気が付けばカルデアに 作:K.
「少し、疲れたな」
ぽつりと独り、零す。
誰に言うでも無く呟いたにも関わらず、その声は大きく響き渡っているように感じられる。
静寂な夜、草原に身を投げ出して目を閉じる。少しばかり冷ややかな風が身をそよぎ、疲れた心身を癒していくようで気持ちがいい。
此処、第一特異点の舞台となったフランスで、俺は初陣を飾った。
峰打ちを使用して不殺を心がけた上で戦った一般的な兵士達や、全力を振るえる人ではないワイバーンであったとはいえ精神的にかなり堪えた。
それにしても、キリエライトはとても強い心の持ち主だ。
彼女は本当に強い。俺と同じような境遇にも関わらず、不安に押し潰される事なく己がマスターの為に懸命に戦っていた。
本当は不安で仕方が無いはずだ。恐怖もあっただろう。俺がカルデアへやってくる以前に一度、戦闘経験を積んだらしいが、それでもそう変わりはしないはずだ。
本当に、強い。
目を開いて、目の前に掌を広げる。汚れていないはずなのに、何故か赤黒く汚れているように見えるのは、俺の心が弱い所為なのか。
彼女の武器は盾だ。守りを主体として、誰も死人を出さないという気概を感じるような、大きな盾。
ああ、彼女らしい。その力は英霊から借り受けたものとは言えど、その守りたいという意思の具現があの大盾なのだろう。
それに比べ、俺は。
きっと、俺も、この身に宿っているであろう英霊も悪くないんだろう。偶然、得物が刀であっただけなのだから。
そうだとしても。あの刀を振り抜いた瞬間の兵士達のあの怯えの表情がどうにも忘れられない。それが俺に向けられた表情でなかったのだとしても。
それからというものの、いつか来るだろう、この手を血で汚すその日の事を考えていた。その覚悟は既に出来てはいるのだ。それが今の俺に出来る事であり――いいや、それだけが、俺に出来ることなのだから。
だけど、何れ斬る事に慣れきってしまうのだろうと思うと、それが怖くて仕方が無い。
甘えた事を言っているのは分かっている。凄まじい人生を歩んできただろう英雄達に聞かれでもしたら笑い飛ばされる事は間違いない。
それでも、俺は――
「あ……セイバーじゃないですか。こんな所でどうしたのですか?」
「……あぁ、ジャンヌ・ダルクか」
――と、どうやら考え事に夢中になりすぎたらしい。
背後から近寄ってきた彼女に全く気付かなかった。
「……何だか堅苦しいので"ジャンヌ"と呼んでください」
何故そうなった。
堅苦しい呼ばれ方など聖女と呼ばれた彼女なら慣れていそうなものだが。
彼女はどうも初めて会った気がしない。いや、そんな事はあり得ないのだが、霊基が彼女を覚えているような、そんな感覚がするのだ。
「他の方々は余り気にならないのですが、あなたにそう距離を置かれると何だか寂しい? と言いますか。うーん……何と言えばいいのでしょう、この気持ちは」
まぁ、彼女がそれでいいのならそう呼ぶ事にするとしよう。
なんだか、彼女が話しかけてきたからか、悩みが何処かへといってしまったように感じる。それはきっと一時的なものであり、先延ばしにしてしまうのはよくない事であるのだろうけれど。今の俺にとっては何よりもありがたいものだった。
「ところで、あなたは此処で何を?」
そういえば、彼女が来ているにも関わらず寝転がったままだった。彼女が気にしていないのが幸いではあるが、次があれば気をつけるようにしよう。
そう思いつつ、不思議そうに此方を覗きこむジャンヌに何も言わず、空を見るようにと指差した。
「……わぁ」
そこに広がっているのは、遠い宇宙から煌く光を届けている満天の星空だ。
特異点には死が溢れていた。一人も生き残っては居ない街もあった。救えなかった事を嘆く者も居たし、闘志を燃やす者も居た。――様々な思いが、この特異点を渦巻いていた。
それでも、この空だけはきっと変わらない。少し目を外せばあの特大の光帯が存在してはいるが、それもこの一年以内に方が付く。光帯も消えて、元の空が戻ってくるだろう。
「綺麗ですね……」
「……ああ」
「何だか新鮮です」
不意に、そんな事をジャンヌが言った。
確かに、この星空は現代に生きていただろう俺にとっては新鮮なものだ。しかし、彼女にとってはどうだろうか。
この時代に生きた彼女にとって、この空は慣れ親しんだものであるはずだが。
「私が啓示を得てからは目を閉じて祈ってばかりで、こうして寝そべって空を眺めるなんてことはなかったので」
何より、そんな暇もありませんでしたし、と少し悲しげに笑うジャンヌに胸が痛む。
思えば、彼女は十九歳という若さでこの世を去った。それも、裏切りによって火刑に処されるという形で。
「辛くはなかったのか?」
気付けば、そんな言葉を伝えていた。
「……はい」
少し間を空けたその言葉は、少しばかりの迷いが込められていた。
辛くなかったといえば、それはきっと嘘になってしまうのだろう。
裏切られるというのはとても辛く、許しがたい事なのだから。
「でも、後悔はあまりしていません」
その言葉には、迷いはなかった。
「キミは裏切られて死んだ。その結果で良かったのか?」
あの黒いジャンヌ・ダルクと相対して、それでもこのフランスを救おうと行動する白いジャンヌにそれを聞くのもおかしいことではある。
復讐を掲げ、憎悪を振りまく黒いジャンヌと敵対し、本来の歴史を辿らせようとすること、それは即ち、彼女が歴史通りに火刑に処されて死んだ未来を善しとすることなのだから。
それでも、聞かずにはいられなかった。
「いいのです。……確かに、何で私が死ななければならないのかと思った事もあります。でも、それで未来に繋がる何かが残せたのなら。――それで、私は十分なんです」
衝撃だった。ただ、胸を打つ何かがその言葉にはあった。
何故かは分からないが、心の底から納得させられるような、何かが存在していた。
未来に繋がる何か、か。
中身の無い、空っぽな俺でもそれが残せるだろうか。
"――ここまで、だな"
そんな事を考えていると、ふと、頭に少しばかり苦しげな声が過ぎった。これでよかったのだと何かを信じた誰かが深く、静かに息を吐く。
何故だかばつが悪い気持ちになる。気を紛らわせようとして、目を星から外して見ると、一際大きく輝く月が目に入った。
――とても懐かしい。ありえないはずなのに、そんな気持ちになった。
余談だが、この後二人してそのまま眠ってしまい、目が覚めた後ありとあらゆる人間からからかわれた。ジャンヌには申し訳ないことをしてしまったと思う。
7/4 ほんの少しだけ加筆。
9/19 最後の辺りを少し改訂。