沈め掻臥せ戦禍の沼に   作:皇我リキ
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偶然か必然か

「あのケイド・バルバルスに会った……? 見間違いだろう?」

「見間違いじゃない。俺があの人を見間違える訳ないだろう」

 ドンドルマ下町のとある酒場にて、工房から帰ってきたイアンは酒場で待っていたジャンと合流して後日の予定を話し合っている。

 

 

 彼等二人はドンドルマ近くの町に住むハンターだが、立地の関係上ドンドルマに立ち寄る事が多い。

 そろそろドンドルマに宿を構えた方が良いかと考える事もあったが、町にはジャンの伴侶が住んで居るためそうもいかなかった。

 

 そんな会話の中で、イアンは先程初めて行ってみた工房でドンドルマでも有名な英雄に出会ったと語る。

 もう店も閉まっているから今から行っても会えないというイアンの言葉に、ジャンは胡散臭さを覚えていた。

 

 ただ、イアンはそういった冗談を言う男ではない。その事は自らの伴侶であり彼の妹であるシータよりも自分の方が知っていると、ジャンは自覚している。

 

 

「まぁ、つまり、あのケイド・バルバルスがイアンにスゲーランスをくれるって話か。ただ、二日間ドンドルマで待ってなきゃいけない」

「そう言う事だから、先に町に戻っていてくれないか? シータが心配してるだろうし」

「それは良いんだが───」

「父さんをそんな異名で呼ぶな!」

 ジャンの声を遮る、少女の声。

 

 

 酒場には他の客もいてうるさい事はうるさかったのだが、ここまで大きな声が上がると流石の二人も気になって声の主に視線を向けた。

 

 

「……っおぉぉ、痛い! 腕が折れちまった。なんて事しやがる!」

「アーツ兄さん! おいおい、やってくれたなぁ」

「ニーツよぉ、落とし前、付けといてくれよぉ〜」

「あいよ、アーツ兄さん」

「ちょ、ぇ、何よあんたら……はぁ?」

 どうやらまだ若い少女がタチの悪いチンピラに捕まっているらしい。

 

 

 それを見て直ぐに立ち上がるイアンにジャンは手を伸ばすが、その手は届かない。

 

 

「へっへ、こりゃ弁償だぜ。一緒に夜のクエストに行って貰おうか!」

「ちょ、離しなさいよ!」

「おい酔っ払い。その娘を離せよ」

 頭を抱えるジャンの前で、青年は少女の手を掴む腕を払いのける。

 

 

「……んだぁ? テメェ」

「離せって言ってるだろ」

「やんのかオラァ!」

 男は拳を振り上げるが、それは払い除けられるように受け流され、逆に青年の拳が男の頬を殴り飛ばした。

 

 宙を舞う男。彼の兄はそれを唖然とした表情で眺めている。

 

 

「こんなか弱い女の子を捕まえて。……お前らそれでもハンターか!」

「お、おいイアン! あー、もう、やっちまった」

 ジャンは頭を抱えてその光景を見ていた。

 

 

 正義感──誰かを守るという気持ち──が誰よりも強いイアンを止める事は古くからの友であるジャンにも叶わない。

 

 

「んなろぅ!! よくも弟をやってくれたなぁ!!」

 イアンと男が取っ組み合う中で、ある者はギルドナイトを呼びある者は面倒事を避けて店から出て行く。

 

 アーツ達兄弟が慕っていたダービアという男も、両手を広げながら店を出て行ってしまった。

 しかし兄弟はそんな事にも気が付かずに、イアンと取っ組み合いを続ける。

 

 

「……偶然なんてものは必然の別の言い方だよなぁ。英雄の時代の若者は血気盛んで頼もしい」

 ダービアがジャンの脇を通り過ぎながらそう言葉を落としたと同時に、緑青色のスーツを着た金髪の女性が店に到着した。

 

 ギルドナイト。

 未知のモンスターの情報収集や密猟者の取り締まり等、ギルドの直属で働く者達である。

 

 

 

「ギルドナイトよ。関係者全員、拘束します」

 影の噂では対ハンター用ハンターとも言われているギルドナイトは悪行を働くハンター達に恐れられているが、現れたのはまだ顔立ちも若い女性だ。

 

 酒に酔っていたアーツとニーツは、お互いの顔を見合わせて笑い共通の意思を確認する。

 

 

「おいおいねーちゃん、こちとら忙しいんだよぉ」

「そうそう。それともなにかぁ、ねーちゃんも俺達と夜のクエストに───ゴホッ?!」

 その場に居る誰もが何が起きたか分からなかった。

 

 

 ギルドナイトの女性は地面に倒れたニーツをゴミを見るような瞳で見下ろし、アーツに「自分もこうなりたいか?」と目で諭す。

 その場に崩れ落ちるアーツを尻目に、女性は彼等と取っ組み合いをしていたイアンや関係者だろうレイラの方を見て口を開いた。

 

「全員連行です」

 静まり返る酒場で、ジャンは深くため息を吐いてから「関係者ですと」と名乗り出る。

 

 

 連行される五人を店の外で見ていたダービアは「おっかないねぇ」と横目で彼等を見ながら酒瓶を持ってその場を後にした。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「つまり、そこの彼女にこの二人が喧嘩を売って。それを止めようと君が割って入って乱闘になった……と」

 眼前で座る四人のハンターを見下ろしながら、ギルドナイトの女性はそう口を開く。

 

 

 彼女の名はエドナリア・アーリア・シュタイナー。ドンドルマギルド所属のギルドナイトだ。

 件の酒場の付近を見回っている最中に騒ぎを聞きつけ向かったのだが、よくあるハンター同士のイザコザで内心はホッとしている。

 

 ギルド内部では先日から巨戟龍の件で大忙しで、正直一般人が巻き込まれただとか死人が出たとかでなければ軽く事情を説明してもらい帰ってもらうつもりだった。

 

 

「お、俺達はただ話しかけただけだぜ! なぁ、ニーツよ」

「お、お、お、お、俺?! うぇ?! な、何だアーツ兄さん?!」

 どうやら弟のニーツは酒場でエドナリアに叩き伏せられたのがトラウマになっているようで、未だに震えている。

 

 見兼ねたアーツだが、ふと酒場での事を思い出せば「仕方ないか……」と哀れみの目を弟に向けた。

 

 

「コイツら、私の父さんの事をたった一人の英雄って馬鹿にしたのよ!」

 感情的な言葉を放つレイラ。それを聞いたエドナリアは目を見開いて驚く。

 

 たった一人の英雄。

 十八年前、百人の英雄が古龍と戦い一人だけが生き残った。

 

 表では彼は古龍を打ち破った英雄として讃えられたが、その一方で一人だけ逃げ回って生き延びたという不名誉な噂が飛び交う。

 彼──ケイド・バルバルス──の事をたった一人の英雄(・・・・・・・・)と呼ぶのはそんな称讃と皮肉を混ぜた言い方だった。

 

 

 

「あなた……彼の娘なの?」

 街に住んでいる者なら誰もが知っている英雄。しかし、そんな彼はかの戦いの後直ぐにハンターを引退して街の隅っこで大人しく暮らしている。

 街に住んでいる者でも彼に娘が居る事すら知る者は少なかった。

 

 一方で、彼に妻がいた(・・)事は有名な話だが。

 

 

 

「ハッハ、事実じゃねーか! 九十九人の英雄を見殺しにして、一人だけ英雄になった男だろう?」

「……っ。あんた!」

「やめなさい」

 エドナリアの低い声で場は静まり返る。強気なレイラだが、彼女がニーツにした事を目の前で見ており逆らって良い人間かそうでないかははっきりしていた。

 

 

「あんたらにケイドさんの何が分かるってんだ。目の前で見てたのか?」

 イアンは小さくそう言う。

 

 彼の中で、ケイドはたった一人の英雄などではなかった。

 信頼し合える仲間にその場を託し、イアン達兄妹を救ってくれた英雄達の内の一人なのである。

 

 

「見てなくてもよぉ、あの戦いで一人だけが生き残ったなんておかしいだろ」

「そ、それは……」

「あんたいい加減に」

「だからやめなさい」

 人数が増えた言い争いをエドナリアは溜息を吐いて止めた。

 

 少なからずだが、ケイドを英雄と讃える人達と臆病者と罵る人達で言い争いになる事はよくある事である。

 レイラに関してはその件で良くギルドナイトにお世話になるのだが、エドナリアは最近になってギルドナイトになったのでそんな事は知りもしなかった。

 

 

「エドナ、彼等は?」

 困った人達だとエドナリアが頭を抱えている所で、彼女の上司が肩を叩きながらそう聞いてくる。

 

「コーラルさん……。あ、いえ、酒場で暴れている所を見掛けまして。謹慎処分にしようかと」

 ハンター同士のイザコザは大抵の場合厳重注意で終わるのだが、新人のエドナリアはマニュアル通り彼等を謹慎処分にしようとしていた。

 イアンはともかく、良くギルドナイトにお世話になるレイラもこれには驚いて、声を揃えて「それは困る!」と声を上げる。

 

 

「いやいや、エドナ。謹慎処分はやり過ぎだよ」

 長身に白髪を伸ばした中年の男は、エドナリアの肩を二度叩きながら笑顔でそう答えた。

 彼はコーラル・バイパー。ドンドルマでギルドナイトを務める、ハンターとしても優秀な人物だ。

 

「レイラ、父親の事で熱くなりすぎるなと何度言えば良いのか。いや、君は言っても聞かないだろうが」

「父親の事を悪く言われて、黙っていろって?!」

 噛み付くような表情でコーラルにそう言うレイラ。

 彼女は時々こうやって問題を起こすのだが、その度に仲裁に入るのがこのコーラルである。

 

 

 彼はケイドの友人で、かの龍の時の事もあってレイラの事を良く気にかけていた。

 

 

「……そうだな」

 優しく呟くコーラルは、アーツ兄弟を同じ表情で見ながら口を開く。

 

 

「ケイドが臆病者なら、あの戦いに挑まなかった私は一体何者なのか。……君達は分かるかい?」

「さ、さぁ……。い、いや、誰も臆病者なんてなぁ? ニーツ」

「そ、そうだぜ?! 俺達は何も臆病者なんて言ってない!」

 その言葉を聞くと、コーラルは笑顔で頷いた。

 

 レイラは不貞腐れつつも、世話になっている彼に背く気にもならない。

 一方でイアンやエドナリアは彼の事をただ、凄い人だと憧憬の眼差しで見詰める。

 

 

「彼等には謹慎の代わりに調査クエストに向かって貰おう。今丁度募集するつもりだったんだ」

 そして唐突にそう語るコーラルを見て、エドナリアは目を丸くした。

 

「な、何を言っているんですか?! ゴグマジオスの調査は私が行く予定では?」

 コーラルに詰め寄るエドナリアだが、そんな彼女を彼は押し戻して落ち着くように目で諭す。

 

 

 そんな二人を見る四人の反応だが、四人が四人共口を開けて唖然としていた。

 ゴグマジオスという名詞に誰一人として心当たりがないからである。

 

 

 

「予定が変わった。ゴグマジオスはクシャルダオラ以上に危険なモンスターだ。……十八年前同様、百人体制で迎撃を行う。その為の準備に我々ギルドナイトは忙しい。調査も一般のハンターに依頼する事にした」

 前日に報告されたゴグマジオスという古龍の出現。

 

 その為にギルドは緊急の対策会議を開き、ゴグマジオスの撃退準備を急ぐ事になった。

 

 

 そのゴグマジオス発見のきっかけとなったのはこの場にいるイアンの報告だったのだが、彼自身もあの時見た龍が何者だったのか分かっておらずコーラルの言葉の意味が分からない。

 

 

 

 ただ分かるのは、再びこのドンドルマに古龍が近付いている。ただそれだけだった。

 

 

 

「俺達にモンスターの調査だぁ? 冗談じゃねぇ!」

「そうだぜ。狩りならともかく、調査なんてつまらねー事したくないね」

 アーツ兄弟達はそう言うが、コーラルが「では、謹慎処分という事に」と口を開くと慌てて言葉を訂正する。

 

 レイラは何かを考えるように塞ぎ込んで、その間にイアンは立ち上がって口を開いた。

 

 

「……古龍が街に近付いているんですか?」

「その通りだ。詳細は現在調査中だが、巨大な槍を背負った龍の発見報告をしてくれたのは……確か君だったね。イアン・ジスティ君」

 コーラルはそう付け足して、イアンの言葉を肯定する。

 

 

 

 このドンドルマに再び古龍が近付いているという事実に、その場にいた四人のハンターは驚愕を露わにした。

 

 

 

「ちょ、調査って……古龍のだったのか。そりゃ! 話が別だぜ」

「あ、アーツ兄さん?! 本当に行く気なのか?!」

 普通にハンターとして生活していても、古龍に合う事が出来るのは一生に一度あるか無いかだと言われている。

 勿論個体数の少なさ故もあるのだが、古龍に会ったがそのハンターの最期という逸話もある程に古龍の力は壮大なのだ。

 

 ニーツがアーツの正気を疑うのは道理である。

 

 

「馬鹿野郎お前、英雄になるチャンスだぜ。調査と言わず、倒してやってもいいくらいだ!」

「アーツ兄さん……」

「勿論、無茶をしろとは言わない。古龍だが、超巨大生物に分類される程の巨体を持つモンスターだ。倒す事も、戦う事も叶わないだろう。ただ、調査をしてもらいたい」

 報告ではその全長は五十メートルに達すると言われていた。

 

 

 そんな巨大なモンスターであれば、近付いたとて戦いになる事はないだろう。

 それを聞いて、ニーツは肩を下ろした。ある意味では安全である。

 

 

 

「勿論誰でも良いという訳ではない。君達二人はドンドルマでも優秀なハンターだ。信じているよ」

 アーツ・パブリック、ニーツ・パブリックは兄弟共にハンターとしてそこその名の売れているハンターだった。

 

 そんな二人の肩を叩くコーラルは、次にイアンとレイラに顔を向ける。

 

 

「イアン君、君の報告のお陰でゴグマジオスを発見する事が出来た。また少しだけ、我々に力を貸して欲しい」

「も、勿論です!」

 イアンにはずっと憧れていた人がいた。

 

 絶対的な脅威に立ち向かい、誰かを守る為命を賭して戦った英雄。

 そんな彼らのようになりたいと願っていた彼にとって、またとないチャンスである。断る理由など何処にもなかった。

 

 

「……レイラ、君にも頼みたい」

「……古龍」

 その存在に何か思う事が無いわけではない。

 母を奪い、父を不名誉な名で有名にした存在。

 

 

 上位ハンターになったばかりの彼女にとっては重荷ではあるが、父の背中が見えて彼女は足を一歩前に出す。

 

 

「やらせてください」

「決まりだな」

 困惑するエドナリアの肩を叩きながら、コーラルは机から書類を四枚取り出した。

 

 

 

 クエストの依頼書。

 

 

 依頼内容は巨戟龍ゴグマジオスの調査である。

 

 

 

「一時間後、ここに集合だ。この件は急を要している、宜しく頼む」

 こうして、四人のハンターがゴグマジオスの調査に向かう事になった。

 

 

 

 ───偶然とは必然の別の言い方である。




さて、やっとゴグマジオスとご対面ですよ……っ!

次回をお楽しみに。







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