沈め掻き臥せ戦禍の沼に【完結】   作:皇我リキ

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剣斧舞う

 振り回される剣と斧がもし一つの武器だとして、使用者はなぜ剣と斧を両方持たないのか。

 又は片方だけを持とうとは思わないのだろうか。

 

 

 その答えは単純だ。

 

 

 剣と斧を両方持つ事は出来ない。ならば、剣と斧を一つにすれば良い。

 

 何故そこまでして剣と斧を持つのか。───戦いに必要だからである。

 

 

 

「おらぁぁっ!!」

 ハンターの持つ武器の中でも屈指のリーチを誇る両刃の戦斧が、頭上のガブラスを両断した。

 切り上げで空を舞うガブラスから直ぐに視線を外し、戦斧の主──アーツ・パブリック──は周囲を見定める。

 

 ハンター達を囲む無数のガブラス達。

 四人のハンターの中でも、一人孤立していたアーツを多くのガブラスが狙うのは必然だった。

 

 

「そんなものかぁ?!」

 しかし、アーツは近寄られる前に戦斧のリーチを生かしガブラスを葬る。

 だが襲って来る全てのガブラスに対処出来る訳がない。アーツの背後を取ったガブラスが、毒液を吐くために大口を開けた。

 

「───おせぇ!!」

 しかしアーツは身体を捻りながら、柄のグリップを捻る。瞬間、両刃の斧は中心で割れ火花を散らしながら柄を滑った。

 外を向いていた斧の刃が合わさり、片刃の大剣へと形状を変化させる。

 

 手元から伸びる刃を振り、背後のガブラスを斬り払うアーツ。

 振り回された剣斧は数瞬前とはまるで違う武器だ。

 

 

 スラッシュアックス。

 剣斧の名の通り、剣と斧───二つの形態を持つ武器である。

 

 二つの用途を熟知し、状況に合わせる判断力を持ち合わせて始めて真価を発揮する武器だ。

 アーツ・パブリックはその最たる技術を持ち合わせている。伊達に上位ハンターに名を連ねている訳ではない。

 

 

「まだまだぁ!!」

 そのまま近くにいたガブラス二匹を切り伏せ、アーツは瞳孔を左右に揺らした。

 視界に入るのは後方から襲い掛かる一匹と、頭上の一匹。

 

 再びグリップを握ったアーツは、腰を落として片足を軸に身体を捻って後退する。

 同時に柄を滑る刃は二つに割れ、先端で再び両刃の斧へと姿を変えた。

 

 捻る身体に合わせて辺りを薙ぎ払った斧は、片手を離れる程の遠心力で背後のガブラスを切り伏せる。

 剣から斧へと姿を変えた剣斧は再びリーチを取り戻し、後退したアーツを追って来る頭上の一匹を切り上げにより仕留めた。

 

 

 

「……っ」

 その光景を離れた所で見ていたイアンは舌を鳴らす。

 

 確かに彼は迫り来るガブラスを圧倒していて、討伐数も桁違いだ。

 しかしそれはイアン達が防戦に回っているからで、元々ガブラスと戦うつもりはないからである。

 

 

 今回のクエストはゴグマジオスの調査。ガブラスを討伐する必要はなく、ゴグマジオスを深追いする必要もない。

 この場合速やかに撤退してガブラスをやり過ごすのが最善策だ。この場に止まってガブラスの相手をするのは悪手とも言えるだろう。

 

 

 しかし、アーツは引き下がるどころか一人前進していた。

 

 イアン達とは反対にゴグマジオスに向けて少しずつ脚を進め、その内にもガブラスを切り伏せていく。

 

 

 

「あ、アーツ兄さん! 何してるんだ!」

 片手に剣を、もう片手には盾を持ったニーツが声を上げるが返事は返って来なかった。

 アーツの視線に映るのは黒い巨龍のみ。弟の言葉すら耳に入らない。

 

 何が彼をそこまで駆り立てるのか。イアンは唇を噛んで現状打破の方法を探る。

 

 

 イアン、ニーツ、レイラの三人は固まってガブラスから身を守っていた。

 盾を持つイアンとニーツが前後に構え、双剣を持つレイラが遊撃に徹する構えである。

 

 彼等と連携を取ることを渋りながらも、なによりパーティの一員として堅実な行動を取るのがニーツ・パブリックというハンターだった。

 

 

 

 だが彼の兄は違う。

 

 

 目の前の目的にひたすら突き進み、己の刃を振る姿は狂っているようにも見えた。

 時に剣と斧を入れ替えながら、豪快にも着実に前に進んでいく。

 

 

 

「……っ、進み過ぎだ!」

 これ以上離れればいざという時助ける事が難しい。

 それを懸念して叫ぶが、イアンの声はアーツには届かなかった。

 

 ならばと足を進めようとするが、大量のガブラスがそれを許さない。

 遊撃に徹するレイラも唇を噛む。いつ何が起きてもおかしくない───それは、三人で固まっている彼女達も同じだが。

 

 

「───どけどけどけぇぇえええ!!」

 彼等の気持ち等知らず、アーツは戦斧を構え前に進んだ。

 

 前方のガブラスを叩き切り、再び剣へと変形した剣斧が眼前に襲い来るガブラス二匹を叩き斬る。

 大口から吐き出された毒を身を伏せて躱し、縮めた身体をバネのように伸ばして跳躍。身体を捻って高所のガブラスを切り伏せた。

 

 

「───俺は英雄になるんだ。テメェら如きが俺を止められると思うなぁ!!」

 雄叫びを上げるアーツは、既にイアン達から二十メートル以上離れている。

 そんな彼を空だけではなく、木々の間からも鋭い眼光が睨んでいた。

 

 

 

 それに始めて気が付いたのはレイラである。

 

 不意に視界に映る赤い残光。

 切り伏せたガブラス達の血流ではない。赤い何かが、木々の間を駆け抜けていた。

 

 

「───アレは?!」

「レイラ!!」

「……っ?!」

 それに気を取られたレイラが、不意に放たれたガブラスの毒液に気付かずに被毒する。

 

 

 

 ガブラスの体内で生成される毒は微弱な物だ。元々弱った生き物にトドメを刺す為に進化したガブラスの武器である。

 しかし、それでも人体に与える影響は大きい。レイラは血反吐を吐いて表情を歪ませた。

 

 

「何してやがる! 早く解毒薬を飲め!!」

 そんなレイラの前にニーツが立って盾を構える。遅れてイアンが背後に構え、その間にレイラはポーチからピンを一本取り出した。

 ガブラスが居る事は事前に知らされていた為、用意していた解毒薬を喉に流し込む。その間に脳裏に映る赤い残光。

 

 

 ───アレは、まさか……?

 

 

 

「……イーオスが居る!!」

 溢れた解毒薬を手で拭りながら、レイラが声を上げた。

 

 その言葉にハッとした表情を見せるイアン。ニーツは焦った表情で兄のアーツに視線を送る。

 

 

 

「───ハハッ、どけぇ!!」

 当のアーツはというと、遂にゴグマジオスの脚部に到着していた。

 

 何故か停止している巨龍の脚は、それだけで巨木を故に超える。脇に立つだけで、己がどれだけ小さな存在かを痛感させられる大きさだ。

 

 

 興奮しながら、アーツは眼前のガブラスを「邪魔だ」と斬り伏せる。

 

 

「───ハッハッ、アッハッハッハ!!」

 戦斧を振り回し、道を開け。頭上を回し周囲を薙ぎ払った。ガブラスの微弱な毒は無視する。今の彼はそんな事では止まらなかった。

 邪魔をするものは居ない。そのまま眼前の巨大な脚に斧を叩きつける。黒い何かが飛び散った。まだ終わらない。

 

 

「俺はぁぁ!!」

 グリップを捻る。背中から持ち上げると同時に刃は二つに割れ、柄を滑った。

 頭上で剣へと姿を変えた得物を振り下ろす。黒い何かが飛び散り、その奥にあった甲殻を削り取った。

 

 

「英雄に───」

 甲殻が削れ、少し見えた肉に刃を突き立てる。刃の上部が開き、そこから放たれるエネルギーが肉を焼いた。

 

 

「───なったぞぉぉぉおおおお!!!!」

 ───次の瞬間、剣斧は全てのエネルギーを放って爆炎が肉を焼く。

 

 近付いてくるガブラスすら吹き飛ぶ反動で身体を滑らせながら、アーツは森を震わせる程の雄叫びをあげた。

 

 

 

 ───巨体が揺れる。

 

 スラッシュアックス最大の攻撃により、巨龍は無視出来ない傷を負った。

 しかし、それでゴグマジオスがアーツを敵視する事はなく。ただ脚を持ち上げ、逃げるようにその歩みを再開しただけだった。

 

 

 

「見たか臆病者供!! 守ってばかりじゃ何も始まらねぇんだよぉ!! ───ゲホッ、ガェッ……っぇ……はぁ……。へへっ、逃げたってガブラスの思う壺だ、なら俺達は強いと見せ付けてやるまでよぉ!!」

「……や、やりやがった」

 ガブラス達の死体の上で、毒により血反吐を吐きながらも叫ぶアーツを見て、イアンは唖然とする。

 

「さ、流石だぜアーツ兄さん!!」

 気が付けばガブラス達は諦めたようにこの場から立ち去っていた。

 確かにアーツの言う通り、ガブラス達は気圧されたようにも見える。

 

 上空で滞空しているため、諦めた訳ではないだろうが。

 

 

 

「───逃げて!!」

 しかし、歓喜に騒ぐパブリック兄弟とは逆にレイラが声を上げた。

 それを聞いてイアンは表情を引き締める。

 

 そうだ、さっきレイラが言っていた言葉。

 

 

 ──……イーオスが居る!!──

 

 

 そんな言葉を思い出したイアンは、一度槍を背中に背負って地面を蹴った。

 その時既に、アーツの背後には赤い影が蠢いている。

 

 間に合え。そう思う彼とアーツの距離は二十メートル以上。

 

 

「……あぁ? 何をそんなに慌て───ガッ?!」

 アーツを背後から赤い影が襲ったのは、イアンが五メートル進んだ直後だった。

 

 

 アーツ達より一回り大きな身体を持つ小型の鳥竜種。

 

 赤に黒の斑ら模様。無機質な黄色い目に、頭の上にある大きな瘤が特徴的なそのモンスターの名は───イーオス。

 

 

 

 そしてこのイーオスは、一般的なランポスやジャギィといった鳥竜種には無い特徴を有している。

 それはガブラスと同じ───いや、ガブラスよりも殺傷力の高い毒を有するという事だった。

 

 

 

「アーツ兄さん!!」

 そのイーオスに突き飛ばされる形で地面を転がったアーツの名前を、弟のニーツが叫ぶ。

 地面を蹴るイアンの前に他のイーオスが現れ、しまいには空にいたガブラス達がここぞというタイミングで戻ってきた。

 

 

「……くそっ!! 退け!!」

 イアンの言葉に竜達が反応する訳がない。

 

 イーオス達はまるでアーツにイアン達を近付けまいと、壁のように彼等を囲む。

 そんな中で残りのイーオスやガブラスがアーツの周りを包み込んだ。それはもう、竜達に隠れてアーツの姿が見えない程の量である。

 

 

 

「……まずい!」

 レイラは舌を鳴らしながら眼前のガブラスとイーオスに両手の剣を叩きつけるが、それで道が開く事はなかった。

 逆にイアンもニーツも、その圧倒的な数に気圧されて後退りするしかなくなっている。

 

 

 

「な、なんだテメェ等?! チビ共が調子───ゴフッ、ガハッ……こ、こんな所……で、ぐぁ……か、解毒……あぐぅっ…………や、やめろ! 来るな!! 来るなぁ!!」

 地面を這い蹲って逃げようとするアーツ。

 

 とにかく這ってでも仲間の元に戻らなければならない。しかし、イーオス達の影に隠れて弟達の居場所が分からなかった。

 冷や汗を流しながらアーツは身体を滑らせる。震える手で地面を掴んでは、身体を持ち上げようと力を入れた。

 

 

 しかしその手は血に濡れた土で滑り、足もしっかりと地面を捉えられない。

 ガブラスの死体を蹴って進んで、ただ眼前の恐怖から逃げようともがく。

 

 

 

「こ、こんな所で死んでたまるか!! 俺は英雄になったんだぞ!! これじゃ、これじゃぁ!!」

「アーツ兄さん!!」

「ニーツ!! 助けろ!! 助けてくれぇ!!」

 弟の声に反応したアーツが声を上げた。ニーツはその声を頼りに進もうとするが、目の前に現れたガブラスが毒液を吐く。

 

 その前に立って、イアンが盾でそれを受け止めた。

 

「待て、死ぬ気か!!」

 尚も前に進もうとするニーツに、イアンが怒鳴る。

 

「馬鹿野郎!! 兄貴が死にそうなんだぞ!!」

「二人共後ろ!!」

 反抗して叫ぶニーツの背後で、レイラがイーオスを切り裂いた。その間にもアーツの悲鳴が木々の間に響き渡る。

 

 

 

「やめろ、やめろ、やめろやめろ!! く、来るなぁ!! 助けて、助けてくれ!! 嫌だ嫌だ嫌だ!! やめろ、やめ───ぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」

「兄さぁぁぁん!!!」

「……っ、がぁぁぁぁああ───」

 怒号が響いた。しかし、突如としてそれは止まる。

 

 ガブラス達とイーオス達がお互いを牽制しあったかと思えば、ガブラス達は一斉に地表に足を付け始めた。

 

 

 

「……に、兄さん? 兄さん?! アーツ兄さん!!」

 返事はない。

 

 そして、何故かイーオス達の視線が三人に集まりだす。

 

 

 

 ───まるで、もうそこにしか獲物がいないとでも言うように。


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