気が付けばカルデアに 作:K.
「はぁ」
最近、というよりも、サーヴァントモドキとなってから回数が増えたような、そんな気がしないでもない溜息を、目の前の人物に隠す事も無く大きく吐く。
こうしてゆったりと過ごすのは別に嫌いではない。寧ろこういった穏やかな時間は好きな部類ですらある。
だからといって素振り中に突然割り込んできたかと思えば、得物を目にも留まらぬ速さで取り上げてからのお茶会というのはあんまりだと思うのだけど、そこのところどうなのだろう。あと、消滅したと思っていた第一特異点にレイシフトしてきているわけだけど、行く理由がお茶会でいいのだろうか。心底心配になってきた。
「お話も聞きたいけれど、先ずは……そうね、紅茶でもいかが?」
「……頂くよ」
ついこの間召喚された、目の前で特に楽しい話をしているわけでもないのにはしゃぎ気味な彼女、マリー・アントワネットを見てそう思う。
――本当に、どうしてこうなった。
本来なら身体を慣らした後、キリエライトと合同で鍛錬をする予定だった。元は現代に生きる人であるという共通点――とはいっても、俺に限っては本当に純粋な人だったのかすら分からない――がある俺達は、時折二人で鍛錬に励むのが通例となりつつある。持ちかけてきたのはキリエライトで、アルトリアとの模擬戦の噂を聞きつけて自分も負けていられないと奮起したらしい。健気なことで微笑ましいが、彼女は元は純粋な人なのだからあまり無理はしないで欲しいものだ。
しかし、これではその予定も潰れそうだ。寧ろキリエライトを巻き込むまである。すまん、キリエライト。俺にはフランス王妃は止められそうにない。
もう直ぐやってくるであろうキリエライトに軽く謝罪をしながら、マリーから受け取ったマグカップに鮮やかに揺らめく紅茶を口にする。
「……うまい。茶葉の良し悪しなんてものは分からないけど、落ち着く味だ」
「それは良かった。エミヤにはお礼を言わなくちゃ!」
なるほど、彼が淹れたのか。つくづく料理関係には強い男だな。実はクラスがコックだったりするのかもしれない。……まあ、そんなクラスは聞いた事もないし、存在しないだろうが。
「本当はわたしが淹れようとしたのだけれど、折角だから彼にお願いしてみたの。どうやら正解だったみたい」
「料理関係の事に関しては凄いからな、エミヤは」
「あの情熱は素晴らしいわ。……ん、いい香りね」
いやしかし、やはり王妃というだけあって、その振る舞いは上品なものだ。マグカップを口に運ぶ動作から置く動作まで、常人とは違う何かがある。様になっている、というのが一番適切と言えるか。
とはいっても、優雅で上品な振る舞いで、常人には話しかける事すら難しく、野に咲く一輪の花――所謂高嶺の花の様に、他人からは一歩引いた場所から接せられる……とはならないのが、彼女が彼女たらしめるものであり、彼女の美点だ。
……美点、つまり良い所ではあるのだが、俺にとっては少しばかり遠慮させて頂きたい所でもある。
彼女の性格上、相手との距離は常人のそれと比べてかなり近い部類になる。つまる所、俺は彼女の近すぎるといってもいいその距離感が少し苦手だ。
別に嫌いだとか、そういう感情があるわけでもない。ただ、カルデアに来てからというものの、彼女程近い距離感で接してくる人間は居なかったために戸惑いを隠せずに居るだけのことだ。
まあ、俺が慣れてしまえばそれで済む事だと言われてしまえばそれまでなのだが。
「また考え事?」
「へっ?」
気の外からの問いかけに思わず間抜けな声で返事を返す。そういえば、最近このように考え込む事が増えた気がする。……これは直さなければならないな。
「……まぁな」
「フランスの時からそうだったわね。何があなたをそこまで思いつめさせるのかしら?」
「それが俺にもよくわかってないんだよ」
どうやってカルデアにやってきたのか。
幾何学的な、電子的な空間を思わせるあの夢。
そも、俺はどういった存在だったのか。
全ては俺の過去へと収束する悩みではあるが、日を過ごしていく内に悩み事は増えていき、その度に様々な思考を張り巡らせる。
英霊として此処に居る俺と、ただの人間であったかもしれない俺。
ふらふら、ゆらゆら。自分を知らない俺は、未だ彷徨い続けている。
本当の"俺"は一体何なのだろう。そんな悩みが解決する気配は一向になく、寧ろ日に日にその存在感は大きくなっていくようで。不安を覚えられずにはいられないのだ。
「――わたしはなんだか不安だわ」
不意に、マグカップを空にしたマリーがぼそりと呟いた。
唐突に真剣な表情をした彼女に驚きつつも、目を合わせて続きを促す。
「あなたを見ていると、どこか遠い場所へ消えてしまうような気がする。……そんな感じかしら」
ドキリ、と心臓が大きく脈打った。
特に心当たりがあるわけでもないはずなのに、その言葉は何故か胸に突き刺さる。
「英霊なんだ。一年程の旅が終われば、結果がどうあれ俺達は消えるだろ」
それを誤魔化すかのように、当たり前のことを苦し紛れに吐き捨てた。
どうにもあの夢が脳裏にちらついている。どうしようもない不安に身体がぶるりと震えた。
「結果が全てだというならそうだけれど」
でも、と彼女が続ける。
「悲しいお別れなんて寂しいじゃない?」
どうせ別れることが決まっているのなら、せめて楽しい思い出を。彼女はきっと、そう言いたいのだろう。
それはそうだろう。誰が好き好んで悲しい別れを望むというのか。
最後には笑っていられるのが一番の結末なのだから、誰だってそれを望んでいるはずだ。
「だから――」
コトリ、とマグカップを置き、彼女は俺の手を取った。
「今此処でわたしとお茶をしているあなたはあなただけ。それだけじゃダメかしら?」
「……」
成る程、彼女は最初から俺の悩みなんてお見通しだったわけだ。
柔らかく微笑みながらそういう彼女から目を逸らす。
例えどのような人間であれ、柔らかく包み込んでしまうようなその優しさ。史実から英雄とは言えない彼女が、こうして英霊として現界している理由が何となく分かった気がした。
「そうかもな」
真実が明らかになるまでは、この不安が消えることはきっとない。
けれど、不思議とそう納得できる気がした。
――俺は俺、か。
自分でも柄じゃないとは思うが、自然と口角が少しつりあがって、笑みを浮かべた。
いつか、彼女のように柔らかく笑えるだろうか、何て思いながら。
「――うん! 笑ってるほうがいいわね。じゃあ、暗いおはなしはこれで終わりにして明るいおはなしをしましょうか!」
そうすればもっと笑顔になれるわ、と彼女ははにかんだ。
取られていた手をそのままに、彼女は席を立つ。どこか散歩にでもいくつもりだろうか。
今度は思考を読んだわけではないのだろうけれど、全てを見透かされている気がしてなんだかとても複雑な気持ちになった。
「……やっぱり、俺はあなたが苦手だよ」
少し前とは違う意味で、と内心で付け加えつつ苦笑いを浮かべ、若干遅れて立ち上がる。
呟くは彼女に聞こえることなく、上機嫌で歩き始めた彼女に歩幅を合わせて歩き始めた。
心が少し軽くなった所為か、足取りも軽やかに感じられたのは、きっと気のせいではない。