東方幻操卿   作:さんにい

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Stage3 心を忘れた放浪者

 霧はいまだに晴れる気配を見せず、むしろ先ほどよりもより面妖な雰囲気を感じさせる。

 当然視界は狭く、更にはどこまで歩いても、木々の広がる光景しか目に入らない。この状況下で迷えば、たちまち幻界の深淵に引きずり込まれることを錯覚する。辺りはまさしく、五里霧中だった。

 こんな状況で迷わずにいられるのは、余程ここの地理に精通している者か、あるいは並外れて勘の鋭い者くらいであろう。

 

 そのどちらでもない人間の少女、詩音は、目を覚ましてからずっと、自分が惹かれるがままに歩みを進めていた。当てずっぽうとも言う。

 しかし、そんな彼女の周囲の状況は、ここに来て少しだけ変化の様相を見せていた。

 

「……なんか、さっきから少しひんやりしてますね。あれ? こっちでは、季節も違うのでしょうか?」

 

 無論、そんなことはない。

 実は幻想郷には、季節の趣を感じるのにえらく不向きな場所がいくつかある。その一つが、偶然にも詩音の進行方向上に存在し、とある馬鹿のせいで万年低温を誇る、霧の湖である。

 ──そして、この蔓延する妖霧は、その湖にある島にそびえ立つ、紅い洋館から発されていた。

 

 

 ……しかしまあ、詩音がそのようなことを把握している筈もない。

 自分がどこへ向かっているかもわからないまま、やはり詩音は、惹かれる方向へと一直線で歩みを進めていた。

 

「どうしましょう……上着なんて持ってないんですが……」

 

 ──その時。

 霧が、微かに揺らいだ。

 それは本当に僅かで、それこそ()()()()感じ取れない、それ程の揺らぎ。

 

 そして、詩音は。

 揺らぎに気づいたのか、それとも無意識になのか、その方向へと顔を向けた。

 

 

 

 

 本能『イドの解放』

 

 

 

 

 唐突にスペルが宣言される。

 すると、詩音が顔を向けた方向から片喰(カタバミ)の葉のような形の弾幕が大量に押し寄せた。

 深い幻想の空に漂うそれら薄桃色の弾幕は雄大に、しかし確実に、空間を埋め尽くしながらちっぽけな少女へと迫る。

 

「おおっ、なんか、かわいい……」

 

 そんな呑気な感想を上げながらも、詩音は着実に弾幕を避ける。刻一刻と移動する安全地帯を見極めて、そこへと走り、跳び、回り込む。

 それでも、完全に回避が出来るわけではない。詩音のすぐ耳元を弾幕が駆け抜け、黒い髪が少し散った。

 

 空が歪み、()が踊り、近くの妖精が逃げ出す。

 そんな光景が少し続くと、突如視界が晴れる。スペルが突破されたのだ。

 そしてそこには、二つの影があった。

 

 一つは、地に足を着けた、黒と翡翠の少女。間一髪の回避が重なったのか、腕や顔に少々傷が見える。しかし、その瞳にはまだ熱が残っていた。

 

 もう一つは、空を浮遊する、帽子の少女。髪は緑がかった色をしていて、身体中に紫の管が通っている。そして、その顔には薔薇のような笑顔が咲いていた。

 

 しかし詩音は、その少女のある一点にのみ釘付けになっていた。

 

「それは……目、ですか?」

 

 それは、身体中にまとわりつく紫の管の、終点にあるもの。

 彼女が人ならざる者だと証明する、三つ目の、閉じた瞳だった。

 

「~♪」

 

 そんな空とぶ少女は、鼻歌交じりに詩音を見つめている。

 だが、とても詩音に興味を持っているのは確かなのに、何故か話しかけてこない。それどころか、詩音と視線すら合わせない。

 まるで、道端に咲いていた花を無意識に観察しているような、そんな様子。

 

 

 人間にとって異変であるこの霧は、妖怪にとってもまた異変である。想像すればわかると思うが、自分の周りに他人の妖力が垂れ流されて、気分の良い輩はいない。

 そんな状況下にて、隠し事がある訳でもなしに何も語らないというのは、彼女が妖怪であるならばとても不審である。というのも、人の形を成す妖怪というのは基本、陽気で会話を好む者が多いからだ。

 それこそ、他人の心を覚るような種族でなければ。

 

 ……尤も、帽子の少女はれっきとしたその種族の一員なのだが。

 

 そんなことを知る筈もない詩音は、自ら少女へと語りかけた。

 

「あのー……そこの、妖怪さん?」

「……? もしかしてあなた、私のことが見えてる?」

 

 詩音は首肯する。

 

「ほんとにっ!? わー、あなたすごいすごーい!!」

 

 ……すると、その少女は突然降りてきたかと思うと、詩音の手を取りくるくると回り出した。

 

 妖怪が突然近づいてきて、しかも自分の手を握ってくる。この時点で、人里の人間ならば阿鼻叫喚どころではない。

 ところが、と言うべきか、はたまたやはりと言うべきか。外界の少女、詩音には、そのような幻想郷の常識は通じない。

 それどころか、

 

「ふふふー、そうですかー? ありがとうございますー」

 

 一緒になって回っていた。

 ……これだからこの少女は……。

 

 

 

 

「帽子少女さんも、さっきのハート型弾幕すごくステキでしたー」

 

「そおー? ありがとー!

 あれはねー、『イドの解放』っていうのー」

 

「イド……井戸?

 そういえば井戸って、落ちたらそれで終わりって聞いたことあるんですけど、どうなんですかね? 水があるから、なんとか助かりそうなもんですが」

 

「井戸は深いよー。

 でも旧地獄跡はもっと深いよー!」

 

「地獄ですか? 針千本の山?」

 

「そ! 私の家があるのー。

 この空みたいにキレイな、血の池もあるよー!」

 

「鮮血……スカーレット、ですかねぇ」

 

「へぇ~、スカーレットかぁ~。

 …………せーのっ!」

 

「「スカーレット!!!」」

 

 

 

 

 そうして、さんざん楽しそうに回った後。

 今度は、帽子の少女が今更な質問を詩音にぶつける。

 

「そういえば、あなただあれ? 人間?」

「──よくぞ聞いてくれましたっ!」

 

 突如、詩音は手を離し、仰々しい口振りで大袈裟な姿勢を何故かとった。

 何故か。

 その反応速度と態度の落差には、尋ねた少女自身も驚いていた。

 

「よろしい、ならば御答えしよう!

 吾こそは異界より召喚されし隻翠眼、古卿詩音! 我が瞳に宿りし精霊が現界する時、世に混沌とケイオスがもたらされ、全てが翡翠の光に染められるだろう……!!」

 

 帽子の少女はその様子に、呆気にとられていた。

 

 

 ……うん。いや、まあ。彼女については、元々謎が多かったのだ。異界へと迷い込んだにも関わらず動揺しなさすぎとか、妖怪の存在もすんなりと受け入れすぎとか。

 でも、これで合点がいった。この時期特有の病気ならば、仕方があるまい。

 

「一年間温めてきた自己紹介が、ようやく言えました……! 藍さんのときは、気づいたら終わってましたからね……!」

「──なんか、スゴい……!」

「そう言えば、あなたの名前は何とおっしゃるんですか?」

「私? 私はね~、」

 

 そして、妖怪の少女は再び浮かび上がる。

 伴い、どこまでも濃い妖霧がひっそりと揺らされる。

 

 その、瞼は閉じられていない、二つの瞳が光ったように見えたのは、先ほどの自己紹介に触発され新たな何かに目覚めたのか。

 

「──古明地、こいし!

 楽しい楽しい人間さん、もっと私と楽しく楽しく弾幕(あそ)ぼうね!」

 

 ……それとも、妖怪としての何かに目覚めたのか。

 帽子の少女、こいしは、そう愉しげに告げた。

 

 

 

 

 抑制『スーパーエゴ』

 

 

 

 

 そして遊戯の継続が宣言される。

 すると、幻想の空に今までにない揺らぎが起こったのを詩音は感じ取った。

 その出所を探ろうと、詩音は顔を半回転させる──

 

 その目前には、迫り来る淡青の弾幕があった。

 

「うおっ!!」

 

 詩音は身体を捻らせどうにか回避したが、その次にはまた弾幕、それを避けてもまた弾幕、その向こうにもまた弾幕が。

 そう、全ての弾幕が詩音の後ろから押し寄せていたのだ。

 先ほどのスペルによってこいしを起点に拡張した幻想は、今度はこいしへと向かい収縮する。

 膨張した薄桃の“イド”は、やがて淡青の“超自我”へと収束していく。

 

 詩音はそれでも躱し、躱し、躱す。

 深淵の幻想の空に、漂流する数多くの自我。彼女の動きはそれらを翻弄する。それは、ただの人々を惑わす、幻想の少女のようで。

 しかし、後ろから攻撃が訪れる状況が得意である、という者はまずいない。

 それは詩音も同様だ。そもそもとして、地に這う彼女の駆動範囲は少ない。疲れが重なり、かすり傷も重なり、自然と詩音は追い詰められていく。

 

 ここまで逼迫すれば、何か打開策をどうにかして見つけ出すのが狡智なる人間である。

 

 ──詩音は、その打開策を何気なく、自らの掌に生み出すのだった。

 ……反則もいいところな気がするが。

 

 

 

 

 幻操『反射弾幕』(リフレクトバレッタ)

 

 

 

 

 そうして、宣言されるスペル。

 しかし、それによって新たな弾幕が生じる訳ではなかった。空には変わらず、こいしの弾幕が漂う。

 

 ……だが、新たな幻想は生まれていた。

 不意に、詩音の周りの弾幕が鮮血色に染められた。その色は、深い幻想の空よりも強い自我を主張する。

 数多の揺れ動く淡青の中に、ぽつりと咲く紅い華(スカーレット)。しかし、紅一点と思われたそれらは、淡青が詩音へと近づく度に勢力を拡大し、抗うように逆流していく。

 

「──ちょっ、こいし様~! いきなり飛び出して、どうした…………

 ……って、なんじゃこりゃ!?」

 

 たった今通りかかった者も目を疑うその光景。

 

 その場にあるのは、淡青の弾幕が収束する円と、近寄る弾幕を全て反射する紅い円。

 二つの対照的な幻想が、二者によって形成されていた。

 

「うわぁ、すっごーい! やっぱり詩音はすごいよ!! どうやって、自分のとこに来る弾幕を跳ね返してるの?」

「あれですね、『避けられないのなら跳ね返せばいいじゃない』ってやつですね」

「それ聞いたことあるー。ハッソーノテンカン、でしょ?」

 

 そうして、暫く赤青の弾幕が入り乱れる状態が続いた。

 こいしが弾幕を発生させる。詩音がそれを弾く。そしてこいしは、その弾かれたものを避けていく。

 

 しかし、ある時。

 

「こいし様、うしろっ!」

「──っ!!」

 

 交錯し、軌道が乱れた紅華の一つがこいしを襲う。

 それは、目前に迫る弾幕を回避していたこいしには対応できないものであった。

 

 少しして、こいしのスペルが解除された。詩音もそれと同時にスペルの効果を消す。

 するとそこには、後頭部から煙をあげるこいしの姿が。

 

「いったぁ……。ねえねえ、もろ頭に来たよ、ガーンって!」

「うわぁ、それは痛そうですね……」

 

 こいしが必死になって解説する。若干涙目になっていることから察するに、相当痛かったのだろう。

 

 しかし、心無い声を上げる者が一人。

 

「──ッハハハハ! 傑作だ、今のは傑作だよこいし様!」

「んもー、ちょっと笑い過ぎ!!」

 

 こいしは頬を膨らませて、その声の主の方を向く。

 ここで初めて詩音は、笑い続ける彼女を認識した。

 

 彼女は腹を抱えながら、木の枝に腰掛け二人の弾幕ごっこを観戦していた。

 投げ出された脚は裸足に草履。いくら夏とは言え、霧の湖に近いこの場所では、人間ならば寒さを感じそうな格好である。

 

「いやでも、ガーンって……! そん時のこいし様の顔がまた、へぶっ!って言ってて……!!」

「だってー、しょうがないでしょー!

 前のばっか見てたんだからー、後ろからいきなり来たら驚くよ!!」

 

 笑い過ぎで苦しそうな彼女は、真っ赤なオーバーオールを身に纏っている。腿の中頃から寂しげな下半身と対照的に、気休めのような上着も軽く羽織っていた。

 

「ってか、今のはあなたも悪いよ!

 いきなり『うしろ!』とか叫ぶからー!!

 

 ──泉熙(みつき)!!」

 

 その、泉熙と呼ばれた少女はかぶった鳥打帽の上から頭を掻くと、

 

「いやぁ、だって危なかったからさ。悪い悪い」

 

 あっけらかんと謝った。

 

 ──その両手首には、鎖のついた、鉄の腕輪が付けられていた。

 

「と・も・か・く! もう、邪魔しないでよね!」

「わかったわかった」

 

 剥きになるこいしに、それをひらりと躱す泉熙。二人は相変わらず、微笑ましいやり取りを続ける。

 しかし、

 

「ほんとにー? もし嘘ついたら……

「いやぁ、嘘はつかないさ」

 

 その一瞬だけ、泉熙の目の色が変わった、気がした。

 

 

 

 

「──おまたせー」

「いや、大丈夫ですよ。それよりもあの方は、お友達ですか?」

 

 自分の方へと戻ってきたこいしに、詩音は尋ねる。

 その質問は、先ほどの会話を見れば誰にでも予測できる結論だろう。

 何よりの決め手だったのは、

 

「んー、そんな感じかなー。最近、よく遊んでくれるの!」

「すっごく、楽しそうですね。見てるこっちまでウキウキするくらい」

 

 戻ってきたこいしの顔に、薔薇が咲いていたこと。

 それは、人間の子供がこんな顔をして来たなら誰しもが心を許してしまいそうな、とてもいいことがあったような、そんな微笑ましいもの。

 

「そうかな~。

 でもねー、私にはもっと楽しみなことがあるよー!」

「へえ、それは何ですか?」

 

 ──しかし、このような言葉があることを知っているだろうか。

 

「それはね…………

 

 詩音の死体を、地霊殿のエントランスに飾ること!

 大丈夫! 動けなくなっても、うちのお燐が運んでくれるから!!」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

『サブタレイニアンローズ』

 

 

 

 

 スペルが宣言されるのと同時に、こいしから幾重もの同心円が生み出された。

 このままでは被弾すると判断した詩音は慌てて跳ね、こいしから離れる。

 

 そして、着地後に今一度顔を上げると。

 

「詩音、あなた強いもん! 初めから全力でいくよ!」

 

 空に散りばめられていたのは、赤と青の輝く種子。そしてそこに咲いていたのは、金と、そして藍の薔薇だった。

 

 こいしを中心にして、赤と青の弾幕が交互に、環状に広がる。それらは揺らぐ幻想の中に密集し、ゆっくりと詩音へと迫る。赤と青の間隔は詩音の体一つ分もなく、赤どうし、青どうしでは肩幅でも足りないくらいだ。そんな、まさしく弾幕の壁が、詩音を追い詰めていた。

 そして、そんな弾幕の輪の上を駆け抜けるように、金と藍の、薔薇の弾幕が咲き誇る。赤の種子からは金の薔薇、青の種子からは藍の薔薇。それらは円上をぐるぐると回転し、僅かに残った隙間すらも埋め尽くそうとする。金の薔薇が遠ざかったかと思えば、藍の薔薇が近づいてくる。藍の薔薇をやり過ごしたと思うと、金の薔薇が押し寄せる。

 

 辺りは、まさしく弾幕の海。これでは詩音自慢の機動力も生かせない。

 それでも詩音は、薔薇の押し寄せていない弾幕の合間を縫って、なんとか存命を果たしていた。

 

 だが、それにも限界がある。何しろ肩幅もない程の空間に、無理矢理身を寄せているのだ。しかもその空間はゆっくりとだが動いていて、更には数秒に一度、薔薇の弾幕が鼻を掠める。

 当然、掠りの回数は指数関数的に増えていく。あっという間に、おびただしい数の傷が詩音に刻まれていた。

 

 圧倒的劣勢。だが詩音は、攻撃に転じられないでいた。

 

「くっ…………。ここで弾幕を放っても、私がもっと苦しくなるだけですね……」

 

 こいしの弾幕は、規則的な陣形で詩音へと迫っている。その均衡の上で初めて、詩音は回避が可能だった。

 それ故、詩音が弾幕を放ちこの状況を崩してしまうと、八百万の幻想が入り乱れ、その場は凄惨な事態に陥るだろう。

 勿論、こいしにも被害が及ぶのは間違いない。だが彼女は妖怪、詩音は人間。どちらがより重症になるかは、火を見るより明らかだ。

 

「お? どうしたよ姉さん、ギブアップかい?」

 

 すると先ほどの、泉熙と呼ばれた少女が話しかけてきた。

 その目は幻想の空の中で、とても愉快そうに、妖しく光っている。

 

「──いや、まだです。まだまだ終わらんぜよ!!」

「……なんで急に訛るんだ?」

 

 ……この時詩音は、あることに気づいていた。

 

 薔薇の弾幕は攻防一体を兼ねていて、こいしの姿を詩音から隠している。金の薔薇が通過し終える寸前に、藍の薔薇が詩音の視界を遮る。その逆もまた然り。そのため、狙いが定まらなかった。

 

 しかし。一見、式神のように精巧な動きをしているが、

 

「この弾幕は、あくまで生き物、こいしさんから放たれています。だからきっと、そのうちズレが重なって……

 ────!!」

 

 ──その一瞬を、詩音は見逃さなかった。

 

 藍の薔薇が通過した直後。金の薔薇が邪魔をする直前。

 詩音の言うとおり、誤差が積み重なり二つの幻想がほんの、本当にほんの一瞬、呼吸を乱したのだ。

 しかも、丁度その須臾に数多の輪の動きも同調し、詩音からこいしへ、一直線の直道が出来上がっていた。

 

 

 反撃の機会は、僅か数刹那。

 ただの人間ならば反応も出来ない。

 

 

 ……しかし、彼女は迫り来る弾幕を反射し、他者の術をも模倣する。

 それが普通の詩音にとって、その隙は十分だった。

 

 

 

 まばたきをするよりも短い間に、幻想が詩音の手中に集う。

 その左の瞳が、翡翠に輝く。

 

 そして、

 

 

 

 

 幻影『紫電一閃』

 

 

 

 

 ──こいしはその時、すぐ耳元を旋風が駆け抜けたのを感じた。

 彼女が異変に気づいたのは、その数瞬後である。

 

 そこでは、詩音がたった今いた筈の場所から、こいしの真横を通り彼女の視界の外まで。

 紫を纏うまばゆい閃光が、一直線に伸びていた。

 

 こいしが太陽ならば、その周りを回転する色鮮やかな弾幕はさしずめ恒星から誕生した惑星といったところか。

 その惑星の公転軌道を断ち切るとは、もはや人間の所業ではないように感じる。

 そして、こいしが更なる異変に気がついた時。

 

 

 即ち、その電光が疼くように揺れ動くのを認識した時。

 

 紫の光の溝から溢れ出た、海などでは事足りない瀑布のような幻想は、既にこいしを飲み込んでいた──

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「よいしょ、っと。にしても全く、こいし様を倒しちゃうとは……姉さん、本当に人間?」

 

 発煙しながら地に伏すこいしを、泉熙は軽々と持ち上げる。

 その動きに合わせて、鉄の鎖が擦れ、音を立てる。

 

「……それより、あなたは一体何者ですか?」

 

 そう尋ねる詩音の瞳に、もう発光は見られない。

 だが、光はまだ失っていなかった。

 

 ──そんな詩音の顔を見て、少女を肩に担いだ少女は面白い、と言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「知らないのか? 相手に名を尋ねる時は……」

「詩音。古卿、詩音です。一応、十四年ほどしっかり人間やってます」

 

 その返答を聞いて、泉熙は不意に顔と顔の距離を縮めた。

 溌剌(はつらつ)とした少女は、傷だらけの少女の瞳の奥を除きこむ。視線が混じり、溶け合い、焦がし合い。

 

 泉熙の瞳に映されていたのは──興味。相手の深淵を掘り起こすような、そんな無尽の好奇心。

 

 対する詩音の瞳に映されたのは、一体何だったのか。

 

「──へぇ、面白い」

「え?」

 

 急に泉熙が身を翻し、飛翔する。

 

 釣られ、どこまでも深い幻想は、どこまでも深く(うごめ)き始める。

 

「あたしは、泉熙。八瀬(はせ) 泉熙(みつき)だ。姉さんとは少し違うかもしれないが、しがない人間さ。

 ──それよりも!」

 

 いつになく激しく胎動する妖霧は、ひょっとしたらその主人の能力(チカラ)を反映していたのかもしれない。

 

「約束だ、詩音。次に異変で会った時には、あたしと弾幕ごっこで勝負だ! いやー、今からその時が楽しみだなあ!!」

 

 満面の笑みでそう告げると、泉熙は幻想の空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Stage3 心を忘れた放浪者 ~古明地こいし~

 

 Stage Clear!

 

 




オリキャラ二人目。
彼女の正体は、元ネタ知ってる人ならすぐわかるかも。

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