沈め掻き臥せ戦禍の沼に【完結】   作:皇我リキ

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空を切り裂く鎌

 泥濘んだ道を竜車が走る。

 ジメジメとした空気に加えて視界を悪くするこの湿地帯の霧が、どうもジャンは苦手だった。

 

「帰りてぇ」

「なら今すぐ帰れば良い。歩いてなぁ」

 ヘッヘッヘ、と笑うニーツは言いながら酒を口に運ぶ。その吐息の匂いにジャンはさらに表情を歪ませた。

 

 

「だらしねぇな。お高くまとまってんじゃねーよ。酒くらいお前も飲むだろ」

「お前みたいに昼間から飲んだりしねーよ」

 どうもパーティの空気が悪い事にイアンとレイラは不安を覚える。今から討伐に向かうモンスターは生半可な相手ではないのだ。

 

 流石にこの状態はマズイ。

 俗にいう色々な事が鈍い二人だが、それだけは狩人の勘として確信する。

 

 

「喧嘩しないで」

 ついに口走ったレイラにイアンは苦笑いを見せるも、真っ直ぐにそう言われた二人は渋々といった感じで黙った。

 

 しかしそこから、黙ったままで会話がない。これはこれで、マズイ。

 

 

「なぁ、ニーツはなんで狩人になったんだ?」

 そんな空気をなんとかする為、イアンは狩人同士の会話の基本のような言葉をなんとか捻り出す。

 

「そら、金と女だろ」

 しかし、帰ってきたのは想像していた中で一番最悪な答えだった。

 聞かなければ良かったと後悔する。ジャンが再び機嫌を損ねているからだ。

 

 

「屑かよ」

「じゃあなんだ、英雄になる為って答えれば良かったのか? 父親みたいな英雄になる為ってな。ハッ、何が英雄だ」

 吐き捨てて、ニーツは霧で遠くまで見えない風景に視線を逸らす。その瞳は少し濡れているように見えた。

 

 

「……兄さんはそう言ってた。十八年前。俺もまだガキだった頃に死んだ親父はな、勇敢にも古龍に立ち向かって死んだ英雄だってな」

 両手を開いて、呆れたような声でニーツはそう言う。

 

 十八年前。古龍テオ・テスカトルがドンドルマに襲来し、狩人九十九人の犠牲の末に討伐された。

 その時に撃退戦に参加していた百人の狩人の中にニーツの父親も居たのだと言う。もちろんその中にはレイラの両親も居たのだ。

 

 

「兄さんはそんな親父に憧れてたらいしけどよ、俺にはその理由が分からねぇ。死んで何になる。死んだら金と女が手に入るのか? 逆に死ななきゃ臆病者と罵られる。……たった一人の英雄みたいにな」

「父さんの悪口は───」

「でもよぉ」

 彼女の前で禁句に触れた彼は、手を伸ばしてレイラを制してこう口を開く。

 

 

「兄さんが死んで、何が正しいのか分からなくなっちまった。狩人として成功すれば、本物の英雄になれば金と女も手に入る。……そんな事を思ってたのになぁ」

 どこか遠くを見ながら、ニーツはため息混じりに言葉を漏らした。

 

 

 それを知る為に、彼は今ここに居るのだろう。

 どうもハンターになった理由に納得がいかないが、彼の言い分に少しは理解が届いた。

 

 

「着いたぜ。さーて、とっとと終わらせて四人プレイと行こうや」

 竜車が止まる。

 

 

「ぜってーにやらないし。やらせないからな」

「いや、狩りは四人でやらないと」

「コイツは狩りの話なんてしてな───」

 呆れながら竜車から降りるジャンだが、ふと何か違和感に気が付いて直ぐに黙り込んだ。

 

 

「───待て、何かいるぞ」

 突然真剣な声を漏らすジャンを見て「あぁ?」と口を半開きにするニーツ。

 そんな彼にイアンが飛び付いて一緒に地面を転がったかと思えば、ついさっきニーツが居た場所を鋭い鎌が切り裂く。

 

 

「何ぃ……っ?!」

「コイツ……っ!」

 地面から突然生えてきた(・・・・・)鎌に驚きつつも、立ち上がったニーツとイアンは直ぐに得物を構えて距離を取った。

 

 青く鋭い鎌。それが二本地面から生えてきたかと思えば、竜の頭蓋を背負った巨大な甲殻種がその姿を現わす。

 

 

 数日前にイアン達が討伐したグラビモスというモンスターの頭蓋をその背中に背負い、四本の足と鎌のような鋏が特徴的なモンスター。

 四人が受けたクエストの討伐対象。

 

 

「───ショウグンギザミ!!」

 鎌蟹。そのモンスターが、突如四人の前に現れた。

 

 

「ベースキャンプに?!」

 レイラの言う通り、彼女達が今居る場所は湿地帯の狩場に設置されたベースキャンプの一つである。

 本来ベースキャンプはモンスターが入ってこれないような安全な場所に設置されて居る為、余程の事がない限りはモンスターが現れる事はない筈だった。

 

 その余程の事が起きているからこそ、クエストが発注された訳だが。

 

 

 ショウグンギザミは地表に姿を現わすと、その場で手当たり次第に暴れてベースキャンプのテントなどを破壊していく。

 どうも気が立っているのか、普段は仕舞ってある鋏を展開し口からは泡を漏らしていた。

 

 レイラは竜車を引っ張っていたアプトノスが暴れ出すのを見て、急いで手綱をナイフで切り裂く。

 アプトノスはショウグンギザミから逃げるように沼地の奥に逃げて行ってしまった。しかし、そうでもしなければショウグンギザミに攻撃されるかもしれない。正しい判断ではある。

 

 

「住処が荒れて怒ってんのかぁ?! モンスターがいっちょまえによぉ!!」

 そんなショウグンギザミに向け、声を上げながら突進していくニーツ。

 

 片手で持てる剣と盾。

 至ってシンプルだが、彼の得物(チャージアックス)はただの剣と盾ではない。

 

 

「ぬぉらぁぁっ!」

 懐に潜り込み、片手剣をショウグンギザミの足の付け根に叩き付けるニーツ。

 甲殻が裂け、そこから黒い体液が飛び散った。

 

 ショウグンギザミは自分の体液に濡れ不敵に笑うニーツに、己の得物()を振り下ろす。

 しかしニーツは盾を持ち上げてその攻撃を弾いた。

 

 

「……っと! あぶねぇなぁ!!」

 距離は離さず、ニーツは持ち上げた盾にある窪みに片手剣を突き刺す。

 

 そのまま剣の柄を捻ると、盾だった板が回転し側面に刃を開いた。

 ニーツは剣先に開かれたその両刃を斧として振り回す。攻撃を外して隙を見せたショウグンギザミの頭をリーチの伸びた斬撃が切り裂いた。

 

 

 チャージアックス。

 剣と盾を合体させ、その姿を斧に変える。

 

 変形がコンセプトのスラッシュアックスとは対を成す───合体がコンセプトの武器だ。

 

 

 重い攻撃に仰け反ったショウグンギザミがベースキャンプに設置してあったテントを踏み潰す。

 嫌な音と共に暴れ回るその足に、ニーツは斧を横から叩き付けた。

 

 

「へっ、こんなもんかい!」

「ここで戦うの?!」

「じゃなきゃどうするって? ぬぉ?!」

 しかしショウグンギザミもやられてばかりではなく、鋏を左右に広げて身体を回転して周囲を薙ぎ払う。

 冷や汗を流しながら後ろに地面を転がるニーツだが、上手くかわしたようで大きな怪我はなかった。

 

 

「……ったくベースキャンプがぐちゃぐちゃじゃねーか。これ誰が怒られるんだ?」

「さぁ……。でも今は狩りに集中しよう」

「了解……っと」

 ジャンは軽口を吐きながら、鋏を持ち上げて威嚇するショウグンギザミに向かって肉薄する。

 予想外の邂逅だったが、出会ってしまった以上戦うしかない。ベースキャンプの被害がどうだのと考えるのは後だ。

 

 

「切れ味勝負と行こうじゃねーか!」

 振り下ろされた鎌を交わし、逆に太刀を振り上げてショウグンギザミの鋏を切り裂くジャン。

 硬い鋏に刃は阻まれるが、甲殻に傷を与える事には成功する。

 

「かって───うぉ?!」

 驚く隙もなく、持ち上げれた鋏を横に振り回すショウグンギザミ。ジャンはそれを屈んで避けるが、もう片方の鋏が頭上から振り下ろされた。

 

 

「───させるか!!」

 しかし、その間に重厚な盾が割って入る。

 

 鋭い音を響かせながら鋏を弾き返したのはイアンの持つ盾だった。

 ロストバベルの盾は鋭い鎌の一撃を傷も入らずに防ぎきり、更に槍での一撃が甲殻を突き刺してショウグンギザミは大きく仰け反る。

 

 

「やるぅ!」

「無理するな!」

「いつも通りだろ!」

 短い挨拶を交わして後ろに下がるジャン。

 

 長い事共に狩りを続けてきたからこその連携に、レイラは少し驚きながらも「あたしも……っ」と双剣を逆手に待って息を止めた。

 

 

 同時に疾る。

 

「───っぁぁ!」

 仰け反って位置の低くなったショウグンギザミの頭に左右の刃を交互に叩き付けるレイラ。

 切り上げ、切り下ろし、神経を研ぎ澄ませ左右に何度も剣を振り、吹き出す黒い体液も気にせずに体を回転させて刃を叩きつけた。

 

 次第にショウグンギザミの口から漏れる泡は黒く変色していく。

 

 

「へっ、大した事ねーじゃねーか」

 軽口を叩きながら斧の柄を捻り、片手剣を引き抜くニーツ。

 刃をしまい再び盾となった自らの得物を持ちながら、彼は弱ってもう倒れるだろうショウグンギザミに向かって駆けた。

 

 

「おいニーツ?!」

「とっとと殺して、帰って酒と女だぁ!」

 見た目通り。

 

 ショウグンギザミは確かに弱っていて、もう一踏みでその命を奪う事も叶うだろう。

 しかし、生き物の命は彼が思っているよりも───強い。

 

 

「何ぃ?!」

 もう動けないだろうと思い込んでいたショウグンギザミの鋏が突如横に振り回された。

 

 正面にいたレイラは驚いた表情をしたものの、近過ぎて射程外。

 しかしニーツをしっかりと捉えた鎌は、焦って持ち上げられた盾と一緒に彼を吹き飛ばす。

 

 

「ニーツ!!」

「っちぃ、まだ動けたのか。しょうがねぇ、一旦距離を取って───」

 彼の判断は正しかった。

 

 確かに先走ったのも彼だが、彼の狩人としての実力は確かなものである。

 ショウグンギザミが弱っているという事実も、距離を離せば警戒するべき技が絞られるという事実も、彼がイアンより少し長い間狩人として戦ってきた知識から来るものだ。

 

 だから、彼の判断は間違っていない───

 

 

 

「ちょ、何?」

「……あぁ?」

 ───そのショウグンギザミが、彼がこれまで戦ってきたショウグンギザミと同じなら。

 

 

 突如自分の鋏を研ぐように打ち鳴らすショウグンギザミ。

 この場にいる四人はいずれもショウグンギザミを一度は討伐した事のある狩人である。

 

 だから、ショウグンギザミが遠くを攻撃する場合は背負った頭蓋(腹部)からの高圧水流以外の選択肢がない。

 彼らはそう思っていた。

 

 

「ちょ───」

 しかし、ショウグンギザミはその身を支えるには細く見える脚をバネにして跳ぶ。

 信じられないような脚力で空に浮いたショウグンギザミの身体は、慣性と重力に従ってニーツの真上からその巨体と鎌を振り下ろした。

 

「ニーツぅ!!」

 血飛沫が舞う。

 

 

 地面を赤く染めながら転がるニーツの下に向かうイアン。

 

 ショウグンギザミは黒い泡を口から漏らしながら、その鋭い鋏を再び打ち鳴らした。

 

 

 

 ───そして再び、その鎌は地を跳ねる。




久し振りにモンハンっぽいですね。

読了ありがとうございました。
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