沈め掻き臥せ戦禍の沼に【完結】   作:皇我リキ

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掻き臥せ

 避難所は人が密集していて、動き回るのも困難な状態だった。

 町中の人々が一箇所に集まっているのだから当たり前なのだが、その中にはギルドの役員などの姿はない。

 

 権力者達は既にドンドルマに避難済みである。

 町の人々がそう出来ないのは、この町の人口の多さが原因だった。

 

 渓谷の端に造られたこの町は炭鉱で栄え、ドンドルマ周辺の町の中でも人口の多さは一位二位を争う。

 そんな町の人々が全てドンドルマに避難したらどうなるか。答えは明白だった。

 

 食も住む場所もない人々がドンドルマに集まり、街はその機能を維持することが出来なくなる。

 だから町の人々を救うにはこの町を守るしかない。そんな理不尽を受け入れるしかない町の人々は狭い避難所で願うのだった。

 

 

 どうかこの町が地図から消えませんように、と。

 

 

 

 しかし突然、避難所の外で轟音が鳴り響く。そして避難所の中まで熱風が襲い、人々は騒然とした。

 丁度立ち上がったゴグマジオスがブレスを放った時である。

 

 爆音に悲鳴をあげる町の人々の中で、シータはそっと避難所の外に視線を向けた。

 

 

 燃え上がる町と、火柱。

 町を二つに分けるかのように、中心から一直線に向けて全てが灰になっている。

 

 

「ジャン……お兄ちゃん……」

 そんな光景を見て、彼女は自分の心配よりも今戦っている筈の狩人達の心配をした。

 今あの光を放った龍と戦うなんて事は、狩人ではない彼女には想像も付かない。

 

 でも、確かに彼等は戦っている筈だから。

 

 

 シーターは手を組んで目を瞑り、必死に大切な家族の無事を祈る。

 大丈夫。きっと彼等が町を守ってくれるから。

 

 

「……君は、何を願っているんだ」

 そんな彼女の後ろから、唐突にそんな声をかける男性が一人。

 振り向いた先に居たのは赤い髪の中年男性だった。

 

 シータは彼を何処かで見たことがある気がしたが、どうしても思い出せなくて首を横に傾ける。

 

 

「あなたは……?」

 男の服装はその辺りの出店にでも居そうなエプロン姿なのだが、背中には赤い身の丈程の大剣を背負っていた。

 

「俺は……通りすがりのおっさんだよ」

 どうも不思議な格好の中年男性は、困ったように頭を掻きながらそう言う。

 

 

「ハンターさん、なんですか? どうして……ここに?」

「さぁ……どうしてだろう」

 男───ケイド・バルバルスが此処にいる理由は、彼自身も分かっていなかった。

 

 ただ目が覚めたら自分の大剣が目に入って、それに導かれるようにドンドルマを出て。

 気が付いたら此処にいたのである。だけど、町の外にいる巨大な龍と戦おうとは思わなかった。

 

 

 そんな時に、この状況で自分よりも誰かの事を心配している女性は彼にとって不思議だったのだろう。

 

 

 確かに彼はあの日誰かの為に戦った。

 避難し遅れた幼い子供二人を避難させてから、古龍と戦う為に戻った時には妻も仲間も死んでいて。

 

 それでも彼は、何かの為に戦ったのだろう。復讐だとか、そういう事ではない。テオ・テスカトルを倒したところで何も感じなかったのだから。

 結局自分はあの時何のために戦っていたのか。彼にはそれが分からなかった。

 

 

「君の知り合いは……今古龍と戦ってるのか?」

「……はい。旦那と、お兄ちゃんと、その仲間の人達が」

 心配そうに俯くシータ。そんな彼女の顔をケイドは直視する事が出来ない。

 

「心配ばかりかけられて、嫌にならないか? ハンターなんて仕事はいつ死ぬか、分かったもんじゃない。……それに、相手は古龍だ。まともな相手じゃない。逃げるべきだ。みんな死ぬ」

「でもそうしたら、誰が戦うんですか? 誰が……私達を助けてくれるんですか?」

 自分はハンターじゃないから戦う事は出来ないですと、彼女は小さく俯きながらそう言う。

 

 

 本当は戦って欲しくない。不安だ。一緒に居て欲しい。

 

 

 だけど、そうしたところで何かが変わる訳がない事くらいは彼女でも分かる。

 

 

 

「昔、私ドンドルマに住んでたんです。小さい頃だったから私はあんまり覚えてないんですけど、古龍が来た事を知ってますか?」

「……テオ・テスカトル、だな」

 唇を噛みながらケイドはそう答えた。彼女はそんな彼の表情は見ずに、何処か遠くを見ながらこう続ける。

 

「その時、私その古龍に襲われそうになって。どうしてそうなったのかは覚えてないんですけど、怖かったのだけは覚えてるんです。……本当に、怖かった」

 今でもあの時の事を思い出すと身体が震えた。

 

 物心着く前の出来事だったのに、恐怖だけは身体に染み付いて消えてくれない。

 

 

「でも、一人のハンターさんが私達を助けてくれた。……いや、一人じゃなくて……あの日古龍と戦ってくれた百人のハンターさんが私達を助けてくれた。きっと一人でも居なかったら、私は死んでいたと思います。……ジャンや、お兄ちゃんが今戦っている。もし、一人でも居なかったら、誰かを助けられないかもしれない」

 彼女はそう言ってからしばらく間を開けて、こう口を開く。

 

 

「勿論心配だし、嫌だけど。……皆死ぬ為に戦ってるんじゃないんです。生きて、勝つ為に戦ってる。私達を守る為に、自分の答えを見つける為に、戦ってる。だから私は……私達は応援するしかないじゃないですか」

 悔しそうな、だけどどこか安心しているような表情でシータはそう言った。

 

「……それで大切な人が死んでも、良いのか?」

「嫌ですよ」

 ハッキリと答える。

 

 

「だから、私は全力で応援してます」

 強く言って、彼女は町の外に視線を向けた。

 

 少なくともジャンは自分の為に戦ってくれている。兄も、その仲間達も、町を守る為に戦ってくれている。

 

 

「今は自分に出来る事を、誰もが必死にやる時なんだと思います。私には、これくらいしか出来ないですけど……」

「……いや、きっとそれは力になってる」

「え?」

 町の外を見ていたシータがそんな言葉に振り返るも、ケイドはその場から姿を消していた。

 

 

 不思議に思いながらも視線を戻そうとして彼女は何かを思い出したかのようにまた振り返る。

 記憶の端にある大きな背中。大剣と、優しい笑み。そして恐怖以上に感じた安心感。

 

 

 ──よしチビ達、もう大丈夫だ。俺達が来たからにはドンドルマも安全さ。まずはお兄さんに着いてきなさい──

 

 

「あの時の……」

 目を見開いて、避難所を見渡す。しかし、男の姿はどこにも見当たらなかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 爆炎がゴグマジオスを包み込む。

 火に弱いという情報を元に、火属性の武器やボウガンの弾を使っているのが効いているのか、ゴグマジオスは悲鳴のような鳴き声を上げた。

 

 

 しかしそれでも、ゴグマジオスは倒れるそぶりどころか逃げようとするそぶりも見せない。

 確実に、少しずつ町に近付いている。どうして町に? そんな事を考える暇もなく、狩人達はこれ以上の進行を防ぐ為に戦うしかなかった。

 

 

「とっておきでケツでも掘ってやるか」

 口角を吊り上げながら、ダービアはヘビィボウガンを構える。

 彼が引き金を引くと、ボウガンの銃口はまるでブレスを放つ前のゴグマジオスの口のように光りだした。

 

「くらいなぁ!」

 そうして放たれた弾丸は、ゴグマジオスの背中に命中したと同時に爆炎を上げる。

 スーパーノヴァと名付けられたその狩技は、かの龍の技を彷彿とさせた。

 

 

 ゴグマジオスは悲鳴を上げながら、ついにその脚を崩して地面に横たわる。巨大な古龍のダウンを奪った。

 潰されそうになった狩人も居たが、なんとかその被害はゼロに収まる。隙だらけのゴグマジオスに群がる狩人達は、各々の得物を存分にゴグマジオスに叩き付けた。

 

 

 そんな中で、一人だけ。渓谷の壁を背に座り込んでいるレイラは口元を押さえながらなんとか立ち上がろうとする。

 

 でも、身体は動かない。震える身体は情けない液体を漏らした。

 

 

 立ち上がろうとするゴグマジオスの翼脚に潰されて一人の狩人が命を落とす。

 それを見て彼女は胃の中の物を吐き出した。

 

 

 怖い。

 

 

 ゴグマジオスがではなくて。

 

 

 こんなに簡単に人が死ぬのが、怖い。

 

 

 

 いつ自分がそうなるかも分からなくて、いつ知り合いが肉片に変わるのかも分からない。

 そんな事を想像するとまた吐き気がして踞る。

 

 

 何が父親の不名誉を取り消すだ。

 英雄になんてなれやしない。英雄なんていない。

 

 あるのは突然、何の意味も分からないまま死ぬだけの現実。

 

 お父さんが頑なまでに自らを英雄ではないと否定してきた理由がやっと分かる。

 

 

 

 こんなのは、人が対峙していい相手ではない。

 

 

 

「ブレスが来ます!」

 ライトボウガン使いの少年が少し離れた所からそう言った。

 

 ゴグマジオスは頭を左に向けると大口を開いて黒い液体を吐き出し始める。

 初めは「なんだ?」と思っていた目の前にいた狩人が拍子抜けだと武器を構えたその瞬間だった。

 

 黒い液体───重油が発火し熱線となってその狩人を焼く。

 

 

 そのままゴグマジオスは、ブレスで辺りを薙ぎ払うために頭を振り始めた。

 盾でガードする者、なんとか懐まで潜り込んで難を逃れる者。逃げ切れず、炎に焼かれる者。

 

 その全てがレイラの目に映る。

 射程は短く町に被害はない、薙ぎ払っているため大きな盾があればなんとかガードは出来るようだ。

 しかしガードを選択した狩人達の半数以上が戦闘続行不可能な程の火傷を負ってしまう。中にはそれで命を落とす者もいた。

 

 

 そして光はレイラに向かってくる。

 

 

 動けなかった。

 ただ怖くて、戦う理由が分からなくて───

 

 

「レイラ!!」

 そんな彼女の前に大きな盾が構えられる。

 

 ロストバベル。

 彼女の母親が使っていたランス。英雄の槍と盾。

 

 

「俺の後ろに……っ!」

「イアン……っ?!」

 次の瞬間、光を二人が包み込んだ。

 衝撃で吹き飛ばされそうになる身体を必死に押して、イアンは言葉にならない声を上げながら必死に盾を構える。

 

 薙ぎ払いのブレスをその盾が受け止めていたのは一瞬かもしれない。しかし、永遠に感じる程に果てしないエネルギーを受け止めたイアンは膝を地面に付けた。

 

「……っぅ。ハハッ、死ぬかと思った」

「イアン……どうして」

 苦笑いをするイアンにレイラが手を伸ばしている間に、ジャンとニーツがブレスを吐き終えたゴグマジオスの頭に太刀と斧を叩き付ける。

 怯んで咆哮を上げるゴグマジオスを尻目に、振り向いたイアンはレイラに手を伸ばした。

 

 

「立つんだ」

「でも……私、怖くて。こんなに怖いなんて知らなかった! お父さんの気持ちなんて、死んだ皆の気持ちなんてわかってなかった! それなのに私はお父さんの不名誉がなんだって、そんな事考えて……私なんて───」

「逃げても良いんだ」

 静かにそう言って、イアンはレイラの手を無理矢理引っ張って立たせる。

 

 

「生きて英雄になるか、死んで英雄になるかなんて、そんなのどちらが正しいかなんて誰も答えを持ってなんかいない。でも、何も答えを見つけてないのに死んだら……本当にただの無駄死にだ。だったら逃げた方が良い。笑われたって、英雄になれなくたって、意味もなく死ぬより遥かにマシだ。……だから、生きる事から逃げちゃダメだ!」

 そう言ってイアンは振り向き、槍と盾を構えた。

 

 

「……俺も、怖いよ」

「イアン……」

 そうか。

 

 

 怖いなんて、皆一緒。

 だけど、私になかったのは戦う理由なんだと思う。

 

 誰かの為にとか、自分の為にとか、そういう具体的な事でなくても良い。

 何か答えを持って、それぞれの意思を持って戦っているんだ。

 

 

 その答えを持っていなくたって、答えを探す為に戦う人だっている。

 

 

 

「イアン、私もね───」

「レイラ?」

 なら、私も───

 

 

「───私も、何の為に戦うか……その答えを探す為に戦う。お母さんやお父さんの気持ちを知る為に……戦う!」

 お母さんだって死ぬ為に戦った訳じゃない。勿論、お父さんだってそうだ。

 

 

 きっと何か答えを探す為に、必死で生きて、必死で戦ったんだと思う。

 

 

 

 だから、二人が見つけられなかった答えを見つける為に戦うんだ。

 

 

 

「行こう」

「死ぬなよ!」

「イアンも!」

 二人の狩人が前線に加わる。

 

 しかし、この時点で十数人の狩人が命を落としていた。

 ゴグマジオスはダメージを受けているそぶりを見せてはいるものも、一向に後退しようとはしない。

 

 

 

 そして遂にゴグマジオスは町の入り口まで辿り着く。

 避難所とはまだ離れているが、火薬庫は目と鼻の先だ。

 

 

 最悪の場合、として想定していた作戦を選ばざるえない。

 サリオクは唇を噛みながら、狩人達に一度離れる事を指示する。

 

 

「火薬庫を起爆する。全員耳を塞げ!」

 爆音は避難所まで届くだろうが、そんな事を気にしている暇はなかった。

 

 町の一割が消し飛ぶ量の火薬が倉庫には眠っている。ゴグマジオスが火薬庫に自ら近付いて来たのは、むしろ運が良かった。

 

 

 しかし、なぜ?

 偶然か。必然か。

 

 

 どうして火薬庫に。

 

 

 勿論ゴグマジオスが火薬庫の存在を知っているなんて、そんな事は───

 

 

 

「まさか……」

 エドナリアはそこで、ゴグマジオスの発見当初の事を思い出す。

 

 

 ドンドルマ周辺にて、広範囲に及び火薬盗難被害が相次いでいた。

 

 厳重な倉庫に保管されていた火薬も、その倉庫を破壊してまで盗まれている。

 しかし、盗まれたのは火薬のみで他の物には手がつけられていない。さらに現場には謎の黒い液体。

 

 

「そんな……」

「な、な……はぁあ?!」

 目を見開いて驚くエドナリアの隣で、サリオクは口を開いたまま固まってしまった。

 

 ゴグマジオスは火薬庫に近付いたかと思えば、建物を破壊し火薬庫に向けて頭を下ろす。

 

 

 衝撃でいくつもの爆弾が着火し、爆発した。

 ゴグマジオスを炎が包み込む。結果オーライ。これでゴグマジオスに大ダメージを与えられた筈だ。

 

 そう楽観視出来なかったのは何故だろう。

 

 

 

 ゴグマジオスは炎の中で頭を持ち上げて、弱ったそぶりも見せない咆哮を上げた。

 広げられた翼が爆煙を吹き飛ばし、火炎の中で吠える龍が狩人達の視界に入る。

 

 

「火薬を……食べたのですか」

 これが古龍。

 

 

 巨戟龍───ゴグマジオス。

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