沈め掻臥せ戦禍の沼に   作:皇我リキ
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英雄たる資格

 ドンドルマ郊外。

 

 

 人が犇めき合うとある酒場。

 騒がしいその雰囲気に不釣り合いな正装に身を包んだ一人の男が、酒を飲んで居た男の横に座る。

 

「……ギルドナイトがこんな酒場に何の用だ。小便でもしに来たか? ん?」

 隣に座った男に言葉を投げるのは、ダービア・スタンビートという上位ハンターだ。

 顎鬚を伸ばしたガタイの良い中年だが、どうも実年齢より老けて見えるのはその胡散臭い雰囲気からだろう。

 

 

「そう言わないでくれ。数少ない友人同士、私と君の中ではないか」

 冷静にそう返すのは、ドンドルマでギルドナイトを務めるコーラル・バイパーという男だった。

 彼は酒場の店主に「この店で一番高いのを彼に」と言いながら、自分は水を注文する。

 

 

「なんだよ気前が良いじゃねぇか。えぇ?」

「言ったろう。数少ない友人同士だと」

 コーラルの言葉に、ダービアは鼻で笑ってから出された酒を仰いだ。

 

「そりゃぁ、そうさ。俺達の世代、勇敢なお友達は皆テオ・テスカトルに殺されちまったんだからなぁ」

 いつかの過去を思い出して、ダービアは両手を広げながらそう言う。

 

 

 十八年。

 ドンドルマの街を天災とも呼べる龍が襲った。

 

 百人のハンターが集められ、九十九人が犠牲になった戦いを当時もハンターだった二人が忘れる事はないだろう。

 

 

 しかし、その百人の中に二人の姿は無かった。でもなければ、この場でこうして生きている事は無かったかもしれないが。

 

 

「……確かに私は臆病者だった。街の人々より自分の命を取った、ハンターとしてあるまじき人間だ。……だが、君は違う」

 どこか遠くを見ながら、コーラルはそう言う。

 

 彼の目に映るのは偉大な英雄達か、酒の並んだ棚か。

 

 

「変わらねぇよ」

「君はテオ・テスカトルが現れて騒めきだした他の竜をいち早く探知して、迎撃に向かった真の英雄だ。私とは違う」

 真剣な眼差しでダービアを見ながらそう言うコーラルに、当の本人は頭を掻きながら目を逸らした。

 

 

「そんな大層な事をした覚えはねぇな。俺はただ、古龍が怖くてチビって逃げただけよ。……なぁ、古くからの友人よ。英雄ってなんだと思う?」

「英雄……か。勇敢に戦った戦士の事だと思っている。……臆病に駆られ、逃げた私とは違う。百人のハンター達は紛れもない英雄だ」

 生死問わず、と。コーラルは英雄の像を見ながらそう言う。

 

 

「ほぅ」

 そんな彼を横目で見てから、ダービアはまた酒を仰いだ。コーラルの答えには不満げなようである。

 

 

 

「で、用事は。そんな下らない事を言いに来た訳じゃねぇだろ」

「……古龍の討伐に、参加してもらいたい」

 ダービアの問い掛けに、コーラルはゆっくりと答えた。

 

 ただ驚く事もなく、ダービアは空になった酒瓶を振る。

 

 

 

「お前が欲しいのは俺の力ではなく、俺の子分共の命か。それとも俺の子分共を束ねる為の……俺の命か?」

 ダービア・スタンビートという男はドンドルマの中でも著名なハンターだ。

 

 コーラルの言った通り、テオ・テスカトルの襲撃で警備の脆くなった別の地に現れた竜を撃退した男こそ、このダービアという男である。

 それに踏まえての面倒見の良さ、腕前は言う事もなく、数々の実績から一部のハンターに尊敬の念を抱かれていた。

 

 

 性格故に、一部のハンターからは嫌われているが。

 

 

 

「……どちらも、だな」

 そして、コーラルが答える。

 

 

 ギルドは古龍ゴグマジオスへの対策を早急に行わなければならない。

 ドンドルマに向かってくるようであれば、撃退戦になるが───

 

 

「───今は人が欲しい。優秀な人材、それを束ねる人材が」

 古龍を相手取るにあたっては、従来の基本である四人パーティでは圧倒的に数が足りなかった。

 

 それは、十八年前に証明されている。

 

 

 百人が戦い、やっと撃退に成功したのだ。

 

 

 

「……コーラルよ。俺はな、無駄死にした奴を英雄扱いするのが嫌いだ」

 彼の事を見ずに、ダービアはゆっくりと言葉を落とす。

 

「あの時ガキンチョだった俺達が古龍に立ち向かったとして、そんなのはただの無駄死にだったろう。お前は臆病者じゃねぇ、正しい行動が取れる奴だ」

「ダービア……」

 顎鬚を弄りながら、少し小さな声でダービアはそう答えた。

 

 目を見開くコーラルは、そんな彼を真剣に見詰める。

 

 

「俺達はもう立派なハンターだろう? 無駄死にはしない。立派な英雄になれる時が来た」

「それじゃ───」

「勘違いするんじゃねぇ」

 希望の表情で立ち上がるコーラルに手を伸ばすダービア。

 彼は騒つく酒場を見渡して、こう続けた。

 

 

「俺の子分で連れて行く奴は俺が決める。英雄にたる、真のハンター共をな。そして、今度は俺達がなろう───英雄に。生きようが死のうが、事を成した者こそが英雄だ。それが出来ない奴は連れて行かねぇ」

「……あぁ。だが、死なせないさ」

 お互いの拳をぶつけ合い、両者は立ち上がって手を交わす。

 

 

「さてテメェら、英雄になりたい奴は俺に付いて来い! 俺が認めた奴だけ連れてってやる!!」

 ダービアのその言葉に、酒場はより一層喧騒を増した。

 

 頼もしく思うコーラルは、次に誘う人物のアテを頭の中で考える。

 

 

 

 ───やはり、彼しかいないか。

 

 

 

「……さて、英雄になる時が来たか。……無駄に死ぬ事だけは許されねぇ、ただ意味をなし、事を成し、生きて、死んで、英雄になる。───さぁ……何人が英雄になる。お前は、英雄になるか?」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 地に伏せた同胞の肉を食らう翼蛇竜。

 

 

 それでも腹は満たされないのか、イーオス達に混じってガブラス達も狩人三人を睨んだ。

 悲鳴すら聞こえなくなった静かな狩場で、一人の狩人が座り込む。

 

 

「に、兄さん……そんな…………そんなぁ……っ!」

 目の前で尊敬する、唯一の家族の兄が殺された。

 そんな事実に耐えられず、ニーツはただ絶望のままに赤く染まった地面を見る。

 

 

 しかしそれでは、自分を餌にしてくれと言っているようなものだった。

 

 

 アーツが倒れている所に居た、周りのイーオスより一回り大きなイーオスが鳴く。

 特徴的な瘤の上に鶏冠を持つ、イーオス達のボス───ドスイーオスだ。

 

 

 

 群のボスの鳴き声に、イーオス達の統率力が格段に上昇する。

 狙いは勿論、ニーツだった。

 

 

 

「───ヤバい!」

「立って! このままじゃあなたも!」

 イアンもレイラも、仲間を失った事実を受け止めきれていない。

 しかし、ハンターとしてするべき事を見失わないように心に鞭を打つ。

 

「兄さんが死んだんだぞ!! お前らに俺の気持ちが分かるのか!! 殺せ!! 殺せよテメェら、俺を殺せぇ!!」

 ニーツにはそれが出来なかった。いや、出来る訳がない。唯一の肉親を失った彼の気持ちは、彼にしか分からないのだから。

 

 

 待ってくれよとイアンが願う。

 無論、イーオス達がそんな願いを聞き入れなかったる訳もなく、ドスイーオスが命令する様に声を上げ───

 

 

 

「───っらぁぁぁああああ!!!」

 ───突然、彼等の眼前のイーオス達が数匹飛んだ。

 

 怒号の先に目を向けると、全身を赤く血に染めた一人の男が立っている。

 

 

 

 剣斧を支えに立ち上がったアーツ・パブリックは、不敵な笑みを浮かべながら眼前のドスイーオスを睨み付けた。

 視界に映る赤。歓喜に立ち上がったニーツの視界には、彼の表情は見えていない。

 

 

 

「……へっ、なんだよ。テメェらそんな物か」

 血を吐きながら口を開くアーツと、イアンの眼が合う。

 アーツは不敵に笑って、懐の小さなアイテムポーチを突然イアン向けて投げ付けた。

 

 

 槍を落としながらも、なんとかそれを受け取るイアン。

 

 

 ポーチの中身が少し見えて、その意図が分かってしまう。

 やめるんだ、と。そう言う前にアーツは吠えた。

 

 

「行けぇぇえええ!!! 俺を英雄にしろぉぉおおお!!!」

 翔ける。

 

 投げられたポーチに意識を向けていたドスイーオスに肉迫。横払いが、その左眼球を斬り飛ばした。

 悲鳴と共に、仲間のイーオスやお零れを狙うガブラスがアーツを囲む。

 

 彼は同時に得物のグリップを捻り、左脚を軸に回りながら後退した。

 同時に柄を滑る刃が両刃の斧へと変貌する。リーチを取り戻した斧は、彼の回転に合わせて周りの竜達を切り飛ばした。

 

 

「行けぇぇえええ!!!」

 吠える。

 

 全身から血を吹き出しながら、剣斧を振り回すアーツ。

 

 その意図を知る者はイアンしか居ない。レイラはなんとなく予想していたが、ニーツには兄が何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。

 

 イアンは槍を拾って背負い、ニーツの手を引く。

 

 

 

 今は逃げるしかない。彼の行動を無駄にしない為に。

 

 

 

 こんな事はしたくなかった。彼は勝手な人間だ。

 それでも、彼は英雄なんだろう。唇を噛みながら、イアンは声を上げた。

 

「こうするしかないんだ!!」

 またガブラス達が集まっていく。

 

 

 

 既にアーツ・パブリックは限界だった。

 

 そんな事は誰が見ても明らかだろう。それでも彼が動くのは、信念か。

 もう助からない事くらいはイアンでも分かる。本人もそれを踏まえて行動している筈だ。

 

 

 不敵に笑う彼の表情が、竜達の陰に隠れる。

 

 

 

「ふ、ふざけるな!! 兄さんを置いていく気か!!」

「……っ。そうだよ! その通りだよ!!」

 だが、一向にニーツは動こうとしない。当たり前だ。

 

 兄はまだ(・・)生きている。生きているんだ。

 

 

 

「ニーツぅうう!!」

 怒号が轟く。

 

 

「兄さん!! 今助け───」

「俺を英雄にしろぉぉおおお!!!」

 ───なぜ、そこまで。

 

 

 ニーツには理解出来なかった。

 

 

 ただ、一瞬だけ視界に映った兄の身体を見て一つだけ理解してしまう。

 

 

 

 彼はもう助からない。

 

 

 

 

 走った。

 

 

 レイラが遊撃をしながら、三人は竜の群れから離れていく。

 

 

 

 ようやく、か。

 そんな思いでアーツは空を見た。

 

 

 

「親父、俺は英雄になれたかな」

 イアンに投げたポーチに入れた物。それはきっと、あの巨大な龍を倒す手助けになる。

 

 そう信じて、瞳を閉じた。

 

 

 

 彼の父親は十八年前、ドンドルマを襲った古龍と戦った英雄の一人である。

 九十九人の英雄。その死が全て意味のあった物とはきっと言えない。

 

 それでも、彼は信じていた。自らの父親は、きっと何かを成して死んだ筈だと。

 

 

 そんな父親に憧れて。

 

 

 自分は生きて、何かを成そう。そんな事を思って生きていた。

 

 

 いつか胸を張って父親に会う為に。

 

 

 

 だから、後悔はない。

 

 

 

「きっと、なれたよな。俺は……英雄に」

 左目に傷を受けたドスイーオスが、彼の眼前に立つ。しかし、アーツは不敵に笑い「俺の勝ちだ」と言い放った。

 

 

 

 

 

「ニーツ、お前も英雄にな───」

 

 

 

 

 

 大地が血に染まる。

 

 

 上空を通過する飛行船は、ただ真っ直ぐにドンドルマに向かった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 暴れ回るニーツをイアンが押さえ付ける。

 

 

 周りにガブラスが居ない事を確認したレイラは、地図にゴグマジオスの進路を重ねて頭を捻った。

 直線上にドンドルマや村がある訳ではないが、どうも少しずつドンドルマに近付いている気がする。

 

 気のせいなら、と。短絡的な考えを仕舞った。

 確実に近付いて来ている。

 

 

 

「くそぉ!! くそぉ!! くそぉぉおお!! なんで兄さんを助けてくれなかったんだ!! お前が代わりに死ねよ!! なんでだぁ!!」

「お、落ち着いてくれ。……俺だって、彼を守りたかった」

「嘘付け!! 真っ先に見捨てたじゃねーか!!」

「それは……」

 イアンは怒号に返す事はせず、ただ俯いた。

 

 

「……分からないんだ」

 小さく呟く。

 

 彼自身納得していない。

 アーツの意図は理解出来ても、どうしてそこまでしたのか理解が出来なかった。

 

 

 

「……分からない、だと?!」

 一人分軽くなった飛行船が揺れる。

 

 床を殴り、穴を開けたニーツは木片が突き刺さり血の垂れる手でイアンの胸倉を掴んだ。

 

 

「テメェは意味も分からず兄さんを見捨てたってのか!! あぁ?!」

「違う!! 意図は分かる。でも、俺には彼が理解出来ない!!」

「なんだとぉ?!」

 そんな二人を見かねてか、レイラが間に入って二人を引き離す。

 

 

 そして、船に乗っている人数より一つ多いポーチの中から二つの物を取り出した。

 

 

 一つは黒色の甲殻。もう一つは同じく黒色の液体が入った瓶である。

 

 

「……これは、なんだ?」

「あなたの兄さんが私達に託した物、かな。……多分、ゴグマジオスの甲殻と、これは何だろう。道中にあった痕跡よりも、汚くない」

 瓶に入っていたのは、彼女達がゴグマジオスを探している時に見つけた痕跡よりも綺麗な黒い液体だった。

 

 火薬の盗難事件現場で見つかる痕跡。その元なのかもしれない。

 

 

 

「きっと、あの人はゴグマジオスの進路を調査するだけに留まらず。甲殻を拾って……弱点を見抜こうとしたのかもしれない」

 モンスターの甲殻を調べれば、その素材の弱点を調べる事も出来る。

 

 

 

 

 きっとその甲殻は今後のゴグマジオスとの戦いで重要な役割を果たす筈だ。

 

 

 

 

 それを理解したニーツは、ただ崩れ落ちる。

 

「……兄さんは、英雄になりたいって言ってたんだ。父親みたいな、英雄にさ」

 そんな彼を、今は見守る事しか出来なかった。

 

 手を強く握りしめて、かの龍が歩く方角を見る。

 

 

 

「……死ぬ事が英雄になるって事なのか。なぁ、英雄ってなんだよ!! 生きてなきゃ、何も意味ないじゃねぇかよ!! アーツ兄さん……っ!!」

 ふと彼の視界に映ったレイラは、不機嫌そうな表情をしていた。

 

 それを見てニーツは思い出す。自分が彼女に言った事を。

 

 

 

「英雄って、なんだろうね。……私は、なりたくないな」

 日が沈む。

 

 

 飛行船は、静かに日の沈む方角へと歩んだ。

 

 

 

 止まらずに、真っ直ぐ。




英雄って、一体何なんでしょうね。

さて、ついに死人が出ました。
所でこの作品はこれからも何人か登場人物が増えて行くんですが、登場人物一人一人を覚えてもらえるように頑張りたいです。これは、百人の英雄の物語なので。


それでは、また次回もお会い出来ると嬉しいです。







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