沈め掻臥せ戦禍の沼に   作:皇我リキ
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何者か

「昔話をしよう」

 街中で座り込む男の横に立ちながら、ダービア・スタンビートはそんな言葉を落とした。

 

 

 腰を下ろし、酒瓶を仰ぐ。

 そんな彼の隣で蹲っているのは、つい半日前に実の兄を失った狩人──ニーツ・パブリック──だ。

 

 

「だ、ダービアさん……」

 ダービアは多くのハンターの面倒を見て、好かれる者には好かれる、嫌われる者には嫌われる人物である。

 

 眼力があり、己の実力も相まってこれまで何人ものハンターを導いて来た。

 その中にはハンターを辞めさせた者もいる。お前みたいな奴は無駄に死ぬだけだ、なんて彼に言われた初心者ハンターも少なくはなかった。

 

 

 そんな中で、十八年前を知る者として。

 

 十八年前、街で暴れる古龍に触発されたモンスター達を狩猟した影の英雄として。

 

 

「俺は英雄か?」

 今日も彼は問い掛ける。

 

 

「……ダービアさんは、英雄だ」

「違うな。俺はあの日逃げ出したのさ。テオ・テスカトルが怖かったからな」

「そんなの───」

 ───当たり前だ、と。そう吐こうとした言葉は喉から出てこない。

 

 

 ならば勇敢にもかの龍に立ち向かった者達は、一体何を考えていたのか。

 

 死した九十九人の英雄は何を考えていたのか。

 生き延びた一人の英雄は何を考えていたのか。

 

 

 当事者ですらないニーツに分かる訳がなかった。

 

 

 

「英雄なんてな、本当はこの世に居ないのさ。居るのは命知らずのバカか腰抜けだ。───なら、どっちが英雄になると思う?」

 命知らずのバカを英雄視すれば、兄のアーツや九十九人を英雄と言う事が出来る。

 その代わりたった一人の英雄と共にダービアの事を否定する選択だ。

 

 逆はどうか。

 腰抜けを英雄死するなら、あのたった一人の英雄と共にダービアを英雄と言う事が出来る。

 代わりに父親を含む九十九人の英雄や兄を否定する事になった。

 

 

「……分からねぇ」

「大正解だ」

 しかし、ニーツの解答にダービアはそう答える。目を見開くニーツは、彼が何を言いたいのか分からなかった。

 

 

「言ったろう、英雄なんてのはまやかしだ。そこに命知らずのバカも腰抜けも違いもねぇ。英雄の定義を定めるのは所詮己。誰を英雄視するのも己の勝手。……さて、もう一度問おう。俺は英雄か? お前の兄は英雄か? お前がそう思うなら誇れ。そしてそう思わないなら蔑め。アーツを肯定するも否定するも己の自由。お前は自分の進みたい道を進めば良い」

 そう言うとダービアは立ち上がりながら、ニーツに手紙を一つ手渡す。

 

 

 古龍───ゴグマジオス撃退戦クエストの依頼書だ。

 

 

「死んで英雄になるもよし、生きて腰抜けになるもよし。誰かが否定すれば英雄ではなくなり、誰かが肯定すれば英雄になる。……さて、お前は何者になる? 俺が見たアーツとお前が見たアーツは違う筈だ」

 立ち去るダービアの背中を見て、ニーツは手紙を握り締める。

 

 

 兄は何になったのか。己の答えを噛み締めながら。

 

 

 

「さぁ、お前は何者になる。……英雄になるか、それとも───」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「君のお父さん……」

 ギルドの貸家にて、インナー姿になったイアンが同じくインナー姿のレイラに口を開いた。

 肩まで伸びた赤色の髪を一つに纏めたまだ若い女性は、そんな声に振り向いて溜息を吐く。

 

 

「心配性なの。母さんを目の前で亡くしてるから」

「親が子を心配するのは当たり前じゃないかな?」

「し過ぎよ」

 両手を上げて否定するレイラは、机の前に並べたアイテムの整理をしていた。

 

 古龍の撃退戦に参加する為に。

 

 

「気持ちは……分からないでもない。だって君はまだその───」

「子供扱いする訳?」

「そうじゃないさ」

 イアンの言葉に反応したレイラは、ベッドに座っていた彼に詰め寄ってそのまま身体を押し倒す。

 

 

「あたしだってもう大人。自分で考えて行動出来る。なんなら証明する?!」

 インナーに手を掛けながらそう言うレイラを、イアンは身体を持ち上げて退かした。

 彼女は予想外の腕力に驚いて悲鳴を上げる。

 

 

「そういう事してる内はまだ子供だ」

「貴方までバカにするの?!」

「バカにしてる訳じゃない。ただ、父親の気持ちを考えたらどうだって話だよ」

「父親の気持ち、分かるの?」

「……分からないけど」

 子供どころか伴侶もいないイアンに、その質問は急所だった。

 

 

 思えば憧れたハンターに近付く事に必死で、そういう事には疎かったとも思う。

 

 ただ、目の前の彼女はまだ若い。

 手を出す気にはならなかった。

 

 

 

「へぇ……」

「バカにするのか?!」

「そうじゃないわよ」

 どこかで聞いた事のあるイントネーションでそう言ったレイラは、再びアイテムの整理に戻る。

 イアンは立ち上がろうとして、やっぱり辞めてその場で口を開いた。

 

 

「まぁ、君の言う事も一理あるけどさ。危険なのは分かってるだろう?」

「それが分かってなかったら上位ハンターになれてないわよ」

「それもそうか」

 あまり家族間の話に首を突っ込む物でもないが、彼にはややこしい問題が一つある。

 

 

 立て掛けてある槍と盾を見て、イアンは溜息を吐いた。

 

 

 彼女の父親ケイド・バルバルスは今現在加工屋を営んでいる。

 そんな彼から、もう二度日が昇る頃───撃退戦の受注受付がある日に新しい武器と防具を受け取らなければならなかった。

 

 だが、どうしてもあの場に居合わせた事が気まずい。

 どうせなら彼女について来て貰って、蟠りを解消して貰いたい所である。

 

 

 だからどう誘ったものかと悩むばかりで、話は少しずつズレていった。

 

 

 

「モンスターが恐ろしい事も知ってる。目の前で仲間が死んだ事だって、今日だけじゃないもの」

「なんでハンターになったんだ?」

 頭を抱える少女に、彼は素朴な質問をする。

 ただ話を続ける理由が欲しかった。

 

 

「父さんはあの日からずっとバカにされていたらしいの」

 十八年前の事だろう。

 

 一人だけ生き残った英雄。テオ・テスカトルと対峙して生き残った彼を、一部の人達は逃げていただけの腰抜けと蔑んだ。

 

 

「父さんだけは英雄じゃない。腰抜けだって。……そんなのあんまりじゃない?! 死ぬ事が正しい事? 戦ったら死なないといけないの? あたしは生きて、生き延びて、父さんは正しかったって証明するの。だから、この古龍撃退戦はそのチャンスなのよ」

 彼女を子供だと言った事を反省しなければならないと、彼はそう思う。

 それだけ自分の考えを持っているのは、とても立派な事だ。

 

 

「それ、ケイドさんには言ったのか?」

「言ったわ。……父さんはどうでも良いって感じだったけど、あたしはどうでも良くなんてない」

 やはり親子の問題は難しい物だな、と。イアンはベッドに横になりながら考える。

 

 どのみち後一日時間もあるのだ。ゆっくり考えた方が良いのかもしれない。今日は色々な事があって、きっと彼女も疲れている。

 

 

 

「明日まだ一日あるんだ。早く寝た方が良い」

「そう言って襲う気?」

「ま、まさか」

「冗談なんだけど、なんで焦ってる訳」

 やられた、なんて思って手で顔を抑えながらイアンは溜息を吐いた。

 

 

 良くジャンにも言われるが、この歳で女性関係に疎いのも問題なのかもしれない。

 

 

 

「どのみちまだ眠くないから、どうぞお先に」

「それじゃ、遠慮なく」

 披露もあってか、イアンは直ぐに夢の中に落ちる。

 

 

 彼が眠ったのを確認してから、レイラはその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

「……怖いに決まってるじゃない。目の前で仲間が死ぬ所になれる訳ないじゃない。それでも、父さんは戦った。父さんは凄いんだ。何で皆バカにするのよ。……ねぇ、貴方はなんで父さんを認めてくれるの?」

 英雄だと、言ってくれるの?

 

 

 

 震える身体を丸めて、少女は泣き崩れる。

 

 

 

 男の断末魔の叫び声が脳裏を過って、ただただ彼女は小さく呻いた。

 

 

 

 英雄ってなんだろう。

 

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「実験の結果はどうですか?」

 緑青色のコートを着た女性が、竜人族の老人に声を掛けた。

 

 

「やはり、弱点は火と龍だね。こっちの液体は油のようなものだが、多分龍の体液のようなものだろう」

 老人は一度眼鏡を掛け直しながら彼女にそう返事をする。

 

「火薬を盗んでいた犯人が火に弱い……?」

「いや、逆さ。火薬の成分で身体を作っているから、場合によっては火を通し易いって事だよ」

 老人の説明に「なるほど」と腕を組んだ女性は、報告の為のメモを取り出した。真面目な性格なのだろう。

 

 

 ごく最近ギルドナイトに就任した彼女───エドナリア・アーリア・シュタイナーは、一通り文章を書き終えると「ご苦労様です。ご協力感謝致します」と丁寧に老人へ礼を述べた。

 

 

「エドナリア、報告はどうなっている」

 そんな彼女の背後から声を掛けたのは、深緑色で彼女と同じデザインのコートを着た青年である。

 黒い髪を三つ編みにした青年は、彼女の前に立って片手を腰に置きながらそう聞いた。

 

「サリオク……。はい、今解析結果が出た所です」

「サリオク兄さんと呼べと言っただろう。誰のおかげで平民の君が高貴なギルドナイトになれたと思っている」

 威圧的にそう語る青年の名はサリオク・シュタイナー。

 

 ハンターとして名門の家の長男であり、所謂貴族紛いの金持ちである。

 エドナリアはそんな彼の家で養子として育てられた娘だった。ただ、目に見えて悪いサリオクの性格が相まって、あまり仲は良くない。

 

 

「そーですね、私を養子として迎え入れてくれたお父上のおかげだと思っております。お父上はお前の実力だと言ってくださいました。……貴方と違って」

「どういう意味だ?!」

「そのままの意味です。それで、何かご用件でも?」

 逆に威圧的な態度を取るエドナリアを見て、サリオクの頭に青筋が出来る。

 

 それを見て竜人族の老人は表情は引きつらせた。これには彼女も反省である。

 

 

「……ちっ。コーラルさんへの報告は私がしておく! その報告書を寄越せ」

 つまり、手柄が欲しいのだ。

 

 彼女はなんの躊躇いもなしに報告のメモを彼に手渡す。しっかりと伝えてくれさえすれば、彼女にとって細かい事に興味はなかった。

 

 

「ふふ、良くやった。それでは、明日までにまた何か分かったらまず私に伝えるのだぞ!」

 彼は満足そうな表情でその場を後にする。

 

 うるさいのが居なくなった所で、彼女は一度溜息を吐いてから老人に「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 

 

「エドナちゃんが謝る事でもないさ」

「一応家族ですので、アレが作戦の邪魔をしない事を祈るばかりです。……そういえば、進路はどうなっていますか?」

 四人のハンターが調査に出てから一日が経っている。そろそろ一度観測気球から連絡が来る筈だ。

 

 

 ゴグマジオスの進路によって作戦は大きく変わってくる。

 

 かつてラオシャンロンを誘導した渓谷付近には一つ大きな町があり、砦にゴグマジオスを誘導するとしてもその町を守る為の防衛戦が必要だ。

 報告によれば四人のG級ハンターが砦でゴグマジオスを討伐する作戦も思案されているらしい。ともなれば、砦への誘導と町付近の防衛戦が今作戦の要ともなるか。

 

 

「渓谷からは少し遠いね。もし真っ直ぐ進んだとしたら、ドンドルマには来ないかもしれないけれど、湿地帯付近の町や村は大損害を受けるかもしれない」

「どのみち渓谷への誘導作戦が必要ですね。……しかし、どう誘導するか。そして近くの町の防衛の対処───」

 今後の事を見据えてブツブツと独り言を並べて行くエドナリアを見て、竜人族の老人は彼女が居れば問題ないだろうと安堵する。

 

 

 

 かの龍は今も確実に前進しこの街に近付いて来ていた。

 残された時間はあまり多くない。その間に出来る事を今する事が、彼女達の仕事だろう。

 

 

 

「───ありがとうございます。また何かあれば、コーラルさんに届くよう連絡お願い致します」

 そう言ってから、エドナリアは次に近くの酒場を訪れた。

 

 もう街にもゴグマジオスの噂は広まっている頃だろう。

 何かパニックや揉め事が起きてもおかしくないと踏んで、誰に言われた訳でもない自主的な行動だ。

 

 

「……異常なし。さて、それでは次は───」

「うわぁ?!」

 次の行動に移ろうと彼女が振り向くと、何かに当たって身体がよろける。

 

 同時に、まだ声変わりもしていなさそうな若い男の子の声が集会所に響いた。

 視線を落とした先に居たのは、消して高い訳ではないエドナリアよりも小さな身長の少年。

 

 背中にはライトボウガンを担いでいて、初心者用装備に身を待とう彼はおどおどしい表情をしている。

 

 

「……っと、すみません。突然振り向いてしまい」

 自分の非は必ず認めるというのが、あの義理の兄を見て育った彼女の志でもあった。

 彼女は屈んで少年の視線に目を合わせるとそうして謝る。

 

 少年はたどたどしく、慌てた様子で「ご、ごめんなさいこちらこそ!」と涙目で返事をした。

 

 

 まだ若いハンターで、周りの人が怖いのだろう。そんな時期が自分にもあったな、と。彼女は思い出して微笑んだ。

 

 

「いえ、こちらこそ。これから狩りですか? 頑張って下さい」

 自分の服装が服装だけにあまり気を使わせるのも悪いと思って、彼女はそうとだけ告げてその場をさる。

 

 この街にはこんな若いハンターだって居るし、もっと言えば沢山の人々が住んでいるんだ。

 適当な指揮をして街を危険に晒す事は許されないと、再び自分の責任を感じ取る。

 

 

「あまり責任を感じ過ぎるのは良くないな。何を考えている? 力み過ぎだ」

 そんな彼女のに横から話しかけたのは、同じくギルドナイトでゴグマジオス撃退戦の指揮を取るコーラルだった。

 

「コーラルさん……? あ、いえ、当たり前の事を考えているだけです。……それより、素材を調べた結果ですが、サリオクから聞きましたか?」

「あぁ、さっき報告書を貰ったよ。弱点が知れた事は今作戦に多大な影響をもたらすだろう。……アーツ・パブリックは我々に繋げてくれたのだ」

「……私は、彼をただのゴロツキだと思っていました。反省しなければなりません」

 彼をギルドに連行した時、狩人の誇りも何もないただの酒飲みだと、そんな印象で接した事を後悔する。

 

 

 彼の決断と行動がなければ、ゴグマジオスの弱点を知らないままに戦う事になっていた。

 

 元々はその予定だったが、彼の功績により作戦の成功率は格段に上がったと言っても良い。

 

 

 

「だが、それが正しかったのかは私も分からない」

「どういう事ですか……?」

「はたしてそれは、彼の命を捧げる価値のあるものだったのか。彼の命を犠牲にしてまで手に入れたこの情報に、彼の命と同等の価値があったのかと」

 難しい表情でそう語るコーラルに、エドナリアは真っ直ぐ瞳を向ける。

 

 己の答えを話す時は、真っ直ぐ相手を見る事だ。シュタイナー家で育てられた時に教わった言葉である。

 

 

「きっと、彼は命を捧げる気なんてなかったのだと思います。……ただ、届かなかった」

「……なるほど」

 アーツ・パブリックは死を選んだ訳ではない。ただ、自らの命に手が届かなかったのだと彼女は語った。

 

 

「……私は、届かせます。命を背負うギルドナイトとして」

 彼女の真っ直ぐな翡翠色の瞳を見て、コーラルは深く頷く。

 

 

 

 

 命を背負う者として。




中々話が進んでくれなくて焦っております。
少しずつキャラを増やしてるけど、ちゃんと覚えていただいてるか心配ですね。

それでは、次回もお会い出来ると幸いです。







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