沈め掻き臥せ戦禍の沼に【完結】   作:皇我リキ

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戦う理由

 音もなく。

 

 ただ沈黙の中で、ケイドは酒に手を付けた。

 

 

「コーラルが死んでも、その作戦は続けるってのか」

「死んだからこそ続けなくちゃならない。……正直俺は、奴が何故死んだのか分からねーけどな」

 彼が飲もうとした酒を奪いながら、ダービアは明後日の方向を見ながらそう言う。

 

 文句の一つでも言おうと思ったケイドだが、ダービアの言葉の意味に引っかかるものを感じて口を閉じた。

 

 

「アイツはなんで死んだ?」

「将来の英雄を守るために……か。それとも償いか。分からん。……アイツは生きる事も出来た筈だ。それでもアイツは死んだ。……なぁ、ケイド。コーラル・バイパーは英雄か?」

 酒を全部飲み干してダービアはそう聞く。

 

 少しだけ間があった。手持ちぶさになった手で空気を掴みながら、ケイドは溜息を吐く。

 

 

「……英雄なんて居ない。ただ、生きてるか死んでるかだけだ」

「なるほど。それじゃぁ、アイツは死んだし。この作戦に参加してる連中は皆死ぬだろうなぁ。……大勢、死ぬだろうなぁ」

 不敵に笑いながらそう言うダービアを見て、ケイドは眉間に皺を寄せた。

 

 

「戦ったんだったな」

「あぁ。……歯が立たない───事はないだろう。だが、デカ過ぎる」

 ダービアは先日の船の上での戦いを思い出す。

 

 確かにダメージは与えられていただろう。

 しかし、そのダメージも無に帰すような反撃は一瞬で狩人達の船も命も燃やし尽くした。

 

 

「死ぬぜ。ありゃ」

「今すぐレイラを連れ戻す。アイツはどこだ」

「さーな。でもよ、それはお前違うだろ」

「何がだ」

 苛立ちを見せるケイドの横で、ダービアは首を鳴らしながら立ち上がる。

 

 

「コーラルは本当にただ死んだだけか? 生きてる俺達はただ生きてるだけか? 違うだろ。そらゃぁ、違う。生きてる奴は……前に進まねーとなぁ」

 机に金を置きながらそう言って、ダービアは酒場を離れていった。

 

 

「何が言いたいんだ……お前は」

 死は平等で、その先には何もない。

 

 

 前に進むって事は死に進む事じゃないのか。

 

 

 酒場に残った一人の男は俯いて考える。

 

 

 

「……どうして皆、そっちに行こうとするんだ」

 答えは見付からなかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ラオシャンロンを誘導する為に作られた渓谷の入り口には、一つ大きな街がある。

 

 

 ドンドルマ程とは言えないが栄えている街で、人口もバカに出来ない。

 そんな街に数十人の狩人が集まっていた。

 

 街の集会所から出て来る狩人達はどうも辛気臭いというか、明るい表情の物は居ない。

 

 

「なぁ、降りた方が良くないか?」

 そんな狩人達の中の一人───ジャン・ケールスは仲間の狩人の前に出てそう言う。

 

「陽動作戦だけで戻ってきた船が一隻だけ。仕切ってたギルドナイトも死んじまってるし、どう考えても関わらないのが正解だろこの山」

「俺は間近でアイツを見たし、ジャンも遠目だけど双眼鏡で見ただろ?」

 イアンは冷静にそう返した。何が言いたいのか分からなかったジャンは「お、おう」と生返事を返す。

 

 

「アレがこの街を襲うかもしれないんだぞ」

 陽動作戦は結果としては成功していた。

 

 ゴグマジオスは真っ直ぐにこの渓谷へと向かって来ている。

 

 

 集められた彼等の目的はゴグマジオスからこの街を守る事だ。

 そして渓谷に誘い込み、少数先鋭の狩人がドンドルマの砦で迎え撃つ。

 

 ようは別に倒さなくても良いという事だが、それでも数刻の内に陽動隊を壊滅させたという事実は変わらなかった。

 

 

「俺達も死ぬぞ?」

「それじゃ、俺達が逃げたらどうなる? この街の人達は。シータは……」

 イアンの妹でジャンの嫁でもある名前を出すと、ジャンは口を開けて固まる。

 

 現在街は緊急事態宣言で封鎖されていた。ギルドの関係者以外、入る事も出る事も出来ない。

 

 

 この街にはドンドルマの人口の五割にも達する人達が住んでいる。

 もしゴグマジオスの襲撃を恐れて、人々がドンドルマに逃げようとすれば街がパニックになる事は間違いなかった。

 

 このモンスターの世界で街の外に逃げる事は自殺行為であり、結果的にこうするしかないのは分かっている。

 それでもジャンは納得がいかず、こうしてイアンに抗議を叩きつけていた。

 

 

「ギルドのお偉いさんはとっくに逃げてるってのに、街の人々はこのままここに残って殺されろってか。冗談じゃねーよ」

「その為に俺達がゴグマジオスを止めるんだろ?」

「そりゃ……そうだけどさ」

 ジャンは文句を続けたかったが、イアンの苦しそうな表情を見て喉元まで出掛けていた言葉を飲み込む。

 

 なにも彼だってこの状況に納得している訳ではないのだ。

 

 

「ギルドの考えは至極真っ当だ。この街の人達を全員ドンドルマに避難させるなんて難しいし、それにドンドルマが安全かといわれればそれも確実じゃない」

 砦での撃退戦に失敗すれば、今度はドンドルマの街が危険に晒される事になる。

 

 そうなれば何処にいても同じなのだ。この世界は広いようで、人間が安全に暮らせる場所は少ない。

 

 

「お偉いさんだけトンズラってのは納得いかないけどね」

 彼等に付いてきたレイラはそんな横槍を入れる。

 

 そればかりは文句を言っても仕方がないが、どの道ゴグマジオスの撃退はしなければならない。

 この街に住む全ての住民の命がかかっているのだから。

 

 

「でもよ、俺達がやらなくても誰かがやる。態々死にに行く理由はなくないか?」

 しかしそれも真っ当な意見ではあった。

 

 

 この作戦に集まった狩人は百人近くにも及ぶ。二、三人減った所で、あの巨大な竜からすれば変わらない。

 結局はゴグマジオスがこの街に進むのを諦めて渓谷の奥に向かってくれればそれで良いのだ。

 

 

「それは……」

「それで作戦が失敗して、街の人が死んだらあなたはどんな気持ちになると思う?」

 口籠るイアンの前に出て、レイラはそう言う。

 

 

 もしあの時、テオ・テスカトルに挑もうとした英雄が居なかったら───

 

 イアンはそんな事を考えるが、その逆の事も頭によぎった。

 

 

 もしあの時、イアンの前に狩人が現れなかったら。

 確かに自分は死んでいただろう。しかし、あの時自分を助けてくれた狩人は───たった一人の英雄の妻、レイラの母親は死んでいなかった。

 

 

 あの英雄の死をどう捉えれば良いのか。

 

 

「……そりゃ、嫌だろ。なんのためにハンターになったんだって話だしな」

「だったら、戦うしかないじゃない。戦って、勝って、英雄になる。生き残ってね。……そして、お父さんは間違っていない事を証明する」

 英雄、か。

 

 それは一体なんなのか。イアンは彼女を見ながら考える。答えは一向に出てこなかった。

 

 

 

「ジャン? お兄ちゃん?」

 そんな三人の前に、一人の女性が現れる。

 

 肩まで伸びた黒髪や身体つきは女性らしさを感じさせるが、目付きはイアンにそっくりだ。

 レイラはそんな事を思いながら、彼と彼女を見比べる。

 

 

「……シータ」

「帰ってきてたんだ。えへへー、お帰り。……えーと、そちらさんは?」

 レイラを見ながら首を横に傾ける彼女こそ、ジャンの嫁でありイアンの妹でもあるシータだ。

 

「ハンター仲間のレイラだよ。……その、言っていいか?」

「何を?」

「俺達の命の恩人の事を……」

「……いいよ。きっと母さんも喜ぶ」

 短い会話を済ませると、イアンはシータの前で彼女に手を向けながら口を開く。

 

 

「俺達をテオ・テスカトルから守ってくれたハンターの娘さんだ」

「嘘……っ」

 目を見開いたままレイラの元に歩いて行くシータ。

 レイラは「え? え?!」と困惑しながら後退りするばかりで、そこに狩人の尊厳は微塵ともなかった。

 

 

「……ずっと、言いたかったんです。ありがとうございました」

 そんな彼女の前でシータはゆっくりと頭を下げる。

 

 戸惑うレイラだったが、幾分か落ち着いたのか彼女に頭をあげるように促した。

 

 

「きっと母さんも喜んでる。ありがとう。……あなた達が生きている事こそが、母さんと……父さんの誇り。私は、その誇りを守りたい」

「レイラさん……」

 決意の篭った声に、シータは緊張で固まった顔をほぐす。

 

 歳はあまり変わらないというのに立派な狩人なんだと尊敬した。

 

 

「それにしてもお兄ちゃん、このこのー」

「な、なんだよ……」

 目を細めて兄を肘で突くシータを見ながら、ジャンは唇を噛む。

 大切な人を守るには戦うしかない。何より自分が狩人になったのはその為だと思い出した。

 

 

「レイラさん! お兄ちゃんの事よろしくお願いします!」

「え? あ、えーと……はい?」

 女性二人が意思疎通の出来ていない会話を繰り広げている横で、ジャンはイアンの肩を叩いて真剣な表情で口を開く。

 

「そうだよな、戦わないとな。……だけどさ、イアン。お前が戦う理由ってなんだ?」

「俺が戦う理由……」

 ジャンの問いにイアンは答える事が出来なかった。

 

 

 守りたい大切な人が居る訳じゃない、大切な人の名誉を守る戦いでもない、義理も義務もない。

 

 

 なら自分はなんの為に戦うのだろうか。

 

 

「英雄になりたいとか、そんな事言うんじゃないだろうな。……お前、それに命を賭けられるのか?」

 ──俺を英雄にしろぉぉおおお!!!──

 命を賭してゴグマジオスの弱点を探る手掛かりを手に入れた男を思い出す。

 

 

 自分は英雄になりたいのだろうか?

 

 

「……分からない」

 いくら探してもその答えは見付からなかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ゴグマジオスの進路を観測していた船が街に降りる。

 やや神妙な面持ちで船から降りた観測隊員を、ギルドナイト───サリオク・シュタイナーが迎え入れた。

 

 

「ご苦労だった。報告はあるか?」

 コーラル亡き今、若輩者ではあるが彼がこの作戦の指揮を取る事になっている。

 

「ゴグマジオスの進路に異変はありませんでした。ただ……」

「ただ?」

 口籠る観測隊員を見てサリオクは眉間に皺を寄せた。

 

 ただでさえ誘導作戦での疲労があり、多数の犠牲を払った後である。これ以上問題はこりごりだ。

 

 

「……付近のモンスターがゴグマジオスの接近の影響か追いやられるようにこの街に向かって来ています」

「はぁ?」

 サリオクは口を開けてその場で固まる。

 

 全く想像だにしていてなかった問題だった。

 いや、コーラルならこの状態も予測して予め対策を立てていただろう。

 

 自分の未熟さが露見して、口を開けたままのサリオクは白眼をむいた。

 

 

「サリオクさん?!」

「あ、あ、あ、あ、え、あ、えーと、どうする?」

 聞いてどうする、と自分に言い聞かせる。この場の指揮官は自分だ。

 己がしっかりと皆を纏めなければ、この作戦は成功しない。

 

 そもそもギルドナイトとしてドルドルマだけでなくこの街を守るのも自分の仕事である。固まっている暇はない。

 

 

「ドンドルマやここ、付近の村のハンターにクエストを依頼するか? いや、間に合わない」

 ゴグマジオスが渓谷に辿り着くまで残り約三日。

 

 この案件は少なくとも今日明日中に解決しなければならなかった。

 クエストとして人を待っている暇などない。

 

 ならば、少なくともこの街かドンドルマの狩人に依頼をこなして貰わなければならないだろう。

 腕の立つ狩人には三日後のゴグマジオスとの戦いの為に体力を温存してもらいたいのが本音だ。

 

 

 しかし、ゴグマジオスに縄張りを追いやられ気が立っているだろうモンスター達を───大連続狩猟にもなりかねないクエストを実力の伴わない狩人に受けさせる訳にもいかない。

 

 

「むむ……こうなれば私自ら───」

「私が行きます」

 唇を噛むサリオクの後ろから声を上げたのは、彼の義理の妹エドナリア。

 ドンドルマでの報告を終えた彼女は、作戦本部がこの街に移った事を聞いてその足で向かってきたのである。

 

 

「エドナリア、無事だったか。……報告は聞いているぞ」

「はい、救えたのは二人だけでした。……申し訳ありません」

「いや、よく帰って来た」

 俯くエドナリアの肩を叩きながら、サリオクは視線を合わせずにそう言った。

 

 

 自分一人でこの作戦を仕切るのは流石に荷が重いと思っていた所である。彼は気付かれないように深い溜息を吐いていた。

 

 

「……いや、それより私が行きますだと?!」

「はい。何か問題でも?」

「はぁ……。いや、元より人手不足なのだから仕方ないが……」

「私の他にも今回の迎撃戦参加者にクエストを依頼して負担を分散させ、この案件は速やかに解決するべきかと。……撃退戦前の良い肩慣らしになりますし」

 平然とそう言うエドナリアを見て、サリオクは目を真っ白にして固まる。

 

 

 なんでコレはこうも冷静なのか。

 

 

「あぁ……もう、私よりお前が仕切れ!!」

「それは嫌ですね」

「なんでそこで逆らう?!」

「この作戦が成功した時の名誉を手放して良いのですか? どうせあなたの事です。私が立場を手に入れるのは嫌がるでしょう」

 お見通しですよと目を半開きでそう言うエドナリアを見て、サリオクは冷や汗をかきながら表情を引きつらせた。

 

 

「勝ってシュタイナー家の名誉を守りましょう。兄さん」

「……そうだな。観測員、街に近付いているモンスターのリストを作れ。個別にしてクエストとして発注する」

 腕を大きく振りかぶって、待機していた観測隊員に声をかけるサリオク。

 

「やはり指揮をとるのはサリオクみたいに声が大きい人ですね」

 そんな彼を見ながらエドナリアは小声で言いながら苦笑する。

 

 良くも悪くも大きな態度は頼りになるものだ。

 

 

「さて、私は一人でも良いですし。直ぐにでも向かう準備を───」

「エドナリアさん……っ!」

 観測隊員がリストを作っている横から覗き込んで、手頃なモンスターを探そうとしていた彼女の耳に聞き覚えのある声が響く。

 

 驚いて振り向いた先に居たのは、下位装備も下位装備───昨日狩人になりましたと言っても疑われないような姿をした少年だった。

 

 

「ラルク……っ?!」

「ん、誰だこの小僧は。ここは初心者ハンターが来て良い場所じゃないぞ」

 怪訝そうな表情をするサリオクの隣で、エドナリアは目を見開いて固まっている。

 

 彼女がこうなるのも珍しいと思うが、その理由も全く分からずサリオクは目を半開きで少年を睨んだ。

 

 

「ひ、ひぃっ?!」

「帰りたまえ。君のような小僧が関われる案件ではない」

「待ってください、彼は私の友人です」

「は?」

 信じられない発言に今度はサリオクが固まる。

 それを見てこうも予想外の状態に弱い指揮官もどうかと思うが、自分も大概なので何も言わない事にした。

 

 

「ぼ、僕にも手伝わせて下さい。……僕、まだ狩人として未熟で……というか、まだ何も出来てない。でも、これは僕が始めて受けたクエストだから! 最後までやり切りたいんです!」

 奇しくも。

 

 来る日も来る日もクエストに出掛けられず、家と集会所を回っていただけの少年が始めて受けたクエストこそ───このゴグマジオス撃退戦だったのである。

 

 

 ずっと怖かった。自分なんかは狩人になれないかもしれないと思っていた。

 

 

 だけど、このクエストの先に見つけられるかもしれない。

 

 

 

「お願いします!」

 少年は深々と頭を下げる。新品に見えていた防具は所々傷付いていた。

 

 

「な、何を言ってるんだコイツは」

「事実ですよ」

「はぁ?」

 口を開けて固まるサリオクに、エドナリアはこう続ける。

 

 

「見ていなかったんですか? 彼もちゃんとこの作戦───クエストに参加していて、船にも乗っていたんですから」

「ゔぁぁぁ?!」

 こんな初心者ハンターがどうして?!

 

 全く答えも見付からず、ついにフルフルのような声を上げてサリオクは白眼をむいた。

 そんな彼を見ながらエドナリアは苦笑して、ラルクに笑顔を向ける。

 

 

「……手伝ってくれますか?」

「……はい!」

 真っ直ぐに前を見る少年の瞳は、正しく狩人の目だった。




お待たせしました……?

相変わらずゴグマジオスの存在が薄い。

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