王都では暴徒の数が更に膨れ上がっていた。街のいたる所で激しい火の手が上がり、それが更に近隣の建物に燃え移る。しかも、兵士達が火を消そうとしても暴徒が妨害するため、まともな消火活動すら行うことが出来ない。
最初にターゲットになっていたのは、高級住宅街の中でも貴族の館と思われるものだけだったが、貴族の館は守りが固く、火を着けようとする者は、館を守ろうとする貴族子飼いの兵士によって容赦なく殺された。それに怒り狂った民衆は、抵抗する館の門の前にバリケードを作って逃げられないようにした上で、数の暴力で石や油や松明を投げ込む。
更に時間が経つにつれ、暴徒の勢いは増し、少しでも豊かな暮らしをしていそうな屋敷であれば、貴族かどうかに関わらず、手当たり次第に押し入り、残っている家人を踏みにじり物資を強奪している。それを抑えようと王都の衛士達や兵士達が、可能な限り無傷で捕縛しようとするものの、棒や松明を振り回す暴徒相手では出来ることが限られ、暴徒にも兵士達にも死傷者が増え始めた。そしてその結果、民衆は自分達を弾圧する兵士、ひいてはその後ろにいる王や貴族への怒りを募らせ、より暴徒が増えるという悪循環を起こしている。
恐ろしい悲鳴と怒号が街中を覆い尽くしていた。そんな騒動の最中、多くの貴族達はなんとか館から避難し、王城に逃げ込もうと躍起になる者が出始めた。
六大貴族であるペスペア侯もその一人だったが、館の裏門から馬車で逃げ出そうとしているところを暴徒に襲われ、馬車から引きずり出された。ペスペア侯夫妻は命乞いをしたが、そのまま暴徒に滅多打ちにされて殺され、遺体はその場に打ち捨てられた。
騒然とするペスペア侯の屋敷に、襲撃者達はそのままなだれ込み、館の中にある貴重品や食料などを奪うと、家の中から火を放つ。
王都は次第に地獄絵図の様相を呈しつつあった。
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ヴァランシア宮殿には、既に多くの貴族が集まっていた。
レエブン候が宮廷会議の招集をするよりも先に、大半の貴族は命からがらロ・レンテ城に逃げ込んできているか、王都から脱出して領地に逃げ帰っており、未だ王都に残っている貴族を招集すること自体はそれほど難しくはなかったのだ。
しかし――。
本来この場には国王であるランポッサ三世、六大貴族及び有力貴族が集まるはずだった。
だが、今この場にいるのは、ランポッサ三世ではなく、その代理であるザナック第二王子。そして、六大貴族では、大虐殺で戦死した前ボウロロープ侯の家督を継いだばかりの長男も、ブルムラシュー侯の姿もなく、かろうじてウロヴァーナ辺境伯、リットン伯、レエブン侯のみが集まっている。その他の有力貴族も大半は欠席で、残りは件の『馬鹿派閥』に属する貴族達が下品な声を立てて笑い合っているだけだ。
ザナックは、馬鹿どもを見ただけで胃がむかつき吐き気を覚えるが、今は相手にしているだけ時間の無駄というものだ。
先程報告が入ったペスペア候死去の知らせに、ザナックとレエブン候以外は初めてことの重大さを認識したようだ。
「まさか、ペスペア候までもがお亡くなりになってしまわれるとは……」
ウロヴァーナ辺境伯が蒼白な顔で呟く。
「発見した衛士がペスペア候夫妻の御遺体の回収には成功したものの、損傷が激しい為、蒼の薔薇のラキュース殿の話では蘇生は難しいかもしれないということだ」
「ペスペア候は数少ない次の王候補であった御方。となると、現在王候補として残っておられるのは、正当な王位継承権者であるザナック殿下とラナー殿下のお二人きり、ということですか」
「そういうことになりますな。第二王女様が降嫁なされた方では若干地位的にも見劣りいたしますし、人望があったペスペア候とは事情が異なるかと。ザナック殿下とラナー殿下がいらっしゃる以上、それを差し置いてというのは国民も納得しないと思われます。――ともかく、我々がこれ以上反目し合うのは、反乱を起こしている連中に利するだけで、まさに愚策と申せましょう。これまでの諍いには目をつぶり、この場だけでも王派閥と貴族派閥の垣根を超えて、事態の収束に向けて協力しようではありませんか」
レエブン候の言葉に、貴族派閥の面々はかなり渋い顔をしている。しかし、王候補の一人だったペスペア候を喪ったことで、当座は協力すべきという打算が働いたようだ。
「……やむを得ませんな。何より、今は王国の危機と言ってもいい事態。このまま民の暴走を放っておけば、地方にも飛び火して王国全土が内乱になってしまいかねません。であれば、この問題は王都で何としても鎮圧すべきでしょう」
「しかし、どうやって? 王城にいる兵士や戦士を投入して対応に当たらせるとしても、ヤルダバオトの時とは違い、相手は同じ王国民。躊躇する者も出るのでは?」
「多少犠牲が出るのはやむを得まい。それに反乱民を生かしておくのも危険なのではないかね?」
「それはあまり賢明ではないと思いますな。襲いかかってくる者を撃退するならともかく、いたずらに民を刺激すれば、更なる暴動に繋がりかねませんぞ!」
王派閥も貴族派閥も黙り込む。暴動が大きくなり王都で留められなければ、自領でも追従する者が出てくる可能性だって否定出来ない。ヤルダバオトのように簡単に敵と認定できる相手であれば良かったのだが、相手は普通の王国の民だ。それに兵士達にも平民出身の者は少なくない。非情を強いれば、兵士も含め、全ての民衆を敵に回しかねないのだ。
「ははは、流石はこの国を長年治めていらした方々だな。決断力というものを全くお持ちではないようだ」
その沈黙を破ったのは、若干後ろの方で徒党を組んでいた下級貴族のうちの一人だった。得意そうな顔をしながら、大胆にもザナックと六大貴族の前に歩み出てくる。その後ろから、数人のその下級貴族を頭とする派閥の連中が取り巻き然としてついてくる。有力貴族の間からは、あの馬鹿共が……、というヒソヒソ声が漏れる。
「フィリップ様、もっとがっつり言ってやってくださいよ」
「そうそう。もう時代は俺達のものだってね」
「んん……。まあ、待て。こういう話は、じっくり進めるのがいいってヒル……いや、知人が言っていたからな」
フィリップは偉そうに咳払いをすると、取り巻き達を抑えるような身振りをした。
「全く、この期に及んで足並みすら揃わないとは、王派閥の方々も、貴族派閥の方々も随分と耄碌されているのではありませんかね? しかも、ラナー王女までもが暴徒に攫われてしまうとは、嘆かわしいにも程がある。このような方々に、そもそも国政を預けることなど出来るのでしょうか? いやいや、流石にちょっと無理でしょう。いい加減、我々にその席を明け渡して引退されてはいかがでしょうか? そうすれば、こんな事態などあっという間に解決して見せますよ」
自信満々で演説するフィリップに、取り巻き達は野次を飛ばす。フィリップのあまりの物言いに、呆然としていた有力貴族達がようやく口を開く。
「何だと……。生意気な口を利きおって、この小童が! では聞こう。おぬしはどうすれば解決できると考えておるんだ」
「そんなの簡単ですよ。我々には素晴らしい力を持ち、バックアップしてくれている方々がいます。その方々の力を借りれば、こんな事態はあっという間に解決するんです」
「それは一体どういう意味だ!? この国にそのような力を持つ者など、ここに集まっている者達以外に誰がいるというのだ!」
「はは、あなた方ではわからなくても仕方ないでしょう。あの方々は、我々を特別に見込んで自主的に力を貸してくれているんです。つまり、我々は選ばれし者なんですよ!」
フィリップの得意そうな顔を見て、他の貴族達は、こいつらと話をするだけ時間の無駄だ、という考えが一瞬頭をよぎる。だが、このまま放置するにはあまりにも危険すぎる連中だ。
「貴様、一体何を考えている? 解決するというのであれば、もっと具体的な内容を提案すべきだろう!」
「なに、簡単ですよ。無駄な抵抗をする者は、相手が誰であろうと容赦なく全て殺せばいい。どのみち、王族や貴族に歯向かった重罪人共です。情けをかける必要など全くないではありませんか。どうしてそんな簡単なことも出来ないのか理解できませんねぇ」
フィリップは大仰な身振りで肩をすくめた。
「……お前、そんなことをしたらどうなるのかわかっているのか? それに、そもそも、お前達に力を貸そうなどとする連中など信用できるわけないだろう!」
「平民など、所詮どのように扱おうと我々貴族の自由。奴らの都合など考える必要など感じませんな。それにあの素晴らしい方々のことをそんな風にしか思えないなんて、お気の毒としかいいようがありません。――やれやれ。あなた方の言い分は、どれもこれも、私には負け犬の遠吠えにしか聞こえませんが、やはり選ばれた我々が妬ましいのでしょうかね?」
フィリップとその取り巻きは下卑た笑いを浮かべ、相対する貴族達の顔色が怒りで真っ赤に染まっていく。
「貴様ら! 分というものを知れ! 下級貴族の分際で!!」
「そのようなことに拘わっているから駄目なのですよ。これではお話にもなりませんな。ただ、次代の王国の実権を握るのに最も相応しいのは、我々、若手貴族だということがよくわかりました」
若手じゃなくて、単なる『馬鹿』だろう……。その場にいる多くの貴族はそう思ったが、厄介なことにこの連中は数だけは多いうえ、自制心の欠片も無いのである。
「どうやら、我々に主導権を渡すつもりもないようですし、このままこの場にいてもただの時間の無駄でしょう。しかし、王国でまともに行動できるのが我々だけとは嘆かわしいことですな。せいぜい、ここに篭って対策でも考えていてください。我々は勝手にやらせていただきますよ」
フィリップは鼻で笑うと、取巻き連中に合図をし、それに追随する者たちは一斉に会議室から出ていった。残された貴族達は、あまりの不快感でしばらく押し黙った。
ザナックは、余計な面倒事が追加で発生しそうな予感で胃痛を覚えたが、フィリップの不快な発言の中に、懸念すべきことが含まれていることに気が付き、声を張り上げた。
「まずい。あの連中が言っている『力を持っている者達』というのが魔導国であった場合、アルベド様に接触する可能性がある。奴らが万一にもアルベド様に近づいたら問題が大きくなるだけだ。近衛一個小隊でアルベド様が居られる貴賓室の周囲を固めろ。連中が近づこうとしたら強制排除していい」
ザナックの言葉で騎士の一人が部屋から走り出ていく。やがて、貴族達は目障りな連中がいなくなったためか、怒りを収め、少しずつ落ち着きを取り戻してきたようだ。そこに、暗い口調でレエブン候が口を開く。
「私はむしろ、奴らの背後に……八本指がいるのではないかと思います」
「なるほど、八本指か。確かに、いくら力が衰えたといえど、奴らならあの程度の連中を手足に使うのは容易いだろうな」
ザナックとレエブン候が頷き合っているその脇で、他の貴族の面々は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。何しろ、八本指といえば、以前は自分たちもかなり便宜を図ってもらっていた連中だ。最近はあまり付き合いをしていなくとも、ほとんどの貴族は八本指に関しては後ろ暗いことも多い。だから、正直、あまりこの場では聞きたくない名前ではあった。
「まあ、八本指が動いていたとしても、我々がすぐに出来ることはない。むしろ、上手く行けば奴らを使って釣り上げることも出来るんじゃないか?」
「私はザナック殿下の仰る通りだと考えます。――さて……、目障りな連中がいなくなってくれたおかげで、ようやく、会議ができる状態になったようだし、改めて今回の事件の対応を協議したい。王都で騒ぎを抑えられなければ、この暴動はいずれ王国中に飛び火し、王も貴族も関係なく、損害を被ることだろう。その為にも、派閥を問わず協力関係を結び、王代理であるザナック殿下を中心として対応していくことを提案する」
レエブン候は、おもむろにこの場に残っている者の顔を見回した。
「確かに、それがいいだろう。私には異論はない」
「この際、やむを得ないでしょうな。ザナック殿下以外に適任な方もおられないことですし。私も賛成いたしますよ」
貴族達は、ここで対立していては暴走する馬鹿派閥に国を滅ぼされると思ったのかもしれない。フィリップ達がいなくなった後は、貴族達は自主的にザナックへの協力を約束した。
しかし――
(既に王都の二十%が暴徒に破壊され、死傷者は王都の全人口の十%にも及ぶ惨事となっている。もはや王国には一刻の猶予も残されてはいない。まさに存亡の危機だ。だが、使える手札があまりにも少なすぎる)
ザナックは平静を装いながらも、何時になく胃がキリキリと痛むのを感じた。
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蒼の薔薇はラナーを奪還すべく、誘拐者達の足取りを追っていた。
ロ・レンテ城の門付近からしばらくは多少目撃情報があったものの、その後の足取りはまるで闇に紛れたかのようにふつりと消えている。
即座にラナーの跡を追ったクライムや警護の兵達も、人混みに紛れ、途中で完全に見失ってしまったという。
今の王都は、暴動を恐れ王都から逃げ出そうとする人々、必死に消火活動をしている人々、それを尻目に破壊活動に勤しんでいる人々、暴徒を抑えようと声を上げる兵士たちが入り乱れ、混乱を極めている。そのような状況下では、追跡術なども持ち合わせているティアやティナですら、暴漢達の足取りを掴むのは至難の技だった。
「これは、厳しいわね」
「闇雲に探しても、難しいかも」
「だなぁ。ある程度、目星をつけて当たったほうがいいんじゃないか?」
不意にふわりと何かが側に舞い降りる気配がする。次の瞬間、不可視化して空中から探っていたイビルアイが姿を現した。
「上空から出来る限り探したが、やはりそれらしい姿はないな。もう何処かに連れ込まれていると見て間違いないだろう」
「お疲れ様、イビルアイ。そうよね……。ラナーが誘拐されてからもう一時間以上経っている。恐らく、人目につかない場所に囚われている可能性のほうが高いでしょう」
「ふむ。なるほどな。そうすると、可能性が高そうなところは何処だ?」
「そもそも、ラナーを何の目的で攫ったのかよね。そうすれば、犯人が誰なのか予想もつきやすいと思うの」
「あの王女は、民から多少の人気はあるが敵も多い。しかも、今の王国に対する人質としての価値は非常に高い。つまり、誰がやってもおかしくない、ということだ。心当たりが多すぎるのも考えものだな」
イビルアイの指摘に、蒼の薔薇は難しい顔をして考え込む。
「ただ、手口からいって、暴徒ではないと思うの。逃げ出す際の手際もいいし、暴徒ならもっと痕跡がたくさん残っているはず」
「そうなると、プロの犯行か? おいおい、俺は考えたくない名前が思い浮かんじまったぜ?」
「……八本指?」
「可能性はあるかも」
ティアとティナがボソリと言う。
「八本指のアジトはヤルダバオト事件の時に全て潰した筈。でも、壊滅まではしていない。ということは、連中は違う場所に潜っているってことよね」
「そりゃ……悪いが、短時間で見つけ出せる気はしねえなぁ」
「でも、事は急を要するわ。イビルアイ、上から見た時に、何処か人の流れとかがおかしい場所とか見当たらなかった?」
「うーん、そうだな……」
その時、少し離れた所から、聞き覚えのある男の声と複数の子どもの声がした。蒼の薔薇の面々がそちらに目をやると、ブレイン・アングラウスが大勢の子ども達を引き連れて、こちらに向かって走ってくるところだった。
「よぉ! ブレイン・アングラウスじゃねえか!」
「ん? ああ、なんだ。蒼の薔薇じゃないか。こんな所でのんびり何をしているんだ?」
ブレインと子ども達は足を止めた。子ども達は息を切らしており、かなり長いこと走っていたようだ。
「探しものよ。この騒ぎで大切なものが行方不明になってしまって……」
「そりゃ、いただけねぇな。俺達もずっとここまで逃げてきたが、正直、どこもかしこもとんでもない混乱だ。この中で何かを探すなんて無理だと思うぜ?」
「それはそうなんだけれど……そうも、言っていられないの。こちらも仕事だから」
ラキュースは思わず苦笑する。
「ふーん。そりゃまた、ご苦労なこったな。俺はともかく、こいつらをなんとか王城まで連れていきたいんでね。悪いが、先を急がせてもらう」
そういって、子どもたちに声をかけて、再び走り出そうとするブレインに、イビルアイが声をかける。
「ああ、そうだ。ブレイン・アングラウス、お前が逃げてくる途中で、何か怪しい感じの大きめな荷物なんかを、持っている連中とかは見かけなかったか?」
「大きめな荷物? どのくらいの大きさだ?」
「そうね、イビルアイよりも少し大きいくらいかしら?」
「……随分、きな臭い話だな。……ちょっと待てよ。そういえば、汚えでかい袋を担いで走っている奴らを見かけた気がするな」
「それは、何処!?」
「下級貴族の館の辺りだ。特に有名な家とかじゃないはずなんだが、妙な貴族連中が大勢連れ立って出ていくのを見かけた後だったんでな。それで少し引っかかったんだ」
「……それだ!!」
蒼の薔薇は一斉に頷いた。
「私達、先に行ってる」
ティアとティナはそう言い残すと、すぐさま姿を消した。
「ありがとう、ブレイン。貴方も子ども達も無事に王城に辿り着けるように祈ってるわ」
「おうよ。任しときな。そっちこそ、探しものが見つかるといいな」
少し照れくさそうな笑顔になったが、再び厳しい表情に戻り、ブレインは子ども達を引き連れて走り去っていく。
蒼の薔薇の面々はそれを見送ることもなく、即座に行動を開始した。
佐藤東沙様、アンチメシア様、ペリさん様、誤字報告ありがとうございました。