気が付けばカルデアに 作:K.
我輩はセイバーである。名前は分からない。
某小説を引用した冗談はいいとして、名前が分からないのは本当だ。
次の日に備えて眠り、目が覚めるとカルデア――人理継続保障機関という怪しい組織の廊下に立ち尽くしていた。
清潔感溢れる場所であっただろうその場所は無残にも破壊された痕跡がちらほらと見受けられたのを覚えている。
そもそもこの服装は何なのだろうかとも思った。黒を基調として、少しばかり火を思わせる赤の意匠が見られる洋装。風にはためくコートと口元を隠すように巻かれているマフラーが印象的だ。
ただ呆然と立ち尽くす俺に気まずそうに声をかけた少年――藤丸立香とその相棒、マシュ・キリエライトによる説明のお陰で、何となくどういう事態であるのかは把握できたし、自分が今どういう状態になっているのかも理解できた。
剣術どころか剣道ですら修めていない俺が剣を取り、戦う。左手で腰に携えられた、太刀とまではいかないがそれでも少しばかり長い刀。それに触れた時、命のやり取りを行うという事に恐怖を覚えたものだ。
あまり気は進まないものの、彼らが勝利しなければ人類に未来はない。仕方なく彼らと共に人類の未来を取り戻す為に戦う事になり、改めて自己紹介といった所でそれは起きたのだ。
――名前が、思い出せない。
いいや、名前だけではない。少し前までの事は詳細に覚えているが、今まで重ねてきた思い出や経験が全く思い出せなかった。
冷や汗を流す俺に彼らは盛大に戸惑っていたが、名前が思い出せない事を伝えると次第に表情を硬くして考え込んでいた。
数分か、それとも十数分か。どちらにせよ、暫くの間考え込んでいた彼らが出した答えは、無銘と呼ぶ事だった。
クラスがセイバーであると判明していたため、そちらで呼ぶ事も考えたそうだが、これからも英雄達が増えていくだろうというロマニ・アーキマンからのアドバイスで無銘――つまりは名無しと呼ぶ事に決まったのだった。
名無しとかそのままではないか、と文句の一つも出そうかと思ったが、実際名も分からず、そもそも戦力になるかどうかも分からない戦闘素人の身で彼らに迷惑を掛けているので口は閉じていた。
と、回想をしていたところで全身を赤い服装で固めた男の姿を発見した。
「おや、君か。どうした、こんな場所で。もう直ぐ昼時だが」
「ああ、エミヤか。……俺が此処へ来たときの事を思い返していただけだ」
「ああ、あれか。あの時は驚いたものだ」
エミヤは俺が此処へ来る少し前に召喚されたらしい。
彼が俺の顔を見たとき、まるで知り合いにでも会ったかのような反応をしていたが、あれは一体どういうことなのだろう。一度はぐらかされて以来、しつこく聞くのも不味いと思って聞いてはいないのだが、大いに気になるというものだ。
まあ、聞かないが。どうせ持ち前の皮肉と口の上手さでのらりくらりと逃げられるのは目に見えている。
「昼時といっても、サーヴァントは食事を必要としないんだろう? なら、此処のスタッフ達に回したほうがいいだろうに」
「それはそうだが、食事というものは娯楽でもある。精神面でのリフレッシュにもなるから食事は摂っておいた方がいい。それに、君はサーヴァントとはいっても、マシュと同じデミ・サーヴァントと似たようなものだろう」
彼の言う通り、俺はデミ・サーヴァントという、英霊と人との融合体のようなものに非常に近い存在だそうだ。
マシュは身体能力や宝具の面で言えばサーヴァントと呼ぶに相応しいが、身体の機能で言えば人だ。腹は減るし、眠くもなる。カルデアに召喚された英霊は霊基を登録してある為に、例え倒されても再召喚できるが、彼女は違う。死んでしまえば一度きりだ。
俺は腹は減らないし、眠くもならないが死ねばそこで終わりだ。何でも、俺の霊基を登録するとエラーが出るのだそう。マシュが現代に生きる人間であり、彼女の振るう力は彼女の力ではなく、あくまで力を貸してくれている英霊のものであるということから、俺もおそらくは彼女と似たような状態で、かつ完全に英霊と同化してしまっているのではないか、というのがスタッフ達の推測だ。
話は少しズレたが、彼は新人サーヴァントである俺を気遣ってくれているのだろう。無愛想で口を開けば皮肉が飛び出るような性格だが、かなりの世話焼きであるのがよく分かる。
「良いのかねえ」
「良いも何も、そもそもマスターが我々を誘っている上、事実上の司令塔であるレオナルド女史とドクターロマンが許可を出しているのだから問題はない」
「メンタルがしっかりしているというか、暢気というか……」
「全くだ。だが、悪くない。私も腕がなるというものだ」
「なあ、エミヤ。お前何か張り切ってないか?」
僅かに表情を緩ませたエミヤに顔を引きつらせる。
表情の変化があまり無い彼だが、何故か料理に関わる事になると気合が入るようだ。それでいいのか。
「では、私は仕込があるので失礼する」
「あ、おい。……行っちゃったか」
指摘が図星だったのか、素早く話を切り上げて彼は食堂へと歩いていった。歩いていっただけなので追いかければいいのだが、問い詰めてくれるなという彼の雰囲気がひしひしと伝わってきたために足を止める結果となった。別に料理が好きだからといってからかったりはしないのだが。
エミヤが消えていった方向を見ながら溜息を吐く。彼は仕込があると言っていたから、きっともう少し時間はあるはずだ。ならば、自室で適当に時間を潰すとしよう。
そう結論付けて自室へと足を運ぶ。こつこつと鳴り響くブーツの音が、お前は独りなのだという寂しさを強調させるように感じられるのは、きっと気のせいではないのだろう。
ふと、大きな窓から覗く空を見上げた。
まるでこれからに対する俺の心境を表すかのように、薄暗い雲に覆われていた。