フランドールの掌が閉じられたのと、周囲に爆発音が響いたのとは、ほぼ同時であった。
突如として詩音の周りにだけ煙が生じたことに、魔理沙は自らの目を疑っている。
「なっ、何なんだよこれは!? あいつが、フランが何かしたのか!?」
そんな捲し立てる彼女とは対照的に、美鈴は俯き、歯を食いしばっている。その瞳はいつも明るい彼女に似合わず、陰鬱とした色合いだ。
「………………妹様は、『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』を持っています。妹様が暴走してしまうと、能力を発動させてしまうこともちょくちょくあって。
……だからたぶん、詩音さんは……」
「……マジ、かよ……」
そう、ぽつりぽつりと語る美鈴の言葉を聞いても、魔理沙には絶句することしか出来なかった。
赤よりも紅い部屋に残されたのは、人間一人と妖怪二匹。
その、限られた空間を共に過ごす三人であったが、胸の内を渦巻く感情はそれぞれだった。
恐怖、悦楽、憤慨、戦慄、快感、悔恨、失意、諦観、無力感、追悼、悲嘆、絶望、放心、後悔、虚無感……
そんな中でも、室内に聞こえるのはいつまでも笑い続けるフランドールの声のみ。
いつまでもいつまでも、可笑しそうに愉しそうに笑い続ける……
……その頬を流れた、一筋の雫には誰も気づかない──
「──成る程、ね」
──かに思われた。
笑い声の独占支配を突然破った、異質の声。この場にいる筈のない、いや生きている筈のない者のそれが紛れたことに、魔理沙や美鈴だけでなくフランドールも驚きを隠せないでいる。
それはどうやら収まりつつある、そして彼女の姿が最後に確認された煙の中から聞こえてくるようだ。自然と、皆の視線が集中する。
そして煙が完全に収まった時。そこに現れるは果たして──
「申し訳ありません、宣言が遅れてしまいました。そうですね……敢えて名を付けるのなら、」
防想『絶対領域』
──水色の空間に包まれる、『招かれざる来賓』古卿詩音その人であった。
その謎の、浮遊する空間に閉じ込められたような彼女はしかし、どこか不敵でもあり、優しくも見えるような笑みを浮かべている。
「どうですか、フランさん。能力が発動できないでしょう?」
「エッ?…………ええっ!? ど、どうして!? “目”が見えない!!」
そんな彼女の言葉を、フランドールは最初理解出来ていないようだった。少しの間ぽかんとしていたが、直ぐに驚愕の表情へと移り変わる。
「……本当だ。私も、詩音さんの気を感じ取れませんね」
「いよいよあいつ何者なんだぜ……?」
どうやら彼女の発動したスペルの効果で、あの水色の空間では能力が作用しないようである。
これまでの勢いは正反対にひっくり返され、場の流れは完全に詩音が掌握していた。
フランドールは未だに信じられないといった様子で、拳を開いて閉じてを繰り返している。その目はどこか虚ろだ。
「こッ……コワセない……? ワタシが、コワセナイの…………?」
「ええ。この私は、フランさんの能力をもってしても壊せませんよ」
するとフランドールは頭を抱え、いよいよもって唸り始めた。その様は、先ほどまでと雰囲気は違えど狂気に駆られているようにしか見えない。
「そんな、じゃあ、私はイママデ……
そんな、嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だウソだウソだウソだウソだウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダウソダ────」
「──だから安心して下さい。もうフランさんが悲しむ必要は、ないんですよ」
「…………っ!」
「「へっ?」」
刹那、部屋に本物の、辺りを白く輝かせる月光が射し込んだ。
これまでの、紅の呪縛から解き放たれたようなそれは、きらびやかに詩音の周囲を照らしている。呼応して、全てを飲み込むかのような翡翠が閃く。
……実は、この紅い霧の主であるレミリアが弾幕ごっこを始めたのに合わせて、霧に揺らぎが生じていたのだ。
と言っても、地下にいる彼女らには知る由もないが。
そんな、大いなる光を背景にして、詩音は優しい笑みを浮かべていた。
「フランさん。あなた本当は──何も、傷つけたくないんですよね?」
その言葉は、割れ物を扱うかの如く穏やかで。
しかしながら、かつてない程にフランドールの心へと波紋を投じている。
思わず、魔理沙は口を開いていた。
「そっ、それはつまり、どういうことだ……?」
その様子を一瞥すると、詩音は再びゆっくりと、冷静に、語りだす。
「なに、簡単な話ですよ。レミリアさんは、フランさんを“純粋”と言っていた。だったら、『純粋に破滅が好き』という場合でなければ、自分の所業に心を痛めてるだろうな、と思ったのですよ。まあ、その場合が問題なのですが……」
と、そこまで言うと、詩音はぐいっ、と顔をフランドールへと近づけた。
「……炎の剣で私を切りつけようとした時そして、能力を使用した時。
フランさん。あなた──泣いてましたよ?」
「──!!」
フランドールは慌てて自分の頬を擦る。確かによくよく見れば、清らかな水の流れた跡が見受けられる。
「マジですか……魔理沙さんは気づきましたか?」
「…………全然」
「ともかくそれで、フランさんがが本心から破壊を望んでいないのは一目瞭然です。よって、フランさんは狂気にのまれながらも本当は誰も壊したくなくて、悲しんでいる、と結論付けたのです。わかったかな、ワトソン君?」
「あ、ああ……」
最早、少しおどけた言い方でも誰も気に留めないほどに、ここ地下室の空気は詩音によって掌握されていた。
……いや、それだと語弊があるな。もう少し、的確に表現するならば──フランドールも、魔理沙も、美鈴も。この場の誰も彼もが、どうしようもないくらい詩音に“惹き付けられて”いたのだ。
「まあ、かなり想像の混じった推察ですが……その顔を見るに、大体当たっていましたよね?」
「……………………うん」
フランドールは少々涙目になりながらも、確実に、狂気にとらわれない自分の意志で、詩音の問いかけに頷いた。
その、紅い瞳と重なったときに、翡翠の色がひどく満足げに揺らいだのは気のせいだったのか。
ともかく、詩音は満足げにフランドールの周囲を一周した後、今度は別の問いを彼女へとぶつける。
「じゃあ次は、フランさんが考える番です。あなたは、これからどうしたいですか?」
「……これから?」
「そう、これから。大それたことでも、ささやかなことでも構いませんから、あなたの『願い』を教えてください」
「ね、願い……」
思いがけないであろうその問いに、フランドールは暫し考え込む素振りを見せる。
だが、彼女の答えは、元よりたった一つしか存在しないのである。
それは、いつかのあの日、自らが多くの命とともに、壊してしまった願い──
「お姉様と……ううん、紅魔館のみんなと、遊びたい……」
それを聞き、詩音は再び優しい笑みを浮かべていた。
「ふふっ、素敵な願いですね」
「──で、でもっ!! そんなの、出来るわけないよ……」
「あら、どうしてそう思うんですか?」
だが、肝心のフランドールは、今にも消え入りそうな表情をしている。
「だって、だって私、お姉様たちに酷いことをしちゃったし……。それに、お外に出ても、いつ
胸の前で手を握りしめ、フランドールは俯く。その瞳には、悔しさが、哀しさが、今にも溢れ出してしまいそうな程潤んでいて。
普段であれば見守っている部屋の紅も、この時だけは、彼女には責め立てているように感じられた。
しかし詩音は、少々呆れたような溜息をつくと、肩をすくめてみせる。
「なんだ、そんなことですか」
「──! そ、そんなことって──
「フランさん、忘れたんですか? あなたが壊そうとしても壊せなかった、ちっぽけな人間がここにいるじゃないですか」
そう言って、詩音はどん、と胸を叩いた。
……フランドールは、自分を幽閉していた何かが、音を立てて壊されていくのを感じていた。
「それに、あなたは姉譲りで優しい方なんですから、絶対に大丈夫です。だって──
──全ては、救われるんですから」
「あ……」
それは、長い呪縛を解き放つ言葉で。
幻想郷を覆っていた妖霧が完全に晴れたのは、ちょうどその時だった。伴い、絢爛とした満月の光が、封印を解かれ紅い部屋全体を包み込んでゆく。まるで、終わらない罪に苦しんでいたフランドールを、何よりも優しく抱擁するかのように──
──知らず知らずの内に彼女の頬を流れていた涙は、きっと後悔や悲嘆から生じたものではないだろう。
*
「……もう落ち着きましたか?」
「うん……」
月は次第に本来の輝きを取り戻したが、尚も辺りは紅に覆われている。
まあそれも当然のことであろう。何せそこは、気味が悪いと評される程に、お天道様の下でも暗闇の中でも堂々とその
そんな目に毒な光景の中ではあるが、今この時だけは、フランドールは憑き物が落ちたかの如く清々しい表情をしていた。
「……すげぇな、あいつ」
「? 急に悟ったような目をしてどうしたんですか?」
「あいつ、ええと詩音だっけか? 詩音は、狂った吸血鬼と戦いながらも、フランが苦しんでいるのを見抜いたんだぜ?
……それに比べて私は。こんな安全なとこから観戦してただけなのに、そんなの全く気づかなかった……」
「いやあんなのがそうホイホイいても困りますけどね。それにぶっちゃけた話、詩音さんのは主人公補正が入ってますよ、ええ」
「何だそれ」
「ちょっとそこの外野! その発言は限りなくアウトに近いアウトですよ!!」
そうやって、密かな会話をしていた二人に突っ込みを入れつつ。詩音は一度、大きく息をついてから、改めてフランドールへと向き直った。
「──さて。それじゃあフランさん、そろそろ幻想遊戯の再開と洒落こみませんか?」
「──そうだね」
途端、両者の目つきが変わった。紅の瞳は妖艶に蠢き、翡翠の瞳は燦然と燃え始める。双方が双方の、どんな動きも見逃すまいと、互いを捉えて離さない。
……もう既に決着は付いたのではないか、と問う者がいるかもしれない。
確かに、家族思いの姉が妹の運命を変えようと起こした“紅霧異変”の決着は、先ほど付けられた。外来人の少女が、狂った少女の優しさに魅せられて。吸血鬼の少女が、常識外れな少女の光に魅せられて。
翡翠の少女は救い、紅い少女は救われる。運命は既に、その道標に従い動き出した。
だが。弾幕ごっことは、優しさでも光でもなく、美しさで相手を魅せたものが勝利の
全ては、煌びやかな弾幕を、心ゆくまで堪能するため。
「ねえ、詩音」
「何ですか?」
「……さっきは、ごめんなさい。能力を使おうとしちゃって──
「フランさん。人って、謝罪よりも感謝の方が、言われて嬉しいものなんですよ?」
「──! あ、ありがと詩音!」
「ふふ、どういたしまして」
少女たちは、宣言し続ける。
「でも、たとえ詩音でも──いや、詩音だからこそ。絶対に、負けられないんだから!!
それじゃ、行っくよー!!!」
禁弾『スターボウブレイク』
スペルが宣言されるが早いか、
取り囲むように発生したそれは、一度は詩音に目もくれず、大いなる月を目指すかの如く浮上してゆく。しかしその軌道を怪訝に思ったのも束の間、一定の高さまで上昇すると、ゆらゆらと、空間を埋め尽くすように詩音へと迫ってきた。そして回避の構えをとった瞬間、不意打ちにまた上昇する弾幕が発生していくのだ。
「──っ、囲まれた……!」
ある程度の速度で昇っていく波に、雪のようにゆったりと落ちていく波。彩り豊かなそれらは、観る者の視界を次々と染めてゆく。
紅いその舞台は、同時多発的に生じるきらびやかな弾幕によって詩音の移動する余地を急速に奪っていた。これでは彼女自慢の機動力を活かすことも出来ないだろう。
大剣による力一辺倒だった先ほどのものに比べると、相手の弱点を突く合理的なスペルだと言える。だがそれが、高貴で自尊心が強い一方、冷血で理性的な西洋妖怪、吸血鬼フランドール・スカーレットの本来の実力なのだ。
「おお、さっきのとは違って、また弾幕ごっこらしい弾幕だな」
「ええ。さて詩音さんは、ここからどうするんでしょうか……!」
そんな弾幕の標的となった詩音は、上からのものに気をとられ、下から襲いかかる波への対応が遅れていた。それでも詩音は、どうにか反応して身を翻し続ける。
が、次第に体勢を崩していき、遂に押し寄せる波の直撃を食らってしまった。
「ごふッ──!!」
詩音の身体に、強い衝撃が響く。いくら殺傷性が低いとはいえ、弾幕は妖力の塊なのだ。被弾してしまえば、耐久力は人並みである彼女にはかなりの苦痛であろう。
だが、たとえどれほどの痛みが走ろうと弾幕が止むことはない。攻撃を食らい動きが止まった詩音へと、光の弾は容赦なく降り注ぐ。
四方八方を包囲され、傍目から見れば万事休す。
──しかし既に、反撃の狼煙はその右手に握られていたのだった。
幻影『紫電一閃』
一閃。
虹色の弾幕で溢れかえるその空間にもたらされたのは、たった一筋の、紫を帯びた電光のみ。下手をすればそれは、周囲の圧倒的な光に埋もれてしまいそうな程脆弱に見えた。
しかし、その幻想は道を切り開く新たな光で。
次の瞬間には、数えきれない量の弾幕全てが真っ二つになり、塵の如く溶けていった。
「……っ、弾幕って、直撃すると思ってた以上に痛いんですね……。一瞬だけ呼吸が止まりましたよ」
「──ふふっ、はははっ、そうこなくっちゃ! さっすが、詩音だね!!」
粉雪のように、きらびやかに光が散りゆく絶景を背にして、翡翠の少女は優雅に漂う。
その顔は、確かに辛そうな表情をしている。だが瞳の、翡翠の中の幻想は、ここに来て更にその燃焼を強めたような、そんな力強さを持っていた。
そんな詩音の姿を見て、フランドールは興奮したように声を上げていた。
「いや私、普通に攻撃食らったんですが。ゲームだったら残機が減ってますけど」
「ふふっ、いやいやそこじゃなくってね、あんなにいっぱいあった弾幕を、一瞬で全部消しちゃうんだもん!
そっか、やっぱりこんな攻撃じゃ、
紅い少女はそう、笑い声を上げる。それは先ほどまでの、狂気に染められたものとは違って、心から遊戯を楽しんでいる笑み。
「一人分……? まさか、分身の術でも使うつもりですか?」
「ううん、それもできるけど、それだけじゃあ足りない。
詩音にはもっとステキな──ステキな、十人の最期を届けないと!」
そう言って、ひらりとフランドールは一枚のスペルカードを取り出した。
すると、どうしたことか。先ほど晴れたと思っていた赤い霧が、再び部屋に充満し始めたではないか。
不思議に思い、詩音は崩落した天井から空を見上げる。するとやはり夜空が紅に染められていることはなく、ぴかぴかと照るごく普通の満月が浮かんでいる。
……そう。その霧は、フランドールのスペルカードから発生していたのだ。
そして、徐々にではあるが、スペルカードを掲げるフランドールの姿が、霧へと紛れるように──
それでも楽しげなその声は、しっかりと霧の
「One、Two、Three、Four、Five、Six、Seven、Eight、Nine──
──Ten Little Indian-girls!!」
「……? い、いんでぃあ……?」
「……成る程、『十人のインディアン』か」
「そう! 詩音は一体、どの少女と同じ運命を辿るのかな……? 熊にハグされる? それともニシンに飲み込まれちゃう?
……でも、ひとりぼっちで寂しいからって、自ら首を吊っちゃうのだけはダメだよっ!」
秘弾『そして誰もいなくなるか?』
「あ、出ました。妹様のスペルで一番よく分からないやつ」
「なんだ、お前も『十人のインディアン』を知らないのか? そこそこ有名な童謡だぜ」
フランドールが完全に消滅したのを皮切りにして、青い、鳥のような弾幕が出現した。
そしてそれはゆっくりとだが、実体が消えるという現象に今日一番の驚きを見せている詩音の追尾を始める。
詩音が西へ動けば伴って西へ、東へ動けば東へ。更にはその軌跡を残すかのように、後方に青い弾幕を放ち、詩音の逃げ場を徐々に奪っていく。
「その童謡では最初、十人のインディアンがいるんだ。でもそこから一人ずつ、今フランが言ったみたいに熊にハグされたりニシンに飲み込まれたりして、どんどんいなくなっていく。
最終的に、インディアンの子はひとりぼっちになってしまう。彼女はその孤独に耐えかね、遂には自分の首をくくってしまい──
──
「……そういうことですか」
突如上から声が聞こえたことに驚き、魔理沙は顔を上げる。するとそこには、目では確かに迫り来る弾幕を捉えながら、しかし楽しそうな笑みを浮かべる翡翠の少女がいた。
「あれ詩音さん、そんなに笑って、まさか余裕ですか?」
「いえっ、割りとギリギリ……」
そうしている間にも、フランドールのスペルは新たな段階へと移行していく。
粘り強く追尾を続けていた青い弾幕だったが、ある瞬間を境にしてそれは突然消え去る。それに代わるようにして赤い弾幕が、詩音を責め立てるかの如くその輪を不規則に縮めてきていたのだ。
「……じゃあなんで、そんなに笑顔なんだ?」
「いやだって、詩になぞらえて放つ弾幕ですよ? めっちゃ格好いいじゃないですか」
「……あー、成る程。詩音さんはそういう人でしたね」
少々間の抜けた発言を受け、門前でのことやレミリアと初めて顔を合わせた時を思い出したのであろう。美鈴が思わず苦笑する。
まあ確かにそれは、緊迫したこの場には似合わない呑気さかもしれない。しかしこれが外界より誘われし“運命人”、古卿詩音の、根幹を成す思考なのだ。
「とこ、ろで。魔法使いさん」
「魔理沙だぜ。よーく覚えておきな。
で、何だ?」
そんな少女は、やはり視線を向けてはいないが、大きめの声で魔理沙へと語りかけていた。
「フランさんが突然っ、消えたのも、その詩の何かなんで、すかっ!?」
「ああ、これは耐久スペルですよ。ほら、スペルカードって、その気になれば自分のスペルですぐに相殺できちゃうじゃないですか。そうなるのを防ぐために、『私のスペルを見よ!』って感じで、自分に攻撃が当たらない術的なのをかけてるらしいです。訳わかんないですよね」
「弾避けながら会話してる詩音も、大概訳わかんないけどな」
「貴方の馬火力も十分同じカテゴリーですよ」
魔理沙と美鈴が夫婦漫才のようなものを繰り広げているが、それには特に触れず。というかそんな余裕はない。
だが、話はちゃんと聞いていたようで、今度は確信を持って尋ねる。
「と、言うことは、フランさんは、完全に消えたわけじゃあ、ないんですよね?」
「まあそうだろうが……どうする気だ? ちょっとした弾幕じゃ、霊力の無駄だぜ?」
「いや、なに、それほど難しくない技で、この状況にピッタリなのがあるんですよ──」
言うが早いか、詩音は額の前で両掌を広げていた。
「──天さん、技借りますっ!」
幻技『太陽拳』
その宣言が、部屋に響き渡るのと──小さな世界が光に包まれるのは、ほぼ同着であった。
「うおっ、まぶしっ!」
「うぎゃぁっ、目があっ!」
「ぎゃあぁぁっ!!!」
詩音の宣言したスペルには、通常に言うところの弾幕が一切含まれていなかった。これでは、彼女たち以外との弾幕ごっこでは時間稼ぎにしかならないであろう。
だがそれは、彼女たち──吸血鬼たちに対抗するためには、なによりも鋭い“銀の弾丸”に成りうる。
……何せ彼女のスペルは、生物の眼球にはもて余すほかない程の光を発していたのだから。
事実、光がすべて収まったとき、詩音の前には全身に火傷を負ってその一部は灰になってしまっている、フランドールの姿があった。尤も、既に再生は始まっているが。
「うぅ……いったぁ……。
まさか、このスペルがこんなにアッサリと破られるなんて……」
「まったくだ……耐久スペルを強引に突破する奴なんて、初めて見たぜ」
「いやぁだって、痛いの嫌ですし」
ちぇー、とフランドールは口をとがらせる。
「
「ぶ、物騒ですね……」
「全くだ。小説は小説にして、大人しく本当の歌通りにしとけよ」
「……本当の歌って?」
「おいおい、知らんのか? どうやらこの中で知識人は、私だけみたいだな」
やれやれ嘆かわしい、とでも言いたげな仕草で、魔理沙は肩をすくめた。
だが徐に、静かな口調で語りだす。
「She got married and then there were none──」
月光に満ち満ちた部屋に、一人の人間の声が反響する。幻想の地に鳴りゆく、大昔に紡がれた言葉による幻想。
『彼女は結婚し、そして誰もいなくなった』
それは、首吊り以外の終わりを知らない彼女の心に、印象深く刻まれたことだろう。
「……でも結婚って、誰が?」
「さあ? それこそ──フランと詩音でいいんじゃないか?」
「いや適当ですね……。同性ですし、種族違いますし、私まだ結婚できる年齢を迎えてませんし」
雑過ぎる魔理沙の言葉。もう少し、自らの発言に責任を持つべきだろう。それに対し、詩音は呆れたような笑みを浮かべる。
だが、フランドールは何か考え込むような仕草を見せていて。
「……でも、それがいいかも」
「へっ?」
「ぶっ!?」
「い、妹様、もしかしてそういうご趣味が……?」
その言葉には、誰もがざわめきを覚えずにはいられなかった。
詩音は唖然とし、魔理沙は吹き出していて、美鈴は驚きながらも生温かい目をしている。
その反応を見て、フランドールは少々慌てて訂正した。
「あっいや、そういう意味じゃなくて……
……どうせまた一人になるんだから、だったら詩音がいた方が楽しいかなーって」
「一人って……紅魔館のみなさんと、遊ぶんじゃないんですか?」
不思議そうに詩音が尋ねる。フランドールが先ほど言っていた、何よりもささやかで、大切な願いを添えて。
だが……自らの願いだというのに、フランドールは俯き、泣き出しそうな顔をしていた。
「もちろん、そうしたい……けど。けど、地下室から出て、私が私でいられるのか……あの
「…………」
「現に、昔一回だけ、私の悪い部分を封印してもらったのに、すぐに解けちゃったし……。
……それに、どうせ私なんか、お姉様には嫌われてるんだから──
「それは違いますっ!!」
突如、爆音が轟いた。
フランドールも、魔理沙も、美鈴も。あまりにも急なその変化に、目を丸くせずにはいられなかった。
怒り、憤り、哀れみ、その他諸々の感情を爆音でぶちまけた、詩音の変化に。
もしこの場に詩音との付き合いが長い者がいれば、腰を抜かすほどに驚いていただろう。何せ、彼女が感情をここまで激する場面など、誰も見たことがないのだから。
「ええっと! 何から何まで違いますが、取り敢えず。どうして、フランさんがレミリアさんに嫌われるんですか?」
「……っ、だって、私、お姉様を……その、こ、こ、壊し、かけて──
「ったく、つくづく情けないですね『お前』は!!」
「!?」
更なる語気が反響する。音波のみで壁をも突き崩せそうな、それほどの語気。その威圧にフランドールが、妖怪の中でも強い力を持つ吸血鬼が、動くことすら叶わなくなっていた。
声を出そうにも舌は動かず、頭は真っ白。それは、蛇に睨まれた蛙、と、そういっても過言ではない光景。
その咆哮で、幻想郷全土が揺れた気がしたのは……流石に気のせいか。
「それ全部、過去の出来事じゃないですか! そんな、私が生まれる遥か前のことを言い訳に『使うな』!!」
「お、おい詩音、ちょ、いったん落ち着け──
「そ・れ・に! 実際あなたの『姉貴、レミリアは』、過去の行いを悔いて人間の私なんかに頭を下げたんですよ!? 大切な家族のその気持ち、『此奴のためにも少しは』汲み取ってあげて下さい!!!」
「っ!? お、お姉様が!?」
これまでにない程強い詩音の口調に、フランドールの混乱はいよいよ極大まで達したようだ。焦点を合わせることもできていないが、最後の望みと、すがるように詩音の瞳を見つめようとしている。
一方の詩音は魔理沙に諭され、ここまで激しく感情を顕にしたことを省みていた。
詩音は一度、深く息を吸う。
「……それでもまだ、一人ぼっちになると言うのだったら──」
そして、ゆっくりと吐きながら──
「私達が、フランさんの友達になりますよ」
「──えっ? と、ともだ……ち……?」
フランドールは思わずきょとん、としてしまっていた。
何故なら、先ほどまでの強過ぎる感情は鳴りを潜め、詩音は優しく微笑んでいたからだ。
……尤も、少しだけ
その様子を見て、ほっとした顔を覗かせながら魔理沙が食いついてきた。
「おい詩音、“私達”ってことは、勝手に私も含んでるだろ」
「あれ、魔理沙さんなら『私はもう友達だぜ!』とか言うと思ったんですが」
「はは、違いねえ。フラン、私達はもう友達だろ? それとも……私達じゃ、ダメなのか?」
寂しげな表情をしつつ、魔理沙はフランドールに尋ねる。
……相手を余程嫌悪していない限り、そんな顔をされて否定できる者など皆無だろう。
「っ! いや、そんなことは……!」
「ふふ。ならば、妹様はもう大丈夫ですよ。なんたって、“一人ぼっちじゃない”んですから」
「そうそう。一人でないのなら、そこから二人になろうと三人になろうと百人になろうと、大して変わらないんですよ」
「
ここぞとばかりに、三名が矢継ぎ早に言霊を放つ。それらは、端から見れば訳の分からない、少女達の戯言。何せ、理論は跳躍するわ、いきなり百人に増えるわ、突然詩を改変するわ……。
だが、友人の言葉を一身に受けた少女は──
「──っくく。ふふふっ、あははははは!!
あははっ、もう、何が何だか、わかんないよそれ……!」
笑っていた。
心の底から、可笑しそうに。見た目相応の、無邪気な笑顔。
それこそ、涙が出る程──そう、笑い過ぎで涙が出る程、笑っていた。
笑い過ぎで──と、いうことにしておこう。
「まあ、つまり……フランさんは一人なんかじゃありませんから、そんなこと言わないでください。そして──レミリアさんを、一人にさせないでください。
大切な、家族なんでしょう?」
「…………うん」
少し落ち着いてから、詩音が語りかけた。自らに向けられたその言葉を、フランドールはゆっくりと、噛みしめるように聞き入っている。
フランドールの目には、もう涙は見られない。表面上は平静だ。
しかし、心の中もそうであったかと言われれば、それは違うであろう。この半刻もしないうちに波瀾万丈、様々なことが起こり過ぎていた。
故に、仕方ないのだ。
──星を見上げ、苦々しげな表情で呟く姿を見逃したのは。
「……家族、ねぇ」
「? どうかしたの?」
「いえ。さ、フランさん、そろそろ決着をつけましょうか。次は私から行かせて貰いますよ!」
まるで何かを誤魔化すかのように詩音は叫び、
その言葉にフランドールは慌てて、迎撃の構えを整えた。
「……って、あれ? そういえば詩音がスペルを宣言するときって、いつもモヤモヤの中から出てきてたような……」
「ああ、それですか。なんか、こんなスペルを発動したい!って想像すると、勝手にそのスペルのカードが出来上がるんですよね」
「なにそれこわい」
「あ、でも三枚だけ、既に形になっているスペルカードも持ってますよ」
「……そのシステムなに?」
「さあ?」
フランドールは苦笑する。人智を越えた存在である妖怪の想像を越えてくる人間とか、苦笑いのほかにしようがないだろう。
願わくはそんな詩音が、人間との接触経験がほとんどない彼女にとっての基準にならないことを祈るのみである。
「ともかくフランさん、これは私から貴方への餞別です」
「せんべつ?」
「はい。地下に囚われ、破壊しか知らなかった『悪魔の妹』を離れ、今まさに世界を知ろうとしている『フランドール・スカーレット』に対する、ね!」
そして詩音は、高くスペルカードを掲げた。
『幻想のアニマ-旭日昇天-』
詩音のスペルが宣言された瞬間──辺りは、光の海に包まれた。
彼女を中心にして広がるのは白い、球状や光線状の弾幕。これまでのスペルに比べれば飾り気は少ないが、その量が桁違いである。目も眩む程に部屋を埋め尽くすそれは単純ながら、それ故に見出だされる美しさを感じさせた。
「……っ!! まずい──」
まさかここまで弾幕の勢いが凄まじいとは思っていなかったのだろう。反応が遅れたフランドールは、反射的に自らもスペルを宣言していた。
QED『495年の波紋』
フランドールから放たれるこちらも大量の、青白い米粒状の弾幕が、詩音のものと激しくぶつかり合う。あるものは打ち消し合い、あるものは押し負けて相手の方へと襲いかかってゆく。
紅い部屋の中は、この時だけは正反対の、白い光で溢れていた。両者の弾幕が入り乱れ、昼が顔を覗かせたかの如く辺りは照らされる。
しかし、スペルを宣言して対抗しているにもかかわらず、フランドールの方が若干劣勢だった。微笑で弾幕を放つ詩音に対し、フランドールのその笑みは少々ひきつっている。
──更には、詩音のスペルが発動していたのは、これだけではなかった。
「──っ! おい中国、あれはなんだ!? 詩音に集まっていってる、あのオレンジのやつ!!」
何かに気づいた魔理沙が声を上げる。
その指の示す先では、彼女の言うように橙色の、
「いや中国って……。
えーと、あれですか? あれは……感じられる気からするに、エネルギーっぽいですね」
「え、エネルギー?」
「ええ。しかも、たぶんあれは──
──さっき詩音さんが使った、自分を光らせるスペルの残骸ですね」
「はあ!? なんだそれ!?」
傍観者がそう話している間にも、その橙色の儚い光はどんどんと詩音へと集っていく。
そしてそれが、全て翡翠の少女に収束し切ったとき──白い弾々が、翡翠の光に照らされた。
「フランさん」
「……っ、なに……」
「これまであなたが、どんな思いをしてきたのか、私にはわかりません。きっと想像を絶する、なんて安い言葉じゃ足りないんでしょう。
でも、あなたは──フランドール・スカーレットは、姉譲りで優しい方なんですから。絶対に、大丈夫です」
「なによ、いきなり──って、何、この緑の光……!」
「ですから、私がフランさん
詩音は、静かに目を瞑り──大きく、見開いた。
──幻想的な翡翠の光が、抱擁するように全てを照らし尽くす──
「──紅魔の夜明けに、輝く
そして周囲は、見覚えのある太陽の光を帯びた、星より多くの弾幕に包まれた──
Stage6 純粋無垢の狂気 ~フランドール・スカーレット~
Stage Clear!
────ALL CLEAR!!
私自身あまりモチベーションが長続きする方ではないので、宜しければ感想や意見、ダメ出し等を頂けると嬉しいです。庭駆け回って喜びます。まあ庭ないんですけど。
ちなみにこの物語、このまま行くとたぶん100話を越えます。……気長にお付き合い下さい。