の灯火って、似てるとは思わない?」

「どうしたんですか藪から棒に」

「だってどっちも、ちょっとしたことで燃え盛ったり、私が腕を振るうだけで消し飛んだり。ええと、ヘーケストーリーだったかしら? 似たようなことが書いてあるってパチェが言ってたわ」

「ヘーケ……ああ、平家物語ですか。確か、諸行無常の響きがどうとかこうとか」

「そうそれ、ショギョームジョー!」

 

 詩音の指摘に、レミリアは嬉しそうな声を上げる。

 

 因みに、諸行無常とは“物事に永久不滅の存在はない”という意味である。成る程確かに、瞬き程短い寿命しか持ち得ない人間や、少しの風で消えてしまう灯火には非常に合致する観念であろう。

 

「……それが?」

「あら、前にも言ったでしょう? 『妖怪は精神に依存する』って。その影響は、何も私という存在のみに限られる話ではないわ」

「その心は?」

 

 すると、レミリアは手に力を込め始める。

 

「──観念的に似た物だったら操ることも造作ない、ということよ」

 

 次の瞬間、それまで小さな灯火が浮かぶのみだったレミリアの右手に、一つ、二つ、三つ四つ五つ……数え切れない程の火が、増殖するように出現し始めた。

 ぎょっとした詩音だったが、何かに気づいたように庭を見下ろす。二人の弾幕ごっこによる被害で既に庭は半壊だったが──確かに、詩音の目線の先では、庭一面に広がっていた蝋燭の炎が一つ、また一つと消滅していた。

 

「まさか──」

「ふふっ。ただ演出するためだけに蝋燭を用意した訳じゃないわ。我が運命操作の能力は、灯火の統率も可能にするのよ!」

「なん……だと……!?」

 

 レミリアの堂々とした言葉に、詩音は驚愕する。

 

 ……下から飛ばされる白い目には、まあ、気づく由もない。

 

「……私が魔法を貸してやったからなんだけどね」

「あら、そうなのですか?」

「流石にレミィでも、タネも仕掛けもなしに管轄外の炎を操れたりしないわよ。あの蝋燭には、私が生命魔法をかけたの。そうすることによって灯火が運命に同期する……らしいわ」

「それを自信満々に自らの力と豪語するお嬢様、流石としか言いようがありません……! この咲夜、改めて貴方様の決闘をしかと焼き付けたいと存じます!」

「……そのカメラどこで手に入れたのよ」

「あ、録画機能付きですよ?」

「知るか」

 

 ともかくレミリアは、吸血鬼として振るうことの出来る全ての力を注ぎ込み始めた。

 彼女の力が高まる度に、生命の炎は数奇な運命へと誘われる。その果てに弾幕として盛る結末が待っているとは、灯火自身も予想だにしなかったに違いない。

 

 レミリアは、大きく息を吸い込み宣言した。

 

「今宵の運命の元に集いし幾多の(ほむら)は、生命を糧に燃え盛る! そこに吸血鬼の力が加われば……皆まで言う必要はないでしょう?

 さあ、翡翠に輝く偉大で矮小な人間よ! 正真正銘、我が全霊のスペル、とくと味わうがよい!!」

 

 

 

 

 『盛る紅色の灯炎』(グロリアスドーム)

 

 

 

 

 レミリアがスペルを宣言し終えた瞬間、詩音を閉じ込めるようにして球状に灯火の炎が出現した。その半径は、詩音が目一杯手を広げて三人分くらいであろうか。それなりに広い空間ではあるが、機動力を削ぐには十分であろう。

 

「とっ、閉じ込められた……!」

 

 当然、詩音は脱出を試みる。しかしそれに先んじて、レミリアが弾幕を射出し詩音を追いつめ始めた。

 

 炎を纏った数多の弾幕が、行動を制限された詩音へと襲いかかる。彼女はそれでもでも飛翔板に乗り、紙一重の回避を繰り返すが……疲れが出たのだろう、暫くすると詩音は腕に一撃を貰ってしまった。

 思わず顔を歪め、体勢を乱す詩音。

 

「…………っ!!!」

「今よっ!!!」

 

 そんな彼女に千載一遇の好機と、レミリアは一気に畳み掛ける。

 次々と弾幕が吸い込まれていき、辺りは煙に包まれた。

 

 

 

「はぁ、はぁ……ど、どうよ……!」

 

 少しして、レミリアは弾幕を止める。慣れない炎の操作は相応に体力を消費するのだろう、彼女は肩で息をしている。それでも油断せず、詩音の出方を伺っていた。

 

 一方の詩音は、見るからに満身創痍だった。先ほどまでよりもぼろぼろの姿で、掠り傷も無数にある。更には、レミリアよりも激しく息を切らしていて、いつ限界を迎えてもおかしくない状況だった。

 

 それでも、彼女は飛翔板に立っている。

 その瞳に宿す翡翠の炎は、まだ、消えていない。

 

「っ! ま、まだ立っていられるの!?」

 

 確かな手応えを感じていたレミリアは、思わず大声を上げてしまう。

 

 一方の詩音は、冷静だった。

 

「……レミリアさん、たぶん、満月の、日まで、待ったのは、失敗、でしたよ」

「い、いきなり何を言って──」

 

 詩音の言葉に怪訝な面持ちをするレミリアだが──その瞬間、突如巻き起こった現象に目を見開いていた。

 何故なら──

 

 いつの間にか翡翠の、魔方陣が出現し、詩音を囲っていた灯火が全て消え去っていたからだ。

 

「何故なら、私は、あることを教わった、からです──」

「──っ、最大出力で行くわよッ!!」

 

 本能的に危機を察知したレミリアは、言葉通り全ての灯火を集め一つの大きな炎として、今出せる最大威力の攻撃を放つ。

 

 そんな業火の如く迫る炎を見ても、詩音は動じない。

 ……いや、それどころか、どこか見覚えのあるような笑みを浮かべ、スペルカードを構えていた。

 

 翡翠の少女は胸を張り、高らかに宣言する。

 

「──弾幕はパワーだぜ、ってね!!!」

 

 

 

 

 幻操『翠光燦然』(エメラルドスパーク)

 

 

 

 

 ──刹那、激しい光が周囲を襲った。

 赤よりも紅い炎の輝き、燦然とした翡翠の煌めき。両者は激しく、激しくぶつかり合い、さながら太陽のように──いや、ひょっとするとそれよりも眩しく光を発する。

 その、視界へ入れるには有り余る光に、レミリアは思わず目を閉じた──

 

 

 

 間もなくして、レミリアは恐る恐る瞼を開く。

 その先では、幸いにして光の抗争は終了していた。視界にはもう暗くなった庭と崩れかけの我が館、それに夜空が映るのみである。

 

 ……そう、それだけなのだ。肝心の、彼女の姿が見えない。

 

「……詩音? あれ、詩音はどこに行ったの?」

 

 疲れからか、気配を感じ取ることすらも出来ない。レミリアはただ、きょろきょろと見渡すのみだ。

 

 すると、どこからか大きな声が轟く。

 

「お姉様っ、後ろーーー!!!」

「後ろ……?」

 

 叫びに釣られ、無意識に後ろを向くレミリア。

 すると、その先に広がっていたのは──

 

How are you, Ms. Scarlet?(吸血鬼嬢、ご機嫌はいかがですか?)

 

 

 

 

 想操『カリスマブレイク』

 

 

 

 

 ──次の瞬間、レミリアの左頬には火花が散っていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 決闘に終止符が打たれてから、四半時程経ったくらいであろうか。

 幻想郷には、平穏な夜が訪れていた。少し前まで派手な弾幕が飛び交っていたことなど忘れてしまったかの如く、冬の澄んだ空にはきらきらと星が瞬いている。

 宴会時の喧騒を考えると今日のような夜は些か物足りないように思えてしまうが、こういう平穏あってこその祭だ、ということを忘れてはならない。年の瀬の寒空は、そんなことを沁々と感じさせる空気に包まれていた。

 

 まあ尤も──

 

「うーっ! どうしてなの!? ねぇどうしてなのよぉーっ!?!?」

「お、お姉様落ち着いて!?」

 

 ……静寂とは程遠い平穏だったが。

 

 現在、紅魔館二階の露台には七つの人影があった。おろおろしているフランドール、呆気にとられている美鈴、苦笑いの小悪魔、白い目を向けるだけのパチュリー、撮影機を連写し続けている咲夜、テヘペロ!と今にも言いそうな表情の詩音──そして、ぐずりながらフランドールの腰に抱きついているレミリア、である。

 弾幕ごっこが終了してからというもの、この膠着状態は続きっぱなしだった。

 

 敢えて率直に言うのなら──

 

 何だこの光景。

 

「……ねえ」

「なんですか?」

「何をどうやったらこの惨状が生まれるのかしら」

 

 見るに堪えなかったのだろう、パチュリーが詩音に声をかける。

 

「いや惨状て……えーっと、レミリアさんってカリスマ凄いですよね」

「超限定的な時と場合に、だけどね」

「それで、外の世界にはカリスマブレイクっていう、オモロいものがあるんですよ」

「何よそれ」

「パチュリーさんが今ご覧になっている状況ですっ☆」

「……ハァ」

 

 気持ちいいくらいの笑顔で親指を立てる詩音。パチュリーには、頭を押さえて溜め息をつくことしか出来なかった。

 

「思いついたからやった。後悔も反省もしていない!」

「胸張って言うんじゃないわよ。大してモノも詰まってない癖に」

「なっ! 自慢ですか!? 自慢なんですかそれはぁっ!!」

 

 ……とまあ、外野もそれなりに騒々しかったのだが。

 詩音曰くカリスマをブレイクされたレミリアは、それ以上に騒いで、というよりも喚いている。

 

「ねぇどうして!? 何が起こったら弾幕ごっこ中にビンタされるの!? ねえねえ! どうしてそんな理由で私は負けなきゃならないのよっ!?」

「そ、それはお姉様の戦意喪失が原因だし──

「痛いよぉー! ほっぺがヒリヒリするよぉぉ!! びえぇぇぇええん!!!」

 

 そう言うと、レミリアは顔をフランドールに埋めて恥も外聞もなしに泣き出した。お蔭でフランドールの服は、涙と鼻水とでびしょ濡れになってしまっている。

 一方のフランドールも、いきなり抱きついてきて更には泣き出した姉の対処法がわからず、困り果てている。

 

「えっ、ど、ど、ど、私はどうすれば……? えーと、えーと、こ、こ、こあっ!」

「えっ! 私ですか!? う、うーんと……」

 

 思わず、最初に視界へと入った小悪魔の名前をフランドールは叫んでしまう。小悪魔も小悪魔で、突如名前を呼ばれて怯んでしまった。

 

 ……だが何を思ったのか、小悪魔は少し考えた後、何故かレミリアの帽子を優しく手に取る。

 

「……?」

「はい、妹様」

「え、はいって?」

「なでなでしてあげて下さい」

「は?」

「ほら、早く」

「えっでも──

「早く」

 

 有無を言わさない気迫の小悪魔。フランドールはまだ何か言いたげだったが──諦めたのか、レミリアの頭にそっと手を置いた。

 

「な、なーでなーで」

「びえぇぇぇ………っ、ひくっ、ぐすっ、ズズッ、ひっく」

「あ、本当に泣き止んだ……」

 

 妹に撫でられる姉、というこの構図。情けないことこの上ないが、今のレミリアにはそんなことを気にする余裕はないようだ。フランドールも、どこか複雑そうな表情である。

 

 それでも姉は、強くフランドールに抱きついて離そうとしない。

 

「全く、どっちが妹かわかったもんじゃないわね」

「待って下さいパチュリーさんまだ話は終わってませんよそもそも私はまだ大絶賛成長中の身であってさっきのような侮辱は許さ──」

 

 ……だが、少しすると、レミリアは何やら小声で喋り出した。

 

「ひぐっ、わ、私なんて、姉失格よ……」

「た、確かに、コレはあんまりお姉様らしくないよ?」

「ひぐぅ。……それに、私、フランに嫌われてるし……」

「ええっ!? どうしてそうなるの!?」

 

 突然の大声にびくっ、と震えるレミリア。神経が過敏になり過ぎである。

 まあこんな状況で声を荒らげたフランドールもフランドールだが、本人からすれば身に覚えがないのだから仕方がない。

 

 レミリアは恐る恐る、といった表情でフランドールの顔を見た。

 

「だ、だ、だって、さっきフラン、『お姉様()()()に負けるな』って言ってたし……ぐすっ」

「あ……い、いやあれはっ、詩音を応援してただけだよ!? そういう意味で言った訳じゃ……」

 

 ……そういえば、レミリアは弾幕ごっこの最中もその事を気にしていた。いくら詩音のスペルの影響を受けているからといって、号泣する程のことなのだろうか……。

 

 まあともかくそんなレミリアだったが、焦りながらも訂正するフランドールを見て、再び戦々恐々とした面持ちで口を開く。

 

「……じゃあ、フランは私のこと──

「だっ!!……だ、大好き、だよっ」

 

 フランドールは頬を赤く染めながらもはっきりと、大好きな姉に告げた。

 

 それを聞き、レミリアの瞳に益々涙が集ってゆく。

 

「ううっ、ふ、フラああぁぁぁぁぁああああ!!」

「──ふふっ、お姉様ったら泣きすぎだよ」

 

 もう涙が枯れてもおかしくないが程だが、それでもレミリアは感情は表出させ続ける。後悔、贖罪、安堵、様々な想いがごっちゃ混ぜになり、引っ込みがつかなくなっているのだろう。

 そんな姉を、妹は優しい笑顔でいつまでも、いつまでも撫で続けていた。

 

 その瞳が少しだけ潤んで見えたのは──きっと、気のせいではないだろう。

 

 

 

 

 

 EXtra story

        -永遠に幼い二つの月-

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「……どうですか、お望み通りの写真は撮れましたか?」

 

「ええ、最高よ。ありがとう小悪魔、協力してくれて」

 

「お二人に気づかれないような位置にナイフを突き立てながら『良い撮れ高をヨロシクね』って言うのは、協力と言うよりも脅迫なのでは……?」

 

「まあ咲夜さんがナイフで刺すのはいつものことですから、仕方ありませんね」

 

「貴方は昼寝してるからじゃない」

「自業自得ですよね」

 

「ここにも味方はいなかった──!?」

 




おめーに味方いねーから!
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