気が付けばカルデアに 作:K.
フランスにおける敵、黒いジャンヌ・ダルク。
彼女には配下として幾人かのサーヴァントが存在している。
それぞれがバーサーカーのクラススキルである狂化が施されている、らしい。
狂化というスキルはランクにもよるものの、低いステータスの底上げの代償として言語能力を失うスキルだ。
バーサーカー以外のクラスであるにも関わらず、狂化が付与された英霊達はどのような気持ちで戦うのだろう。
ふと、そんな事を思った。
「邪魔をするのならば殺す。……それだけだ。ああ、だから、だから……早く立ち去ってくれ……!」
ただ、一つだけ言えるのだとしたら。
目の前で整った顔を悲痛に歪め、手を震わせながら弓を番える彼女は悔しくて仕方が無いに違いない。
敵である俺達を倒すまいと立ち去れと言う彼女は、本来はきっと善き精神の持ち主だったんだろう。
「……それは出来ないな」
人々が死んでいってしまう事に対しては、俺個人としては思う事はあっても、何も言う事はない。
戦いというものにおいて、いつも犠牲となるのは力なき者達だ。
それを防ぐ事は出来ないし、それを救う事は出来ても本来の目的を達成するまでが遠くなり、更なる犠牲を生む可能性がある。
どちらも正しく、どちらが間違っているということもない。どちらを取るのかはその人次第ではあるが――マスターである藤丸は人々を見捨てず、そして目的をも達成する……俗に言う、お人好しな人間だった。
ただ、それだけのこと。ただ、それだけだが、俺がこうして彼女を止める理由になるには十分すぎるものだった。
"頼む、セイバー! あのサーヴァントを止めてくれ!"
彼は俺の実力を良く知っている。マスターである彼にとって、俺達サーヴァントがどの程度の力量を有しているのかを知るというのも一つの役目として存在しているのだから。
俺の弱さを知っていてなお、彼は頼み込んできたのだ。申し訳なさそうに顔を歪ませながら。
普通のマスターであるなら、町の一つや二つは仕方が無いと目の前のものを無視して進むのだろう。しかし彼はそうしなかった。自分が後悔しないようにと、無理を承知で行動した。――そうだとも。後悔は行動してからすればいい。何もせずに後悔するよりは何倍もマシだ。
「ぐっ……何故だ!? 貴様からは特別強者の気配もしない。命を懸けるだけ無駄だ!」
「そうかい」
そんなものは知ったことかと彼女の言葉を聞き流す。
他のサーヴァント達はワイバーンに襲われている住民の救助に向かっている。よりにもよって一番弱い俺が一人で彼女に立ち向かわなければならない訳だ。
アーチャーである彼女にはステータスの底上げが成されている。まともに戦えば此方が負けてしまうのだろう。
それでも、と彼女の前に立つ。俺はセイバー、マスターである藤丸立香の剣なのだから。
サポートは任せるぞという意味を込めて目線を後ろにいる藤丸に合わせる。彼は爽やかな笑みを湛え、頷いた。
「サポートは任せて、セイバー」
「必ず勝ってみせよう、マスター」
しっかりと伝わっていたようで何よりだ。
彼の言葉を背に言葉を返し、改めて彼女を見据える。
「此度の現界であなたが苦しんでいるのなら。俺はあなたを打ち砕こう。――対峙する理由はそれだけで十分だろう、アーチャー」
――その言葉を最後に、彼女へと踏み込んだ。
■
「ふふ……まさか、本当に敗れるとは」
「……手を抜いておいてよく言う」
確かに勝利はした。此方もかなり消耗したが、それでも何とか勝利を収めたのだ。
彼女はロマニ曰く、ギリシャにおいて名高い純潔の狩人――その名もアタランテというらしい。成る程、道理で素早い訳だ。手を抜いていてなお、あの速度とは。喰らいつくのが精一杯とは恐れ入る。
「汝のような英霊にはまだまだ負けんさ」
「いや、まぁそうなんだけども。結構酷くないか?」
「砕けた態度と取って欲しい」
「砕けすぎだろ」
幾ら座に還るからといってそれはあんまりでは、と思う。
一応俺にだってプライドというものはある。人理を救う戦いにおいてはどうでもいいことであるし、無いに等しいも同然だが。確かにそれは存在するのだ。
さて。彼女の霊核は確かに砕いた。直に彼女の退去が始まるだろう。
「まぁ、なんだ。……ありがとう」
「……ふっ」
「ちょっと待て。何故笑う」
英霊が消えるあの光――英霊の残滓をその身から放出しながら、彼女は照れくさそうに笑った。
それが何だかおかしくて、思わず笑ってしまう。
「礼を言われる事なんてしてない。街を襲っていた英霊を討ち取った、ただそれだけだろう?」
「……違いない、のか?」
戦いはあっという間に終わった。
だというのに、彼女の表情は始まる前と終わった後とで随分と変わった。
苦しげに余裕のなさげな表情から、柔らかく余裕のある笑みへ。
それはいいことだ。最期には笑って消えていく――英霊にとって、それはとても難しいものだ。
だからきっと、今回の彼女は素晴らしい最期を迎えられたのだろう。終わりよければ全て良し、という言葉が適切だろうか。
「そろそろ消えるとしよう。――次があれば、汝らと共に戦いたいものだ」
「あなたの願いが何であるのかに左右されるとは思うが……まぁ、俺のマスターならきっと召喚してくれるさ」
「楽しみにしておこう」
そうして純潔の狩人は消えていった。
後に残るものは何も無い。英霊の死というものは、そういうものだ。
でも、残ったものはある。それは目には見えないものであるけれど、確かに存在している。
「――セイバー!」
「ああ、マスター。いい支援だった」
後ろから聞こえる声にしっかりと返事をする。声色からして、どうやら心配していたようだから。
彼はもっと自信を持つべきだと思う。彼の支援なくして俺の勝利はなかったし、彼女との語らいもなかったのだから。
「お疲れ様。……彼女となんか話してたみたいだけど、何かあったの?」
「次は此方側で戦いたいだと」
「それはまた、こう……俺への責任というか、なんというか」
「ま、マスターなら大丈夫だろう。どうせいつかは召喚される」
「何その言い方は……」
残ったもの――今回は、彼女と紡がれた縁。きっと、このような縁はこれからも増えていく。それは人が生きていく中で経験する、多くの出会いと別れのような、大切で得難いもの。
藤丸と他愛のない話をしながら、俺はそれを確かに感じとるのであった。