刻の涙   作:へんたいにーと

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2016年6月14日
最後のほうだけ改稿しました。ごめんなさい



第十二話

◆執務室

カクリコンから執務室で報告を受けながら、ジャマイカンは革張りの椅子にふかぶかと腰掛け、笑みを浮かべていた。

先の戦闘において、クワトロがカミーユを連れて撤退しなければならい要因を作ったアーガマの強襲は、カクリコンのMS隊が行っていた。コロニー内で激しい戦闘が行われている事と、ボスニアが急襲されている事を閃光によって光学センサーで察知したジャマイカンは、アーガマの戦力がコロニーに封じ込められ、残りの直掩隊もボスニアを叩いている今こそ、アーガマを叩くチャンスだとティターンズのMS部隊を緊急発進させたのだ。

結果から言うとアーガマには逃げられてしまったものの、カタパルトや主砲に深刻なダメージを与える事に成功していた。

 

「よかろう。あの短時間ではこれ以上の戦果を上げる事はできまい。よくやった」

 

「ハッ」

 

下がれと顎でしゃくってカクリコンの退室を待つと、とたんに張り付いていた笑みが剥がれおちた。眉間には深いしわが刻まれ、唇を噛みしめながら拳をぎりぎりと握りしめる。

怒りで震える拳で思い切り机を叩くと机に埋め込まれた液晶コンソールにひびが入り、派手な音が室内を支配した。

ジャマイカンは目の前のデスクに乗っている書類の束をちらりと見やったと思うと、自身の一切の動きを止めて無表情でその書類の束を見つめた。

一瞬の静寂の後、予備動作なく勢いよく書類の束を薙ぎ払う。それだけでは飽き足らず、机に乗っているもの全てをその腕で薙ぎ払った。

 

地球にいたころのようにバサバサと派手には落ちず、低重力のためゆっくりと辺りを漂いながら滑空していくその様が、ジャマイカンを余計に腹立てさせた。

思わず、漂っている書類群に腕をめちゃめちゃに回転させ叩き落していく。

 

「っくぎぐぅぐぅぁああ!!!……ジェリドめ!またあやつかぁあ!」

 

「あやつがぁ!もう少しぃ!粘っていればぁ!今頃アーガマを落せていたというのにぃい!」

 

落ちていた書類の一つ、意識不明の重体と書かれたジェリドへの報告書を思い切り踏みつけながら叫び散らす。

 

ボスニアからは光学モールスで救援を求むと再三の要請があったが、ジャマイカンはそれを拒否した。戦術的観点から、ボスニアとジェリド達コロニーのMSの救援よりも、アーガマの撃沈を優先したのだ。

その結果、ボスニアのMS隊であった2機のガルバルディは撃墜され、ボスニア自体も中破し、機関部や居住区に相当なダメージを負う事となった。少なくない数の将兵が戦死している。ボスニアにこれ以上の継戦能力はなく、撃沈に等しい。これは自身の進退に深刻な影響を与えかねない失態である。

 

「私のメンツ、ひいてはティターンズのメンツが、ままま丸潰れだ!」

 

死兵としたコロニー内のMS隊、ジェリドとライラは無事ではあったものの、まだジェリドの意識は戻っておらず、その搭乗機体であるジムⅡはスクラップと化している。

先ほど薙ぎ払った書類は各部から上がってきている被害報告書と言う名の悲鳴である。

 

ひとしきり暴れて息を切らしたジャマイカンは、どかりと乱暴に椅子へ腰掛けると、腕をだらりと降ろし天井を見上げた。

 

(あの女の言う事が当たっていたというのか……)

 

あの女とはライラ・ミラ・ライラの事である。ジャマイカンの予想では月へと向かうはずだったアーガマは、戦略的に無価値と考えられるサイド1、30バンチへと向かった。報告では裏切り者のエマ・シーンがいたことが分かっている。

 

(大方、エマ・シーンにティターンズの残虐性とやらを見せつけるための行動だろう。あの狸め)

 

内心でブレックスへと悪態をつきながら、デスクに埋め込まれているひびの入った液晶端末を操作してお気に入りのクラシック曲をかけた。

 

ジャマイカンはしばらく目をつぶり瞑想する。最近は新しい曲をめっぽう聞かなくなった。

時たま新しく曲を購入する場合も、大抵は同じクラシック曲で、演奏者が違うと言ったくらいのものだ。ポップな音楽は脳が腐ると思っているため、若い時から一切聞いていない。

 

先の戦闘では、結果的にライラの言う事が正しくもあった。

しかし、あのコロニー内での戦闘後、アーガマは月の方向へ去っていったため、間違いなく月へと向かっていっている。ジャマイカンの予想は外れていなかったのだ。さらに言えば、ライラの案を通していなければ、こちらが先回りし、戦力の分散なく月軌道で戦闘する事も可能だったかもしれない。そうすればボスニアを失わずに済んだ可能性がある。

 

(あのクソ女めが)

 

しかしこれは結果論にすぎないこともジャマイカンは頭の冷静な部分で把握していた。さらにはボスニアが多大な犠牲を払って敵MSを足止めした事も評価せねばならない。

 

(しかし、これは評価せねばならない事なのかね?)

ジャマイカンは自問自答する。

単艦での戦闘はジャマイカンは禁じていた。ライラにも釘をさしている。しかし、コロニー内でライラの僚機パイロットが戦死し、ジェリドとライラは半ば激情に駆られるようにMS戦へとなだれ込んでいる。本来ならばここで撤退戦を行うべきであった。アーガマ側もアレキサンドリアらを恐れ、深追いしなかっただろう。

 

(チャン・ヤーにライラは使いこなせないか)

 

ジャマイカンは、ボスニアの艦長であるチャンがライラの手綱をしっかりと握れていればこのような事態にはならなかったと推察した。

 

(彼女が感情に支配されていた可能性は高い。しかし彼女の戦闘、指揮能力は駒が足りない我々に必要とするものだ)

 

ライラをティターンズ入りさせ、自分の支配下に置き、現在損耗率が高く使える駒が少ないこのアレキサンドリア艦隊へ配属させるのが理想だ。しかしプライドの塊の様な女であり、特にエリート意識を持つティターンズを嫌悪している。ジャマイカンにとっても使いこなせる駒かどうかが懸念されたが、ジェリドとライラの相性は良いと聞く。

 

(そろそろ新しい曲でも入れるべきか……)

 

いい加減聞き飽きたクラシックメドレーを停止すると、報告書を踏みつけてジャマイカンは部屋を後にした。

 

 

◆アレキサンドリア艦橋

 

「何もこんな時に見つけなくたって!」

 

「これが俺の仕事なの!」

 

「総員、第一種警戒態勢!」

 

操舵手と索敵オペレーターが手は止めずに野次を飛ばしあっている。

 

ボスニアの修理と艦隊の戦力を立て直すため、艦隊は数日、月のグラナダに滞在することが決定していた。

そのため進路は月へとコースを取っており、後数十分のうちにグラナダ市へ入港するという、そんなどの艦内もあわただしい時であった。姿をくらましたはずのアーガマを索敵班が捕捉したのは。

 

 

「敵艦のコースを探らせろ!」

 

席をはずしていたガディ艦長がキャプテンシートに座りながら指示を飛ばし、制帽を被り直した。

 

「エイダ・カールソン曹長、ハイザック、出ます!」

 

いち早くカタパルトに上がったエイダが艦橋に怒鳴る。

 

 

「エイダ曹長。アーガマのコースを探れ。偵察だ」

 

「了解」

 

艦橋のモニターに現れたやや緊張したエイダの表情を見て、ガディは偵察に起用する事にした。

 

 

「センスは良い方か」

 

やや遅れてハイザックでカタパルトに上がったカクリコンが、エイダの描く軌道を見てどこか嬉しそうに独りごちた。エイダは今、カクリコン隊で修練を積んでいる。カクリコンにも思う所があるのだろう。

 

「カクリコン隊、ライラ大尉はそのまま待機、敵艦の行先が分かり次第発進だ」

 

「「了解」」

 

ガディの指示に両パイロットが了承するも、そこに遅れてきたジャマイカンが割って入った。

 

「いや、待て。ライラ大尉は出撃させろ。ガルバルディでエイダ曹長と共に敵艦のコースを探るのだ」

 

エイダ一機で行かせる事に不安を感じたのかとガディがジャマイカンを窺うと、ジャマイカンはそうではないとでも言うように手をひらひらと振った。

 

「ライラ大尉には頑張ってもらわねばならん」

 

「というと?」

 

「ライラ大尉を、ボスニアで遊ばせておくにはもったいないと思わないかね?」

 

「意外ですな。彼女はスペースノイドだ」

 

ガディとしては使えるパイロットが増える事に異存はない。彼は主義者でもないため、地球人だろうが宇宙人だろうが、使える駒はきっちりと使う。

しかし、ほぼアースノイドだけで固めた特殊部隊であるティターンズに置いて、スペースノイドは異質な存在だ。

 

「バスク大佐はお気に召すまい。私とてだ。しかし、使える駒は使わねばならん。アーガマが私に、そうさせるのだよ」

 

◆アーガマ デッキ

 

「しかしリックディアスがああもやられるもんかね?ジムⅡに」

 

「対峙していたのはただのジムⅡじゃないって話だぜ」

 

「確かにクワトロ大尉も強敵だって言ってたらしいな」

 

「しかしまぁ、あれだけやられたってのに戻ってきてからの活躍は中々だったんじゃない。例の美人さんは」

 

「まぁな。すげー戦い方だったなあの元エリートさんは。まるで死ぬのが怖くないみたいだったぜ」

 

リックディアスの周りで整備兵達が雑談しているのは、先の戦闘で一時的に中破扱いになった黒いリックディアスの事だ。当然、元エリートさんとやらは、エマ・シーンの事である。

問題のリックディアスは少々装甲に弾痕、へこみがみられるものの、機関部に異常はなく、両手パーツも新しいものに換装したため、すでに十分に戦えるレベルまで回復してある。

ジェリド、ライラと戦っていたエマは、クワトロに率いられカミーユと共にアーガマへ急ぎ向かった。

そのままアレキサンドリアのハイザック隊と死闘を繰り広げ、ボスニアを叩いていたアーガマの直掩隊が戻るまでの時間を見事稼ぎだしたのだ。

両手を失ったMSで特攻まがいの攻撃を仕掛ける等、エマの活躍は特に目を見張るものがあった。そのおかげもあってか、エマは保護観察の身を解かれ、一般船員の仲間入りを見事果たしている。

 

「あれ!?」

 

カミーユがガンダムマークⅡの調整を行おうとデッキへ降り立つと、マークⅡの胸部装甲に無骨な装甲が取り付けられていた。

 

「あぁこれか。母さんがー夜鍋ーをしてー……ってやつさ!」

 

アストナージの軽口に思わず、カミーユの機嫌が悪くなる。カミーユにとって今、母の話題はナイーブで、あまり嬉しくない。母とはあまり上手くいってないのだ。

アストナージを無視してリフトをハッチへと上昇させる。しかしすぐにアストナージが地面を蹴ってリフトに飛び乗ってきた。

 

「そう怒んなよ。でも本当にヒルダ中尉が発案したんだぜ」

 

母の名にカミーユが思わずぎょっとしてアストナージを見ると、その満面のしたり顔にカミーユの苛立ちは最高潮にまで達した。しかし、予想外に母の名前が出たことで詳しく聞いてみる気になり、アストナージの鼻づらに正拳を入れるのはしばしやめにした。

 

「どういうことだよ」

 

「聞きたいか!こいつは取り外し可能な追加複合装甲だ。本来マークⅡは軽量化して高い運動性能と機動性を引き出したマシーンだそうだから、重量の増加は好ましくない。ただ今回の事でヒルダ中尉が言いだして聞かなくてな。まぁ設計もしっかりしてたし、改良すればジムⅡにも使える代物だ。ただの装甲だから単価も安い。上も了承して試作装甲をさっそくこしらえたってわけさ」

 

ニヤニヤと笑いながら説明するアストナージに対する怒りより、自分を心配する親心から追加装甲をこしらえた母に対する恥ずかしさが勝り、カミーユは思わず耳まで真っ赤になった。

 

「そ、そうなんですか……母が無理言ってすいません」

 

「バカ、そんな事はどうでもいいんだ。それよりお前がやられそうになるから中尉が心配して無理を通すんだろうが。ま、がんばれよ」

 

ここでMSなんて乗るのをやめろと言わない辺り、アストナージは自分でも知らず知らずのうちにカミーユを大人の正規兵と同じ扱いにしてしまっていると言えた。

 

「母は強しだねぇ」

 

カミーユが恥ずかしがっているのを知って、去り際にニタニタと言い残して去っていくあたり彼も性格が悪い。

カミーユは恥ずかしさで顔面ゆでダコ状態であったが、それがカミーユの年代くらいの少年によくある、母への怒りに変化しなかったのは、やはり死の淵を経験して多少大人になったことが影響しているのかもしれない。

事実、初めて死を身近に感じ、もう一度MSに乗って戦闘する事への恐怖感があった。アーマーは気休め程度のものだろうが、材料工学を専門とする元技術士官である母が指揮をとって製作したこの複合装甲は、カミーユにとって大いに安心材料と成り得たのだった。

 

◆アーガマ ブリッジ

 

「やはり来たか」

 

警報の鳴り響くアーガマの艦橋でブレックスが苛立ち気に顎髭へ手をやる。

 

「えぇ、しかし予定通りです。高度下げろ!グラナダに向かっていると見せて、一挙にアンマンコースに入る!」

 

ブレックスへの言葉に頷きながら、キャプテンシートに座った大柄な男、ヘンケン艦長がオペレーターへ鋭く指示を飛ばした。

 

「敵MS発見!数2!本艦の後方に張り付いています!」

 

索敵を行っていたオペレーターのトーレスが緊張した声で警告した。

 

「さぐりに来たか……航路そのまま!MS隊を急がせろ!!」

 

主砲が使えない今のアーガマでの戦闘には不安要素があるが、ヘンケンはいつもと変わらぬ表情で、いやむしろ若干上機嫌な表情で命令した。

エマ・シーンのクルー入りが心底うれしいのである。

 

◆宙空

 

「エイダ曹長、接近し過ぎだ!気取られるぞ!」

 

先行していたエイダ機へライラの操る身軽なガルバルディはすぐに追いついた。

 

「もうどうせ捕捉されています!こんな何もない宙域でばれないようにするのは不可能です。」

 

「なら、もう50距離を開けて追跡するんだ。敵の射程内に入ることはない」

 

「了解!」

 

ライラはジェリドからエイダは「強烈な性格」だと聞いていてあったが、わりかし素直じゃないかとエイダの評価を改めると共に、ジェリドの評価を下方修正する。

しかしこれは、エイダがジェリドとライラに対する態度を使い分けているだけであった。ボコボコにされてばかりのジェリドよりも、戦果を確実に上げるガルバルディ隊の女隊長は、エイダにとって一種の憧れ的存在だ。

それがたとえ、一般部隊の人間であったとしても、自分の力量とは比べ物にならないだろうとエイダは正しく考察できていた。

 

「ミノフスキー濃度上昇!」

 

ハイザックの計器の針が気がふれたように振動している。敵艦が本格的に戦闘態勢に入ったと言う事だ。

 

「敵に気づかれたな。敵MSが出てくるぞ、備えろ!」

 

ライラの警告と共にすぐさま一機のMSが飛びだした。

 

「ガンダム!」

 

エイダがごくりと唾をのむ。以前の背面撃ちによる死の恐怖を思い出したのだ。

アーガマは依然グラナダ方面へと一直線に進んでおり、コースの変更は見られなかった。

 

「出たな……私が前にでる。曹長は援護だ。カクリコン隊が到着するまで奴の相手をしつつ、アーガマを追う。離れるなよ」

 

「了解!」

 

素早く指示を出し、戦闘機動を取るガルバルディの背をエイダは必死に追いかけていった。

 

◆月面

 

ヘルメットに響く自らの荒い息が鬱陶しい。緊張から心拍が以上に上昇している。

 

(落ち着かなくちゃ)

 

どうやら自分は気絶していたらしい。痛む体に鞭を打ち、仰向け状態で墜落した機体を起こして、衝撃でどこか痛んでいないかダメージチェックを行う。

ヘルメットのバイザーは割れているし、コクピット内の計器の大半が壊れており、モニターの一部も死んでいた。ランドセルのバーニアはかろうじて噴射はできるものの、上下左右に動かす事ができないようだった。戦闘機動は取れないだろう。

 

(索敵チェック。敵影なし?そんなはずは……)

モニターでは索敵ウインドウが走り回っているが、敵影を捕捉できていない。モニター上でも火線が見えない。

 

(すでに戦線が随分と移動している?私はどれくらい気絶していたというの……)

 

今エイダ・カールソン曹長は、月面で孤立していた。

 

ライラの指示後、クワトロ操る黒いリックディアスが飛び出してきて、場は大いに乱れた。ライラの奮戦を持ってしても徐々にアーガマから遠ざけるように戦線をひっぱられつつあった。そんな時であった。エイダはクワトロが放ったビームピストルの一撃を貰ってしまい、月面へと落下して戦線から分断されてしまったのだ。

ミノフスキー粒子の濃度が濃く、通信は完全に閉ざされており、レーダーも使用できない。センサー類も落ちた時のショックでほぼ全滅だ。

息苦しく感じ、ヘルメットを脱ぎ捨てる。どろりとした血の玉が宙空を大量に舞った。

この時、エイダは頭部、顔面からの出血、内臓系のダメージが深刻なレベルまで達していた。

 

(ライラ大尉が数的不利。急がなくちゃ)

 

少なくとも、エイダが墜落するまではアーガマはグラナダ方面へ向かっていたし、離されつつあった戦線もグラナダ方面であった。

だましだましスラスターを吹かし、月面をジャンプしながらかろうじて生きている計器を頼りにグラナダ方面へとハイザックを進める。

しかしこの時、エイダの操るハイザックの進行方向はグラナダではなく、アンマンであった。センサー系統がやられており、正しい位置を把握できていなかったのだ。

 

もし計器が故障せず、グラナダ方面へと進めていればアーガマを追って見事にまかれたティターンズ艦隊と合流できたかもしれない。

 

しかしエイダは、何度目のジャンプだろうか、出血により視界がかすんできた頃、敵影を、至近距離で発見してしまった。アーガマと着艦準備に入った敵MS2機である。

 

(敵のみ……?火線なし。ライラ大尉は?)

 

一瞬疑問がよぎるが、そのときハイザックのコックピット内酸素濃度は異常に低下しており、すでにエイダの視界は色を失い始めていた。

いくら息をしても呼吸が苦しく、思わず操縦桿から手を離して首元をかきむしった。

 

そうこうしている内にも黒いリックディアスは着艦してしまう。

 

(せめて…一撃。私だってティターンズだ!)

 

震える手で操縦桿を握りなおす。オート照準機能はとっくに死んでいた。すぐにマニュアルへ切り替えてビームライフルの照準をガンダムへと向ける。

視界がかすむ、手の振るえが止まらず、照準がなかなか定まらない。

殺意が薄れ、恐怖がエイダを支配し始めていた。

 

 

 

「なんだ!?」

 

微弱な殺意。カミーユはクワトロでさえ感じ取れなかったわずかな意思を敏感に感じ取った。機体を思わずその方向へ振り向かせる。

 

幻影を見た。リニアシートに座ったパイロットスーツ姿の小柄な女。

それが誰なのかはっきりと分からない。ヘルメットのバイザーが反射しており、顔は見えないのだ。ただ、その怒りに燃えた勝気な瞳だけ、なぜだかはっきりと見えた。

 

カミーユは振り向かせると同時にビームライフルを敵胸部ヘと向ける。

トリガーにかかった力んだ指が、カミーユの意思に歯向かう様にわずかに痙攣した。

 

一瞬の邂逅だった。戦闘機動の取れないハイザックはジャンプの余韻でゆっくりと月面に吸い込まれていく。もはやその挙動に人の意思は感じられない。

 

「消えた……?」

 

「カミーユ!何をしている!……えぇい!」

 

今更ハイザックに気づいたクワトロが、アーガマのデッキから再び踊り出ようとしていた。

モニターの通信ワイプで血走った目のクワトロが何か言っている気がしたが、カミーユにその声は届いていなかった。

 

「違う。恐れだ」

 

幻影が姿を変えた。それは、小さな女の子が泣いているようにカミーユへ見させた。 

 

一呼吸でガンダムをすばやく接近させると、その勢いのままハイザックのビームライフルへ廻し蹴りを放ち、その回転の勢いのまま腕を引っつかむと、アーガマへとハイザックを投擲した。

アーガマのカタパルトへ様々な部品を撒き散らしながら踊り出されたハイザックはその衝撃をもって完全に機能を停止したが、クワトロのリックディアスが油断なくコックピットへと銃を向けながら周りの戦闘員へハッチを開けさせるよう指示していた。

 

「カミーユ君! ……心臓が止まるかと思ったぞ」

 

思わず語気が荒くなる。期待できる器の少年だ。この様なところで散る姿は見たくなかった。

 

「すいません大尉。でももう大丈夫です」

 

普段の戦闘直後よりやけに落ち着いた様相から、クワトロは自分には見えなかった何かをカミーユが見たのだと鋭く推察した。

 

「……何を見たのだ」

 

「女です。それも、泣いている女の子」

 

「……」

 

クワトロの脳裏にララァの面影がよぎった。無言でリックディアスのライフルを捨てると、ハイザックのコックピットハッチを強引に引き剥がす。

 

「なんちゅー無茶な!」

 

アストナージがトーチを用意していたようで、喚いているがパイロットにはパイロットのやり方がある。

 

中には気を失った血だらけ女性パイロットが横たわっていた。

 


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