沈め掻臥せ戦禍の沼に   作:皇我リキ
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古龍の先駆け

「で、古龍の調査に行くと」

「そうだな」

 イアンの言葉を聞き、ジャンはただ頭を抱えた。

 

 

 彼が後先を考えないのはいつもの事だが、こうも向こう見ずだとフォローする身にもなって欲しいものである。

 

 

 

「どうせ二日はドンドルマにいるつもりだったんだ。ジャンは先に帰って、シータに伝えといてくれ」

「それは良いんだが、古龍が近付いてるんだよな……?」

 ジャンの言葉に、イアンは短く首を縦に振った。

 

 イアンもそうだが、ジャンもこの街で育ち直接ではないが古龍──テオ・テスカトル──の脅威を体験した事がある。

 あの時のような悲劇がまた起きるのだろうか?

 

 その点でもジャンの不安はぬぐい切れなかった。

 勿論調査で彼が死ぬとは思ってもいないが、変に怪我をされてもジャンとしては困る。

 

 

「……無理すんなよ」

「勿論」

 拳を重ね合わせる二人。少しの間離れ離れになるが、イアンが簡単には死なない事はジャンも知っていた。

 だから、変な無茶はしないようにと。ジャンはただそう願う。

 

 

「……あ、あの」

 そんな二人に話し掛ける、一人の少女。

 

 肩まで伸びる赤い髪を弄りながら、背中に双剣を背負った少女はイアンを真っ直ぐに見ていた。

 

 

 

「君は……さっきの」

 ジャンが思い出したようにそう言うと、イアンは「確か───」と口を開く。

 

「レイラよ。……レイラ・バルバルス」

 イアンの言葉を遮るように名乗り出たのは、かの『たった一人の英雄』──ケイド・バルバルス──の娘、レイラだった。

 

「……どうかした?」

「さっきはその……ありがとう。父さんの事、庇ってくれて」

 イアンが聞くと、レイラは俯きながら小さな声で答える。

 

 ケイドを臆病者と罵る者は少なくはない。

 そんな中で声を荒げてまで彼を庇ってくれたイアンに、彼女は感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

 

「いや、そんな……当たり前の事を言っただけだよ。俺は彼に助けられたんだから」

 今にも泣き出しそうな少女の肩を叩きながらイアンはそう言う。

 

「それでも……私は嬉しかった。ありがとう。……調査、頑張ろう」

 レイラはそう言うと、準備があるからとその場を後にした。

 自宅が他の町にあるイアンは家で準備をしようにも出来ず、現状と後は雑貨屋で荷物を揃えるくらいしか出来ない。

 

「……ひゅぅ、良い子じゃん。助けて良かったな」

「バカ、からかうなよ」

「からかってなんかねーよ。普通に心配してんの、お前の将来を」

「そ、そんな急ぐ話でもないだろ?!」

 レイラを見送りながら、ジャンとイアンはそんな会話を繰り広げる。

 

 ジャンはイアンの妹であるシータと婚約済みであるが、イアンはハンター業ばかりで女っ気が全くなかった。

 所謂義理の弟として、ジャンはイアンの事を心配しているのである。

 

 

「まだ二十三歳だ」

「もう二十三歳の間違いだって」

 雑貨屋に向かいながら呆れ声でそう言うジャンは、困った表情をしたイアンに突然デコピンを喰らわせた。

 

「な、なんだよ……」

「無事に戻ってこいよ。……まだ二十三歳なんだから」

「……バカ、当たり前だろ。シータに宜しくな」

「おう」

 軽く返事をしたジャンは手を振りながらその場を後にする。

 

 

「……古龍か」

 一人残されたイアンは小さくそう呟いて、いつかの過去に想いを馳せていた。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 パブリック兄弟はドンドルマ全体で見ても優秀なハンターである。

 

 

 兄のアーツ・パブリックはスラッシュアックスを使い、体格を生かした大胆な攻撃でモンスターを叩き伏せる豪快な戦い方をするハンターだ。

 逆に弟のニーツ・パブリックは、チャージアックスを使い堅実に相手の隙を突いていくハンターである。しかし戦い方に似合わず態度は大雑把で人当たりが悪い。

 

 

「ハッ、ただでさえ危険な古龍の調査にガキ二人のお守りとはなぁ」

 例えばこのように、だ。

 

 ドンドルマより北東。木々が生い茂る、開拓の進んでいない樹海の岩場に気球船が降り立つ。

 ゴグマジオスの推定進路からはかなり離れているが、安全に飛行船を止める事が出来る場所は限られているため、このような形となった。

 

 

 直接ゴグマジオスに船で近付かないのは、付近をガブラスの群れが飛んでいるという報告が上がっているからである。

 またその為に直接的な調査が阻まれ、ハンターによる調査クエストが実行されたのだった。

 

 

「俺はガキじゃないし、彼女も上位ハンターだ。同じハンターなんだから、もっとお互いを尊敬して信頼出来ないのか……?」

「出来る訳ねーだろ。そっちの小娘なんて上位ハンターになったばかりだろう? 女は大人しく男の上で腰振ってりゃ良いんだよ。なんなら俺が相手になるぜ!」

 汚い表情でレイラを睨むニーツ。レイラ本人は彼を睨んでからそっぽを向いて、ニーツは「振られちまったなぁ」と短く笑う。

 

「バカやってんじゃねーぞ。俺達は英雄になるんだ。足でまといはここに置いていく」

 ある程度の支度をし終えたアーツが先頭を歩き出した。

 

 慌てて付いていくニーツに、不機嫌そうな表情のレイラが付いて行く。

 頭を抱えながらイアンもそれに付いて行くが、パーティの雰囲気は最悪だった。

 

 

 

 

「これは……」

 ゴグマジオスの進路予測方向に向かって行くと、それらしい痕跡がすぐに見付かる。

 

「アーツ兄さん、こっちにもあるぜ」

 パブリック兄弟が見付けたのは、粘り気のある黒い液体だった。

 それは、報告にあった──火薬の盗難被害現場に残されていた──物体と酷似している。

 

 

「間違いねぇ、例の古龍の痕跡だぜこれは」

 サンプルを小瓶に詰めながら、アーツは痕跡を辿って歩み出した。

 三人が付いて行くと、妙に開けた道が視界に映る。

 

 木々がなぎ倒され、至る所に痕跡の残された巨大な獣道だ。

 

 

「こりゃ……でけぇ」

 端から端まで、それだけで竜よりも大きな獣道にアーツは冷や汗を地面に落とす。

 遅れてやって来た三人も、ただ口を開けて固まる事しか出来なかった。

 

 しかし獣道は疎らになっており、全ての木々が倒れている訳ではない。

 それは、この獣道が片足のみで作られたという証拠である。

 

 

「こ、こんな化け物がいるのか?」

「……アレは、確かに大きかった」

 イアンは前日の狩りの帰りの事を思い出していた。

 

 巨木よりも高く伸びた槍、双眼鏡で見ただけでも距離感が狂う程の巨体。

 アレが歩いたならこんな事にもなる。

 

 イアンは納得しながらも、そんなモンスターが人の住む場所を襲ったらと思うと身体の震えが止まらなかった。

 進路方向には、自らの拠点でもあり妹やジャンの住んでいる町もある。悲観せずにはいられない。

 

 

「進路方向は……こっち?」

 レイラが指差すのは北西の方角だ。

 木々がなぎ倒されている方向からの推測で、ほぼ間違いないだろう。

 

 進路方向にあるのはジォ・テラード湿地帯。ドンドルマから程近く、少しでも進路がズレればドンドルマ襲撃の可能性も低くなかった。

 

 

「……まずいかも───っておい、どこ行く気だよ!」

 考え込むイアンを余所にパブリック兄弟はゴグマジオスの進路方向に歩いて行く。

 止める声も聞かないアーツは「怖いなら先に戻ってな、ガキンチョ」と軽く手を挙げた。

 

 

「ど、どうするの……?」

「俺達の任務は調査だ。……もう少し調べる必要はあるかもな」

 そうは言いながらも、イアンは頭を掻きながら内心で溜め息を吐く。

 これだけ巨大なモンスターならば、近付いても相手にすらされない可能性はあるが───

 

 

「……あまり拠点から離れるのは愚策だと思うけれど」

「……だな。……でも、警戒しながら行くしかないだろう。これは古龍の調査なんだから」

 これだけ派手な獣道を歩いて入れば、モンスターに襲われる可能性も高くなる筈だ。

 レイラとイアンはいつでも抜刀出来るよう、警戒しながら二人の後を追って行く。

 

 

 空を見上げると翼蛇竜(よくだりゅう)──ガブラス──の姿が見て取れた。

 

 

 ガブラスは古龍の先駆けとも呼ばれている。厄災の使者とも呼ばれ恐れられているモンスターだ。

 

 その理由は、この竜が死肉や腐肉を餌とするモンスター(スカベンジャー)である事に起因する。

 彼等はとても狡猾で、強力な生物(古龍)に着いていれば餌にありつけると知っているのだ。

 

 

 そんな古龍の先駆けとも呼ばれているガブラスを見て、レイラは不安を覚える。

 歩けば歩く程その数は増えていき、視線を感じる事も多くなった。

 

 

 

「襲っては来ないな……」

「……待ってるのかも」

「待ってる?」

 聞き返したイアンに、レイラは「古龍に私達がやられ───」と口を開くが、その言葉はアーツの声によって掻き消される。

 

 

「み、見付けたぜ!! でけぇ……っ!!」

 地面が揺れる音と共に、大声が森林に響き渡った。

 

 

 急いで二人が駆け付けると、アーツの指差す方向に黒い巨大な影が見える。

 

 

 

「……何あれ?」

 そして視界に入る光景に、レイラは唖然とした。

 

 それもその筈である。

 木々をなぎ倒しながら進んでいるのは、全長五十メートルにも及ぶ巨体。身体を支えるのは六本の足───

 

 

「なんで背中に槍なんて背負ってるの……?」

 ───その龍は天を貫く長さの槍を背中に背負っていた。

 

 どう見ても自然物には見えない。そしてそれは、間違いなく人工物である。

 

 

「あ、アレがゴグマジオスって古龍だってか? 本当に生き物なのかよ。人間が作った船とかじゃないのか?」

「んな訳があるかよニーツ。しっかり見てみろ、脚が六本なんて普通のモンスターじゃねぇ!」

 目を丸くして後ずさるニーツの肩を叩きながら、アーツはそう言って口角を吊り上げた。

 

 

 視界に映る強大な存在に身体は震える。

 

 対峙している訳でもない、相手はこちらなど眼中にないどころか視界にも入っていない筈。

 それでも身体が硬直してしまう程に、かの龍は威圧を放っていた。

 

 

 人の力程度では到底敵わない。挑む事すら馬鹿馬鹿しい。

 しかしもし挑んだのなら、それだけで英雄と呼ばれるだろう。

 

 

「……どうするの?」

「へへっ、もう少し近付くか」

 レイラの問いに、アーツは冷や汗を拭いながらそう答えた。

 

 愕然とする三人を置いて、アーツは足を前に出す。

 彼の弟のニーツすらもその行動に疑問を持ち、イアンはそんな彼の肩を掴んで止めた。

 

 

「ま、待て待て待て。これ以上はヤバイって!」

「そうよ、相手は古龍なんだから!」

「あぁ?! 臆病者共は黙ってな。お前らは英雄にはなれやしねぇ!」

 そんなイアンの手を払うアーツ。

 

 パブリック兄弟の父親は十八年前、古龍との戦いで命を落とした───九十九人の英雄の一人である。

 アーツはそんな父親に憧れ、故に一人だけ生き残ったケイド・バルバルス(たった一人の英雄)を非難していた。

 

 

 弟のニーツも父親には憧れていたが、英雄という存在に憧れはしていない。

 豪快な戦い方をするアーツと比べ、堅実的な戦い方をするのはそのような性格の違いがあるからだろう。

 

 

「……私は英雄になるつもりなんてない」

「勿論だ。お前の父親は英雄なんかじゃないからなぁ!」

「……っ、あんた!」

「お、おい……言い争ってる場合じゃ───って、来た来た来た!!」

 再び争い事になりかけた二人の合間に入って空を指差すイアン。

 

 その先には空を覆い尽くすような数のガブラスが飛翔していた。

 

 ゴグマジオスの周囲に沸くガブラスは百を容易に超えているだろう。

 それが、気球によるゴグマジオスの観測が断念された理由でもあるのだが───

 

 

「ガブラスめ、俺達を見付けたか。へっ、丁度良いぜ。暴れ足りなかったんだ!」

 ───そのガブラス達がイアン達四人に向けて一斉に向かって来ていた。

 

 

 細身の体躯に不釣り合いな大きさな一対の翼。

 翼蛇竜の名の通り、蛇に似た頭部を持った小型のモンスターが空を覆う。

 

 

「……これは」

「……ヤバイかも」

「あ、アーツ兄さん!」

 確かに厄災の使者と呼ばれるに相応しい、不気味な光景だ。

 

 

 四人の上空を覆い隠したガブラス達の内、一匹が突然急降下を開始する。

 それが合図だったかのように、続々と厄災の使者はハンター達に襲い掛かった。

 

 

「───さて、一狩りいこうぜぇ!!」

 迎え撃つハンターは四人。己の武器を構え、古龍の先駆けと対峙する。




さてさて戦闘シーンですよ(ガブラスだけど頑張って書くよ!)。

ちょっと進み方が遅いかしら。完結まで長くなりそうです。







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