沈め掻臥せ戦禍の沼に   作:皇我リキ
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決断の時はいつか

 ドンドルマのとある居酒屋で、まだ声も変わっていない少年が背中にライトボウガンを背負って歩く。

 

 

 真新しい初心者用装備に身を包む少年はしかし、ハンターになってから一年という歳月を経ていた。

 それにしては新品同様の装備に、周りのハンターからは初心者ハンターだと微笑ましく思われるか馬鹿にされるかのどちらかである。

 

「きょ、今日こそクエストを受けるぞ……っ!」

 居酒屋兼集会所になっているその場所で、彼は拳に力を入れながらそう言葉を落とした。

 

 

 少年はハンターの育成学校を卒業後、毎日初めての狩りに赴こうとしては挫折して家に帰るという事を繰り返している。

 小心者で臆病で。それでもなんとか育成学校を卒業したは良いが、採取クエストすら行けない始末だ。

 

 これまで育ててもらった両親に報いる為に、なんとか集会所に足を運ぶのだが、今日も今日とてこの時点で身体は震えている。

 

 

 両親からは無理しなくて良いと言われてはいるが、このままでは立派な大人になる事なんて出来ない。

 勇気を振り絞って、目を瞑りながら、いつもより少しだけ前に進んだのが少年の運命の分かれ道だった。

 

 

「……異常なし。さて、それでは次は───」

「うわぁ?!」

 突然何かにぶつかってしまい、少年は眼を開きながら驚きの声を上げる。

 

 目の前に居たのは、緑青色のコートを着た金髪の女性だった。

 ギルドナイトの格好をした彼女を見て、少年は全身から冷や汗を流して固まってしまう。それだけで固まってしまう少年なのだ。

 

 

「……っと、すみません。突然振り向いてしまい」

「ご、ごめんなさいこちらこそ!」

 謝る女性に、少年は涙目で返事をする。

 

 今日は厄日だもう帰ろう、なんて事を思ってしまった。

 

 

「いえ、こちらこそ。これから狩りですか? 頑張って下さい」

 しかし、女性はそうとだけ告げて彼に背を向けてその場を立ち去る。

 そんな彼女のコートから一通の手紙が落ちてきて、それを拾った少年は女性に声を掛けようと手を伸ばした。

 

 だが、その間をハンターが何人か通り過ぎて。その間に少年は彼女を見失ってしまう。

 人の多い酒場だ。彼女を探すのは難しいだろう。

 

 

「ぎ、ギルドの人に渡せば良いかな……?」

 そう考えるは良いが、それをするという事はギルドの受付嬢に話し掛けるという事だ。

 それはクエストを受けるのと同じ行為であり、この少年は一年間それが出来なかったのである。

 

 

「……あ、明日で良いかな」

 表情を曇らせながら、少年は帰路に着いた。

 

 家に着くと、母親が料理を作ってくれている。彼は申し訳なさそうな顔で、その横を通った。

 

 

「今日はどうだった? ラルク」

「この時間に帰ってる事から察して欲しいな……」

「あっはは、そうかー。今日もダメかー」

 少年をラルクと呼んだ彼の母親は、料理の支度をしながら笑顔で頷く。

 むしろ無事に帰ってきてくれて安心しているのだ。

 

 彼は結局狩りには出掛けないが、それでもハンターを辞めるとは絶対に言わないのである。

 いつか本当に狩りに出掛けたとして、戻ってくる保証が無い事くらいは知っていた。

 

 それが初心者用のクエストでも、何が起こるか分からないのが狩場だから。

 

 

「あ、明日こそ頑張るよ!」

「うん。頑張れー」

 笑顔でそう返す母親は、出来上がった料理を机に置く。

 明日も彼が無事に帰ってくる事を願って。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ドアを叩く音で目が覚めた。

 

 

 イアンは身体を起こすと、まずレイラを探す。ふと窓の外を見てみると太陽は既に高い所まで登っていた。

 疲れが溜まっていたのだろう。ほぼ半日以上眠っていたのか、むしろ太陽は沈み始めていた。

 

 彼女が隣のベッドで寝ている事を確認すると、彼は立ち上がって扉の前に向かう。

 ギルドの職員だろうか。宿泊の許可は貰ったが、あまりにも長居してしまったのかもしれない。

 

 

「……ジャン?」

 しかし、扉を開けると目の前に居たのは職員ではなく見知った男だった。

 ジャン・ケールス。普段からイアンとコンビで狩人業に勤めるハンターである。

 

「よぅ、心配して帰って来ちまったぜ」

 全くその気のない表情でそう言ってから、なんのお構いもなしにジャンは部屋に入ろうと足を前に出した。

 イアンはそれを反射的に止める。狩人ならではの反射神経に自分でも舌を巻くが、何故自分が彼を止めたのか一瞬だけ分からなかった。

 

 

 ふと部屋の中の彼女に気を向けて、自分の反射的な行動を理解する。

 

 男女関係をからかわれる想像は容易だった。長年の付き合いという奴である。

 

 

「おいおい、何の真似だよ。こっちは心配して来てやったんだぜ?」

「ちょっと部屋が汚くてな。直ぐ出てくから外で待っててくれないか?」

「態々ガーグァの快速竜車で飛ばして来て、揺れる竜車で腰を痛めてる相棒にその仕打ちかよ。……それとも何か、中に見られちゃういけない物でもあるのか? あの時の赤毛の女の子持ち帰りしたのか?」

 感が鋭過ぎて怖い。それこそ狩人ならではだろうか。イアンは表情を引きつらせた。

 

 

「へぇ、その反応は───良いから開けろぉ!」

 突然力を入れたジャンに、イアンは押し戻されて扉が開く。

 

 ランス使い失格だと頭を抱えるが、それ以上にどう説明したものかと心の中で嘆いた。

 

 

「……わぉ」

 部屋の真ん中に立って、レイラが寝ているベッドを見て声が漏れる。

 

「一緒に寝たのか?」

「別のベッドでな」

 両手を上げて小声で質問してくるジャンに、イアンは人差し指を口に向けながらそう答えた。

 

 

「あー……その、悪かった。まさかそこまで進展していたなんて」

「人の話を少しは聞いてくれ」

 溜息を吐くイアンに、ジャンは「ならむしろ今がチャンスだ」と小声で呟く。

 

「からかうなよ、彼女とはそんなんじゃない。昨日一緒にクエストから帰ってきただけだ」

「あと一人居ただろう? 兄か……弟だったか、どうした?」

 おもむろにベッドに座ると、ジャンはそんな質問をした。

 

 その内どちらかがクエスト中に亡くなった事を知っている口振りと、途端に真剣になった彼の表情を見てイアンも表情を切り替える。

 

 

 心配になって来てくれたというのは嘘ではないらしかった。

 

 

「ドンドルマから気球船を降りた後、走り去ってしまった。……俺には、理解出来なかったから」

「まぁ……なんだ。俺達仲間を失った事はないからな」

 そもそも殆ど二人だったし、と付け加えて。ジャンは懐から一通の手紙を取り出す。

 

 

「お前はどうするんだ?」

 昨晩コーラルから貰った物と同じ手紙を見て、イアンはその言葉の意味を察した。

 古龍ゴグマジオスの撃退戦。そのクエストに参加するか、否か。

 

 

「俺は───」

「あたしは参加する」

 イアンの言葉を遮ったのは、いつのまにか起きていたレイラ。

 彼女は寝起きで跳ねた赤い髪を抑えながら、表情だけは整えて口を開く。

 

 

「お、起こしちゃったのか。ごめん、こいつ勝手に入ってきて」

「こんにちは嬢ちゃん。俺は隣町に住んでるジャンだ。コイツとは相棒なんだよ、よろしく」

 立ち上がって手を伸ばすジャンに、レイラは目を細めて反抗的な態度を示した。

 

 何が気に食わなかったのか、ジャンは「あれ……?」頭を掻く。

 

 

「子供扱いしないで」

「それはなんていうかその……悪かった。それじゃ、改めて。……ジャンだ、よろしく」

「レイラよ。よろしく」

 二人が手を取り合ってから、イアンは腕を踏んで考え事をし始めた。

 その時に視線を横に向けるのが彼の癖なのだが、それを知っているジャンは彼が何を考えているのか気になってしまう。

 

 

「何考えてんだ?」

「いや、少し困った事情があってな」

 話は聞こうというジャンの態度を見て、イアンは彼女の父親と昨日何があったのかを伝えた。

 そしてその上で、明日の朝には頼んでいた武具を彼の所に取りに行かなければならないという事も。

 

 

「つまり、気不味いと」

 イアンとレイラを見比べながら、ジャンは呆れたようにそう言う。

 

 言ってしまえば親子の問題だ。運が悪かったというか、災難だったというか。

 

 

「まぁ、気にせず取りに行くのが正解だろ。君……レイラは、行きたくないだろう?」

「あたしの所為で気を遣わせてるなら、その。……一緒に取りに行く?」

「良いのか?」

 レイラの以外な返答に、ジャンは驚いてイアンは前のめりになって聞き返す。

 

 彼女は視線を逸らしながらも「あたし達親子の所為だし」と付け足した。

 

 

「それなら、今から行こうぜ。嫌な事は早めに終わらせるに越したことはない」

「いや、今日は撃退戦のための買出しをしたい。相手は古龍だ。それ相応の準備をしないと」

 当の龍を見たものとして、並大抵のモンスターでない事は明白だと。

 それこそがつい先程のジャンの質問への答えである。

 

 古龍ゴグマジオスの撃退。それはあの時、百人の英雄達に命を救われた彼が彼等のようになりたいと願った夢でもあった。

 

 

「そう言うと思ったよ」

 お互いに拳をぶつけてから、立ち上がって準備を進める。

 

「お、そうだ。レイラ、君も一緒にどうだ?」

 そんな中で、彼女に声を掛けたのはジャンだった。

 彼の吊り上がった口角を見て、イアンはまた変な事を考えてるなと目を細める。

 

 

「んーと、良いわ。私も同じ事考えてたし、付いて行く」

「決まりだな」

 不敵に笑うジャンと、頭を抱えるイアン。そんな二人を見て首を横に傾けるレイラの三人は、傾き出した太陽が照らすドンドルマの商業区に向かうのだった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 程よい焼き加減の雌火竜のロースを豪快に口に含み、ナイフも使わずに歯で噛み切る。

 染み出した肉汁と厳選されたタレが絡まって口の中で溶け、染み渡っていく感覚がジャンは好きだった。

 

 

「もう少しお上品に食べたら?」

「お上品に皿の上で肉を切ってたら、肉汁が逃げちまうだろ?」

 レイラの忠告にもそう返して、ジャンはひたすら肉を口に運ぶ。

 

「そ、そう……。それにしても、雌火竜(リオレイア)の食材がこんな所まで回ってくるなんて珍しいわね」

 さながら恐暴竜のように肉に噛み付くジャンを見て若干引きながら、レイラは今彼等が食べている食材の事に話題をずらした。

 

 

 雌火竜ことリオレイアはレウス種の雌であり、非常に強力な力を持つモンスターである。

 珍しいモンスターではないが、今彼女達が食事をしているような街の外側にある料理屋で出てくるような食材ではなかった。

 

 

「何匹か同時に討伐されたんじゃねーの?」

 気楽にそう返すジャンの隣で、レイラとイアンは顔を見合わせて両手を上げる。

 

 既に太陽は沈んでいて、辺りは僅かな光に照らされるばかりだ。

 三人はこの時間まで買出しを共にし、せっかくだからと近くの飯屋で食事をという事でここにいたる。

 

 

「まぁ、せっかく頂いた命なんだ。美味しく頂くとしよう」

 そう言ってから、イアンは皿の肉にナイフを突き付けた。

 モンスターから素材を剥ぎ取る容量で、程よく赤みの残る肉を切り分けていく。

 

「頂いた命……か」

 ポツリと呟いたのは、レイラだった。

 先日目の前で消えていった命を思い出しては、また吐き気がする。

 死ぬ瞬間を見た訳ではない。いや、それはつまり彼を見殺しにしたという事だった。

 

 

 しかし、彼があの時その行動を取らなければ四人とも死んでいたかもしれない。

 勿論あんな状態になったのは彼の軽率な行動の結果だろう。しかし、彼の行動でゴグマジオスの弱点が知れて───結果何人の命が助かるのだろうか。

 

 

 彼の命を生かすも殺すも、彼女達次第だった。

 

 

 

「俺は彼のようにはなりたくない。勿論、彼は正しい事をしたんだと思う……それだけは否定できないけれど」

「死んだら終わりだと思うけどな、俺は。待ってる奴も居るし」

「あたしも、死ぬ事が英雄だとは思わない」

 ジャンとレイラはそう答える。

 

 それも、一つの答えだ。

 ならば自分の命を優先して他の命を危険に晒しても良いのだろうか?

 

 

 そんな事を考え出すと、答えは出なくなる。

 

 あの時、百人の英雄は何を考えていたのだろうか。

 それを知る者はもうこの世界に一人しか居ない。

 

 

 

「英雄、か」

 憧れていた者は遠くて、理想とは違って。

 

 それでも古龍という脅威は刻々と目の前に迫っていた。

 

 

 もし決断の時が来たとして。自分はどうするのだろう。

 いくら考えても、答えが出る事はなかった。




何事も備えは大切だと思うのです。


それでは、次回もお会い出来ると幸いです。







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