銀河英雄伝説:転生者たちの輪舞   作:madamu

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序幕:銀河の反対側で

同盟軍参謀本部ビルの比較的高い階層にその部屋はある。

【同盟軍情報部戦略調整室】

情報部なので部署プレートなどない。

 

「これでヤン・ウェンリー准将が昇進か」

やや批判的な口調で呟き、イワヌマ・アユミ大佐は一つ嘆息する。

東洋系でやや疲れたような容姿をしている40代の、もうすぐ50歳の女性佐官。

20代から30代にかけて帝国首都星オーディンに7年間スパイとして滞在し、多くの情報を回収してきた女傑である。

通称「首都星から帰ってきた女」というそのままの渾名がついている。

 

「なにか問題なのですか?」

副官のラピン少尉が訪ねてくる。

少尉は情報部配属という内勤者のイメージとは違い体格は非常に良い。2mに近づく長身だが、専門は言語学であり、同盟領内だけでなく、帝国との接地宙域の地方言語にも精通しているインテリだ。

 

「なにか問題?問題だらけだ。この男の昇進は大敗のカモフラージュだ。そうなるとフェザーンあたりで情報戦が熱くなる。下手をすると評議会で外交交渉問題の可能性もある。もっと言えば、大敗のしりぬぐいを嘘でごまかすのは、軍内士気に関わる。完全な上層部の隠蔽人事だ」

ラピン少尉は上司が口調鋭く、多弁になる時は大抵機嫌の悪い時だと1年半の付き合いで何となく理解していた。

この部屋から出ると、鉄仮面もかくやというポーカーフェイスだが室内では上層部批判も呼吸のように出てくる毒舌だ。

 

「まあ、軍内士気ならまだいい。問題は市民の交戦意欲が高まることだ。天才の英雄様の登場でメディアも取り上げ、いやおうなしに興奮する馬鹿どもと、興奮させようとする者どもが出てくる。何人死んだんだ。万単位の人間が数時間の戦闘で死亡だぞ。それでいて帝国への敵対意識を煽るための准将の昇進など糞以外の何物でもない」

そう言いつつイワヌマ大佐は自席から立ち上がる。机上のベレーを頭に乗せ形を整える。

「ラピン、車を回してくれ。閣下のところだ」

「はっ」

ラピンの返事を背中に受けつつイワヌマは部屋を出た。

行先はただ一つ。

かつて少将の地位まで行き、退役軍人会の支持をとりつけ、20年前に41歳で政界進出し、現在は国防副委員長と人的予算委員会の委員を兼任するユーリ・ドゥビニン氏だ。

イワヌマが頼りにする転生者の一人だ。

 

 

「これで、どうなりますか?」

「予想されるのはイゼルローンの流れは起きるな」

イワヌマの来訪を予期していたドゥビニンはオフィスから人払いをし、比較的大きい音で音楽を流し始めた。

盗聴対策だ。それ以外にも遮音フィールドを利用するなど、極力会話を気取らせない工夫はしている。

イワヌマも調整室とは違う落ち着いた口調だ。

「そうですか。そうなると原作通りなのはそこまでですね」

「うむ、そうなるな」

ドゥビニンはテーブルの紅茶を一口飲む。そうなのだ。この世界で原作通りに進むのはここまでだ。

差異は起きている。だがそれでも大きな時代のうねりには勝ち得ていない。

アスターテは起きた。そしてヤン・ウェンリーは英雄として帰還した。ジャンロベール・ラップの生還のおまけをつけてだ。

 

「ではイゼルローン奪取後は」

「予定通り、条件付きの講和をフェザーン経由で交渉できるかもしれん」

「そうですか。ではリンチは動くと思いますか」

「君の意見は」

「将官は一律情報部の監視下に置くのが良いかと」

「参謀本部は受け入れるかね」

「受け入れさせます」

 

ドゥビニンは艦隊運用の面で評価されていた将官で軍内政治や軍内調整に関しては、目の前の女傑に全幅の信頼を寄せている。

彼女がさせるというと、大体のことは実現する。

 

 

フェザーンの外交官事務所に勤めるバン・ケンドリックはイワヌマからの暗号通信を解読し、頭をかいた。

想像以上に原作と乖離してきたのだ。

 

現時点でアスターテにおいて帝国側に勝利をもたらしたのは、メルカッツ上級大将旗下の分艦隊司令のミューゼル少将だ。

もうすぐ、ミューゼル中将の辞令がでるはずとケンドリックは踏んでいる。

帝国内の門閥貴族の専横はあるが、OVAで見たほど腐敗しているようには思えない。

軍事面ではメルカッツ上級大将が現場をまとめ上げ、軍務三長官と若手との意識の溝をうまく埋めているという話がいくどか耳に入ってくる。

 

一枚岩と言わないまでも、今後起きる可能性を残す帝国内内乱の規模も原作ほど大規模にはならないだろう。

 

「イワヌマさんもどうするかね?」

三人の中で唯一の現役軍人の動向が同盟側転生者の行動を決める。

ケンドリックは当面フェザーンを離れるつもりはない。地球教の動向調査は、文化学者志望としても、銀英伝ファンとしても最優先事項としているからだ。

 

ケンドリック、イワヌマ、ドゥビニンの三人は協力関係だが運命共同体ではない。

イワヌマとドゥビニンは戦争での勝利、ヤンのいう恒久的平和ではなく、数十年の平和を目指している。

だがケンドリックは少し違う。最前線の観測者を自称している。

帝国の情報をハイネセンに送っているが、同盟の情報を時折帝国にも流している。

二つの陣営に複数の転生者。これほど面白い状況は中々ない。

 

「さて」

ジャケットを羽織り、ケンドリックは情報交換に向かう。

今日は先日フェザーン駐在帝国武官に仲間入りしたキスリング中尉と落ち合う予定だ。

今朝からあのキスリングと出会えると思うとケンドリックは仕事に身が入らなかった。

 

銀河の彼方と銀河の此方。そして間を結ぶこの地。

小説で読むよりも銀河は広く、秩序と混沌が入り混じっていた。


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