ドンドルマ周辺にて、広範囲に及び相次いでいた火薬盗難被害。
その犯人───犯龍とされるモンスター。巨戟龍ゴグマジオスは、このようにドンドルマの砦にてG級ハンター四人により討伐された。
かの龍は火薬等を自らの命の糧として活動しており、発見前からの各地での被害はゴグマジオスによる物だと憶測される。
それを決定付けたのは、渓谷でのゴグマジオスの迎撃作戦での出来事だ。かの龍は火薬庫を発見すると、真っ直ぐにそこまで進み火薬を咀嚼したのである。
その一件。
渓谷での迎撃作戦、および砦への誘導作戦に着手した百人の狩人の一人としてゴグマジオスの生態を記録した。
───エルディア・ラウナー。
「……これで、よしと」
王立古生物書士隊に所属し、ゴグマジオス撃退戦に参加した一人の狩人は長々と記された書類の最後の一ページを確認してから立ち上がって腰を伸ばす。
あの日から一週間が経ち、ドンドルマの街はまるで何事もなかったかのように喧騒に溢れていた。
そんな街に赴くと、何人か見知った狩人とすれ違う。
それもそうだ。百人の狩人と共に戦ったのだから。
砦でゴグマジオスを討伐したのは四人の狩人である。
その陰で自分を含めた九十四人の狩人が迎撃作戦に参加した。
ゴグマジオスの調査に参加し命を落とした一人の狩人、そして迎撃作戦に突如として参加した一人の狩人。
合計百人。百人の英雄達。
気球船での誘導作戦、そして四人のG級ハンターの内二人と顔見知りである書士隊所属の狩人は平和な街を歩きながら安堵のため息を漏らす。
「百人の英雄の物語、か……」
狙撃を得意とする彼の立ち回り柄、その物語を一番外側から見る事が多かった。
まるで他人事のように、それでも───今回の件は狩人としての人生においてかけがえのないものになるだろう。
古龍。人が一生に一度見る事ができるか出来ないか。
これは、そんな存在と───この世界に存在するたった百人の狩人の物語だ。
☆ ☆ ☆
サリオクは半目で食事を口に流し込む。
大怪我という訳ではないが、今作戦に参加した狩人の殆どは怪我を負っていた。
サリオクも頭に包帯を巻いているのだが、彼はそんな事は気にせずに頭を掻いて溜息を吐く。
「僕を弟子にして下さい」
そんな彼の前で、頭を地面に付けて頼み事をしている年端も行かない少年がいた。
少年───ラルクは、サリオクと同様に頭に怪我をしているのだが。それも気にせずに少年は頭を地面に擦り付ける。
「私は忙しいのだ」
「お願いします!」
全く引き下がろうとしない少年を半目で見るサリオク。
話に聞けば彼は狩人になってからも家と集会所を行き来するだけで、初めてのクエストがあのゴグマジオスとの戦いだった訳だ。
本来なら狩人なんて辞めるだろう事情を持った少年は、しかし狩人を辞めるどころかこうやって師範を頼みに来たのである。
困惑だ。
「……はぁ」
「ご、ごめんなさい」
理由は分かっている。なんとも生意気な話だ。
しかし、名高いシュタイナー家として少年を雑に扱う事は出来ない。
彼も───そして彼女もこの少年に救われたのだから。
「……ラルク、何をしているのですか?」
突然部屋に入ってきたエドナリアは、地面に頭を付けている少年を見てサリオクを睨みながら彼に駆け寄る。
いや、私は悪くないぞと声を上げるサリオク。悩みの種が向こうからやってきた。
しかし、まぁ、悪くはないか。
「師範ならコイツにやってもらえ」
サリオクは突き放すようにそういう。エドナリアはそんな彼の言葉を聞いて首を横に傾けた。
「師範……ですか?」
「え、いや、僕は……その、強くなりたくて。同じガンナーの貴方に───」
「戯け」
呆れたようなサリオクの声に、ラルクは「ご、ごめんなさい」と訳もわからず謝る。
気弱なのは変わらないのに、変な所では強情なのだからタチが悪い。
「そもそも私は弓使いでお前はライトボウガン使いだろう。ヘビィボウガン使いならともかく、根本が違うのだ。……強くなりたいのなら、大切なものを近くにおけ。それに守られながら、命を繋いで、その中でそれを守れるようになれば良い」
遠回しにそういうサリオクの言葉を聞いて、ラルクは顔を赤らめてエドナリアはさらに首を横に傾けた。
そんな彼女に向き直って、ラルクは「僕を弟子にしてください!」と再び頭を地面にぶつける。
「え、ら、ラルク?」
唐突な出来事に困惑するエドナリアだが、こんな時に限っていつもうるさいサリオクは何も言わずによそを向いていた。
ずっと、前に進めていなかったんだと思う。
立ち止まるどころか、直ぐに引き返して。
偶然だったのかもしれない。
だけど、そんな自分が前に進んだ。
もう引き返しちゃいけないと思う。前に進むための理由も出来たのだから。
「……。……そうですか。私は結構スパルタですよ?」
「は、はい! 頑張ります!」
そんな二人を見ながら、我ながらお人好しだなと髪を触るサリオク。
前途多難だろう少年に向けて、彼はただ一言「せいぜい頑張るが良い」と二人きりにするために自らの部屋を後にした。
☆ ☆ ☆
ベッドの上で一人の狩人が眠いっている。
そんな彼を見守る二人の女性は、心配げな表情で青年の世話をしていた。
時折聞こえる唸り声は、身体中の火傷の痛みからくるものだろう。
「起きないね……」
ゴグマジオスとの戦いの末、かの龍のブレスをその盾で受け止めた青年は全身に重度の火傷を負って倒れた。
その後一週間が経つが彼は一度も目覚める事なく、今もまた集会所に設置された医務室で眠り続けている。
「よぅ、見舞いに来たぜ」
そんなイアンの元に現れたのは、彼と彼を見守る女性の内の一人───レイラと共にゴグマジオスの調査に向かった狩人だ。
ニーツ・パブリックは、少し汚い歯を見せながらお見舞い品だろう果物を雑に枕側に投げ付ける。
あまり心配していないような態度のニーツに、レイラは「もう少し静かに」と半目で彼を睨んだ。
「騒いだら煩くて起きるかもしれないぜ?」
「あんたねぇ」
「まぁまぁ、レイラさん」
そんな彼女をなだめるのは、もう一人の女性。イアンの妹であるシータである。
「おい、なんでお前が居るんだよ」
そのタイミングで現れたジャンは、嫁であるシータの横に立ってニーツを睨んだ。
「喝入れに来たに決まってんだろ?」
「強引だな。……いや、気持ちは分かるけどさ」
「あと、お前の嫁さんを貰いに来た」
「まだ言ってんのかテメェ。表に出ろ」
今にも殴りかかろうとしそうなジャンをシータが止め、調子に乗って笑うニーツに大声を上げるジャン。
そんな喧騒に耐えられなくなったのか、レイラが「良い加減にして!!」と大声で叫ぶ。集会所の職員に彼女だけが怒られて、いじける姿はニーツにとっては滑稽だった。
そんな喧騒の中でも、彼は目を覚ます素振りをみせない。
死んでいるように静かではないが、しかし本当に目を覚ますのか分からなくなる程には彼はなんの反応もみせない。
やがて日が沈み、ニーツも家に帰って。
ジャンはシータを心配しながら、たまには家で寝ようと彼女と共に集会所を後にする。
イアンを一人にする事に関しては集会所の職員が居るので問題はないが、それでもレイラはそうはせずにその場に座り続けた。
「あんた、英雄になったんだよ」
一人になった彼女は、彼の焼け爛れた手を触りながらそういう。
包帯に包まれた手は重くて、ピクリとも動かない。
「イアンが居なかったら、私のお父さんはゴグマジオスに殺されてた。避難所だって……シータさんだって危なかった。……ねぇ、戦いが終わったら教えてくれるって言ったじゃん」
ここに居る理由。古龍と戦う理由。
私は見つけたよ、と。レイラは目を瞑って瞳を開けない青年に語りかけた。
死ぬ為に戦う訳じゃない。
生きろって言ったのは、あんたじゃない。
頬を伝う涙が、彼の手を濡らす。
「俺は……」
なんの脈絡もなく。
青年は瞳を開いて、口を開いた。
「イアン……っ!!」
「レイラ……」
きっとこれは、綺麗な物語ではないだろう。
清々しい英雄の物語でもない。
語り継がれるような英雄談でもない。
「なぁ、ケイドよぉ。俺は英雄になれたかねぇ」
「……なれてないだろうな。多分、英雄って呼ばれるのはゴグマジオスを倒した四人だろう」
「結局、くたびれ儲けの骨折り損って奴か?」
「いや。それでも───」
これは、たった百人───
「───俺達は、
───たった百人の
このお話で今作は簡潔になります。細かいあとがたりに関しては今後活動報告にて書かせていただきます。
最後までのお付き合い誠にありがとうございました!