パパは新卒社会人   作:拙作製造機

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彼女の出番はもう少し先です。今回は三人が大人になるための話。これは、個人的には高校生相手に早い話題ですのでね。


男として、女として

―――雪ノ下に連絡を取ってくれないか?

 

 その問いかけの意味と意図を結衣もいろはも瞬時に察した。八幡がゆいこの母親は彼女だと、雪ノ下雪乃だと思ったのだと。それでも結衣は嫌がる事なく頷き、ゆいこを彼へ手渡すとスマホを取り出してメールの準備を始める。その間もいろはは夕食の準備を、八幡はゆいこを抱き抱えて結果を待つ。

 

「…………来た」

 

 一瞬ではあるが八幡といろはが揃って息を呑んだ。結衣はその返信内容へ目を通し、やや複雑な表情を浮かべる。それは八幡にはとても気になる反応だった。

 

「えっと、そのまま読むね?」

「ああ」

「その子の母親が誰でも一年経てば帰れるはず。もしそうじゃなければもっとこちらへ注意喚起などをするはずよ。それがない以上は下手な詮索は止めて一年をどうやって乗り切るかを考えた方がいいわ」

「うわぁ、雪ノ下先輩らしいなぁ。これ、要するに会いたくないとか関わりたくないって事ですよね」

 

 いろはの真っ直ぐな一言に八幡が内心で同意する。詳しい理由は定かではないが、雪乃が八幡と関係を持とうとしていない事だけは伝わったのだ。その事で彼の気持ちが若干凹んだのを結衣が察したのだろう。どこか苦笑いしながらこう擁護したのだ。

 

「きっとゆきのんも驚いてるんだよ。で、どんな顔をして会えばいいのか分からないんだと思う」

「あー……それは有り得ますね。雪ノ下先輩も対人関係不器用ですもん」

 

 二人の会話は八幡の痛い部分も突いていた。いろはには大学でも付き合いがあったから平気だったが、結衣とはやはり緊張したのだ。それでも会ったのはゆいこのためという大きな理由があればこそ。雪ノ下にとってはゆいこはそこまでの理由にならないのだろう。何せ未来から来た八幡の子であると分かっているだけだ。そこについて雪乃が興味を持たなければならない理由はない。

 

(雪ノ下が今更と思ってもおかしくないしな……)

 

 何せ彼が逆の立場だとすれば、気にはなるがわざわざ顔を合わせようとはしないからだ。が、そこで彼は気付く。結衣がどうやって雪乃へ自分の現状を伝えたのかを確かめておかないといけないと。

 

「由比ヶ浜、雪ノ下へ送ったメール見せてもらえるか?」

「え? いいけど……」

「すまん」

 

 結衣が見せた文面は、ゆいこという八幡の子供が未来からやってきた事。一緒に送られたであろう手紙には一年間は元の時代へ戻れない事。そして母親と違う相手だとゆいこに何らかの変化が出る事が書いてあった。そこに彼が結衣に送った画像が添付されている。

 

「……サンキュ、由比ヶ浜。助かった」

「うん、でもこれがどうしたの?」

「雪ノ下の返答の意味を考えたかった。それだけだ」

「そうなんだ。ゆきのんの気持ち、分かりそう?」

「こればっかりは本人が言わない限り無理だ。俺に出来るのは精々が予想するぐらいか」

「ヒッキー、その」

 

 その答えに結衣が尋ねようとした瞬間、いろはの元気な声が室内に響いた。

 

「出来ましたよ~!」

「おう、助かる。由比ヶ浜、お前も良ければ食ってけ。一色、足りるよな?」

「当たり前ですよ。結衣先輩を出迎えた時にもう何とかするべく考えてたんですから」

 

 自慢げに胸を張るいろはに八幡の視線が自然とある一点へと吸い寄せられ、不自然ではない程度に逸らされた。が、当然それに気付かぬいろはではない。やや嬉しそうに笑みを浮かべつつテーブルに料理を並べ始めた。一方で結衣も八幡の視線がどこへ向いたかを理解しやや膨れ面を見せていた。

 

「ヒッキー? さっきの気付いてるからね?」

「……その、悪気はないんだが」

「ううん、怒ってるのはいろはちゃんの事じゃないから。ヒッキー、ゆきのんの事教える気がないからだよ? ちゃんと聞かせて欲しいな、ヒッキーがゆきのんの気持ちをどう考えたのか」

「由比ヶ浜……」

 

 どこか悲しげに、でも嬉しそうにそう告げて結衣は八幡からゆいこを抱き上げてテーブルへと向かう。その背中を見つめて彼は静かに息を吐いた。改めて思い出していたのだ。あの奉仕部での日々で結衣がどういう立ち位置をしていてくれたかを。彼女は常に雪乃と八幡の繋ぎ役だった。バランサーとでも言えばいいのか。人付き合いが苦手な八幡と下手な雪乃を取り持つのが結衣の役割だったのだ。

 

 その後はいろは作の料理を食べ、結衣を八幡が駅まで送る事となった。その道中、八幡は結衣へあの雪乃のメールから予想した事を話した。

 

「これは俺の推測だ。本当に雪ノ下が考えている事かどうかは自信が無い。その上で聞いてくれ」

「うん」

「雪ノ下はあのメールと画像を見ておそらくお前達のように信じてはくれたはずだ。だからこそ、自分が関わりたくないと思った。何故なら自分へメールが来ると言う事は、既に由比ヶ浜はゆいこの母親ではない可能性が高いと俺が考えていると予測できるからだ」

「え? どうしてそれで?」

「……俺の希望的観測を含めての答えだ。雪ノ下は画像とメールからお前が母親ではない事を察した。そして自分こそが母親ではないかと踏んだんだ。だけどもし自分が関わってゆいこに変化が起きればどうだ? 次に俺が心当たる存在は誰になる?」

 

 その八幡の問いかけに結衣は少しだけ考えて小さく「あっ……」と声を漏らした。そう、いるのだ。雪乃に似ていて八幡との関わりがある女性。しかも、こんな事を聞けば必ず首を突っ込んできそうな存在が。結衣の雰囲気から八幡もそれを分かったと察したのだろう。

 

「雪ノ下さんがもし母親だったとなれば、面倒な事になるのは目に見えている。だから雪ノ下はこれ以上母親探しをするなと言ってるんだろう」

「で、でもそれじゃゆいこちゃんが……」

「……ゆいこの事はこうとも考えられる。お前や一色が抱き抱えて変化しているのは、俺がまだ伴侶をしっかり決めていないためのものだ。ゆいこ自身は生まれても、母親が絶対に定まっていない事を表してるんじゃないかと思う」

 

 あまりの事で結衣は足を止めた。八幡は少しだけ歩いて振り返る。彼女は、怒っていた。

 

「由比ヶ浜……?」

「ヒッキー、ゆいこちゃんは今の状態が本当の、本物のゆいこちゃんだよ。あたしやいろはちゃんだと変わるんなら、それはゆいこちゃんじゃないゆいこちゃん。どうしてそう思わないの?」

 

 本物と言い換えた事に八幡が内心で呻く。あの青臭さが強かった頃、彼が涙ながらに言った言葉は成人した今では完全なる黒歴史と化していた。だからと言って止めてくれとも言えないのだ。あれは彼が心の内に秘めていた気持ちの吐露だったからだ。

 

「どうなってもゆいこはゆいこだ。そう思うのはいけない事か?」

「……いろはちゃんだと髪色違うんでしょ? あたしでも今のゆいこちゃんじゃない。それってやっぱり違うと思う。ゆいこちゃんはヒッキーと似たクセ毛があって、黒髪の子。そうなるお母さんとヒッキーが結ばれないと生まれないんだよ。ヒッキー、あたし思うんだ。ゆいこちゃんって、もしかしたらこのままじゃ生まれないから現れたんじゃないかって」

 

 結衣の考えは八幡もどこかで考えていた事だった。何故なら、もし今回の事がなければ彼はいろははともかく、結衣や雪乃へ連絡を取ろうとしなかっただろうから。黙り込んだ彼に結衣は優しく微笑んで告げる。

 

「もしゆきのんがゆいこちゃんのお母さんじゃないなら、陽乃さんがそうだって可能性が出てくるんでしょ? じゃ、もし陽乃さんも違ったら? ううん、こうかもしれない。今のゆいこちゃんはお母さんがいないからヒッキー似なんだって。ヒッキーが本気で結婚したい人決めたら、その時こそゆいこちゃんは本物になれるんだよ」

「俺が……決めたら……」

「だからゆきのんとゆいこちゃん会わせるべきだよ。ヒッキー、ゆきのんの連絡先教えるからちゃんとあたしと同じで踏み出してあげて。その一歩をゆきのんも待ってるから」

「由比ヶ浜……」

「もしそれでもゆきのんが振り向いてくれない時は、あたしがいるって事思い出してくれるといいかなって。あたし、ゆいこって名前、いいなって思うから」

 

 目に涙さえ浮かべて微笑みかける結衣に八幡は思わず見惚れた。髪型はあの頃と違っても、その慈愛は変わらない。いや、もっと深くなっているように彼は感じた。こうして彼のスマホに初めて雪ノ下雪乃の名が登録される事となる。だが、すぐに連絡を取る事は彼には出来なかった。まだ踏ん切りがつかなかったのもある。しかし一番の理由は怖かったのだ。自分自身で連絡を取り拒否される事が、拒絶される可能性が怖かった。故に彼はこの日はそのまま自宅へと戻る。そこでいろはからある提案をされる事を知らずに。

 

「ここで一年間同居!?」

「はい、いけませんか?」

 

 にっこりと笑みを見せるいろはに同調するような嬉しそうな声をゆいこも出す。八幡にとっていろはの提案は理解出来るものだった。だが、あくまでも昨夜の宿泊は緊急的なものであり、それを日常とするつもりはなかったのだ。そこにはゆいこが夜泣きを一切しなかった事に加え、そもそも不必要に泣き出すような事もなかったためである。

 

「あのな、お前言ってる意味分かって」

「私、ゆいこちゃんのお母さんになりたいんです」

「……は?」

「先輩、雪ノ下先輩が好きなんですよね? 違いますか? もし違うなら私と付き合ってください。ずっと、あの帰りの電車から好きでした。私、葉山先輩よりも貴方が、比企谷八幡さんが好きだったんです」

 

 絶句。それが八幡の反応だった。帰り道の結衣もそうだが、ここにきていろはまでも告白をしてくるとは思わなかったのだ。だが、その根底にあるのがゆいこの存在だとすれば納得出来てしまう。何故ならば彼も同じだからだ。ゆいこという幼い命。それがもしかすると失われるかもしれない。そう思うからこそ彼も目を背ける事を止めたのだから。

 

「……一色、気持ちは嬉しい。だけど」

「分かってます。雪ノ下先輩次第ですよね?」

 

 間髪入れずに告げられた言葉に彼は今度こそ完全に何も言えなくなった。二人の女性は揃って見抜いていたのだ。彼が一番誰に心動かしていたのか。誰に彼が心惹かれていたのかを。

 

(敵わないな、こういう事への女の敏さには……)

 

 上手く隠せていると思っていただけに衝撃だったのだろう。八幡は力なく笑って項垂れるのみ。いろははそんな彼に少しだけ悲しそうな表情を見せるも、すぐに真剣なものへ切り替えて口を開く。

 

「ゆいこちゃんのお母さんが仮に雪ノ下先輩だったとしても、私は諦めませんから」

「……どうしてだ?」

「先輩、そこは分かりますよね? もし本気で私の言っている意味分からないなら怒ります」

 

 いろはの言う通り、八幡は彼女の真意を悟っていた。雪乃がゆいこの母だとしても、彼が彼女を伴侶として選ばない限り、あるいは雪乃がそれを受け入れない限り身を引くつもりはないと告げたのだ。結衣とは違っていろはは前に出る事を選んだ。それこそが彼女の八幡への接し方だったからだろう。

 

「いつ先輩が雪ノ下先輩に連絡するか分かりませんが、私はゆいこちゃんの面倒を見る人が出来るまで部屋に帰りませんからそのつもりで。何ならそのまま内縁の妻にでもなりましょうか?」

「それは……」

「嫌ならちゃんと動いてください先輩。もう四年以上待ったんです。これで答え出してくれないと、私だけじゃなくて、結衣先輩も雪ノ下先輩も報われないじゃないですかぁ」

 

 若干涙ぐんだ声に八幡は顔を上げた。いろはは今にも泣きそうな顔をしていた。

 

「一色……お前……」

「分かってましたよ。先輩が迷ってるのは奉仕部のお二人のどちらかって事ぐらい。でも、でも好きになっちゃったんです。無自覚に女心掴みすぎなんですよ、あの頃から先輩は。下心がないからでしょうね。雪ノ下先輩も結衣先輩も多分そうだと思います。先輩の言動は下心がないから響いちゃうんですよ。良く見られたいとか良く思われたいとかないから……だからときめいちゃうんです」

 

 涙ながらの独白は八幡の心へ幾多もの棘を刺す。あの高校二年から変わり出した彼の青春。その功罪を突き付けられているようで。逃げ出したいし耳を塞ぎたい。それでもそうしないのは、彼が良くも悪くも根底が変わっていないからだろう。有りもしない本物を求めていた頃から、彼は未だに変わっていない。だが、それも静かに変化が訪れ始めている。ゆいこという来訪者が起こした波紋によって。

 

「先輩、ちゃんと自分の本物の気持ちを見つけてください。結衣先輩や私のためにも。そして、雪ノ下先輩のためにも。お願いします」

「…………ああ、分かった。ゆいこのためにも、な」

「先輩……」

 

 いろはの目に映っていたのは初めて見る顔の八幡だった。決意を固めたような、覚悟を決めたような、そんな凛々しさを感じさせる顔。男の顔をした彼だった。

 

「とりあえず、お前の申し出は有難く受ける。ゆいこの事、頼む」

「はいっ!」

「……布団でも買うか。当分はお前用で、将来的には小町用の布団としてな」

「そこはせめて来客用って言いましょうよ」

 

 こうしてこの日は終わる。八幡、結衣、いろは。三人に少なからずの変化を起こして……。

 

 

 

「何かあったのか?」

 

 翌朝、いつものように八幡が仕事をしていると、そう社長から声を掛けられた。どういう意味か分からず、振り向いた彼は思わず問い返した。

 

「と言うと?」

「いつもは休み時間ギリギリまで会社に戻らんお前が、昨日は飯食ったら戻ってくるわ仕事を片付けるわで驚いたのさ。で、カミさんは女だと言ってたんだが……その辺りどうだ?」

 

 ある意味で当たっているだけに八幡は咄嗟に返す言葉が浮かばなかった。それが何よりの返答だった。社長は口元を吊り上げると小指を立ててみせる。

 

「ホントにこれか? お前さんもそっちはちゃんとしてるんだな」

「いや、そういう事じゃなくて……」

「照れるな照れるな。いや、実を言うと安心したんだ。俺は、お前さんがそこまでして定時で帰りたがってるんじゃないかって思ってな」

「それは……ないとは言いませんが」

「おい、そこは嘘でもないって言い切れ。まぁ、仕事なんか碌にせず帰る奴よりも圧倒的にマシだがな。とにかく、これ絡みならしょうがない。お前ら若い奴らは、そっちに夢中な方が正しいわな」

 

 がははと豪快に笑って社長は八幡の肩を少し強めに叩いた。その接し方がかつての恩師と重なり、彼は思うのだ。また自分は人に恵まれたのだと。少々強引な方が彼としても接しやすいのだろう。それでも正すべき事だけは正さねば。そう思ってこれだけは告げた。

 

「彼女じゃありません。高校の同級生です」

「そうかそうか。俺のカミさんも高校の同級生だ。どこでそういう相手と巡り会うか分からんな、お互い」

「だから……いえ、もうそれでいいです」

 

 これ以上何を言っても無駄だ。そう判断して八幡は項垂れた。と、そんな彼へ社長がこう耳打ちする。

 

―――で、それだけじゃないんだろ? 昨日の朝から今までで何があった?

―――っ?!

 

 思わず顔を上げた八幡が見たのは、真剣な表情をした社長の姿だった。

 

「な、何で……」

「お前さん、昨日の出社時の顔分かってなかったんだな。今までで一番やる気に満ちてたんだよ。あれは女が出来たとかじゃない。もっと大きな、例えば守るもんが出来た奴の顔だ」

 

 社長の口調は優しく噛み締めるようなものだった。自分の見立てが間違っていないと確信している。そう八幡には分かった。そして、それがどうしてかも。彼には二人の子供がいるのだ。

 

「詳しくは聞かないでやる。何せ良い事だからな。今のお前からは何て言うか、生きるために頑張ろうって感じがするんだ。それを無くして欲しくない」

「社長……」

「自分なんていつも見られてないとでも思ったか? 言っとくが、この会社にいる奴らは俺からすればみんな家族みたいなもんだ。それぐらいの気持ちがないと、こんな吹けば飛ぶような会社やってけないんでな」

 

 苦笑して頭を掻く社長の姿に八幡は何も言う事が出来なかった。古臭い考え方かもしれないが、それ故の良さもある。昔から培われてきた事や物には、それなりの理由があるのだと身を持って感じた瞬間だった。

 

「そこにきての退社時の言葉だ。これは何か今までの自分を変えなきゃならん事でも出来たなと、そうピーンと来たわけよ。だから、ま、いつでもいい。お前が話したくなったら話してくれ。仕事の事でも、生活の事でも、俺に出来る事なら力になってやる」

「……すみません。ありがとうございます」

「ああ、ちゃんと謝罪と感謝を言えるなら一人前だ。子供と大人の差はそこだと俺は思ってる。謝るべき時に頭を下げ、礼を告げるべき時にも頭を下げる。それが出来ない奴の何と多い事か」

 

 そこから社長の愚痴が始まる―――と思いきや、それはそこに現れた彼の妻によって不発に終わる。

 

「アナタ、何してるの? 今日は義郎さんとこと打ち合わせでしょ?」

「ああ、そうだった。じゃ、仕事頑張ってくれ」

 

 慌てて動き出す社長の背中を見送り、八幡は社長夫人へ頭を下げた。

 

「助かりました。あのままじゃしばらく話を聞かされてました」

「いいのよ。それにしても、あの人もたまにはいい事言うわね。大人と子供の差はちゃんと謝罪と感謝が言える事、か……」

「聞いてたんですか?」

「ええ、悪いとは思ったけれどね。比企谷君はもう大人になれたのねぇ」

「……はい、やっとです」

「じゃあ、次は男になる番かしら?」

 

 少しからかうように笑って夫人は八幡へ顔を向ける。その意味する事を察して彼は思わず顔を背け―――ようとして止めた。その反応に夫人が小さく驚いたように目を見開いた。そんな彼女に八幡は目を合わせてこう返した。

 

―――成れたらいいなと思います。

 

 

 

 OLのたまり場と言えば給湯室。結衣もその御多分に漏れずそこの常連となりつつあった。

 

「でさ、課長がわざわざ肩へ手を置いて来てさ~」

「うわ、最悪。セクハラじゃない、それ」

「だけど誰にでもやってるし、さすがに肩へ手を置いたぐらいで騒ぐのもねぇ」

「明確な証拠か厄介な行動でもない限りは我慢か。ま、仕方ないかもね。結衣はそういう事ないの?」

「……え?」

 

 どこか上の空で同僚二人の話を聞いていた彼女は、咄嗟に反応出来なかった。何せ、結衣の頭の中は昨日のやり取りで一杯だったのである。八幡へ期せずして告白してしまった事。それに対する彼の反応は悪くはなかった。だがお世辞にも良いとも言えなかった。それが結衣の中でずっと後悔を生んでいた。もっと良い言い方があったのではないか。もっと上手い言い方があったのではないかと。そんな結衣の心情を同僚達が察するはずもない。だが、いつも明るい彼女がどこか暗いのは察したのだろう。二人して結衣の顔を見て小さくため息を吐いた。

 

「ね、結衣。何があったの?」

「え?」

「今日、朝から妙に暗いよ? 何? 男にでも振られた?」

 

 その一言に結衣の顔が曇る。それだけで二人は大体を察した。いつの世も色恋に聡いのは女性である。

 

「結衣、ごめん。ちょっと無神経だったわ」

「う、ううん。そんなんじゃないんだ。そんなんじゃ……」

「あー、なら余計ごめんだわ。うん、今日のお昼は私が結衣の分奢るから」

「て行っても社食でしょ?」

「いいじゃん。で、一体何があったの?」

 

 同僚二人の姿がどこかあの頃の親友二人に重なって見え、結衣は気付けば昨日の事を話していた。ただ、ゆいこの事は勿論伏せて、高校からの片思い相手へ告白にも似た事をしたとだけ告げて。

 

「……うん、今日の話で分かった。結衣、あんた処女拗らせ過ぎ」

「ええっ!?」

「ちょっと言い方ってもん考えなよ」

「でもさ、完全そうじゃん。いつまで待つ女するつもりよ? その男の事好きならやらせてあげるって言いな。その反応で決まりだから」

 

 身も蓋もない意見ではある。だが、彼女には分かったのだ。八幡が女性経験がなく、またそれを怖がっている相手だと。そしてそれは目の前の同僚にも言える事だとも。その意見に何も言えず赤くなっている結衣へもう一人もどこか仕方ないといった表情で声を掛ける。

 

「まぁ、あたしも同じ意見かな。結衣、さすがにもう学生じゃないんだからさ、いい加減割り切りなよ。来ない男ならこっちから行く。それでも来ないならさようなら。大体高校からの知り合いなら、普通大学の頃にケリつけるでしょ?」

「そ、それは……」

「振られるのが怖かった? それとも向こうからコクって欲しい? どちらにせよね、結衣みたいなイイ女彼女にしたがらないなんて、余程の男じゃない限りバカだから。男十人に聞いたら、八人はあんたの男になりたがるって」

「そうそう。大人になりなよ結衣。メール送って今夜勝負決めな」

 

 同僚二人の言葉に押される形で結衣は八幡へメールを送る。文面は以下の一言。

 

―――ヒッキーはあたしとエッチしたい?

 

 当然そのメールに彼が大いに唸り、絞り出すように返したメールは以下の通り。

 

―――察してくれ。

 

 そこに彼の成長と変化を感じ取り、彼女は赤面しつつ小さく喜んだ事を記す。

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