沈め掻き臥せ戦禍の沼に【完結】   作:皇我リキ

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大きな一歩

 通常弾。

 その名の通り、なんの変哲も無いボウガンの弾の一種である。

 

 

 何か特徴がある訳でもなければ癖がある訳でもなく、しかしそれ故に使いやすい。初心者から上級者までのガンナーが愛用する弾丸だ。

 

 

 基本的にボウガンとはモンスターに近付くことなく攻撃が出来る利点を生かして、安全な立ち回りをしながら攻撃をする武器である。

 ラルクはまず目の前のイーオスに通常弾を放ち、当たっても当たらなくても良いから───ただ隙を作りたかった。

 

 今ラルクはイーオス達に囲まれている状態である。この状態で戦うのはセオリー通りではない。

 狩人の訓練所では、彼の筆記試験はほぼ満点だった。いつか憧れた狩人になりたいと、いつか勇気を出して狩人になるんだと、勉強だけはしっかりとしていたのである。

 

 

 弾丸は見事に正面のイーオスの胸元に当たり、絶命させるには程遠いが怯ませることに成功した。

 その隙にラルクはそのイーオスの脇に滑り込んで包囲網を突破する。

 

 急いで反転すると、エドナリアがドスイーオスに蹴飛ばされている光景が視界に映った。

 

 

「エドナリアさん……っ!!」

 直ぐにライトボウガンを持ち上げる。視界に入るのは、自分に襲いかかって来る一匹のイーオスとエドナリアに飛び掛かろうとしているドスイーオス。

 

 少年はなんの躊躇いもなく引き金を引くと、目の前のイーオスに向けて銃口から煙を漏らすライトボウガンを持ち上げた。

 

 

 ラルクが狙ったのはドスイーオスの眼前で、飛び掛かろうとしたドスイーオスは通常弾に驚いてその行動を一度止める。

 その隙にエドナリアは立ち上がる事が出来た。なおかつ、解毒薬を飲む時間も確保出来る。

 

 

「……っぅ」

 一方でラルクはイーオスに押し倒され、地面に横たわっていた。

 ライトボウガンを盾になんとか踏ん張ってはいるが、イーオスの鋭い鉤爪が少年を切り裂くのも時間の問題だろう。

 

 しかし、少年は焦ってはいなかった。不敵な笑みでその瞬間を待ち、身構える。

 

 

 刹那、彼を押し倒していたイーオスの頭に何かがぶつかって鈍い音を立てた。イーオスは怯んで地面を蹴って少年から離れる。

 

 耳に響く羽音。エドナリアの猟虫が、イーオスの周りを飛んでその注意を引いていた。

 

 

 立ち上がった少年は軋む体に鞭を撃ってライトボウガンを持ち上げる。

 イーオスは猟虫を鬱陶しそうに睨んでいて、ラルクの事が視界に入っていなかった。

 

 

「───うぉぁああ!」

 そんなイーオスの頭に銃口を向ける。人の身長二人分の距離。外す理由もなかった。

 

 

 銃声が鳴り響き、頭蓋を貫かれたイーオスは糸が切れたように地面に崩れ落ちる。

 少年の手は震えていた。手だけではなく足も身体も何もかも、全身を震わせて───それでもライトボウガンの引き金を強く握る。

 

 これは武者震いだ。

 唇を噛んで、ラルクは直ぐに反転する。

 

 視界に入るのは、向かってくるイーオスを一匹切り飛ばすエドナリアの姿。これで残るイーオスは四匹。

 

 

 飛び掛かってきたイーオスの攻撃を操虫棍を使ったジャンプで躱すと、エドナリアはラルクと合流する。

 囲まれた状況から一変。四匹のイーオスと一匹のドスイーオスを前に、エドナリアは「やりましたね」と短く少年を称えた。

 

 ラルクが返事をする前に、彼女は「一気に叩きます。私が取りこぼしたイーオスを任せても良いですか?」と聞いてくる。

 有無を言わせるような状態ではなく、ラルクは少し苦笑しながらも「はい!」と元気に返事をした。

 

 

「任せました……ッ!!」

 地面を蹴る。

 

 警戒するイーオス達に一気に近過ぎながら、操虫棍を上から振り下ろした。一匹の首を落とし、手首を捻って刃を回転させる。

 横に一太刀。イーオスもマヌケではなく、ジャンプして交わされるがエドナリアはそれを無視して逃げ遅れた一匹の喉を突いた。

 

 彼女の背後に着地したイーオスは反撃しようと振り返る。しかしそれはラルクから背を向けるという事で、その頭蓋を撃ち抜くのは容易かった。

 

 

 残り一匹。

 

 

 ドスイーオスを守るように前に出るイーオス。

 エドナリアは止まらずに猟虫を飛ばしてまずは牽制する。怯ませた隙に一匹を屠って、後はドスイーオスと二対一だ。

 

 ───そう思った次の瞬間、突然イーオスが跳ねる。

 

 

 予備動作も何もなく。体当たりという訳でもなく。

 

 ただ、イーオスの身体が弾のように真っ直ぐにエドナリアへ向けて飛んだのだ。

 

 

 明らかに異常な挙動にエドナリアは反応出来ず、イーオスにぶつかって地面を転がる。

 彼女には何が起きたか分からない。しかし、ラルクには見えていた。

 

 

「ドスイーオスが……イーオスを」

 彼が見たのは、ドスイーオスが尻尾でイーオスを飛ばす光景。

 自分を守ろうとしていた仲間ごと巻き込むような攻撃に、ラルクは驚いて目を見開く。

 

 

 しかしドスイーオスにとってもそれは仕方のない事だった。

 

 群れはほぼ全滅し、自分の命すら危うい。もう手段を選んでいる暇などない。

 

 

「……っ、ぅ?!」

 自分を押し倒しているイーオスは呻き声を上げて弱っているが、小型と言われるイーオスだろうが人の何倍もの体重を持っている。

 退かすのは容易ではなく、その隙に彼女の目の前にドスイーオスが立っていた。

 

 

 見下ろされる恐怖。身体が動かない。

 

 

 持ち上げられる脚は、イーオスごと彼女を踏み───その足で内臓を潰す。

 

 

「───あ゛ぁが……っ?!」

 圧迫感。腹部が熱い。口から吹き出る鮮血が喉に詰まって息が出来ない。苦しい。

 激痛に悲鳴をあげるエドナリアを守ろうと猟虫がドスイーオスに体当たりを仕掛けるが、小さな身体は尻尾で弾き飛ばされた。

 

「エドナリアさん……っ!!」

 ラルクは焦って彼女の元へ走る。なんとかしてドスイーオスを退かさないと。でも、どうやって?

 

 考えるより身体が先に動いた。狩人としては正解の場合もあるが、今回はそれが悪手になる。

 

 

「……だ、……っ!」

 走って向かってくるラルクに手を伸ばしながらエドナリアは口を開いて血反吐を流した。

 来ては駄目。そう伝えようとしたが、身体は言う事を聞いてくれない。

 

 ドスイーオスの鋭い眼光がラルクを捉える。

 足に力を入れエドナリアを下敷きにしているイーオスごと踏み付けながら、ドスイーオスは鋭い牙をラルクに向けた。

 

 

 力を入れられて、エドナリアは声にならない悲鳴をあげる。それを見て焦ったラルクは考えもなしにドスイーオスに突進した。

 なんとか押し倒してでもドスイーオスを彼女から離さないと。出来るかも分からないが、やるしかない。

 

 決意めいた表情で腕を前に出しながら地面を蹴った少年の目の前を紫が包み込む。

 

 

「───え?!」

 毒液。

 

 イーオス種の喉元に存在する器官から生成される出血性の毒は、小さな動物なら一瞬で死に至らしめる猛毒だ。

 

 

 全身に毒液を受け、少年はむせ返る気持ち悪さに襲われる。

 喉を通る血反吐。それを吐き出すと頭の天辺から爪先まで全身を激痛が襲った。

 

 

「……ゔ、ぁ……あ゛」

 解毒薬。直ぐに頭に浮かんだそれに手を伸ばそうとするも、身体の感覚が既にない。

 気が付いたら地面に転がっていて、ぬかるんだ地に赤い池を作り出す。

 

 今から自分が死ぬという事が、怖いくらいに現実味を帯びて襲って来た。

 

 

 

 どうして僕はここに居るんだろう。

 

 

 

 意識が遠のいて、なんとか思い止まって目を開けた。

 ドスイーオスが襲ってくる様子はない。猟虫が果敢にも再び突進し、その注意を逸らす。

 

 

「あ゛ぁぁぁっ!!」

 その隙に、エドナリアは身体中の穴から血飛沫を上げながら自分の上に倒れているイーオスごとドスイーオスの足を持ち上げた。

 流石にそんな力は残っていないとタカをくくっていたドスイーオスは反応出来ずにエドナリアを解放してしまう。

 

 

「───はゔぅ……ゔぁ…………はぁ」

 操虫棍を支えにして、ラルクの前で立ち上がるエドナリア。

 全身から血を流して貧血状態で、気を抜けば意識は一瞬で飛びそうだ。

 

 それでも彼女は立ち上がって、その鋭い眼光でドスイーオスを睨み付ける。

 

 

 自分の装備がギルドナイトスーツで良かったと、こんな時にも関わらず彼女は苦笑した。

 もしこれが鉄で出来た装備なら、装甲ごと押し曲げられて腹部を潰されたままになり今頃圧迫死だっただろう。

 

 このくらいの死地は何度だって潜り抜けてきた。ギルドナイト、強いてはシュタイナー家の一員としてこんな所で倒れるわけにはいかない。

 血の混じった唾を吐きながら、彼女はドスイーオスを睨み付ける。遅れを取りはしたが、ここからが本番だ。

 

 

「……ありがとうございます、ラルク。かならず守りますから。解毒薬と秘薬を飲んで待っていて下さい」

 そうとだけ言って、エドナリアはドスイーオスの懐に潜り込む。手首を捻り、自らの得物を上に下にと振り回した。

 

 鱗が弾け飛び、血飛沫が舞う。

 どうして動けるのか分からなかった。しかし、ドスイーオスだって負けてはいられない。一度後ろに跳んで距離を取る。

 

 

 そんな光景を、ラルクは途切れそうになる意識をなんとか保って見つめていた。

 倒れたままポーチに手を突っ込んで解毒薬を口に含む。

 

 

 これが……狩人。

 あんなにもボロボロになって、それでも戦い続けるその姿を少年は見ていられなかった。

 

 

 秘薬を手にとって、その小瓶を強く握る。

 

 

 

「───ゔぁぁぁあああ!!」

 踏み込んで、切り上げ。距離を取ろうとするドスイーオスに執拗に肉薄し、エドナリアは刃を振るった。

 血潮が舞い、鱗が弾ける。負けじと牙を向けたドスイーオスの顎に左腕を噛ませ、不敵に笑うエドナリアはその左腕を捻ってドスイーオスを地面に叩きつけた。

 

 

 痛みなんて感じていないかのように、彼女は地面に倒れたドスイーオスに刃を振るう。

 なんとか立ち上がって反撃に尻尾を振るうドスイーオス。地面を転がったエドナリアはしかし、受け身をとって直ぐに立ち上がった。

 

 操虫棍を支えに飛び上がり、上からの攻撃を仕掛けるエドナリア。

 

 

 まるで狂戦士。これが、ギルドナイト。

 

 

 

 次第に己の死が見えてくる。ドスイーオスは何処か諦めのついた様子で、しかし群れの長としての誇りの名の下に抗い続けた。

 

 この人間には勝てない。内臓を潰そうと、腕を噛み砕こうと、何をしてもその命を穿つに至らないのだと悟る。

 それでも、逃げるという選択肢はなかった。群れを全滅に追い込まれ、自らの命の灯火が消えかけようとも。

 

 

 ───それが、狩人()である誇りだから。

 

 

「───っ?!」

 ドスイーオスは一度大きく背後に跳んだ。それを追いかけようとしたエドナリアだが、直ぐにドスイーオスが地面を蹴って飛び掛かってくる。

 

 カウンター。

 前に進んでいる為、これは避けられない。流石だと、相手に敬意を払ってエドナリアは不敵に笑った。

 

 

 なら、その攻撃はあえて受けよう。

 そこにカウンターを入れて、この戦いを終わらせれば良い。

 

 

 この程度の死地は何度も潜り抜けてきた。

 ギルドナイトという仕事をしていれば、普通の狩人が受けるクエストよりも遥かに危険なクエストを受ける事は沢山ある。

 

 しかしこのドスイーオスは上位か、はたまたG級相応の個体だった───と、ドスイーオスの攻撃を黙って受けようとしたその時だった。

 

 

 

「───うぁぁぁああああ!!!」

 エドナリアの前に一人の少年が立ち塞がる。

 

 少年───ラルクはライドボウガンを跳んでくるドスイーオスに向けて、必死の形相で引き金を引いた。

 

 

 銃声。

 

 頭を撃ち抜かれたドスイーオスは反動で地面を転がり、最後まで抗おうと首を持ち上げて───

 

 まさか、眼中にもなかった生き物にこの命を奪われるとは。しかし、どこから現れたのだ。小さいといっても周りには充分気を付けていたのに。

 ふと視界の左側が見えていない事を思い出す。そうか、死角から。考えもしなかった。自分の失態に、ただ後悔する。

 

 

 ───そうして、群れの長は息を引き取った。

 

 

 

 

「……ら、ラルク。こ、こら、危ないじゃないですか。下がって見───」

「危ないじゃないですかはこっちの台詞ですよ!!」

 エドナリアの言葉を遮って、ラルクは大声で叫ぶ。

 

 そんな少年の言葉にエドナリアはキョトンとして、力が抜けたのか膝から崩れ落ちてから「……へ?」と間抜けな声を漏らした。

 

 

 

「そんな大怪我したのに、まだ戦って……っ!! エドナリアさん、女の子なのに!!」

 涙目で叫びながら、彼女に秘薬を突き付けるラルク。

 

「もっと自分を大切にしてよ……っ!!」

 真っ赤な顔で、少年は倒れたエドナリアを見下ろす。

 当のエドナリアは何度も瞬きしながら「私が……女の子」と間抜けな声を出していた。

 

 

「あ、あの……ラルク? 私はギルドナイトで、他の狩人の前に立って皆を先導する立場に───」

「そんなの関係ないです!! その前にエドナリアさんは……その、可愛い女の子なんだから!!」

「可愛い?!」

 驚くエドナリアの口元に、ラルクは秘薬を突き付ける。

 

 本当はラルクだって毒で身体中をやられているのだ、自分は回復薬で済ませようと思っていただけにエドナリアはそれを渋った。

 しかし強い表情を崩さないラルクに負けて、エドナリアは秘薬を口に含む。

 

 

 正直なところ少年の手前無理をしていた。

 いつ倒れてもおかしくなかったが、秘薬のおかげで幾分か楽になる。

 

 勿論劇薬である為、早く安静にして休養と食事を取らないといけない事には変わらないが。

 

 

「もうこんな無茶はしないでください!!」

 それでも、尚顔を真っ赤にして怒るラルクにエドナリアは申し訳なくなって視線を逸らした。

 それに自分が女の子だなんて言われた事を思い出して顔を赤くする。もう二十歳は超えているし、そんな呼び方をされる程でもないのだが。

 

 

「……ご、ごめんなさい」

 だから物凄い低姿勢で、彼女は謝った。

 

 

 頬を膨らませる少年はそっぽを向いて「……ゆ、許します」と恥ずかしそうに口を開く。

 

 

 思い返せばあの状況で自分の前に立ってドスイーオスに攻撃する事がどれだけ勇気のいる事か。

 いつもおどおどしていて、自分に自信のなさそうな少年が今はこうしてギルドナイトの自分を叱っているのだ。

 

 その事実にエドナリアはクスリと笑って、ラルクは顔を真っ赤にする。

 

 

「ご、ごめんなさい!! 僕なんかが……生意気な事言って……っ。ごめ───」

「謝らないで下さい、ラルク。あなたは正しいです。……そうですね、ふふ。私は女の子でしたか」

 優しく微笑みかけるエドナリアは悪戯な笑みで「一つお願いをして良いですか?」と、問い掛けた。

 

 

「え……あ、はい」

「疲れたのでおんぶして下さい」

「えぇ?!」

「無理ですか?」

「頑張ります!!」

 羞恥で全身がイーオスのように真っ赤になった少年はエドナリアの前で前屈みになって、エドナリアはそんな彼にもたれ掛かる。

 

 しかし計算外だったのは、エドナリアの方が身長が大きい事とラルクの非力さだった。

 少年はエドナリアと一緒にぬかるんだ地面に倒れてしまう。

 

「うぶ……っ。わ、わぁ?! ご、ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

 さっきまで彼女を叱責していた威厳はどこに行ったのか。

 

 意地悪そうな笑みで笑うエドナリアは「それじゃ、手を繋いで歩きましょうか」と彼に手を差し伸べた。

 少年は俯きながらその手を握って歩き出す。

 

 

 

 

 その日は小さな勇気でその一歩を踏み出した少年の、狩人としての日々が始まった日になった。




性癖にまっすぐ書きました後悔はしてません()
先週更新出来ず申し訳ありませんでした!色々と重なってしまいまして……。

読了ありがとうございます。
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