これは、ある一つの可能性の物語







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それは、ある一つの終焉の物語

 その場に漂う空気は、文字通り【終焉】としか言い様の無い程、酷い状況だった。

 

 夥しい死の臭いが、今自分が居るこの場所のを含めた周囲一帯を埋め付くし、ただただ苦痛と悲嘆に暮れた愚かな女の泣き声が響く。

 この場に死を、あらゆる破壊とまき散らし終焉を齎す絶対にあってはならない弑逆を成した、張本人の後悔に濡れた嘆きの声が。

 

 愚かにも、自分が成した行為を嘆く女の名のは、アルベド。

 

 己を含めたナザリックを捨てた、アインズを除く【至高の四十一人】を、己の持つ世界級アイテムやギルド最強の戦闘力を持つルベドを使い、この世界に転移してきた彼らを秘密裏に抹殺しようと企み、実効した愚か者。

 『全てはアインズ様の為』と言い張りながら、実際にはアインズの〖彼らに会いたい〗という心の底からの願いや気持ちなどを一切考慮せず、彼らに対する自分の憎悪を晴らす為にアインズを口実に使っただけの、自分本意で植え付けられた愛に溺れた愚かな女。

 ナザリックの守護者統括としての立場を考えるなら、自分の感情や欲求などは一切を表に出なければ行動にも移さず、ただ心の底で憎悪を抱くだけで済ませればよかったのだ。

 

 そう……こんな風に行動に移して、それがアインズにバレたら……例え、「アインズが設定を書き換えたから」と言う免罪符があったとしても、彼女であっても絶対に赦される事は無い事なのに。

 

 彼女は、設定によって与えられた才覚溢れる自分の頭脳で、余計な事を考えてしまったのだ。

 他の僕なら、己の創造主を信じているから思い付きもしない様な、本当に愚かな考え。

 

 自分達は、アインズ様以外の「至高の四十一人」から捨てられてしまったのだ、と。

 

 ここで、それを人知れずに嘆くだけなら、まだ可愛げがあったものを、そこから抱いた悲しみを怒りに、愛されていた思いを憎しみに変えた挙げ句、暴走させて。

 アインズが設定を書き換えた事で、彼女は自分が愛する事を望まれいずれその愛に応えてくれるものと思ってしまったのだ。

 その為にも、今でもアインズから友愛を向けられている【至高の四十一人】は邪魔で。

 

〘 今まで、アインズ様の前から姿を消していたのだから、そのままアインズ様に気付かれない様に存在を消してしまっても、特に問題はない筈。

 何より、自分達の元に最後まで残ってくれた慈悲深いアインズ様ならば……私の気持ちも理解して下さるだろう。

 自分達と同じ様に、【至高の四十一人】に捨てられたと言えるアインズ様なら、自分の取った行動も最終的には赦してくれるに違いない。 〙

 

 なぜ、アインズがナザリックから去っていく彼らを見送ったのか、他の方々がどうして去らざるを得なかったのか、その理由にすら思い至らないまま。

 アインズへの狂愛に溺れた愚かな女は、そんな風にあくまでも自分の都合のいい様にアインズ様の気持ちを推し量って、それで間違いないと勝手に本気で思い込んで、とうとう踏み留まるべき一線を越えてしまった。

 あくまでも、自分の考えで押し通してしまったとしても、最終的には自分の行動はアインズから許されるだろうと思い込んで。

 

 その結果が、こうして我々の目の前にある。

 

 我々と同じ様に、【リアル】から何らかの理由でこの世界に転移してきたらしい、ウルベルト達四人の至高の方々が、息も絶え絶えで身動き出来ずに地に蹲る姿。

 そして、そんな彼らをアルベドとルベドから守るように、彼らの間に倒れ伏し消滅間近のアインズの姿がそこにあった。

 目の前で、アインズが一切自分を顧みる事無く彼らを守る事を取るという、彼女にとって悪夢のような現実を突き付けられ、ただ呆然とした感情のままに自分が仕出かした事を嘆くだけのアルベドは、自分が実際に彼らを弑逆する為に行動を起こした場合、こうなる事を欠片も思い付きもしなかったのだろう。

 

 もし、万が一にも自分と【至高の四十一人】が合い争うような状況になった時、どちらも大切で……だけど、やはり心の天秤が御方々の方へと傾いた結果、アインズがルベドを擁したアルベドの攻撃から彼らを守る為に双方の間に立ち塞がり、双方からの全ての攻撃をその身で受けとめた為に、ダメージから死ぬかもしれないという最悪な可能性を。

 

「……やはり、こうなるしかなかったのですね……

 アインズ様が抱く、至高の御方々への深い友情など複雑で柔らかなそのお気持ちを、本当の意味で理解出来なかった守護者統括殿が相手では、これも全て運命なのでしょう!」

 

 それまで、この状況を前に慌てふためきどうして良いのか判らずに混乱する僕たちを他所に、一人沈黙を保っていた僕……パンドラズ・アクターは、大袈裟に顔を片手で覆いながら、大きな声でわざとらしく嘆いて見せる。

 その声に、アルベドが引き起こした僕としてあり得ない事態を知り、混乱したままこの場に駆け付けた僕たちが〖何を、悠長な事を!〗と、憎々しげな視線を向けた。

 今まさに、目の前で自分の創造主が消滅の危機に瀕しているのに、全く動く事無くただ黙っていたと思えば、何を悠長な事を口にして居るのだと思ったからだろう。

 だが、パンドラズ・アクターはそんな視線を一向に気にする事無く、素早く地に倒れ伏すアインズの側に歩き寄ると、この状況でどうすればアインズを助けられるのか判らないまま、回復魔法を掛けながらオロオロとしているマーレを押し退け。

 他に比べれば、まだ傷が少ない部分へそっと手を触れて状況を最終確認した所で、小さく安堵の息を漏らした。

 

〘 本当に……本当にギリギリですが……これならば、まだ間に合いますね…… 〙

 

 確かに、双方の攻撃を受け止めた事によって死亡によるペナルティを受けた為に、レベルのほぼ全てを失い消滅間近ではあるものの、アインズの意識は僅かに残っている。

 この状態なら、まだ、己の隠してあった切り札を切れば、十分間に合だろう。

 そう、現状を前に冷静に判断を下したパンドラズ・アクターは、ゆっくりとした動作でその場で立ち上がると、周囲へ向けて両手を広げた。

 

「……皆様、今回の一件なのですが……もし宜しければ、全ての清算は私にお任せいただけませんか?

 この件の責は、アルベド殿がこの様な行動を取る可能性を察していながら、こうして最悪な状況が起きるまで、半ば放置した形となった私に取らせて欲しいのです。

 絶対に、どなたにとっても悪い様にはいたしません。

 えぇ……私一人の責で全て終わらせる方法が、今、私の中にはあるのですから!」

 

 その場にいる者全てに対して、ちゃんと聞こえるように高らかな声で歌い上げるように告げれば、私の行動を不快に思ったのか〖こんな時に何をふざけている!〗と、周囲から殺気が漏れる。

 この言動が、他人にどんな風に受け取られていたとしても、パンドラズ・アクター自身は欠片もふざけている訳ではない。

 だからこそ、パンドラズ・アクターはそんな風に視線を向けられ周囲から殺気を感じたとしても一切気にする事無く、胸に両手をそっと添えた姿で、更にまるで高らかにオペラを歌うオペラ歌手のように、更にその場で声を上げた。

 

「さぁ、我が内に眠る世界級アイテム、【 道化師の請願(バウ・オブ・クラウン) 】よ、定められた約定の下、私はここに願いましょう!

 今、正に消滅の危機を迎えている我が創造主たるアインズ様の、ありとあらゆる形での完全なる復活を!

 その為に、私が〖道化師の請願(バウ・オブ・クラウン)〗に捧げる対価としてのレベルは、種族と職業全てを合わせた中の五十!

 アインズ様を消滅から救う為には、相応しい対価と言えるでしょう。

 そして、傷付き倒れ伏す四人の至高の方々の傷と失ったレベルの復活に、それぞれレベルを十ずつ対価として捧げましょう!

 アインズ様が、その身を呈してあらゆる攻撃から守られた事により、レベルをそれなりに削られる程のダメージを受けてしまっていますが、アインズ様ほど酷くはありません。

 ですから、他の方々はそれで対価は足りる筈です。」

 

 そこで、一旦言葉を止めたかと思うと、パンドラズ・アクターはそれぞれ四本しかない両手の指を指折り数えて、大丈夫だという様ににっこり笑って頷く。

 一呼吸置き、ゆっくりと視線を周囲に廻らせた後、更に口を開いた。

 それは、全てをこの場で急いで済ませてしまうのを悟らせないかの様に、穏やかな素振りで。

 

「ふむ……これで私に残るレベルは、あと十ですか。

 それでは、更に……アルベド殿から御方々へ向ける愚かな憎悪を全て消し去るのに、私に残っているレベルの中から八、対価として捧げましょう。

 このままでは、どなたか御方がナザリックへお戻りになる度に、また同じ事になりかねませんから。

 最後に……残ったレベル二でアルベド殿が、未来永劫アインズ様の愛を得られない様に呪いを!

 私は……もう、あなたの暴走を止める事が出来なくなるのですから、この嫌がらせは受けて貰います。

 私が持つ、統べてのレベル百を捧げ、私の消滅をもってこの愚かなる一幕の全ての幕引きを!

 さあ、私は願いと対価を示しました!

 我が願いを叶えなさい、〖道化師の請願(バウ・オブ・クラウン)〗!」

 

 まるで、舞台に立った役者が滔々と台詞を語るように、つらつらと恐ろしい宣言を口にしていくパンドラズ・アクター。

 いきなりの事に、その場にいた誰もが何を言い出したのか訳も判らず、止めに入れる者が居ないまま。

 その宣言の意味を、ウルベルトの倒れ伏す姿を前に頭が働かなくなっていたデミウルゴスが漸く理解した頃には、パンドラズ・アクターは全てを宣言しきっていた。

 

 次の瞬間、その空間を覆うように天から声が降り注ぐ。

 

『 世界級アイテム、道化師の請願(バウ・オブ・クラウン)を、起動します。

 所持者、パンドラズ・アクターの請願は、正しい対価をもって全て受諾されました。

 この通達の終了三十秒後に、その願いを叶えるべく全ての請願が発動します。

 全ての請願が達成した後、更に三十秒経過した後に所持者パンドラズ・アクターは、全てのレベルを対価に差し出して失った事により、完全消滅します。

 NPCとして、本来なら可能な本拠地での金貨による復活も、このパンドラズ・アクターに対しては一切行う事が出来ません。

 世界級アイテム〖道化師の請願(バウ・オブ・クラウン)〗の制約上、請願の対価として全てのレベルを捧げたNPCは存在そのものが完全消滅します。

 

 あなたの願いは、全て叶いましたね?

 それでは、通達を終了いたします!』

 

 天からの声が聞こえ始めた頃は、まだざわざわと騒めきを残していた僕たちの声は、いつの間にかすべて消え去り、彼らの視線は全てパンドラズ・アクターへと注がれていた。

 だが、そんなもの言いたげな視線を受けても、パンドラズ・アクターは揺らぐ事はない。

 最初から、全て覚悟を決めての発言だったのだから、当然のことだろう。

 

 声が止まり、三十秒が過ぎた頃……緩やかにパンドラズ・アクターの身体が発光を始めた。

 天の声の通り、そのレベルをパンドラズ・アクターの中から抜き取るかのように瞬くそれは、もう誰にも止められないのだろう。

 何度も瞬き、その度に光は幾つかに分裂しては、また混ざりあっていく。

 グルグルと回りつつ、大小合わせて七つの光の塊が出来上がった所で、瞬きは止まった。

 

 準備が、出来てしまったのだろう。

 

 次の瞬間、パンドラズ・アクターから完成した光の塊が全て飛び出したかと思うと、アインズや倒れ伏すウルベルト達、そしてアルベドへと降り注いでいく。

 それを満足げに見詰めながら、パンドラズ・アクターはそれまで被っていた軍帽を脱ぐと、周囲に向けて大きく一礼して見せた。

 満足そうな様子で、緩やかに動く姿はもう儚く消えてしまいそうで。

 すぐ側にいたマーレなど、まるで〖逝くな!〗と言わんばかりに縋り付こうと手を伸ばすが、何故か触れる事が出来なかった。

 少し離れた場所に居た、デミウルゴスやシャルティアはもちろん、コキュートスやアウラもせめてこのまま逝かせたくないと、近寄ろうとする。

 だから、そんな彼らに最後を告げるべきだと、ゆっくりとアインズが起き上がる姿を確認したパンドラズ・アクターは、最後の願いを口にした。

 

「……さあ、皆様。

 この私の命を対価に、この愚かな出来事への幕引きとして戴けますよう、心よりお願いいたします。

 あぁ……皆様、これにておさらばです。」

 

 本当に、最後の力を振り絞るように高らかな声でそう告げた瞬間、パンドラズ・アクターの身体は一瞬の内に灰になって崩れ落ち……突然吹いた突風によって、灰そのものすら何処かへと吹き飛ばされて消え失せていた。

 

 まるで、パンドラズ・アクターがこの場にいたと言う痕跡を、なにも残さないかのように。

 




最初の世界は、原作十巻以降の未来の話。

アルベド指揮による、【至高の四十一人】を暗殺する為の捜索部隊(モモンガ様は普通に捜索部隊と認知)が、ウルベルト、ヘロヘロ、ペロロンチーノ、ブルー・プラネットの四名を発見し、暗殺しようとしたものの抵抗に合い、その途中でモモンガに察知された結果、モモンガが身を呈して彼らを守り、消滅の危機に陥った所から始まります。
当然、アルベドは自分がしでかした事に茫然自失、至高の方々も回復が難しい瀕死状態、僕には打つ手がありません。
うちのパンドラズ・アクターは、世界級アイテム【道化師の請願】を持っているのがデフォな子なので、それを使ってその問題を全て解決する代わり、アルベドにモモンガの愛が向かない呪いも掛けます。
怨み辛みと言った狂っていた部分を消され、その癖モモンガを愛する心と狂っていた記憶を残したまま、正常にアルベドを戻しておきながら、モモンガからの愛は絶対に得られない。
全てを助けて消滅する代わりに、アルベドに対する意趣返しだけはして、ある意味満足して死んだ筈なのに……


と、こんな感じて始まるパンドラズ・アクターの逆行&平行世界移動と言う、ちょっとしたネタがありまして。
pixivでは、随分前にネタとして上げてますが、そこからかなり加筆してあります。
あちらでは、もうちょっと続きがあるにはあるんですが、そのままだとまたBLだのなんだの言われるので、一番書きたかった部分だけチョイスしました。


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