東方幻操卿   作:さんにい

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魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)している」を「バケモノがウジャウジャいる」と脳内変換した方とは、たぶん趣味が合います


Stage6 純粋無垢の狂気①

「じゃあちょっと待ってて下さい、今ドアを開けますから……っと」

 

「うわぁ、物凄い量の本──が散らかってますね……。

 ……その妹様は、この部屋にいるんですか?」

 

「いえ、違います。ここは紅魔館の誇る知の宝庫、大図書館になります。お嬢様の親友でいらっしゃる、魔法使いのパチュリー様が管理なさってるんですが……この有り様だと、あの二人のどっちかが突貫したっぽいですね……」

 

「にしても凄い量ですね……ってあれは、某跳躍系マンガ雑誌。あんなものまであるんですか……。

 ……ん? あれは──」

 

 

「……う、う~ん……」

 

 

「──ねえ美鈴さん、あそこになんか伸びてる人がいますよ」

 

「あ、ほんとだ。あの方が今言ったパチュリー様です。にしてもパチュリー様までやられてしまうとは……さすがは異変解決人、といったとこでしょうか。

 ……と、見えてきましたね。あれが妹様のおられる地下へと続く階段です。じゃあ、たったか向かいましょうか」

 

「え? あ、ちょっと美鈴さん?」

 

「ん、何かありましたか?」

 

「いや、あのむきゅむきゅ言ってる人はガン無視するのかなー、って」

 

 

「むきゅー」

 

 

「そりゃあ、助けてあげたい気持ちは山々なんですが、やっぱりお嬢様の命令が最優先なんで。

 それに……」

 

「それに?」

 

「……あそこまでパチュリー様がへばってるのは日頃の運動不足が原因なんで、まあ自業自得かなーと。まったくパチュリー様も、本ばっかり読んでないでもう少し体を動かせばいいのに……」

 

「あー……」

 

「それじゃ気を取り直して、行きましょうか」

 

「了解です」

 

 

 

 

 

 

「………………。

 

 ……流石に酷くないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 何でもない田舎の、何でもないような一夏。しかしそれは、全てを覆い尽くす紅い幻想によって特別なものへと昇華させられた。

 

 そして、“命名決闘方式”採用後初の異変であり、幻想の行く末に大きく寄与したとも噂される“紅霧異変”は、いよいよ佳境を迎える。

 それは、地上が闇に支配され、魑魅魍魎の跋扈を許す時間。そして、間もなく『異変解決人』との決闘を控えるレミリア・スカーレット、彼女の種族としての力が最も高まる時間。

 宵の明星もとっくに眠りにつき、大いなる月が煌々と輝く時間である。

 

 そんな月は、紅い幻想によりいつもより肥大化して見えている。常にはない程紅く、明るく、大きく照り映える様はまるで、その存在(スカーレット)を幻想の地にあまねく主張しているようで。

 

 ……それは、普段封じられている地下にも届いていた。

 

 

 異変の元凶が住まう館の、その地下。

 当然窓など設置されてない、囚われの妹君の部屋は、今日ばかりは天井に開かれた大穴によって夜空の展望が可能であった。

 

 部屋に流れ込むのは紅い幻想と、大いなる光。

 

 一方部屋から溢れ出していたのは、幾ばくかの弾幕の光。そして、悦楽と勇猛の声。

 

「アハハハッ! 弾幕ゴッコ、楽しいね!」

「へっ、そんなことを言っていられるのも今のうちだぜ!!」

 

 部屋の中から外が眺められるということは、同様に外から部屋内の観戦が可能である、ということ。残念ながら観客はいないが、その中では見事な弾幕ごっこが行われていた。

 弾幕を放つは、部屋の住人である金の紅花(ヴァンパイア)。まだぎりぎり抑えているようだが、噂の狂気は顔を覗かせている。

 

 それに対するは、同じく金の、普通の萌芽(ヒューマン)──異変の調査に乗り出し、半刻ほど前に自慢の火力で美鈴を吹き飛ばしていた『東洋の西洋魔術師』霧雨魔理沙。

 そんな彼女は、またもその魔砲を存分に活かして道を切り開く(天井をぶち壊す)という斬新な潜入を行っていた。……咲夜の絶句する姿が目に浮かぶ。

 

 

 しかしながら、魔理沙はなかなかの窮地に陥っていた。

 

「くっ……ちょっと弾幕の量が、桁違い過ぎるな。一度にこんなに操れるなんて頭ぶっ飛んでるんじゃないか?」

 

 その呟きは、ある意味では的を得ていると言えるかもしれない。

 

 魔理沙が相対するのは、『悪魔の妹』フランドール・スカーレット。狂気に染められた身である彼女が気まぐれに放つだけで、弾幕は命を奪わんとする程の量と勢いで迫って来る。

 そんな彼女に正面から向かう魔理沙は、箒に跨がりそれらを辛うじて避けていた。自身も弾幕を放ちながら紅い部屋を旋回するその様は、まるで弾幕の空に舞う蝶のよう。繰り広げられるのは“紅霧異変”最終楽章の()()には相応しいと思われるような、それ程の激戦である。

 

 が。

 確かに魔理沙は、人間としては破格の──それは時に多くの妖怪を凌駕する程の──実力を所有している。

 それでも尚、吸血鬼の力は圧倒的であった。

 ……一枚目のスペルカードが発動される前にして既に、魔理沙が墜ちる寸前まで追い込まれる程には。

 

 

 するとここで、フランドールが動く。

 

「へへーん、じゃあ魔理沙、いっくよー!

 ──壊レちゃえ!!!」

 

 瞬間、魔理沙の全身が危険の予知を受容した。

 

 その視線の先にあったのは、狂おしい位の笑顔を向けてくるフランドールと、その手に突如出現した、彼女の身長の何倍もある炎の大剣。

 吸血鬼の驚異的なスペルにより具現化されたその魔剣は、主の狂気が増幅するにつれて轟々と燃え盛っている。

 

 突然、全身から冷や汗が流れ始める。

 

「あっ、あれがフランのスペルか!? じょ、冗談キツいぜ。私を丸焼きにでもする気かよ」

 

 軽口は叩いているが、魔理沙が内心焦っているのは見て取れる。

 これを食らえば、彼女が灰塵に帰すのは確実だ。かといってそこは空間の限られた室内、逃げっぱなしでは次第に行き場を失うだろう。

 ……何よりも、今まで生きていて感じたことがない程に深い“狂気”が、魔理沙を化石のごとく硬直させていた。

 

「アハハ、魔理サも壊れる? またミンなコワれちゃうの?

 寂しいな、サミシイなぁー!! アハハハハハハーーーッ!!!!」

「ッ──!!」

 

 そうしている間にも、フランドールは剣を振り下ろさんと迫っていく。

 その残酷な笑みを目にした時、魔理沙は自分が狂気の炎に消えることを幻視した──

 

 

 

 

 

 

 

「おっと、そこまでですよ」

 

 しかし、その幻想は突如現れた少女によって妄想に終わる。

 

「──っ!? だ、誰だお前っ!!」

 

 その声の宛先は、魔理沙とフランドールの丁度中間地点にいた。

 彼女は両者を制するように堂々と、翡翠を輝かせながら、紅い部屋に浮かんでいる。

 

 魔理沙の目には、その少女がどこにでも居る、それこそ人里を探せば数分で遭遇できそうな程に普通で、儚いただの人間に映ったのだろう。自らもまた人間である彼女は、驚きはしたもののこの場から退去するようにと勧告する。

 

「おい! どういうつもりか知らんが、ここは異変の中心地だぞ! こんな所からはさっさと逃げて──

「まあそう言わず。ここは私とチェンジでお願いします、魔法使いさん」

「っ!? お前が戦うのか!?」

 

 そのためであろうか、翡翠の少女の発言に魔理沙は驚愕を覚えずにいられなかった。

 

「そうですよ、魔理沙さん。一旦降りてきて下さい。見た限り、貴方かなり追い込まれてるんじゃないですか?」

「追い込まれてなんてないぜ……ってお前は、さっきの門番だな。

 ……何が狙いだ? どうして、こんなただの人間を戦わせようとしてるんだ?」

 

 漂う少女と、これまた急に部屋へと入ってきた美鈴を交互に見ながら、魔理沙は警戒心を強める。

 その心は真っ当なものと言えよう。実力の伴う人間でなければ、吸血鬼に挑みかかるなんて正気の沙汰でなはい。そしてそれほどまでに実力がある人間を、魔理沙は先ほど別れた自分の親友くらいしか知らないのだ。何かある、と勘繰るのが普通である。

 

 しかし、主の命を忠実に守る門番にしてみれば、そんな普通の魔法使いの思索など関係なかった。

 

「これは我等の主、レミリア・スカーレット様のご決定です。貴方に選択の余地はありません。

 ……それに、魔理沙さんが()()()と侮っている彼女、詩音さんですが──少なくとも、魔理沙さんと同じくらいには強いですよ」

「……へえ」

 

 だが美鈴の言葉を受けて、魔理沙の瞳の色は目に見えて変わった。

 警戒のくすみから、好奇の輝きへ。彼女もまた、自らの力に対してそれなりの自信を持つ者だ。見ず知らずの少女が自分と同等の能力を備えている、と聞いて、興味を持つなと指図することの方が難儀であろう。

 

 魔理沙は一度、にやりと笑みを浮かべた。

 

「そこまで言うのか。……ま、私はどっちでもいいけどな。じゃあ緑目、せいぜい頑張ってくれ。

 ……言っとくけど、寛大な私が譲ってあげるだけであって、決して逃げた訳じゃないからな?」

「私は何も言ってないですよ……」

 

 詩音にそう捨て台詞を残し、魔理沙は美鈴の立つ隣、地下室の()()()入り口付近へと向かう。

 ……戦闘を託した理由の三割程に“怖いから”が入ってくるのは、まあ言葉尻から予測できる通りだ。

 

 

 そうして、普通の魔法使いを見送り。

 詩音はここで、初めて自らの“目的”と向かい合う。

 

 詩音たちが部屋に入った辺りから、雲は大いなる夜の支配者を、光に含まれる狂気を必死に覆い隠していた。

 それでも尚、夜空に開かれた部屋には紅い月光が充満する。演目が始まるのを待望するかのごとく、紅い部屋を更に紅く照り輝かせる。

 

 そんな、一晩限りの紅い舞台に漂うは、異変の中核を握る二者。

 

「──さて。はじめまして、お待たせしてすみませんね」

「……あなた、だあれ?」

 

 それは、救う者と救われる者。

 または、壊される者と壊す者。

 どちらへ転ぶかは、きっと運命を操るレミリアにもわからない。

 だがどちらにしろ前者である、翡翠の()()を宿す少女は、優しく語りかける。

 

 その相手、後者である紅い瞳の少女は、これまでのやり取りの間は呆気にとられていたのだろう。突如現れた翡翠な人間に目を丸くして尋ねる。

 

「私は古卿詩音、普通のいたいけな人間ですよ。

 ──それにしても、真っ白い肌に、真紅の瞳。そして、宝石みたいな羽根。

 まるで月のように綺麗ですね。妹様──フランドール・スカーレットさん?」

 

 そう答える瞳には、いつになく幻想の灯火が揺れていた。

 

 

 

 

「私が勝てば、何か貰えますか?」

 

「そうだなぁ、コインいっこ……って、それはもう魔理沙にあげちゃった」

 

「それじゃあ、ゲームを始めることも出来ないですねぇ」

 

「わあ、全ては既にゲームオーバーだったなんて!」

 

「いやいや、最近では強くてニューゲームってのも人気なんですよ?」

 

「え~? あなたにコンティニューはさせないよ?」

 

 

 

 

 ……雲海たちのささやかな抵抗も虚しく、狂気の衛星に掛けられた封印は次第に取り払われていた。しがらみから逃れた一回りの円弧を描く月は、再び地上を照らす。

 それにより、開かれた地下室にも再度紅い光が降り注ぎ始める。

 伴い、紅い瞳の色が、変わる。

 

 

 

 

 

「──コンティニューというよりは、どちらかと言えば Re:start、って感じじゃないですかね?」

 

「ふん、終わりの果てに始まりが待っているなんて滑稽よっ! 全てが壊れたら、それはもう取り返せないんだからッ!」

 

「……破壊の上に成り立つ創造も、あるんじゃないですか? ほら、焼畑農業とか」

 

「私が目を破壊したものは、もうなにも残らない。それでも詩音は、私に何を残せるの?」

 

「全ての終わりには最後の審判が起こり、然るべき者は救済される。私はキリスト教徒ではないので詳しくは知りませんが……まあ、月が変わっておしおきをしてくれるんじゃないですかね」

 

 

 

 

「……不味いですね、これは」

「ん? どうかしたのか?」

 

 二人の様子を、固唾を飲んで見守っていた美鈴だったが、開かれた天井を見てふと呟いた。

 それは誰に向けた訳でもない声だったが、隣で弾幕ごっこが始まるのを今か今かと待っている魔理沙には届いていた。

 

「……吸血鬼は、月と共に生きる種族です。月を愛し、月に愛され、月の光によって力を滾らせる。その分、太陽の光が弱点になってしまうんですが」

「……それがどうしたんだ?」

 

 美鈴が伝えるは、“夜の帝王”が帝王たる所以(ゆえん)。吸血鬼にとって最大の弱点であり、最大の美点でもある特徴。当然、魔理沙にとっては既知の事実だ。

 ……しかし、美点であるが故に事態は差し迫っていた。

 

「もちろんそれは、妹様も同様です。

 ……そして、今夜は満月。しかも特別な、紅い光が照らしていますから、このままじゃあ妹様の狂気が誰にも止められない程昂ってしまう恐れが……。

 くそっ、天井が壊れてなかったらまだどうにかなったものを。まあ妹様がなさってしまったのでしょうから、仕方がないんですけど」

「……そ、そうだな、仕方ないぜ」

 

 ……魔理沙の冷や汗はこの日一番を記録した。

 

 

 

 

 

「……アハハッ、紅イ、月が紅いなァ。知ってる? 紅い、狂った月は全てを狂わせるの」

 

「同時にそれは、救済でもある。少女に護られた者はもちろん、おしおきされた者とっても、そしてその少女()自身にとっても、です」

 

 

「アハハハッ! だからね、ダカラネ! こんなニも紅イ月ハ──」

 

「ええ、ですから──」

 

 

 

 

「スベテ壊シテシマウワ、絶対ニ!」

「全てが救われますよ、きっと」

 

 

 

 

 禁忌『レーヴァテイン』

 

 

 

 

 刹那、空間が爆ぜた。

 光とも霧とも違う赤が、全てを焼き尽くさんとばかりに広がっていく。ちっぽけな部屋には収まらないほどに巡り巡り、熱気が少女たちを包んでいく。

 そこでは、いつの間にか収められていた炎の大剣が、スペルの宣言と共に再度降臨していた。

 

「っ、またあれか……!」

「いきなり来ましたね……」

 

 一度、目前で経験した者でも、普段から見慣れている者でも、その紅蓮の前では思わず怯んでしまう、それほどの脅威。それを、吸血鬼の少女は自在に操っていた。

 それに相対する詩音はと言うと、その凄まじい勢力に目を見開きはしたものの、迫り来る轟炎に、冷静に対処していた。

 

 突如軌道を反らされないためであろうか、詩音は大剣を引きつけ、引きつけ、寸前の所でくるりと躱す。ほぼ同時に、詩音の影が残る空をフランドールは焼き切る。妖怪の能力に任せたその一撃は流石としか言えず、切り裂かれた空間には遅れたように炎が踊る。

 だが一度避けただけでは弾幕ごっこは終わらない。回避した先には、大剣の余波による多量の、紅い弾幕が発生していて、危機を乗り越えたばかりの詩音を狙っている。

 弾幕に容赦を求めるなんて芸当ができる筈もなく、続けざまの危機が詩音を襲った。

 

 しかしこの少女、よくよく考えてみて欲しい。

 彼女は今まで、“スペルを発動しないと飛べなかった”という。にもかかわらず、こうして無事にここまで辿り着いているのだ。いくつかの弾幕ごっこを乗り越えて。

 勿論、四六時中スペルを発動していたというのならまた別の問題になってくるが──そして詩音は成し遂げてしまいそうな気がするが──少なくとも、今まではそんな素振りはなかった。

 つまり、何が言いたいのかと言うと……

 

「もう! さっさとコワレナさイ!!」

「──熱っ! 弾幕まで炎なんですかこれ……」

 

 そんな彼女が弾幕を躱せない道理はない、ということ。

 詩音は地上並みに……いや、地上よりも、華麗に弾幕を躱していた。その様は、圧巻としか言いようがない。

 

 まるで跳ね回るかの如く、紅と翡翠は部屋に踊る。

 博麗の巫女が弾幕にも囚われないのだとするならば、古卿詩音という人間は弾幕という幻想に舞っていた。

 

 ……非常に個人的な所感で申し訳ないのだが、本当に人間か?

 

「霊夢の弾幕ごっこを見ている時にも似たようなこと思うんだが……あいつ本当に人間か?」

「……どうでしょうか。少なくとも私の目には、人間にしか見えませんが」

「じゃあ節穴だな」

「決めつけ酷いですよ!?」

 

 しかしながら、それでも状況は向かい風であった。

 フランドールの振るう大剣は、部屋の内部を灼熱で取り囲んでいる。それに加えて、先ほどからの激しい動き。詩音の顔から汗が滴り、床へと辿り着く前に渇ききる。

 熱気、というものは想像以上に人間の体力と気力を奪う。今しがた疑ったばかりではあるが、それでもやはり詩音は人間なのだ。その精神は着々と磨り減っている。

 

 一方の吸血鬼、フランドールは、確実に勢いを伸長させていた。

 自らの部屋が壊されることを物ともしない。彼女は手の凶器を振るい、薙ぎ、打ち振る。釣られ、顔の狂気が笑い、嗤い、ワラう。

 

「っ、暑い! 砂漠ですかここ!」

 

 思わず声を上げた所で状況は変わらず。

 むしろ、熱気が肺へと急激に流れ込み、詩音は息を詰まらせる。

 

「──!! ハアッ、けほっけほっ」

「! よーしシオン、ツギハソコダナー!!」

 

 何より、攻撃を避け死角に入ったばかりだというのに、直ぐにフランドールに気づかれてしまった。

 もう何度目かもわからない、炎柱の接近。それでも諦めることなく詩音は回避しようとして──

 

 目の前に瓦礫の雨が降った。

 

「きゃっ!!?」

 

 詩音は慌てて天井を見上げる。視界に捉えたのは相変わらず開けた空に、先ほどよりも少し広がった穴。そして、はらはらと落ちる破片。

 ……どうやらこれまでの弾幕ごっこの影響で、天井が脆くなっていたようだ。幸いにも、もう瓦礫は止んでいる。

 

 しかし生まれた隙は致命的なもので。

 

「アハハハーーーーーッ!!

 ──バイバイ、詩音」

「──!!!!」

 

 そして剣は振るわれる。

 汗だくになって観戦していた二者も思わず、あっ、と声を上げた。

 

 

 ……今まで光り続けていた翡翠が、一段と輝きを強くしたのはその時だった。

 

 

 

 

 幻刀『村雨之剣』

 

 

 

 

 再び、室内に爆風が巻き起こる。しかしながらそれは、先ほどのものよりも遥かに激しい衝撃を響かせている。

 同時に、これまでの紅とは正反対──白い霧が、急速に広がっていた。

 

「ぎゃっ!? 私たちまで、飛ばされるぅっ!?」

「くそ、今度はなんなんだ!?」

 

 急激な変化に驚愕したのもつかの間、少し離れていた魔理沙と美鈴まで煽りを受け、壁際まで追いやられる。

 

 地下にある部屋を襲った、その突然の現象。しかしそれは、弾幕ごっこ特有のものでもなければ、幻想郷のみで発生するものでもなかった。

 

「──水蒸気爆発」

 

 しばらくすると、もくもくと広がっていた白い霧が晴れていく。

 その中心に見えたのは、剣を交差させる二つの影。

 

「──っ! み、水っ!?」

 

 一つはやはり、炎の大剣を持つ狂気の少女、フランドール。

 ……しかしその顔は、今だけは魔理沙たち以上の驚愕に染められている。

 

 そして、もう一つは、

 

「ふふっ、ほのおタイプにはみずタイプが効果バツグンですからね」

 

 流水を纏う刀で炎を受け止める、詩音だった。

 

「──っ!? 何だあの刀は!?」

「うおー詩音さん、無事でしたか!」

 

 傍観していた二人も、もう一度思わず声を上げる。

 そんな二人の──というよりは美鈴の歓声を聞いたからであろうか。詩音はちらりとそちらの方を見ると、ぐっ、と親指を立てた。

 

 

 そしてそのまま、鍔迫り合いは新たな火花へと移行する。

 互いが互いを弾き、一度は距離が離される。しかしそれはたかが数十尺、天狗に勝るとも劣らない速度を誇る吸血鬼にとってはないに等しい。フランドールはまばたきをする間にして、詩音の目前へと迫る。ありったけの魔力を込めて、詩音を叩き切ろうとする。

 

 だが詩音は、新たに具現化した刀でそれを受け止める。『村雨之剣』と宣言したそれは、切った箇所、二人の獲物が激しくぶつかり合う所から、水を走らせていた。炎と水が反応し、蒸気が発生してゆく──

 

「……お前はあいつがいきなり武器を出しても驚かないのな」

「まあ妹様も似たようなことなさっていますからね。おそらく詩音さんのも、スペルの延長なんじゃないですか? さっき宣言してましたし」

「いやまあそうなんだけどさ……」

 

 ──これまで散々攻めを許していたから攻守交代、といったところだろうか。今度は詩音が離脱し、フランドールへと襲いかかった。

 剣が混じり合い、炎が吹き出す。再び混じり、水が滴る。三度重なって、白い煙が蔓延する──

 

「……あんな剣は見たことないぜ?」

「ふむ、確かに……。

 ……でも、吸血鬼と戦うに当たってはベストの選択肢ですよね」

「へ? 何でだ?」

「いや何故って、血を吸うか吸わないかに関係なく、鬼は流水を苦手とするものじゃないですか。あれ? 違いましたっけ?」

「私は鬼なんつーのに遭遇したのは初めてだからそんなの初耳だな」

 

 ──フランドールは、自らが剣を交わす度に顔を引き攣らせていることに気づいていない。流水は、吸血鬼にとって日光と並ぶ程の弱点であるにも関わらず、だ。それほどまでに彼女は今宵、狂気に囚われていた。

 しかし目前に弱点を晒し続けられれば、無意識でも焦燥にかられるものだろう。フランドールの炎と笑みが、一際大きくなる。

 

「アハッ、アハハッ、キャハハハハハハハハハハハ!!! たのしいね、タノシイネー!!」

 

 そしてそのまま大きく振りかぶって──詩音へと凶器(狂気)を向けた。

 フランドールが自在に操るそれは、世界に終焉を与えたとも噂される、神の作りし大剣を具現化したもの。それ程のものを、彼女は妖怪の髄力を存分に活かして──否、狂気によって(たが)が外れた分、活かす以上に用いて迫っていく。

 

「ぐっ…………!」

 

 ……しかし詩音が具現化した刀もまた、『武芸の達人ならざれども』『鉄を切り、石を(つんざ)く』と言われる程の代物。武器どうしの相性もあるかもしれないが、それでも尚、彼女は今までで最も熾烈な一撃を受け止められていた。

 

 辺りに響くは、鋼のかち合わさる音に、業火の轟き、清水の鳴り。

 

「──ァァァァアアアアア!!!」

「──あああぁぁああぁあ!!!」

 

 そして、意地と意地のぶつかり合い。

 交わる剣を通して、互いの気迫が、高まる。

 

 部屋を走る緊張が頂点に達したその時、もう一度爆風が巻き起こった。

 蒸気を纏った衝撃は大地を揺さぶり、さながら一種の地震が発生したかのごとく幻想の地を震撼させる。

 

 

 ……それ程までの攻撃であったのに、中心地にいた二人はやはり健在だった。白い霧が煩わしい、と言わんばかりに飛び出してきた人間と吸血鬼には、最早末恐ろしさしか感じない。観戦している二人にも戦慄が貫いていることだろう。

 

 だが、流石に無傷とは行かなかったようで。

 未だに笑みを浮かべるフランドールはしかし、その白い肌に無数の火傷跡が目立つ。吸血鬼にとってそのような怪我は気に留める程の物ではないが、それでも彼女が消費しているのは明らかだろう。実際、その笑顔には余裕が見られない。

 

 一方の詩音。彼女はフランドールとは異なり、あまり外傷はないようだ。もしかすると、刀から発せられた水が詩音を守ったのかもしれない。

 それでもその顔は、フランドールよりも精彩を欠いている。苦しげな表情をし、肩で息するその様は、まさに満身創痍と言えよう。

 

 互いにスペルカード一枚目にして、既に疲労困憊。自然と相手を伺う膠着が続く。

 そんな中で、先に動いたのは笑みを浮かべた少女だった。

 

「……ふふっ、詩音ったら本当にスゴいねぇ! 私もここまで楽しく遊んだのは久しぶりかも」

「褒め、ても、何も出ません、よ……」

 

 変わらず笑顔で話しかける少女に、対する少女も笑って応える。

 先ほどまでの激しい応酬とはうって代わり、地下にある部屋には嫌という程の静寂が響いていた。

 

「いやいや、詩音はほんっとにスゴいよ! 初めは魔理沙との弾幕ごっこを邪魔されて、何よー!とか思ってたけど……

 ……ありがとー、詩音! 本当に楽しかった! 詩音、大好き!!」

 

 そしてフランドールは、見た目相応の無邪気な笑顔を改めて詩音に向ける。

 その表情は幼子が相手を心から信頼して言うそれであり、面と向かって言われれば、誰もが思わず顔を綻ばせるに違いない。詩音も例に漏れず、穏やかな表情だ。

 

 そんなフランドールの顔に、思い出したかの如く紅い月光が照らされた。

 

「──デモネ」

 

 ぽつりと、呟く。

 

「私はずっと、ずーっと詩音と遊んでたいの! でもお姉様も咲夜も、遊び終わったオモチャは()()()()()しなきゃいけないって言うから……。

 だから、ダカラネ──!!」

 

 その瞳には再び、歪んだ狂気が宿っていた。

 

「──っ!! 詩音さん! 早く逃げて下さい!! それ以上そこにいてはダメです早く!!!」

「っど、どうしたんだ!? 急に大声出して!?」

 

 何かを感じ取ったのだろう、美鈴は喉がはち切れんばかりに二人へと叫ぶ。

 しかし虚しくもその声は、詩音にもフランドールにも届いていないようで。

 

 ……何よりフランドールの手中には、既に“目”が捉えられていた。

 

「キュッとしてぇぇぇエエエ────

「ダメです妹様すぐに手を下ろしなさい!! そのままやったら詩音さんがっ──!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ドカンッ♪」

 

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