倍率300倍を超えられなかった少年の話、これにて完結です。
倍率300倍を超えられなかった少年は、いかにして世界公認のヒーローになったか
思えば、遠くに来たものだ。御堂柱間はそう思う。
現在私は、公安直属のヒーロー統括司令本部長なんていう重役に付いている。なかなか老いないこの身体であるが、書類上は100歳オーバーなのでそろそろ隠居したいと思っているのだがそうはいかない。
この世界は、とある馬鹿のせいでなかなかにカオスと化しているのだからだ。
始まりは、あの事件を終えて財前組に戻った数日後だ。
自分たちを助けたあの黒いコートのヒーローが、金の無心に来たのである。
「いや、ガチで他に手が無かったんだよ。盗みをする訳にもいかないしな。まぁ、未来の通貨が現代で使える訳ないよなー、うん。」とはその馬鹿の談である。
それから、財前組の組長と仲良くなったらしいその男は数多くの変化をもたらした。
まず、財前組が行おうとしていた各地のヤクザを統べる巨悪、オール・フォー・ワンとの同盟が取りやめになった。というか、オール・フォー・ワンが倒された。
その馬鹿に原作どうするんだと物申したところ「いや、個性奪っての進化とかさせてたまるかよ。手がつけられなくなってからじゃ遅いんだぞ。」と最初の街にやってくる魔王のような容赦のなさで暴挙を行なったのである。原作ブレイクにもほどがある。
なんだかんだと財前組に引き取られた初代ワン・フォー・オールになるはずだった弟さんは「俺がやるしかないって思ってたんだけどなぁ...」とちょっと引き気味であった。
それから、世界は少しの間の混乱はあったものの少しずつ良くなっていった。
異能に対しての偏見は強かったが、当時の総理大臣が私の子供も異能持ちだとカミングアウトしてから少しずつそれも和らいでいった。
総理にそれを決意させたのは、やっぱりあの馬鹿が原因だった。
あの馬鹿が、財前組と交流を持ってから始めに行なったのは、異能関連事件に対するネットワーク化である。ヤクザのネットワークを使って法が定まってないが故に何もできない警察に代わって文字通り身を分けて各地を飛び回ったのだ。やっぱりあの馬鹿チート野郎だと思う。
そしてその馬鹿が行ったことが、人々の心を動かした。
彼は、圧倒的な力を持ちながらそれを人を害する為に使わなかったのだ。ただ、掌と言葉で事件を解決していったのだ。本人曰く、洗脳は使っていたとのことだが、洗脳だけで終わらせているのならあんなに熱く被害者にも加害者にも深く踏み込まないだろう。
彼は私のヒーローごっことは違い、本当に心を救おうとしていたのだ。
そんな彼の在り方が、異能は恐ろしいが異能を振るうのは人である。その人に良き心があるのなら、それは誰かを傷つけるだけのものではないのだと、そんな世論が生まれ始めたのだ。
そして、次第に彼の行動に同調する人々が現れ始めた。異能の有無によらず、過ちを犯した者を裁くのではなく止める。そんな在り方の者たちが。
その最初の一人は言った、「俺だけがヒーローなんじゃない。大体まだ仮免だし。俺は俺の勝手でヒーローをやっているんだ。だから胸に誰かの平和や自由を守りたいと願って立ち上がる者たちは、皆ヒーローをやって良いんだ」と。
その言葉は、各地で身を潜めていた異能持ちにとって衝撃的だったのだろう。異能持ちの中からもヒーロー活動をやり始める者たちが現れるようになってきた。
鍛えた体と正義感で動く者、生まれ持った異能を救う為に使う者、自己肯定感を満たすために偽善を行う者。様々だったが、その者たちは名乗り出したし、群衆は皆言い始めた
彼らは、ヒーローだと。
それが、この世界の常識として浸透するまで一年とかからなかった。
「御堂さん、転生者優待教育制度纏まりそうですよ。今官房長官から連絡来ました。フットワーク軽いですね、あの人。」
「ああ、君新人だっけ。びっくりするよね、あの人のフレンドリーさには。」
「はい、僕とは面識なんてないはずなのに、名前で呼んでくれました。」
「多分、血筋じゃないかなー。彼のお父さんもお爺ちゃんも政治家だったけど、すっごいフランクだったし。」
「当時のSNSのログデータ見ましたけど、メグルさんと一緒にラーメン食べてましたよね、重役だったのに。」
「奇妙な縁だよねー。」
書類仕事を終わらせながら秘書との雑談をする。この世界に起きている事、それは原作『僕のヒーローアカデミア』のものとはかなり異なっている。
まず、超常黎明期からの混乱が世界中でかなり早期に収まったため、技術の停滞がなくなった。それにより人類は宇宙進出を遂げ始めたのだ。国連が作り出した軌道エレベーターによって門戸が開かれてから満を辞して公表された日本主導の農業用コロニー計画は人類の食糧危機を解消して久しい。個性の使用というブレイクスルーがあっての事だが、あれは本当に未来世界にやってきたのだと思った日であった。
他にも、個性が早期に認められた事で様々な制度が変わってきているらしい。大きいものとしては、ヒーロー制度の本家本元がアメリカではなく日本になった事だ。そのせいかアメリカで
...そうなのだ、あの馬鹿は日本から飛び出したのだ。
きっかけとなったのは政府がヒーローを公認制度にして、その認定第1号をザ・ビギニング・ヒーローと名高い彼にした事だろう。
その事が、彼の大暴露を呼び込んだ。
あろう事か、奴は自分が異世界からの転生者だということを公表したのだ。そしてそれは自分一人ではなく、これからの未来で数多く生まれてくるのだと、そんな事をのたまったのだ。
当時こそ、冗談のような口調で言われたことから彼のジョークが滑ったのだと思われて失笑を買ったものだが、この世界に来た転生者たちからしたらとんでもない事である。そういうのは隠すものだろう普通!と転生者達は皆口に出した。まぁ、一例目が一例目なので以降の転生者は軒並み好意的に受け入れられる事となったのは幸いだろう。
尚、その事は当時の政治家達に事前に相談して語ると決めたらしい。異能を認めると決めた総理大臣とあの馬鹿はSNSで繋がってる友達なのだとか。馬鹿じゃねぇのと二重の意味で思う。総理大臣よ、そんな不審人物と仲良くなってどうする。あと、仮にもヒーローなら権力者に擦り寄るな。悪しき慣習となったらどうする。
そんなこんなで日本公認のヒーローになって直ぐに彼は行動にうつった。各地のヒーローの組織化である。それは実際には、各地のヤクザネットワークをそのままヒーロー組織にしてしまうという超荒技だったが、当時の日本の治安を守ってきたのが古くから続くヤクザだった事は公然の事実なので市民からの反対はなかった。
もっとも、麻薬や人身売買を生業としている悪徳ヤクザはその人事から外されたのは言うまでもない。そういう善のヤクザの繋がりと悪のヤクザを見極める目を財前組は持っていたのだ。
この頃から、私と吸血鬼ちゃんも財前組組員として治安維持活動を行い始めた。そんな大規模な改革に悪しきヤクザが黙っている訳がない、そう思って戦力になりにきたのだがそれは肩透かしと終わった。
あの野郎、面倒が起きる前に面倒を起こしかねない連中を洗脳して回ってたらしい。ディストピアでも作る気かと思わずボディを入れたのは間違ってないと信じてる。
まぁ当然の報いというか、当時いた転生者の探偵にその事が解き明かされて彼はヒーロー免許を3日で剥奪された。その前日に法整備されたのだ。個性の不法使用は犯罪なのであると。それも他人を害する使い方なら尚のことだ。
とはいえ、その程度の事で彼を止められる訳がない。
悪いヤクザの沈静化と良いヤクザを母体とした地域間ネットワーク、ヒーローネットワークの形成。それらを成し遂げ、日本の犯罪率の激減という結果を残してみせた。
世紀末に向かいかけていた超常黎明期の日本は、そんな風に変わっていった。その功労者の彼を、人々はやっぱりヒーローと呼んだ。免許を剥奪されて尚である。
もっとも、当時の世論としては『ヒーローは政府のものでなく大衆のものである』のような無政府上等の世紀末スタイルだったので免許の有無が彼の評価を変える事はなかったという理由が主なのだが。
そして日本の平和を勝ち取った彼は、立ち止まることなくアメリカへと渡った。その時の声明動画は広く世界に転載、拡散されて、現在では累計一億回再生を超えているらしい。
それだけ、その声明は衝撃的だった。言っている事はただ「異能の有無によらず、手の届く隣の人を助けよう」というだけだったのにだ。
そんな当たり前の事が、この社会では当たり前でなくなっていたのだ。
だが、正義を見失った私だからわかる。それは茨の道だと。
でもその道を笑顔で歩いていく変なのに当てられたのか、私はもう一度始めようと思った。
ヒーローを。「私が来た!」という仮面をかぶる事を。
それをゆっくんは、笑顔で見送ってくれた。その日の事は、よく覚えている。
「ラマ姉は、ラマ姉らしくあればいいんだよ。みんなきっとそれを望んでいるから。」
その言葉は、今の私のもう一つのオリジンだ。
それから私は、この日本の柱となるべく邁進した。それが今の地位に私がいる理由である。
ちなみに世界中を飛び回って『ヒーローの在り方』と『人が隣の人を助けられる制度』を各国で作り上げていった彼は、各国で偉大なるヒーローとして認められるようになった。
彼の行った事は、認めるのは癪だが偉業だ。
だってそうだろう、彼は枠組みを作ったという功績が理由で讃えられた訳ではない。
彼が、人並みの優しさで人を救い続けていた事が偉業なのだ。
アメリカでも、中国でも、フランスでも、ドイツでも、中東各国でも、紛争地域のど真ん中でも、人を助け続けたのだ。その光景は、動画として今でも語り続けられている。
極東に生まれた聖人だと、誰かは言った。
異世界から俺たちを救いに来たヒーローだと、誰かは言った。
でもそれ以上に、彼はこう呼ばれた。『ただのお人好し』と。
カッコいい事をしているはずなのにどこかカッコつかない三枚目のアイツだから、助ける側も助けられる側もどこか笑顔になるのだ。
そしてそんなお人好しは、明日再び日本に戻ってくる。今までも震災などの大規模災害が起きるたびに戻ってきていたがそれと明日は違う。
『超常黎明期におけるメグルのいなかった場合の被害シミュレーション』という論文が発表された事でついに、彼が認められたのだ。超常という大厄災から世界を救ったヒーローとして。
そんな訳で、今日ワールドヒーローアワードの特別枠に彼の名が乗る。世界初の無期限国際ヒーロー免許の交付もだ。
これで彼はようやく、仮免ヒーローという名前から解放されるのだ。そう思うと、不思議と少し笑えてくる。
「御堂さん、もうすぐ時間です。」
「ああ、ありがとう
「...何かやるって前提なんですね。」
「そりゃそうだ。何せメグルは、生粋のトラブルダイバーだからな。」
尚、その日ヒーローメグルは4時間の大遅刻をかました。「迷子を助けてました!」とは本人の談であり、彼を知る皆は苦笑しながらも私のボディブローを止めなかった。
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自分
その個性とは、次元干渉。並行世界への物理的アクセスを可能にする能力だ。だが前世の記憶のある自分は思う、これディケイドの灰色のオーロラやんと。それを科学で再現するために自分はずっとモルモットにされてきた。
だが、待遇が悪かった訳ではない。前世の知識を持っている自分としては子供扱いは不要だったし、この世界についての事やこの研究の事を教えてくれる先生たちの話は楽しかった。
だが、やっぱり冒険には出たいのだ。特に理由はないが。なんか世界を破壊したい気もするし、苗字的に。
そんな訳で、成長した個性を使ってちょっと研究所から脱出してみた。そして即、ヴィラン犯罪に巻き込まれた。
「くくく、ハハハ!良いところに来てくれましたね少年!私の
「や、やめて!離して!」
「君が人質になってくれれば私が逃げ延びる未来の可能性が僅かに生まれる!そしてその僅かな可能性を私の個性は百とする!完璧だ!」
正直、なめていた。俺は前世の知識があるから大人だとか思っていた。それでも俺は、悪意を向けられればこんなにも脆いただの子供でしかなかった。それを今更ながらに理解して震えた。
コイツは、俺を逃げるための人質と言った。それは終わった後の命を保証するものではない。もうだめだ、誰か助けて!そう心で叫んでも、口は恐怖で動かなかった。
「さて少年、行きましょうか!」
「そうはいかない!」
そんな自分の元に駆けつけたそのヒーローは、緑色の電撃を身に纏い堂々と、明るい笑顔でこう言った。
「もう大丈夫!」
「な、なんで?」
「何故って?僕が来た!」
「ヒーロー!ですがもう遅い!ジョーカーは私の手の中だ!」
身体を片手で持ち上げられて見せつけられる。だが、それでもヒーローは笑顔を崩さなかった。その笑顔は、俺を安心させるのに十分だった。
そして始まる
そして、車の止めてある路地へと
「これで、これで!」
「残念だけど、ここなら十分に力を使える!ワン・フォー・オール、フルスロットル!!」
数多の事故を無視して、力尽くでそのヒーローは加速してきた。
そして、ソニックブームが起きているのかと思うほどの衝撃が自分のそばを通り抜ける。
その瞬間、一筋の閃光が目端をよぎった。見覚えのある紅い閃光が。
そして、自分はいつのまにかヒーローに抱えられていた。
このヒーローは、カッコいいという事だ。
「あの!」
「何かな?」
「名前、教えて下さい!」
「...僕はデク!頑張れって感じのデクだよ!」
そして俺は、デクさんに連れられてやってきてくれたもう一人と向き合う。
そこには、お冠のメグルさんがいた。
「渡、お前軽々しく次元移動なんてするなっていつも言ってるだろうが、何が起きるか仮説しか立ってねぇんだぞ。」
「いやー、つい。」
「ついで行方不明にでもなったらたまんねぇよ。凄い心配したんぞ、発目が
「...ごめんなさい。」
「ま、無事ならいいさ。ありがとうございました、ヒーロー...さんッ⁉︎」
「こちらこそ...ッ⁉︎」
語りながら固まる二人、どうやら何かしらの知り合いだったようだ。時間移動なんていうトンデモをやらかしたメグルさんだ、異世界に友人くらいいてもおかしくはない。
「いや、団扇くん?なんでいるの?」
「...出久か?でっかくなったなあ」
「え、デクさんってメグルさんの知り合いなんですか?」
その言葉に、目を合わせて苦笑する二人。
「ああ、友達だ。」「うん、友達だよ。」
片方は百年以上、経っているのだと渡少年が知るのは少し先のこと。
分岐世界の発目明が次元連結システムを作成し、団扇巡の天鳥船によって分岐した異次元同士の交流が始まってからである。
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「へぇ、耳郎と上鳴が結婚したんだ。」
「うん、でも夫婦別姓のままだってさ。」
「あの二人、友達で終わると思ってたんだけどなー、上鳴的に。」
「何気に酷いよね、団扇くん。」
「こっちの世界、人類宇宙進出してるぜ。農業コロニーが稼働して20年ってとこだ。」
「...未来だね。」
「いやー、何が起きてるのか正直俺にもよく分からん。なんか気付いたら世界が凄いことになってた。」
「絶対団扇くんのせいだね、うん。」
「そういえば、去年才賀さんがヒーロー免許取ったよ。ジャンクドッグさんとアセロラさんとレインちゃんも証拠不十分で不起訴になって、そこでサイドキックとして働くって話だって。」
「おい待て、あの電脳少女がノーマークで世に蔓延ってるのか、ヤベーだろ。」
「でも、この前の大規模ネットワーク破壊テロ未遂の時に大活躍したんだ。ネットワークの復旧と犯人の逆探知を凄いスピードでやってくれたから、本当に助かった。」
「にしても、詳しいな。あの元無法者連中について。」
「事務所が近いんだ。」
「奇縁だねぇ。」
「...あ」
「どうしたの団扇くん。」
「式典あんの忘れてた、ヤベー大遅刻だよ。」
「式典?」
「ああ、ついに俺は仮免ヒーローから脱却するんだよ。仮免の失効間近だったから結構焦ってたぜ。」
「て事は、そっちの世界も今◾️◾️◾️◾️年なんだ。」
「おうよ。並行世界でも時間軸は同じだって仮説は正しかったみたいだな。」
「...ちょっと待って、そしたら団扇くんなんでそんなに若いの?」
「...体を柱間細胞に明け渡した結果、理論上あと2千年生きれるらしい、俺。」
「...なんてスケールッ⁉︎」
「んじゃ、またな出久。いつになるかは分からないけど、異世界間交流ができるようになったら遊びに行くよ。」
「それじゃあ、その時までに僕は僕の世界をちょっとでも平和にできるように頑張らないとね。」
「おう、頑張れ。」
そんな、奇跡の再会だというのにどこかぐだぐだとした雰囲気で、二人は別れていった。
この二人の友情は、こういう形なのだろう。劇的な事はあれど、それが根本にあるのではなくただ気が合うからというだけで友達になった二人には。
この二人が次に再開するのは、異世界間食糧支援が決まる今より10年後の事である。
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二つの世界は、違う歴史を歩んだ。だがどちらの世界にも個性があり、災害があり、人々に害をなす
しかし、その二つの世界に生きる人々は決して下を向く事はなかった。『助けて』を叫んだら、助けに来てくれるヒーローがいるからだ。そして、『助けて』を叫べなくても助けの手を差し伸べてくるお人好しがいるからだ。
異世界に再び生まれ落ちたという奇妙な人生を歩んだ団扇巡という男は、二つの世界に種火を持ち込んだのだ。その種火がある限り、希望は消える事はない。
その種火の正体を後の世の研究家は言う、それは『ただのありふれた優しさである』と。
次回作についてのアンケートを活動報告に乗せるので、気が向いた人はご参加下さいな。基本的に自分が書きたいように書くスタンスですが、やっぱり読者の求めているものは気になるのです。