とある空想の能力活劇(改) 作:SD
一日の四分の一もの時間を費やしているというのに、それが毎日のことであるがためにか、気が付けばあっという間に放課後はやってくる。
巷の高校生なら何人かでつるんで、他学区の繁華街をぶらついたりするのだろうが、井鶴にそんな暇は無い。月火火水木金金、とでも言えば伝わるだろうか。部活に入る事もなく、第十六学区の商業施設に一目散に駆けつけ、夜も更ける辺りまで生活資金を稼ぐ。それが井鶴の日課だ。
本当ならば、年相応に羽を休めたりしたいところではある。が、どうしても義務教育で施設にいた時期を思い出してしまい、散財するのをためらってしまう。貧乏な幼少期だった、と改めてバイト先に向かう途中のモノレールに揺られながら、井鶴は振り返る。
学園都市は世界最大級の、教育機関の共同体だ。先進的な技術を開発する人材を育成し、またその技術を医療、農業、軍事、そしてさらなる開発など、多方面への科学の進歩を実現させている。その功績もあってか、日本国という国の中でも限定的なものではあるが、強い自治権を持っており、それ自体が国のような形で存在している。
しかし、華々しい成果の裏側にあるのは、教育への資金援助の少なさだ。二百三十万人ものおびただしい数の園児、児童、生徒、学生がいるため、必然的に学園都市からの支援は細分化される。加えて、
不幸中の幸いは、井鶴が施設に居た頃は井鶴の能力の強度が高かった為、補助金がかなり出たことだろう。施設の先生に何度も感謝された記憶は、井鶴の脳裏に刷り込まれている。その為だろうか、井鶴がお金にかなりの重みを置くのは。
(今は先生とか、ちびっ子達、元気にしてるんだろうか)
施設に居た仲間達の回想をしようとしたところで、がたん、と一際大きく列車が揺れ、井鶴の思考は中断した。
ちらりと外の風景を見ると、依然として空は明るさを保っていた。傾き始めるも、太陽は地平線から遠く離れており、沈むのはまだ先であるように見える。
帰りの電車に乗る頃は、ぎりぎり夕焼けが見られるのだろうか。
「まもなく、第十六学区ターミナル駅、第十六学区ターミナル駅です」
第十六学区は高額アルバイトの施設が建ち並ぶ、金欠学生御用達の学区だ。出稼ぎにくる学生が多く来るため、年中年柄通りも店も賑わっている。他の学生寮のある学区から、遠く、遠く離れているというのに。
ご苦労なことだ、と井鶴は自分もその一員であるのに、少々のおかしさにクスリと心中で笑う。
続々と周りの学生が立ち上がり、ドアの前へ夜の尻目に、井鶴は軽いのびをして、ほっと一息つき、
「━━━━よし、頑張るぞ」
片道三十分の長旅も、ようやく終わるのだ。
「それじゃあ、上方さん」
作業着のエプロンに腕を通すのに地味に苦戦しながら、井鶴は今日の仕事が始まったことを漠然と感じる。
井鶴がアルバイト先として通っているのは、ターミナル駅から徒歩圏内にある古本屋だ。ぐるりと一望すると異様な量の書籍が、縦長の棚からはち切れんばかりに押し込められているのを、店に入った誰もが目にするだろう。学園都市の中では大型の古本屋なのにも関わらず、収めきれない量の古本が集められているという段階で、その規模の大きさに、相も変わらず冷や汗が出る。
「今日も書棚の在庫確認と、それから補充と」
大自然の織りなす絶景を、悠然と歩き見る冒険者というより、痺れるような圧迫感を味わいながら、戦争の最前線で匍匐前進する兵士の気分、とでもいえば、店の雰囲気が分かりやすくなるだろうか。一つ一つの本棚から一触即発の緊張感が漂う本屋、という段階で大衆受けする作りではないことには間違いない。
しかし、そんな事実とは裏腹に、この古本屋は繁盛している。
第一の理由としては、ここが金銭的余裕に乏しい
「それと万引きのチェックをよろしくお願いします……って聴いてますかー、上方さーん」
……というのは、ほとんどが目の前にいるバイトの先輩の受け売りなのだが。要は人がかなり来るので、儲けもかなり出て、その分給料にも味がついている、ということだ。
「聞いてます、分かりました。あと、勤務中の立ち読みは許可されますか」
「ちゃんと仕事をこなす分には、店長も私も文句は言居ませんよ」
そう言って肩を竦め、ひらひらと手を振りながら、バイトの先輩は去っていった。ともすれば、いつまでも無駄口を叩く必要もない。
職員用の部屋から出て、担当の階に行くために階段まで歩いて足をかけたところで、ふと改めて周りを見ると、いかにこの時間帯に学生が多いか分かった。紺や白、黒や灰色、深緑色にドドメ色のセーラー服、学ラン、ブレザー、ジャージ。雑誌などが置いてある一階だけでも、学生服の博覧会でも行われているように、学生が通路にひしめいているな、と感じつつ木製の温かみのある手すりにつかまりながら、活気の漂う上階へと井鶴は足を運んだ。
二階は娯楽関連の書籍が置いてある。学生向けには漫画やライトノベル、ゲームのイラスト集や攻略本、その他サブカル系とでも総称される類の本が所狭しと陳列されているのだ。当然、学生の街である為に、年中この区画は賑わいを見せる。
しかし、本屋に良いことばかりが起こるわけではなかった。それと同時に万引きも多発していた。おまけに面倒なのが能力者がそれをすることもある、ということだ。バイトは通常業務の他、これを防止するよう求められる。ここでの給料が高いのは、それが出来る技能を有している人材を雇っている、という側面も大きい。
まあ、そんなことが起こると非常に面倒なので、井鶴としては平穏にバイトの時間を終えたい次第である。
適当にぶらつきながら、立ち読みをしている人達の間を縫って進み、棚を見ては隙間が空いている所に在庫の書籍を詰めていく。単純な労働だと思われるかもしれないが、かなり腰に無理が来る。
しゃがんで、立って、背伸びして、歩いて、またしゃがむ。
(これさえなければ、いい仕事なんだけどなあ)
仕事を始めてから三十分ほど経ったあたりで、はあっと息を吐きつつ、井鶴はゴム製の足台の上に腰をかける。ぱたぱたと、黒いエプロンの生地と、下に着ていた紺のジャージに付いた埃を手で払いつつ、一休みをする。
ポケットに手を差し入れ、先程書棚整理のついでに取ってきた、「期待の新人の待望の新作! 学生界隈で話題沸騰中‼︎」と、コテコテの売り文句の目立つ、少しばかり色の褪せた帯のついた小説を取り出した。井鶴の高校でも少し前に話題になっており、少しばかりの期待を胸に、休憩がてらに読もうと、井鶴はそれを手元に寄せて開いた。
ありきたりのプロローグに少しばかりがっかりとしながらも、物語の終盤まで一応まで目を通したところで、腕時計の表示を何気なく見ると、勤務時間も終わりが間近であった。
能力者が万引きをすることで、とんでもない大騒ぎの起こっていた古本屋も、今ではある程度実力のある能力者がバイトに入り、余程の間抜け以外は変に色気を出すことはいなくなったという。その事は、井鶴にとっても好都合だった。大抵の場合、給金の大部分である危険手当が、苦労する事なく懐に収まるのだ。井鶴も何度かその手伝いをしたものだが、そうなると風紀委員の事情聴取、警備員からの説教、能力使用の反動からの昏睡、などの面倒ごとが待ち受けているため、厄介者が現れないよう、何だかんだで神頼みをしている。
片手で単行本を軽く閉じて、従業員用の部屋に向かいながら、井鶴はとりとめもなく思考をふらつかせる。
自分の身の回りに起きる問題は、全て解決したい気持ちが自分の中にあるのは認める。しかし、能力者との対峙を考えると、どうしても生活面と照らし合わせ、優先順位は付けなければならない。その気持ちはいつだってある。
「それでも、目の前で何か起こって、とっさに動いてしまうのは、なんでだろう」
交代も終わり、手短に着替えて外に出る。これから部屋までに最低限の復習をすれば、敷布団に一日の終わりを歓迎してもらえる。
───しかし、能力者の街が平凡で平穏な様相を、常に見せる訳はない。夏の夕べの空模様と同じく、気まぐれで人騒がせな街なのだ。
「喧嘩だ、喧嘩!」
「進学校の馬鹿共が、まーたやらかしてるぞ」
夜の大通りを駆け抜け、猛攻を繰り広げているのは、セーラー服を着た体格の良い「火球使い」の女学生と、ブレザーを纏った小柄な「電撃使い」の男子学生。女学生は余裕綽々といった様子で、数秒おきに飛来する閃光を、軽快な足捌きで躱す。かたや、男子学生の方はブレザーの右肩部分を大きく焦げ付かせ、苦悶の表情でそれを庇いながら、矢継ぎ早に襲いかかる豪炎を、紙一重のところで上手く横っ跳びをしたりして、辛くも躱している。大通りであることに構わず、閃光と爆煙が炸裂する。騒然として逃げ回る学生達に翻弄され、駆けつけた地域の風紀委員たちは近づけていない。
大物投手さながらの大胆なモーションで、紺色のセーラー服が荒々しく靡く。ニヤリと不敵な笑みを浮かべた女学生は、一気に腰の回転力を纏った炎の剛球を、強烈なスナップを利かせて息を飲む間も無く放つ。同時に、男子学生も受けて立つ意志を見せ口を真一文字に結び、拳銃を構えるが如く、両手を勢いよく合わせる。膝をついて安定した構えを取った途端、紫電が腕の周りを鈍く瞬き、気付けば辺りを轟かせる迅雷となって一瞬のうちに火球に噛み付いた。
力の衝突が周囲を揺さぶり、幾つかの店のガラスが砕ける音が悲鳴に混じって聞こえる。
結果的に、力負けしたのは男子学生だったようで、古本屋の前、それも丁度井鶴の目の前に吹っ飛ばされた。
少年を眺めて三秒ほど思考停止したのち、火球を手で玩びながらゆっくりと女学生が闊歩して来ていることに気づく。
(どうする、相手は少なく見積もっても強能力者だ。下手に手を出したらこっちが痛手を喰らう)
目の前の気を失った少年の状態を見つつ、井鶴は相手を目視する。距離は十メートル程。女学生が叩きのめした少年は二、三度頰を張っても起きる気配はない。
(この様子だと、風紀委員ですら手に余る力に違いない。どうする、どうする、無能力者以外に分が悪すぎる私の能力で、何が出来る?)
物理的な干渉のできる高位の能力者は、正直なところ同じ人間だとは思えない。辺りに漂う熱気の所為でもあるが、それ以上に無意識のうちに出た冷や汗が背中を冷たく濡らすのを、井鶴は感じ取った。しばしの静寂の後、口を開いたのは、剣呑な雰囲気を滲ませる女学生の方だった。
近いうちに次話を投稿したいですね。