どうしてここに立っているのだろうか。
十八年間。その答えは分からなかった。
だが、だからこそ、俺はここに立っているのかもしれない。
「借りるぞ」
光を放とうとするゴグマジオスとサリオクの間に突然現れた一人の男は、サリオクから弓を奪い取る。
「あなたは───」
サリオクが驚いたのは、奪われた弓が投擲されたからではない。目の前に現れた男が此処に居る理由が分からなかったからだ。
投擲された弓はゴグマジオスの頭部を襲い、事前に放たれた矢の衝撃も相まってその頭部を跳ね上げる。
放たれたブレスは天に向かい逸れて、光の柱を空に掛けた。
「───ケイド・バルバルス」
それが、男の名前である。
「……お父……さん?」
「どうして……」
たった一人の英雄。十八年前、テオ・テスカトルを討伐した狩人。
その男をよく知る二人は倒れたまま、唖然とした表情でその姿を瞳に映した。ブレスの熱で空気が歪むが、それでも彼の姿を見間違える事はないだろう。
コーラルやサリオクが何度頼み込んでも、彼は戦わないの一点張りだった。それがなぜここに来て。いや、しかし、そんな事よりも───
「私の弓がぁぁぁあああ!!!」
ケイドに投げられた弓はゴグマジオスのブレスによって灰になってしまう。
それがなければ、彼が助けてくれなければそうなっていたのは自分だが。それにしても人の武器を勝手に投げるなんてあんまりだ。
「時間を稼ぐ」
悲痛の叫びを上げるサリオクだが、ケイドはそれを無視して背中に背負った大剣に手を添える。
ゴグマジオスは突然の攻撃に苛立ちを見せるように咆哮を上げた。そんなゴグマジオスに肉薄するように、ケイドは地面を蹴って一気に距離を詰める。
「え、援護を───」
「要らん。邪魔だ……ッ!!」
そう言いながら走るケイド。ゴグマジオスは彼を敵と認識して再びブレスを放とうと大口を開いた。
「───炎が弱点だったな」
そんなゴグマジオスの懐に一瞬で潜り込み身体中から垂れて自慢で爆発する重油を避けながら、ケイドはゴグマジオスの右脚をその大剣で切り裂く。
血飛沫が上がり、ゴグマジオスの血肉を炎が焼いた。
ケイドの持つ武器、大剣───テスカ・デル・ソル。
炎王龍テオ・テスカトルの素材を用いて作られたその大剣は、炎の王の名に恥じない熱を放ち切り裂いた肉を焼き切る。
彼がその剣を選んだのは、彼が持つ武器の中でも最上級の物だったからという理由だけではなかった。
事前にアーツ・パブリックが命を賭して手に入れた情報。その一端に触れた彼だからこそ、この武器を選んだのである。
それを見て、ニーツはその頬に涙を垂らした。
兄の死は無駄になっていない。今ここに彼の命が生きている。
「今のうちに体制を立て直せ!!」
決定打にはならなかったが、右脚のバランスを崩して動きを止めたゴグマジオスの前でケイドはそう叫んだ。
唖然としていた狩人達は、急いで回復薬を取り出したり仲間の救助に向かう。
「お父さん……どうして」
そんな中でレイラは、巨大な龍に一人で立ち向かう父親の姿に戦慄していた。
英雄の父。しかし、それをずっと自ら否定してきた父が今こうして戦っている。どうして───
「炎が弱点なくせに火を吐くのか。……おい、お前は炎の王だろ。こんな奴に負ける訳ないよな? ずっと眠らせてたんだ、余計な枷は外してやるから……見せてみろよ、お前の力」
まるで大剣に龍の魂を宿しているかのように、ケイドは背負った大剣に熱を感じていた。
炎の王の意地か、それとも呪いか。
どちらでもいい。今はこの力が必要だから。
「一人でやろうってかぁ……?」
倒れている狩人に回復薬を飲ませながら、怪訝な表情でダービアはケイドに視線を向ける。
防具は着ていない。ただの普段着に、真っ赤な身の丈程の大剣を背負う狩人。
そんな彼の瞳は燃えるように赤く鈍い光を漏らし始めた。
「……獣宿し」
誰かがそう言うが先か、ケイドは地面を蹴って再びゴグマジオスに肉薄する。
威嚇するように口を開くゴグマジオスを前に彼は背負った大剣を地面に叩きつけ、その勢いのまま身体を宙に浮かせた。
まるで三日月を描くように、空中で垂直に回転するケイドはそのまま大剣をゴグマジオスの頭部に叩きつける。
血飛沫が上がり、巨大な頭が地面に叩きつけられた。それだけでゴグマジオスが倒れる事はないが、これまでダメージらしいダメージを与えられていなかっただけにそれは大きな一撃になる。
しかし、ゴグマジオスもやられているばかりでいる筈がない。
直ぐに頭を持ち上げた龍は、空中で身動きが取れないケイドにその大顎を開いて牙を向けた。
大剣を前に突き出し、鋭い牙を防ぐケイド。しかし続けざまにゴグマジオスの前脚が彼の身体を弾き飛ばす。
まるで砲弾のように彼の身体は瓦礫の山に叩きつけられた。それを見てレイラは悲鳴をあげる。
「お父さん……っ!!」
丁度彼が飛ばされた瓦礫の近くにいたレイラは、瓦礫の近くまで走ってそう声を上げた。
そんな彼女の前で瓦礫が持ち上がって、赤黒く瞳を光らせる一人の狩人が立ち上がる。
「何してる、回復に専念しろ」
身体中に傷を負ったケイドはしかし、レイラにそうとだけ言って再び地面を蹴った。
「大丈夫だ。任せろ」
通り過ぎ側にそう言った彼は、再びゴグマジオスの前に立って大剣を振り上げる。
しかし巨体に似合わない反応速度でそれを交わしたゴグマジオスは、再び前脚をケイドに向けて振り下ろした。
横に飛んでそれを交わしたケイドは、一度周りを見渡して更に地面を蹴って走る。
一人も狩人がいない場所まで走る彼をゴグマジオスはなんの迷いもなく頭で追い掛けて、その大口を開いて光を漏らした。
何度も仲間達を焼いたブレスに狩人達は一瞬表情を引き攣らせるがそんな狩人達の心配もつかの間、ケイドは手に持った大剣を突然持ち上げ───それを投擲する。
ブレスを放とうとするゴグマジオス。その口の中に、テスカ・デル・ソルが突き刺さった。
声にならない悲鳴をあげながら、ゴグマジオスはそれでもブレスを放つ。
痛みで揺れる頭から放たれた光は渓谷の壁を焼き、地面を燃やした。
そんなブレスを避けながら、ケイドは走ってゴグマジオスの懐に潜り込む。
ブレスを吐き終わったゴグマジオスの口の中に刺さった大剣を引き抜き、その身体を血飛沫に濡らしながら彼は口周りに着いた血を舌で舐めとって龍を睨んだ。
ゴグマジオスもそんな彼を一点に怒りの矛先を向け、空気を震わせるような咆哮を上げる。
空気の振動に揺られる事もなく、ケイドは三度ゴグマジオスの懐に入り込みその大剣を振りかざした。
血飛沫と砂埃、重油が混じり合って視界が揺れる。
「使ってやるからもっとよこせ。こんなもんかよ、お前の力は……っ!!」
そんなケイドの声に応えるように、テスカ・デル・ソルは刀身から炎を上げてゴグマジオスの肉を焼いた。
「動きが……見えない」
回復薬を飲み終わったエドナリアは、目を見開いてその戦いに視線を向ける。
いくつもの死線を潜り抜けてきた彼女でさえ、その戦いの光景は異様だった。
圧倒的な力を持つ古龍と同等にその剣を振るう狩人。
もはやどちらがモンスターか分からない。何人もの狩人が攻撃してビクともしなかった巨大な龍が、狩人一人にその殺意を向けている。
これが英雄。たった一人の英雄───ケイド・バルバルス。
「ち───っ?!」
しかし、一人でゴグマジオスを抑えていたケイドを背後から巨大な爪が切り裂いた。
他のモンスターか現れた訳ではない。ゴグマジオスはケイドを前脚で牽制しながら、その翼脚を振り下ろしたのである。
地面に叩きつけられたケイドは、さらにゴグマジオスの頭に弾き飛ばされて再び瓦礫に埋まった。
そして周りには眼もくれず、ゴグマジオスは倒れたケイドに追撃を加えようと走る。
この巨体が、まるで牙竜種のように駆ける姿は異様だった。
振り下ろされた翼脚は、倒れたケイドの右腕を踏み砕き跡形もなく潰す。
血飛沫と砂埃が上がった。本当は身体を丸ごと潰される位置にいたケイドだが、すんでのところでそれを交わしたのである。
「……あぶねぇな」
潰れた右腕を横目で見ながら、しかしケイドは繋がっていた皮一枚を引きちぎって立ち上がった。
地面を蹴って、大剣を拾う。それを左手一本で持ち上げる狩人は、再びその眼光を赤く光らせてゴグマジオスを睨んだ。
それに応えるように、ゴグマジオスは咆哮を放つ。どうして目の前の生き物が立っているのか、不思議でならない。
「どうした。俺はまだ生きてるぞ」
そんな挑発めいた言葉の意味を知ってか知らずか、ゴグマジオスは再びその大顎を開いた。
「……時間は稼いだぞ、馬鹿野郎共」
目を瞑り、そんな言葉を漏らす。
瞳の奥に最愛の妻が見えた気がした。
「一斉攻撃!!!」
サリオクのそんな言葉と共に、ブレスを放とうとしたゴグマジオスの周りを、回復した狩人達が囲み始まる。
完全回復とまではいかないが、狩人達が動けるまでの時間をケイドは充分に稼いでいた。
周りの狩人達から意識が離れていたゴグマジオスは、突然の猛攻に怯み後ずさる。
その時、初めてゴグマジオスが後退した。
「……俺は」
視界が揺らぐ。
地面に倒れたケイドは、ゴグマジオスに片手を伸ばした。
「お父さん!!」
「ケイドさん!!」
倒れた彼の元にレイラとイアンが走ってきて、レイラが彼の身体を抱き上げる。
完全に失った右腕。肩から流れ出る夥しい量の血液を止血するために、彼女はポーチから布を取り出してキツく傷口を縛った。
「飲んでください。秘薬です……っ」
イアンは虚ろな表情のケイドに秘薬を突き出す。
「俺は……」
ケイドはどこか遠くを見ながら、小さな声でボソボソと言葉を漏らした。
「お父さん……。どうして……。……あんなに戦わないって言ってたのに。またこんな……一人で!」
「どうして、だろうな。俺は……なんで戦えたんだ?」
虚ろに手を伸ばしながら、彼は娘の涙を拭おうと片手を持ち上げようとする。
しかし持ち上げようとした右手は無くて、ふと空気を漏らして笑った。
「……一人か。俺は一人だったか? あの時も、今も。いや多分、違うんだ。仲間がいた。百人近い仲間がいたから……俺は戦えた。ずっと、どうしてあの時戦えたのか……俺はその答えが分からなかった。だけど……ようや───ガハッ」
血反吐を吐き出す。
イアンが秘薬を飲ませようとその口に瓶を近付けるが、彼はそれを払いのけて再び口を動かした。
「───俺は……皆が死んだなんて思ってなかった。皆の想いがまだ生きていて、だから……仲間が居るから戦えたんだ。俺はたった一人の英雄じゃない。百人の内の……一人」
手を伸ばして拳を握る。
ずっと分からなかった答えが、やっと分かった。
名前も知らなければ顔も見た事のない狩人達。
今と同じ光景を、どこかで見たのだろう。
「想いを繋いで……古龍を倒したのは俺一人じゃない。皆の、力で俺は……。だから、今回も───」
彼はそう言って体を持ち上げると、イアンから秘薬を受け取ってそれを一気に喉に流し込んだ。
勿論欠損した右腕が戻ってくるわけではない。それでも、幾分か軽くなった身体を持ち上げて、狩人は得物を背負う。
「お前達の……いや、何度も声を掛けてくれた仲間達のおかげだ。ここまで想いを繋げてくれた皆が居たから、俺はここに居る」
真っ直ぐに前を見て、たった一人の───否、一人の英雄は二人を見比べて笑った。
「お父さん……」
「ケイドさん……」
「俺の答えは見つかった。お前達はどうだ?」
優しい瞳は、彼が一人の父親である事を思い出させる。
二人はお互いの顔を見合わせて俯いた。しかし、ケイドはそんな二人の頭を順番に撫でて顔を持ち上げる。
「見つけに行けばいい。直ぐ先に応えはある」
彼の視線の先には、ゴグマジオスと戦う数十人の狩人の姿があった。
この光景を見たかったのかもしれない。
仲間達が龍と戦う姿。その中に自らが混じる光景を。
「勝って、生き残って、一人の英雄になれ。きっとその時には答えは見付かっている」
たった一人の英雄はいない。
そう言って、一人の英雄は大剣を構える。
「まだ、やれるな」
まるで大剣に話しかけるように言葉を漏らしたケイドは、瞳を閉じて瞼の裏の仲間達と目の前の光景を見比べた。誰かが手を振った気がする。
「───今行くぞ。一緒に戦おう」
あの日、彼は間に合わなかった。
でも今は違う。
「レイラ……。俺は、なんで戦うか分かったかもしれない」
「私のお父さんに憧れたから?」
「……内緒だ。この戦いが終わったら教えるよ」
そう言って立ち上がるイアンを見て笑うレイラは「なら、生き残らなくちゃね」と剣を抜いた。
「行くぞ!!」
ケイドのそんな掛け声と共に、三人の狩人が地面を蹴る。
ゴグマジオスは翼脚で周りを薙ぎ払いながら、自らをここまで追い詰めた元凶に向け咆哮を上げた。
沈め。
掻臥せ。
戦渦の沼に。
一番書きたかったシーンその二。実はとある作品のオマージュになってます。分かる人いるかな……?
そんな訳で、なんと次回最終回です!お楽しみください!!