沈め掻き臥せ戦禍の沼に【完結】   作:皇我リキ

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ある男の場合

 腰を落とす。

 

 

 狩人になろうと決めた時、どんな武器を使うかはその決意と同時に決めていた。

 

 ハンターが使う武器は数種類に分けられている。大技が特徴的な太刀や大剣、連撃で手数を稼ぐ双剣や片手剣、遠くから攻撃出来るボウガンや弓、変形や合体し状況に合わせて戦い方を変える武器や、高い打撃力で戦う武器、狩虫と呼ばれる生き物を巧みに扱いながら戦う武器。

 小さな盾を持つ武器種もあるが、基本的にはモンスターの攻撃を完全に防ぐに至る盾を持つ事は攻撃を蔑ろにする事であり、モンスターと戦う時間を伸ばす事自体が危険に繋がる為にそれ自体が好まれない傾向にある。

 

 ただそれは一人で戦う場合の事を想定した時の話だ。

 

 

 イアンが持つランス(選んだ武器)は大きな盾と、一本の槍を構える重量のある武器である。

 その重量故に機動力は欠け、自分からモンスターに向かう事には向かない武器だ。

 

 ───しなし大きな盾故に、モンスターの攻撃を正面からしっかりと受け止めることが出来る武器でもある。

 

 

 

 視界に迫ってくるショウグンギザミは本来よりも巨大に見えた。しかし震える手を、イアンはしっかりと固定する。

 

 

「……ぅぐ、な?!」

「必ず防いでみせる……っ!!」

 刹那。ショウグンギザミの体重を乗せた一撃()がイアンの盾に向けて振り下ろされた。

 

 同じ攻撃を受け地面に倒れているニーツを尻目に、イアンは自分の何倍もの重量をその盾で受け止める。

 

 

「……ぐぅっ」

 ぬかるんだ地面で足は滑り、身体ごと押し潰されそうだ。

 

 しかし、勢いの乗った攻撃は防いでいる。後はダメ押しで振り下ろされているこの鋏をなんとかすれば良い。

 

 

「……ば、馬鹿……野郎。モンスターと……力比べなんて、するもん……じゃ───」

「大丈夫だ。俺が絶対に守る……っ!!」

 ニーツの顔も見ずに、イアンは声を上げながら盾を突き出した。

 

 この攻撃をもろに受けたのなら、彼が動ける状態だとは思えない。

 なら、このショウグンギザミをなんとかするしかない。

 

 イアンは息を大きく吐いて、右手に持つ槍に力を込める。

 

 

 

 確かにランスは自分から攻める事に適した武器ではない。

 

 だが、相手の攻撃を受け止めたその反対の手に持つのは、鋭利で長尺な槍だ。

 

 

「……だぁぁ!!」

 その槍を引いて、穿つ。

 

 ロストバベルの槍は意図も簡単にショウグンギザミの頭部の甲殻を貫いた。

 黒い体液が飛び散り、ショウグンギザミは悲鳴のような鳴き声を上げて仰け反る。

 

 

 しかし、直ぐにショウグンギザミは攻撃の姿勢に移った。その脇から迫る二人の狩人の存在にも気付かないほど、怒り狂っている。

 

 

「ジャン!! レイラ!!」

「任せろって!!」

「やぁぁっ!!」

 鋏を振り上げるショウグンギザミの左右から、ジャンとレイラは己の得物をその脚に叩き付けた。

 これまでのダメージもあり、その攻撃で身体を支えられなくなったショウグンギザミは地面に倒れる。

 

 ここでラッシュを掛ければショウグンギザミの体力をかなり削る事が出来る筈だ。あわよくば、そのまま倒れる事も考えられる。

 

 

 朦朧とする意識の中、そう考えるニーツの前で三人の狩人は目を合わせて相槌を打った。

 ショウグンギザミはただ、暴れながら黒い泡を口から吹いている。

 

 

 

 そうだ、それで良い。

 

 ずっと自分の為に戦ってきた。

 父親に憧れて? 違う。兄に着いて行きたいから? 違う。英雄になりたいから? 違う。

 

 ハンターは金になると知っていた。金があれば地位も名誉も女も手に入る。

 だから狩人になった。他の奴の事なんてどうでも良い。自分が成功すればそれで───

 

 

 

 薄れていく意識の中で、何かが自分を持ち上げるような感覚を覚える。

 

 あぁ、兄さんが迎えに来たのか。俺もそっちに行く時が来たようだ。兄さん───

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ───ここは、地獄か?

 

 

 視界に入る暗雲。薄暗い、湿った空気。

 幼い頃に亡くなった母親は「人は死んだら天国が地獄に行くんだよ。沢山の人の為に働いているお父さんみたいな人は天国に行けて、人に迷惑をかける人は地獄に落ちてしまうの」なんて事を言っていたか。

 その母親が病気になった時でも、狩りで出掛けてばかりの父親は結局母の最期を看取る事もさずに沢山の人の為にその日も狩りに明け暮れる。

 

 そうした沢山の人の為に古龍と戦って英雄として死んだ父親は本当に天国にいるのだろうか。

 

 愛を誓い合った母すら見ずに英雄と称えられた男が天国にいるのなら、自分は地獄でも良いと思った。

 

 

 

「……ぅぉ」

 暗雲の隙間から見える太陽の小さな光に手を伸ばしながら、ニーツは声にもならない空気を漏らす。

 

 血の味のする空気に噎せて「あ……?」と周りを見渡した。

 

 

 湿地帯。沼地と呼ばれる、狩場。

 

 枯れた木やキノコだけの殺風景な光景。湿った地面に手をついて起き上がったニーツは、目を細めながら首を横に傾ける。

 

 

 どうやら死んではいないようだ。

 

 

 

「あ、起きた」

 キョトンとした声が聞こえて振り返る。視界に入る赤髪の女性を見て、ニーツは現状を思い出した。

 

 

「……ショウグンギザミはどうした?」

 彼の記憶にあるのは自分を切り飛ばしたショウグンギザミと、次の攻撃を受け止めた一人の狩人の姿。

 

 あのまま戦っていたのならショウグンギザミの死体がどこかに転がっている筈だが、その姿は何処にもなく───そもそもここが何処だか分からない。

 明らかに、接敵したベースキャンプとは違う場所である。

 

 

「おーおー、あんまり動くなよ。結構な傷だったと思うぞ」

 不自然だといいたげに辺りを見渡すニーツに、呆れ声でジャンはそう言った。

 

「どうなってる……?」

 自分の身体を見ると、左足の防具が外されて包帯が巻かれている。触れてみると鈍痛が走ったが、我慢出来ない程ではなかった。

 

 

「お、おいおい立てるのかよ」

「なんだここは……。お前達、あの後何を……?」

「流石、だな。でも、まだ立たない方が良いと思う。回復薬が効いてくるのを少し待とう」

 そう言って、イアンはニーツに回復薬の入った瓶を手渡す。

 

 ニーツはそれを一気に喉に流し込んで、再び怪訝な表情で周りを見渡した。

 

 

 

「逃げたんだよ。一時撤退って奴だ。もし竜車がダメになってたら、ベースキャンプと二重でギルドに怒られるんかねぇ……」

「いや、流石にあたし達のせいって訳じゃないし大丈夫じゃない?」

「ジャンはそういう所で心配し過ぎだな。最悪俺達の報酬が減るだけだし」

「報酬が減る心配をしてんだよ!!」

 なんとも安心しきっているというか、狩りの最中とは思えない会話内容にニーツは更に表情を歪める。

 

 

 訳が分からなかった。

 

 

「どうしてだ……?」

「ん?」

「どうしてあのままショウグンギザミを倒さなかった」

「いや、ニーツが倒れてたし」

「は?」

 あのままショウグンギザミに攻撃していれば、大ダメージを与えられた筈。あわよくばその場で討伐を成せた可能性だってあった筈である。

 

 

 彼等が自分の怪我を心配して撤退するという判断をした事に、ニーツは納得がいかなかった。

 

 

 だってそうだろう。

 ずっと己の為に戦ってきた。金と女と地位と名声。それだけがあれば充分だと。

 

 自分が地獄に行く人間だという事は重々承知の事。

 それでも父親のようになりたくないから、彼は己と己の大切な人の為だけに生きると決めたのである。

 

 

 そんな地獄に行って当たり前の自分を、高々数日の付き合いのパーティメンバーがショウグンギザミの討伐(狩人としての成功)を後回しにしてまで助ける理由が彼には分からなかった。

 

 

「いや、パーティメンバーが倒れたら普通なんとかして撤退するだろ。それともなんだ、お前は違うのか?」

「俺は……」

 どうだっただろう。

 

「だとしたら、本物の屑だな」

 ジャンの言葉にニーツは視線を落として頭を抱えた。

 

 

 自分の事しか考えない。あの父親のようになりたくない。そう考えて生きてきたのに。

 それこそ、あの父親と同じではないか。俺は結局───

 

 

「そんな事ないよ。ニーツ、あたしに解毒薬くれたし」

 別に誰かを見ながらでもなく、独り言のようにレイラは呟く。

 

 その言葉にジャンは「なんだよ、普通じゃねーか」と呆れた声でため息を吐いた。

 

 

「アレは……あそこで倒れられても困るからで」

「そら、そうだわな。でもそれが仲間ってもんだろ」

「ならなんであの時アーツ兄さんを見殺しにした!!」

 急に声を上げるニーツに驚いて、ジャンは目を丸くして周りを見渡す。

 話にしか聞いていなかった。だから、ジャンにはその言葉の意味を強くは理解できない。

 

 

「……俺は、英雄になりたいんじゃない。俺は、憧れた背中を追ってハンターになっただけだから」

 ゆっくりと、イアンはそう答える。

 

「答えになってねーぞ……」

 しかしニーツはイアンを睨んでそう言うが、イアンは真っ直ぐに目を見てこう続けた。

 

「あの時は助けられなかった。……それは俺も悔しくて、だからこうやってニーツを助けたんだ。俺だってアーツを見殺しにしたかった訳じゃない!」

 強くそう言って、続けてイアンは「……ごめん」と謝る。

 

 

「綺麗事だって分かってる。でも、俺は俺に助けられる範囲なら助けたい。……その為にハンターになったんだ」

 憧れた背中を思い出して、その人が持っていた盾を強く握った。

 

 

 どうしてか、父親の背中が脳裏に映る。

 

 

 地獄に落ちたと思っている父親の背中が。

 

 

「……憧れ、か。俺にはなぁ、そんなものはなかった。ただ、自分が良ければそれで良いってな。

 父親のようにはなりたくない。兄とは別の思考で生きてきた。

 

 

 

「だけど、どうなりたいかとか……。考えた事もなかったよ」

 どこか遠くを見て、ニーツは不敵に笑いながらそういう。

 

 父の事も兄の事も。周りの狩人達の事も理解出来なかった。

 その理由がなんとなく分かった気がする。

 

 

「今からでも遅くないさ」

「そうだと、良いなぁ。俺はまだお前らより四、五年歳取ってるだけだ」

「え、マジかよ。四十くらいだと思ってた」

「んだとクソガキぃ!! まだ俺は二十代だ!!」

 元気にジャンに掴みかかるニーツを見て、イアンとレイラは顔を見合わせて笑った。

 

「おい見てないでコイツを止めて?!」

 二人が笑っている横で地面に転がるジャンは「こなくそ」とニーツに掴みかかる。

 

 

 よく酒場で見られる小競り合いのような、そんな光景が沼地に広がった。

 

 

 

「はぁぁぁ、スッキリしたぜ」

「はぁ……はぁ……手こずらせやがって。若者舐めんなよ……」

 小競り合いはジャンの勝利に終わったのだが、ニーツはなんとも言い難い笑顔で地面に横たわる。

 

「怪我は……大丈夫そうだな」

 流石に苦笑いのイアンだが、二人を見比べて満足そうに首を縦に振った。

 これなら大丈夫だろう。

 

 

「あぁ、ピンピンしてるぜ」

「……俺が身をもって体験したからな。大丈夫だ、コイツはあと百年は死なない」

 半目で防具に着いた泥を払いながらそう言うジャンを小突くニーツ。また始まりかねないのでレイラがそこに割って入った。

 

 パーティの雰囲気は充分に良い。

 

 

「俺はきっと……仲間が欲しかったのかもしれねぇな。……なぁ、頼みがある。俺ともう一度ショウグンギザミに挑んでくれ」

 頭を下げてそう言うニーツにジャンは固まって、二人は顔を見合わせる。初めて会った時の事を思い出しては、二人は「あはは」と笑い合った。

 

 

「勿論」

「来る前にも言ったけど、ニーツの腕は知ってる。頼まれなくても、俺から頼んでたよ」

 手を伸ばすイアンを見て、ニーツは少し瞳から涙を漏らしながらその手を取る。

 誰かの手を本気で握ったのは何年振りだろうか。

 

 どうしてか、父親の姿が脳裏に映った。

 

 

 

「よっしゃぁ、そうと決まればベースキャンプに戻ろうぜ。……竜車がバラバラにされてない事を祈って」

「ま、どちらにせよショウグンギザミは倒すんだしね」

「ニーツの武器も置いてきちゃったし、とりあえずはベースキャンプだな。ショウグンギザミが居るにしろ居ないにしろ、話はそこからだ」

 話しながらベースキャンプに向かう四人の狩人。

 

 

 一番後ろを歩きながら、ニーツは不敵に笑う。

 

 

 

「……これが、狩人か」

 それが、彼がなりたくなかったもので───なりたかったものだったのかもしれない。




諸々の伏線回収。次回、ショウグンギザミ戦です!
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