沈め掻き臥せ戦禍の沼に【完結】   作:皇我リキ

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戦禍の中へ

 街の酒場は喧騒に塗れていた。

 

 

「収集が掛かったと思えば、俺達に大型モンスターの討伐を依頼って。この後に超大型と戦うってんだぜ?」

 若干呆れた声でそういうジャンは、同意を求めるようにイアンとレイラを見比べる。

 

 二人共困ったような表情を見せるしかないが、それを見てジャンは溜息を吐きながらこう付け足した。

 

 

「分かってるよ。誰かがやらなきゃいけないだろ。……決めたからな、シータの為に戦うって」

 口角を釣り上げて、ジャンは二人から目をそらす。柄じゃない事してるか、なんて事を思った。

 

「あたしも。撃退戦を成功させる為ならなんだってする」

 レイラは固い決意を込めてそう答える。全ては生き残って、父の不名誉を晴らす為。

 

 

 二人には戦う理由があった。

 

 

 しかしイアンには───

 

 

「お前はどうする? って、聞かなくても来るのか」

「今は分からないけど、何もしなきゃ分からないままだ。……俺達を助けてくれた人みたいになりたくてハンターになったけど、結局その答えは見つからないんだよな」

 イアンは自分の装備を見ながら表情を落とす。

 

 

 自らの憧れた狩人が使っていた武器(ロストバベル)の盾と槍は、十数年以上前に作られた物とは思えない程に手入れが行き届いていた。

 これを譲ってくれた狩人(英雄)は何の為に戦ったのだろう。

 

 それを見つける為に、自分も戦い続けるしかない。

 

 

「そんじゃ、手頃そうなの選んでとっととクエスト行きますか。えーと、どれにしようかなと」

「手頃ってか適当だな」

「選ぶの面倒だろ」

「お前なぁ」

 呆れつつも、ジャンの気軽さにイアンは少し救われた。

 

 ずっと緊張しているのも、考えているのも苦手である。

 止まっているか前に進むか。ランス使いならそれくらいが丁度良い。

 

 

「ねぇ、シータさんって私に何を言ってたのアレ」

「あ? あー、それはなぁ」

「おいやめろ」

 そんな風にしてクエストボードの前で騒いでいると、一人の男が「どけ」と声を荒げながら三人の間に入ってボードに貼られている紙を一枚引き千切った。

 

 

「おいなんだおま、お前───」

 そんな男の態度が気に食わなかったのか、ジャンは喧嘩腰に男の肩を掴んで声を上げる。

 しかしそれで振り向いた男の顔に見覚えがあったジャンは───

 

 

「───居たの?」

 表情を痙攣らせて素っ頓狂な声を漏らした。

 

 

「あ?」

「お前、ニーツ?!」

 それに対してイアンは驚いた声を上げる。

 

 彼等の前に現れたのは、ゴグマジオスの足取りを調査するクエストをイアンとレイラと共に受けた狩人の一人。

 酒場でレイラと騒動を立ててギルドナイトに一緒にしょっ引かれたニーツ・パブリック。その人だった。

 

 

 先の調査クエストで兄のアーツ・パブリックを失った彼の気持ちはイアンには分からない。

 しかし自分なら目の前で肉親を失った時はもう何も出来なくなるだろう。心の何処かでそんな事を思っていたイアンは、彼がこの場に居る事にとても驚いた。

 

 

「どうして……ここに?」

「はぁ? そりゃ、お前。クエストを受ける為だろ」

 怪訝な表情でそう返すニーツは、自分の手にしたクエストの依頼票に目を通す。

 

 

 討伐依頼。

 鎌蟹───ショウグンギザミの討伐。

 

 

 甲殻種の中でも強力なその種は、上位ハンターといえど一人で討伐するには危険が伴うモンスターだ。

 ニーツはその依頼票と三人を見比べて目を細める。

 

 

「クエストってお前……」

「目の前で仲間が死ぬなんてな、普通に狩人をやってればある事だ……。それよりもな───」

 ニーツはイアンの首元を掴み、頭をぶつける勢いで近付けた。

 

 ジャンがそんなニーツを止めようとするが、ニーツはそれから暴力を振るう事もなく言葉を漏らす。

 

 

「俺は兄さんが死んだ理由を知りたい。なんで兄さんが死ななければいけなかったのかを知りたい。……分からねぇんだよ」

 それは死因という意味ではなく、アーツ・パブリックがあの場所で死んだ意味はどこにあるのかという事だった。

 

 

 生き延びる事は出来た筈。

 ただ、もし兄が命を賭けた意味があるというなら。

 

 

 

「それを確かめる為に、俺はあのゴグマジオスってのが倒れる所を見ないといけねぇ。その為なら何でもする」

 そう言ってイアンを突き放すと、ニーツは三人を順番に見て今度はレイラに詰め寄る。

 

「付き合えよ、なぁ。どうせ何かクエストを受けるつもりだったんだろ? んで、終わったら一杯やろうぜ。なーに、同じ狩人だろ」

 彼女の顎を持ち上げたニーツは不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

 

 

「おい付き合う必要ないぜ。俺達は俺達でやれば良いだろ」

 どうも下心の見える言い分が気に食わなかったジャンは、間に入って二人を引き離しながら半目でニーツを睨む。

 

 

「あたしは良いよ。組んでも」

「え」

「ただし、この四人で。その方が成功確率も上がるし、全員が無事で帰って来られる可能性も上がる」

 ジャンの反応とは裏腹に、ニーツからの提案を受け入れるレイラ。

 言っている事は至極まともではあるが、どうも彼女はドンドルマで絡まれていた時もそうだがその手の危機感というのが薄いらしい。

 

 

 これはなんとも言えない壁だなと、ジャンは苦笑いを零した。

 

 

「俺はそれで構わないぜ。四人プレイも悪くはない」

「レイラがそれで良いって言うなら、俺も。仲間は多い方が良いってのは確かにそうだしな。ニーツの腕は知ってるし」

 対して危機感というかニーツの言っている意味が分かっていないようなイアンを見て、ジャンはついに溜息を漏らす。

 

 

「ジャン?」

「あー、はいはい。俺も行きますよ。俺が止めれば良いんでしょ」

 呆れ声でそう言うジャンは三人を見比べて、イアンを見ながら「狩りの事しか頭にないのか」と小声を漏らした。

 

 四人はクエスト受付を済ませると、簡単な準備を済ませてから竜車に乗ってクエストに向かう。

 

 

 竜車でその日の内に狩場に着くような場所までモンスターが来ているのだ。

 ゴグマジオスの影響は計り知れず、その事実が今後の作戦に支障を及ぼす事は火を見るよりも明らかである。

 

 失敗する事は出来ない。許されない。

 

 

 

 他の狩人達も準備を終えクエストに向かう中で、一人の狩人がカバンのポーチにボウガンの弾を敷き詰めていた。

 

 

「ラルクはどうしてライトボウガンを使うのですか?」

「え、えーと……。その、モンスターに……近寄りたくなかったから、です」

 ひょんな事からこのゴグマジオス撃退戦に参加した初心者ハンターのラルクは、質問に対して申し訳なさそうに俯いて答える。

 

「なるほど、真っ当な答えですね。良い心がけだと思います」

 しかし、問い掛けた本人───エドナリアは納得したようにそう返事を返した。

 彼女の反応に驚いたラルクは頭を上げて、何度か瞬きを繰り返して「え?」と首を横に傾ける。

 

 

 同じ質問を訓練所で同期の狩人に聞かれて答えた時、大体が笑われるか呆れられるかのどちらかだったのだ。

 エドナリアの言葉の意味が彼は分からない。だって、そんな自分が情けないという事は自分が一番知っていたから。

 

 

「モンスターは怖いですから。それを知っている事は生き残る為に必要な事です。この世界で一番人々に危害を与えているモンスターがどんな種かは知っていますか?」

「えーと、やっぱり……飛竜ですか?」

 この世界の食物連鎖の一番上にいる存在。モンスターの中でもその種の危険性は、狩人でなくても知っている。

 

 

 しかし───

 

 

「違います。確かに飛竜が現れた地域での被害は他の種のモンスターの被害とは比べ物にらない大きさになりますが、それはクエストボードに貼ってあるのが全てと言っても良い程には稀です」

 勿論この広い世界での稀というのは、小さな人間にとっては大きな数だ。

 

 そして思っている以上に、

 

 

「ファンゴやコンガ、ランゴスタ、ランポス……イーオス。ある程度実力を付けた狩人達が小型モンスターと一括りにして、相手をする価値もないと位置付けるモンスター達。でもそのモンスター達は一般人にとって飛竜よりも身近で恐ろしい存在なんです」

 人間は小さくてひ弱である。

 

 

 一般人はおろか、ある程度実力を付けた狩人であろうと武器も防具もない状態ではイーオス一匹にだって何も出来ない。

 人が戦えないような場所でも平気で動いて、襲ってくるのがモンスターだ。それはラルクが先日身をもって体験した事でもある。

 

 

「だから、怯える事は間違った事ではありませんよ。……ただ───」

「ただ?」

「───ただ、狩人はそれを乗り越えてモンスターと対峙します。それは相手がどんな小さなモンスターでも、大きなモンスターでも変わらない事です」

 そう言って、エドナリアは自分のポーチの中を整理し始めた。

 

 ラルクはポーチの中のボウガンの弾を見詰めながら、小さく「狩人……」と呟く。

 

 

 自分の目指していたのは、堂々と背筋を伸ばして歩く狩人の姿だった。

 

 

 どんなに恐ろしいモンスター相手でも勇敢に立ち向かう、皆が憧れるような存在。

 でもそれは違うんだって、今やっと分かったのかもしれない。

 

 肩の荷が下りたような表情でポーチをしっかりと締め前を向くラルクを見て、エドナリアは満足そうな表情で立ち上がる。

 

 

「行きましょうかラルク。私達の相手は……ドスイーオスです」

「……はいっ!」

 しっかりと前を向いて返事をした狩人は、エドナリアに手を引かれて竜車に乗り込んだ。

 

 

 何台かの竜車が湿地帯へ向けて進んでいる。

 

 

 

 それぞれの想いを乗せ、狩人達は狩り(本業)をこなすべく街を出発していった。

 

 

 

「無事に帰ってきてね」

 ゴグマジオスが街に到着するまで残り三日。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 一方、一度ドンドルマに戻ったサリオクはゴグマジオスを迎え撃つ為の砦を視察して目を細める。

 

 

 彼等のクエストはゴグマジオスの討伐ではなく、撃退しここに誘き寄せる事だ。

 そしてその後G級ハンター四人によるゴグマジオス討伐が始まる。

 

 なんでもその四人の中には、一時期世界を謎のウイルスにより混乱に陥れた古龍を討伐した狩人まで居るという話だ。

 ゴグマジオスの討伐に関しては問題はないだろう。サリオクが今考えるべきは撃退戦の成功のみだ。

 

 

「よぉ、撃退戦の指揮官殿がどうしてここに?」

「これはリューゲ・ユスティーズ殿。訓練所の教官殿がどうしてここに? などと返し、まさか右腕だけでゴグマジオスの討伐に加わるのですか、と戯れ言を漏らす暇は今の私にはないのですよ」

 ペラペラと煽るように返すサリオクに「言ってるじゃねーか」と呆れた声を漏らすリューゲ。

 二人は砦に設置された大砲やバリスタを見上げながら、その奥へと視線を向ける。

 

 

「誰かがやらなければならない事だ。コーラルさんが居なくなってしまった以上、私がその勤めを果たす。……後の事は伝説とも唄われるG級ハンターに任せれば良い」

 古龍を人が倒そうなどと、烏滸がましい事だ。

 

 一度その圧倒的な力を目にしたサリオクはただ臆病風に吹かれた訳ではなく、理解したのである。アレは凡人の手に負える生き物ではないと。

 

 

 サリオクとて上位ハンターであり、ギルドナイトだ。世界に同じ肩書を持った者はそうも居ないだろう。

 しかし、それでも届かない。

 

 

 アレは人智を超えているのだ。

 

 

 だから───

 

 

「G級ハンターだって人間だっての。でも、まぁ、人間だからこそ……か」

 ふとリューゲが呟いた言葉の意味は、サリオクには分からない。

 

「四人の内の一人は俺の愛弟子よ。タンジアでギルドナイトやってるゴリラだ。なに、こっちの事は気にしなさんな」

 口角を釣り上げて不敵に笑い、リューゲはサリオクの肩を叩いて砦の奥に歩いていく。

 

 

「アレを倒せると思えないのは、私が世間を知らないからなのだろうか。しかし、私は私のするべき事をする」

 振り向いて砦に背を向け、サリオクは長く続く渓谷の奥へと視線を向けた。

 

 

 ゴグマジオスをここまで追い込む。

 

 

 

 それが今回集まった九十四人の仕事だ。

 

 

 

 

 ───例え、何人もの犠牲を払おうとも。




お待たせしました???
また一ヶ月開けてしまいましたが、一作品書き終えたので今後はこの作品をメインに更新していく予定です。

このお話の最後の方で書いた話ですが、実はこの作品でゴグマジオスの討伐までを書くつもりはありません。
お気付きかもしれませんがこの作品の話はモンスターハンター4Gのゴグマジオス戦のプロローグのような話で、実際にゴグマジオスを討伐するのはモンスターハンター4Gの主人公ですから。

もしかしたら完結後におまけで主人公の話を書くかもしれませんが、今のところは未定になります。


それでは、読了ありがとうございました!

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