炭鉱の町。
渓谷に沿う形で発展したこの街がそう言われているのは、ラオシャンロン誘導のために建設された
湿地帯近くである為爆弾の扱いが難しいが、その分事故は少ない。そのため安定して炭鉱を進められた事がこの町の発展の由来だった。
しかし、この緊急事態において町に貯蔵してある爆弾や火薬は二次災害の元になる。
よってその火薬などは、避難所と反対方向に集められていた。
要するに町の入り口付近。
最悪の場合、ゴグマジオスをそこまで誘き寄せて罠にも使う手筈だがそんな事になれば町の復興に支障が出るだろう。
あくまでも最悪の場合の最悪の手段だ。
しかし、ゴグマジオスの瞳は真っ直ぐにその火薬貯蔵庫を見つめている。
その事に気がつく狩人はこの場にいなかった。
「来るぞ!!」
誰かが叫ぶ。
これまでゆっくりと歩みを進めていた筈のゴグマジオスは、その巨体からは考えられないような動きで町へ向かって動き出した。
砲撃戦を誘導路側から行う予定だった都合上、この場にガンナーは居ない。もしもの時に時間を稼ぐ為に機動力か防御力を備えた武器を持った者が多数である。
中でも多いのはランスとガンランスで、ガード性能だけを見れば確かに高いのだが、ゴグマジオスという存在は自らが持つ盾の意味を考えざるおえない程に巨大だった。
「ビビってても始まらねぇ! デカいグラビモスみたいなもんだろ!」
元々グラビもでかいけど、と付け足しながらジャンは得物を構えて走りだす。
イアンの「お、おい!」という静止も聞かず、彼はその自慢の一太刀で前進するゴグマジオスの前脚を切り裂いた。
黒い何かと共に甲殻が弾ける。
ゴグマジオスの身体を包み込む重油はジャンがそうしなくても身体中から地面に垂れて、かの龍が歩んだ地を黒く塗りつぶしていた。
「所詮デカいだけ! 俺の事も見えてなさそうだしな!」
その巨体からは考えられない速度で動いてはいるが、やはり大きさ故に動きはそこまで早くない。
それにゴグマジオスからしてみれば狩人の一人は虫のような物なのだろう。ジャンの攻撃に対しての反応も薄かった。
そこを踏んで、ジャンは片脚に連続攻撃を仕掛ける。
その前脚が浮いて、前に歩くものだと思ったジャンは追撃の為に脚を追いかけようとした。
しかし───その前脚はジャンに向かってくる。
「な?!」
「ジャン!!」
すんでの所でジャンとゴグマジオスの脚の間にイアンの盾が入り込んだ。
しかしその巨体の手足はそれだけでモンスター一匹にも匹敵する。
急な事でしっかりとした態勢で受けられなかったイアンはジャンと一緒に地面を転がった。
「……っぅ、だ、大丈夫か?」
「おかげさまでな……。コイツ、攻撃してきやがったのか?」
盾のおかげでダメージは最小限だったが、二人は頭を抑えながら立ち上がる。
ゴグマジオスはそんな二人に頭を向けて、その鋭い眼光を見せた。
イアン達はその瞳を見て動けなくなる。
何かされた訳ではない。
単純な恐怖。蛇に睨まれた蛙が動かなくなるのと同じ事だ。
「全員攻撃に! ブレスを撃たせる暇を与えてはいけません!」
そんな二人に続いて、エドナリアの指示でその場にいた狩人達が各々の己の得物を構えてゴグマジオスに突撃していく。
二人から目を逸らしたゴグマジオスは、その前脚で振り払うように狩人達の相手をし始めた。
この場に集まったのはそのほとんどが上位以上の上級者のハンターである。それだけでいなされるほどの実力ではないが、しかしゴグマジオスに取り付く事が出来ない。
「大丈夫?!」
そんな中、固まってしまっていた二人の元にレイラが回復薬の蓋を開けながら走って来た。
二人は回復薬を受け取ると一気にそれを口の中に流し込んで立ち上がる。
「これが……古龍か。ボーッとはしてられねーな!」
頭を抑えつつも口角を釣り上げて、ジャンは直ぐにゴグマジオスを囲む狩人達の中に混じっていった。
たくましいな、とそれに続くイアンの背後でレイラは自分の身体を抱く。
それでやっとその身体が震えている事に気が付いた。この場にいる彼女以外の狩人は皆ゴグマジオスの周りに集まっている。
どうしても動かない。何故。
「ヘッ、結局はデカブツ。動きは遅い!」
一人の狩人がそう言いながらゴグマジオスの前脚を潜り抜けて懐に潜り込んだ。
そのまま胴体をハンマーで殴り付ける。当たりが良かったのか、ゴグマジオスは少しだけ怯んだ。
身体が大きい分懐に入れば隙だらけ。四本の脚にだけ気を付ければ後は大きいだけの的。
そう考えていた狩人はさらにハンマーを振り上げて追撃に走る。
同時に、他の狩人が「危ない!」と叫んだ。ハンマーを構えた狩人は「あ?」と首を横に傾ける。
懐に入り込んで前後の脚は届かない筈だ。ボディプレスとかをしてくる気配もない。
そう考えていた狩人の身体を
「───ゴフォ……な、なん……だ?」
それは狩人を天高くへと持ち上げる。血反吐を吐き出して、体に開いた穴から血飛沫を上げる狩人の視界に映るのはゴグマジオスの身体の四肢と背中。
ならば自分を持ち上げているのはなんだ。視線を辿る。己の身体に突き刺さっていた何かは、ゴグマジオスの背中から伸びていた。
「つば───」
翼。そう言いかけた瞬間、男はソレによって地面に叩きつけられる。
血肉はバラバラになり、男だったら物が地面に散らばった。狩人達は表情を痙攣らせるが、より一層真剣な表情になって得物を構える。
「……話に聞いたゴア・マガラやシャガルマガラと一緒だ。こいつの翼、脚みたいになってやがる!」
一人の狩人がそう言った。
まるで足が六本あるように、ゴグマジオスの翼は地面を確りと捉えて身体を支えている。
かと思えば、ゴグマジオスは後脚と翼で身体を支えながら前脚を宙に浮かせ───その巨体を持ち上げた。
「───立った?!」
異様な光景。
二本脚と翼で身体を支えながら立ち上がったゴグマジオスは、周りを見渡すように首を左右に振る。
そんな光景に唖然として動けなくなっていた狩人達だが、一人の狩人が焦った様子で口を開いた。
「ブレスが来る!!」
立ち上がったゴグマジオスの口から光が漏れる。
真下に向けられた頭部。誰もそれを止める事は叶わず、誰かが「止めろ!」と言う前に熱線は放たれた。
轟音。
業火。
一直線に炎の柱が立つ。
ガンランスを構えていた一人の女性ハンターは、頭上から降ってくる業火に反射的に盾を構えた。
これまでの狩人としての人生でグラビモスと戦った事がある。そのブレスも同じような熱線だった。
いつものように止めれば良い。
頭上に盾を構え、不安定ながらも腰を低くして構える。
盾を業火が焼いた。
大丈夫。止められる。
安心して一瞬気が緩んだ瞬間、地面が高温で溶けて足場が不安定になった彼女はバランスを崩した。
燃える。
熱線はその盾と槍と身体を灰にして、持ち上げられたゴグマジオスの頭に続いて一直線に地を焼いた。
町を半分に切ったように、熱線は全てを燃やして火柱を立てる。ゴグマジオスがブレスを辞めた時、熱線の通った場所には灰だけが残っていた。
唖然とする。
熱で溶けたガンランスと人の原型を留めていない灰を見て、彼女の仲間だと思われる狩人が泣き叫んだ。
「町が……」
避難所も火薬庫も町の端に位置していて、ブレスは丁度町の真ん中を焼き切っている。
どちらも無事ではあるが、もう少しでもブレスの射程がズレていたら───ゴグマジオスの目の前の灰を見ながらジャンは顔を真っ青にして固まってしまった。
他の狩人達も、戦意喪失寸前。
「これが……古龍」
レイラはそう言って、持っていた双剣を手離して崩れ落ちる。
これまで狩人として様々な種のモンスターと戦ってきた。
比較的小型な鳥竜種から、巨大な飛竜まで。しかし、そのどれとも違う。
圧倒的な力。
ただその一言で表せてしまう程に単純な人とかの龍の差。
それを一瞬で痛感してしまったレイラは、その場に崩れ落ちてやっと痛感した。
「あぁ……私、怖いんだ」
これが、英雄達の感情。
死んだ者も生き残った者も平等に感じた死への恐怖。その先にあるものが見えない。単純な感情。
「ブレスを撃たせないで下さい! もう少しで援軍が来ます。怯まないで!」
焦った声でエドナリアがそう叫ぶ。
しかし、それが無理な話だというのは彼女自身も理解していた。
自分だって足が震えている。個体として強力なドスイーオスと対峙していた時以上に、目の前の存在が脅威であると身体は言う事を聞いてくれなかった。
それでも、この場を指揮している狩人である以上彼女が引く訳にはいかない。
エドナリアは地面を蹴って、操虫棍を使って跳び上がる。ゴグマジオスの脚を斬り裂き、その反動で更に舞い上がった。
「あのブレスが避難所に向けられたら最後です! 町の人々を守れるのは今私達しかいません!」
立ち上がったゴグマジオスの胸元を何度か切り裂いて着地した彼女は、怯んで動きを止めたゴグマジオスを見上げながらそう叫ぶ。
エドナリアの勇姿を見て何人かの狩人が戦意を取り戻したが、レイラはそれでも立ち上がる事が出来なかった。
「マズイ!」
誰かが叫ぶ。
一度怯んだゴグマジオスだったが、頭部を持ち上げ始めた。
先程と同じなら、ブレスの準備。エドナリアは再び操虫棍を使い跳び上がる。
「───っ?!」
しかし、ゴグマジオスはブレスを吐く事なく浮いている前脚でエドナリアを弾き飛ばした。
誘われたと気が付いた時には、エドナリアは地面に叩きつけられる。なんとか受け身を取ったが、そんな彼女の頭上にゴグマジオスの翼脚が向かって来た。
潰される。
先程血肉になった狩人を思い出して、エドナリアは必死に横に跳ぶ。
同時に、ゴグマジオスの翼脚を複数の矢と銃弾が襲った。翼脚はその衝撃でエドナリアから遠くズレる。
「ふ、情けないなエドナリア!」
「エドナリアさん!」
高飛車な声を上げるサリオクと、心配そうな声を上げるラルク。その後ろ、ゴグマジオスの背後から次々に渓谷の道側に居た狩人達が自らの得物を構え走って来た。
「……ふ。……遅いですよサリオク!」
「ギリギリだったくせに何を言うか。やるぞ、我等狩人の力を持ってして古龍から町を守るのだ!」
サリオクがそう声をあげ、狩人達は歓声を上げる。
ジャンを含むその場にいた狩人達もその声に応えた。苦笑する者もいたが、大概の狩人達が戦意を回復して立ち上がる。
しかし、一人だけ。
たった一人の英雄の血を継ぐ者は、ただ恐怖に震え動く事が出来なかった。
ゴグマジオス戦。やっぱりブレスが格好いい。そんな表現がしたかった(過去形)