「うわぁぁぁ!」
悲鳴が上がる。
「お、落ち着いて下さいラルク!」
そんな彼の肩を揺らして、エドナリアは安堵の溜息を吐いた。
「おーおーおー、人の顔見て悲鳴あげるたぁ……中々酷いねぇ。泣けるぜ」
呆れたような第三者の声の持ち主は、血に濡れた防具の背中に船の操縦士だった男を背負いながら口を漏らす。
木々の間から出て来たのはそんな大柄な男───ダービア・スタンビートだった。
ダービアは背負っていた傷だらけの男を地面に下ろすと、肩を回しながら辺りを見渡す。
それを見てほっとしたのか、ラルクは腰を抜かしてその場に倒れ込んでしまった。
「ここは安全か」
「何か居るのですか?」
ダービアの言葉に、彼と同じく周りを見渡しながらそう質問するエドナリア。
やけに静かな森林は不気味で、彼女は眉をひそめる。
もっと、人の声がしてもいい気がするのだが。
「いや、逆だ。何もいないんだよ」
「何も居ない……?」
「あーそうだ。不気味なくらいにな」
意味が分からないといった表情をするエドナリアの前で、ダービアは地面に降ろした男の怪我を細目で見始めた。
「コイツが倒れているのを見付けてから少し歩いたが、それらしい奴は出てこなかった。怪我人背負ってる奴なんざ格好の獲物だ。……何かしら出てくるとは思ったんだがな」
「彼を襲ったのはガブラスでは?」
「少なくとも空中にいる奴等じゃない。コイツが地面に消えるまで、俺が上から援護してたからな。この森の中にも何か居る事は確実だ。……そいつが何者か分からねぇ」
男の傷を見て見るが、専門知識のないダービアに彼を襲ったモンスターの特定は難しい。
強いて特徴を上げるとすれば、嘴や小さな牙で噛まれた跡だろうか。
「小型の鳥竜種……でしょうか」
エドナリアがそう言うと、ダービアは「ランポス辺りか」と立ち上がる。
どうしてか彼は首を横に振って、男を地面に横たわせた。
「コイツはもうダメだな」
「そんな……」
ダービアが見下ろす男は、力なくなんの反応も示さずに息を引き取る。
何も出来なかったと手を強く握るエドナリアの後ろで、ラルクはただ目の前の現実に恐怖を覚えた。
次こうなるのは自分かもしれない、と。
「おかしいのさ。コイツ以外にも、ガブラスに襲われずに地面に落ちた奴は何人か居た筈だ。それが誰一人見かけない。……どうなってやがる」
眉をひそめながらダービアはそう言って、もう一度周りを見渡す。
しかし、やはり周りには何も居ない。
「とにかく、ポイントBのベースキャンプに向かいましょう。そこに救助船を呼んでもらう手筈になっています」
「ほぉ、なんだ。全滅した訳じゃないのか。……そりゃ助かる。とっとと行こう」
ダービアはそう言って、命を落とした男を気に留める様子もなく、まだこの森林に残っている仲間を探すそぶりもなく歩き出す。
しかし、彼は到達に立ち止まって振り返り───
「で、そのポイントBってのは……どこだ?」
───そう言った。
☆ ☆ ☆
木々の間をゆっくりと歩く。
退屈そうに辺りを見渡すダービアと、怯えながらも何かを必死に探すラルクの前で、エドナリアは表情を歪ませていた。
ダービアには言っていないが、彼女はまだベースキャンプには向かっていない。出来るだけ助けられる仲間を助けようと、森林を散策している。
しかし、一向に生存者どころか仲間の死体すら発見する事が出来ないでいた。
それにダービアが運んでいた男を襲った犯人も見つからない。
不穏な空気を吸いながら、彼女達は森林を歩いていく。
「……あれって?」
そんな中で、何かを見つけて指をさしたのはラルクだった。
彼の視線の先には木々の間から人の足のような物が見えている。
動いている様子はなかったのだが、エドナリアの視界に入った時その足が不自然に揺れるのが見えた。
それを見てラルクはその足の元に走っていく。
本当は怖いし、早く街に帰りたい。それでも、ここに居る以上誰かを助けられるなら助けたいというのも本心だった。
「待ってください!!」
「ぇ───」
しかし、ラルクの前に赤が現れる。
鋭い牙と爪に、頭の上の瘤。禍々しい赤い体表を持つ小型の鳥竜種。
「ひぃ?!」
───イーオス。
「ラルク、下がって!」
言葉と同時にエドナリアは駆け出すが、次の瞬間木々の間から現れたイーオス達にラルクは囲まれてしまった。
向かおうとするエドナリアの前にもイーオスが二頭現れ、彼女を牽制せる。
「───っ。ラルク!」
イーオス達で遮られた視界の奥で、少年は震えてその場に座り込んだ。
背負っている得物は飾りですとでも言うように、彼はただ震えて後ずさる。
後ろにもイーオスがいる事を確認して、どうしようもなくなった少年はただ悲鳴をあげる事しか出来なかった。
「さっきのはコイツらが用意した囮って訳だ。ハハッ、なるほど賢いな」
「言ってないで何か行動して下さい!」
冷静に分析するダービアの前で、エドナリアは武器を構えながら声を上げる。
いつイーオス達がラルクを襲うか分からない。彼が動けない以上、彼女達が何かしなければ少年の命が奪われるのは確定的だった。
「しょうがねぇ。……嬢ちゃん、跳べるな?」
言いながらヘビィボウガンを展開するダービア。その銃口が向けられたのは、ラルクを囲むイーオス達ではなく───
「吹っ飛びなぁ!」
放たれる弾丸。───地面に着弾した徹甲榴弾は、エドナリアの正面に立ったイーオス二匹を爆風で突き飛ばす。
同時にエドナリアは操虫棍を地面に突き立て、その反動と反発力で跳び上がった。
まるで飛んでいるのかのように空中で身を翻すと、彼女はラルクを囲っているイーオス達の中心───ラルクの正面へと着地する。
「大丈夫ですか? そこに居てください」
突然の乱入に驚いたイーオス達だが、直ぐに一匹が彼女に襲い掛かった。
しかしそれを操虫棍で切り飛ばしながら、彼女はラルクの無事を確認する。
「ぇ、ぁ、はい……」
切り飛ばした一匹が息を引き取るのを確認して、彼女達を囲むイーオスの数を確認すると四匹。
徹甲榴弾の爆発で地面に横たわって居た二匹も起き上がり、六匹のイーオスが確認出来た。
勿論、この場で視界に写った個体だけを数えた結果ではあるが。
囮を使うという統率の取れた行動、この個体数。間違いなくボスが居ると、エドナリアはそう睨む。
「立てますね?」
「は、はい……っ」
なんとか体制を立て直したが、状況が悪い事は変わらなかった。
ジリジリと迫ってくるイーオス達。エドナリアは姿勢を低くして、いつでも動けるように精神を研ぎ澄ます。
そんな彼女の後ろで、ラルクはただ見ている事しか出来なかった。背中のボウガンに触れる事も、何かしら考える事も出来ない。
ただ怯えて、時間が経つのを待つだけ。その先に待っているのは死だけである。
「どうすれば───」
「君達しゃがむんだ!! 閃光玉を使う!!」
唇を噛むエドナリアの耳に入ってきたのは、ラルクの声でもダービアの声でもない第三者の声だった。
その言葉を聞いたエドナリアは、イーオス達の目の前でラルクを抱き抱えて地面に倒れ込む。
刹那、その空間を強い光が覆い尽くした。
絶命時等に強い光を放つ虫───光蟲の放つ光である。
閃光玉はそんな光蟲の生態を利用した、狩人にとって欠かせないアイテムだ。
強い光は眼球を焼き、モンスターの動きを一時的に止める事が出来る。勿論それは人間も同じだが。
屈んでその光から逃れたエドナリアは、何も考えずにラルクの手を握って地面を蹴った。
突然視界を焼かれ、闇雲に暴れまわるイーオス達の間を抜けた先でダービアの周りに五人の狩人が居るのを確認する。
まだ生き残っていた仲間が居たのだ。
「助かりました……っ!」
「良いから行こう。この辺で生き残った仲間は多分これで全員だ」
まだ若い青年狩人は、真剣な表情でエドナリアにそう伝える。
彼もまた生存者を探していたのだが、見つけられたのは自身を含めた五人だけだった。
彼女達を合わせても八人。船で街に戻ったのが五人で、四十八人居た狩人の内生き残ったのは十三人だけという事になる。
そんな事があって良いのかと、落ち込む余裕も今はなかった。
彼女達はイーオスから逃げるように森林を駆ける。
岩場を見つけ、一旦休憩するまでなんとか他にも生き残った仲間が居ないかと探したが、誰一人として見つかる事はなかった。
「そのベースキャンプに向かえば、助けが来るんだな?」
エドナリア達を救った青年は、彼女の言葉を聞いて小さく言葉を落とす。
彼が助けた仲間達は傷心状態でとても口を開ける状態ではなかったが、微かな希望に少しだけ笑顔を見せていた。
「はい。……問題は、そこに辿り着く事ですが。ここを少し抜けると森林が開いて視界の悪い草むらがあります。そこを抜けた洞窟の先がベースキャンプです」
「草むらなら森林みたいに突然襲われる事もなさそうだけど、視界が悪いってどういう事だ?」
「背が高いんです。……あなたよりも」
エドナリアのその言葉を聞いて、青年の表情は険しくなる。
人の背よりも高い草が生える場所なんて森林よりもタチが悪い。しかし、目的地はその先だ。
本来ならイーオス達もそんな場所には向かわないだろう。だからこそ、その先にベースキャンプが設置されているのだが。
今回は既にこちらが発見されているため、彼等が追いかけて来る可能性は非常に高かった。
「一気に走り抜けるしかあるめーよ。例え辿り着いて振り返った時、誰一人そこに居なくても……その先にあるのがゴールだ」
不敵に笑うダービアの周りで、他の仲間は青ざめる。
不安を煽る理由もないが、忠告をしない理由はもっとなかった。
生き残るにはベースキャンプに行くしかない。
「少しだけ休憩してから向かいましょう。私達に残された道はそれしかない」
「さーて、誰が生き残るか」
一言余計だとエドナリアはダービアを睨むが、彼は両手を広げて笑うだけ。
溜息を吐いて仲間を見渡すと、少年は今にも泣きそうな顔で蹲っている。
「大丈夫ですよ、ラルク。……そうですね、私と手を繋いで走りますか? きっと、辿り着けます」
「ぼ、僕……足も遅いから。迷惑です……きっと」
「そんな事ありません。私も、そんなに早くないですし」
どう考えても気休めな言葉だが、今のラルクにはそれすらも救いの言葉に聞こえた。
少しだけ表情を和らげる少年の頭を撫でて、彼女は笑顔を見せる。
「そいつを囮にした方が良いんじゃねーのか?」
「あなたはもう黙って下さい」
「おー、おっかないね。分かった分かった、お口チャックだ」
口を閉じて閉めるような仕草をして、ダービアは肩をすくめた。
それを見て額に青筋を浮かべるエドナリアだが、仲間割れをしている時間も惜しい。
立ち上がって、仲間達と森林を抜ける。
その先にあったのは背の高い青年よりも高く育った草むらで、その奥に洞窟の入り口が見えた。
周りは静かで何かが居るようには見えず、ゴグマジオスの進路からもズレているからか上空にガブラスが居る気配もない。
このまま何事もなくベースキャンプに辿り着ければどれだけ嬉しいか。そんな淡い希望を持ちながら、エドナリアは約束通りラルクの手を握る。
「走って下さい!!」
そんな彼女の言葉と同時に、全員が一斉に地面を蹴った。
「出来るだけ背の低い草の中を通るんだ!!」
青年はハンターナイフで目の絵の草を切りながら走る。
そんな彼の言葉が聞こえていないのか、仲間の一人は全速力で先頭を走った。
「死にたくない! 死にたくない! あそこの洞窟に着けば!!」
普段双剣を使うその狩人は、その場にいた誰よりも足が速く草むらを駆け抜ける。
ただ草むらを走るだけだ。辿り着いてしまえば、それで生きて帰れるんだ。
帰ったらもうこんなクエストには関わらずに、家族で美味しい食べ物を食べよう。
家で幼い娘や妻を待たせているのだから、早く帰らなければ。出来るだけ早く───
彼の視界が途端に横倒しになったのは草むらを半分進んだ所だった。
横腹と頭に衝撃が走って、何かが重い。
視界に映るのは赤で、次の瞬間草むらに絶叫が響く。
間もなくしてまるで視界に映らない別の場所からも悲鳴が轟いた。
耳に残るそんな声に、ラルクは足を縺れさせる。
「ひ、ひぃっ」
「足を止めないで下さい。走りますよ、大丈夫。走れますよ!」
エドナリアにそう言われて、少年は足を前に動かした。同時にまた悲鳴が聞こえる。
「走って!!」
無理矢理彼を引っ張って、エドナリアは地面を蹴った。
次に襲われるのは自分達か。右か左か、前か後ろか。
いつ襲われるかも分からない。心臓が張り裂けそうな程鼓動は強くなり、少年の手を握る力も強くなる。
途端に視界が開いた。
草が押し倒され、エドナリアは反射的に片手を武器に伸ばす。
しかし、視界に映ったのは身体を真っ赤に染めた青年の姿だった。
「あなた?!」
「はは、襲われてしまった。大丈夫、倒したから。でも、俺はもうダメみたいだ。……援護するから、君達は走れ」
血だらけの身体で青年はそう言って、彼女達の背中を押す。エドナリアは一瞬踏み止まったが、彼の姿を見て首を大きく横に振った。
「あなたの事は忘れません」
「勝手に殺すなよ。なに、俺は元々片手剣使いだ。ここらのイーオスを倒したら俺も向かうさ」
そんな彼の言葉を聞いてから、エドナリアはラルクの手を引っ張って走り出す。
せめて名前だけでも聞きたかった。しかし、そんな時間も惜しい。
同時に悲鳴が聞こえて、エドナリアは唇を噛む。もう少し。もう少しで辿り着くんだ。
しかし、彼女達の周りの草が一斉に倒れる。周りを囲む三つの赤。悲鳴を上げるラルクの隣で、エドナリアは小さく息を吐いて少年を洞窟の方角に突き飛ばした。
「エドナリアさん?!」
「走って!! 早く!!」
「そん───」
「走って!!!」
人の声とは思えない程の怒号に、ラルクの身体は意思とは逆に動き出す。
なんで逃げているんだ。なんでそんな事しか出来ない。
心ではそう思っても、彼の身体はただ生きる為に前に進んでしまう。
「孤児だった頃、名家のお義父様が手を伸ばしてくれた事が嬉しかった……」
イーオスを前に操虫棍を構え、彼女は猟虫に一言「付き合わせてごめんなさい」と呟いた。
「誰かを助ける人になりたいと、誰かに手を伸ばしたいと、願ったのです。……それでも、私が助けられたのはほんの一握りでした。お義父様がどれだけ偉大か、その家に泥を塗る事をお許し下さい。……しかし、これではサリオクに笑われる」
姿勢を低くして、眼前のイーオスを睨む。
ここから先は通さない。
「───さて、一狩りと行きましょうか」
───正しく彼女は狩人だった。
一ヶ月以上空けて申し訳ありませんでした!
ゴグマジオスが名前しか出てこない作品です。
既視感があると思いますが、完全にジュラシックシリーズのオマージュだったりします。ラプトルは怖い。
それでは、次回もお楽しみに。