沈め掻臥せ戦禍の沼に   作:皇我リキ
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終わらぬ災厄の使者

 巨龍の咆哮は空気を震わせて、木々を揺らした。

 

 

 炎の上がる森林では、足場をなくして飛び降りた狩人達の悲鳴が聞こえる。

 地面に叩きつけられて負傷し動けなくなった者。空中でガブラスに襲われ、命を落とした者。

 

 悲鳴と絶叫が混じり合い、それでも生き残った狩人達は生命に手を伸ばす為に立ち上がった。

 

 

「くそ、こんな所で死んでたまるかよ……。幸い木の密集が良くてガブラスは降りて来られないみたいだな」

 周りにガブラスがいない事に気が付き、安心した狩人の後ろで物音がする。

 

 一人で地面に叩きつけられこの先どうしようかと不安でいっぱいだった狩人にとって、それは他にも生存者がいるかもしれないという希望を抱かせる音だった。

 

 

「誰か……そこに居るのか? 良かった、大丈夫か? 今助ける。一緒にドンドルマに帰───」

 そうして振り向いた狩人は絶叫を上げる。

 

 

 視界に映ったのは───赤だった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「ゴグマジオス、このままなら誘導ポイントに来てくれますね」

 落胆したような声でそう呟くエルディア。

 

 

 ゴグマジオスのブレスの射程外に出た二隻の船は、足早にドンドルマに進路を進めている。

 ただ、安心するのは早いとエドナリアは目を細めた。

 

「ガブラスが……」

「う、嘘でしょ……?!」

 視界が黒く染まる。

 

 

 ゴグマジオスの射程から離れたかと思えば、大量のガブラスが二隻の船を囲もうと襲って来たのだ。

 八隻に散らばっていた時とは比べ物にならない数のガブラスが向かってくる光景は、ゴグマジオスの攻撃とは別の方向で地獄絵図に見える。

 

 

「まずい───遊撃!!」

 エドナリアの声で操縦士以外の乗員が得物を構えた。

 

 船は直ぐにガブラス達に囲まれ、狩人達はガブラスを近付けまいと遊撃を開始する。

 ここに来て乗員が殆どガンナーなのが痛手になった。一度船に乗られると、ボウガンではどうも分が悪い。

 

 船に乗り込んだガブラスをエドナリアは操虫棍で切り飛ばしながら、ふともう一隻の船を見る。

 船は完全にガブラス達に支配され、仲間は飛び降りるかその場で命を奪われていた。

 

 

 舌を鳴らしながら、エドナリアは操縦士を襲おうとしたガブラスを切り飛ばして操縦士の肩を掴む。

 

 

「高度を上げて下さい。ガブラスが登ってこれない所まで」

「おいエドナリア! 仲間を見殺しにするつもりか!! まだ生きている仲間がいるかもしれないのだぞ!!」

 操縦士に指示を出すエドナリアの言葉に反論したのは、目の前のガブラスを殴り飛ばしたサリオクだった。

 そうして二人の前に立っては、番えた矢を放ち眼前のガブラスを叩き落とす。

 

 

「高度を下げろ。仲間を助ける!」

「全滅します!」

「これ以上犠牲を増やすのか!!」

「それはこちらの台詞です!!」

「……っ」

 言いくるめられたサリオクは、唇を噛みきって血を滲ませた。

 

 

 コーラル亡き今、指揮権は彼にある。

 しかしエドナリアの判断は正しかった。それでも、彼の誇りがそれを許さない。

 

 

「これでは……報われない」

「サリオク……。……そのまま高度を上げて下さい」

 既に船は高度を上げていて、少しずつだがガブラスが減り始める。

 

 

 するとエドナリアは船の端に立って、真下を見下ろした。

 

 

「どうした、エドナリア」

「私は生き残った仲間の救難に向かいます。ドンドルマに到着次第、ポイントBのベースキャンプに早急に迎えを出して下さい。医療班付きで」

 彼女の言葉に、サリオクはおろか乗組員全員が目を丸くする。

 

 

 彼女は何を言っているんだ、と。

 

 

「む、無茶ですよ! まずどうやって降りるんですか!」

 彼女に抗議したのはエルディアだった。

 

 既に船の高度は飛竜の飛ぶような高度になっている。

 

 パラシュートを使ったとしても、空中で身動きが取れずにガブラスに襲われる可能性が高い。

 ここから飛び降りるのはただの自殺行為だ。

 

 

「大丈夫です。エルディア君だけは援護をお願いします。……サリオク、指揮官はあなたです。ドンドルマに着き次第速やかな判断と行動をお願いします」

「わ、私に命令するな!」

「そうですね」

 目を細めて船の下を覗き込む彼女に、サリオクは弱々しく片手を上げる。

 

「ぜ、絶対に無事で戻って来い。……命令だ!」

「……。……はい」

 同時に、エドナリアは操虫棍を構えながら船から飛び降りた。

 

 

 当たり前のように無数のガブラスが集まってくる。

 

 正面に現れたガブラスを操虫棍で二つに切り、その横では銃弾がガブラスの頭蓋を吹き飛ばした。

 さらに背後から向かってくるガブラスを猟虫が体当たりで退かす。

 

 

 猟虫の攻撃でバランスを崩したガブラスの足を掴んで、足元から襲って来るガブラスに叩きつけた。

 

 さらに横から現れたガブラスに操虫棍を叩きつけ、その反動で彼女は身体を浮かせる。

 無数のガブラスを切って蹴って掴んで、まるで曲芸のようにエドナリアは自らの高度をゆっくりと落としていった。

 

 

「あの人……化け物ですか」

 それを上から援護していたエルディアは、彼女が視界から消えるとそんな言葉を零す。

 

 しかし周りを見渡すと、船は一隻も残っていない現実を叩きつけられた。

 司令官まで失った誘導作戦は、誘導作戦としては成功したとみて間違いないだろう。

 

 

 

 ただ、これを本当に成功とみていいのか。エルディアは頭を抱えてため息を吐いた。

 

 

 

「進路をドンドルマに向けて全速力で帰投する」

「い、良いんですか……?」

 先程までとは打って変わったサリオクの態度に困惑しながらも、操縦士は船を前に進める。

 ガブラスが飛び交う空の下には、今もまだ生きている仲間が沢山居るかもしれない。

 

 

「我々は次の作戦に備える必要がある。生きている者の救助はドンドルマに帰ってからだ」

「わ、分かりました」

 それ以上操縦士が口を開く事はなかった。

 

 

 その権利も、口を動かす精神力も残っていない。

 

「エドナリアさんも置いていくんですか……?」

 残った乗組員も殆どが同じ心境の中、エルディアが口を開く。

 作戦指揮を取っているギルドナイトの内、二人も失う事がどれだけ痛手かと考えた。

 

 

「アレは強い」

 サリオクはただ、端的にそう答える。

 

 

 彼女の強さを一番知っているのは彼だ。

 シュタイナー家の養子に取られたエドナリアと共に狩人として励み、追い掛けられていた筈の義理の妹に気が付かぬまま追い抜かれて。

 それでも真っ直ぐに突き進み、彼女は名家の家柄ではなく実力でギルドナイトになったのである。

 

 自分とは違うと、だからこそ憎らしいと、彼は不器用に笑った。

 

 

 

「自慢の妹だよ」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 眼前の竜に鉈を振り下ろす。バランスを崩して降下するガブラスの背中を蹴って跳び上がり、その真下をガブラスが通り過ぎた。

 

 

 操虫棍を振り回し左右のガブラスを切り飛ばすと、降下する彼女自身の足元に来た木を蹴って勢いを殺す。

 背後から襲い来るガブラスを猟虫が怯ませたかと思えば、エドナリアはそのガブラスの足を掴んでそのまま降下した。

 

 抵抗するガブラスから手を離し、前後から襲って来るガブラスを操虫棍で切り飛ばす。

 そうしてさらにその身体を蹴って勢いを殺した彼女は、遂に飛竜が飛ぶような高度から地面へと降り立った。

 

 

「ガブラスが襲って来てくれたおかげで無事に降りられましたね……。ありがとうペトラ、少し休んでください」

 猟虫の名前を呼んで労いながら腕に止まらせると、彼女は周りや上空を確認する。

 

 

「森林故にガブラスも木の下までは追って来ない……。落ちた人達の生存率が上がってくれる筈」

 妙な静けさに嫌な感覚を覚えながらも、しかしエドナリアは早急に捜索を開始した。

 

 治療が必要な生存者もいるかもしれない。

 一人でも多く───いや、一人残らず助けてみせる。

 

 

 彼女は腕を強く握って、歩きだろうとしたその時───

 

 

「ま、待って……っ」

 今にも消え入りそうな、震えた声が耳に入って来た。

 

 振り向くが、誰もいない。

 しかし、頭でも打ったかと自分を疑い始めた彼女の頭上から、もう一度声が聞こえる。

 

 

「こ、ここ、です……っ」

 声が聞こえたのは彼女の近くにあった木の上からだった。

 

 顔を上げた先に居たのは、古龍の誘導作戦というクエストには場違いな初心者装備の少年である。

 コーラルにその命を繋げられたラルクは、震えながら木の枝の上にしがみついていた。

 

 そんな彼に見覚えがあって、エドナリアは眼を見開く。

 

 

 やはり、あの時集会所で会った少年だ。

 

 そしてコーラルが助けた少年でもある。

 

 

 

「コーラルさん……」

 つい数刻前の光景がフラッシュバックして、エドナリアは一瞬固まってしまった。

 

 彼の行動は正しかったのだろうか。

 確かに人として、きっと正しい事をしたのだろう。

 しかし彼はこの撃退戦全体を指揮する立場の人間だった。

 

 その責任と天秤に掛けた時、彼の行動は正しかったのだろうか。

 今のエドナリアにはその答えは見付からなかったし、なによりもコーラルが助けた命が無事だった事は喜ばしい。

 

 

「……無事で良かった。降りて来て下さい。一緒に生存者を探しましょう」

「……む、無理です」

「ぇ」

 少年の返事に、エドナリアは真顔で間抜けな声を出す。

 

 

「な、何かあったのですか? 怪我? それとも下に何かいる……?」

 少年や周りの状況を気にしながらも、理由の分からない彼女はただ憶測を立てる事しか出来なかった。

 

「お、降りられないんです……」

「どうしてです……?」

「怖いんです……っ」

 少年の真剣な声に、しかしエドナリアは眼を丸くして口を開いたまま固まってしまう。

 

 

 気持ちが分からない訳ではなかった。

 とても怖い目にあったのだろう。このクエストに来ているという事は上位ハンターの筈だが、だとしてもこの状況なら仕方がない。

 

「私が受け止めますから」

 だから、エドナリアは操虫棍を置いて両手を広げながらそう言った。

 少年は小柄な方だし、彼女自身腕力には自信がある。少々無茶かもしれないが、流石に木を登って彼を背負って降りるよりはマシだ。

 

 

「そ、そんな……」

「大丈夫。あんな高い所から飛び降りたじゃないですか」

「突き落とされたんですよ……っ」

 その言葉で、二人は再びあの時の光景を思い出す。

 

 

 何故彼を助けたのか。

 

 何故自分を助けたのか。

 

 

 少年は情けなくなって眼を閉じて、ただ現実から逃れようと頭を抱えた。

 しかし、それで彼はバランスを崩して木から滑り落ちる。

 

 悲鳴をあげる暇もなく地面に吸い込まれた身体を、瞬時に反応したエドナリアが下敷きになるように受け止めた。

 

 

 鈍痛で声を上げるも、歯を食いしばって震えてはいるが大きな怪我はなさそうな少年を見て、彼女は安堵の溜息を吐く。

 人一人の命を助けられたのだから、これくらいの痛みは気にならない。

 

 一方で震える側のラルクは柔らかい感覚を感じてゆっくりと瞳を開けた。

 自分が彼女を下敷きにしている事に気が付くと、顔を真っ赤にしてその場から飛び退く。

 

 

「……っぅ。大丈夫ですか?」

 表情を歪ませながらも、エドナリアはゆっくりと立ち上がって座り込んでいる少年に手を伸ばした。

 心配を掛けてはならぬと、彼女は痛みを堪えて平静を装う。

 

 

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ。ぼ、僕……」

「大丈夫。……生きていてくれて良かった」

 彼女は無理にでも少年の手を掴むと、それを引っ張り上げて彼を立たせた。

 

 そしてその小柄な身体を抱き締めて、少しだけ表情を暗くする。

 

 

「コーラルさん……」

「あ、あの……あ、の……苦しい……です」

「……っと、すみません。大丈夫ですか?」

 何故か顔を真っ赤にする少年に、エドナリアは首を横に傾けた。

 思春期真っ盛りの少年の気持ちなど知らぬ彼女は、何か思い付いたように両手を叩く。

 

 

「エドナリア・アーリア・シュタイナーです。自己紹介が遅れて申し訳ありません」

 違う、と。少年は内心叫びながら「ラルク……ラルク・テッドです」と短く自己紹介を終えた。

 

 

「ラルクですか。良い名前ですね。……ラルク、私はこれから生存者の救援に向かいます。手伝ってくれますか?」

「生存者……」

 エドナリアは再び手を伸ばしながら、ラルクにそう告げる。

 しかしその言葉で、ラルクは自分が置かれた状況を思い出した。

 

 そして、自分を助けて炎に飲まれた英雄の顔も。

 

 

「僕は……」

 ──君は、英雄になりたまえ──

 

 

「僕は……英雄になんてなれない」

「ラルク……?」

 拳を強く握り締める。

 

 

 訓練所を出て以降、モンスターすら見た事がなかったのに気が付けば古龍の上にいて今は森林に落とされて。

 正直泣き叫んで母親を呼びたい気分だ。英雄だの救援だの、冗談じゃない。

 

 

 ただ、今自分はここに居る。

 

 成り行きも意味も関係なく、自分が今立っているのはこの場所なんだ。

 

 

 今自分が出来る事をするしかない。

 誰かの言葉を今思い出す。

 

 

「僕は、ハンターです。……生きてる人、探すの……て、手伝います!」

 その言葉を聞いて、エドナリアは優しく微笑んだ。

 

 辛い状況ではあるが、彼のような狩人を助けられた事が今は微笑ましい。

 

 

「それでは、行きま───」

 少年の手を取って、操虫棍を片手に構えながらエドナリアが森を進もうとすると突然木々の間から音が聞こえる。

 それを聞いたラルクは悲鳴を上げてエドナリアの後ろに隠れてしまった。

 

 自分でも情けないとは思う。

 

 

「下がって下さい……」

 そんな少年を手で庇うように得物を構えながら、彼女は音のした方角を睨み付けた。

 

 ガブラスか、他のモンスターか。

 それとも生存者か。

 

 

 

 ゆっくりと近寄ってくる音は次第にはっきりして、次の瞬間視界に移ったのは───

 

 

 

「うわぁぁぁ!」

 ───赤だった。




どん底ですね。ゴグマジオスの活躍が一瞬で大丈夫なのだろうかとかは一応思ってはいます。

読了ありがとうございました。






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