東方幻操卿   作:さんにい

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急に何か始まりますが、小説を間違えた訳ではないのでご安心を。


今野未来の日常

「じゃ、お母さん行ってきまーす!」

 

 勢いよくドアを開けると、だいぶ暖かくなってきた風がぴゅるりと吹いた。

 いやー、すっかり春だなぁ。先週は、今年五回目くらいの“数年に一度の大寒波”が来てたらしいけど、今日は打って変わって気持ちいい快晴。まさしく絶好の修了式日和だね!

 

 ……と、そんなこと考えていたらいつの間にか隣の家の前に着いていた。まあ十メートルくらいしかないんだけどね。

 そこには、箒で道を掃除してる、見た目四十代くらいのおばさんがいる。ま、実年齢はもうちょい上なんだけど。

 私も大人になったら、おばさんみたいなステキな女性になりたいなぁ……なんて。

 

「おはよう、歌音(かのん)おばさん!」

「あらおはよう、未来ちゃん。今日も朝から元気がいいわねー」

 

 そう、私の名前は今野未来! 元気が取り柄の、ピッカピカの中学二年生! まあ今日は修了式だからあと半日くらいで終わりなんだけどネ!

 

 そんな私にあいさつを返してくれたこちらのステキマダムは、うちの隣で六重荘(セクステット)って名前の施設を営んでいる歌音おばさん。今更だけど、ネーミングセンスが良いのか悪いのかわかんない名前だよね六重荘って。

 

 ……あれ? そういえば、いつもはこの時間にいるんだけど……。

 とか思いながらキョロキョロしていると、たぶん私の意図に気づいたおばさんが声をかけてくれた。

 

「ああ、あの子ならもう少ししたら下りてくる筈だから、ちょっと待っててね」

「いつもなら私の方が遅いのに、何かあったんですか──」

 

 その時、おばさんの奥にある扉からガチャリと音が聞こえた。同時に、かなり賑やかな声も響いてくる。

 

「なーなー、もうちょいいいじゃん!」

「ダメですよ、また遅刻したいんですか?」

「ちぇ、いっつも自分ばっかりゲーム占領してるんだから、朝くらいはいーじゃん! ケチー! いけずー!」

「こら優弦(ゆうと)っ、お姉ちゃんにそんなこと言わないの!」

「まーまー、美琴(みこと)も落ち着いて下さいよ」

「いってらっしゃーい!」

「しゃーいっ!!」

「見送りありがとうございます、(ひびき)(かなで)

 

 そっちに目をやると、三人が仲良く並びながら向かってきてた。左側で文句タラタラな男の子と、一人挟んで右側でそれを注意する女の子。二人ともランドセルを背負って、朝から元気なことだ。

 その後ろで更に元気な声を出してるのは、まだランドセルも大きすぎるくらいな歳の男女。あの二人、あんまし似てないんだけど双子なんだって。ええと、ニランセーソーセージ、だっけ?

 ……なんかお腹空いてきた。朝ごはん食べたばっかりなんだけどなぁ。

 

 ──とか何とか考えてると、小学生二人に挟まれていた、彼女がこっちに気づいて駆け寄ってきた。

 

「おはようございます、遅くなって済みません──

「ちょっと待った! 私とは、敬語を使わないって約束はどうしたの?」

「……あ」

 

 私の指摘を受けた彼女は、頭に手をやりバツの悪そうな顔をする。

 

 全く……。まあ、みんなに対して丁寧だ、って考えれば良い面もあるんだろうけど。でも私は、もうちょいフランクに接して欲しいっていうか。だって十年以上の仲だし。

 

「えへへ、つい癖で……じゃあ、改めて。おはよう、未来」

「はい、よろしい」

「何よそれー、未来は私の採点者なの?」

「冗談、冗談」

 

 にしし、と笑うと、彼女も合わせて目を細めてきた。

 その小さな隙間から瞳が見え隠れしているんだけど……やっぱり、彼女の目は綺麗だよなぁ。

 

「おはよう、朝から元気だね──

 ──詩音!」

 

 特に、左の翡翠色なところとか、ね。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 その後、小学校に向かう優弦くん、美琴ちゃんとは別れて、いつものようにお喋りしながら私たちは中学校に辿り着いていた。

 

 クラスに入ると、みんなのテンションは最高潮だった。何せ明日から、待ちに待った春休みが始まるのだ。この春休み、夏みたいに暑すぎず、冬みたいに寒すぎず、更には課題もほとんどないときた。これはエンジョイするほかないよねっ!

 ……ん? 学年が変わったら受験生だろって? アーアーキコエナーイ

 

 とまあそんな訳で、今、私は絶賛修了式の真っ最中だ。テンプレ通りに長い校長先生の話をどうにか耐え抜き、ちょうど表彰が始まったところ。

 と言っても、うちの学校はそこまで部活が強くないから、本当ならあまり表彰することもない筈なんだけど……。

 

「賞状、○○県大会器械体操女子の部、跳馬部門優勝、平均台部門準優勝、平行棒部門第四位、床部門優勝、総合優勝。更には、この結果により出場した全日本中学校総合体育大会器械体操部門において、総合成績第三位、以下略。貴方は、当初の成績を収めたことをここに賞します」

 

 あまりの賞の多さに、全校生徒が集まる体育館がざわめく。話の長い校長先生でさえも、思わず『以下略』と言ってしまう始末。まあ気持ちもわかるけど。

 そんな事態を引き起こしたのは、一体誰なのかと言うと──

 

「おめでとうございます、古卿詩音さん。貴方の輝かしい活躍、学校長として誇らしく思いますよ」

「いえいえこちらこそ、いつも応援して下さってありがとうございます」

 

 ──体育館の舞台上で何やら談笑している我が親友、詩音だったりする。

 

 

 

 古卿詩音。私の親友で、六重荘に住んでる一人。出会ったのもちっちゃかった頃だし、家が隣ってこともあって仲良くなるのに時間はかからなかった覚えがある。

 そんな彼女、実は全国レベルの体操選手なのだ! この二年で取った賞は数知れず、最早うちの学校ではこの長い表彰もお決まりになっている。

 

 修了式が終わり、教室に戻ってからも私たちはその話をしていた。

 

「いやーさすが詩音だね!」

「いやいや、それほどのことでもないんだけどねー」

「またまた謙遜しちゃって!」

 

 体操のルールはよく知らないけど、全国三位がスゴいことくらいは私でもわかる。なのに詩音ったら、少しも驕ったりなんかしなくて。

 ……むしろ詩音は昔から、自分が持ち上げられることを極端に嫌ってる気がするんだよねー。なんでだろ……。

 

「ねぇ詩音ー」

「…………」

「……あれ、詩音?」

 

 ……? どうしたんだろう、声をかけているのに反応がない。詩音は顎に手をあて、ジーっと机を見つめていた。

 

「おーい、しおーん」

「……ハッ。あ、ごめん」

 

 私の声に気づいた詩音は、ようやくこっちの方を向いた。なんか結構深刻そうな顔をしてたんだけど、お腹でも痛いのかなぁ。

 近くで喋っていた友達も、ただならぬ気配がしたのか私たちを見つめている。

 

「話してる途中なのにどうしたの?」

「ごめんごめん、ヘルシェイク矢野のこと考えてた」

 

 ──はっ? へ、へるしぇいく……?

 

 周囲の友達の顔を見ても、誰も知らないのか首をふるばかりだ。

 

「……何それ?」

「なっ! ま、まさかお主、あの伝説のヘルシェイク矢野を知らないと申すのか!?」

「え、いきなりどうしたのその口調」

 

 ……あー、はい、そういうことね。どうやら今日も、彼女のスイッチが入ってしまったらしい。

 詩音はバッと椅子から立ち上がると、音に驚いて注目するクラスメイトの視線も気にせず語り始める。

 

「説明しよう──ッ! それは、ギター界に舞い降りた新星にして、誰よりもアツい魂を宿す男──ッ!」

「えーと、詩音さーん?」

「ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ──」

 

 ダメだ、後半は全然頭に入ってこなかった。

 

 ……えー、そういえばまだ言ってなかったか。

 私の親友は、中二病です。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「オラオラオラオラっ! これでどうだ、それっ──」

「フッ、まだまだ甘いですね」

「ああっ! ブッ飛ばされた! ちょ詩音、今のどうやったんだよ!?」

「トップシークレットです」

「あっ美琴ちゃん、それ私が取ろうと思ってたやつ!」

「ええっ!? い、いやでもこういうのって早い者勝ちじゃん!」

「くっ、こうなったら最後の切り札を美琴ちゃんに──ってああ!? まとめて飛ばされた!?」

「わっ、私のキャラが!?」

「ふふ、漁夫の利」

 

 修了式が終わって、私は詩音の家にお邪魔していた。そこで今は、同じく小学校の修了式を終えて帰っていた優弦くん、美琴ちゃんとゲームをやっている。あれだ、みんなでやると盛り上がる、大乱闘なんとかブラザーズだ。

 

 ──にしても詩音、強すぎだよ!?

 

「イエーイ、また私が一位ー!」

「くそっ……詩音、これで何連勝だ?」

「確か八じゃなかったっけ? 優弦くんも、結構いいセンいってるのにねー」

「私たちじゃ、どうがんばっても詩音お姉ちゃんには勝てないもんね……」

 

 意気消沈する私たちをよそに、詩音はむかつくくらいのドヤ顔を決めてくる。殴りたい、この笑顔。

 

 ……そういえば、さっき詩音が中二病だって言ったけど、それだとたぶん、少し語弊があるんだよね。

 詩音はただ、ゲームとかマンガとかアニメとかが凄く好きなだけだ。実際、ここにも据え置き型もポータブルなやつも、たくさんのゲームが置いてある。詩音がなんとかブラザーズが強いのも、それだけやり込んでるってことだし。

 加えて、彼女の部屋には百では下らない数のマンガがある。その影響で、学校とかで男子にも女子にも、よくマンガを貸してる姿を見かける。

 そんな風に、いわゆる二次元系のものが物凄く好きなだけなのだ。

 

 ……これだけだとただのオタクさんなんだけど、詩音がちょっと特殊なのはここからで。

 詩音は日常生活の中でよく、ゲーム内の話を熱く語り出したり、必殺技を唐突に叫んだりするんだよね。そういうのに憧れてるっていうか。

 あ、一番ヒドかったのはあれかな、中一の時の自己紹介。あんまし細かいところは覚えてないけど、確か『闇より誘われし混沌の使役者』とか言ってた気がする。

 

 ……そういうのを中二病って言うんじゃないか、だって? う、うーん、ええと──

 

「囚われの宿命を解放するために授けられた特異な花は、彼の禁じられた力を開眼させた! さあ、天帝に選ばれし最後の希望、赤い配管工よ、汝が宿す烈火、今こそ最大出力で放つ時ぞ──

「お姉ちゃん、宣言したいのはわかるけど一々ポーズ画面にしないで」

「……っ! さ、最後の切り札!

 炎符ッ、『螺旋焼却砲』!!!」

「ちょそれ違うマンガの技──ってああ、俺のキャラが押し出されていく……」

 

 ──ごめんよ詩音、未来ちゃんちょっとフォローしきれないや……。

 

 

 とか何とか考えてる内に、この試合も終わってたらしい。当然のように詩音が一位。ちなみに私はダントツで最下位だった。

 

「クソっ! どうしてキノコ王国縛りまでしてもらってるのに、詩音に勝てないんだよ!!」

「フッ……それはですね、優弦、あなたが────“坊や”だからさ」

「ああっ!? おい詩音、ちょっと勝ってるからって調子乗んなよ!!」

「おや、負けてるからってその発散方法がソレって、男としてどうなんですかねぇ? 優弦くんかっこわるぅーい」

「っ………!!」

 

 あー……また出た。変なスイッチが入って暴走する詩音と、元々気が短い優弦くんの喧嘩。ちょっとヒートアップするとすぐこれだもんなぁ。

 反射的に立ち上がる優弦くんに、余裕綽々したり顔で笑う詩音。端から見れば一触即発だけど、こんなもん私たちの中じゃ日常茶飯事なんだよね。

 

 んで、ここまでくれば──

 

「おやおや? 笑顔が見えないですねぇ、余裕のない男はモテませんよ?」

「……おい詩音、ちょっと表──

 バンッ!!!

 

 大きすぎる音に、思わず言い争いをしてた二人はビクッとなった。

 そして何かを察したのか、恐る恐るその発生源を見ると──

 

 ……そこには、笑顔の鬼がいた。

 

「……優弦」

「は、はいッ!!」

「今、隣の部屋では?」

「おばさんがチビ二人と昼寝してます!」

「そんな中で大きな音を立てたらどうなるか、もうすぐ中三な詩音お姉ちゃんにならわかるよね?」

「そ、そうですね。うん、騒ぎ立てるのいくない」

 

 いや、一番大きな音を出したのは美琴ちゃんじゃないかな……?

 なんて言ったら、こっちにまで飛び火が来そうだから黙っておく。今の、笑顔の下に般若面を張り付けた状態の美琴ちゃんの前では、余計なことは言わない方が良い。まさしく触らぬ神に祟りなし。この場合、神ってよりは鬼の方が近いけど。

 

「何か言うことは?」

「「すみませんでした」」

 

 気迫に負けたのか、えらく素直に謝る二人。この光景も日常茶飯事、っていうかここまでが毎回セットだったりする。毎度毎度、懲りないなぁ──

 

 ──……? あれ、見間違いかな……。

 

「そうじゃなくってさぁ。私が謝られてもどうしようもないじゃん?」

「む、むぅ。それはそうですけど──

「ねねね、詩音詩音」

「……ん? どうしたの?」

「今一瞬、詩音の目がピカッと光らなかった?」

「「……?」」

 

 そう言うと、優弦くんと美琴ちゃんの二人には何言ってんだこいつ、って顔をされた。まあそりゃそうだよねー。自分でもよくわかってないもん。

 でも、確かに一瞬だけ、詩音の翡翠の目が光った……気がするんだよねぇ。

 

「……でもやっぱ、見間違いだよねぇ。そんなことあり得ないし。ね、詩音?」

「……………………」

「……詩音?」

 

 あれ。同じく何言ってんの、とか言われると思っていたんだけど、詩音は顎に手をあて、ボーッとしている。焦点がどこにも合わさってないから、何か考え事をしてるっぽい。

 ……もしかして、またへるなんちゃらさんのことを考えてる?

 

「──ねぇ未来、それって左目?」

「ふぇっ!? あ、うん、そうだよ」

 

 とか思ってたら、唐突に詩音が顔を上げて尋ねてきた。

 ええと、翡翠なのは私から見て右側だから、左目……で合ってるか。ビックリして反射的に答えちゃった。

 

 そしてまた、詩音は考え事を始める。うーん、確かに目が光るなんてファンタジックで奇々怪々な出来事だけど、そんな考え込むことなのかなぁ。私の見間違いかもしれないし。

 

「ブツブツ……魔理沙さんと同じ……幻想郷でなくても……じゃあ、一体どういう条件で……ブツブツ」

 

 ……なんか、いつにも増して独り言が激しい。ってか、何か聞き覚えのない単語が聞こえてきたんですけど。おーい、詩音?

 

 すると、今まで不可思議そうに詩音を見つめていた優弦くんが口を開いた。

 

「……なぁ、詩音? もうス○ブラやらないの?」

「……っ。いやいや、まだ饗宴はこれからですよ」

 

 あ、普通に反応した。ってか優弦くん、まだゲーム続けるつもりなんだ。

 そのまま詩音も、優弦くんに続いて何事もなかったかのようにゲーム機を手に持って──

 

「って待て待て待て待てィ! ちょい詩音、今の独り言は何よ!?」

「残像だ」

「……?」

「さ、気にせずたったか続きを始めよう!」

 

 そう言って詩音は、キャラクター選択に戻る。気づけば、優弦くんだけでなく美琴ちゃんも選び始めていた。

 

「あれ、未来ちゃんはもうやらないの?」

「おーい、早くしないと始めるぞー」

 

 ……あれー?? なんか、私だけトロい奴みたいな感じになってるぞ。

 優弦くんも美琴ちゃんも、今の詩音の行動にに疑問を持ってないみたい。いやまあ確かに、詩音は他人より独り言は多めだけどさ。

 

 ──むぅ、そう考えるといつも通りかもしれない。それに詩音は、中にっ…………ゲーム大好きだし。まあそれを理由に挙げるのはどうかと思うけど。

 

「いや、やるやるー。美琴ちゃん、今度こそ私が勝つからねー!」

 

 ……まあいっか。難しい考え事は止め止め、ゲームを続けよーっと。

 そんな訳で、私はまたみんなの輪の中に戻っていくのでした。ちゃんちゃん。

 

 

 ……あれ? 何か忘れているような……。

 

 

 




という訳で、詩音の外の世界での日常でした。
この外界編は、各章に一話ずつ入る予定です。
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