沈め掻き臥せ戦禍の沼に【完結】   作:皇我リキ

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切られた火蓋

 星が消えていく。

 夜空を照らしていた星達は、まるでその存在に遠慮していくように輝きを弱めていった。

 

 

 太陽が地上を照らし始め、狩人達はただ青い空を見上げる。

 

 地鳴りを感じて震えるのは恐怖か、武者震いか。それとも───

 

 

 

 湿地帯からドンドルマへと続く渓谷の入り口で、狩人達はその時をただひたすら待っていた。

 

 

 

「───来たか」

 地鳴りと共に視界に入る巨大な黒い影。

 

 遠目でも分かる四本の脚と一対の翼、そして背中に背負う巨大な槍。

 誘導作戦により渓谷を真っ直ぐに歩くその龍は、ゆっくりと頭を持ち上げて一度咆哮をあげる。

 

 まるで、何かを見つけたぞと言わんばかりに。

 

 

「もう一度作戦を説明する。心して聞いてほしい」

 その姿を確認してから、サリオクはこの場に集まった狩人達に向けて口を開いた。

 

 

 五十四人。

 ドンドルマで集まった狩人の約半分は既にこの世にはいない。

 

 その犠牲を無駄にしない為にも、この作戦は必ず成功させる。

 

 

「ゴグマジオスの進路は予定通りだ。しかし、この渓谷の側に一つ町があるのは皆も知っての通りだろう。……今作戦はその町を守りつつ、ゴグマジオスを渓谷の奥に追い込むのが目的である」

 渓谷の奥にはドンドルマの砦があり、G級ハンター四人がそこでゴグマジオスを迎え撃つ手筈だ。

 

 ここに集まった五十四人の狩人の目的はそこまでの誘導並びにゴグマジオスを出来るだけ弱らせる事である。

 

 

「先に知らせた通り。町に注意を向けない為、我々はドンドルマ側の道にて待機。ガンナー部隊とバリスタによる誘導を掛ける」

 町は渓谷に沿うように位置していて、そちらとは反対側───ドンドルマへと続く道には特急で設置されたバリスタや大砲が並んでいた。

 

 先の作戦で殆どのガンナーを失ってしまったが、やはり対巨龍戦に置いて遠距離攻撃は有効である。

 よって、接近戦を得意とする狩人もそのほとんど(・・・・)はバリスタによる攻撃を担当する事になった。

 

 

「だが万が一にもゴグマジオスが町を狙った場合に備え、少数の狩人には町側で待機してもらう。もしゴグマジオスが町を狙った場合、我々の合流まで時間を稼いで欲しい」

 ゴグマジオスの注意を向けさせない為にも、町の守りは少人数にする必要がある。

 

 出来るだけの人員を渓谷の道に配置し、町を守るのは約二十人の狩人だけだ。

 

 

「……危険な作戦である事は百も承知だ。だが、君達の命を預からせて欲しい。生き残ったあかつきには君達は英雄としてた讃えられるだろう!! 作戦開始だ。各自持ち場に着いてくれ!!」

 サリオクのその言葉で、狩人達は一斉に走り出す。

 

 町の方に向かう狩人達と挨拶を交わす者達の中には、ラルクやニーツの姿があった。

 

 

「エドナリアさん……」

「大丈夫ですよ。それに、彼方にも指揮官は必要ですから。私の心配よりも、ラルクはゴグマジオスを引き付ける事に集中してください」

 エドナリアは町で待機する狩人達の指揮を取る為に、ラルクと一度離れる事になっている。

 ラルクとしてはドスイーオスとの戦いでの怪我がまだ心配で、本当は戦う事すら控えて欲しいと思っていた。

 

「勿論町に被害が向かない事が一番ですが……いざとなったら助けに来てください。そして、作戦通りになれば私達が背後からあなた達を助けます」

 そう言って、エドナリアはラルクの頭をポンッと叩く。

 

「気を付けて下さいね」

 少し不満そうな表情をするが、ラルクは決意のこもった表情でエドナリアにそう伝えた。

 エドナリアは短く「はい」と答えて片手を上げ、竜車に乗り込む。

 

 

 彼女が乗り込んだ竜車の荷台にはイアンやジャン、レイラの姿があった。

 その外から手を振るニーツは、少し汚い歯を見せながら「後でな」と笑う。

 

 イアン達も手を上げて彼に挨拶をして、竜車は急いで街に向けて走り出した。

 渓谷の穴から街へと向かう竜車を尻目に、サリオクはバリスタ隊に指示を出す。

 

 

「さーて、時間だなぁ」

 座りながら酒瓶を傾けていた一人の男が立ち上がりながらそう言った。

 ダービア・スタンビートは耳の穴に小指を入れながら、サリオクの隣に立って双眼鏡を覗き込む。

 

 

「奴さん、足は遅い。ラオシャンロンと同じくらいか。痩せっぽっちにしちゃぁ、ノロマな事で」

「持ち場に立て。指揮官は私だぞ……」

 軽口を叩くダービアに、サリオクは半目でそう返事をした。

 

 

「アレがあの速度でしか動かないなら、ブレスさえ気を付ければ討伐は容易だろうよ。だが……そう上手く行くもんか?」

 しかしダービアはサリオクの言葉を無視してそんな言葉を漏らす。続けて彼は「想像より来るのが早かったよな?」と付け足した。

 

 サリオクはその言葉を聞いて考え込むも、答えは出てこない。

 

 

 移動速度の違いは微々たるものである。そもそもあの巨体が、身体が細いからといって俊敏に動く姿なんて想像出来なかった。

 

 

「そんな事があってたまるか」

「だがなぁ、もしもの時の事を考えて行動するのが指揮官ってもんだ。そうだろ? コーラルならどうする」

「む……うーん。たしかに、一考の余地はあるが。だとしてだな───」

「サリオクさん! ゴグマジオスが!」

 そんな二人の会話に水を差したのは、誘導作戦でサリオクと同じ船に乗っていて生き延びたエルディアである。

 

 彼はヘビィボウガンのスコープから目を離して、焦った様子でゴグマジオスを指差していた。

 

 

「───な?!」

 咆哮が木霊する。

 

 それだけならいい。しかし、真っ直ぐにゆっくりと進んでいた筈のゴグマジオスは一度その歩みを止めて辺りを見渡し始めたのだ。

 

 

 まるで何かを探すように。

 

 

 しかもゴグマジオスが止まったのは、町との距離数百メートルの地点である。

 このままゆっくりでも町を無視して進んでくれれば良かったのだが、まさか立ち止まるとはサリオクも思っていなかった。

 

 

「何を探している……。お前の求めるものはなんだ?」

 目を細めてダービアがそう言う。冷や汗を拭ったサリオクが見たのは、町のある方向に頭を向けるゴグマジオスの姿だった。

 

 そして龍は空気を振動させる。

 咆哮を上げ、姿勢を上げた龍はこれまでの速度とは比べ物にならない速度でその脚を前に進め始めた。

 

 

 構えるサリオク達が視界に入っていないかのように、ゴグマジオスは視線を町に向けて駆ける。

 

 

 

「な、何?!」

「こいつぁ……」

「───っ、全員一斉射撃だ! ゴグマジオスの注意を引け!」

 何が目的なのか、ゴグマジオスは町を目指しているように見えた。このまま進めば進路は渓谷の奥ではなく町に向けられる。

 それを危惧したサリオクは、まだ射程圏内ではないが砲撃を指示した。その場にいた全員がバリスタの砲身をゴグマジオスに向ける。

 

 かく言うサリオクも、弓矢を構え力強く矢を引いた。

 

 

「くらえ、正義の鉄槌!!」

 限界まで引かれた矢に力を込める。

 

 そして放たれた矢は真っ直ぐにゴグマジオスの胸元へ吸い込まれた。同時に多数のバリスタ砲弾が放たれ、無数の弾丸がゴグマジオスを襲う。

 

 誘導作戦での弾幕にも匹敵する砲撃だが、距離は約二倍だ。元々町を通り過ぎた辺りで攻撃を開始する予定だったので、その分砲弾の威力も下がってしまう。

 

 最後に放たれた大砲がゴグマジオスの身体に直撃した所で、一旦砲撃は中止された。

 

 

「ふ、それなりのダメージを」

「この距離じゃなぁ……」

「な……」

 勝気なサリオクだったが、砲弾による砂嵐が収まった後も何事もなかったかのように進み続けるゴグマジオスの姿を見て口を開けたまま固まってしまう。

 

 

「……っ、えーいもう一度───」

「いや、来ます!」

 しかし固まったままという訳には行かず、指示を出すサリオクだったががその言葉をエルディアが遮った。

 丁度、ゴグマジオスの頭部が渓谷の横に開いた町から見えるようになった直後の事である。

 

 

 頭部を一度持ち上げたゴグマジオスは、口から光を漏らしながら下を向き始めた。

 その光には見覚えがある。悪夢のような光景。目を見開いたサリオクはなりふり構わず叫んだ。

 

 

「全員!! 退避!!!」

 彼の言葉を聞いて、その場にいた全員が事前に作られていた渓谷の横穴に非難する。

 ゴグマジオスのブレスの威力を身を持って経験したサリオクは、それを避ける為の横穴を作っていた。

 

 次の瞬間、渓谷の奥までを光と熱が包み込む。

 バリスタも大砲も、用意された大タル爆弾も、その全てが一瞬で灰となる熱が渓谷の道を突き進んだ。

 

 

 

「な……」

 それを町の入り口付近で隠れながら見ていたイアンはただただ唖然とする。

 グラビモスのブレスなんて比べ物にもならない。遠目で見ただけでそう感じる程に、この距離でも熱量を感じたのだ。

 

「お、おいおい今のであっちの奴ら全滅してねーだろうな?!」

「いえ、それは大丈夫の筈ですが……」

 ジャンの言葉にエドナリアは小さくそう返す。彼女の目にはそれ以上に懸念すべき事があった。

 

 

「……あなたの目的はなんですか」

「おい見ろ! ゴグマジオスがこっちを向いてるぞ!」

 一人の狩人がその事実に気が付いて声を上げる。

 

 ブレスを放ち終わったゴグマジオスは、その先を見据える事もなく頭を横に傾けて町にその眼孔を向けたのだった。

 そして一歩、ゆっくりと前に進む。瞳を町に向けたまま、ゴグマジオスはその身体をも町にゆっくりと近付ける。

 

 

「……こっちにくる」

 ボソリとレイラがそう言って、唖然としていた他の狩人達もその事実に気が付いた。

 

「どうして……」

 渓谷側からの砲撃が少し早い気はしたが、それでもゴグマジオスが攻撃したということは注意を引けたという事である。

 それで大砲やバリスタがダメになったとしても、そこからゴグマジオスがこの町に目もくれず真っ直ぐ進んでくれればそれで良かったのだ。

 

 それなのに、ゴグマジオスは町に向かってくる。その理由は誰にも分からなかった。

 

 

「……っ、来ます! 臨戦態勢を取ってください!!」

 唖然とし続けていられる訳がなく、エドナリアはそんな声を上げる。

 

 ゴグマジオスの目的なんて物はどうでも良い。狩人として、今なすべき事をするだけだ。

 

 

 ゴグマジオスは渓谷の道には眼もくれずに真っ直ぐ町に向かって歩き出す。隠れていた狩人達は一斉にその前に立ち塞がって己の獲物を構えた。

 町の人々は町の奥にある避難所に居てその姿を見る事はないだろうが、そうでもしていなければ町はパニック状態に陥っていただろう。

 

 

「ったくこんな筈じゃなかった筈だけどなぁ。……でもまぁ、一狩り行きますか」

 ジャンがそう軽口を叩いて、その場の緊張は少しだけ解れた。

 

 

 

 狩人達の戦いが始まる。




ゴグマジオス戦開幕です。
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