果敢にドラゴンへと挑みに行くレイを観戦しながら、シルヴィアは最愛のなんとも漢らしいその姿に惚れ直していた。
「くふふっ!……ああ、レイ! 君という人はどこまで私を魅了すれば気が済むんだっ」
先まで真っ白だった頬を紅潮させてレイを見るその様子はなんとも蠱惑的だった。
反対に一足早く極寒の空気を纏うのがギルバートだ。
「……あの愚か者、よほど死にたいように思える。さっさと炎に焼かれて灰になればいいのに」
レイのためにと多くの時間を割いて対策したのに、あっさりとそれを投げ捨て命の獲り合いに興じたことに怒り心頭だ。
「レイさんにはあとでお説教です! あれほど無茶はダメですって言ってるのに!!」
ぷんぷんと可愛らしく怒っているアリスだけがこの場では癒しであった。
アリスはいつも無茶ばかりするレイのために癒者の勉強に励んでいる。どうしても仕方のない状況ならいざ知らず、回避できるのに自ら怪我をしに行っているのはいただけないだろう。
このようにレイの仲間たちは三者三様に反応を示すが、それぞれ共通していることがある。
それは三人が三人とも、レイが死んでしまうことを考えていないことだ。……まあ一名、本気で死んでくれないかとは考えているが。
その様子を唖然と見ているのはエステルだ。
仮にも親しい友人が自分から死地に飛び込んでいるのだ。もっと心配してもいいはず。なのに……。
思わずエステルを声を上げた。
「ちょっとみんな! どうしてそんな平然としてるの!? このままじゃレイがっ……!」
半ば問い詰めるようにがなるエステル。彼女はレイが自分を犠牲にすることに良しとしていることに納得していない。そんな彼女に、これも三者三様の反応が返ってきた。
シルヴィアはあきれたように息をつき、ギルバートは我関せずと眼鏡のブリッジに指を添える。残るアリスは彼女が何をそこまで焦っているのかわからなかった。
そんな時だった。会場が悲鳴交じりに沸いたのだ。
釣られ、四人は会場に目を向ける。
視線の先では、レイがドラゴンの振り払われた尾をかがんで避けているところだった。
気づいたらエステルは柵に身を乗り出していた。
レイはそのままドラゴンを斬りつけようとしたが、追撃として放たれた右腕の一撃に邪魔をされる。避けないわけにはいかず、とっさにバックステップで躱して岩陰に隠れた。
ドラゴンがさらなる追撃でレイが身を隠した岩を砕く、がしかしそこにはもうレイはいなかった。標的を見失ったドラゴンがすかさずレイを警戒するように首を振り、目をぎらつかせる。
一部始終を見終えたエステルはレイが無事なことにひとまず息を吐いた。
そこにシルヴィアから声がかかる。
「エステル、君はまだそのようなことを言っているのか」
そこにはまぎもなく失望の色が込められていた。
「なっ!? 心配するのは当然でしょ!!」
つっかかるエステルに素知らぬ顔をして無視をするシルヴィア。どうやら
その様子にカッとなり詰め寄るエステル。
突然始まった乙女たちのバトルにアリスはレイそっちのけでおろおろと二人の間をうろうろしだす。
そんなものお構いなしにフィールドを見ているのはギルバートだ。
「ふんっ、おそらくあのクソ愚か者は縛りを設けている。……攻撃呪文と防御呪文といったところか。剣を持っての実戦、および命を刈る攻撃を避け続けることで戦闘勘と精神力を鍛える。そういう腹積もりだろう」
その言葉にエステルとシルヴィアもお互いに構っていられないと改めてフィールドに目を向ける。
そこには姿を現したレイが、人の頭ほどの岩を呼び寄せてそれをドラゴンの頭にぶつけていた。しかしひるんだのはわずかであり、近づき剣を突き付けるのは無理だった。
そこから再び、ドラゴンの猛攻をレイが避け続ける構図となる。
「私たちの模擬戦ではなかなかできないことだな……むう、レイのいけず。ドラゴンが相手と分かった時から考えていたのだろうな」
「そしてそれを俺たちに言えば猛反対は必至。だからせめてもの償いとして、最初は俺たちとの特訓の成果を見せつけたのだろう……ちっ、小賢しい」
フィールドでの攻防を見ながらシルヴィアとギルバートが解説を入れる。
しかしレイの安否に集中するエステルの耳に二人の言葉は入ることはなかった。エステルはただ、レイの一挙手一投足に集中する。
……それを、アリスが心配そうに見つめていた。
ようやく、アリスもエステルが心配
そんな中、フィールドでは動きがあった。
ドラゴンが攻撃するたびに砂煙が舞う。がしかし、レイの目には異物から瞳を守る魔法がかけられており、砂ぼこりや小石の破片がレイの視界を妨げることはない。だが、舞い上がった砂煙がドラゴンを一時隠してしまうのは防げない。
そんな時だった。砂煙で見えなくなったドラゴンの尾がふいにレイにとんできたのだ。
完全な不意打ち。
避けるのは間に合わない。そう判断したレイはとっさに左に持ったグリフィンドールの剣を楯にするように構えて後ろに飛ぶ。
そこにドラゴンの一撃がレイに直撃した。
瞬間、会場が恐々と沸く。
「レイっ!!」
エステルも柵に乗り出して彼の名を叫ぶ。
彼女の目の前で勢いよく吹き飛ぶレイ。しかしレイは即座に右手の杖を軽く振る。
するとレイは突然空中に停止する。
そのまま落下して無事着地を果たす。と同時に杖を一振り。レイの足元から唐突に砂煙が舞い上がる。
今度は彼のほうが完全にドラゴンから姿を隠したのだ。
ドラゴンは煩わし気に右腕で砂煙を横に薙ぐ。払われたその先にはすでにレイの姿はなかった。
またかくれんぼが始まり場は膠着する。
「とっさに後ろに飛んで衝撃をいなしたか。私では一瞬判断が遅れて不完全な防御呪文が間に合うが次の攻撃でチェックだった。やはり土壇場の判断力はレイが上だ」
「右腕も逝っていないな。だがいなしたとはいえ剣を支えた右腕にはかなりの衝撃があったはず。よくもまあ、ああもすぐに杖を振れるものだ」
「レイ……」
平常を崩さず戦況を見守るシルヴィアとギルバート。逆にエステルは心配と不安でいっぱいいっぱいだった。
シルヴィアとギルバートの言葉が本当ならば、レイは自ら自分の行動を制限してあのドラゴン相手に修行をしている。
レイの安否にエステルの心が踏みつぶされそうになる。
そんな時だった。不安に苛まれるエステルの手を誰かが握ってくれたのだ。
「大丈夫ですよステラさん。レイさんは死んだりしません」
温かい手だった。
心配するエステルの手を強く、優しく。アリスが握ってくれたのだ。
「アリス……」
そのぬくもりはエステルを幾分か冷静にさせてくれた。
アリスはエステルを安心させたかったのだろう。ここで思わないことを口にしたのだ。
「レイさんは確かに自分のことを考えないダメダメなところがあります。でも、この数年間で培ってきたものは、養ってきたものは無駄じゃないです。だって……
「……えっ?」
アリスから及ぼされた情報は、聞き逃せないものだった。
目の前にいる天才と秀才に、勝つ……?
「レイはそんなに強いの?」
エステルがいつもレイから聞く話は自分が負けてばかりというものだ。
それは事実であった。しかしいつからか……それはレイの謙遜になっていた。
フィールドから目を離すことなくシルヴィアが答える。
「実戦さながらの何でもありの勝負なら……レイは私とギルに
「えぇっ!?」
驚愕の真実にエステルが声を上げる。
シルヴィアは構わず続ける。
「レイは今更言うまでもないが努力家だ。何度私たちに打ちのめされても、あきらめずに考えて、考えて、考え抜いた。そしてたどり着いたのが、自らを鍛え抜き、近接戦を主軸にした戦い方だ」
その戦い方は魔法使いとしては下法下策もいいところだ。魔法使いの風上にも置けないといわれても仕方がない。
だが、レイにとってそんな風評など唾棄すべきものだ。
いかに相手に勝ち、守り抜けるのかということこそ重要だ。
「あの愚か者が編み出した戦法は、いうなれば魔法使い泣かせの近接スタイルだ。鍛えた身体能力にものを言わせて相手に速攻で近づき、魔法の早打ちや空いている左手で力尽くで黙らせる」
「通常ならば中距離で魔法を打ち合うほうが強いのが当然だ。だが自らに迫る魔法を最小限の動きで次々と潜り抜け、気づけばすでに目の前にいる。飛んでくる魔法を相手の視線や杖の動きで予測できるレイだからこそできる芸当だ」
「俺たちが杖を振っているのを何年も意識して見ていたらなんとなく分かるようになった、と聞いたときは一周回ってあきれたものだ」
「三年生の時にシルヴィさんの魔法を初めて避けた時はびっくりしました!」
「そう、なんだ……」
レイは強い。
アリスはこれを知らないからエステルが心配していると
違うのだ。
エステルの不安は、心の暗いところでくすぶっているものはそれでは晴れない。
なぜなのか。
なぜこの三人と自分でこうも心配の度合いが違うのか。
決まってる。
自分の知らないレイの根幹、その何かを知っているから信じられているのだ。
レイがこんなところで終わるはずがないと。
それと同時に。
自分はなぜ、
苦しい。
エステルは胸をぎゅうっと抑える。
それだけではない。
また一つ、自分の知らないレイがいた。
相手のことを何でも知りたいというのは傲慢だ。そんなことはエステルもわかっている。けれど、今のエステルにとって知らないということに敏感であった。
その証拠に、ひときわ大きく胸の杭が疼いた。
唇を噛みしめてこらえるエステル。
その様子にアリスは戸惑う。レイは強いからと安心させようとしたのに、かえってエステルは苦しそうにする。
アリスは心配しさらに声をかけようとしたところで会場が再び沸いた。
「はぁ、はぁ……。ようやく一撃当てられたっ……!」
自分が成し遂げたという実感に、レイは思わず笑みを浮かべる。
ほとんどまぐれだった。
自身の隠れていた大岩を砕かれた瞬間、それを察していたレイが即座に岩を砕いた右腕を切りつけたのだ。
ドラゴンの攻撃を避け続け、魔法ではなく剣で一撃を与える。
レイは自分が確かに成長し、力をつけているという実感に、充足感に。笑みが深まっていくのを感じた。
だが浸っているばかりではいられない。
目の前には右腕に浅く切り傷を携えたドラゴンが、その傷に構うことなくレイに右腕を振り上げているのだから。
「ふっ!」
レイは浅く息を吐き、その右腕を躱す。
ドラゴンの猛攻は続く。
左腕で払い、また左腕で踏みつけ、尾で薙ぎ払う。
もう二度と身を隠す隙を与えまいと、ドラゴンは次々にレイを殺す一撃を繰り出してくる。
一瞬先にある明確な死の世界。
体力が、精神が削られていく。
薙いだ腕に巻き込まれた小さくない石が自身の体を打ちのめす。
……それでもなお、レイの顔には笑みがあった。
巨大な敵の攻撃を避けれているのが嬉しい。魔法を最善手で繰り出せているのが嬉しい。あのドラゴンに一撃を与えられたのが嬉しい。
自分の力が、守る力が確実に強くなっていると実感できることが……心から嬉しい!!
……ああ、これは認めざるを得ない。
これまでさんざん言われてきたが、レイはようやく認める。
自分は、自分のためになるならば……戦いに狂えると。
死の淵にいようとも、嗤える。どこまでも壊れた人間であると。
「は……はは。あはははっ!」
気付けば、レイは声を上げて笑っていた。
「どうしたっ!? 俺はまだ生きてるぞ! このままならお前は
『ッグラァ……!!』
レイの言葉が分かったわけではないのだろうが。
ドラゴンの猛攻は苛烈を極める。
そう。このまま長期戦に持ち込まれれば負けるのはドラゴンの方だ。なぜなら、ドラゴンは
このグリフィンドールの剣にはある秘密があった。
グリフィンドールの剣。
それは自らを高める力を持つ魔法剣。
この剣はかつて、レイとハリーの手によってバジリスクに傷を与えてる。
そしてこの剣の持つ能力は、自身を強化するための力を傷つけた相手から吸収するというもの。
それは、いまレイの持つグリフィンドールの剣に……バジリスクの毒が付与されていることを意味していた。
その毒は非常に強力であり、わずかな切り傷さえつけられれば、たとえドラゴンであろうと必ず倒せる。
だが、さすがはドラゴン。レイの目から見てもその蒼銀の巨体からは未だに毒に侵された様子は見えない。
このまま姿を隠し、時間稼ぎに徹すれば勝てるのは確実にレイだ。
だが、それはレイの望むところではなかった。
「っ!! そう来なくっちゃなぁっ!」
苛烈極めるドラゴンの猛攻を、レイは紙一重で切り抜けていく。
だが無傷でさばききれるはずがなく、次々にレイの体は傷が刻まれていく。
ここでレイの持つ剣が重しとなってくる。
杖だけならば避けることはもちろん、即座に反撃の魔法を出せるほど身軽に動けるはずだ。いっぱしの剣士であれば剣を体の一部のように動かせるはずだ。
だがレイはそうではない。
たった一年と少し剣を振り続けただけの素人が、実戦で初めて剣を持って闘いに臨んでいるのだ。
正直、砂煙の向こうからの一撃をとっさに防げたことさえ奇跡だっだ。
現に剣を支えた右腕は未だに痺れが取れていない。
さらにそこに自殺行為の縛りを設けている。立ち回りに支障がでるのは当然だ。
「やっぱ剣だけでドラゴンはきついなぁっ……!!」
体力に自信のあるレイであっても、動き続け、傷つき続ければ動きも鈍くなっていく。
そしてその時はきた。
『グウラァッ!!!』
「……ぅがぁっ!!?」
ドラゴンの左腕が、精彩を欠いたレイの体をかすめ取ってしまったのだ。
下手な原木と同じほどの腕から放たれる一撃だ。かすめただけとはいえその衝撃はすさまじいものだ。
レイは後ろに吹き飛ばされ地面に転がっていく。
「……ッ、グッ……!!」
地面に転がる小石が追い打ちとばかりにレイに突き刺さる。が、レイはすぐに起き上がって見せる。
その体は左上腕から左胸にかけて切り裂かれていた。あまりにも痛々しいその姿だがレイは痛みに意識を割いている暇はなかった。
『……グウウウゥッ!!』
なぜなら、立て直したレイを焼き殺そうとドラゴンが青白い炎を口から溢していたのだから。
「まっず!?」
レイは爆ぜるようなスタートダッシュをきる。
次の瞬間。
ドラゴンの口から満を持して放たれた蒼炎がレイに襲い掛かった。
一直線に放たれた炎は先ほどレイの居た場所を瞬時に焼き焦がす。
ドラゴンはそのままレイの逃げた方へ首を向けて追い立てていく。
「……っ!!」
背後に迫る灼熱。
背中を焦がしながらレイはひた走る。もはや身を隠すほど大きな岩はそうはなく、そこにたどり着くまでにレイは焼き殺されてしまうだろう。
何か、何かないかっ!?
レイは迫る死に追い立てられるようにそれでもなお思考を巡らす。だがその思考を邪魔する様に左腕が重かった。
やはり左手にある剣が邪魔…………。
そこで、レイはひらめいた。
邪魔ならば……。
「一か八かっ……
剣を、投げたのだ。
やけくそに、しかし確実にドラゴンめがけて円を描きながら飛んでいくグリフィンドールの剣。
これにはドラゴンも無視はできない。
『グゥアッ!?』
いきなり飛んできた剣に、ドラゴンも吐き出す焔を飲みこむ。
そこに剣が口元をかすめた。
回転しているだけでドラゴンに浅く切り傷をつけたのはさすが伝説の剣であるといえようか。
『グルアアッ!!!』
ドラゴンはさらに怒りを浮かべてレイへ首を向けるが、そこに彼はいなかった。
「さっきも言っただろうが。何があっても敵から目を離すなってよ」
……その声は、ドラゴンの足元から聞こえてきた。
そこにいつの間にかもぐりこんだレイの姿があり、その手には……。
「チェック・メイトだ」
その声がドラゴンの耳に聞こえた時には。
グリフィンドールの剣がドラゴンの体に深々と突き刺さった。
『GiiiiiiiYaaaaaaaaaaッ!!!!!??』
会場をつんざくドラゴンの悲鳴が響き渡る。
あまりの痛みに暴れ狂うドラゴンから、レイは刀身を抜き出す。
ドラゴンの血を半ば浴びるが気にせずすぐさま身を離す。
腕が、首が、翼が、尾が。
痛みを逃がそうと不規則に暴れるドラゴンから、大量の血がフィールドを赤に染める。
レイの決死の一撃はドラゴンに痛烈な一撃を与えた。しかしそれは致命傷にはなっていない。
だがしかし。
『Gyaッ、gu……Ryaaaaa……?』
ドラゴンは徐々に暴れる力を緩め、ふらつき始める。
そう、バジリスクの毒がようやくドラゴンをむしばみ始めたのだ。
最初のかすり傷から先のグリフィンドールの剣による深手、とどめに暴れたことで血のめぐりが上昇したことが毒の回りを早めたのだ。
「ふぅ、はぁ……っ」
レイはその様を離れたところから見守る。
そして、ついに……。
『グゥ、りゅぅ…………』
どっすんと、重たい音を立てながらドラゴンは地に付したのだった。
砂ぼこりがフィールドの中央で舞い上がる。
「…………」
レイは剣を構えつつ慎重に倒れ伏したドラゴンのもとに歩み寄る。ドラゴンは瞳だけでレイを追うだけで、体を起き上がらせる気配はない。
それを見たレイはドラゴンの傍まで行き、自分を見つめるドラゴンの顔にそっと手を添えた。
「付き合ってくれてありがとな。あとでダンブルドア校長の不死鳥にでも直してもらいな」
『…………』
ドラゴンにその言葉が通じたわけではないのだろう。だが、ドラゴンはようやく瞳を閉じて体の回復に集中するように一度大きく息を吸った。
その様子に早く解放してやろうとレイは目的のものへと歩み寄る。
その姿は激戦を表していた。
大きなものでは上半身に爪痕、背中は服が半ば溶けて火傷が見え隠れしており、後ろ髪も焦げている。小さい怪我も含めれば数えるのもばからしいだろう。
だが、レイの歩みは真っすぐだった。
そして……。
「よっと」
レイはようやく目的の物……金の卵を手に入れる。
会場はいつからか静まり返っていた。だがレイが金の卵を手に入れたと理解した瞬間。
会場全体が爆発した。
歓声、歓声、歓声の嵐。
事実上、二度もドラゴンに勝ってみせたレイに、会場はどこまでもヒートアップしていく。
「ふう……。あー死ぬかと思った」
右手に金の卵を、左手にグリフィンドールの剣をもって会場の真ん中でレイは一息つく。
「悪かったな、お前を投げちまって。信じてドラゴンの下に駆けてよかった。ありがとな」
レイはグリフィンドールの剣に話しかける。
剣は赤い宝玉を数度きらめかせた後、溶けるように姿を消していく。
次はないぞ、と言われたような気がして。レイは苦笑して相棒を見送るのだった。
レイが剣を見送る中、シルヴィアは感無量であった。
「ああもうっ! 本当に愛おしいな君は!!」
最愛の勇ましい姿に身もだえる天才をよそにギルバートは先の闘いを反芻する。
「剣が手元に戻ってくること前提の作戦。あのクソ愚か者めが、俺たちの苦労を徒労にしておきながら最後の最後で分の悪い賭け頼りとは……ドラゴンに勝てた運が俺に通ずると思うな」
初めに抱いた怒りも反芻されたようで、怒髪天をつく秀才をアリスが抑えていた。
「ぎ、ギルさんっ、レイさん大怪我してますのでお仕置きはほどほどにっ……」
お説教だと言っていたアリスもさすがに躊躇はしているようだ。
レイの親友たちが各々反応を示す中、レイの闘いを黙ってみていたエステルは。
「……っ」
唇を噛みしめて、何かをこらえていた。
………だがそれも長くは続かなかった。
「っ!!」
エステルは、駆けだしていた。
「あっ、ステラさん!」
「アリス、ダメだよ」
思わず止めそうになったアリスをシルヴィアが止めた。
エステルの背はすぐに見えなくなってしまった。アリスが最後に見たその横顔には、涙が浮かんでいたように見えた。
「ど、どうしてですかっ? ステラさん、辛そうでしたよ!」
アリスは引き留めたシルヴィアに問い詰めるが、それにギルバートが答えた。
「奴も向き合う時が来たのだ。二年のころの俺たちのように」
「あっ……」
ギルバートの答えにアリスもはっと気づく。
二年のころ、自分たちが向き合った。たった一人で戦い続けたレイに。
そこでようやく、アリスはエステルが第一の課題の最初から様子がおかしかった理由を悟った。
きゅっと唇を結び、スカートの裾を両手でぎゅうっと握りしめるアリス。
涙を浮かべてこらえるアリスにシルヴィアがそっと抱きしめた。
その背をなでながらシルヴィアが確信に触れる。
「私たちが知っていて、エステルが知らないこと。私はあの時、確かにレイは今の彼女には言わないだろうと言った。けれど、そんなこと関係なく。レイに聞く機会はいくらでもあったはずだ。レイがたとえ教えなくとも……聞くことだけはできたはずだ」
シルヴィアが一人語る傍でギルバートは腕を組んで黙るだけだ。
「それでもエステルは聞かなかった。
「…………っ」
こくこく、とシルヴィアの胸に顔をうずめたアリスは無言でうなずく。
「最近、燻ぶっていたものに火が付いたような気配はしていたが、ようやく向き合う気になったらしい。アリス、優しい君? どんな結末を迎えても、私たちはレイとともにあろう」
「~~~~っ!」
自身の胸に顔を押し当てて必死に耐えるアリスを、シルヴィアが愛おし気になでる。
黙って聞いていたギルバートは組んでいた腕をほどき懐から杖を取り出す。
「あの二人がどうなろうがどうでもいい。まずはあのクソ愚か者をとっちめるぞ」
「……ギル、君の頑張りを無下にされた怒りは分かるが、おそらく死体蹴りになるから少し時間を空けような」
エステルは走る。
胸に穿たれた杭は、限界まで突き刺さってしまった。
そこからあふれ出したものが、ただがむしゃらにエステルの体を突き動かす。
エステルは、わかっていた。
レイが奥深くに隠している何かに触れる機会は何度もあった。けれど聞けなかった。
レイに拒絶されるのが怖かった。レイに誤魔化されて話してくれなかった時に傷つきたくなかったから。だけど、何より……。
レイから、打ち明けてほしかった。
だけど、それは結局叶うことはなかった。
打ち明けてもらえるように努力はしたつもりだった。
勉強や戦いでは支えられなくても。
彼が大事にしていた日常をともに歩んで。嫌がられるかもと思ったが彼の悪いところはきちんと注意して。ハリーたちと一緒に笑って過ごして……。
他人に打ち明けられない何かを抱えた彼の心に、寄り添えるように。
でも、もう……。
エステルは内から溢れるものに抗わず、一人走り続けた。
次回、『こまりわらい』。