本当に行くのか?
何度も同じ質問を繰り返した。
親しい友人。狩りを教えてくれた先輩達。名も知らぬ同年代の狩人達。
名のある狩人から今から名を挙げようとする狩人達にそう問い掛ける。
その殆どが、同じ答えを返してきた。
「───ハンターだから」
それだけの理由で得物を背負い、強大な龍に立ち向かわんと、伸ばした手を離れて行く。
「行くな」
そう言えなかった。
「行かないでくれ」
その声は届かない。
無意味だと思う訳ではなく。
かといってその命が奪われる事が、彼には分かってしまっていた。
ただ、彼は周りの人間より少しだけ賢くて。堅実だったのである。
手を伸ばせなかった多くの友人の亡骸を見て、自分が居たらなんて幻想すら思う事もなかった。
彼等を殺したのは誰なのだろう。止めなかった自分か。ここに来なかった自分か。
ただ誰かを守りたいと思う気持ちは同じだったのに。どうしてこうも結果が変わって来るのだ。
誰も教えてくれない。
だから、今度は自らが進もう。
もしかしたら、自分の背後で「行くな」と声を上げる誰かが居るのかもしれない。
そんな事を考えると、少しおかしくなって笑みが零れた。
───今、行こう。
☆ ☆ ☆
「放てぇ!!!」
射突型裂孔弾。
中折れにしたヘビィボウガンのストック側に鉄杭を装填し、文字通り射突させて近距離の敵を貫く攻撃だ。
今回はこの鉄杭を実際に発射させる。
本来そうしないのは、もし発射しても砲身を通らない鉄杭は命中精度が皆無であり実用性に欠けるからだ。
だが、これだけ大きな的ならばそれは関係ない。誤って味方に当てる心配も今はない。
放たれた鉄杭はまるで雨のように黒い巨体に降り注ぐ。
鋭利な杭はゴグマジオスの甲殻を削り、数割はその切っ先で肉を抉った。
───空気が震える。
まるで地震でも起きたのかと思える程の振動、衝撃。しかし狩人達は船の上だ。地震などもし起きていても感じる事は出来ないだろう。
それは龍の咆哮だった。
首を大きく振りながら、巨大な龍なまるで苦しむように咆える。
攻撃が確実に効いている証拠だ。
つい数瞬まで気にも止めてなかったであろう狩人達に、ゴグマジオスはその眼球を向ける。
ゆっくりと身体を彼等に向けるその姿は、かの龍にとって豆粒当然だろう狩人達を敵として認識しているようだった。
もう一度咆哮を上げ、ゴグマジオスは身体を狩人に向ける。
その巨体の威圧に、狩人達は怖気付いて無意識に後ずさった。
「───効いている! 奴が向かってくるなら、このまま攻撃を続行だ!」
沈黙を破ったのはコーラルで、彼の号令で再び狩人達は得物をゴグマジオスに向ける。
不気味な程にガブラスが少なくなった空で、砲身から次々に弾丸が放たれた。
事前の調査で火に弱いと分かったゴグマジオスに、着弾と同時に炎を上げる火炎弾と着弾後爆発する徹甲榴弾が放たれる。
ゴグマジオスの身体に雨のように叩き付けられる弾丸が火を上げ、爆炎を上げた。
身体を揺らすゴグマジオス。
普通のモンスターなら、これまでの攻撃だけで地面に倒れ伏しているだろう。
しかしゴグマジオスはバランスを崩しながらも、その瞳に狩人達を映していた。
「……おっかねぇ。あの翼で飛んで来たりしねぇだろうな?」
「いや、立ち上がったとしても届かない高度───今、翼と言ったか?」
口笛を吹いて笑いながら言うダービアに、コーラルは眉をひそめながらそう聞く。
ゴグマジオスは六本脚の龍だという話だったし、現に目の前の龍も六本の脚で地面に立っている。
確かに奇怪な見た目ではあるが、古龍とはそういうものだと割り切っていたつもりだ。
しかしダービアに言われて見てみれば、確かに内一対の脚は背中から伸びていてまるで翼のようでもある。
その異様な姿にコーラルは見覚えがあった。以前バルバレギルドで話題になっていたゴア・マガラというモンスター……。
「ありゃ、翼だろ。まぁ、だとして常識的に考えてあの巨体が飛ぶ訳ないがねぇ」
舌を巻きながら、ダービアは引き金を引いて火炎弾をゴグマジオスに叩きつけた。
止まぬ攻撃に、しかしゴグマジオスは文字通り手足もでない。
狩人達は、このまま倒してしまえるのではないかとすら思う。
現にゴグマジオスの動きは遅くなり、ついにその歩みを止めてしまった。
誘導作戦としては間違っているが、本当にそのまま地に伏せさせる事が出来るのではないだろうか。
そんな希望的観測が頭を過ぎる。
「ドンドルマに残ってる奴には悪いが、このまま倒してしまっても良いよな!」
一人のハンターがそう言った。
続いて周りのハンターも意気揚々と攻撃を続けながら歓喜の声を上げる。
勿論ゴグマジオスを倒してしまう事にはなんの問題もない。
むしろこのまま倒してしまえるのなら、どれだけ楽か。
降り止まない砲撃の雨は、着実とゴグマジオスの体力を奪っているように見えた。
「……あれ?」
ふと、ゴグマジオスが首を持ち上げる。
サリオクの代わりに遊撃を担当していたエルディアが疑問に思ったのは、その事ではなかった。
「ガブラスが……居ない」
船の周りを囲んで居たガブラスの姿が一匹も見えなくなる。
砲撃が開始された直後までは、少なくなってはいたがガブラスは船を襲い続けていた。
───なぜ?
ゴグマジオスが大口を開く。
その直線上に居たハンターは、竜のブレスを思い出して一瞬青ざめた。
「ま、まさか。ブレスでも撃ってくるのか?! この巨体が……」
ハンターはそれでも臆する事なく、むしろ開かれた構内に攻撃してやろうと得物の砲身を向ける。
コーラルやダービアもその姿を見ては表情を引き攣らせた。
───まさか。
ゴグマジオスの開かれた口から、黒い何かが湧き上がってくるのが見える。
「───っ……あぁ?!」
持ち上がるそれはしかし、
それを見るや、緊張感で砲撃を止めていたハンター達は笑いながら再び得物を構える。
「脅かすんじゃねぇよ!」
そして再び砲撃が放たれ、ゴグマジオスはその口を一度閉じた。
一度姿勢を崩し、龍はもう一度頭を振り上げる。
そして───
「このまま討伐完───ぁ?」
───再び開かれたそこから、光が放たれた。
そのハンターから見れば、迫り来る光に自分が飲み込まれたように見えただろう。
そして彼の
ゴグマジオスの口内から放たれた
一瞬だった。
叫ぶ間もなく、上部が吹き飛んだ船は炎に包まれて地面に吸い込まれていく。
狩人達はそれを口を開けて見ている事しか出来なかった。
まるで地上から天を結ぶ様な火柱。
黒い煙を口から漏らしながら、その主は頭を別の方角に向ける。
「……高度───高度を上げて下さい!! 早く!!」
いち早く我に帰ったエルディアは、振り向いて船の操縦士向けて声を張り上げた。
ガブラスが居なくなっていたのはまさかこれを予知していたから?
低い高度で何やら落下した船に集まっていくガブラスを視界に入れながら、彼は唇を噛む。
助けるという選択肢が思い浮かばなかった。多分あの船に乗っていた狩人達は───全員即死だろう。
「ヤバイヤバイヤバイ。早く高度上げろって!」
ゴグマジオスの眼前の船に乗るハンターは、操縦士の肩を揺らしながら声を震わせていた。
「やってるよ!!」
「来るぞ!!」
「飛び降り───」
再び熱の塊が船を襲う。しかし、高度を上げていたからか、熱線は船底を掠るだけに終わった───かのように思われた。
ゴグマジオスは熱線を吐き続けながら、首を持ち上げる。
火柱が縦に広がり、船は真っ二つに溶断された。
そしてそのまま、今度は首を横に振るゴグマジオス。
近くいた船の気球が消し飛び、船は浮力を失って真下にいた船を巻き込んで地面に吸い込まれる。
この一瞬で船が四隻沈んだ。
唖然とする狩人達。高度を上げる意味も考えられず、狩人はただ黒煙を口から漏らすゴグマジオスに震える。
「い、嫌だ。……お、俺は死にたくない!!」
そう言ったのは、コーラルの船に同席するハンターの一人だった。
ラルクを見付けてこの船に乗せたハンターでもある彼は、後退りしながら船の端に立つ。
「君、待て!!」
そんなコーラルの忠告も聞かず、ハンターは青ざめた表情のまま船から飛び降りた。
上手く着地すれば、命は助かるかもしれない。
空中でそう思いながら着地に備える彼の足はしかし、地面に着く事なく何かに掴まれる。
勿論コーラルが彼を捕まえた訳でもなければ、ゴグマジオスに攻撃された訳でもなかった。
彼の足を掴んだのは───
「───ひぃ?!」
───ガブラスである。
落ちてきたハンターを、その足で奪い合うガブラス達。
左右縦横斜めから彼の身体は複数のガブラスに引っ張られ、落とされたと思えばまた捕まり、引き千切られ左右に分かれた。
周りでは同じような光景が繰り広げられ、悲鳴が飛び交う。
手を伸ばしたままのコーラルは、それを見て崩れ落ちた。
「バカな……こんな……。あの巨体がブレスだと……。……私が連れて来たのか……。ここに……この地獄に」
一瞬で地獄と化した空に、もはやゴグマジオスに攻撃をしようと思っている者は一人もいない。
下を巻くダービアの眼前で、もう一隻の船が炎に包まれる。
乗組員はギリギリのところで飛び降りるが、その殆どがガブラスの餌食になっていた。
残り三隻の船は高度をこれでもかという程上げていく。
距離も離れ、もう少しでブレスの射程外には出る事が出来そうだった。
しかし、ゴグマジオスの頭がコーラル達の乗る船を捉える。
大口が開かれ、その口内は今にも燃えんと赤黒く光っていた。
「ひぃ……っ?!」
それを見てラルクは悲鳴をあげる。
このままここに居たら、あの炎に焼かれて死ぬだけだ。
でも、飛び降りたってガブラスに襲われる。そもそも狩場に出た事もなかった彼に、この船から飛び降りるなんて選択肢がなかった。
自分に出来る事をしようと武器を構えて数刻。
出来る事なんて何もないと、少年は自分の小ささをこの短期間で思い知らされた事になる。
「ヤベェぞコーラル!」
「全員飛び降りろ! ガブラスに気を付けて武器を構えながら行くんだ!」
コーラルの指示で、操縦士を含めた全員───いや、ラルクを除いた全員が船の端に集まった。
各自己のタイミングで重力に身を任せていく。空中で近寄って来るガブラスにボウガンの弾を当てる者も居れば外して襲われる者も居た。
操縦士を襲うガブラスを上から狙撃して撃ち落としながら、ダービアも飛び降りようと背後のゴグマジオスを確認する。
「……コーラル?!」
ふと見えたのは、一人甲板で蹲るラルクの元に向かうコーラルだった。
「何してやがる!」
「先に行け!」
「……バカが」
舌打ちしながら、ダービアは船から飛び降りる。
襲い来るガブラス達に銃弾を叩きつけ、接近して来たガブラスをヘビィボウガンで殴り倒した。
「君、早く!」
船に残ったコーラルは、ラルクを起こしながら声を上げる。
眼前のゴグマジオスの口からは光が漏れ、今すぐにでも熱戦が放たれてもおかしくない状況だった。
「コーラルさん!! 早く!!」
それを、さらに高い高度から見るエドナリアは声を上げる。
その横で「何故逃げようとしている。仲間を助けるべきではないのか?!」とサリオクは操縦士に抗議していた。
彼の気持ちが分からない訳ではない。だが、今彼女達に何かをどうこうする力は残っていない。
「こ、コーラルさんは何をしているのだ?! えーい、高度を下げろ。それでも誇り高き狩人か!!」
「今向かったら死にますよ!!」
抗議を返す操縦士は、さらに高度を上げながらゴグマジオスとの距離を放していく。
その下で、未だにコーラルは少年と一緒に居た。
「大丈夫だ。勇気のある君なら飛べる」
「む、無理です。無理です無理。僕、狩場に行った事すらなかったんです。なんでここにいるのかもよく分かってなくて……なんで、なんで……嫌だぁ」
涙を浮かべる少年を、コーラルはその両手で持ち上げる。
悲鳴をあげる少年をそのまま持ち運び、コーラルは船の端に下ろした。
「君は、勇気のある狩人だ。大丈夫、飛べるさ」
「そ、そんな事言われても───」
「すまなかった」
唐突の謝罪に、ラルクは困惑して目を見開く。
どうして謝られているのか、分からない。
ただ、コーラルが謝っているのは彼にだけではなかった。
彼がここに連れて来てしまった狩人達。
命を落とした者。今から命を落とすかもしれない者。
全て、私の責任だと。コーラルは締め付けられる胸を押さえながら、口にする。
本当に行くのか?
あの時は何度も同じ質問を繰り返した。
親しい友人。狩りを教えてくれた先輩達。名も知らぬ同年代の狩人達。
名のある狩人から今から名を挙げようとする狩人達にそう問い掛ける。
怖かったんだ。
誰かが死ぬのを見るのが。
だが、届かなかった手も声も───
「私は守りたかっただけなんだ」
───今は届く。
彼等を殺したのは誰なのだろう。この場に彼等を呼んだ自分か。ここに彼等を連れて来た自分か。
ただ誰かを守りたいと思う気持ちは同じだったのに。どうしてこうも結果が変わって来るのだ。
誰も教えてくれない。
「あの時も、今も。でも、一人も守れなかった。私は英雄にはなれない。……だから、せめて、君だけは守らせてくれ」
だから、今度は自らが進もう。
もしかしたら、自分の背後で「行くな」と声を上げる誰かが居るのかもしれない。
「君は、英雄になりたまえ」
そんな事を考えると、少しおかしくなって笑みが溢れた。
出来るだけ木々が密集している地面に向けて、コーラルはラルクを突き飛ばす。
ほぼ同時にゴグマジオスの口内から黒煙が上がった。
悲鳴をあげながら落ちていく少年を、やはり二匹のガブラスが追う。
コーラルは背中の双剣を抜くと、その二本をガブラスに向けて投擲した。
双剣は見事にガブラスを貫き、ラルクは襲われずに木の枝に巻き込まれながら地面に吸い込まれていく。
「さぁ、私を見ろ。私を追いかけろ。……この先にあるのが、君の墓だ。古龍───ゴグマジオス」
不敵に笑うコーラルは、振り向いて眼前に迫る光を見てふと思った。
「……皆───」
───今、行こう。
炎に飲み込まれた身体は一瞬で灰に変わった。
地上のダービアも、上空のエドナリア達も、その光景を黙って見る事しか出来ない。
船は火球となって地面に吸い込まれる。
「……馬鹿野郎が」
「……ぁ……あぁ───ぁ?!」
「そんな……」
「コーラルさん……」
一人の英雄の命を燃やした船は、ガブラスを数匹巻き込みながら地面に叩きつけられて爆散した。
龍は吠える。逃げる船を追うように、口から黒煙を漏らしながら。
ゆっくりと、その歩みをドンドルマに向け始めていた。
無駄死にの定義とかも考えたいけど、彼の死を無駄にしたくないです。
さて、一気に人が死にました。ここからどうなるかも、楽しんで頂けると幸いです。