とある空想の能力活劇(改) 作:SD
おおよそ昼過ぎの学校というものは、静かになるものだ。昼食を摂り、ひとしきり遊んだ後の学生たちは、こういう時間に眠り、教師からの顰蹙を買うことが多々ある。三大生理欲求の睡眠欲から逃げるのは不可能に近い。
授業が始まった今、勧善寺藍の隣でスヤスヤと寝息を立てているのは、かの問題児の卵、上方井鶴である。勧善寺にとって彼女は親しき隣人であって、どちらかといえば深入りするような仲では無かった。出逢ってから一ヶ月程度で、そこまで進展する仲というものがあるのなら、是非とも参考にしたいものだと勧善寺は思う。
こうも毎日のように眠られると、心配にならない訳はないが、かといって詳しいことを本人に、ずけずけと直接訊くのも躊躇われる。みだりに訊くのは、デリカシーが無いし、第一、積極的に関わるべきなのだろうか、というところで勧善寺の思考は立ち往生していた。
悩みを噯にも出さず、授業はそっちのけで黙々と考え続ける。
井鶴は正直なところ、青臭い。周りに問題があれば、猪突猛進、その後のことを何も考えずに、持論を振りかざして首を突っ込む。
おまけに、高位の能力持ち。流石に精神系統の能力ということ以外の詳細は知らないが、低能力者である勧善寺の手には負えない。
昨日だってそうだ。井鶴は彼女の友人の起こした
毎度勧善寺が体を張って仲裁しなかったならば、一体どうなったことやら。
ただ、勧善寺自らは止めに入ったことを武勇伝のようにして語るつもりはない。
勧善寺は心配なのだ。能力という「道具」を使いこなせているとは到底言えない上方の行動が。
今の所は井鶴の元来の根の良さが、そして事故の起こっていない事が、井鶴とその周囲の人々の均衡をちょうどいい具合に保っている。
(コイツが少しでもアホなことを考えているなら、話は早いんだが)
動機はいたって健全。それでいて実行するための力もある。
少しでも邪なことを考えて問題を起こすのなら、すぐに物申すことができる。
しかし、それが善意十割によるものだったら?
果たして勧善寺に、それを止めるように発言できるのか。
どうすることもできないであろう井鶴の行動力を前に、勧善寺は知らず知らず溜息をついていた。
ちらりと、上方の寝顔をもう一度見る。
寝息を立てながら呑気な笑顔を浮かべていて、思わず頭が痛くなった。いつも報告書を書いている黄泉川先生も、同じような気持ちになるのだろうか。
それに加えて、入学当初からずっとジャージ姿なのも、何がとは明言しないが残念である。
自分と違って人生を上手く立ち回るための良い力を持っているのに、それを無駄に使い潰しているように見える井鶴に、勧善寺は当事者でないのに憤り、時には嫉妬することもある。が、それ以上にもっと上手く立ち回って欲しい、と僅かな日数だが、一応の交わりのある友人として思うところの方も大きい。複雑である。
「あ、あのー」
ふと、先生の声が聞こえ、勧善寺は前を向いた。
「勧善寺ちゃん、先生の話聞いてましたかー?」
小学生にしか見えない教師からの声かけに思わず驚くが、その目が少し潤んでいるように見えて、勧善寺は気まずさを覚えた。
嫌な予感がしてふと周りをみると、寝ているものは除き、皆こちらを非難するような目で見ていた。
勧善寺に悪気はなかったのだ。
「上方ちゃんに当てても、ぐっすり寝ちゃってるし、しっかり者の勧善寺ちゃんに当てようと思ったら、何回声をかけてもずっと無反応だし……」
徐々に、月詠先生の声が震えてきた。周りからの野次はどうでもいいが、流石にまずいと思い、勧善寺は無理やり声と笑顔を作って話しかけた。
「すみません、先生。今答えま───」
言い終わる前に、先生の顔が引きつるのを見た。ついでに小さい悲鳴も、漏れなく。
完全寺本人にはわからなかったのだが、周りは聞き、そして見た。
ドスのきいた低い声を出し、口角を無理やり上げて引きつった笑みを作った勧善寺の姿を。
普段のぶっきらぼうな態度で周りから敬遠されていた彼であったが、この姿もなかなかだったらしく。それも、あの生徒思いの月詠先生にドン引きされるほど。
勧善寺もなんとなく察して、悲しくなった。
(つくづく思うに、不器用ってのは汚点だな)
勧善寺藍の悶々とした日々はしばらく続くだろう。
上方井鶴とのドタバタとともに。
「できた」
同時刻、某学生寮。
昼過ぎなのにも関わらずカーテンを締め切り、学園都市有数の進学校の割には、かなり狭い部屋の一角で、金原佐久間は歓喜の笑みを浮かべた。
なぜ、学校があるにも関わらず、金原が寮室にいるのかは、机の上に置かれたものが説明してくれるだろう。
「これがあれば、絶対に、絶対になんとかなる」
昨晩、見ず知らずの人に助けられて本当に運がよかった。
通学用のカバンの底に仕舞ってあった、壊されたり、奪われたりしたくなかったものが、今ここにあるのは奇跡のようにも思える。
いかにも、といった白色灯に照らされた机の上に、それはあった。
金原は感謝しても感謝しきれない感情が、グルグルと胸の中を駆け巡るのを覚えつつ、徹夜明けの体をゆっくりと隣のベッドに沈ませた。
意識がまどろみの底へ沈んでいくのを感じながら、金原はぽつりと呟いた。
「これで、──────終わらせられる」
机上に有ったもの。
それは学園都市でAランク端末と呼ばれるものだった。