巧は現在、大洗町に来ていた。
聖グロリアーナ女学院と大洗女子学園との練習試合が開催される事になっているので連盟側からの審判と運営、進行をするために来ているのだ。
大洗町は20年ぶりの地元の戦車道チームの試合と聞いて地元の人はかなり積極的に手伝ってくれている。
全国からも戦車道名門の聖グロリアーナの試合と聞いて戦車道ファンが集まって来ているのだ。
巧も今回の試合を楽しみしていた。
大洗女子の生徒たちがどこまで成長できるのか?
聖グロリアーナ女学院の一年生の現在の実力はどうか?
この二つが巧の大きな注目点である。
巧は大きな期待を膨らませていた。
「聖グロリアーナ女学院の生徒たちが到着したようです」
「わかりました。僕の方で挨拶をしてきます」
連盟側の運営員から報告を受けたので巧自身が聖グロリアーナ女学院の生徒たちに挨拶をしに行く事にした。
聖グロリアーナ女学院の英国戦車達がきれいな隊列で停車していた。
聖グロリアーナ主力戦車のマチルダⅡ歩兵戦車4両に隊長車のチャーチル歩兵戦車1両の計5両が待ち構えていた。
だけど聖グロリアーナ女学院のもう一つの主力戦車のクルセイダーが見当たらなかった。
だけど巧はそれに納得していた。
クルセイダーは運用が難しく、エンジンの不調や車両のトラブルが多い。
高校戦車道大会が近いためクルセイダーが運用不可能になったら大会で運用できないのだ。
「お久しぶりね巧さん」
その戦車たちの前に立っているのは聖グロリアーナ女学院の戦車道隊長、ダージリンだ。
「久しぶりですね。今回は公式戦も近いのに練習試合を引き受けてくれてありがとうございます」
巧は社交辞令のようなお辞儀と模範解答のような言葉を並べた。
「他人行儀みたいね巧さん。私と巧さんの仲でしょ?」
「一応仕事なので」
巧とダージリンが二人で話していると長いブロンドのロングヘアと大きな黒いリボンが特徴の少女が近づいてきた。
「お久しぶりですね」
「アッサム君、久しぶりです」
ダージリンと巧が会話している間に割って入った。
「公式戦目前にすまないね」
「大丈夫ですが、今回の相手の大洗女子学園のデータは私のもありませんので少し苦戦しそうですね」
「アッサム君、データだけが重要じゃないんだ。経験と緻密に計算された作戦なんだ。それにはデータも必要だけど、今回はデータのない事を想定して戦ってくれたいいと思って提案したんだ」
アッサムは納得した顔をしていた。
ダージリンは反対に元からわかっていたような顔をしていた。
これも聖グロリアーナ女学院の戦車道強化のための方法の一つなのだ。
今回の事を経験してより一層聖グロリアーナ女学院が強くなるのも目的なのだ。
「そういえば一年生はどうかな?」
「ペコは優秀な装填手ですわ。チャーチルの装填手に任命していますわ」
「一年生にしてチャーチルの装填手・・・優秀な人材だね」
「そうですわね。それ比べローズヒップは・・・」
アッサムは呆れた顔をしていた。
「彼女はこれからの人間だから。伝統を大事にするのも大事だけど、聖グロリアーナの戦車道も日々進化しないとね」
「本人はその自覚がありませんけど・・・」
そんな会話をしている中にある少女が飛び込んできた。
「巧様!」
その少女は少し身長が低くオレンジ色の綺麗な髪をした少女。
一年生にして隊長車であるチャーチルの装填手を務めているオレンジペコだった。
オレンジペコは巧に抱き着いてきて、巧はそれをそっと割れ物を扱うように抱き留めた。
「久しぶりだね」
「お久しぶりです!巧様に会えることを楽しみしてました!」
「ありがとう。君にプレゼントをあげよう」
巧はスーツの内ポケットから長方形の箱を取り出した。
それをそっとオレンジペコの手の上に乗せた。
「開けてごらん」
オレンジペコは巧に言われた通り箱を開けた。
中には装填手用の手袋が入っていた。
「ありがとうございます!こんな素敵な物を頂けるなんて・・・」
「喜んでくれて幸いだよ」
喜んでいるオレンジペコと裏腹にダージリンとアッサムは不機嫌だった。
「私たちには何もないのかしら?」
「もちろんあるよ」
巧は同じく内ポケットから物を取り出した。
取り出したのは手帳と長方形の箱だった。
「アッサム君には黒色のリボンをあげるね」
「ありがとうございますわ」
アッサムは大事そうに受け取りパンツァージャケットにしまうのであった。
「ダージリン君には手帳を」
「ありがとうございますわ。大切にしますわ」
ダージリンは受け取った手帳をペラペラめくった。
そしてあるページに目が留まった。
そこに書かれているのは『リーダーとは「希望を配る人」のこと』と一言、巧の文字で書かれていた。
「ナポレオンの言葉・・・」
「ダージリン君も『希望を配る人』になってね。だから僕からはもう一つ、この言葉を贈る」
『「勝つ意欲」はたいして重要ではない。そんなものは誰もが持ち合わせている。重要なのは、勝つために準備する意欲である』
巧は微笑みながら言った。
ダージリンはそれに答えるかのように頷いた。
そもそもダージリンを格言好きにさせたのは巧なのである。
ダージリンが一年生の時に勇気づけようと色々な格言を言ったのが始まりであった。
その後、ダージリンは格言を調べるようになり、格言好きになったのだ。
「今年の高校戦車道大会を期待しているよ」
「勇気を頂いたので絶対に優勝して見せますわ」
「その意気だ」
巧は聖グロリアーナ女学院をかなり押している。
それは過去より黒森峰女学園と聖グロリアーナ女学院は好敵手同士でお互いを高めてきたのだ。
「それよりもペコ離れなさい」
「ダージリン様と言えどそれはできません」
オレンジペコがダージリンを挑発するように巧にさっきより強く抱きついた。
「いい加減にしないとペコでも厳罰を処すわよ?」
「嫉妬ですか?ダージリン様」
オレンジペコがダージリンに煽りをかけており、ダージリンはそれに抵抗できずに居た。
「オレンジペコ君、そろそろいいかな?僕も仕事があるから」
「惜しいですが、わかりました」
オレンジペコは素直に放して離れた。
「ダージリン君も頑張ってね?」
「巧さん・・・」
ダージリンが涙目ながら頷いた。
だがその後ろの方にどす黒いオーラをまとった少女が近づいていた。
「巧さん浮気は感心しないよ?」
「ッ!?」
そこにはみほが立っていた。
あまりにも強い威圧に巧は身震いをした。
みほの瞳から光が消えており、笑ってない笑顔で巧に近づいていた。
「泣き真似やめたら?」
「あら?バレていたのかしら?」
ダージリンは舌を少し出しながら小悪魔のような笑顔で言った。
「そうやって巧さんを騙して・・・」
アッサムがみほの顔を見て何か引っかかっていた。
そしてアッサムが思い出したかのように口をひらいた。
「誰かと思えば去年に黒森峰を敗北にした西住みほさんですね」
「西住流のね」
ダージリンが補足するように言った。
前のみほならトラウマで取り乱していたが、巧のおかげで今では大丈夫になっていた。
「許せないなぁ巧さんの心に付け込んで・・・」
みほは巧に歩み寄って抱き着いた。
そして巧の首に手をまわしてそのままみほと巧の顔が近づいた。
「見せてあげるね。私と巧さんの関係を・・・」
目前だったみほと巧の顔がみほの手に力を入れられ近づき・・・
「!?」
巧とみほの唇が触れたのだ。
巧は驚いてみほの肩を手で持って引きはがした。
「み、みほちゃん!?」
巧は驚いていた。
いや、巧以外にダージリンもオレンジペコもアッサムと聖グロリアーナ女学院の生徒たち全員が驚いていた。
「これが私と巧さんの関係だよ?」
みほが見せつけるように言った。
「ご冗談を!」
ダージリンが珍しく声を荒げた。
「私のデータでは未だに巧さんと関係を持つ人物なんて・・・」
アッサムは放心状態でぶつぶつと何か呟いていた。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ・・・」
オレンジペコもアッサム同様に下を向いてぶつぶつと呟いていた。
「残念だけどここの誰よりも巧さんとは長い時間を共にしたんだよ?」
ダージリンは聖グロリアーナ女学院の誰よりも冷静だった。
「イギリスにはこんな格言があるの。『All's fair in love and war.』イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない。だから貴女との時間が長くとも関係ないわ」
ダージリンの一言で聖グロリアーナ女学院の生徒たちは正気に戻りつつあったが、あるお転婆娘のせいで不穏な空気に戻りつつあった・・・
「巧様ぁ!」
巧を大きな声で呼ぶ少女は濃いピンクのショートカットの少女の名はローズヒップ。
ローズヒップは聖グロリアーナ女学院パンツァージャケットではなく、制服で聖グロリアーナに似つかわないはしたない姿で走ってきた。
「おわっ!?」
ローズヒップはつまづいて巧にぶつかった。
ぶつかると同時に巧は転倒してその上に覆いかぶさるようにローズヒップは巧の上に乗りかかった。
その時に偶然に巧とローズヒップの唇が重なった。
『!?』
巧を含めてローズヒップ以外のこの場にいる全員が先程同様に驚いていた。
ローズヒップはすぐさま巧の顔から放して巧の上で馬乗り状態になっていた。
「あう・・・巧様ぁ」
「大丈夫だから・・・」
涙目と赤らんだ頬をしているローズヒップを落ち着かせるために巧はローズヒップの頭を優しく撫でた。
「こ、これで貴女の関係が無だと証明できたわ!」
ダージリンは自慢げな顔をしているが内心は焦っているのだ。
「ま、まぁローズヒップなら・・・」
「許せると言いますか・・・」
さっきよりアッサムとオレンジペコのショックが大きくなかったが、みほは別だった。
「巧さんがぁ・・・盗られて・・・私は・・・また・・・1人?」
みほは自分の頬に手を当てて下を向いて涙が地面に落ちていた。
みほは取り乱しており、自我がもう保てないようになっていた。
「ローズヒップ君、少しどいてくれるかな」
「は、はいですわ!」
みほがこうなってしまうのは度々あるので巧は冷静に判断ができるのだ。
巧はみほに近づいてそっと頭を撫でた。
「今日は頑張ってね。僕は見ているから」
「うん!」
みほは褒められた子供のように上機嫌になった。
「みほちゃんにもプレゼントがあるんだ」
巧はスーツのポケットからいつもより小さいボコのぬいぐるみを取り出して身の手の上に乗せた。
「御守り代わりに持ってくれたいいから」
「ありがとう・・・大事にするね」
みほはさっきの事を忘れたように上機嫌でいた。
「私は練習試合の準備に行くね?」
「行ってらっしゃい」
巧はみほを見送って腕時計に目をやった。
「僕も時間だから行かせてもらうよ」
巧は聖グロリアーナ女学院の生徒たちを置いて本部の方に戻るのであった。
~★~
巧は本部に戻ってきた。
「問題はないね?」
連盟の役員に巧が準備状況を聞いた。
「ありません。順調です」
「ありがとう。それでは審判の準備をしてくるね」
巧は普段着ているスーツの上着を脱いで日本戦車道連盟審判員の男性用審判員のジャケットを着た。
そのジャケットの二の腕辺りには日本戦車道連盟のマークが書かれており、首には「JUDGE」と書かれたプレートを下げた。
「巧先輩!準備が出来ました!」
声が聞こえる方を振り向くと篠川香音、高島レミ、稲富ひびきが立っていた。
日本戦車道連盟審判員の服装に身を包んでおり、いつでも審判ができる準備が出来ていた。
「行こうか」
『はい!』
三人は巧の後ろについて行き、審判員として行くのであった。
~★~
もう既に両校の戦車と隊員達は揃っていた。
「各校隊長、副隊長前へ」
そう言うと聖グロリアーナ女学院からはダージリンとアッサムが大洗女子学園からは河嶋桃と西住みほが出てきた。
「今回、審判長を務めさせてもらう伊藤巧です。どうぞよろしくお願いします」
巧は両校の隊長、副隊長に会釈した。
それを返すように両校の隊長と副隊長は会釈した。
「そちらの戦車は個性的ですわね。大口を叩くからもっとまともな戦車でも持っているかと思いましたわ」
「何を!」
ダージリンが大洗女子学園に対して煽りをかけた。
みほは表情を崩さなかったが、隊長の河嶋桃は怒りをあらわにしていた。
「私語は慎みなさい」
巧は先程とは違い審判員としての仕事をこなすべく普段とは違う厳しい対応を取った。
「あらごめんなさいね」
ダージリンは口では謝っていたが、態度は反省していなかった。
「両校礼!」
巧の号令と共に両校の生徒は礼をした。
『よろしくお願いします!』
両校の生徒の挨拶と共に試合が開始されるのであった。
「両校の武運を祈ります。各校定位置へ」
巧はその場を後にして審判ができる高台へ向かうのであった。
梯子を上って高台の上に立ち、双眼鏡で各校の状況を確認した。
「こちら巧、到着した。各校、定位置に到着している」
巧は無線機で他の審判員と連絡を取っていた。
『こちら香音。到着しました』
『ひびき到着しました』
『レミもいけます』
「了解。試合開始の花火を上げろ」
巧はいつもと違う仕事の顔になっていた。
巧が無線で連絡をして数秒後に花火が打ち上げられ破裂した。
両校の戦車が動き始めた。
隊列の綺麗な聖グロリアーナ女学院の戦車たち。
それに比べてまだ初々しい戦車の隊列がほほえましく思えた。
「会敵したようだね」
Ⅳ号の砲撃で聖グロリアーナのチャーチルとマチルダⅡが追撃を開始していた。
「キルゾーンに誘導して一気に叩くか・・・初歩的だが確実な策だね。でもこれが通じるかどうかは・・・」
巧は現在の状況を分析して解説していた。
巧の思った通りでキルゾーンに揃いこんだが、バラバラの砲撃で聖グロリアーナ女学院の戦車を撃破できずにいた。
そして大洗女子学園のM3中戦車リーの乗員たちが戦車を放棄して逃走したのだ。
「危ない!こちら巧!M3の乗員の保護に向かう!」
巧は無線機で他の審判員に連絡をして梯子を急いで降りた。
巧はM3の乗員が試合を放棄したことよりも砲弾が飛び交う戦場に生身で飛び出した事に対して焦っていたのだ。
『了解』
無線機から他の審判員の声が聞こえてきたが、巧は気にせずに走り、森の中を走り抜けた。
巧は森の中を見渡して乗員たちを探した。
巧の感と経験が働いて高い木の上で観戦していると推測した。
その感は的中して森の高い木の上で試合を観戦している姿を確認した。
「危ないから降りてきなさい」
巧が注意を促して降りてくるように指示をした。
そうすると乗員の6名全員が降りてきた。
「あの・・・私たち・・・」
車長と思わしき少女が涙目で必死喋ろうとしてスカートの裾をギュッと握っていた。
「怖かったろ?僕も最初は怖かったよ。でも一番怖いのは誰かが傷付くことだ。戦車を放棄したことよりも危ない車外に出たのが一番ダメなんだよ?」
そう言うとみんな泣き崩れてしまった。
巧は無線機で本部に乗員の無事を伝えた。
「こちら巧。乗員の無事を確認した」
『了解。保護をして本部まで連れてきてください』
無線機を切って少し巧は落ち着いた。
「ここは危ないから安全な所に行こうか?」
6人は泣いており返事はできないが、巧のジャケットを掴んで一緒に本部に連れて行った。
『大洗Ⅳ号行動不能!聖グロリアーナ女学院の勝利!』
巧の無線機に練習試合の終了を伝える無線が入ったが、巧は気づいていなかった。
だが巧の知らない裏では乙女たちは激突していた。
~★~
聖グロリアーナ女学院との試合を終えたみほたちは港にいた。
行動不能になった戦車たちを見送っていた。
「ごきげんよう」
「貴女は・・・」
みほは身構えていた。
試合前に激突した相手でもある人物が目の前にいるのだから。
「みほさん貴女を二つの意味で好敵手と認めますわ」
「二つのって何みぽりん?」
「それは・・・」
困っているみほを助けるようにダージリンが言った。
「知らない方が幸せの事もあるのよ」
沙織は頭の上にはてなマークが浮かんでいた。
「それではみほさんまた会いましょう。お互いに敵は多いわよ。少なくとも貴女も私も敵同士だけどね」
ダージリンは応援をする意味でも恋のライバルとして認めているのだ。
「負けませんから」
「こちらこそ」
ダージリンとみほはお互いに宣戦布告したのだ。
だけどこの裏で巧はトラブルが起きていた。
~★~
M3の乗員を連れてきて解散させた巧は運営本部で居た
「児玉理事長から連絡です」
運営本部で仕事を終えて休憩している巧に一報が入った。
「ありがとう」
巧は電話の受話器を受け取った。
「もしもし巧です」
『巧君。君に三日ほど休暇をあげるよ』
「はい?」
巧は驚いていた。
高校戦車道大会の準備が忙しいはずなのに休暇をもらえることになったからだ。
『少し今は落ち着いているからね。これから忙しくなってゆっくりできないから大洗でゆっくりと休んできなさい』
「わかりました」
巧はこの休暇を受ける事しかなかったのだ。
これにて大洗に三日間、巧が居ることになったのだ。
どうでしたか?
これで巧の大洗延長戦が決定しました!
これより次回数話は大洗女子学園編です!