東方幻操卿   作:さんにい

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Stage2 森を染める星と虹

 

 普段ならば溢れ返る瘴気も、この日だけは凍りついていた。

 

 魔法の森。少々の物好きな人間、妖怪、半人半妖が住む以外は、意味不明な植生が蔓延っている場所。最も幻想郷らしい場所の一つとも言えるかもしれない。

 そんな際物的な空間にも、当然四季は存在する。冬には雪が積もるし、春には桜──は香霖堂付近始め数ヶ所にしか植わってないか。夏は──ほぼほぼ日陰だからそこまで暑くならない。秋は落葉──するような木はないな、一年中葉をつけているものばかりだ。

 ……あれ、思っていた程四季は存在しない……?

 

 ……ま、まあともかく、雪が降れば一面銀世界へと早変わりする訳だ。

 特に今年は、春が奪われた影響で吹雪の期間が長く、雪かきをしなければ家屋が危ないくらいには白が占領を続けていた。

 

 ──そんな森のすぐ上を、箒に跨がる影が一つ。

 

「何度見てもすごい銀世界だよなぁ。この分じゃ、キノコ達は全滅してるんじゃないか?」

 

 普通の魔法使い、霧雨魔理沙は、荒れ狂う吹雪にも逆らい逆らい、自らが見つけた手掛かり()を頼りに飛んでいた。

 その目的は勿論、異変を解決すること。本来であれば、異変解決は博麗の巫女の仕事であり、彼女が手を出す必要はないのだが……いつからであろう、彼女は親友の巫女と並んで『異変解決人』と呼ばれていた。

 

 人里においても、彼女たちの評判は上々である。

「異変解決人は、妖怪よりも強いらしい」「弾幕ごっこにおいて、彼女たちに敵う者はいない」「年端もいかない少女が、異変首謀者の元へと乗り込んだ」

 頼もしい、心強いと、そう彼女たちは噂される。

 そしてその噂は、いつもこう結ばれるのだ──

 

「──今回の異変も、無事博麗の巫女が解決したそうだ」

 

 

「──ッ!!」

 

 何かを思い出したのか、魔理沙はぐっ、と手を握りしめる。

 中にあった“春”が、くしゃりと潰れた。

 

「──あら、魔理沙。こんな吹雪の中、何やってるのよ」

「!?」

 

 不意に、後ろから声をかけられる。周りへの注意力が低下していたのだろう、魔理沙はその者の接近に気がついていなかったようだ。

 驚いた彼女は、慌てて振り返る。するとそこにいたのは──

 

「──って、何だアリスか」

「何だとは何よ、失礼な奴ね」

 

 ──最も親しい友人の一人、アリス・マーガトロイドだった。その脇には彼女のお気に入り、上海と蓬莱の両人形も控えている。

 そういえばこの辺りはアリスの家の近くだった、と魔理沙は思い出していた。

 

「シャンハーイ」

「ホーラーイ」

「──そういうお前こそどうしたんだよ」

 

 箒に跨ったまま、魔理沙はぶっきらぼうに尋ねる。

 先の紅霧異変の通り、アリスは進んで異変を解決に行こうとするほど溌溂とした少女ではない。むしろ、全く興味を示さず家に籠っているような人物である。

 それ故、なんでこんな異変の真っ只中に彼女が現れたのか、魔理沙は見当がつかなかったようだ。

 

 と、そこまで言うと、アリスは手に持っていた手提げを魔理沙の方へと突き出した。

 

「買い物よ、買い物。丁度茶葉を切らしちゃってね、三、四日待ったけど止む気配がさらっさらないから、仕方なく繰り出したって訳」

「ショゲナイデヨベイベー」

「……ふぅん、そうか。じゃ」

 

 自ら聞いた割には興味なさげな相槌を打ち、魔理沙は身を翻す。

 その姿はいつもの、我が道を行く彼女そのもの──の、ように見えた。

 

「待ちなさい」

 

 だがその道は、アリスの声により阻まれる。

 出鼻を挫かれ、怪訝そうな面持ちをしながらも魔理沙は振り返った。

 

「…………何だ」

「貴女、今から異変解決に向かうの?」

「当たり前だろ? それが私の、異変解決人の義務だからな」

 

 今更何を、と肩を竦めながら魔理沙はアリスの問いに答える。確かに、今まで魔理沙は何かが起こる度、競うようにして解決へと向かっている。そして、彼女がそれに見合う実力を兼ね備えているのは、恐らくアリスが一番よく知っているだろう。今更と言えば今更だ。

 

 ……しかし、次にアリスの口から放たれた言葉に、大きく目を見開くこととなった。

 

「そう。なら──そんな悩みを抱えたまんまじゃ、解決出来るものも出来ないわよ」

 

 何かが、凍りついた。

 吹雪がびょおびょおと鳴る音が、嫌というほど鼓膜を響かせる。

 

「…………なっ、何の、話だ」

「あら、もしかして気づいてない? 焦燥か、嫌悪か、劣等感か。何かはわからないけど、それが貴女の心を悩ませ、駆り立てているのは紛れもない事実よ」

「……どうして、そう思う」

「伊達にアンタとの付き合いは長くないわよ。それくらい、目を見ればわかるわ」

 

 若干呆れたような口調とは裏腹に、魔理沙を見つめるアリスの目つきは鋭い。その眼光は逃避を許さず、心の最底辺まで見透かされているかの如く魔理沙には感じられた。目の前にいるのは自分のよく知る、ただの魔法使いだというのに、まるで覚妖怪と面しているかのような──

 

 相変わらず、吹雪が喧しい。加えてどくん、どくん、という音にまで、魔理沙の思考は邪魔される。

 

「さ、わかったらキリキリ話しなさい。セラピストを自称する訳じゃないけど、話せば楽になるってこともあるでしょうし」

「…………」

 

 アリスがそう詰め寄るも、魔理沙は何の反応も見せない。目を逸らし、口は堅く結んだままで、彼女はただ吹雪に吹かれていた。

 

 もう五月であるというのに、アリスの吐いた息は白く変化して大気に逃散してゆく。しかしそんなことが全く気にならないほど、空一面には雲が押し並び、辺り一面には雪が降りしきっている。それは、まだ何にも染まっていない真っさらな状態──などではなく、画布の上に無理やり真白を塗りつくしたかのような色彩だった。

 前回の、幻想郷を紅で染めつくす異変も大概ではあったが、このような白で覆われている光景も異様である、と言えよう。

 

 アリスは再び、今度は大きく息を吐く。そして(かじか)む手を擦りながら、懐からあるものを取り出した。

 

「……ああ、もうこんなまどろっこしいことは止め止め。そうね、最近ずっと家に籠ってたから、気晴らしにはちょうど良いわね」

 

 それは、人形。『七色の人形遣い』アリス・マーガトロイドの代名詞とも言えるもの。

 彼女は、それを。大きく振りかぶって──

 

 ──投げた。

 

 

 

 

 魔符『アーティフルサクリファイス』

 

 

 

 

「!? ばっ、お前……!!」

 

 スペルが宣言された途端、魔理沙が突如顔色を変えた。それまで陰鬱とした表情だったのが、急に焦った様子になり。慌てて体を捻じらせ、その場からの離脱を図る。

 魔理沙がどうにか距離を取ったのと、アリスの投げた人形が今さっきまで魔理沙のいた場所へと到達したのは同時だった。

 そしてそれは──大きな音と風を巻き起こし、爆発した。

 

「チッ。相変わらずスピードは速いんだから」

「ちょっ、いきなり何するんだよ!?」

「何って、弾幕ごっこよ弾幕ごっこ。そんな辛気臭い顔してないで、アンタもさっさとスペルカード使いなさい。『弾幕はパワー』とか言ってるのが、一番()()()んだから。ほら、わかった?」

 

 そう言っている間にも、アリスは次々と弾幕を放っていた。彼女自身からは赤い弾幕を、二体の人形からは青い米粒状の弾幕を。不意打ちで始めたにもかかわらず、それらは油断なく空を覆い尽くしていた。

 そんな状況に、魔理沙は……驚きよりも、別の感情が優先して表出したようだ。

 

「ああ、わかったぜ……お前が、私を怒らせたいってことがなぁぁ!!」

 

 言うが早いか、魔理沙は全速力で飛び出した。城壁の如く連なる弾々なんぞものともせず、一瞬だけ形作られた隙間を潜り抜ける。

 瞬く間にしてアリスの目前まで迫ると、お返しとばかりに懐からあるものを取り出した。

 

「はっ! ご自慢のブレインも、ここまで来れば意味ないからな!」

「っ! まずい……!」

 

 慌てたように呟くアリス。その視界には、光が収縮してゆく魔理沙自慢の魔法道具、ミニ八卦炉が見えていて──

 

 

 

 

 恋符『マスタースパーク』

 

 

 咒詛『蓬莱人形』

 

 

 

 

 刹那、響くは爆発音。そして、再び巻き上がる爆風。

 

 アリスの放った弾幕はその衝撃で崩壊し、白でべた塗りされたような空に赤と青の塵がばら蒔かれていた。風に吹かれ、煌びやかに舞い踊るそれらは、幻想的な光景を生み出す。

 

 だがそんな状況でも、煙の中には無事な影か二つ──

 

 

 

 

「けほっ、けほっ……ちょ、アンタバカじゃないの!? あんな至近距離からマスパ撃たれたら消し飛ぶわ!!」

 

「へへっ、弾幕はパワーだからな。

 ……にしても、お前もお前だろ。消し飛ぶまではいかなくても、それなりにダメージは通るかなーと思ってたんだが……」

 

「辺りの弾幕全部と最大威力のスペルを犠牲にしたけどね。

 ま、弾幕はブレインってことよ」

 

「まだそんなこと言ってるのかよ」

 

「お互い様よ。

 ……あーそれにしても、急激にブレインをフル回転させたから糖分が足りないわー」

 

「こんだけ寒い日が続いてるし、さぞ蜜柑も甘くなってるだろうぜ。さっさと家に帰って、炬燵で丸くなってたらどうだ?」

 

「ウチに炬燵なんてないわ。そんな前近代的なものじゃなくて、今の時代は暖炉よ暖炉」

 

「まあ私には、このミニ八卦炉があるから十分だけどな」

 

「……貴女の技術には興味ないけど、その八卦炉は便利そうよね。

 私も作ろうかしら、ミニ八卦人形」

 

「間違いなく大炎上だぜ。

 マッチ一本火事の元、人形一体大火事の元──ってか?」

 

「まあ、その辺は要検討ね。

 あと──」

 

 

 

 

 ふと、アリスは真っ直ぐ前を向いた。

 

「さりげなく私を家に帰そうったって、そうはいかないわよ。さあ──私の絡繰る弾幕で、魔力も悩みもすべて果たしてしまいなさい!」

 

 ──その言葉を合図にして、どこからともなく人形が集い出す。その数、計十二体。しかもその全てが、槍や杖などの攻撃手段を持っていた。

 

 その光景に、魔理沙も目の色を変える。

 

「……本気か」

「もちろん。上海、蓬莱、陣形展開! 強情魔理沙を叩きのめしてやりなさい!」

「ホーラーイ!」

「シャンハーイ! ゼングントツゲキー!」

 

 

 

 

 戦操『ドールズウォー』

 

 

 

 

 号令と同時に、人形たちは魔理沙への侵攻を開始した。上海を始めとした、槍を持った人形たちは直線的な弾幕で狙い撃ちを図る。そして蓬莱を始めとした、杖を持った人形たちは拡散する弾幕で移動阻害を狙う。

 一糸乱れぬその連携は、正に訓練された軍隊の如し。付け入る隙のなさに、魔理沙から意識せずとも舌打ちが飛び出す。

 

「チッ。一体一体の弾幕は大したことないが、十二体も集まるとなかなかどうして……。マスパを撃とうにも、アリス自身はフリーだから楽々躱されるだろうしな、っと!」

 

 ぼやきながらも、死角から登場した自機狙いの弾を掠めつつ避ける。その反射速度、判断力は人間にしては破格だ。

 しかし、それ以上に恐ろしいのはアリスの演算力である。十二体もの人形を一度に操り、さらにはその全てに、狙ったところへと弾幕を放たせているのだ。その所業、最早人間業ではあるまい。いやまあアリスは人間ではないのだが。

 

 ……ともかく、このままでは埒が明かない。魔理沙は空中に魔方陣を描くと、針状の弾幕と光線を射出し始めた。

 その顔には──誰が見ても、焦りの表情が視認できただろう。

 

「っそ! 私は、私が異変を解決しなきゃならんのに……!!」

 

 半ば喚きつつも、魔理沙は弾幕を放つ。流石にスペルカードと比べれば威力は足りないが、それでも数発命中すれば人形一体を撃破するには事足りるだろう。そうやって、まずは一角を崩すことを彼女は狙ったのだが──

 

 その目論見は、いとも容易く蹴散らされることとなる。

 

「陣形変更! 迎撃の構え!!」

「ホーライ!」

「ウツトウゴクゼー」

 

 アリスの声が戦場に響くと同時に、状況は動いた。

 それまで広がって弾幕を放っていた人形たちだったが、その声を合図に一転、アリスの正面に集い始めたのだ。更に人形たちはそのまま、全力で正面に向かい弾幕を射出してゆく。槍からは針状の弾が、杖からは丸い魔力弾が。十二体の人形が放つ色とりどりの弾幕はやがて合流し、極太の虹となって魔理沙へと襲い掛かる──

 

「マジか──ッ!?」

 

 先ほど魔理沙自身が言及していたが、人形一体一体の威力は大したことなくともそれが集まれば侮れない脅威になる。ましてや、今まで拡散させていたものを正面に集中させるとなると……。

 

 それは、スペルカードでもない弾幕を掻き消し、そのまま魔理沙を撃ち抜くには十分であった。

 

「────!!」

 

 黄色い弾による一撃を頭に貰い、魔理沙の意識が遠のく。

 それが地上であったならば、彼女はそのまま地に伏して終わりだったであろう。が──ここは、吹雪の降りしきる空の上。体勢を崩した魔理沙は、箒から墜ち自由落下を始めてしまった。

 

「! まっ、魔理沙!!」

 

 落ちる、落ちる、魔理沙は落ちる。皐月の寒気を掻き分けて、漂う“春”を巻き込んで。目下に広がるは一面の銀世界と、その下に隠れる瘴気の森。このまま地面と抱擁を交わせばどうなるかは、ニュートンの昔から知っている。

 それでも魔理沙は、落ち、墜ち、堕ちて────

 

 

 

 

 彗星『ブレイジングスター』

 

 

 

 

 ──突如地面へと向けて放出された青白い閃光は、物理法則という現実を打ち破った。過去の偉人が発見したそれは、外界では確かで強固な常識となっているが……非常識が覆いつくすここ幻想郷ではそんなもの、幻想のように脆く儚いのである。

 星を纏い、直下の森を不毛の地へと変遷させつつ魔理沙は浮上を続ける。間もなく元いた地点への帰還を達成し、箒との迎合を果たしたのだった。

 

「──っぶねぇ。今のは流石の私でもヒヤッとしたぜ」

「……ったく、相変わらずしぶといんだから……」

 

 先ほど撃ち抜かれた傷を痛そうに撫でながら、魔理沙は体勢を立て直す。

 その光景をじっと見つめるアリスの顔は──呆れたような言葉とは反対に、酷く安心したようなもので。

 魔理沙は、怪訝な面持ちにならざるを得なかった。

 

 ……そもそも魔理沙は、こうしてアリスが妨害してくる理由もわかっていないのだ。売り言葉に買い言葉で弾幕ごっこを始めたまでは良かったが、冷静になってみればその意図が全く読めない。魔理沙が無事で安心している様子を見るに、本気で彼女を叩きのめしたい訳でもなかろうし……。

 何だ、私の悩みがどうかしたのかよ、というのが魔理沙の心情だった。

 

「……おいアリス」

「あら? とうとう喋る気になったかしら」

「…………どうして、私を邪魔するんだ? 私は一刻も早く異変を解決せにゃならんし、それはただ私のためってだけじゃなくて、幻想郷のためでもあるんだぜ。それくらい、お前もわかってるだろ」

 

 諭すような口調で、魔理沙は詰め寄る。一見するとそこには、先ほどまでの焦りは見られない。

 

 だが、それを聞いたアリスの表情は凍り付いていて──その目は、哀しげだった。

 

「……貴女が」

「……?」

「貴女が、そんなことを言うからよ……!」

 

 ゆっくりと、しかし明確な意思を込めて、アリスは言葉を著す。

 が、それもすぐに限界を迎えたようで──弾幕ごっこの最中にずっと塞き止められていた思いは、一度流れ出すと留まるところを知らなかった。

 

「どうしたのよ、いつもの貴女は!? いつもの貴女だったら、幻想郷を言い訳になんて使わないでしょう!? ただ己の矜持とパワーだけを信じてガムシャラに突き進む、それが霧雨魔理沙じゃなかったの!?」

「っ、おいアリス──

「どうして、そこまで焦っているのよ!? どうして、そこまで追い詰められているのよ!! どうして、そんなにも苦しそうな目をしているのよ……!!

 ……どうして、私には何も言ってくれないのよ…………!!」

 

 それは、言葉の濁流。抑えきれない思いが言霊と混濁し、大きなうねりを上げて辺りを埋め尽くしてゆく。

 迫りゆく大声からも、尻すぼみになったか弱い声からも……今にも泣きだしそうな、その顔からも。アリスがどれほど魔理沙を心配しているのかが、痛いくらいに伝わってきた。

 

 それ程までに心配をかけていたなんて、魔理沙は予想だにしていなかったのだろう。いつになく昂るアリスを、ただ茫然と見つめることしかできない。

 

「……お願い魔理沙、そんなにも苦しそうな貴女は見たくないのよ……! 何に苦しんでるのかはわからないけれど、そこまで焦ってるってことは異変に関係あるんでしょう? だからもう、今日は異変解決を止めて、私にその悩みを、打ち明けてくれないかしら……?」

「──っ、あっ、アリス……」

 

 縋るような瞳で見つめるアリス。それに、魔理沙の心は激しく揺さぶられていた。彼女の中の良心が、ここでアリスに打ち明けるべきなのではないか、これ以上アリスを心配させる訳にはいかないのではないかと、そう囁く。

 しかし同時に、彼女の中の別のどこかが、それを激しく妨害していた。だって彼女は、“普通の魔法使い”は、親友と並び称される“異変解決人”の少女は──

 

 

 

「……それに、どうせ異変は霊夢が解決してくれるんだし──

 

 

 

 

 魔符『スターダストレヴァリエ』

 

 

 

 

 彩り豊かなそれは、突如現れた。

 魔理沙を中心にして、いくつかの魔方陣が展開される。そしてそこから赤、青、黄、色とりどりの弾幕が放たれ始めたのだ。それらは容赦なくアリスの動きを封じ、目にも鮮やかな窮地を彼女へと叩き付ける。

 

「!? じ、陣形変更! 堅守の陣!!」

「ホ,ホーライ!」

「イノチヲダイジニー」

 

 突然すぎるスペル宣言に、アリスは目を白黒させる。がそれも束の間、アリスは冷静に対処をしていた。

 迫りくる弾幕の波動を受け、一点に集中していた人形たちは散開を開始する。そして八方への配置を完了した後、全方向へと弾幕を放ち出した。

 

 白い空の上で、八百万の星と虹が入り乱れる。互いに激しくぶつかり合い、打ち消しながらそれでも……融和する、ことだけはなく。

 ただ、強すぎる思いが溢れたその弾幕は、間違いなく誰もが目を奪われるものであり。一面の銀世界を、極上の色彩で染め上げていた。

 

「っそ……貫け……当たれ……終われ……終われ……終われ……!」

「っ魔理沙! いい加減白状しなさい! 今みたいな、貴女でない貴女は見たくないのよ!!」

「五月蝿い……黙れ……!」

 

 焦る魔理沙、叫ぶアリス。

 

「何をそんなに意地を張ってるのよ!? 異変に向かっても、貴女が苦しむだけじゃないの!?」

「五月蝿い……!」

「それとも──」

 

 しかし、全力で弾幕を放っているはずの魔理沙の顔は、必死に何かを堪えているようで。

 

「……そんなにも、私は──迷惑、なの…………?」

「ッ! 五月蝿い、黙れ黙れ黙れ!! 私は、私は──」

 

 小さく呟かれたアリスの言葉は、そんな魔理沙が極点に達するには十分だった。

 魔理沙の放つ弾幕が、指数関数的にその勢力を増す。

 

「私は、私は私は私が! 今日、ここでっ! 異変を解決しなきゃあ!

 ──一生、あいつらには追い付けないんだよ!!!」

 

 

 その時。

 目下の木々が、大きく音を立てて蠢いた。

 

「!?」

「!?」

 

 思わず二人も気を取られ、視線をそちらへと向ける。

 果たして、そこに現れたのは──

 

 

「春ですよーーー!」

 

 ──大いなる春が、二人の傍を掠め行く──

 

 

「──ッ! い、今だ!」

 

 そう言うと、魔理沙はスペルを打ち消し大きく跳躍をした。

 そして、本日三度目となるミニ八卦炉を取り出し──

 

「っ、あ……」

 

 

 

 

 星符『ドラゴンメテオ』

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 雪降る幻想の(さと)にて、視界に映るは二つの影。

 それが男女の逢瀬でもあれば、浪漫にあふれる光景なのだろうが……片方の顔には、心痛ましげな表情が。対照的に、もう一方の顔には安らかな表情が窺える。

 

 魔理沙は、気絶して倒れるアリスに自らの外套を羽織らせた。

 

「…………」

 

 本当は、アリスを家まで運んでやりたいのだろう。ゆっくりと外套から離されている手には、迷いが見える。

 しかしそれは、彼女を撃破してまで得た時間を浪費する行為だから。彼女との決闘を、棒に振ることと等しいから。

 だから、魔理沙は立ち止まらない。

 

 仕上げとばかりに、魔理沙は帽子の雪を払い、傍に置いた。

 

「ちょっと、顔でもで吹雪を感じてみてもいいかなって思ってさ。預かっといてくれ、それ。

 ……今度魔導書借りに行くから、ちゃんと紅茶を用意しとけよ?」

 

 そう言うと、魔理沙は春を求めて飛び立つ。

 

 その瞳には──最後まで、“春”は見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Stage2 森を染める星と虹 ~アリス・マーガトロイド~

 

 Stage Clear!

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公が主人公してるけど実は主人公じゃない不具合。
尚、モノホンの主人公は主人公(運命のディスティニー)な模様

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