沈め掻き臥せ戦禍の沼に【完結】   作:皇我リキ

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誘導作戦開始

「果報は寝て待てって言うがねぇ。蒔かぬ種は生えぬとも言う。……結局の所、考え方なんて他人で違うって事よ」

 ドンドルマの訓練所の教官を務める隻腕の男は、集会所に並べられた料理を眺めながらそう言った。

 

 

 ガンナー数十名を乗せた気球船が飛び立ってから小一時間。

 残ったハンター達は、ギルドが英気を養う為にと出した料理に手を付ける。

 

 勿論、経費はギルド持ちだ。

 この為だけに何匹か竜を討伐し、街にも食材が出回る程の食材を掻き集めているのだから、集会所に並べられた料理はどれも豪勢なものである。

 

 

 

 周りのハンターが食事に手を付けている中で、集会所の端で蹲っている男が一人だけいた。

 

 チャージアックスを脇に、料理を前に座っているだけの男の名はニーツ・パブリック。

 自らの命と引き換えに、ゴグマジオスの弱点を知る為に行動したハンターの弟である。

 

 

「……ニーツ、来てたのか」

 そんな彼に話し掛けたのは、酒の入ったジョッキを二つ持ったイアンだった。

 

 彼はニーツの前にジョッキを置くと、その隣に座る。

 それを訝しげに見るニーツだが、直ぐに俯いて視線を合わせる事もなかった。

 

 

「俺は分かんなくなっちまってよ……。それを、確かめたいだ。だからここに来たってのに……結局気球船には乗れなかった」

「ガンナーじゃないなら、それで良いだろう?」

「使えなくはねーよ」

「そうか」

 聞いてから、イアンはジョッキを傾ける。喉を洗い流すような感覚も、今はスッキリとしなかった。

 

「……俺も、分からなくなったんだ。だから、それを確かめる為に戦うのもありなのかもな」

「お前……なんかあったか?」

「いや、なんでもない。また狩場で一緒に戦おう」

 ニーツとは一度きりのパーティだったが、ガブラスやイーオスと必死に戦って彼も───そしてアーツも、思っていたより悪い人間ではないと思えたのである。

 勿論、性格に難があるのは認めるが。それでも、狩人として彼等は尊敬に値する人物であった。

 

 

「……ニーツ」

「おーい、何してんだ───って、そいつ酒場の時の」

 レイラとジャンがその後ろから話し掛けてきて、ニーツは黙って席を立つ。

 

 残されたジョッキは、ただ静かに泡を立てていた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 双眼鏡に巨体が映る。

 日が傾き始めた頃合いに、ゴグマジオスを見付けたのはヘビィボウガンを背負った少年だった。

 

 

「十一時の方向。ガブラスが群れている下に確認しました」

 エルディア・ラウナー。髪の長いウルク装備の少年は、王立古生物書士隊の一員で主に護衛ハンターとして活動している。

 

 そんな彼がこの撃退船に参加したのは、書士隊にゴグマジオスの生態を持って帰る為だった。

 エルディアの乗る気球船はサリオクとエドナリアの乗る船で、それを聞いたサリオクは部下に信号弾を撃つ様に指示を出す。

 

 

 全体指揮を取るコーラルはそれを確認すると、船の進路変更を命じた。

 その脇で酒を仰ぐダービアのさらに後ろで、一人の少年は顔を真っ青にして座っている。

 

 

 

「ど、どうしてこんな事に……」

 人生初めてのクエストは、話に聞けば古龍の撃退戦との事だった。

 古龍どころか竜どころか草食獣すらまともに倒した事がない少年には、荷が重いなどという言葉では表しきれない。

 

 もはや何を恨めば良いかすら分からない現状に、彼は項垂れる。

 それでも恐怖で口も開けない少年は、ただ一刻と迫る戦いから目を背けるしかなかった。

 

 

「ガブラス、沢山いますね」

 距離も近くなり、ヘビィボウガンのスコープを除くエルディアは小さく呟く。

 それを聞いたエドナリアが双眼鏡を除くと、報告以上の数のガブラスがゴグマジオス周辺を飛行していた。

 

「これでは、近付くのは難しいかもしれないですね」

 顎に手を当てて、エドナリアは少し唸る。

 

 

 ゴグマジオスを誘導する作戦の内容は、飛行船からの一斉射撃だ。

 それにはゴグマジオスに一定以上近付かなければならない。周りにガブラスがいたのでは、それは難しいだろう。

 

 

「音爆弾を使うのは?」

「一時的に動きは封じる事が出来ると思いますけど、数が多過ぎて手持ちの音爆弾じゃ足りませんね……」

 ガブラスが居る事は認知されていたので、各船にはガブラスに有効な音爆弾や閃光玉を用意していた。

 しかし、あの数のガブラスを黙らせるのは難しいだろうとエルディアは推測する。

 

 

「音爆弾や閃光玉を使っても、範囲外のガブラス達がその間に一斉に寄ってきます。その二つで動きを封じられる時間も限られて来ますし……。確実に数を減らす為に、各船一人か二人ずつでガブラスの遊撃をする事を提案します」

「それではゴグマジオスへの攻撃が減ってしまうではないか!」

 エルディアの意見に不満を垂れるのは、自分の弓を手入れしていたサリオクだった。

 

 その手で弓の構えを練習するその様は、早くゴグマジオスに攻撃したいと言わんばかりである。

 

 

「え、えーと……ですね───」

「それでは私達はガブラスに囲まれて食べられる事になりますが、宜しいですね?」

 エルディアの口を遮ってサリオクにそう言うエドナリア。

 サリオクが「そ、それは……」と表情を曇らせている間に、彼女は猟虫に手紙を括り付けた。

 

 

 操虫棍は薙刀だけでなく、猟虫と呼ばれる人の頭部と同等の巨大な虫を操って戦う武器種である。

 つまり、彼女の片手に止まっている虫は彼女の思うがままに動くのだ。

 

 エドナリアが操虫棍をコーラルの乗る船に向けると、猟虫は真っ直ぐに彼の元に飛んでいく。

 コーラルは猟虫に括り付けられた手紙を読むと、彼女と視線を合わせながら首を縦に振った。

 

 

 直ぐに、各船に作戦が伝達される。

 

 

 

「各員、船の速度は落とさずにガブラスが射程内に入り次第砲撃開始。ゴグマジオスへ近付くまでにある程度数を減らす! ゴグマジオスが射程内に入り次第、遊撃手二人以外は誘導作戦としての攻撃を予定通り遂行する!!」

 コーラルが声を上げると、伝達を受けた他の船の乗組員も各自己の得物を展開した。

 

 射程はともかく、まだこの距離では確実にガブラスを撃ち落とす事は出来ないだろう。

 焦る気持ちはあるが、無駄弾を使う余裕がある訳ではなかった。

 

 

「初撃で出来るだけ減らしたいですね……」

 ヘビィボウガンを構えるエルディアは、ガブラスを縦一直線に五匹スコープに捉える。

 

 

「───ごめんね」

 そして、他の狩人の射程にガブラス達が入る前に彼は息を止めて引き金を引いた。

 

 

 鋭い発砲音に周りのハンターは思わず彼を凝視する。

 まだ普通のボウガンの射程からは程遠い。しかし、彼が放った弾は六匹程のガブラスを貫いた。

 

 数瞬後、六匹のガブラスを爆炎が包み込む。

 それに巻き込まれた二匹のガブラスも一緒に、計八匹のガブラスが地面に吸い込まれていった。

 

 

 

 狙撃竜弾。

 自然発火性の液体を超高速で放ち、対象を貫通───及び直撃した箇所で爆発を起こす弾丸である。

 その性質上連続で放つ事は出来ないが、威力は今示した通り絶大だ。

 

 その攻撃により彼等に気が付いたガブラスに、遅れて射程に入った他のガンナーからの射撃が放たれる。

 一匹また一匹とガブラスが撃ち落とされていくが、それでも船の周りをガブラスに囲まれる程の群れが狩人達を襲った。

 

 

「遊撃に徹する。各員、船を守れ!」

 コーラルは双剣を構えながら声を張り上げる。

 

 その後ろで、ダービアは不敵に笑いながら得物を船を囲むガブラスに向けた。

 しかしその隣で、初心者ハンターのラルクは震えて固まってしまう。

 

 

 小型モンスターとされるガブラスだが、全長はイャンクックにも等しい。

 自分より大きな生き物どころか、草食獣すらまともに倒した事がない彼にとってガブラスは飛竜も同じだった。

 

「おーおー、今更ビビってんなよ? 始まっちまったものは止まらねーぞ」

 引き金を引き、目の前のガブラスを叩き落としながらダービアはラルクにそう言う。

 

 それでも少年は蹲る事しか出来なかった。

 

 

 狩りすらした事がない。このライトボウガンの引き金だって弾いた事すらない。

 

 ただただ恐ろしくて、少年は震える。

 

 

 

 そんな彼の背後に、船に乗り込んだガブラスが立った。

 

 大口が開けられると同時に少年は振り向いて、恐怖で情けないものを漏らしながら崩れ落ちる。

 

 

「───危ない!!」

 その大口がラルクに向けられる前に、コーラルが踏み込んで剣を横に滑らせた。

 ガブラスの細い首か切り飛ばされる。それを見た少年は、ただ憧れの目線で彼を見た。

 

 

 いつか、立派なハンターになって両親に報いたい。

 

 そんな思いで、臆病な少年は集会所に通って一年。

 自分は何をやっているんだろう。再び彼は、表情を落とす。

 

 

「君に出来る事を、するんだ」

 そんな彼の肩に手を置きながら、コーラルはそう呟いた。

 

 そして、同じく船に乗り込んだガブラスにその二つの剣を向ける。

 

 

 

 出来る事。

 

 君に出来る事。

 

 

 そんな事があるのだろうか。

 

 

 少年は震えながら立ち上がり、ライトボウガンを空へ向けた。

 

 

「───僕だって、ハンターだ!」

 引き金を引くが、そう簡単にら当たらない。

 

 当たる訳がない。これまで何もしてこなかったのだから。

 だからこそ、彼は引き金を引く。狩人になるために。

 

 

 

「えーい、なんだこの数は!!」

 弓を放ちながら、サリオクは苛立ち混じりに声を上げた。

 

 船を進める事も出来ず、防戦一方。

 船に乗り込んでくる個体も現れて来て、エドナリアが操虫棍でそれを排除しながら珍しくサリオクと同じ気持ちだと苦笑する。

 

 

 別の船では怪我人も出ていた。

 

 しかし、確実に数は減って来ている。その証拠に、船を囲むガブラスは違和感を感じる程に少なくなっていた。

 

 

 

「数が減った……?」

 何やら違和感があるが、それでもガブラスが襲ってこない訳ではない。

 

 しかし、ゴグマジオスへ距離を詰めるには問題のない数だろう。

 コーラルもそう確信して、船を前方へ進めるように指示を出した。

 

 

 未だにガブラスが少しずつ襲って来るが、一人か二人が遊撃に当たればなんとかなる数である。

 作戦通り各船で二人が遊撃に当たり、残りはゴグマジオスへの攻撃の準備を始めた。

 

 

「サリオクと私で遊撃を行います。あなた達は攻撃を」

「お、おい待て! なぜ私が遊撃なのだ!」

「この距離では弓よりヘビィボウガンです。そして、ガブラスの遊撃に弓は向いています。何か判断に問題がありますか?」

 反抗するエドナリアに、青筋を浮かべたサリオクは表情を歪ませる。

 

 

 ここまで来てギルドナイトの自分がゴグマジオスに何もしない等、彼のプライドが許さなかった。

 

 

「お前、私と遊撃を変われ」

 エドナリアに唾を吐くと、サリオクはエルディアにそう命令する。

 

「サリオク……」

「僕は構いませんよ。お願いします」

 エルディアは一歩引いて、満足気なサリオクに場所を譲った。

 

「大変ですね」

 小さな声でエドナリアを気遣う少年は、少女のような笑みを見せて彼女を気遣う。

 ため息が出るが、これ以上彼に関わるのは時間の無駄だと彼女も遊撃の準備を整えた。

 

 

 次第に、森林の奥に黒い影が映る。

 

 

 その中から伸びる巨大な槍。

 

 それを背負うは、まるで六本の脚を持つ巨大な龍だった。

 

 

 

 

「さて、どうなるか。……答えは神のみぞ知るか」

「ここに来て神頼みとは、泣けてくるねぇ」

 それを細めで見て声を漏らすコーラルに、煽るようにダービアは両手を上げる。

 

 どうあれ、未知のモンスターに対する恐怖が彼にもない訳ではなかった。

 

 

「神ってなんだと思うよ。……俺達人間が作った偶像か、それとも俺達人間を作った創造主か。人が神を作ったのか、神が人を作ったのか」

「君はいつもよく分からない事を言うな」

「そりゃどうも。……しかし見てみろよ、あの龍を」

 ダービアに言われて、再びコーラルはゴグマジオスに視線を移す。

 

 

 双眼鏡を使わずとも視界に入るその身体は、落ちかけている太陽に照らされて黒く鈍く光っていた。

 

 

「……まるでありゃ、人が作った龍だな」

「まさか」

「そうさ、人は神を作れない。なら信じてみるのも良いかもなぁ、神って奴を」

 不敵に笑いながら、ダービアはヘビィボウガンを構えて息を漏らす。

 

 

 射程まで残りわずか。

 

 一斉射撃の末、ゴグマジオスが怯むようなら後ろから追い込む形で誘導。

 ゴグマジオスがこちらに向かってくるようなら、そのまま渓谷まで引き連れて行くのが誘導の主な作戦だ。

 

 

 

「各員、最大火力を持って砲撃を開始する! ヘビィボウガン隊、射突型裂孔弾用意!!」

 コーラルの指示で、全飛行船に三人以上は乗り込んでいるヘビィボウガンを使うハンターが前に出る。

 一隻だけ弓を構えた男が立っているが、コーラルはサリオクの事だからとそれに対して何か思う事はなかった。

 

 

「───各員、砲撃用意!!」

 その他の狩人達も、遊撃隊以外がゴグマジオスに得物を向ける。

 

 

 

「───放てぇ!!!」

 ───砲撃の雨が放たれた。




次回のタイトルは想像が付くかもしれません(?)

さて、個人的にはやっと面白くなって来た所です。このまま追い掛けてくれる方が居れば幸いですね。
あとお気付きの方もいるかも知れませんが、二人ほど別作品のキャラクターが登場していたり。ファンサービスってやつですよぉ〜。


それでは、次回もお会いできると嬉しいです。感想評価お待ちしております。

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